第22話 決闘〜中編〜


 「おら、次の奴出て来な!」
 愛用の槌を持って闘技場に上がり、ルドオール軍のほうに向かって中指を立ててアンナが挑発する。その挑発に乗るようにルドオール軍の側から一人の大柄な男が闘技場へと乗り込んでくる。手にはモールを持ち、鍛え上げた両の腕をこれ見よがしに見せ付けている。闘技場に上がった男とアンナが対峙する。
 「なんだ、こんなチビが相手かよ?楽勝じゃねえか!」
 アンナと自分の体格差を見て男・ソルンは大笑いする。ルドオール軍のほうからも嘲笑がもれる。確かにドワーフのアンナと人間としては大柄なソルンの身長差は1メートルにも及ぶ。そのため大人と子供くらい体格に差が出てしまっているのだ。
 「見た目で判断すると痛い目を見るっていつになったら分かることやら・・・」
 イシュタルに膝枕をしてもらって寝転んでいるエリウスはそんな感想を漏らす。これまでもそうした舐めた態度を取ったために連敗しているのに未だに慎重になる者がいないのだ。クリフトもそんなルドオール軍に苦笑する。
 「まあ、アンナがただのドワーフの女の子でないことはすぐに分かるだろうさ。もっともそのときにはすでに終わっているだろうけど」 
 クリフトは笑みを浮べて闘技場の方へ視線を戻す。すでにアンナとソルンはお互い武器を構え、対峙していた。自分の体格、パワーに絶対の自信を持つソルンはモールを全体重をかけて振り下ろす。アンナを押しつぶさんとする一撃だった。アンナはこの攻撃を真正面から受け止めようとする。
 「バカが!お前にこの一撃を受け止められるわけがなかろう!!」
 完全にアンナをバカに仕切ったソルンだったが、お互いの武器がぶつかり合ったとき吹き飛ばされたのはソルンの方だった。自分の全力の一撃を弾き返されたソルンは信じられないといった顔をする。体格でも、体重でも、アンナに劣る要素など一つとしてなかったからだ。
 「どうした?あたいの攻撃は楽勝でつぶせるんじゃなかったのかい?」
 アンナはそう言うとにっと笑って挑発する。この挑発にソルンは完全にかっとなってしまった。楽勝と思っていた相手に自分の全力の一撃を返され、さらに挑発までされたのだ。モールを振り回しアンナに襲い掛かる。
 「この程度の挑発で熱くなるなんてな!」
 アンナは腰を落としてソルンを迎え撃つ。モールの動きにあわせて槌を振るい、最小の力でこれを尽く弾いてゆく。金属と金属のぶつかり合う音が響き渡る。数合の撃ち合いの末、先に膝をついたのはソルンの方だった。当然の結果だった。実際のところ単純にパワーだけならば、体格、体重の差から見てもソルンの方がわずかに上だろう。
 「あんたは力の使い方が下手なんだよ!」
 槌を突きつけてアンナはそう言う。最大級のパワーと本人は思っていても、実際には力の伝わり方に無駄が多すぎて、さほど強力な攻撃になっていなかったのである。だからアンナの最小の力でも弾くことが出来たのである。アンナにとっては極自然に身につけたことであったが、ソルンにはなじみのないことだった。これまでは力任せに振り回すだけでも勝ててきたが、それの通じない相手に焦りを感じていた。二度、三度打ち合ってみてよく分かる。自分の力技が通じない相手であることが・・・
 「て、てめぇ・・・」
 焦燥の汗を浮べて、ソルンはモールを構えたまま一歩も動けなくなる。このまま何度打ち込んだとしても勝てる見込みがまったくなかったからである。何とか正気を見出そうと考え込むが、どうにも言い案が浮かばない。そんなソルンを見てクリフトは思わず噴出してしまう。
 「どうやら頭の中身までどっかの四バカと同じレベルみたいだな」
 「役に立つだけまだ彼らの方がましだけどね」
 クリフトの言葉を聞いたエリウスがポツリと呟く。確かに四バカは筋肉バカであるが、第五軍の副長を勤めるほどの戦士たちである。当然弱いはずなどない。あんなパワーだけで八旗将に選ばれた男と一緒にすること自体ばかげている。もっとも本人たちがそのことを理解できるかは甚だ疑問ではあるが・・・
 「もっと打ち込んで来いよ。踏み込みが甘いから簡単に流されるんだ!」
 アンナはそう叫びながらソルンの懐深くまで飛び込む。そのがら空きの胸元に強烈な一撃をお見舞いする。鈍い金属音が響き渡り、ソルンは数メートル吹き飛ばされる。その攻撃をうけたソルンはキッとアンナを睨み返すと、口の端から滴る血を拭い取り、雄たけびを上げてアンナに打ち込んでゆく。
 「なんだ、そのへっぴり腰は!もっと腰を落とせ!」
 その攻撃を受け止めながらアンナはソルンに激を飛ばす。その言葉どおりソルンはさらに一歩踏み込んでモールを振ってくる。アンナはその攻撃をがっしりと受け止める。アンナはソルンにアドバイスを送りながら一歩的に攻撃させる。その様子は相手を鍛えているように見える行動だった。
 「あれま、アンナのやつ・・・あの筋肉バカが気に入っちまったみたいだぜ?」
 クリフトは呆れた口調でアンナの行動を笑っている。その言葉どおり、アンナは自分から攻撃することはなくなっていた。ソルンに攻撃させ、その度に悪いところを指摘してゆく。ソルンもアンナの言うとおりに動くことに不快感はなく、自分が強くなってゆく実感を感じていた。
 「うりゃぁぁっっ!!」
 ソルンの気合のこもった攻撃がアンナの槌を弾く。だが振りが大きすぎたためニ撃目につなげない。そのことをソルンは悔しがり、自分でどうしたら言いか考え、アンナのアドバイスに耳を傾け出す。アンナはソルンの攻撃の重さを実感しながら、眼の前の男が強敵に育ってゆくことに喜びを感じたいた。
 (あたいを喜ばせられるだけの男になれよ!)
 わくわくしながらソルンの攻撃を受け止めてゆく。段々のソルンの踏み込みが深く、早くなり、モールの振りも小さく、鋭くなってくる。それにつれ槌から伝わってくる攻撃の重みは増し、手に痺れを感じてくるようになった。この短時間でソルンは自分の欠点を克服し、その動きをしなやかに、鋭いものにしていったのだった。
 (もっと早く、もっと鋭く!!)
 心で念じるようにソルンの動きが早く鋭いものになってゆく。そしてついにソルンのモールがアンナの槌を弾き、返しが彼女の腹部に減り込む。アンナの小柄な体が数十センチ浮き上がり、そのまま膝をついてしまう。前のめりになったアンナはそのまま腹部を押さえたまま動かなくなってしまう。
 「そこだ!止めを!!」
 ルドオール軍の側から止めを刺せという声が響く。ソルンはモールを構えたまま動けなくなってしまう。この勝負最初から自分が負けていたことを思い知らされている。いくら攻撃しても全て返されてしまっては自分の負けを嫌がおうにも認めなければならない。
 「・・・・・・・できるか・・・」
 今ここに生きて自分が立っていることが出来るのも、彼女が腹を押さえて蹲っているのも全て彼女のおかげである。そのアンナに止めを刺すことなど自分には出来なかった。騎士としての最後のプライドがアンナに止めを刺すことを躊躇わせていた。
 「・・・・・・」
 無言のまま立ち尽くしていたソルンは両手でモールを握りなおすと、それを頭上にかざす。構えはしたがその瞳にはまだ迷いが残っていた。手が震え、鼓動が早くなる。早鐘のような鼓動が耳にも聞こえてくる。このまま彼女を殺していいのか。自分を強くするためにここまでしてくれた女性を殺していいのか。一度芽生えた迷いは決して晴れることが無かった。
 「うぐっ・・・ううっ・・・うわああああああっっっ!!」
 その迷いを打ち消すかのようにソルンは雄たけびを上げる。そして振りかぶったモールを思い切り振り下ろす。鈍い地面を砕く音があたりに響き渡る。ソルンのモールはアンナの頭をかすめ、地面に減り込んでいた。振り下ろしはしたがソルンの心がアンナを殺すことを良しとしなかった。
 「今度会う機会があったらそのときこそ絶対に勝つ!!」
 意識のないアンナにそう言い放つとソルンはそのまま闘技場を後にする。だが、ルドオール陣営に戻ったソルンを待っていたのは冷たい仲間の仕打ちだった。武器を取り上げられ、縄を打たれる。無抵抗なソルンにひとしきり暴行を加えると、そのまま陣営から放り出されてしまうのだった。
 「魔族に加担するものなど、我ら気高きルドオールの民にあらず!!」
 女王にそう言い放たれたソルンは、その首をはねられそうになる。だが、それを止めたのは、第一王女にして八旗将の長、レイトームであった。魔族に同族が滅ぶ様を見せ付けて魔族の弱さを見せつけようという彼女の意見が聞き入れられソルンは轡をはめられたまま残りの試合を見せ付けられることとなった。
 「魔族など、すぐに滅ぼして見せよう・・・」
 女王ルイトームはそう言ってほくそえむのであった。

 ほぼ同時刻、ルイトームからの連絡を受けたスズハはサーナリア国境線にいた。次期八旗将候補といわれた彼女に命じられた使命はサルトルの強襲、サーナリア国国王と第一王女の殺害であった。そしてその罪をヴェイス軍に擦り付けることであった。これによりヴェイスに支配された国々で反乱を起こさせ、ヴェイス軍を弱体させる。その国々にルドオールが共闘を呼びかける算段になっていた。そして最終的にはヴェイス軍を滅ぼした暁には自分たちがストラヴァイドに代わって自分たちルドオールがこの世界の盟主となるつもりでいた。スズハはそのための大事な作戦の指揮を任されたのだった。
 「必ずこの作戦、成功させて見せる!」
 心に誓ったスズハは部下たちに用意させた鎧を身につけさせてゆく。それはヴェイス軍使用の鎧だった。戦場で放置されていたもので、そこかしこに修理のあとが見られる。さらに顔を布で隠し、兜を被り身元を分からないようにしてしまう。これで自分たちをヴェイス軍を装って反乱の火種を起こそうとたくらんだのである。スズハたちは鎧を纏い、武器を手にすると、馬に跨る。
 「よいか、サーナリアの首都、サルトルはここより馬で半日ほどの距離にある。これより一気にサルトルまで駆け抜け、サーナリア国国王、ならびに第一王女の暗殺を試みる。我らは今よりルドオール軍ではない。捕まってもそのこと一言として白状でないぞ!」
 スズハの言葉に部下たちは応じる。それを見たスズハは馬に鞭打ち、走らせる。部下たちもそれに答えて馬を駆けさせる。地響きを立てて五十を超える馬がサルトルを目指す。ヴェイス軍の主力はサルトルから数日のところに展開した傭兵たちのおとりにかかってそちらに陣を敷いている。つまりこちらは完全にノーマークのはずだった。
 「魔族といってもさしたるものではないな・・・」
 鼻で笑ったスズハはすでに自分たちの勝利を信じきっていた。”操りし者”などとご大層な二つ名を頂いている割に敵の総大将などたいしたことないと思えてしまう。自国の女王や王女の方がよほど有用な策を立てることが出来ると・・・だが、それは誤りであった。
 「将軍、前方に敵が!!」
 部下の言葉にスズハは前方に視線を移す。確かにそこには敵が待ち構えていた。それもただの騎兵ではない。一体は人馬・ケンタウロス。全身鎧に身を固め、大振りの槍を構えている。一体は女性。白銀の鎧に細身の長槍。その身を預けるは一角獣・ユニコーン。その後ろにも数体のユニコーンが待ち構えている。
 「さすが、エリウス様・・・愚か者どもが操られたようにやってくる!」
 自分たちの方に突っ込んでくるルドオール軍の姿を見つめながら、ユフィナトアは呆れたように呟く。今回の決闘が始まる前にエリウスに呼び出されたユフィナトアとシグルドは、ルドオール軍がこのあたりを通ってしゅと、サルトルを目指すことを知らされ、それを阻止することを命じられていた。
 「まったくです。魔族は下劣だなんのといいながら自分たちはこのような卑怯な策を平然と・・・」
 ユフィナトアの横に並んだササナもあきれ果てた顔で敵軍を見つめている。最初エリウスの話を聞いたとき、ユフィナトアもササナも信じることが出来なかった。そんな恥知らずな策をたてられる者、実行できるものがいるとは思えなかったからである。だが、実際に自分たちの眼の前にいる。それが現実であった。
 「自分たちはなにをしても許される高潔な存在、それ以外は生きる価値もない低俗で恥知らずな生き物。そういった下卑た思想が奴らを支配しているのですよ。」
 シグルドもまたあきれ果てた口調で呟く。自分たちに向かってくる連中はご丁寧にヴェイス軍の鎧まで身に纏っている。首都攻撃を自分たちに擦り付ける気でいることは明らかだった。そんな相手の下劣さにシグルドは静かな怒りを覚えていた。
 「シグルド殿、エリウス様のお言葉、お忘れなきように・・・」
 ユフィナトアに戒められたシグルドは大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。エリウスから命じられた命令、それは敵軍の撃退、敵将の捕縛であった。このまま突っ込んでいっていたら、本気で奴らを全滅させてしまっていたかもしれない。だが、落ち着いたシグルドはじっと敵陣を見つめる。
 「先頭の女性が敵将のようだな」
 「そのようですね。では彼女は・・・」
 「貴方にお任せしよう、ユフィナトア様。私は雑魚の掃除をさせていただく」
 まだ怒りが収まりきらないのか、シグルドはそう宣言する。その言葉にユフィナトアは頷いて応じる。敵将の顔さえわかっていればその一人に手を出さなければすむ話である。シグルドは怒りを静めるためにあえて雑魚掃討を買って出たのである。ユフィナトアもそれが分かっているからこそ応じたのだった。
 「ササナ。貴方はここで私たちが打ち漏らしたものたちを・・・」
 「心得ました。ご存分に!」
 ササナもユフィナトアに応じる。ユフィナトアは頷くと、ミストに行こうと促す。ミスともそれに答え、敵陣へと駆けてゆく。シグルドもそのあとに続く。スズハは奇襲がばれたと思いどうしたものかと考えていたが、敵の数の少なさに気を大きく持って、これを一気に撃破してしまおうと無謀な考えを抱くのだった。
 「奴らを一気に打ち破るぞ!続け!!」
 スズハの号令のもと、ルドオール軍はユフィナトア、シグルド目掛けて進軍する。根拠のない自信に満ちたルドオール軍は二人に打ちかかってゆく。しかし、その一撃が届く瞬間、二人の姿が視界から消える。あっけに取られる兵の背中を、腹を、眉間を、ユフィナトアとシグルドの槍が正確かつ力強く貫いてゆく。まさに一撃必殺の一閃にルドオール軍はなす術がなかった。
 「な、何をしている、敵はたったの二人。取り囲んでしまえ!!」
 スズハはあわてて指揮するが、取り囲もうにもユフィナトアとシグルドはひとところにとどまらず常に位置を変え攻撃してくるため、取り囲むことが出来なかった。すばやく動き的を絞らせず、相手の隙をついて一撃で相手を倒す。理にかなった二人の攻撃は見る見るうちにルドオール軍を討ち取ってゆく。
 「くそ、なんなのだ、奴らは!!」
 敵の思いがけない強さにスズハは完全に混乱してしまっていた。まさかこんなに苦戦するとは思いもしなかったからだ。ユフィナトアはミストを駆り、華麗に舞うように敵を交わす。細身の槍を鎧の隙間を通す柔の攻撃。片やシグルドは直線的動きで立ちふさがる敵をその鎧後と貫く剛の攻撃。二人の華麗かつ豪胆な攻撃にルドオール軍兵は次々に討ち取られてゆく。さらにいえば反撃の機会すら与えてもらっていない。
 「なんなのだ、こいつらは!!」
 敵のあまりの実力にスズハは歯噛みして馬首を返す。このままここにいても何の益もない。作戦は失敗したのだ。自分たちが敵を甘く見ていたとは思ってはいなかった。エリウスがここに兵を配置したのはたまたまで、そこにこれだけの実力者がいたのもたまたまとしか思っていなかった。
 「クソ、運のいい奴らだ!!」
 自分たちの勝利を信じて疑っていなかったスズハは悔しそうにはき捨てると急ぎここからの脱出を試みる。その横を白い何かが駆け抜けてゆく。駆け抜けたそれは数十メートル先で待ち構えている。額に角を持った馬、ユニコーン。その背中には銀の鎧を纏った少女が跨っている。
 「貴方だけは逃すわけにはいかないのです!」
 ユフィナトアは力強くそう言い放つと、スズハに向けて駆けてくる。スズハはあわててこれを迎え撃とうとするが、ユフィナトアの一撃がスズハの腕に命中する。鈍い金属音と共にスズハの槍が手からこぼれ落ちる。武器を失ったスズハはすぐに呼びの武器を抜こうとするが、その脇をかすめてユフィナトアの槍がスズハの馬の頭を刺し貫く。
 「あああっ!!」
 槍の一刺しで絶命した馬が崩れ落ちる。その馬から投げ出されたスズハが地面に放り出される。受身を取りそこなった彼女は強かに背中を地面に打ち据えてしまう。肺の空気を全て吐き出して苦しむ彼女の首筋に冷たいものが当てられる。ユフィナトアの槍が当てられたのだ。動けば刺す、暗にそう言っている槍の動きにスズハは悔しそうな顔をするが、彼女に残された道は投降か、自害しか残されていなかった。そしてスズハと生き残った数人の敵兵は捕縛されヴェイス軍本陣へと連行されるのだった。
 
 「さてと・・・名前を名乗ってもらおうか?」
 「・・・・・」
 尋問役となったフィラデラがスズハに問いかける。しかし、スズハはそっぽを向くだけで答えようとはしなかった。それは名前を聞いても、所属を聞いても変わらなかった。おそらくこのまま尋問を続けていても結果は変わらないだろう。強情なスズハの様子にフィラデラは溜息をつく。
 「ふう、強情な方ですね・・・尋問役に四バカを召集してもいいのですが・・・」
 四バカを使って口を割らせる策を思いついたフィラデラだったが、エリウスを通しての召還などの手間や時間などの都合を考えて他の策を考え始める。しばし考え込んだフィラデラはふとあることを思い出す。
 「そういえば先日、ドクターから面白いものを頂きましたっけ・・・」
 拷問器具ということしか聞いていなかったので詳しいことは分からない。だから正直言ってこの女の口を割らせられるかどうかは分からない。だが裏を返せば、この女でこの拷問器具の効果を確かめておけば今後の役に立つ、ということである。
 (この女には悪いですが、ここはひとつ実験台になっていただきましょうか・・・)
 フィラデラはそう決心すると、配下に命じてドクターから送られてきたものを持ってこさせる。フィラデラも忙しさから実物をみるのは初めてだった。それは大きめの棺桶で、手足を拘束する枷と、十以上の穴が開いている。どうやって操作していいのか分からないため、添えられていた説明書に簡単に目を通す。
 「何々・・・名は”女喰らい”。先ず囚人を枷に拘束、続いて同梱の器具を使って操作、効果は・・・」
 ざっと説明書に目を通してゆく。その間に配下のものがスズハを拷問器具の方へと移動させる。両手、両足を枷で拘束して行く。全ての準備が終わるころにはフィラデラも説明書に目を通し終える。
 「なるほど。さすがわ、ドクター。悪趣味なものを作る・・・」
 その効果を理解してフィラデラは思わず笑ってしまう。しかしすぐに気を取り直し、スズハへの尋問を再開する。
 「もう一度問います。貴方の名前と所属は?」
 きつい口調で問いかけるが、スズハはフィラデラのほうを向きもしないまま、無視する。そんな強情なスズハの態度にフィラデラは残忍な笑みを浮べると、手首にブレスレットをすると手をかざして何事か呟く。妖しくブレスレットが光ったかと思うと穴の中からペニスに似た触手が無数に這い出してくる。それはすぐにスズハの体に取り付くとするするとその体を這いずり回り始める。
 「なに?なんなの、これは!?」
 異様な生物が自分の体を這いずり回る感触にスズハは悲鳴を上げて悶える。必死になって逃れようとするが、拘束された状態では逃げることも這いずり回る触手を払いのけることも出来ない。ただ体をよじって触手から逃れようとすることしか出来なかった。
 「素直に答えれば触手を止めますが?」
 「・・・・・」
 触手の動きは気持ち悪かったが、耐えられないほどではない。ここで自分が名前と所属を吐くことは祖国への裏切りであり、重大な背信行為であると考えて必死に抵抗しようとする。自害してしまえば一番いいのだが、舌を噛み切ろうと試みたが徒労に終わっている。いくら噛み切ってもすぐに傷が再生し、傷を塞いでしまうのである。おそらく”再生”の魔法が掛けられているのだろう。
 (ならばなにをされようとも絶対に吐くものか!!)
 そう決意したスズハはフィラデラを睨みつける。その意思を感じ取ったのかフィラデラは無言のまま拷問器具の操作を再開する。目を閉じ念じるように手をかざすと、それに答えるようにうねうねと動いていた触手が、スズハの胸にまとわりつく。小ぶりだが形のいい乳房にまとわりつき、締め付け、乳首を転がしたり、陰茎で擦ったりする。
 「うぐ・・・な、なに・・・?」
 触手が乳房を弄ぶ感触に喘ぎ声を上げてしまう。動き回る触手はスズハの感じる箇所を見つけてはそこを念入りにいじりまわす。絶え間なく襲ってくる快感の波にスズハは悶え苦しむ。
 「あうっ・・・そんな・・・やめ・・・」
 乳房を弄ぶのに飽きたのか、触手は下へと移動し、白い腿を、そして濡れてきた秘所へと移動してゆく。割れ目の上から触手が蠢き、擦りあげる。あふれ出す愛液が触手を濡らし、にちゃにちゃといやらしい音を立てている。その音がスズハを激しく動揺させる。
 「感じて・・感じてなんかいないのに、どうして・・・」
 自分の体が反応してしまう様にスズハは激しく動揺していた。耐え抜こう、抵抗しようと思う気持ちさえも飲み込んで、とめどない快楽が自分を支配してゆくのが分かる。その快楽に必死に抗い、悶え、抵抗する。快楽に飲み込まれたらそこで終わる。だから必死になって抵抗した。
 「粘りますね、でもどこまで頑張れるかしら?」
 薄笑いを浮べるフィラデラに答えるように触手の一本がスズハの眼の前に移動してくる。うねうねと動きまるで見せ付けるかのように動き回る。その形にスズハは息を呑む。極太、長大な男性器。亀頭は人のそれよりも大きく、雁首は幅広い。その陰茎部分には多数の突起が膨らんでいる。それがいま眼の前で動いているのである。
 「これをどうするか、分かるわよね?」
 フィラデラはにこりと笑う。その残忍な笑みにスズハは背筋が寒くなる。もし自分が白状しなかったならば、躊躇せずにその物体を自分の膣内に押し込んでくるだろう。スズハとて処女ではない。だが、男性経験はまるでなかった。この地位を得るためにレイトームにその身を捧げてきた彼女にとって、こんな物体にその身を自由にされることはおぞましい以外の何ものでもなかった。
 「うくっ・・・やめろ・・・」
 「やめて欲しければどうすればいいか、それくらいおバカな貴方でもお分かりだと思いますけど?」
 冷ややかな眼差しでスズハを見下ろしながらフィラデラははっきりと言い放つ。その言葉を聞いたスズハはどちらを選択するか一瞬躊躇した。このまま吐かなければレイトームへの裏切りになる。だが、もし吐いてしまえばそれはレイトームばかりか故国への裏切りにもなる。それだけはするわけにはいかなかった。
 「どうするか決まったようですわね?」
 スズハが白状する気がないと取ったフィラデラは、容赦なく巨大陰茎にスズハの膣内へと入っていくよう念じる。先端から透明の液体を滴らせた陰茎はもそもそと開かれたスズハの割れ目へとその先端を押し付ける。しばらく割れ目の感触を楽しむと、グニッと膣内へと入り込んでゆく。
 「ひぐっ!あぐっ、や、やめ・・・いた・・・い・・・」
 引き裂かれる様な激痛が全身を駆け巡る。普通の男性のペニスすら受け入れたことのない彼女にとってこの物体は熱く、硬く、太い拷問のための物体でしかなかった。極太の触手はメチメチとスズハの膣道を引き裂いて奥へ奥へと進んで行く。その度にスズハの体は激痛に苛まれ、体を震わせる。
 「いやっ、やめろ・・・ああっ・・・いたい、いたい!!」
 全身の苛む激痛にスズハは涙を流して首を振る。痛がり、許しを請う手も許されるはずがないことはスズハにも分かっていた。激痛に全てを吐露してしまいそうな誘惑と戦いながら、必死に激痛を押さえ込もうとする。そんなスズハの痛みを無視して極太触手は先端が子宮口まで達すると容赦ない抽送運動を開始する。
 「ひゃっ!あああっ、いたっ・・・いたいっ!!」
 引き裂かれた肉を擦りあげるようにして極太触手が出入りする。引き裂かれ出血した血とあふれ出した愛液がその動きを手助けしていたが、さらにあふれ出した愛液が膣を濡らし、その動きを助けてくれる。おかげで徐々にではあるが痛みは薄れてゆく。
 「んっ!ああああっ・・・い・・・ああっ・・・」
 痛みが引くにつれてスズハの表情からも痛みは消え、別の表情がのぞき始める。そんなもの見せたくないと思うスズハは必死になって堪えようとするが、体の奥がジンジンと熱くなり、それを堪えることが出来なくなってしまう。触手の動きにあわせるように甘く切ない声を上げ、腰をくねらせる。
 「浅ましいものね・・・少し薬に当てられたくらいで・・・」
 「く・・・くす・・・り・・・?」
 「そうよ。その陰茎の先端から迸る液体、それは媚薬になっているの。効くでしょう?一滴で処女が淫乱娘になってしまうくらいだから・・・」
 その言葉を聞いてスズハは恐ろしくなってくる。そんな液体がどれほど自分の膣内を通して自分の中に放たれたことだろう。体が熱く、その欲望を抑えることが出来ない。激しく出入りする触手をもっとほしくてたまらなくなる。
 「ああっ・・・もっと・・・もっと、かき回してぇ!!」
 腰をくねらせてスズハは懇願する。体は火照り、ペニスが欲しくて欲しくてたまらなくなる。もはやスズハの頭の中にはレイトームとのことはまるでなかった。今自分に与えられている感じたことのない快感にその身をゆだね、更なる快感を貪るだけだった。
 「もっと、もっとジュボジュボしてぇ・・・」
 腰をくねらせ、もっと激しく、もっと深くと懇願する。それに答えるかのように触手の動きも激しくなる。力強く奥へと押し入り、中のものを引きずり出さんばかりに引く。触手が出入りするたびにとめどなく溢れてきた愛液がまるで噴水のように噴出し、床に水溜りを作ってゆく。

 「はひぃっ!もっろ、もっろぉ!!あふああああっ!!」
 「うるさい口ですわね・・・他にいうことがあるでしょうに・・・」
 フィラデラは溜息をつくとブレスレットに停止を念じる。完全に触手の動きに喜んでしまっている彼女にこの拷問は逆効果でしかない。動きを止め逆に欲求を高めた方が白状するかもしれないと判断してのことだった。案の定、触手が動きを止めるとすぐにスズハは腰をくねらせておねだりしてくる。
 「やぁ!とめないで、やめないで!!もっと、もっとかき回してよぉ!!」
 「して欲しければ・・」
 「もっろぉ、もっろいっぱいしてぇ・・・ぐちょぐちょにしてぇ!!」
 フィラデラはもう一度溜息をつく。この女は完全に壊れてしまっていてこちらの呼びかけにはまるで反応していない。完全に心を崩壊させ、セックスの虜に成り果ててしまっている。このまま何度問いかけようともこちらの問いに答えることはないだろう。
 「仕方ありませんわね、このままにしておいてもうるさいだけですし・・・」
 フィラデラはもう一度ブレスレットに念じると、触手の動きを再開させる。極太の食酢が膣内に、他の触手も胸を、アナルを、口を攻めたて始める。触手たちの容赦ない攻めも今のスズハには快楽を得るためのものでしかなかった。愛液を迸らせ、喘ぎ、悶える。
 「ふぐっ、んんんっ・・・んあんんんっ!!」
 おいしそうに触手をしゃぶり、膣とアナル療法に触手を受け入れ、極細の触手も尿道に侵入させる。愛液が、小水がとどまることなくあふれ出し、触手を濡らし、床を濡らして行く。
 「ふう・・・困りましたね・・・」
 まさか囚人がこれほど簡単に壊れてしまうとは想像もしなかったフィラデラは溜息をついてしまう。これではルドオール軍がやろうとしていたことを聞き出すことは出来そうにない。エリウスからの依頼を遂行できなかったことになってしまう。
 「まったくドクターもとんでもないものを作ってくれたものですわ・・・はっきり言ってまるで使い物にならない・・・よほどの淫乱でもなければ耐え切れる代物ではないですね・・・」
 拷問の器具としては強力すぎるものにフィラデラは思わず俯いてしまう。後は他に捕まえた男たちが排他かどうかでこの任務の成否が決まる。そこへ3人の少女が室内へと入ってくる。一人は犬耳、一人は猫耳、一人はウサギ耳をした少女たちだった。三人はそれぞれ全裸の男の首筋を掴んで引きずっている。三人とも両手を封じられたまま、やせ衰え、うつろな表情をしている。むき出しのペニスはビショビショに濡れ、その根元をペニスバンドで封じられ、射精が出来ないようにされていた。
 「フィラ様、聴取終わったですぅ!三人ともルドオールの貴族の子弟だそうですぅ」
 ウサギ耳の少女が舌たらずの口調で報告する。その言葉を聞いたフィラデラは満足そうに頷く。連れられた男たちの常態は気がかりだが、まだ目に正気の光があるところから安心するのだった。
 「ご苦労でしたね・・・ディ、シィ、アール・・・」
 フィラデラは任務をやり遂げた自分の使い魔たちに微笑みかける。マスターのこの笑顔見たさに頑張った使い魔たちは嬉しそうな表情を浮べる。そして男たちを放り出すと、フィラデラに抱きついて甘えだす。そんな使い魔たちの頭を撫でてその労をねぎらってやるのだった。

 決闘の場ではアインスとツヴァイが決闘場に上がっていた。片膝をつき、肩から、腿から、血を滴らせている。すでに始まった戦いはアインスたちの劣勢であった。2VS2の戦いとなったこの戦い、アインスとツヴァイの対戦相手は双子の兄妹、エリックとエリーザだった。
 「くそ、なんで・・・」
 いくら変身していないとはいえ、基本能力で上回るはずの自分たちがこれほどまで追い詰められることがアインスには納得いかなかった。だがいくら攻撃を仕掛けてもエリックもエリーザもするすると交わして、こちらの攻撃があたることは無かった。それどころか確実に反撃にあい、全身傷だらけの状況が続いていた。
 「あいつら、まだ自分たちがあの双子に劣っていることに気付いていないのか?」
 戦況を見つめていたクリフトは溜息混じりに呟く。確かに基本能力はあインスたちのほうが上であることは明らかだった。だがそれだけで戦いは決まらない。あの双子にはそれを補って余りあるコンビネーションと戦術眼があった。相手の攻撃を見切り、確実にかわしてコンビで一人に確実にダメージを与える。能力が劣っても十分以上に渡り合える理由だった。
 「なまじ能力が高いせいでしょう・・・」
 セツナもまた溜息交じりに答える。彼ら二人に基本を教えてきたセツナから見ても二人の基本能力の高さは際立っていた。それは作られた形態によるものだった。ドクターはゼロとは違うコンセプトで二人を作り上げている。二人のコンセプト、それは戦闘データの獲得であった。
 「量産型は強力は兵になりますが、戦闘データが不足しているのが最大の欠点です。本来ならば様々な経験を積ませる必要があるのです。ですが即戦力も求められる量産型にはそんな経験してゆく余裕などない。そこで実験体に戦闘をつませ、それを次の世代に書き込むことによって補おうとしているのです」
 セツナの説明を聞いたクリフトは”なるほど”と思った。戦闘データを得るために高い能力を最初から与える。だから低い能力から学んでいくということの出来ない彼らには、今自分たちが置かれている状況を理解し、対処することが出来ないのだろう。
 「この勝負、負けかな?」
 「いえ。まだ彼らにも勝機はあります。あの双子も決定的ダメージを与え切れていないのですから」
 弱気になったクリフトにセツナは首を振る。セツナの言う通りアインスもツヴァイもまだ決定的ダメージは受けていない。アインスたちが戦闘データを蓄積しこの状況を打破する方が早いか、エリックたちがアインスたちに決定的ダメージを与える方が早いか、ここはどちらが早いかの勝負であった。どうすることも出来ないクリフトたちはじっと静かに戦況を見守るのだった。
 「ツヴァイ、どうだ。何かわかったか・・・」
 「わからない。確実にこちらの方が実力は上だ。なのになんでダメージを与えられないんだ・・・」
 アインスもツヴァイも悔しそうな顔をする。戦うために生まれてきた自分たちがこんな状況で一方的にやられるだけなど生みの親ドクターにも、武術の師であるセツナにも、主エリウスにも見せられたものではない。自分たちの存在意義が否定されているのだから。
 「お兄様、大丈夫ですか?怪我などされていませんか?」
 「ああ、大丈夫だ・・・しかし、強い・・・」
 エリックもエリーザも唸るしかなかった。傍目には一歩的に自分たちがアインスたちにダメージを与えているようにも見える。しかし実際には紙一重のところでかわして浅い傷を負わせているに過ぎない。こんな攻撃では相手を倒すことが出来るのはいつになるか分かったものではない。
 「もう少し、踏み込みを深くしてみるか・・・」
 「分かりました。私もけん制を派手にしてみます。」
 エリックは手にした大剣を手の平の汗を拭うと握りなおす。エリーザも隠し持った小剣を取り出し、構える。エリーザの小剣でけん制し、エリックの大剣でダメージを与える。時には逆もある。双子ならではの絶妙のコンビネーションでの攻撃、それがエリックとエリーザの戦い方だった。
 「行くぞ、エリーザ!!」
 「お任せを、お兄様!!」
 二人は重なるように走り出す。先ずは傷の深いアインスに狙いを定める。大剣をかざして駆けるエリックにアインスはぐっと身構える。大剣はダメージは大きいが振り切った後の隙が大きい。その隙をつくつもりでアインスはその瞬間を待つ。エリックが振りかぶった瞬間、彼の背後から一本の小剣が放たれる。確実に急所に当たるわけではない攻撃だったが、アインスは反射的にそれを叩き落としてしまう。そのために対応が数コンマ遅れる。
 「もらった!!」 
 鋭い踏み込みからエリックの大剣が振り下ろされる。鋭い一撃が肩の肉を削ぎ落とす。鮮血が舞う中、アインスは痛みに耐えて反撃の一撃を見舞おうとする。大剣を振り下ろしたいまならば、エリックは完全に無防備の状態である。一歩踏み込み怪我をしていない腕で一撃見舞おうとする。だが、その一歩踏み込もうとするタイミングでエリーザが小剣を投げてくる。小剣をはたくわずかな隙にエリックは体勢を整えてしまい、反撃を試みることは出来なかった。アインスは舌打ちをして後方に大きく跳ぶと構えを取り直す。
 「いい加減気付け!お前たちがどうしてその2人に叶わないのか、まだ分からないのか!!」
 アインスとツヴァイの戦い方に業を煮やしたゼロが大きな声を上げる。ゼロの方にちらりと視線を送った二人は舌打ちをする。確かに何かがあるからここまで自分たちが追い詰められている。それがなんであるかを自分たちは素人もせずに力任せに戦うことしかしてこなかった。
 「ツヴァイ、どう思う、あの二人の動き・・・」
 「多分、一人が攻撃、もう一人がそのフォロー、その役割に徹している。役割分担がしっかりしているんだ」
 「ならどっちを先に倒した方がいい?」
 アインスたちは小声でエリック、エリーザ兄妹の戦い方を分析しあう。エリックが主攻撃、エリーザがそのフォロー役であることは明らかだった。そしてお互いがお互いをかばいあい、相手の攻撃からお互いを守りあっているのだ。息のあった双子ならではの戦い方だった。
 「これはいい奴らと戦えた・・・」
 「ああ、俺たちの寿命はあと一週間ほど。ならこいつらの戦い方の全てを収集することに使うとするか・・・」
 ゼロと違い無理に肉体的能力を高め誕生したアインスとツヴァイの寿命は極端に短い。そのことは最初からドクターから告げられている。自分たちが使い捨ての実験動物に過ぎないことを。そして彼らの寿命は普通に生きて後一週間ほどで尽きるところまで来ていた。
 「実験動物ならば・・・」
 「それらしい死に方をしてやる!!」
 「「”変身”!!」」
 2人は体内の魔力を一気に解放し始めるする。魔力の解放、変身は肉体の崩壊に繋がる。一週間ある寿命が見る見るうちに削られていくことになるのだ。それが分かっていて敢えてアインスたちは魔力を解放し、真の姿へと変身するのだった。目の前にいる兄妹がそれに見合った強敵であると認識して・・・変身したアインスはありを母体とした、ツヴァイは蜂を母体とした姿だった。その姿にルドオール軍からは彼らをなじる声が聞こえてくる。そんな声も今のアインスたちには届かなかった。
 「せやああああっ!!」
 アインスが一気にエリックに駆け寄り拳で攻撃する。その一撃を大剣で受け止めたエリックにニ撃、三撃と連続して攻撃を加えてゆく。兄の危機を感じたエリーザはエリックの背後から小剣を投げようとする。そのタイミングに合わせるようにツヴァイがエリーザに風の刃を放ってくる。
 「うくっ!」
 風に吹き飛ばされたエリーザは体勢を崩し、地面に尻餅をついてしまう。それを追撃しようとするツヴァイだったが、妹を守ろうと間にエリックが入ってくる。それを追撃して来たアインスと共に弾き飛ばす。みよぷみまねでやったアインスとツヴァイのコンビネーションが初めてエリック・エリーザ兄妹にダメージを与えたのだった。
 「まさか、奴らがコンビネーションを?」
 「お兄様・・・」
 予想外の攻撃にエリック・エリーザ兄妹にも動揺の色が広がる。ついさっきまで単体での攻撃しかしてこなかった奴らがあっという間にコンビネーション攻撃を仕掛けてきたのだ。それも見事なまでのコンビネーションだった。それに驚かない方が無理がある。
 「しかたがない・・・彼らは本気で戦う気だ。ならばこっちも本気で戦うぞ!」
 「わかりましたわ、お兄様!!」
 向こうが本気なのにこちらが手を抜く道理はない。エリック・エリーザは全力でアインスたちに向かってゆく。エリーザは腰から棒状のものを取り出し、さらにそれを伸ばして地面に突き立てる。細身だが数メートルの長さのそれをつきたてると、するりとその上に飛び乗ってゆく。
 「おもしれぇ、あんたらの本気、見せてもらうぜ!!」
 アインスは大きく振りかぶると、渾身の一撃をエリックに見舞う。上空からその動きを阻止しようとエリーザが小剣を投げつけてくる。それを避けようともせず、体で受け止めるとアインスは強烈な一撃をエリックの胸元に見舞う。鈍い金属音と共にエリックの鎧がはじけ飛ぶ。その衝撃にエリックは仰け反りながらも、返しの一撃を見舞う。
 「せええいっっ!!」
 エリックの大剣がアインスの左腕にヒットする。だがアインスは避けようとも、弾こうともせずにさらに深く踏み込んでくる。左腕に食い込んだ大剣が肉を裂き、骨を砕く。切り裂かれた左腕が鮮血と共に地面に落ちる。左腕を失う代わりにアインスはもう一撃見舞う機会が巡ってくる。大きく振りかぶり、もう一度渾身の一撃を今度は鎧のない胸元へとヒットさせる。骨の砕ける音が響き渡り、エリックは大量の血を吐き出しながら片膝をつく。
 「ぐぅっ・・・肺に骨が・・・」
 苦しそうに胸元を押さえてエリックの動きが止まる。このままでは次の一撃が決められるのは目に見えている。そうはさせまいとエリーザが小剣でアインスに狙いを定める。
 「俺の存在を忘れたのか?」
 エリーザは背後から聞こえる声に青ざめる。ツヴァイの存在を完全に失念していたのだ。彼は蜂を母体としているので、空を飛んでエリーザに近付いたのだった。エリーザは慌てて飛びのきながらツヴァイに小剣を見舞う。目や肩に小剣が目や肩にヒットし、血を撒き散らしながらツヴァイの一撃がエリーザに命中する。
 「きゃあああっ!!」
 エリーザの皮鎧を引き裂く。足を滑らせ、竿から落下したエリーザを顔をしかめながらエリックが受け止める。この瞬間、双子の動きが完全に停止したのだった。その隙を2人が逃すはずが無かった。
 「これで・・・」
 「終わりだ!!」
 双子は自分たちの負けを悟った。たとえこの一撃から身を挺して守ったとしても、次の一撃で結果は同じになる。ならば、一緒に、同時に逝きたいと思い、二人は身を寄せ合ってその瞬間を、目を閉じて待つ。だがその瞬間はいつまでたってもくることは無かった。目を開けた双子は自分たちの目前で動きを止めた二人を見る。
 「ちっ、思ったより早かったな・・・」
 「全開中の全開だったからな・・・オマケにこれまで受けたダメージの修復にも魔力を消耗したからな。」
 二人は大きく溜息をつく。その言葉の意味はすぐに双子にも分かった。動きを止めた二人の体が灰となって消えてゆく。魔力の尽きた肉体が崩壊を始めてのである。あと数分肉体の崩壊が遅かったならば、負けていたのは自分たちだった。その自覚のある双子はじっと2人を見つめる。
 「まあ、あんたらと戦えたおかげで充実した人生だったけどな!」
 アインスはそう言うとにっと笑って見せる。そして視線を今度はエリウスたちのほうに向ける。
 「エリウス様、クリフト様、申し訳ありません。俺らはここまでです・・・」
 「お師匠様、他の皆さん、後は頼みます・・・」
 最後に2人の視線がゼロに向けられる。じっと三人は見つめあう。無言のままじっといつまでも見つめあう。その間にも崩壊は進行し、腕を体を蝕んでゆく。おもむろにアインスたちは無言のまま、崩壊しかかけた腕で自分たちの胸元を穿つ。そこに内包されていた命の源であるクリスタルを無理矢理抜き取ると、、それをゼロへと放り投げる。ゼロはそれを受け取ると深々と頭を下げる。
 「今回までの俺たちの戦闘データだ。ドクターに渡してくれ。あと、あんたもそれを読み込んでおいてくれ」
 「後のことは頼みましたよ、ゼロ・・・」
 消え去る分身たちをじっと見つめてゼロはもう一度頷く。彼らが命がけで集めたデータは今後の有用に活用されることだろう。ギュッとクリスタルを握り締めたままゼロは身動ぎ一つせずにただじっとアインスたちを見送っていた。その手から彼らが命をかけて蓄積したデータを読み取りながら・・・
 「紙一重の勝利・・・か・・・」
 エリックは自陣に戻り用意された天幕で傷を癒しながら呟く。アインスたちの肉体の崩壊があと数分遅かったら負けていたのは自分たちだった。そう思うと勝った気にはなれなかった。それはエリーザも同様であった。そして彼らの心の中には魔族とはいえ正々堂々と戦って散っていったアインスたちへの敬意に満ちていた。そしてその敬意はいつしか今の母国へも疑念へと変わって行くのだった。貴族主義による支配、それに対する疑念がエリック、エリーザの心の中で渦巻いていた。そんな彼らを無視するかのように次の試合が始める。
 「次は自分がいきます・・・」
 データを読み込み終えたゼロが一歩前に進み出る。クリフトもそれを了承する。決意も新たに戦場へと向かおうとするゼロをエリウスが呼び止る。
 「ゼロ、この戦い、”変身”はするな。厳命だ」
 エリウスの厳かな言葉にゼロは反論することが出来なかった。何故エリウスがそんなことを言うのか、様々な疑問が頭の中に渦巻く。精神を集中しきれないままゼロの戦いが始まるのだった。
 ルドオールとの戦いは終盤へと進んでゆく。ゼロはどんな戦いを見せるのか。エリウスの真意はなんなのか。様々な問題を抱えたまま戦いは進んで行くのだった。


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