第26話  篭城


 「やられたわね・・・」
 溜息混じりに呟くフィラデラの表情には悔しさが滲んでいた。奇襲をかけられたからとはいえこうもいとも簡単に魔天宮を制圧されるとは思ってもみなかった。それはクリフトも同様で、イライラと足を踏み鳴らしながら外の様子を窺っている。ドアの向こう側では人の行きかう声がするだけで、ここに乗り込んでくる様子はない。
「やれやれ、これからどうしたものかな・・・」
 相手が踏み込んでくる様子がないことにクリフトは溜息をつく。敵もそんなバカではないらしい。魔族と正面から渡り合おうとは考えていないようだ。封鎖されたドアはびくともしないため、こちらから打って出る事は出来ない。フィラデラによれば太古の魔道具の一つを使ったためではないかと推測している。
「それにしても見事な手際だったな・・・」
 クリフトは溜息をつきながら感心している。実際電光石火のような速さで魔天宮を征圧してしまったのだから感心するのをフィラデラは止めることは出来なかった。数人で侵入、操舵室と妖魔兵団の宿舎の扉を閉鎖、さらに各部屋を順次閉鎖して言ったのである。そこへ援軍が乗り込み魔天宮を制圧する。
「完全に後手に廻っちまったからなぁ・・・」
 後手に廻ったクリフトたちは大広間まで退き、ここで敵を迎え撃つ策に出た。ところがその大広間もあっさりと閉鎖され、戦うことも出来ない状態でここに閉じ込められているのである。
「頼みの綱は先に逃がしたキールか・・・」
 キールを逃がした直後結界を張られ脱出できなくなったクリフトたちにとってエリウスの元に送ったキールだけが頼みの綱だった。今はただじっとそのときが来るのを待つしかなかった。
「あいつら全員、絶対泣かしてやるぅ!!」
 目にいっぱいの涙を浮べたエンが小さな拳をギュッと握り締めて悔しそうに言う。その傍にいるライとチイもそれに同意する。もちろん、魔天宮を制圧されたことを悔しがっているわけではなかった。
「アリスの作ってくれたプリン〜」
「泣くなよ、スイ!あたしたちだって食べられなかったんだから!!」
 めそめそと泣くスイを涙目のライが慰める。アリスがエリウスの元に戻る前に作っておいてくれたプリンを食べようとしたちょうどそのときにこの騒ぎである。プリンを食べるまもなく逃げ出す羽目に陥ってしまったのだ。エンたちチビたちにはアリスの作ってくれるデザート、お菓子類は大好物である。それをお預けを喰らったので怒り心頭である。
「あたしたちのプリン、勝手に食べたりしたら、サンドバックの刑だ!!」
「そうだ、そうだ!ボコボコに殴り続けてやる!!」
 怒りの収まらないエンたちは物騒なことを口走っているが、実際この神竜たちの攻撃を二発以上喰らって生きていられる人間などこの世には存在しないだろう。エンたちに命を狙われるはめになる相手のことを想像したクリフトはそのものの冥福を今から祈るのだった。
(最も相手にしてみたらプリンごときでそこまでされるとは思わないだろうな・・・)
 考えれば考えるほど、相手が哀れに思えてくる。もっともこんな奇襲を仕掛けてきた相手である。これ以上同情する気にはなれなかった。そんな怒り狂うエンたちを宥めながらアンは何かを口に運んでゆく。目ざとくをそれを見つけたチイがアンに詰め寄る。
「アン姉ちゃん、それ?!」
「え?プリンだけど、それがどうかしたのぉ?」
「何で姉ちゃんだけプリン食べているのよ!!?」
 アンは何でといわれても困るという顔をする。逃げるときに持ち出してきたからに決まっているが、何もこんな大騒ぎしている中で食べる必要もなかろうにとクリフトとフィラデラは頭を抱え込んでしまう。案の定、エンたちが騒ぎ出す。
「ひどーい、アン姉ちゃんばっかり!」
「そうだ、そうだ!あたしたちは食べたかったのに!!」
「逃げるにしたってプリンくらい持ち出せたでしょうにぃ・・・仕方ないわねぇ、一口づつよぉ?」
 ごねるエンたちにスプーンでプリンをすくってその口に入れていってやる。口の中に広がる甘さにエンたちはうっとりとした表情を浮べる。が、それはすぐに消えていってしまう。すぐにまた悲しそうな顔をして怒りを新たにする。
「絶対あいつら泣かしてやるぅ!!」
 拳を握り締め決意を新たにするエンたち。その言葉を聞きながらクリフトは
(そんなことをしたらそいつの魂がこの世と泣き別れだよ・・・)
と突っ込みたかったが、逆に怒られそうなので黙っていることにした。さらにエキサイトするエンたちをよそにクリフトたちは今後のことを考え始める。
「せめてセツナたちがいてくれたらなぁ・・・」
 父の元にかえっていったセツナとリューナ、アンナの看病のために本国に戻ったエリザベート、"五天衆"が全員いないときを狙われたのは痛かった。シグルドもシーゲランスに出向していて戻ってきていない。残っている計算できる戦力は自分とフィラデラ、フィラデラの使い魔たちだけである。エンたち神竜は計算できない戦力である。
「計算以上の破壊力を秘めているからなぁ・・・」
「下手をすると魔天宮が壊れます。それだけは避けないと・・・」
 エンたちに聞こえないようにクリフトとフィラデラは相談する。どちらにしてもこの部屋から出られないことには反撃に移れない。敵がここを解放するか、エリウスが来ることをクリフトたちは待つことしか出来なかった。


 小高い丘の上。その真下を魔天宮が移動してゆく。その丘の上から魔天宮を見下ろしながらエリウスは溜息をつく。
「しかし、敵さんの狙いが魔天宮だったとはな・・・」
 感心しきった口調で呟く。エリウスを完全に出し抜いた敵の参謀にレオナも驚きを隠せなかった。
「いつから魔天宮を狙っていたのでしょう?」
「多分、最初からだろうね。僕がハイザンデに会談に行くことを知ってこの計画を立てたんだ」
 エリウスの言葉にレオナは首を傾げる。エリウスが会談のためにハイザンデを訪れることを知っていたのはハイザンデでもトップに立つものたちだけである。それほどのトップシークレットが盗賊に漏れていたのだろうかと首をかしげたのである。
「おそらくだけど、今回の会談に反対していた者が盗賊団に情報を漏らしたんだろう」
「その情報から?ですがエリウス様が会談をお受けになるとお決めになられてからわずか数日、迅速に動いてもこれは・・・」
 レオナの言いたいことは分かる。情報を受け取って会談が開催されることを知ってから出なければ動くことは出来ない。そうでなければエリウスのいる魔天宮を襲うことになるからだ。いくら参謀が自分の知略に自信をもっていてもそんな無茶なことはしないだろう。しかしエリウスの返答はレオナの想像を超えるものだった。
「まあ、そうだね。多分だけど、情報を受けた時点で僕が会談の承諾すると踏んで動いていたんだろう。だからその時点で魔天宮へ向けて動き出した」
「エリウス様の行動を読まれた、ということですか?」
「だろうね。そして僕を砂漠に足止めするために盗賊団の一部に村の襲撃をさせたんだ。僕らがそれを壊滅させ、アジトに乗り込んでくるようにするためにね」
 そこまでエリウスの行動を呼んでいた参謀にレオナは少し興味を持ってきた。これまではいかに知略に優れた者でもエリウスを出し抜くことは出来ないと考えていたからだ。しかしこの参謀はそれをやってのけ、魔天宮を制圧してしまったのである。興味がわかない筈がなかった。
「その参謀、"九賢人"でしょうか?」
「どうだろう。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。今のところは判断できないな・・・」
 サーリアの問いにエリウスは肩を竦めて答える。しかし今重要なことは参謀が"九賢人"であるか、否かではない。いかにして魔天宮を取り戻すかであった。こちらの強襲を避けるようにゆっくりと安全な場所を移動している。おそらくは参謀の指示なのだろう。
「クリフト様やフィラデラ様を閉じ込めている道具というのはそれほど強力なのでしょうか?」
 ナリアが不思議そうな顔でエリウスに質問する。いかに扉を閉じられていてもそれを破壊してクリフトたちなら出てきてしまいそうなものだ。特に我慢の効かないエンたちが暴れないはずがない。そうなれば今頃形勢は逆転し、魔天宮は動きを止めているはずだ。いまだその兆候すらないということはクリフトたちがいまだ脱出できていない証拠であった。
「多分使われているのは"ワード・ロック”だろうね。あれで鍵をかけられたら僕か兄上、レオナ、後はセツナでなければどうすることも出来ないよ」
「それほどのアイテムなのですか?」
「ああ。キーワードを唱えない限り、解除はされない。破壊して脱出しようにも瞬時に破壊した箇所が再生してしまう。だからクリフトたちでは無理なんだよ。空間を裂ける者でなければ・・・」
 エリウスの説明で一同納得がいった。純粋な剣術の腕はクリフトのほうがセツナたちより上であるが、一撃必殺の剣、空間を裂く太刀はクリフトには使えない。前々から使えるようになれと言っていたのだが、一撃必殺をあまり好まないクリフトはそれを会得することを拒んできたのだ。そのツケが今ここで出ていることになる。
「では私が潜り込んで?」
「いや、代役が来てくれたみたいだ・・・」
 レオナが自身の出陣を察して一歩前に出るがそれをエリウスは首を振って否定する。エリウスの言葉に答えるようにセツナとリューナがエリウスの傍に姿を現す。2人とも融合人間スタイルに転身しており、すでに臨戦態勢を整えていた。
「そう言うわけだ、セツナ、リューナ。お前たちには魔天宮に侵入しクリフトたちを救出、これを取り戻して欲しい」
「畏まりました。ですが・・・」
「わかっている。魔天宮の動きは止める。そのときを狙え!」
 セツナとリューナは深々と頭を下げる。魔天宮奪還作戦、今まさにそれが始まったのである。


「参謀。こんなにゆっくり動いているだけでいいんですかい?」
 操舵室に陣取った盗賊団は一番奥に立ったフードを目深に被った者、参謀に尋ねる。その者は一歩前に進み出るとフードを脱ぎ捨てる。その下から茶色の髪を短く切りそろえた少女の顔が現れる。少女は髪をかき上げながら首を縦に振る。
「そうだ、余計なことをする必要はない」
「ですけど、せっかく魔族の本拠地を奪ったんですぜ?こいつを使って奴らをあっと言わせて・・・」
「相手はあの"操りし者"だぞ?ここまではうまく裏をかいてこれたが、この先もうまくいくとは限らない。ならば出来る限りリスクを犯さずにいることが一番だ」
 少女は近くにいた者たちに見張りの強化を指示する。指示を受けたものは各々魔天宮の見張り台へと散ってゆく。
「これを旗印にすれば各地から反魔族、反ヴェイスの軍勢が集ってくる。反攻に出るのはそれからでも遅くあるまい」
 少女に説明された男はなるほどと納得してしまう。確かに魔天宮はあっても兵の数は圧倒的に劣っている。各地にいると思われる魔族に反感を持つものたちが自分たちの元に駆けつけてきて軍勢が大きくなってから反撃に出ても十分間に合う話である。
「下手に動けば"操りし者"の策にはまってしまうからな」
「分かりやした。それからこの先は岩山になっていますが、どうしますか?」
 男から報告を受けた少女はしばし考え込んでしまう。
「岩山の上から岩を落とす策もあるが、魔天宮からはその岩が丸見え。私ならそんな策は講じない。ならば、・・・おい、斥候を出して落とし穴がないか探索させろ!」
「分かりやした!!」
 少女の命令に何人かの男たちが魔天宮から飛び出してゆく。少女は魔天宮をさらにゆっくりと移動させながら、報告が戻るまで待つ。しばらくすると男たちが戻って少女に報告をする。
「参謀の仰るとおり、この先にでかい落とし穴が仕掛けられておりました。上から見たんじゃわからないほど、巧妙に隠されていました」
「やはりな。よし、方向転換。川沿いに進むぞ!」
 少女の命令に魔天宮が方向転換をし、移動速度を上げて岩山から離れ、川沿いの方へと移動してゆく。それを岩山の上からサーリアとユフィナトアが見つめていた。その鮮やかな手並みにユフィナトアは感嘆の声を上げる。
「あの落とし穴を読んだか・・・よく見つけられたものだな・・・」
「ええ。ですが、予想通り川沿いへと向かいました。ここはこれでよろしいでしょう」
 魔天宮が見えなくなるのを確認してから、サーリアは眼下に仕掛けられた落とし穴に自らの鏡を向ける。鏡に映った落とし穴はそこに吸い込まれるようにして道から消え去る。
「落とし穴の回収、終了しました。ユフィナトア様、参りましょう・・・」
「ああ。行くとしよう」
 サーリアに答えてユフィナトアはサーリアと共にその場から移動する。あとには岩山とその合間を抜ける綺麗な道しか残っていなかった。


 川沿いの道を進む魔天宮は何事もなくその道を進んでいた。何事もないが見張り台からの警戒はいまだ続いていた。エリウスが何の策も打たずにいるとは考えにくかったからである。
「参謀、このまま川を渡っちまったほうがいいんじゃないですか?」
「ん?んんっ・・・そうだな・・・」
 部下の進言に少女はしばらく考え込んでしまう。見張り台から送られてくる情報は何事もなしというものばかりであった。ならばこのまま向こう側にわたって広い平原へと出てしまったほうが危険は少いだろう。部下たちの目にもそのほうがいいことは明らかだった。
「そうだな、向こう岸に・・・いや、その前に川の水かさを調べてみてくれ。普段と違っていないかをな!」
 参謀に命じられた部下たちはこの地の出身者を見つけ出し、その水かさを調べさせる。しばしの時間の後参謀の前に報告が上がってくる。
「どうだ、何かわかったか?」
「はい、普段より水かさが少ないそうです」
「そうか、よし、、川岸から離れ、下流へと向かう!急げ!!」
 水かさが少ないので向こう岸へ渡るものと思い込んでいた部下たちは驚きの声を上げる。納得のいかない参謀の采配に部下たちの疑問の声が噴出す。その疑問に少女は逐一答えてゆく。
「おそらく川の上流で川の流れを堰き止めているのだろう。我々が川を渡ろうとしたそのときを狙って堰を切り、我々を立ち往生させる気なのだ。その隙に侵入、ここを取り戻す気なのだろう!」
 参謀の説明に部下たちはようやく納得するのだった。水かさからそこまで読んでいた参謀に感心しつつ指示通りに川岸から魔天宮を離しつつ、下流へと下ってゆく。
 その光景を上流からイシュタルとナリアがじっと見つめていた。
「川を渡らなかったようですね、イシュタル様・・・」
「ええ。渡ったら堰を切るように指示をされていましたが、エリウス様のこの策を読んだ、ということなのでしょう。なかなかやりますね、あの参謀は・・・」
「でも、どうして下流へ?」
「下流におりてしまえば堰を切るまでのタイムラグがありますし、水の流れも弱くなっているから速くわたれるからです。そこまで読んで下流を目指しているんですよ」
 イシュタルは感心しきって頷くと、すぐさまその場を撤収する。エリウスからの命で魔天宮が川岸を離れたらすぐさま移動するようにと指示されていた。堰き止めてあった川は堰をゆっくりと解放し、被害をださにようにすることも命じられていた。イシュタルは部下にそのことを厳命すると、ナリアを伴なってその場を後にするのだった。


 川岸を下り、かなり下流で川を渡った魔天宮は森へと差し掛かっていた。じっと森を見つめていた参謀はこのままの進軍を命じる。森は葉があまり茂っておらず、隠れる場所が少ないこと、樹を使って魔天宮を足止めするつもりでいたとしても、樹が低めなので魔天宮に深刻なダメージを与えられないというのが参謀の見解であった。
 実際そのとおりで、森には敵の姿はまるでなく、一切の妨害もなく森を抜けてゆく魔天宮であった。実際この森にはアンジェリカが回り込んでいたが、これといった策もなくただ魔天宮が通り過ぎてゆく様を見つめるだった。
「ご主人様の読みどおり、ここは素通り、か・・・」
 これといった策も用意されていない今、ここにとどまっている意味はない。ゆっくりと森を抜けてゆく魔天宮を尻目にアンジェリカはその場を去ってゆくのだった。


 森を抜けた魔天宮は街道へ出ると一路西へと向かう。ルオドール国内はまだ世情が不安定で、貴族主義を掲げてきたものたちを弾圧するものたちも多かった。そんな状況に貴族たちは命の危険に晒される今の治世を嫌い、反ヴェイスに加担する貴族も少なくなかった。
「参謀、またルドオールの貴族たちが何人かこちらに投降してきていますが?」
「私財を持って、だろう?乗せてやれ。奴らの私財はこの先使い道がある」
 参謀の少女はそうやって反ヴェイスの貴族たちを魔天宮に乗せるとさらに先を急ぐ。ルドオールを横切りながら、シーゲランスを目指す。ルドオールで相当数の貴族が配下を連れて自分たち元へと集うと予想していた参謀の少女は、予想通りの数に嬉しそうな顔をする。
「問題はここからだな・・・」
 ここまでは自分の作戦通りにことが運んでいる。ヴェイスを嫌うルドオールの貴族を仲間することは彼らの財産が手に入ること、 彼らの配下を自分たちの戦力に出来ることが最大の目的であった。もっとも貴族主義者の彼らが自分たちのいうとおりに動くとは彼女も考えてはいない。
「余計な歪が出る前に彼らには出て行ってもらおうか・・・」
 戦力として数えることも出来ないような連中をいつまでもここにおいておくわけにはいかない。それに貴族主義者である奴らが自分たちから歩み寄ってくるとは考えにくい。自分たちを下僕ぐらいにしか扱わないだろう。そんな連中にいつまでも魔天宮に居られたらせっかくの結束に綻びが出来てしまう。それだけは避けたかった。
「そうなると邪魔な貴族主義者どもには任を与えて・・・」
 適当な策と適当な任務を彼らに与える。これを成し遂げれば貴族主義復活の足がかりになるという少女の甘い言葉にだまされた彼らは喜び勇んで死地へと赴く。もちろん少数でも達成できる任務であると嘘をついて・・・
「参謀、あいつらどこへ?」
「この先で待ち構えているでろうシグルド率いる第三軍の討伐に向かわせた。もちろん足止めにもならないだろうが、陣形は乱れているだろう。そこをついて一気に駆け抜けるぞ!」
 参謀の言葉に部下の男たちは嬉しそうな表情を浮べる。鬱陶しい貴族主義者たちを餌に自分たちが生き残る。なんとも胸の空く作戦であった。すぐさま魔天宮が全力で走れるように準備をすると、貴族主義者たちを死地へと送り出す。何も知らない貴族たちは馬を駆り街道沿いに敷かれた敵陣へと飛び込んでゆく。
「来たか・・・一気に蹴散らすぞ!!」
 槍を構えたシグルドが自陣を目指して突っ込んでくる貴族たちをにらみつけると突撃してゆく。決戦の火蓋が切って落とされた。決戦といっても戦いあうわけではない。一方的な虐殺であった。
 貴族主義を掲げまともに武器を使ったことのない彼らに歴戦のシグルド率いる第三軍を止めることなど出来るはずもなかった。打ち合うことも無くシグルドたちに刈り取られてゆく。次々に打ちのめされ、討ち取られてゆく貴族主義者たちを尻目に魔天宮がその横を全力で駆け抜けてゆく。
「予想通り、援軍は無し、駆け抜けて行ったか・・・」
 通り過ぎていった魔天宮を振り向こうともせずにシグルドは目をつぶったまま呟く。こうなることはエリウスから聞かされていた策の中にあったことだった。だから驚きもせずに冷静に対処することが出来たのである。
「さてと、彼らの目的地はそろそろかな?」
 魔天宮をめぐる戦いの終わりが近いことを悟ったシグルドはその先の勝利を祈るだけだった。


 ルドオールとシーゲランスの国境線、ここを抜けた魔天宮が目指す場所はシーゲランス国境付近の村だった。そしてそこまではここからわずかのところであった。
「参謀、見えてきましたよ、集合場所の村が!」
 見張りにたっていた男が少女の元へと駆け寄ってくる。操舵室に居た少女の目にも集合場所に指定してあった村が見えていた。約束どおりならば、各地に居るはずの反ヴェイスに賛同する騎士や傭兵が集っているはずであった。シーゲランス王都から遠く離れたこの村ならば、ヴェイス軍にもシーゲランス軍にも気取られることなく集合できるとふんだ少女の策であった。ここで彼らを加え、魔天宮を旗印に反抗戦を開始する予定であった。
「あと三分って所っすね」
「よし、村に着き次第行動を開始する。準備を急げ!!」
 彼女はエリウスがまだ動ききっていない今のうちに村に集った騎士や庸兵を回収し、一気にシーゲランス国首都、コンドルアを落とすつもりでいた。そして国王を頂点に頂き全土に反ヴェイスの檄を飛ばす。ここからが自分たちの本当の戦いの始まりとなるはずである。 
「これで奴ら魔族を駆逐できる!」
 自分の計画通りに進む戦いに少女は拳を握り締め勝利を確信した。その瞬間だった。彼女の視界を巨大な剣が覆い尽くす。幅は魔天宮と同じくらいの幅、高さはそれをはるかに越えている。そんな巨大な剣が突如地面から飛び出してきたのだ。目の前にある剣に少女は何もすることが出来ない。
「大丈夫です、参謀、魔天宮にダメージはありません!」
「・・・!!動力は!"エビル・エレファント"は無事か?」
 部下の報告にようやく正気を取り戻した少女は慌てて部下に魔天宮を動かしている"エビル・エレファント"がどうなったかが彼女にとって重要であった。そして彼女にもたらされた報告は最悪のものだった。"エビル・エレファント”を繋いであった鎖は先ほど飛び出してきた剣によって切り裂かれ、自由の身となった”エビル・エレファント"はいずこへかへと消えていったという。
「・・・!気をつけろ!すでに侵入されている可能性が・・・」
『こちら三階通路!敵が・・・ぎゃああっっ!!』
 伝声管を通じて敵の侵入を知らせる声が響き渡る。それを聞いた少女はやられたと頭を抱え込む。勝ちを意識した瞬間のこの状況である。その悔しさは何倍にも膨れ上がっていた。そんな少女の悔しさをよそにエリウスの反撃は着々と進んでゆく。


「エリウス様、セツナ様とリューナ様のお2人が魔天宮に突入されました」
「わかった。二人にはクリフトたちの救出を最優先にするように伝えろ!シグルドには魔天宮を取り囲み、奴らを逃がさないように伝達、急げ!」
 着々と入ってくる情報にエリウスは逐一命令を下してゆく。エリウスの命令はサーリアの鏡を通じて各部隊へと伝達されてゆく。すでに魔天宮は動きを止め、逃げ出した"エビル・エレファント”はユフィナトアとアンジェリカによって確保されている。
「しかし、エリウス様。よくここまで誘導できましたね?」
 傍に控えていたレオナが意外そうな顔でエリウスに尋ねてくる。事実ここまでいくつも魔天宮捕獲の策をエリウスは発してきている。だが、そのこと如くを参謀に見抜かれ回避されてきたのである。
「ちょっと違うな。誘導したんじゃない。彼らが自分たちから死地に赴いたんだよ」
 エリウスは口元に笑みを浮べて答える。その言葉の意味をレオナは考え始める。エリウスはここが彼らの最終目的地だろうと踏んでいた。そしてここに各地から集まった反ヴェイスの軍勢が集まっているという情報はゾフィスから入ってきていた。だからこそ彼は前もってストラトス王子に連絡、この反対勢力を捕縛するように頼んでおいた。すぐさま動いたストラトス王子によって反対勢力はことごとく捕縛されたという報告がエリウスの元に届いている。
「ストラトス王子から連絡が入ったのが数時間前、奴らが知らなくて当然か・・・」
 合流するはずだった仲間がすでに捕縛されたことを知らない参謀たちは敵の待ち受ける村へと向かってきたのだ。自ら罠の中に飛び込んできたのだ、罠にかかって当然のことだった。しかし、ここまでエリウスの策を読んできた参謀がここで策を読み間違えたとは信じがたかった。
「いや・・・まてよ・・・」
 そこまで考えてレオナはふとある考えが浮かぶ。もしここまでのエリウスの策が参謀に詠まれることを予想して立てた策だとしたら・・・落とし穴も、川の罠も、森で手出しをしなかったことも、第三軍が突破されることも、全て先読みしていたとしたら。
「エリウス様が建てた策を参謀が読んで先へと進む。向こうはエリウス様の策を見破ったと思っていても実は・・・」
 見破られることもエリウスの策のうちであったとしたら、彼らはエリウスの策を見破れば見破るほど本当のエリウスの策にはまっていったことになる。エリウスの策を見破り、ホッとし勝ったと思った油断が彼らにこの真意を見抜かせなかったのだろう。
「さすがは"操りし者"・・・見事な策です・・・」
 レオナはエリウスのいくつも先を読んだ作戦に思わず感服してしまう。参謀はエリウスの作戦を見抜き、ここまで来たつもりだったが、それもエリウスの手のひらの上で動いていたに過ぎなかったのである。さぞかし悔しい思いをしているだろうなとレオナは打ち負かされた参謀の顔を見てみたくなってきた。
「さてと・・・そろそろ僕たちも行こうか・・・噂の参謀殿の顔を見てやるとしよう」
 薄く笑みを浮べたエリウスはプリスティアに視線を向ける。それが何を意味しているのかわかったプリスティアは短く呪文を唱える。すぐに呪文は完成し、プリスティアの背中から白い羽根が六枚生えてくる。さらにプリスティアは呪文を唱え、エリウスたちを霧の様なもので包み込む。そしてそれを抱え込むようにしてプリスティアが飛翔する。いま魔天宮に主が帰還するときであった。


 魔天宮内部に入り込んだセツナとリューナは見張りを次々に打ち倒し先へと進んでゆく。エリウスに命じられたことはクリフトたちの救出であった。
「セツナ姉ちゃん、クリフト様たちはどこに?」
「おそらく大広間。あそこならばエン様たちの力をフルに使うことも可能・・・」
 確かに大広間であればエンたちが本性をあらわにしても十分な広さがある。もし敵に襲われたときに戦力の確保に繋がる重要なことだった。おそらくこれはフィラデラが言い出したことに違いなかった。
「なら早く行こう。ところで、セツナ姉ちゃん・・・」
「なに?」
「その新しい武器、使い心地はどう?」
 リューナはセツナの両手に装備された新しい武器を見つめながら尋ねた。セツナの手首の武器はこれまでの刀から、刃幅の広く、つばに見たことのない飾りのついた脇差に変わっていた。セツナはこれをこれを振り回し、敵を切り倒してここまでかけてきたのである。
「なかなかの使い心地。さすが父上が考案した武器・・・」
「お父さんの?どういうこと?」
「元々私も魔力は母上譲り・・・それを放出できなかった私の為に考えてくれたもの・・・」
 セツナの母親譲りの魔力の強大さはフィラデラも認めるものであった。しかしそれを外に放出することの出来ないセツナには宝の持ち腐れであった。その宝を使った攻撃が出来るようにと考案され、ドクターが作り上げた武器がこの脇差であった。
「ドクターが魔力を直接放出する装置を考案してくれて助かった・・・」
 セツナはそう言うとじっと手に装着された脇差を見つめる。柄から延びた管が手首に繋がり、そこから魔力を吸収しているのであろう。そしてその吸収した魔力をつばの放出口から発射して攻撃できるのだろう。何よりもすごいのはそんな武器を事も無げに使ってみせるセツナであった。
「こういう使い方に向いてる・・・」
 セツナはそう叫ぶと群がってくる男たちの間を踊るようにすり抜けていく。すれ違いざま刀で切捨て、つばから放出される魔力の刃が花びらのように辺りに撒き散らされ、敵を切り裂いてゆく。すり抜けたセツナはその魔力の刃が舞う中で、踊り終えた少女のように両膝をつく。その華麗さ、美しさにリューナは思わず見惚れてしまった。
「閃夢舞刀・紫陽花・・・」
 膝をついたセツナはポツリと技名を呟く。”閃夢舞刀”。初めてセツナとあったときに使っていた技の名前である。以来セツナが使うことはなかった技だったため、その存在をリューナは忘れていた。その名にふさわしく、煌めくような速さ、夢のような儚さ、踊るような美しさを合わせ持った技だった。
「セツナ姉ちゃん、その技は・・・」
「父上が編み出した技、全部で五つ。”双天武拳”、”双天舞脚”ほかに、エリザベートの”雷華瞬弓”、アンナが習得中の”爆鬼破砕”そして私の”閃夢舞刀”。父上はこれら五つの武術を編み出したもの・・・」
 セツナの言葉にリューナは思わず息を呑む。自分の使う"双天舞脚"だけでも相当な破壊力を秘めた技である。それを五つも編み出していた父を思わず尊敬してしまうのだった。
「リューナ。いつまで呆けてる?行くぞ・・・」
「え?あ、うん!」
 先行するセツナをリューナが追いかける。今のこの二人を止める術は盗賊団に無かった。切り伏せられ、蹴り倒され、切り刻まれ、殴り倒される。反撃の暇さえ与えられずに次々に討ち果たされてゆく。
「ここ・・・」
 セツナとリューナの歩みが大きな扉の前で止まる。それは大広間の扉の前であった。ためしにリューナが押してみるが扉はびくともしなかった。
「やっぱり、ダメみたい・・・」
「わかった。リューナ、奴らに邪魔をさせないように・・・」
「OK!!」
大きく頷くとリューナはあたりに気を配る。今のところこの辺りに居る敵の気配は無かった。周囲に気を配りながらセツナの方に目をやる。セツナは脇差を手甲に納めると、印を結んで呪を唱えていた。その呪に答えるように空間が歪み、そこから巨大な柄が姿を現す。
「これを使うのも久方ぶり・・・」
 柄を掴んだセツナは一気にそれを引き抜く。ずるりと歪んだ空間の中から刃渡り3メートル以上の巨大な刀が姿を見せる。セツナはそれを事も無げに振り回すと、肩の上にドンと載せて扉の前で構える。腰を落とし、じっと扉を睨みつける。大きく息を吸い込み、目を閉じ精神を集中させる。一呼吸置いてカッと目を開けたセツナは両手で刀を握り締めると気合と共に振り下ろす。
「切り裂け、金剛刀・翠武!はぁぁぁっっ!!」
 勢いよく振り下ろされた刀が床に減り込む。そのセツナの背中をリューナはじっと見つめていた。ややあってセツナは大きく息を吐くとポツリと呟く。
「”閃夢舞刀・桜"・・・」
 その言葉に呼応するように空間に亀裂が走り、扉が砕け散るとその破片が辺りに舞い上がる。ハラハラと細かく砕け散った破片はが舞い散る光景はまるで桜吹雪の中に居るように思えるものであった。
「サンキュウ、セツナ、リューナ・・・」
 砕け散った扉の向こう側からクリフトが顔を覗かせる。ヒョイッと扉を潜り抜けるとその後ろからフィラデラやエンたちがあとに続いて来る。
「セツナ、リューナ。助かりました」
「ありがとう、セツナ姉ちゃん、リューナ姉ちゃん!!」
 助け出された面々は一応にホッとした表情を浮べ、セツナたちに礼を述べてゆく。
「皆様、ご無事で何よりでした」
「セツナ、エリウスはどうした?」
「すでに参謀の元に行かれたかと・・・」
 セツナがそこまで言うとクリフトは出遅れたと駆け出して行ってしまった。フィラデラはエンたちの事をセツナたちに任せると自分もクリフトの後を追いかけていってしまう。後に残されたセツナたちはエンたちに急かされて食堂へと向かうのだった。そして食い散らかされたプリンを見つけたエンたちが泣き喚き暴れだし、セツナたちは大いに困ることになるのだが、それはまた別の話である。


「君たちの負けだよ、降伏したらどうだい?」
 直接操舵室へと乗り込んだエリウスたちは噂の参謀の少女と対面していた。すでに少女を守っていた男たちのほとんどがレオナによって打ち倒されてしまっている。操舵室から脱出することも考えたが、自分たちが背中を向けた瞬間にレオナが切りかかってくることは目に見えていた。じりじりと後退して逃げ出す機会をうかがっている状況であった。
「そいつが噂の参謀かい?こんな女の子だったとはね?」
 少女たちの背後から能天気な声が響きわたる。慌ててそちらに視線を移すとそこにはクリフトとフィラデラが待ち構えていた。2人で扉を塞いでしまっている。もはや少女たちの逃げ場はなくなってしまっていた。
「もはやここまでか・・・」
 少女は覚悟を決め、腰に隠し持っていた短剣を抜き放つと自分の喉元につきたてようとする。魔族に捕まるくらいならば死んだ方がましという彼女の覚悟だった。しかし、短剣を抜き放ちつきたてようとするが、喉に突き刺すことが出来ない。その手前で短剣を、腕を動かすことが出来なくなってしまっているのだ。
「まったく、そう簡単に死なれたら困るんだよ」
 その言葉に少女が目を開けると、エリウスが指先に魔方陣を描き出し、そこから無数の光の鎖を作り出し、それを少女の体に巻きつけてその動きを封じていたのだった。自害すら出来ないことを悟った少女はがっくりとうなだれるしかなかった。クリフトはそんな少女に歩み寄ると、その手から短剣を取り上げる。
「で?お前、名前は?」
 手で短剣を弄びながら、クリフトが尋ねる。しかし少女はそっぽを向いたまま答えようとはしなかった。何もしゃべらない、それが少女の最後の抵抗であった。それを察したクリフトは頭をかきながらどうしたものかと思案する。このまま放っておいてもいいのだが、この少女から何かを感じている自分をそのままにして置けなかった。
「エリウス、こいつについて何かわかるか?」
「感情操作を受けている。それと記憶もか・・・いま解除する・・・」
 少女に何かを感じ取ったクリフトは鎖で少女を封じ込めているエリウスに尋ねる。エリウスの方もそれを感じているらしく、鎖を通して封じられているものを解放しようと呪文を唱える。少女に衝撃が伝わり、少女の体がビクッと飛び跳ねる。エリウスはさらに心の奥深くに忍び込み、少女の心の封印を探り当ててゆく。
「これは・・・この封印は・・・”奴”か・・・」
 エリウスの知る限り、彼女の心に操作を施せた人間はこの世に一人しかいない。"九賢人"の中でもたった一人しか・・・そしてそれは彼女は"九賢人”でないことを証明していた。エリウスは探り当てた操作されたものを呪文で解除してゆく。解除されるたびに少女の体が震え、少女の目から涙が零れ落ちてゆく。
「これで全部だ・・・もう一度問おう、君の名前は?」
「リリス・・・=フランベルト・・・」
 呆然とした表情のまま少女・リリスは自分の名前をはじめて答える。そしてクリフトもまた少女から感じていたものの正体が何であるのかに気付いていた。
「なるほど・・・こいつが・・・ね?」
「そう言うことみたいだね。じゃあ、後はクリフトに任せるよ」
 少女の正体に気づいたクリフトは頷いて納得する。同じく正体に気づいたエリウスは鎖を解除して少女を解放すると、少女をクリフトに託すのだった。それがなにを意味するのかクリフトにはよく分かっていた。鎖から解放され崩れ落ちる少女を抱きとめると、エリウスに向かって小さく頷く。そして少女を抱えあげると、操舵室を後にするのだった。


 リリスをつれたクリフトが向かった先は自分の部屋であった。盗賊団に荒らされた部屋は物がそこらじゅうに転がっていた。それでも無事だったベッドにリリスを寝かしつける。ベッドに横たえるとすぐにリリスの意識が覚醒する。自分の置かれた状況を認識すると慌ててクリフトから逃れようとする。
「自分がなんなのか、思い出したのか?」
 クリフトの問いにリリスは素直に頷く。エリウスによって解放された記憶は彼女の過去に関わることだった。策士として天性の才能を見せていた彼女は幼くしてゼルトランドの魔術学院に引き取られていた。両親のいない彼女にとって魔術学院で教鞭を取っていた老夫婦が親代わりであった。
「幸せだった・・・本当の親でなくても・・・」
 老夫婦にかわいがられて育った彼女は程なく魔術学院に入学、策士としても、魔術師としてもその才能を発揮することとなった。しかしそんな幸せなときは長く続かなかった。
「お前たち・・・魔族が・・・」
 魔術学院を魔獣が強襲、老夫婦はその魔獣に殺されてしまった。復讐に燃える彼女に声をかけたのが魔術学院の長であった。リリスの策士としての能力をフルに生かして魔族に復讐を果たせと教えてくれたのだった。その長の元、様々なことを学んだリリスはやがて学院を捨て野に下った。復讐のために・・・
「悪いが、そんな魔獣、俺たちは知らないぜ?」
「今更言い逃れか!!」
 先ほどまでのように魔族だからといって拒絶するようなことはなくなったが、それでも激昂しやすい性格のようだった。クリフトは大きく息を吐くとリリスの目をじっと見つめる。その澄んだ眼差しにうそはないだろう。だがこちらとしても身に覚えがない。魔獣製作はドクターを研究だが、彼の研究は人型の魔獣の開発である。その成果がセツナたちであり、ゼロたちである。ドクター自身大型の魔獣を作ることに興味を示していなかった。第一遠く離れたゼルトランドに作った魔獣を放つ必要性がない。
「なるほど・・・お前はそれに気付いた・・・だから記憶を操作されたのか・・・」
「なにをいって・・・くぅ!!」
 クリフトの言葉を否定しようとした瞬間、リリスは強烈な頭痛に苛まれる。両手で頭を押さえ込む。頭の中に二つの記憶が入り混じり彼女に痛みを与えているのだった。
「うあっ・・・ああああっ・・・あああああっっっ!!!」
 絶叫を上げて悶えるリリス。全身を激痛が駆け巡り、リリスの精神を痛めつけてゆく。口の端に泡を吐き悶え苦しむリリスをクリフトはしばしじっと見つめていた。そしてふっと息を吐くと、着ていたものを全て脱ぎ捨て、ベッドの上に上がってゆく。クリフトがベッドの上に登っても、リリスにはそれに気をかけている余裕はまるでなかった。いまの彼女には苦しみ、悶えることしか出来なかった。
「封印がまだ生きているってことか。今開放してやるからな・・・」
 クリフトはそう言うと、リリスの肩に手を掛け服を引きちぎる。洋服が引き裂かれまだ幼さを残した肢体が露になる。目の焦点の合っていないリリスは自分が裸にされたことに気付いてはいなかった。ただ絶叫し苦しむだけであった。そんなリリスの唇をクリフトは自分の唇で塞ぐとベッドの上に折り重なるようにして倒れこむ。
「さて、前戯はあまりする必要はないな・・・」
 クリフトはそう言うと幼くふくらみのない胸を通り過ごし、淡い恥毛に覆われた割れ目の方に視線を移す。ゆっくりと時間をかけて痛みが少ないようにしてやりたかったが、このままではリリスが発狂するまでの時間はほとんどないように思える。ならばゆっくり前戯などしてやっている時間はない。少しでも早くしなければならなかった。
「いくぞ」
 クリフトはそう言うと指先に唾をつけ割れ目に指を差し込む。まだ濡れてもいない膣を唾で濡らし、無理矢理指を押し込んでゆく。まだ男を知らないリリスの膣道は指の侵入を拒絶する。だが、クリフトは無理矢理奥へと指を進ませ、膣内でクニクニと指を動かし、リリスを刺激してゆく。
「ひぐっ、ああっ!!がぁぁぁっっ!!あああ・・・ああ、あふっ・・・」
 苦しそうに悶えるリリスだったがその声は徐々に艶を帯びてくる。それに呼応するように膣内も湿りだし、指の動きを助けてくれる。愛液の助けを借りてクリフトはさらに奥へと指を押し込んでゆく。奥の喜ぶ場所を刺激して更なる愛液を求める。刺激するほどに愛液が滴り落ち、膣を、指をぬらしてゆく。


「まあ、これくらいでいいか・・・」
 ある程度濡れた所でクリフトは指を膣から引き抜く。その愛液に自分の唾液を混ぜ、ペニスに擦り付ける。少しでも滑りをよくし、挿入の手助けをするためであった。ペニス全体に液体をまぶすと、クリフトはリリスの両足を大きく広げて両足を抱え込む。そして怒張したものの先端を愛液の滴る場所へと押し付ける。
「いくぞ!!」
 先端が割れ目の中に潜り込んだ時点でしばし動きを止めたクリフトだったが、すぐさま腰を進めペニスを奥へと押し込んでゆく。穢れを知らない膣道を引き裂きペニスが奥へと進んでゆく。ペニスが奥へと進むたびにリリスは絶叫するが、それが処女を失った痛みによるものなのか、封印による激痛なのかはわからなかった。ただ頭を振って悶えるリリスにクリフトは力を込め奥へと到達する。
「ぐっ、ああっ・・・ああああっ!!」
 引きちぎらんばかりの激痛に耐えながらクリフトは激しく腰を打ち付けてゆく。ペニスが出入りするたびに愛液が迸り、ベッドに処女血が混ざってピンク色の染みを作ってゆく。リリスの声も徐々に苦しみだけではなく喜びを含んだものに変わってゆく。
「あうっ、ううっ・・・あああっ、ああんんっ!!」
 頭を振って喜びと苦しみの表情を浮べるリリス。そのリリスを激しく攻めたて、お互いに極みへと登りつめてゆく。
「うぐううっっ!!」
「ひぎああっ、あああっっっ!!」
 そのときは唐突に訪れた。ギュッと言うリリスの締め付けに耐え切れなかったクリフトが己の精をリリスの膣内の吐き出す。それを子宮で受け止めたりリスもまた極みへと到達するのだった。クリフトの精を子宮で受け止めたリリスはしばし小刻みに震えていたが、変化はすぐに現れた。
「ああっ、ああああっっ!!」
 子宮内の放出された精液が魔力を持ち、その魔力が光を放ち始める。光りはやがて繭のようにリリスの体を包み込んでゆく。意識のないリリスは両膝を抱え丸くなるようにして繭に包み込まれてゆく。ややあってリリスの体は完全に繭に包み込まれてしまうのだった。
「さあ、目覚めろ。”五天衆”最後の一人・・・”空蝶”のリリスよ!」
 繭を見つめていたクリフトの言葉に答えるように繭に亀裂が走り中から蝶の羽根を持った融合人間が姿を現す。クリフトの魔力を吸収したリリスはその姿を融合人間へと変えていた。同時に記憶と能力の封印もなくなり、その苦しみから解放されたのだった。
「よく来たね、リリス・・・」
「はい、クリフト様・・・」
 それまでの魔族嫌いが嘘のようにリリスはクリフトの前で跪く。そんなリリスにクリフトはここに到るまでに何があったのかを尋ねてみる。しばし考え込んでいたリリスはゆっくりと口を開く。
「よく覚えていないのです。私の養い親だった老夫婦が死んで・・・あのあと何かを見たのです。そして・・・ダメだ、そのあとの記憶がない・・・作られた記憶しか残っていないのです・・・」
 頭を抱え込むようにして震えだしてしまったリリスをそっと抱きしめながらクリフトは次なる敵の恐ろしさを噛み締めていた。もしかすると次の敵は自分たちの身内かもしれない。そう思うと背筋がぞっとしてくる。
 魔導都市・ゼルトランド。そこが次なる決戦の地となることをクリフトはリリスを抱きしめたまま噛み締めるのながら、まだ見ぬ強敵の存在に心躍らせるのだった。


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