第21話 決闘〜前編〜


 シンドルテアからイシュタルを連れて戻ったエリウスは、すぐさまルドオール攻略に動き出した。すでに冒険者を始め多くの傭兵を雇ったルドオール軍は全軍を国境線に配し、ヴェイス軍の侵攻に備えていた。その数12万。現在サーナリアに展開するヴェイス軍が15万。ほぼ数の有利はなくなってきていた。
 「しかし、よくこれだけの傭兵を集められたものだ」
 クリフトが感心したように呟く。半数近くを傭兵が占めているのだから感心するのもうなずけた。そんなクリフトにエリウスが説明してやる。
 「おそらく隣国のハイザンデの傭兵だろう」
 「ハイザンデ?あの砂漠の国のか?」
 エリウスの言葉に聞き返してきたクリフトにエリウスは大きく頷いた。世界の情報に疎い兄の姿にフィラデラは頭を抱えたくなってきた。溜息交じりに説明する。
 「いいですか、兄上。ハイザンデは砂漠の国。食べる物を作るどころか飲む水にも困る不毛の砂漠に覆われた国なのはご存知ですよね?」
 「おう、それくらいはな?それで?」
 そこまで言ってもわからない兄の無能ぶりにフィラデラは本気で頭が痛くなってきた。だからといってこのままにしておくといっこうにおぼえようとしない男だから、仕方なく説明を続ける。
 「ハイザンデでは食べ物も、水もほとんどない。そんなところで生きていくには食べ物を輸入しなければならない。でも、それを取引できる特産物がハイザンデにはない。ここまで言えばわかりますよね?」
 「売るものがないなら、持って来ればいいじゃないか。ただそれだけの話だろう?」
 クリフトのこの一言で完全にフィラデラは切れた。兄の頭をつかみ前後に激しく揺り動かす。
 「売るものがないから自分たちを売り物にしたに決まっているでしょう?だからハイザンデは傭兵の国ともいわれているんです!そのくらいのことも分からないのですか、この小さな脳みそは!!」
 がくがくと頭の中身を確認するように振り回す。クリフトは抵抗できないまま、ただ為すがままだった。そんな兄妹の喧嘩を見つめながらエリスはくすくすと笑う。そのとなりではシグルドがまたも始まった喧嘩に溜息をついている。すぐに気を取り直してエリウスのほうに向き直る。
 「それで、殿下。今回はどのような策を?」
 「そのことだけど、シグルドとフィラデラには敵の侵攻を威圧しておいてもらいたい」
 暗に攻め込まないというエリウスの言葉にシグルドもフィラデラも身を乗り出す。敵を威圧する役目の中に自分の名前がなかったクリフトも同様だった。
 「ですが、殿下。このまま放置することは・・・」
 「そうです。無駄な犠牲が多く出ます。それは殿下の望むところではないはずでは?」
 「そうそう。一気に敵さんの大将を倒しちまおうぜ?なんならオレが・・・」
 三人の意見をエリウスは片手を挙げて静止する。
 「いや、今回は敵は動かない。ゾフィスからの情報では八旗将全員、この戦場に参加していないらしい。これは王都で何かをたくらんでいる証拠だよ」
 エリウスはこれまでに集めた情報から敵は王都で何かを計画していると読んでいた。その計画がなんであるか、そして八旗将がいつ動くかを見極めてから動くつもりでいたのだ。エリウスの説明を聞いた三人はさすがに黙り込む。このまま正面からぶつかり合っても被害が出るだけで、敵将を討つことにならないからだ。
 「このまま敵さんが動くまでお休みってコトかよ?」
 「そうなるね。もっともそう時間はかからないと思うよ」
 エリウスの言葉がどういうことを意味しているのかクリフトたちにはわからなかった。そして二日後、エリウスの言葉どおりルドオールが動いた。使者が書状を持って魔天宮を訪れたのである。使者から書状を受け取ったエリウスはその文に目を通す。口の端に笑みを浮べたが、使者にはそれを気取られないようにしながら返答をする。
 「委細承知したとお伝え下さい。ただこちらも人員を選考しなければなりませんので一週間ほど時間を頂きたいのですが?」
 エリウスの言葉を聞いた使者はそのことを了承する。ひそやかな笑みを浮べる使者を見送ったエリウスは即座にクリフトを呼び寄せる。
 「動いたのか、ルドオールが?」
 「ああ。決闘を申し込んできた。まあ、こうくるだろうとは思っていたけどね」
 エリウスの言葉にクリフトは目を丸くする。まさか決闘になるとは予想もしなかったのである。だが、それ以上に驚いたのがエリウスが決闘になることを予想していたことだった。
 「よく決闘になると分かっていたな?」
 「八旗将を王都から動かさなかったのは決闘による勝負を挑むつもりなのだろうと予測していただけだよ」
 エリウスはそう言うと送りつけられた書状をクリフトの渡す。受け取ったクリフトはその中身を確認する。
 「”なになに、以下の日付で・・・”こんなものどうでもいいや。”人数は八人、一対一による決闘を行う。負けた側の大将は潔くその首を差し出すこと〜”」
 書状を読んだクリフトはほうっと唸った。一対一で自分たちに勝てる気でいるルドオールの八旗将の顔を拝んでみたい気分になってきた。
 「エリウス、そのメンバーに俺も入れろよ?」
 「もちろん。メンバーの選考はもう終えている」
 エリウスの言葉にクリフトは目を丸くする。どういったメンバーを選考したのか気になったので詳しく尋ねてみる。するとエリウスは包み隠さず素直に答えてくる。
 「クリフト、君とセツナ、エリザベート、アンナ、リューナ、あとはゼロとアインス、ツヴァイ。こんなところだろうね」
 自分の部隊の、それも肉弾戦に長けた者たちの名前にクリフトは口笛を吹いて喜んだ。同時に疑問に思えてくる部分もあった。これだけ肉弾戦に優れたものだけを集めた理由が気になったのである。するとエリウスは笑顔のまま答えてくれる。
 「一応イシュタルはつれていくつもりだ。回復のためにね。まあ、魔法攻撃に関しては・・・」
 そこまで言ってエリウスは黙り込んでしまう。何か考えがあってのことだろうと思ったクリフトはそれ以上何も聞かなかった。エリウスもそれ以上何も言わずに出発の準備に入る。それから数日後、大型の馬車を仕立て、出場する戦士たちと相乗りして指定された場所を目指す。
 「しかし何もこんなに朝早くに出かけなくても・・・」
 日が昇ってすぐの出立にクリフトはあくび交じりに文句を言う。こんなに朝早くに出立しなくても目的地には十分に今日中に着くはずであった。エリウスはその理由をポツリと教える。
 「エンたちがお眠の内に出かけないと、あの子達が着いてきたがるからね」
 エリウスの言葉にクリフトは納得した。あの神竜七体が決闘などに出場したら面白みも何もあったものではない。こうやって心躍る戦いの機会を得られたのだ。十分に堪能したいとクリフトは考えていた。そこに神竜たちが割り込んで来たらそれもぶち壊しである。ならばあの子達が寝ているうちに出立したのはいいことであった。もっともエリウスはあの子達にあまり戦わせたがっていないだけであったが・・・
 「まあ、早いとこ行って帰ってこようぜ。つまらない戦いは長引かせたくないからな」
 クリフトの意見にエリウスも同意であった。現時点ではルドオールの”巫女姫”が誰であるかわかっていない。それを探る意味も込めてこの決闘を受けたのだが、これで見つかるほど簡単ではない気がしていた。そんなエリウスの思いをよそに馬車は指定された渓谷に到着する。
 「ここがルカル渓谷・・・」
 数十メートルの幅の谷間が目の前に広がる。下を除いてみるが底はここからでは見る事が出来ない。それほど深い谷であった。その郎側に鎖を渡し、その中央に決闘場が設置されていた。直径十メートルほどの円盤状の決闘場は谷の両端から渡れる橋がかけられていた。
 「ここで戦うのか?おもしれえこと考えるじゃないか!!」
 クリフトは大いに喜んでで手を叩く。だがエリウスはその決闘場を見つめて何か一抹の不安を感じていた。その決闘場で戦うことは何か危険な感じがしてならなかった。それがなんなのかは分からない。それがクリフトたちにどれほど不利な状況を作り出すのかも分からない。
 「クリフト、ここは相手の本拠地。気を抜くなよ・・・」
 「分かっているよ。どんな罠が仕掛けてあるか、楽しみにさせてもらうさ!」
 エリウスの忠告にクリフトの笑みがそれまでの子供のような笑みから戦士のそれに変わる。それを見たエリウスは自分の不安が無駄なものだったと思った。クリフトを始め自分の部下たちはいかなる罠を仕掛けてあっても負けることはないだろう。そう信じられる仲間だった。 
 「エリウス様、クリフト様。来たようです・・・」
 谷の反対側を見つめていたセツナが二人に声をかける。その言葉にエリウスとクリフトも視線をそちらに移す。確かに、何十人もの騎士に守られた豪奢な馬車が上ってくるのが見える。その光景を見たクリフトは思わず吹き出してしまう。
 「なんだよ、国王一人守るのにあんな大層な行列作らなくちゃならないってか?」
 「そう言うなよ、クリフト。うちのように一騎当千の猛将が多くいる国とは違うんだから」
 ご大層な行列を渡井ながら見つめるクリフトにエリウスは冷ややかな眼差しで見つめながら説明してやる。彼らから見れば、自分たちはさぞ貧相な国に思えることだろう。お供の騎士たちの中には笑いが漏れているのが見える。それを見たらふとエリウスの中に対抗意識が芽生えてくる。
 (こんなことだったら、魔天宮で直接乗り込んでやればよかったかな?)
 エリウスはそんなことを思いながらその行列を見ていた。あれを見たらさぞ彼らは肝をつぶしたことだろう。動く城など彼らの技術では作ることは敵わない代物である。それを見せ付けて逆に笑ってやるのもよかったかなと思えてくる。だが、すぐにその考えを打ち消す。
 (ようはこちらの実力を思い知らせてやればいいんだ。そんな馬鹿げた事をする必要はない)
 そう思い返すと、一行が止まるのをじっと見つめるのだった。そうこうするうちに豪奢な馬車が止まり、使用人がわらわらとその場に天幕を張り、イスとテーブルを用意する。そしてようやく馬車の扉が開き、中から女王と思しき女性が降り立つのだった。だがこちらを一瞥することもなく天幕の中に入ってイスに腰掛けてしまう。
 「なんですか、あの不遜な態度は!!決闘を申し込んでおいてその対戦相手を迎えることも出来ないとは!!」
 エリザベートはその態度に憤慨する。いくら敵とはいえ自分たちから申し込んだ決闘に応じたものに対する態度ではなかった。しかしクリフトは鼻で笑って説明する。
 「あいつらからしたらこの決闘はおれたちに勝つチャンスをやったくらいにしか思っていないのさ。だからああいった不遜な態度が取れるんだ」
 「ついでにこちらを下賎なものとしか思っていないだろうしね」
 エリウスも肩を竦めて見せる。やらなくてもいい、結果の見えている決闘に応じてやったのはこちらなのに、その現実を見つめることの出来ない愚か者たちに現実を突きつけてやるのも面白いとエリウスは思っていた。そんなことを話しているうちに相手の準備が整ったのか、一人の騎士が前に歩み出る。
 「さあ、下衆な魔族ども!冥土の土産に我らが相手をしてやろう。ありがたく思うがいい!」
 騎士はそう言うと橋を格好をつけて渡り出す。後ろからは歓声が沸き起こっている。あまりのアホさ加減にクリフトは顎が外れんばかりにぼやく。
 「何考えているんだ、あいつら・・・」
 「この国では戦争など数百年に渡って起こっておりません。その上妙なプライドばかり高くなった国で騎士、貴族は凝り固まったようなプライドの塊。他国は下賎な国と蔑む傾向が強いのです」
 クリフトの疑問にセツナはすらすらと答える。そして対戦相手を見つめると、にっと笑みを浮べる。
 「”八旗将”が副将、ファレン=ステバスですか・・・ちょうどいい、あれの相手は私がしましょう」
 セツナはそう言うと橋を渡り始める。そのときのセツナの笑みがこの上もなく残酷なものだったことをクリフトとエリウス以外気づかなかった。お互い悠然と橋を渡り終えると決闘場で向き合う。ファレンは蔑んだ眼差しをセツナに向けたまま片手をスッと掲げる。
 「君ごとき下賎なものが僕の前に立つこと自体光栄なことなのだけどね。君たちにも慈悲を与えるのも我らの役目。さあ、この僕、ファレン=ステバスが相手をしてやろう。遠慮なく・・・」
 そこまで言ったファレンの体が大きく吹き飛ぶ。ファレンに歓声を送っていたルドオールの陣営は水を打ったように静まり返る。なにが起こったのかまるでわからない様子だった。一方エリウスたちのほうは全員がセツナのしたことが見えていた。
 「でこぴん一発か・・・それも手加減しての一撃・・・」
 「セツナにしては珍しいですね、手加減するなど・・・」
 クリフトがやるねえと感想を漏らしていると、隣にいたエリザベートが首を傾げる。セツナが戦いで手加減することなど滅多にないことだからである。いかなる相手でも全力を尽くす。それが彼女の主義だからだ。そんなの疑問にクリフトが笑いながら答えてくれる。
 「あのファレンとか言う馬鹿と少しばかり因縁があるんだよ、セツナは・・・」
 喉の奥で笑いながら無様に延びているファレンのほうの視線を送る。ようやく意識を取り戻したファレンがよたよたと立ち上がる。その顔は怒りに満ち溢れていた。不意打ちをされたのがよほど気に障ったようだ。その形相にエリザベートは思わず吹き出してしまう。
 「戦いの場に上がって油断した己を恥じずに相手を逆恨みですか・・・もはや戦士とはいえないですね」
 そんなエリザベートの言葉に全員が苦笑する。確かにこれまで戦ってきたそれなりの戦士たちであれば、今の一撃が己の油断であったことを恥じたはずである。だが、今セツナと対峙している男は悪いのは自分ではなく相手だと思い込んでしまっている。そのバカさ加減が逆に哀れさを誘う。
 「不意打ちとは卑怯な・・・ならば我が力を思い知れ!!はぁ!双天武拳”連”!!」
 ファレンは怒りの形相でセツナに襲い掛かる。すさまじい連撃をセツナに繰り出す。だがそのこと如くをセツナは回避してみせる。ファレンの表情が驚きに変わる。絶対的自信の元に繰り出した攻撃がかわされたのである。驚くのは当たり前だった。だが、すぐに気持ちを切り替え次の攻撃に移る。
 「ならばこれだ!双天武拳”鎌”!!」
 拳を大きく振るう。かまいたちが発生し、セツナに襲い掛かる。しかしこの攻撃も無駄だった。その軌道が見えるかのようにセツナは華麗に回避してみせる。かすりもしない。二度も自分の秘技が破られたファレンは驚きを隠せなかった。拳を振るった姿勢のまま動くことが出来なかった。
 「そんな、馬鹿な・・・僕の必殺技が・・・それに、この闘技場にいる限り貴様らは・・・」
 「魔力を使えない、といいたいのですか?この程度の技に本来の力など必要ありません」
 驚くファレンにセツナは冷たく言い放つ。闘技場の周りには魔力封じの結界が張られ、魔法を使うことが出来ないようになっていた。これにより魔族はその力の源を失っていると思い込んでいたファレンやルドオール軍の面々は余裕を見せていたのだ。
 「まあ、そんなことだろうと思ったけどな・・・」
 「ここまで馬鹿の集まりとは思わなかったな・・・」
 クリフトもエリウスもあきれ返った顔をして闘技場を見つめていた。何かしらの罠が仕掛けられているとは思っていたが、魔力封じとは無駄なことをすると思ってしまう。確かに魔法を使うときは魔族といえど魔力を供給しなければ使うことは出来ない。だが今ここにいる面々は魔法など使わなくとも戦える面々である。魔力封じなどはっきり言って無駄以外の何物でもなかった。
 「貴方には武術が何たるかを十年ぶりに教えて差し上げましょう。リューナもよく見ておきなさい!」
 セツナは視線をファレンに向けたままリューナに語りかける。突然声をかけられたリューナは意味がわからず、呆然としていたが、すぐに闘技場を注視する。直ぐにセツナが動く。
 「先ずはじめに・・・双天武拳”連”は・・・こう!!」
 セツナの両手が消える。瞬間ファレンの体が右に左に振られる。目にも止まらぬ連撃がファレンの全身に叩き込まれているのだ。それが見えているのはヴェイス軍の側だけだった。ルドオール軍はなにが起こっているのかまるでわからない顔をしている。
 「双天武拳”鎌”は距離を詰めて、こう!!」
 数メートルの距離でセツナは拳を連続して振るう。連続して起こるかまいたちがファレンを切り刻む。たとえその軌道が見えたとしても距離的にかわすことは難しい技だった。同じ技を使っているのにその完成度は天と地ほどの差があった。リューナはその技のすごさに感嘆するのだった。
 「リューナ、覚えておきなさい。双天舞脚は双天武拳とあわせて初めてその力を発揮することを!」
 セツナはそう叫ぶと”連”をファレンの脚に叩き込む。足を封じられたファレンはその場に崩れ落ちる。その膝をついたファレンの肩に飛び乗り、セツナは大きく飛び上がる。そして上空で遠心力をつけた蹴りをファレンに叩き落す。逃げられないファレンの肩にその蹴りが見事に命中する。骨の砕ける音があたりに響き渡る。
 「双天舞脚・・・”閃”・・・」
 自分の得意とする技をセツナが見事に使って見せたことにリューナは驚きの表情を隠せなかった。双天舞脚はリューナの父親が残した武術で、他の誰かが知っている技ではなかった。もし知っているとすれば死んだ父親か、あと一人しかいなかった。
 「セツナ・・・姉ちゃん・・・・?」
 父親と共に旅先で死んだはずの異母姉の名前をリューナは呟く。分かるはずがなかった。異母姉がいなくなったのは十年も前の話である。当時十五歳だった異母姉が目の前にそのままの姿でいたとしても、気付けというのが無茶な話だった。リューナの頭の中は完全に混乱していた。
 「え・・・?え?なんで?どういうこと・・・?」
 父と共に死んだと思っていた異母姉がリューナを完全に混乱させてしまった。そんなリューナの肩をやさしく叩いてクリフトが変わって説明してくれる。
 「リューナ、セツナは十年前に融合人間化しているんだ。このルドオールの地で・・・」
 驚きの表情を浮べたリューナにセツナはこくりと頷く。確かセツナは異国の地で貴族に殺されたと話していた。リューナの異国でも父と異母姉はどこかの国の貴族に武術を教えるために母をと自分、リューノを残して出かけ、戻ってこなかったことを覚えている。つまり呼ばれたのがこのルドオールの貴族だったことになる。そしてもうひとつ気になることがあった。ファレンが先ほど使ったわざとセツナが使った技がまったく同じ技名であったこと。威力は違うが、まったく同じ系統の技であった。それは同じ人間が編み出したことを意味している。
 「その男が・・・お姉ちゃんと、お父さんを・・・」
 憎しみに満ちた眼差しでリューナはファレンを睨みつける。そのリューナの言葉にセツナは静かに頷く。
 「そう。十年前、父上を殺し、わたしにこの上もない辱めを与えた男」
 そう言ってギロリとファレンを睨みつける。ファレンのほうもようやくその正体に気づいたのか、腰を抜かさんばかりに驚いている。確かに殺したはずの女が生きていたのだからそうなるのも仕方がない話だった。


 「やだ、いやだ・・・やめてぇぇっっ!!」
 十年前。ステバス家別邸。その一室で絹を引き裂く音と、少女の悲鳴が響き渡る。十五歳になったばかりのセツナを五人がかりで押さえ込み、その衣服を引き裂いてゆく。そのリーダー格がファレンだった。セツナとの勝負に惨敗したファレンはその侮辱に耐え切れず、彼女と彼女の父親に痺れ薬を飲ませ復讐をおもいついたのである。
 「やはり下賎なものだけあって胸は貧相だな」
 胸の大きさに高貴も下賎もあったものではないと思うのだが、なんでも高貴なものが素晴らしいと信じているファレンはそんな勝手なことを言っている。そんなことを言ったからといってやめるはずもなく、セツナを組み敷いて、その言うことの聞かない体を弄ぶ。
 「本当に小さいな・・・」
 セツナの幼さを残す胸を嘗め回しながらファレンはその小ささに文句を言う。確かにセツナの胸は同じ年頃の娘に比べても小さな部類に入る。当人もそれはよく心得ていて、胸のことを言われるのが極端に嫌だった。それをわざと揉み回しながら言われては腹の底から怒りがこみ上げてくる。
 「まあ、小さいがそれなりに楽しめる」
 ファレンはそう言ってその桜色の乳首をちろちろと舐めてくる。背中に寒気が走る。気持ち悪さに吐き気がしてくる。セツナは顔を背けてそれに耐える。だがファレンはそんなセツナの思いを無視するようにしつこく乳首を攻め立ててくる。その度に顔をゆがめ、耐えるしかなかった。
 「嫌だ嫌だ言っても、このとおりビンビンだよ」
 他の仲間に見せ付けるようにセツナの勃起した乳首をしごいて見せる。桜色の乳首は大きく勃起し硬さを持っている。そこをこれ見よがしに擦り上げ刺激してくるのだった。そのおぞましい感覚にセツナは顔をしかめるしかない。そんなセツナの表情もファレンにとっては心地よいものでしかなかった。
 「ふん、下賎の生まれの分際でこの僕に恥をかかせるからこんな目にあうのだ。いい気味だよ」
 勝手なことを言いながらセツナの乳首を攻め立てる。擦り、つまみ、啜り上げる。セツナは絶え間なく襲ってくる悪寒に耐え、必死に声を出すまいと唇を噛み締める。そんなセツナの態度が気に食わなかったのか、ファレンは乳首から手を離すとその頬を思い切りひっぱたいてくる。
 「嫌ならやめて。助けてください、ファレン様。そういえば助けてやらないこともないんだぞ?!」
 二度、三度叩くが、セツナは一言も口を利かず、きっとファレンを睨みつける。そんなセツナの態度がさらにファレンのプライドを傷付けた。拳を握り締め思い切り殴りつける。口の中が切れ、血が折れた歯と一緒に飛び散る。顔を赤く腫れ上がらせて、鼻血塗れになってもセツナは泣き言を一言も言わなかった。そんなセツナの頑なな態度がさらにファレンのくだらないプライドを傷付けるのだった。
 「そんなに僕に屈服するのが嫌か!なら存分に後悔するが言い!!おい、足を押さえておけ!」
 いきり立ったファレンは、取り巻きの二人にセツナの足を押さえさえ左右に大きく広げさせる。言うことを聞かない足は力なく広がり、セツナの秘部をさらけ出す。薄い恥毛に覆われた場所が男たちの眼の前に晒される。セツナは目に涙をため、唇を噛み締めて必死に屈辱に耐える。自殺してしまいたかったが、父親が人質になっているためそれも出来なかった。
 「小さい穴ぼこだな・・・それに毛も薄い」
 セツナの恥部に指を押し込みながらファレンは好き勝手なことを言う。ファレンの指の動きにセツナは腰を振って逃げようとする。男の指の動きは気持ち悪く、おぞましいものだった。だから必死に逃げようと腰を動かしたのだが、それが逆にファレンを調子付かせてしまった。
 「なんだ、何のかんの言いながら感じているのか、この売女!!」
 屈辱的ことを言いながらファレンの指がさらにセツナの奥に入り込んでくる。セツナのそこは彼女の意思を無視して湿り気を帯び、愛液を滴らせてくるのだった。とまらない愛液が指に絡みつきいやらしい音を奏でる。その音がセツナをさらに辱め、ファレンを喜ばせるのだった。
 「まあ、こんなものだろう」
 膣が少し濡れたのをみるとファレンは自分のペニスを解放する。大きく膨れ上がり、反り返ったペニスの先端がセツナの目に飛び込んでくる。自慢そうにそれを見せつけながらファレンはそれをセツナの入り口に宛がう。熱い肉棒が濡れた恥部に触れる。ファレンはすぐに入れず、ペニスを入り口に擦り付けてセツナの恐怖心を煽る。いつ入ってくるか分からない恐怖にセツナは身を硬くする。
 「前戯なんてなしだ。覚悟しな」
 ファレンはそれだけ言うと無理矢理セツナの中にペニスを押し込もうとする。男を受け入れたことのない上に、受け入れる準備の出来ていない膣はペニスの侵入を拒絶する。しかしファレンは無理矢理腰を押し進める。ペニスは穢れを知らない膣道を引き裂いて奥へと進んでゆく。まだ硬い膣道を押し広げ、一切の情けなくセツナの処女を散らす。その体を引き裂かんばかりの激痛にセツナは目に涙を浮べるが、ファレンはそれに気遣う様子もなくただひたすらペニスを抜き差しし、腰を振り続けるのだった。
 「ひぐっ・・・いぐっ・・・ううっ・・・」
 涙目になってもがきながらもセツナは決して痛いとは言わなかった唇を噛み締め必死に声を出すまいと我慢する。傷ついた膣道をこすり上げられるのは、この上もなく痛いことだったが、痛いと叫べば自分の負けのような気がして絶対に叫ぶまいと心に決めていた。それがセツナにできる最後の抵抗だった。そんなセツナの膣をファレンは思うがままに汚してゆく。


 「はは、どうだ、処女を高貴な私に捧げた感想は?嬉しいだろう?普通では決し味わうことの出来ない快感だぞ?ありがたく思うのだな!」
 腰を叩きつけながらもファレンは未だにそんなことをほざいている。女性を多人数でレイプしておいて高貴もクソのないものだ。こんな連中に汚される自分が情けなく思えてくる。そうこうするうちにファレンの腰の動きが早くなる。セツナの狭い膣道に耐え切れず、間違いなく最後が近いことを示していた。
 「若、膣内射精で?」
 「ばかいえ。我々高貴な血筋をこんな下賎の者の中に残す必要がどこにある!」
 ファレンにどうするか尋ねた青年が怒鳴られる。こんなバカどもの血筋などこちらから願い下げである。最後のときを迎えたファレンはセツナの膣からペニスを抜き取ると、彼女の顔面に勢いよく射精する。熱く白濁とした粘液がセツナの顔の降り注ぐ。
 「ふう、まあこんなものだろう・・・おい、お前たち、あとは好きにしな!」
 セツナの顔に射精したファレンは部下たちにセツナを汚すように指示する。順番にセツナの膣内にペニスを押し込み好きなだけかき回し、セツナの顔に、体に目掛けて射精を繰り返す。一時間もしないうちにセツナに体は男たちの精液で白く染まる。さらに男たちはセツナに向けて小水をかけてくる。
 「ぎゃはははっ、まあこれで下賎なものの体も清められたでしょう。」
 ようやく気分が晴れたのかファレンは豪快に笑いながらそう言うと、おもむろに短剣を引き抜きセツナの心臓にそれをつきたてる。セツナの体が大きく飛び跳ねる。同じように動けにセツナの父親にも短剣を突き立てる。少し狙いは外れたが、このまま放置しておけば間違いなく死ぬと判断したファレンは取り巻きたちをつれて笑いながら部屋を後にする。あとには短剣を突き立てられたセツナと父親が残されているだけだった。
 「こんな・・・・ところで・・・」
 セツナは懸命に生き抜こうとする。だが体がまだ麻痺していてうまく動くことが出来ない。突き立てられた短剣も幸い心臓は外れていたが、出血が激しかった。それでも必死に懸命に生き抜こうとしていた。そんなセツナに追い討ちをかけてくる。部屋中に広がる焦げ臭い匂いと煙。それは間違いなかった。
 「死体ごと・・・始末する気か・・・」
 ファレンは証拠を残さず全て焼き払ってしまう気なのだろう。セツナは何とか這いずって脱出しようと試みるが、力の入らない体ではどうすることも出来ない。煙が部屋中に充満しセツナは最期のときを覚悟した。このまま炎に巻かれて死ぬしかない、そう思った瞬間だった。
 『生きたいかい、君は?』
 温かみのある声が部屋に、いや頭の中に広がる。セツナはその問いに生きたいと願った。あんな下衆たちを滅ぼしてやりたかった。自分の何万分の一の痛みを教えたかった。自分の受けた辱めの何万分の一でもいいから屈辱を味わわせてやりたかった。そのためにはなんにでも縋りつくつもりだった。
 「い・・・きた・・・い・・・」
 心の底からそう願う。すると眼の前が輝き、二人の男が部屋の中に姿を現す。一人は人間の青年、もう一人はダークエルフの青年だった。人間の青年はセツナの父親の方に向かい、その胸から短剣を引き抜き治療を始める。そしてセツナの方にはダークエルフの青年が近寄ってくる。これがセツナとクリフトの出逢いだった。
 「お前が、オレのパートナーか・・・ふーん・・・」
 物珍しそうにセツナの顔を覗き込みながらクリフトは呟いた。クリフトはセツナの胸元から短剣を引き抜くと、手早く処置をする。何とか一命を取り留めたセツナとその父親を連れてエリウスとクリフトはその場を後にする。二人の死体は見つからなかったが、死んだものと思い込んでいたファレンは取り立てて騒ぐこともなかった。だからせつなの顔を見ても思い出さなかったのである。
 無事脱出したセツナは傷を癒し、クリフトに会っていた。じっと自分を助けてくれたダークエルフの青年を見つめる。これまで妖魔など邪悪な生き物だと思ってきたが、先ほどまでのことを思うとどちらが邪悪な生き物か分からなくなってくる。クリフトはそんな思いに駆られるセツナに尋ねてみた。 
 「どうする、先ほどのことを忘れて生きていくか、あの下衆どもに復讐するか・・・?」
 クリフトの言葉にセツナは迷うことなくクリフトの手を取った。もっと戦いたい、もっと武術を極めたい。生きてあの男たちに死の恐怖を味合わせたい。その思いだけだった。そしてセツナはクリフトと結ばれた。その日からセツナは”風螂のセツナ”となったのだった。

 セツナの昔話を聞いたリューナは涙目で異母姉を見つめる。その変わらぬ姿に今の今まで気づかなかった自分を恥じる。そして同時に歪んだ思想の持ち主であるファレンを睨みつけるのだった。ファレンのほうはそんな視線には気づいていない。目の前に立つ少女の正体に腰を抜かさんばかりに驚いた。殺したと思い込んでいた少女が十年のときを経て、自分の眼の前に生きて立っているのだから驚くなという方に無理がある。恐怖に顔を歪ませ、尻餅をつき這いずって逃げようとする。
 「そういえば貴様はわたしから奥義書を持ち去っていたな・・・」
 その目の前に回りこんだセツナはそんなことを言いながらファレンの腕を取る。セツナから奪った奥義書から双天武拳を会得したのだ。残念ながらその才能では初歩技しか体得できなかったのだが。セツナは腕に足を絡め、ねじ切るように体を回転させる。連続して引きちぎれる音と鈍い音が響き渡る。
 「ひぎゃああああっっ!!」
 目に大粒の涙を浮べてファレンは転げ回る。左腕を完全に破壊したうえに、わざと痛みを感じるようにしたセツナの技だった。ファレンは腕を押さえて転げ回る。その脚を取ると今度は腰に巻きつけるようにして捻り上げる。またしても何かが引きちぎれる音と、砕ける音が響き渡る。
 「ああっああっああっ・・・」
 だらしなく涎をたらし必死に逃げようとするファレン。だが、セツナはそれを許しはしなかった。無理矢理ファレンを立たせると、もう片手を巻き込むような投げ技を放つ。踏ん張りの利かないファレンは見事に投げ飛ばされる。投げると同時にまたその腕もへし折ってしまう。筋、筋肉、神経、残さずずたずたに引き裂いて。
 「あぎゃあああっっっ!!」
 地面に叩きつけられたファレンはまた転げ回る。全身を襲う激痛は逃れようのないものだった。全身を激しく痙攣させてのた打ち回る。セツナは冷ややかにファレンを見下ろしながら、さらにその足首を掴む。ねじ切るようにして全てを引き裂きへし折っていく。
 「ああ・・・ああ・・ああ・・・・・」
 四肢を砕かれたファレンは頭を振って恐怖を露にする。セツナは無造作に近寄ると、その顎をつま先でしゃくりあげ自分の方を向かせる。血と涙と脂汗、泥にまみれた顔でセツナの顔をこわごわと見上げる。そんなファレンの顔を冷たく見下ろしたまま、セツナは冷たく言い放つ。、
 「先ほど貴方は慈悲が云々言っていましたが、残念ながら私は無慈悲な女・・・楽に死ねると思わぬことだ!」
 そのまま顎を思い切り蹴り上げる。全力からは程遠い一撃だったが、ファレンは数メートル吹き飛ばされる。セツナはそれをさらに追撃し、顔面に蹴りを見舞ってゆく。何度も何度も蹴り飛ばされ、転げまわり、叩きつけられ、踏みにじる。何度も何度も顔を痛打されたファレンの顔は泥と血にまみれ、顎と頬骨を砕かれ、目の周りなどがいつもの何倍にも腫れ上がり、綺麗だった歯は欠け、無残なものと化していた。
 「あぐ・・・ああっ・・・」
 顎を砕かれた状態でファレンは必死に何か言おうとしているが、なにを言っているのかまるでわからない。涙と鼻水を垂れ流し、必死に何かを懇願しているように見えるが、セツナは気づかない振りをした。慈悲など与えない、その言葉どおりに・・・
 「最後は面白い技で始末してあげましょう。受けてみますか?」
 セツナの言葉にファレンは必死に頭を振るが、最初から答えは決まっている。セツナにしたことを思えば当然の報いであった。セツナはひょいとファレンの顎を蹴り上げると今までと異なった構えを取る。
 「リューナ、見ておきなさい。これが双天の本当の姿よ」
 そういったセツナの姿がぶれ、四人に分身する。高速で動き回る4人のセツナが拳を、蹴りをファレンに見舞ってゆく。血を撒き散らせながらファレンの体が宙に舞う。倒れそうになると蹴り上げ、倒れそうになるとまた蹴り上げる。ファレンの体は倒れることの出来ない舞を踊る。
 「双天武拳”縛”!!」
 ファレンの体を十文字にセツナが駆け抜ける。見えない糸で張られたようにファレンの体が空中に静止する。駆け抜けたセツナはぐっとためを作り、反転しながら空中に静止するファレンに襲い掛かる。
 「双天舞脚”爆”!!」
 セツナの蹴りが四方向からファレンを捉える。ファレンの体の中で強烈な爆発が四回起こり、内臓を破壊する。口から、目から、鼻から、耳から、大量の血が吹き出し空中に大輪の血の花を咲かせる。咲いた花はすぐに崩れ、ファレン自身の体を真っ赤に染め上げる。そのままファレンは糸の切れた人形のように倒れ伏すのだった。
 「貴様が奪って秘伝書はくれてやる。どうせすでに役に立たないものだからな。冥土の土産にするがいい」
 冷ややかに動かなくなったファレンを見下ろしたままセツナはそう言い放つ。そして踵を返すと仲間たちの、主の元へと戻ってゆくのだった。血の海に沈んだファレンが動くことは二度となかった。
 「お異母姉ちゃん・・・」
 リューナは戦いを終えたセツナに駆け寄る。セツナはやさしくリューナを抱きしめる。二度、三度頭を撫でてやる。リューナを抱きしめるセツナの顔は間違いなく幼き日に自分と遊んでくれた優しい異母姉のそれだった。嬉しさにリューナの目に涙が浮かぶ。
 「なんで・・・なんで生きていたならすぐに帰って来てくれなかったの?私も、リューノも、お母さんもすごく心配したんだから・・・」
 「ごめんね・・・でも帰る訳に行かなかったの・・・貴方たちに迷惑をかけることになったから・・・」
 セツナの言葉は十分にリューナにも理解できた。魔族になった自分が家にいればリューナたちに迷惑がかかることを恐れたのだ。だが、それでも会いに来て欲しかった。それがリューナの正直な気持ちだった。そんなリューナをやさしく抱きしめてセツナは耳元で囁くのだった。
 「この戦いが終わったら父上のところに行こう。父上もきっと喜ぶ・・・」
 「お父ちゃんも生きているの?」
 「ああ。ヴェイス本国に居られる。この戦いが終わったら休暇を頂き、会いに行こう。リューノも一緒にな」
 セツナの言葉にリューナは涙して何度も頷き、異母姉にしがみ付くのだった。そんな異母妹の肩をやさしく抱きしめるセツナだった。
 「さてと、今度はわたくしの出番ですわね・・・」
 そんな姉妹の再会を見つめていたエリザベートが闘技場の方に視線を移し、愛用の弓を手にする。すでにファレンの死体は始末され、次の対戦相手が闘技場にやってくるところだった。手には弓を持っているところからエリザベートが名乗りを上げたのである。
 「さて、どこまでわたくしを楽しませてくださいますかしら?」
 期待の笑みを浮べてエリザベートが闘技場へと向かう。闘技場に立ったエリザベートは八旗将の一人と対峙する。
 「よく逃げずに来ましたわね。我は八旗将が一人、ホルト。我の弓の腕前、とくと味わいなさい!!」
 ホルトはそう叫ぶと連続して矢を射て来る。放たれた矢がエリザベートに襲い掛かる。だが、エリザベートは落ち着いて自分も矢を射、そのこと如くを射落とすのだった。ホルトは奇襲の失敗に舌打ちをし、エリザベートから距離を置く。そこからまた連続して矢を放ってくる。しかしこれもまたエリザベートに全て打ち落とされるのだった。
 「まさか、我並みの連射能力を・・・?信じられん・・・」
 「まさかこの程度の腕前、ってことはないでしょうね?せめてこれくらいはできるでしょう?」
 驚くホルトを無視してエリザベートは空に向かって矢を一本に射る。さらにホルトの足元に二本の矢を射る。ニ歩後退し、それをかわしたホルトの背中を何か冷ややかなものがかすめる。それは間違いなく最初にエリザベートが射た矢だった。ホルトの背筋が寒くなる。
 「まさかこの程度のことも出来ないで弓の使い手だと?では、これはどう?」
 エリザベートはそう言うと数本の矢を同時に空にいる。それを一斉に射放つと、間髪いれずに次の矢を放つ。その矢が先に放たれた矢の塊に当たり、矢の塊が解かれ、一斉に降り注ぐ。ホルトは急ぎその矢の雨の当たらないところを見定め、そこに逃げ込む。矢は一本としてホルトに当たることはなかったが、ホルトはその場で完全に動けなくなった。エリザベートガ自分に矢を向けているのだ。動けば確実にやられる。全身に汗が噴出し、身動きが出来なくなる。そんなホルトからエリザベートはあっさりと狙いを外す。
 「弓の使い手を名乗るならもっと腕を磨くことですね。その程度ではわたくしの相手など100年経っても務まりませんわよ?」
 勝負のついた戦いに興味のなくなったエリザベートはそんなことを言いながらホルトに背を向ける。まだ、勝負はついていないと思っているホルトがその隙を逃すはずがなかった。すっと手を上げ、対岸にいる自軍の弓兵に合図を送る。それをうけた弓兵が一斉に弓を射る。完全に不意を疲れた形のエリザベートだったが、何とか難を逃れ、かすり傷程度で済んだ。しかしこれがエリザベートに完全に火をつける結果となったのだった。
 「そんなに死にたいのですか?なら望みどおりにして差し上げましょう!!」
 「ふん、強がりを!あれだけの兵の矢をかわせるものですか!!」
 自分の優位を疑わないホルトはもう一度さっと手を上げる。それにこたえて弓兵が一斉に矢を番えるだが、その矢が放たれるよりも早く、エリザベートの弓が唸りをあげる。狙いを定まらせないように動き回りながら、自身は確実に弓兵の眉間を射抜いてゆく。
 「バカ、さっさと打ちなさい!狙いなど定めなくても闇雲に撃っていればいつかは当たります!」 
 腕の差を数の差で押し切ろうとしたホルトであったが、無駄なことだった。結局一人としてエリザベートにかすらせることも出来ずに、全員眉間を射抜かれて息絶えるのだった。あわてて自分もエリザベートを狙おうとするホルトだったが、すでに加速したエリザベートを捕らえることは出来なかった。
 「シュテナント舞弓術、ミラージュ・ショット!」
 多方向から一斉に放たれた矢がホルトに襲い掛かる。逃げ場のない攻撃にホルトは腕を、脚を、背中を射抜かれる。完全に動きを止めた彫るとの眉間を最後の一本が正確に射抜く。
 「今度生まれ変わってくるときは正々堂々戦える心構えを持って生まれてくることですね!」
 動かなくなったホルトの死体にそう言い放つとエリザベートは闘技場を後にする。ニ連勝にもヴェイス軍は浮かれるおことなく、さも当たり前に振舞う。対するルドオールは予想外にニ連敗に声もない状況だった。そんな中、天幕から決闘を観戦していた女王が側近に何事か耳打ちする。耳打ちされた側近は頷くと、即座に馬に乗りどこかへとかけてゆく。
 「何か、やる気みたいだぜ、あいつら・・・」
 「好きにさせておけばいいさ。どうせ何も出来はしない!」
 その様子に気づいていたクリフトがエリウスに話しかける。馬車からシートを降ろし、それを広げてそこでイシュタルに膝枕をしてもらいながら、エリウスはつまらなさそうに答える。余裕綽々の態度にクリフトはすでにエリウスが何か手を打ってあることを感じ取った。
 「さてと・・・今度はあたいが出るよ!!」
 指を鳴らしながらアンナが前に進み出る。早く戦いたくてうずうずしていた彼女は他のものの意見も聞かずに闘技場へと駆け出してゆく。そんな彼女を見送りながらクリフトは空を見上げる。
 (ここから天気が荒れるとは・・・思いたくないな・・・)
 あまりに予想通りの展開が余計にクリフトの不安を大きくする。何かとんでもないことが起こるのではないか、そんな不安に駆られる。そんなクリフトをよそに戦いは進んでゆく。この国にいるはずの”巫女姫”の正体も、その居場所も分からないまま・・・


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