第28話   烈戦


 ゼルトランド魔術学院大講堂。”五天衆”とフィラデラはここで一人の女とにらみ合いを続けていた。自称魔法少女スターグロリア、その正体はロリチックな衣装に身を包んだ五十過ぎのババアであった。正直気持ち悪すぎて近付くのも躊躇われる。いつ終わるとも知れないにらみ合いが続く。誰も相手をしたがらないせいだった。
 「ここはあいつに対抗してこちらも魔法少女を立てるのはどうかしら?」
 「お、それはいい案だ!・・・でもなぁ・・・」
 「そうですわね・・・」
 エリザベートの案にアンナがすぐに同意するがちらりと視線を別に移す。エリザベートの視線もそちらに向けられて溜息が漏れる。リリスは焦った顔をし、リューナはそれがわかって噴出している。セツナは我関せずとばかりにそっぽを向いてしまっている。向けられた本人の眉がピクピクと動いているが二人は気にしていない。
 「魔法少女っていうには少し薹が立ちすぎてないか?」
 「あちらよりはるかにマシ、ですわ!」
 「誰のことを言っているのかしら、二人とも?」
 勝手なことをほざく二人にフィラデラは押さえた口調で問いかける。もっともそのこめかみには血管が数本浮かび上がりピクピクと引くついている。慌てて他の仲間に助けを請おうとするが、すでに三人とも安全圏にまだ逃げ出してしまっている。
 「そ、その・・・フィラデラ様のことでは・・・」
 「そうです、そうです。あのババアが・・・」
 「まあ、いいでしょう。貴方たちのお仕置きは後にすることにして・・・」
 必死になって言い訳をするエリザベートとアンナであったが、フィラデラはまるで聞いていない。こめかみに血管を浮べたまま、にっこりと笑いはっきりと二人に宣告する。二人にはまさに死刑宣告に近いものであったが・・・
 「しかしこのままでは戦いにならないのも事実。仕方がないわね、リリス?」
 「なんでしょう、フィラデラ様?」
 突然フィラデラに呼ばれたリリスは緊張した面持ちで答える。”漆黒の魔女”とまで謳われる彼女は魔術師ならば一目置く存在である。その彼女に声をかけられたのだから緊張しても仕方がなかった。
 「緊張しなくてもいいわ。貴方、”チェンジング"の魔法、使えるわね?」
 「?は、はい。上級魔法までほぼ全ての魔法は習得しましたので・・・」
 リリスが答えるとフィラデラはにんまりと笑う。その顔を見た瞬間、リリスは使えると正直に答えてしまったことを後悔した。今更使えないというわけにもいかず、どうなるのかとドキドキしているとフィラデラがさらに言葉を続ける。
 「貴方も、魔法少女に変身なさい!」
 「・・・・・はぁ?」
 意外というか、思った通りというか、フィラデラの言葉を思わず聞き返してしまう。今彼女がいった言葉をそのまま取るならば、自分もグロリアのような格好をしろというのだ。
 「じょ、冗談・・・ではないですね・・・」
 「あたりまえでしょう?あなたのほかに誰が似合うというのですか?」
 この六人の中で一番に愛想なのは確かにリリスである。セツナも外見は15歳だが、目元がきつく、とても魔法少女という柄ではない。逆にリリスのほうは、低身長に加え、童顔、幼児体型と、端から見ると15歳以下にしか見えない。だからそう言う格好をしろというのだが、正直恥ずかしくてそんなことやりたくはない。
 「あ、あの・・・でもわたし・・・」
 「大丈夫、大丈夫。あんたなら似合うからさ!!」
 「その通りですわ。ここは貴方のかわいらしさであのおば様を黙らせて差し上げるべきです!!」
 先ほどまでフィラデラに睨まれていたアンナとエリザベートはここぞとばかりにフィラデラの意見に賛成する。リリスとしてはそんなことはしたくない。グロリアの性格は魔術学院にいた彼女が一番よく知っている。目立ちたがり屋でかわいらしい物好き。しかし、自分が気に入ったものをけなされると怒り出すし、根に持つ性格である。
 「この場合、自分がなりきっているあの魔法少女なんですが・・・」
 何とか訴えてこの計画をなしにしてもらおうとするが、片やエリザベートとアンナの支援があり、片やセツナとリューナは手を合わせるだけで孤立無援の戦い。これでは勝負は決まっていた。
 「さてと、そうなるとどういった衣装にするかだけど・・・」
 「ここは派手にこういうのはどうでしょう?」
 エリザベートはそう言うとさらさらと羊皮紙に何事か書き込んでゆく。それにフィラデラとアンナの意見が取り入れられ、改変されてゆく。
 「というわけでこういうイメージで変身なさい」
 「・・・・!!!こ、これにですか?」
 顔を真っ赤に染め上げたリリスが呻くが、そんな彼女を無視してフィラデラはきっぱりと頷く。正直こんな衣装になるのは御免こうむりたい。だが、にっこり笑って自分を見つめる三人はそれを許してはくれないだろう。涙ながらにそれを飲むしかなかった。
 「では・・・”チェンジング"!!」
 覚悟を決めたリリスは呪文を唱える。発動した魔力がリリスの衣装を剥ぎ取り、新し物へと変換してゆく。変換されていくものはリリスのイメージ通りのものであった。
 「こ、これでいいでしょうか?」
 変身を終えたリリスがフィラデラに確認する。白を基調としたミニのドレス。腰には大きなリボンを背負っている。長い髪はポニーテイルにまとめ、白地のリボンで留めてある。もちろん手には星をイメージしたステッキが握り締められている。あくまで派手すぎず、清楚なイメージの格好であった。
 「いいわ。思ったとおりかわいらしい!!」
 「まったくですわ!ではリリス!先ほど教えた台詞を!!」
 エリザベートに言われてリリスはモニョモニョと何事か口にするが、小さすぎてなにを言っているのかまるでわからない。恥ずかしそうに顔を上げるが、フィラデラににっこりと笑われてはどうしようもない。仕方なくエリザベートに教わった台詞を大きな声で口にする。
 「ま、魔法少女マジカル・リリス!ここに見参!!」
 決めポーズまで決めて言い切った台詞を聞いたグロリアの顔が醜く歪む。どう見たって魔法少女として似合っているのはリリスのほうである。自分にはないものを持っているリリスをギロリと睨みつけてくる。
 「フィラデラ様!もう許してください!グロリア副学長って陰湿で執念深いんですよ!?」
 「あら、そうなの?」
 「そうなんです!だから私がこんな格好をしたら・・・」
 「よかったわね。ここで禍根を断てるじゃない!」
 ”陰湿ないじめにあう”と言おうとしたリリスの言葉をフィラデラはにっこりと笑って遮る。”禍根を断つ”という言葉にリリスは青くなってしまうが、フィラデラはにっこりと笑ったままだった。まさにやるといったらやるという顔つきである。
 「と、とにかく、私はグロリア副学長の相手だけは嫌ですからね!!」
 リリスはそう言うとそそくさと後ろに隠れてしまう。リリスが隠れてしまったのでフィラデラはグロリアのぎらぎらとした視線を一身に浴びながら、平然とした顔で考え込んでしまう。しばらくして何事か思い出したのか、あっと一言呟く。
 「しまった・・・こんなのがいるのなら例のモグラ男を連れて来ればよかった・・・」
 フィラデラは新型の活躍の場があったのに連れて来なかったことを悔やんでいた。正直言えばこんな変態の相手は変態的新型で十分というのが正直なところであった。ギロリと睨みつけていたグロリアであったが、フィラデラたちが攻撃してこないことに余裕を持ったのか、表情が勝ち誇ったものに変化する。
 「どうしたの?私の相手が出来ないとでも?まあ、恐ろしいのだからそれも無理からぬところね」
 「ああ、まったくだ。別の意味で恐ろしくて近づけないからな・・・」
 襲って来ない敵にグロリアは悦に入った表情で勝手なことを言っているが、実際のところアンナの言うとおり別の意味で恐れをなしているのが実情だった。
 「このままでは埒が明かないわね・・・仕方がない、こいつらに相手をさせましょう!!」
 さすがに痺れを切らしたのか、グロリアは短く呪文を唱え、背後のドアを開錠する。扉が開き、奥の暗闇から二体の生き物が、のそのそと姿を現す。トラのような、亀のような、様々な生き物を組み合わせた生物だった。もちろん自然界にそんな奇形の動物がいるはずがない。キメラであることは疑いようも無かった。
 「どう、このキメラは・・・なかなかのできでしょう?」
 グロリアは自慢げに2体のキメラを紹介する。一体は亀を、一体は虎を素体にしたキメラであった。もちろんキメラというのだからただの動物であるはずがない。亀の尻尾は蛇に、両手足は豹のそれに改造されている。虎の方も背中に翼を持ち、頭が三つある凶悪なものだった。
 「動物を素体にしたキメラか・・・なるほど・・・」
 フィラデラはじっとキメラを見つめると、一歩後ろに下がる。それを見て表情を一変させたのがリリスであった。カタカタと震え、怒りが表情に満ちてくる。
 「こいつら・・・こいつらは・・・」
 「リリス、もしかして?」
 魔獣を見ていたリューナが尋ねるとリリスはこくりと頷く。それはリリスの養い親を殺した魔獣であることを意味していた。そしてそれを作り上げたのが副学長である以上、真犯人が副学長であることも・・・
 「ちっ!ばれてしまっては仕方がないわね!そう、あなたの両親を殺したのは、わ・た・し!!」
 「なんで、なんでそんなことを!!」
 「私の実験を邪魔しようとしたからよ。この崇高な実験を邪魔されたくなかったから」
 たったそれだけの理由であの優しかった養い親たちが殺されたというのだろうか。そう思うと怒りがこみ上げてくる。そんなリリスを制してセツナが質問を続ける。
 「リリスの記憶を操作したのは貴様か?」
 「そうよ。せっかく学院から出て行ってもらうのに記憶が残っていたらまずいからね。現学院長に罪をかぶせるつもりで記憶を操作したんだけど・・・うまいこと魔族に攻撃を仕掛けてくれたときは笑ったものよ!!」
 リリスがグロリアの記憶操作に乗せられてヴェイス軍に攻撃を仕掛けたことを大笑いする。自分がこんな小物に乗せられてクリフトたちに攻撃を仕掛けたかと思うと悔しくて体が震えてくる。そんなリリスの肩にフィラデラが手を添える。
 「落ち着きなさい、リリス。ここでこの魔獣を倒して養い親の仇を取るのです!」
 フィラデラの言葉に冷静さを取り戻したりリスは大きく深呼吸をすると、冷静さを取り戻す。リリスが冷静になったのを確認するとフィラデラは、キッと魔獣を、そしてその向こう側にいるグロリアを睨みつける。
 「兄上がいないけれど、ちょうどいい機会ですね。セツナ、リューナ、エリザベート、アンナ、リリス!”五天の陣”を試してみなさい」
 「いきなりですか?」
 フィラデラの指示に戸惑った声を上げたリューナにフィラデラは無碍もなく頷く。
 「ようやく五人そろったのです。あの程度なら変身しなくても、ちょうどいい練習になるでしょう?」
 一切拒否は認めないといった口調で言い放つフィラデラにリューナも覚悟を決める。キメラの方は待つ気がないのだから、いつまでももめているほうが時間の無駄である。前衛に3人、後衛に2人という陣形を敷く。前衛はセツナを中心に右にアンナ、左にリューナという陣形、後衛はリリスをエリザベートが守る感じの陣形になっている。
 「ではまずは・・・”五天の陣・翔”、参る!!」
 セツナの掛け声にあわせてまずリューナが駆け出す。左側から大きく回りこむようにして虎に襲い掛かる。虎の方もそれに気付き、リューナを迎え撃とうとする。しかし、その頭上から数本の矢が降り注ぐ。セツナの頭上越しにはなったエリザベートの矢が虎型キメラの体に突き刺さる。然したるダメージではなかったが、一瞬その動きが止まる。
 「隙あり!!”双天武拳・轟”!!」
 その一瞬をリューナは見逃さずに肩口から虎型キメラに攻撃を仕掛ける。強烈な一撃に虎型キメラは奇声を発して大きく吹き飛ぶ。その吹き飛んだ反対側にはすでにアンナが待ち構えていた。
 「おら!もう一発だ!!」
 大槌のフルスイングの一撃が虎型キメラを弾き飛ばす。
 「まだまだ!雷の矢よ、降り注げ!”プラズマ・ショット”!!」
 リューナとあんなの攻撃の間に完成したリリスの呪文がキメラに降り注ぐ。背中を、脚を、雷の矢が刺し貫き動きを止めてしまう。動きの止まったキメラにさらにとどめの一撃が放たれる。
 「終わりだ!”閃夢舞刀・桜”!!」
 セツナの一撃がキメラの胴体に綺麗に決まる。ばっさりと切り裂かれた肉体が崩壊し、桜の花びらのように辺りに散ってゆく。グロリア自慢のキメラはその肉体を失い、この世から完全に消滅した。
 「うぐっ!で、ですがこちらのキメラには攻撃は効きませんよ!!」
 虎型キメラが倒れたのを見たグロリアは顔色を変えて亀型キメラをけし掛けてくる。しかし、セツナたちは元の陣形を組むとすでに次の攻撃に備えていた。
 「次!”五天の陣・崩”!!」
 次の攻撃パターンを示したセツナは迷うことなくいの一番に亀型キメラに突進してゆく。セツナの攻撃を察した亀型キメラは慌てて甲羅の中に頭や足を引っ込めてしまう。これで攻撃をやり過ごそうとする。
 「そんなことをしても・・・無駄!!”閃夢舞刀・撫子"!!」
 セツナは気合のこもった一刀を甲羅の上に叩きつける。硬い甲羅はその一撃を弾くが、間髪いれずにもう一刀が振り下ろされる。甲羅に刀を叩きつける鈍い音が響き、甲羅に大きなひびが走る。そこへアンナが大槌を振り下ろす。
 「おら!これで自慢の鎧もお終いだ!!」
 アンナの振り下ろした一撃が甲羅を打ち砕く。自慢の鎧を打ち砕かれた亀型キメラはよろよろと後ろに下がるがそれをエリザベートが許しはしなかった。
 「逃がしはしないわよ!!」
 尻尾と後ろ足を性格に射抜き、亀型キメラの動きを完全に封じてしまう。そこをリューナが追撃する。
 「”双天舞脚・翔”!!」
 亀型キメラの真下に潜り込んだリューナはそう叫ぶと、体勢を入れ替えて真下から亀型キメラを蹴り上げる。天にも昇らん蹴り上げに亀型キメラの体が宙を舞う。
 「フィニッシュ!爆炎よ、全てを焼き尽くせ!!”バーニング・メテオ"!!」
 リリスの呪文が完成し、亀型キメラの獄炎の炎が放たれる。血を蒸発させ、肉を、骨を、全てを焼き尽くし、後にはただ消し炭だけが残されていた。2体の魔獣を倒した五天衆はスッと身を引きフィラデラの元まで後退する。
 「これであなたの玩具は終わりでしょうか?」
 フィラデラは溜息交じりの声でグロリアに尋ねる。息一つ乱さぬ圧勝で魔獣を倒したのだから当たり前である。逆に頬が引きつっているのはグロリアの方だった。しばし怒りに満ちた顔つきでフィラデラたちを睨みつけていたが、急に落ち着いた表情に戻ると鼻で笑って答える。
 「ま、まあこの程度の魔獣を倒してもらわないと・・・貴方達ならこの子達の餌にちょうどいいわね!!」
 グロリアの言葉にフィラデラたちが訝しげな表情を浮べると、グロリアは指をぱちんと鳴らす。それに答えるように姿を現したのは五人の少年だった。一様に魔術学院の制服を着込んでいるが、全員俯いてしまっていてその顔も表情もうかがい知れない。五人はグロリアの背後に廻るとその場に傅く。
 「お前たち。最上級の餌が来てくれたわ。その姿を現し、存分に味わいなさい!!」
 「アイサーー!!」
 グロリアの言葉に顔を上げた少年たちはそう答えると、野獣のごとき咆哮を上げる。フィラデラたちを怯まさんばかりの咆哮が大気を震わせる。そしてその咆哮に答えるように少年たちの姿も変化してゆく。剣の様に長い爪を持った獅子、鼻の先端に槍のついた象、巨大なはさみを持った蟹、背中に無数の突起のついたアルマジロ、巨大な羽とくちばしを持ったカラス、五人の少年はその姿へと変身してゆく。
 「”融合・・・人間"?」
 予想外の敵の登場にフィラデラたちはあっけに取られてしまう。その顔を見たグロリアはまた勝ち誇った表情を浮べる。
 「ほほほっ!どう、この最強の戦士たちは!!誰もこの子達を倒せないわ!!」
 馬鹿笑いをして自慢するグロリアであったが、フィラデラたちの表情に浮かんだものが恐れでないことに気付く。しばし耳を澄ましているとフィラデラたちの会話が耳に飛び込んでくる。
 「ちょっと、あれってまさか・・・」
 「ドクターが学院に残した”融合人間”の原型ですね」
 「確かあまりに役に立たないから廃棄したはずでは?」
 「論文が残っていたのでしょう・・・貴方達の三世代ほど前のタイプね・・・」
 呆れたような、期待はずれと言いたげな会話のないようにグロリアの怒りが再燃する。
 「あ、あなたたち!!この融合人間を見て、なんなのその余裕は!!この子達が恐ろしく・・・」
 「悪いけどばあさん、そんな旧式、怖くもなんともないよ!!」
 もっと歯ごたえのある奴を連れてきてくれといわんばかりの口調でアンナがグロリアの言葉を遮る。まだ自分の優位を信じているグロリアはそんなアンナの言葉にまた激昂する。
 「きぃいいいいい!!!お前たち、この小娘たちをたっぷりといたぶって髪の毛の一本も残さずに食べつくしておあげ!!」
 「アイサーー!!」
 グロリアの命令に五人の融合人間がフィラデラたちに襲い掛かる。その前にセツナたち五天衆が立ちふさがる。
 「悪いが、そんな悪食な連中の餌になる気はない!」
 「そうそう。はっきり言って趣味じゃないのよね、そいつら!!」
 「お、おまえら・・・追い詰められているのはお前らの方なのだぞ?こいつらは人の数倍の筋力とスピードを誇る!つまりお前らに勝てる見込みは・・・」
 あくまで余裕の表情を崩さないセツナたちにグロリアはさらに声を荒げる。目の前にいる融合人間たちがどれほど恐ろしいものか理解できていないのかと思い説明を始めるが、あっさりとそれをアンナが遮ってしまう。
 「そんなくだらない説明いいよ。どうせ大したもんじゃない・・・」
 「ほんと、その程度の性能じゃ私たち五人、誰も倒せないね!」
 アンナの言葉にリューナも溜息交じりに同意する。グロリアはさらに言葉を続けようとするが、リリスがそれをさせなかった。落ち着いた力のある言葉でグロリアを押さえ込む。
 「副学長、まだ気付かないのですか?貴方が盗用した理論を構築した人物が今どこにいるのかが・・・貴方のその古臭い他人の理論を越える理論が存在する可能性が!!」
 リリスの言葉にグロリアは青くなる。頭の中でその可能性を必死になって否定してきた。しかし、もし自分が盗用した理論を構築した人物が生きていたならば、それを考えなかったことはない。
 「ま、まさか・・・」
 「そのまさか・・・これがドクターが完成させた真の”融合人間"の姿・・・」
 焦るグロリアにセツナはそう言い切ると転身をはじめる。五天衆全員が蟷螂の、蜂の、飛蝗の、甲虫の、蝶の姿へと転身する。その姿はグロリアの作り出したものをはるかに上回る美しさを兼ね備えていた。予想通りの、そして予想外の展開にグロリアの顔は赤く、青く色を変える。
 「五天衆、好きに戦いなさい・・・」
 「承知・・・」
 そんなグロリアを無視したフィラデラの命令にセツナたちは、各々グロリアの作り出した融合人間へと戦いを挑んでゆく。ドクターの過去を清算するかのように・・・


 例えば・・・
 セツナが挑んだのは五人の中でも最強と思しき獅子の融合人間だった。セツナが眼の前に降り立つと雄たけびを上げて襲い掛かってくる。剣のごとき長き爪が床を切り裂き、セツナに迫る。しかしセツナはその攻撃をヒラリ、ヒラリと華麗にかわしてみせる。
 「にげ・・・るな!!」
 「汝の攻撃が遅すぎるだけ・・・もっと早く動け、このように!」
 怒り狂う獅子の攻撃をかわしながらセツナは鋭い一撃を肩口に繰り出す。獅子はぎりぎりのところでこの攻撃を受けきるが、この一撃で攻守が完全に逆転してしまう。セツナの鋭く、重い攻撃をしのぐのが獅子には精一杯だった。
 「どうした、この程度で参ったのか?」
 「そういう・・・貴様とて・・・この剣に全ての攻撃が押さえ込まれているではないか・・・」
 確かに鋭く重い攻撃ではあったが、獅子の剣を砕くほどではない。まだまだセツナの攻撃を受けきる自身が獅子にはあった。しかしセツナはそんな獅子の顔を見つめながらニッと笑ってみせる。
 「な、何がおかしい?」
 「汝、まだわが力の見極めが出来ていないようだ・・・」
 セツナはそう言うと二本の刀を逆手に持ちかえる。そして腰を落とすと間髪いれずに獅子に襲い掛かる。先ほどまでとは比べ物にならないスピードだったが、奇跡的にも獅子はその攻撃を爪で抑えることが出来た。しかし、ホッとするのもつかの間だった。セツナは攻撃の手を緩めてはいなかった。
 「ゆくぞ、"閃夢舞刀・鈴蘭"!!」
 セツナは攻撃しかけの刀にもう一本の刀を打ち合わせる。キーーンと言う金属音が響き渡り、爪が根元から砕け散る。あっけなく主力武器を失った獅子は慌てふためくが、セツナはそのまま攻撃を続行する。二発目の刀が爪に食い込み、またもう一本の刀を打ち合わせる。そして先ほどと同様に根元から砕け散ってしまう。
 「なんだ・・・なにが起こっている?」
 あまりにもあっけなく主力武器を失ったことに獅子は完全に動揺してしまっていた。セツナがなにをやったのかまるで理解できない。ただ、刀同士を打ち合わせただけなのに、相当な硬度を誇った自分の武器が折られてしまった。それは紛れもない事実であった。
 「わからなければ、わからないでもかまわん・・・」
 セツナは冷たくそう呟くと二本の刀を構えて獅子に襲い掛かる。獅子は何事か叫ぼうとしたがそれよりも早くセツナの攻撃が獅子に決まる。獅子の全身は一瞬にして無数に切り刻まれ、次の瞬間、空中に真っ赤な血の花が咲き乱れる。
 「”閃夢舞刀・椿"・・・」
 セツナの攻撃を受けて崩れ落ちてゆく獅子に目もくれず、セツナは刀を両手甲に納める。血の花を咲かせた獅子はしばらくして完全にその動きを止める。セツナにとって空しいだけで、何の実りもない戦いであった。


 例えば・・・
 エリザベートはアルマジロと対峙していた。背中の突起が槍のように打ち出されエリザベートに襲い掛かる。相当な重量を誇るらしくエリザベートの矢では弾くことがかなわない。しかも、一度打ち出してもまた再生してくるのできりがない。
 「厄介な攻撃ですわねぇ・・・」
 呆れたようにアルマジロを見つめながらエリザベートは呟いた。もちろん相手に攻撃ばかりさせていたわけではない。何度となく矢を射掛けてはいるのだが、そのこと如くがアルマジロの背中に弾かれ有効だ担っていないのだ。逆の例の槍のせいで、エリザベートのほうが追い詰められているようにも見える。
 「このまま好き放題攻撃させておくのもしゃくですわね・・・仕方ありませんわ・・・”Come On My Slaves"!!]
 エリザベートの呼びかけに答えるかのように無数の小蜂がエリザベートの周りを取り囲む。さらに新しい矢を番えるとエリザベートはニッと笑ってみせる。
 「”ミラージュ・ストライク"・・・」
 エリザベートの意思に従い蜂たちが高速で移動を開始する。その動きは目で追うのが困難なほどにまで早くなる。アルマジロは体を丸めてその攻撃に備える。
 「ふふふっ、どこまで耐え切れるかしら・・・」
 エリザベートは嬉そうな顔をすると、矢を宙に放つ。その矢は狙いを違わずアルマジロの背中に突き刺さる。それも甲と甲の隙間に。痛みがアルマジロの背中に走るが、矢が一本刺さったくらいでは致命傷には程遠い。逆に反撃に出ようとした瞬間だった。矢の刺さった部位から大量の血が吹き出し辺りを赤く染める。
 「な・・・なんで・・・??」
 「貴方、目に見えている矢だけが攻撃だとでも思っていましたの?」
 不思議がるアルマジロにエリザベートは侮蔑を含んだ眼差しでアルマジロを睨みつける。しばしその言葉に意味がわからなかったアルマジロであったが、やがて姿を消した小蜂のことを思い出す。
 「まさか・・・」
 「そのまさかですわ。あの小蜂たちはわたくしの矢を追いかけるように命令してあります。背中に刺さった瞬間、その部位を小蜂の針で刺し貫くようにね」
 その言葉を聞いたアルマジロはぞっとした。たとえ一撃、一撃の攻撃力は低くとも何発も、何十発も一点に集中して攻撃されたらいかに防御力の高い自分でも耐え切れるものではない。
 「くそ・・・やられる前に!!」
 自分がやられる前にエリザベートを始末しようとアルマジロは背中の槍を一斉にエリザベート目掛けて発射する。十数本に及ぶ槍がエリザベート目掛けて迫るが、エリザベートはまるで慌てていなかった。指をくるりと回す動きをみせる。それにあわせるように槍もとんでもない方向に飛んでいってしまう。
 「いかが?あの小蜂たちでも十数匹集まればあの槍を動かすことくらい分けありませんわよ?」
 エリザベートに説明されたアルマジロはようやく自分のミスに気付いた。もはや自分にはエリザベートを攻撃する手段も、彼女の攻撃をかわす手段も残されてはいない。ならば出来ることはただ一つ。この場から逃げ出すことだけであった。体を丸めこの場からの脱出を試みる。が、どうしても丸まることが出来ない。動くこともかなわない。
 「な・・・な・・・」
 「気付いておりませんでしたの?貴方の脚はもう、動かすことはかないませんわ」
 エリザベートにいわれるまでもなく自分の足にまるで感覚がないことはよく分かっている。そしてそれをやったのが彼女の小蜂たちであることも。
 「ではおわりです。”フラッシュ・レイン"!!」
 エリザベートガ右手を上から下へと振り下ろすと、その軌跡に沿っていく筋もの光がアルマジロに降り注ぐ。光は幾筋も幾筋も降り注ぎ、アルマジロの体を貫いてゆく。逃げられないアルマジロはその標的になるだけであった。光は体を貫き、アルマジロの命を奪っていく。光の正体、小蜂たちによってアルマジロはその命に終わりを告げる。
 「今度はもっともマシな方と戦いたいですわ・・・」
 変体を解いたエリザベートは金色の髪をかきあげるとそうぼやきながら息絶えたアルマジロに背を向け、その場から歩み去っていった。


 例えば・・・ 
 鈍い音を立ててアンナの大槌が弾き飛ばされる。蟹男の甲羅を打ち砕かんとしたアンナの一撃はまるで歯が立たず、逆に大槌を弾き飛ばされる結果となってしまった。
 「わが甲羅は何者も打ち砕くこと敵わず!」
 蟹男は勝ち誇ってアンナに宣言する。破壊できないと聞いてはアンナも黙って入られない。
 「そうかよ!ならお前のその自慢の体、破壊してやろうじゃないか!!」
 指をポキポキ鳴らしながらアンナは嬉しそうに答える。蟹男の方ははさみを構えたまま動こうとはしない。アンナの動きにあわせて攻撃するつもりで待ち構えている感じであった。それがわかっているアンナも自分の方から動く。弾き飛ばされた大槌を取らずに素手のまま蟹男に突進して行く。
 「おらぁぁぁっっっ!!」
 鈍足な種族といわれるドワーフ族と思えないスピードで蟹男に迫ると小さな拳を振り上げる。小さいといってもその威力は鉄球並みである。普通の人間が食らったら骨が確実に折れるような一撃だった。しかし、蟹男は冷静にその一撃を甲羅で受け止める。メキャッという鈍い音が辺りに響く。
 「うぐっ・・・」
 「だから無駄だ。貴様では我が体を破壊することは出来ぬ!」
 血まみれになった手をもう片手で抱え込んだアンナに向かって蟹男は勝ち誇った顔で言い放つ。しかしこのとき蟹男は気付いていなかった。アンナがニヤリと笑ったことに。
 「しょッ!!」
 不意をついて繰り出されたアンナの腕が、蟹男の腕を絡め取る。巻き込むようにして絡められた腕を引き、蟹男を地面に引き倒す。完全に決められた腕の痛みに耐え切れずに蟹男は無様に顔面から地面に叩きつけられる。アンナはそのまま蟹男を締め上げてゆく。
 「ぐぎりゃぁぁぁっっっ!!」
 絶叫じみた悲鳴と共に骨の砕ける音が、筋肉の、神経の引き裂かれる音が響き渡る。アンナは決めた腕を放すと、蟹男から距離をとる。そしてニタリと笑ってみせる。
 「どうだい、”爆鬼破砕”の味は?」
 「ば、”爆鬼破砕”・・・だと?」
 「そうさ。普段あたいは大槌を振るうときにしか使っていないが、本来”爆鬼破砕”は肉体破壊の技。関節を砕いたり、肉を引きちぎったりする技のことをいう」
 アンナの話を聞いた蟹男はさっと青ざめる。甲羅を使った防御には絶対の自信を持つ自分にとってアンナの”爆鬼破砕”は相性の悪い相手といわざるを得ない。武器や打撃ならばよほどの攻撃でなければ甲羅が防いでくれる。しかし、関節技となれば話は別である。自慢の甲羅は関節部を守ってはくれず、まるで役に立たないのである。
 「まあ、あたい個人としては相手をいたぶるみたいで関節系の技は苦手でね。セツナみたいにうまくいかないから苦しむ羽目になるけど・・・運が悪かったとあきらめな!!」
 アンナの浮べた残酷な笑みに蟹男は涙目になって恐怖する。だがアンナはやめることはなかった。戦いが終わったその場所には、全身の骨を破壊され、筋組織を破壊された蟹男の死骸が、恐怖に歪んだ表情のまま放置されていた。


 例えば・・・
 リューナは象男の長い鼻に苦戦していた。槍のように繰り出される長い鼻がリューナの接近を阻んでいたのである。迂闊に近付くことも出来ず、距離をとったまま象男の様子を伺う。象男の方もリューナの接近を阻止するのが精一杯で、こちらも打つ手なしの状態であった。
「このままじゃあ、埒が明かないか・・・」
 一撃でしとめるつもりでいたリューナはそれが無理そうであることを悟り、どうしたものかと考え込む。近付こうとすると鼻が伸びてきてそれを邪魔するのだ。まずはあの邪魔な鼻をどうにかするのが得策と考え動き始める。
 「いくよ、”双天舞脚・瞬”・・・」
 その場で軽くステップを踏むと高速で移動を始める。象男は何とか近付かせまいと攻撃しようとするが、高速で動くリューナを捕らえきれずにいた。右から左へ、前かと思えば後ろと、象男にはリューナの動きを捉えることは出来なかった。きょろきょろとリューナの姿を求めて間誤付くのを見逃すリューナではなかった。
 「隙あり!”双天武拳・刹”!!」
 高速移動で象男をかく乱したリューナは改めて象男の懐に飛び込む。反応の遅れた象男は反撃の機会を逸してしまう。懐深くに潜り込んだリューナは拳を振るい、象男の鼻を集中的に攻撃する。
 「ぐ、ぐのおおぉおおお!!!」
 リューナの攻撃を浴びた象男は懸命に鼻を振るいリューナに反撃を試みる。だが、その攻撃をまともに喰らうようなリューナではない。”瞬”でまた距離をとり、象男をかく乱する。隙を見て接近し、鼻に攻撃する。象男が反撃に出ようとすれば、距離をとりまた隙を窺う。一発一発の重みは肩に込められた魔力の弾丸によって増幅されている。数発喰らうだけではなののねは砕け、その力を徐々に失ってゆく。
 「なんだ・・・この程度の相手、ヒット&アウェイで十分だったのね・・・」
 リューナはそう呟きながらひたすらそれを繰り返す。やがて象男の鼻の動きが鈍ってきたところで体へ、頭への攻撃を加えた行く。まともに反撃も出来ない象男はひたすらリューナの攻撃に晒される。
 「おの・・・れ・・・」
 苦し紛れに鼻を伸ばしてリューナを攻撃するが、そんな苦し紛れの攻撃があたるはずもなく、空しくリューナの横をすり抜ける。大振りになったその攻撃で出来た隙をリューナは逃さなかった。大きく踏み込む、止めを刺すべく大技に移行する。
 「”双天舞脚・爆”!!」
 鼻の攻撃を掻い潜ったリューナの蹴りが象男の胸元に炸裂する。爆発でも起こしたかのような一撃に象男の体は仰向けに倒れてゆこうとする。リューナは”瞬”でその背後に回りこみ、背中にもう一度”爆”を見舞う。
 「ぐはぁぁぁっっ!!」
 二度目の爆発を起こしたような蹴りに象男は血を吐き散らしながら上空へと蹴り上げられてしまう。
 「これで・・・おわり!!」
 上空に吹き飛ばされた象男を追ってリューナも大きくジャンプする。上空でくるりと体勢を入れ替えると、半分気を失った状態の象男の胸元にとどめの”双天舞脚・爆”を見舞う。地面に強かに叩きつけられた象男はそのまま動かなくなる。
 「もっと素早い攻撃にもなれることね・・・」
 動かなくなった象男を見下ろしながら、リューナは大きく息を吐く。そして象男に背を向けるとその場から歩み去る。無残な屍だけが戦いの場には残されるのだった。


 例えば・・・
 リリスは羽根を広げて高速で宙を掛けていた。カラス型の融合人間も同様に翼を広げてリリスと空中戦を繰り広げる。リリスは魔法を、カラスは超音波を繰り出してお互いを攻撃する。
 「悠久の凍土より生まれし力よ、その力を持って、かの者を凍てつくさん!”アイス・エッジ”!」
 力ある言葉と共に呪文が完成し、五本の氷の矢がカラスに襲い掛かる。カラスはそれを華麗にかわし、超音波を発して打ち落とす。返す刀で超音波でリリスを狙い撃ちする。リリスもまた、ぎりぎりのところでこれをかわし距離をとる。
 「このままお互いに決定打のないまま打ち合いをするのは得策ではないわね・・・」
 このまま打ち合いをしていれば、いつか体力の低い自分の方が先にへばってしまう可能性が高い。高速戦闘では先にへばった方が負けである。ならばへばる前に相手を倒してしまえばいい。そして自分には呪文のほかにも頼りになる武器があることをリリスは心得ていた。
 「ここは・・・」
 カラスの攻撃をかわしながら考え込んでいたリリスはある作戦を思いつく。うまくいけば一瞬で形勢が逆転し、勝負に決着がつくはずである。それを確信したリリスは両手に羽の燐粉をまぶし、呪文を詠唱する。
 「”見えざるものよ・・・”」
 呪文を完成させたリリスはさらに高速で移動を開始する。そのスピードはカラスにはとてもついていけないものだった。無造作に超音波を発するが、とてもリリスを捉えられるものではない。時折リリスも氷の矢で攻撃してくるが決定打には程遠いものであった。しばしそれが繰り返される。
 「くそ!逃げ回るだけか!!」
 毒づいてリリスを挑発するが、リリスはその挑発には乗ってこない。仕方なくカラスは当たらない攻撃を繰り返すだけであった。しばらく縦横無尽に駆け巡ったリリスは急に方向を変え炎の矢でカラスを攻撃する。突然のことだったので反応は遅れたが、打ち落とすことの出来る攻撃だった。
 「この!いい加減に!!」
 カラスは反撃を試みる。リリスはその攻撃をかわすが、先ほどまでのような華麗さは見られない。明らかに体力が切れた動きであった。それを察したカラスは勝ち誇った笑みを浮べる。
 「高速で動いてかく乱させて反応を惑わせる作戦だったみたいだが・・・無駄だった見たいだな!」
 そう叫びながら翼を羽ばたかせ、速度を上げてリリスに迫る。ぎりぎりのところでリリスにかわされたが、こちらの攻撃が当たるのはもはや時間の問題と思ったカラスはそのまま旋回し、再度攻撃を仕掛けようとする。しかしそれは出来なかった。突如動きが封じられてしまったのである。いかにもがこうとピクリとも動くことが出来ない。
 「なんだ・・・これは・・・」
 見えない糸のようなものに絡め取られた感覚にカラスは必死にもがく。しかしどうもがこうとも逃げることはかなわなかった。そんなカラスにリリスはにっこりと笑う。
 「どうかしら、”ディバイン・ネット”のお味は?」
 リリスの言葉にカラスの表情が凍りつく。見えない網が仕掛けられていたのだ。おそらく高速で動いていたときに張ったものだろう。しかし解せないことがいくつかある。
 「バカな・・・その呪文の効果範囲はせいぜい10メートル・・・高速で移動する相手をその範囲に招き入れるなんて芸当・・・出来るはずがない!」
 「普通の呪文ならね。でも私の効果範囲は最大10倍。眼の前に100メートルのネットがあったら、嫌でも絡め取られるでしょう?」
 リリスの言葉にカラスは改めて表情を硬くする。魔法の効果を10倍にする方法など聞いたことがないからだ。そしてその答えはリリスの口から明らかにされる。
 「私たち五天衆には転身後特殊な武器が装備されることになっているの。セツナの刀みたいにね。私の武器はこの羽、正確には羽についた燐粉ね。これには魔法の威力を増大させる効果があるの・・・こんな風に!」
 リリスは説明しながら右手にその燐粉をつけて呪文を唱えてみせる。呪文の完成と共に巨大な火球が出現する。それは通常では考えられない大きさのものだった。カラスはここにいたって戦っていた相手が自分の遠く及ばない相手であることを悟った。強大な魔力、豊富な呪文、その魔法を増幅する燐粉、そしてそれらを有効に活用できる智謀。どれをとっても自分が及ぶものではなかった。
 「さようなら・・・」
 カラスが最後に聞いた言葉はリリスの別れの言葉、そして最後に見たものは巨大な火の玉だった。戦い終えたりリスは羽を休め地上へと降下し、仲間の元へと帰ってゆく。後には黒い消し炭がその無残な姿を晒しているだけであった


 「そんな・・・私の融合人間たちが・・・」
 自慢の融合人間たちが打ち倒されたことにグロリアはショックを隠せなかった。いかに学院の奥深くにしまわれていた他人の理論とはいえ、それを完全に再現させた自分の技術を疑ってはいなかった。その戦闘能力は人間をはるかに超え、いかにこの理論をまとめた本人が新たに作り出した融合人間でもかなうはずがないという自負があった。その自負は無残にも打ち砕かれた。
 「その程度なのですよ、貴方など・・・」
 ショックの隠しきれないグロリアにフィラデラは冷たく言い放つ。その言葉を聞いたグロリアはすさまじい形相でフィラデラを睨みつけるが、フィラデラはまるで気にした様子もなく受け流している。
 「殺してあげる・・・その生意気な口も、かわいらしい顔も、一切残しはしない!!」
 「口ではなんとでも言えるものです。少しは実践してみてはいかが?」
 怒り狂うグロリアにさらに火に油を注ぐ発言をして相手を挑発する。心理戦では完全にフィラデラがグロリアを圧倒していた。冷静なものと冷静でないもの。その戦いの行方はどうなるかまだ、誰も知らなかった。


 ほぼ同時刻、ユーナス神殿地下祭殿。真っ暗な祭殿に明かりが灯され、祭壇の上には薄絹を纏った女性が横になっていた。そのおなかは大きく膨らみ、新たな生命の誕生まであと少しといった感じであった。そんな女性が祭壇の上に寝そべり目をつぶり何事か祈っている。その傍に神官衣を纏った男が蝋燭のついた燭台を手に姿を現す。
 「今宵、神の祝福を受けに来たのは貴方ですかな?」
 「はい・・・ファーゼルト大司祭様・・・」
 目を閉じ祈ったままの女性に尋ねると女性は小さく頷く。それを見たファーゼルトは満足そうに頷く。今この祭殿には誰もいない。ファーゼルトと女の二人きりであった。
 「して、何ゆえ神の祝福を受けに?」
 「・・・お腹の子供に幸せになってもらいたいのです・・・」
 ファーゼルトの問いに女性はゆっくりと答え始める。身も知らない冒険者にレイプされたこと。その男の子供を身篭ってしまったこと。生まれてくる子供のことを思うとどうしたらいいのか不安であること。それらを切々と訴えてゆく。ファーゼルトは目をつぶったままじっとその言葉に耳を傾けていた。
 「わかりました。貴方に神の祝福を授けましょう・・・」
 「ありがとうございます、大司教様・・・」
 「では横たわったままで・・・さあ、私の目を見なさい・・・」
 ファーゼルトに促されるままに女は彼の瞳を見つめる。吸い込まれるような赤い瞳がじっと自分を見つめている。体が熱くなるのを感じ、意識が朦朧としてくる。それでもファーゼルトから目を離すことが出来ず、その瞳に吸い込まれてゆく。
 「フム、今宵は妊婦か・・・それも悪くない・・・」
 女の瞳がファーゼルトから離れなくなったことを確認したファーゼルトはニタリと笑う。一月ぶりの獲物にファーゼルトはわきあがる欲望を抑えることが出来なかった。
 「存分に味あわせていただくとしよう」
 そう言うとファーゼルトは神官衣を脱ぎ捨てる。その下から現れた肉体は70歳を越えた老人のものとはとても思えない鍛え上げられたものであった。男性の象徴も大きく勃起している。神官衣を脱ぎ捨てたファーゼルトは祭壇の上へと上がる。
 「さあ、儀式の始まりだ・・・」
 ファーゼルトは逸る気持ちを押さえ込んで女の薄絹を引き裂く。ファーゼルトのそんな行為にも女性はまったく抵抗せず、頬を赤く染めるだけだった。たわわに実った乳房が薄絹の下から顔を出し、圧迫から解放されフルンと悩ましげに揺れる。それがさらにファーゼルトの欲情を駆り立てる。
 「さてと・・・味は・・・?」
 柔らかな肉の塊の感触を楽しんだファーゼルトはその先端の突起を口に含む。舌先で転がし、啜り上げると、そこは大きく頭を持ち上げ、その先端から極上の水を滴らせてくる。ファーゼルトの舌にあわせて女性の口から快楽に溺れる声が発せられる。熱い吐息がもれる。


 「あふっ・・・あああっ・・・」
 「フム、甘露、甘露・・・こちらはどうかの?」
 存分に乳房を味わったファーゼルトの興味は下のほうへと移動してゆく。ファーゼルトの言葉に女は自ら足を開き彼を迎え入れる。そこは全ての毛がそり落とされ、女性のすべてが一切隠されることなく公開されていた。そこをファーゼルトは指先で開き覗き込む。
 「うううむ、レイプされたという割に綺麗な色じゃ。これはその後誰とも交わっておらぬな?もったいない、これほどの肉体を持ちながら・・・よかろう、私が慰めてやろう・・・」
 我慢の限界を超え、大きく反り返り、先端から我慢汁が滴るペニスを片手で掴むと女性の性器に押し付ける。
 「ああ・・・大司教様・・・は、早くお情けを・・・」
 女は腰を持ち上げて懇願してくる。早くその逞しいものがほしくて仕方がなかった。それがわかっているファーゼルトはペニスを女のヴァギナにしばらく擦り付けると、思い切り奥へと押し込んで行く。
 「うくっ・・・ふあああっ・・・ファーゼルト様・・・」
 「むっ、なんと言う狭さじゃ・・・とても子供を身篭ったものの膣とは思えんの。そうか、そなたを襲った冒険者は一度しかそなたを犯さなかったのじゃな?」
 ファーゼルトの問いに女は恥ずかしそうに頷く。そのたった一度が妊娠してしまったということである。
 「そうか、そうか。ならばそなたと赤子、両方ともに神の祝福を!!」
 「あああっ、大司教様!!」
 ファーゼルトは女の腹に手を当てると激しく腰を降り始める。狭い膣道がペニスを絞り上げ、ファーゼルトを快楽の淵へと追いやってゆく。女の方も久方ぶりに味わう男の感触に酔いしれていた。女の膣道をしばし楽しんだファーゼルトは一度膣からペニスを引き抜き、女を四つん這いにさせるとその背後から固い自分の象徴を押し込んで行く。
 「あああっ!!ふ、ふかいのっ、あああああっっ・・・」
 背後から力任せに押し込み女を堪能する。女の方もファーゼルトの腰の動きに酔いしれ、至福のときを味わっていた。ファーゼルトは背後から豊満な乳房を揉み、乳首を舐って乳液を搾り出す。指についた母乳を赤子の眠る腹部に擦り付けながら、さらに激しく腰を女に叩きつけてゆく。
 「この先端に当たるのが、そなたの御子か?御子なのじゃな?」
 「ひんっ、はひ・・・そうれす・・・ああああああんんんっ!!」
 「ではこのまま聖水を掛けて清めるとしよう」
 ファーゼルトはフィニッシュに向けて激しく腰を動かし始める。膣道をこすり上げ、ペニスを締め付ける。お互いあっという間に限界を超えてしまう。白濁の液体が女の子宮内に注ぎ込まれ女を赤ん坊を汚してゆく。その感触を味わいながら女も小刻みに震え、絶頂の極みへと沈んでゆく。
 「さあ、そなたに神の祝福を・・・」
 背後から女を抱きしめていたファーゼルトがそういいながら笑みを浮べる。その犬歯は異様に長く鋭かった。その犬歯が女の白い首筋につきたてられる。女が最後に上げた言葉は、短い悲鳴であった。


 「処女ではなかったがそれなりのうまさを持った女だったな・・・」
 祭壇の上でぐったりとして動かなくなった女には目もくれずにファーゼルトは衣装を身に纏ってゆく。その顔は先ほどまでの老人の顔ではなく、20代の若者の顔であり、その肉体にぴったりの体つきであった。
 「これが神たる私の祝福・・・永遠なる命と、下僕の証。私が死すまで母子共に心身を賭して我に仕えるがいい」
 ファーゼルトは女の髪を撫でながらそう呟き、ニタリと笑う。が、すぐにその笑みは消える。
 「結界内に誰か入ってきたな・・・この気配・・・」
 目をつぶり、神殿の周りに張り巡らせた結界の中に入ってきたものたちの気配を読み取ってゆく。三人とも人間ではない。うち一人の気配はよく知るものの気配であった。そしてその気配はファーゼルトを歓喜させる。
 「そうか、来たか・・・来てくれたか・・・」
 嬉しそうな笑みを浮かべ、犬歯から血を滴らせながらファーゼルトはそのものの到来を喜んだ。この2000年、捜し求めながらその姿を見つけることがかなわなかった人物であった。
 「早く私のもとへと来い・・・待っているぞ・・・アルディレイラ・・・」
 ファーゼルトは愛しき人の名前を呟くと歓喜の笑いを発する。暗い地下祭殿からはいつまでも、いつまでも狂ったような笑い声が響いていた。それは2000年に及ぶ戦いの終結を告げるものであった。


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