第29話  因縁


 「こちらの動きを悟られたようですね・・・」
 ユーナス神殿の敷地内に入ったアルデラはポツリと呟いた。敷地に張り巡らされた結界が彼女に自分たちの存在が敵に悟られたことを教えてくれる。そんな彼女の傍に佇むストナケイトもそれを感じていた。誰かに見られているような感覚が首筋をチリチリと刺激してくる。見ているのは間違いなくこの結界を張った者だろう。
 「どう出てくるでしょうか・・・」
 二人の少し後ろに控えたゼロは自分にはわずかにしか感じられない結界の存在を瞬時に読み取った二人に舌を巻きながら、相手がどう出てくるかを尋ねてみる。これほど大掛かりな結界を張った相手がどんな手を打ってくるかゼロには想像できなかった。
 「聞くまでもなかったようだぞ・・・」
 ゼロの質問にストナケイトは平然と答える。その彼の言葉どおり、神殿内から何十人、何百人という人間が大挙して押し寄せてくる。手には鎌や鉈、包丁などを握り締めこちらへぞろぞろと向かってくる。スッと構えを取ったゼロはその人間たちの姿に首を傾げる。外見は人間なのだがどこか違和感が漂っている。
 「ストナケイト様、アルデラ様・・・彼らは・・・」
 「言っておくぞ、ゼロ。アレは人間ではない!」
 「上位ヴァンパイアの使徒となった人間、生ける屍だ!」
 二人の返答にゼロはじっと目を凝らす。確かに向かってくる人間たちからは生気は感じられない。目はうつろで、中には体の一部が腐ってきているものがいるくらいだ。武器を手にストナケイトたちを取り囲むようにして襲ってくる。
 「さてどうしたものかな?」
 「もたもたするわけにはいくまい・・・」
 「そうですね・・・ここは俺が担当します。お二方は神殿内部へ!」
 自ら志願したゼロの言葉にストナケイトたちは頷く。そして二人を先に行かせるべくゼロは腰を落とし左前の構えを取る。大きく息を吐くと前方から迫る生ける屍たちを睨みつける。
 「せめて汝らの魂が休まることを・・・」
 一言呟いたゼロは左手に魔力を集中させる。ゼロが意識を集中させると巨大な火球が出現する。さらに右腕に力を込め強く握り締める。目をつぶり息を大きく吐くと心を落ち着かせる。
 「左の魔法を右の気力で・・・」
 意識を両のこぶしに集中させる。左手の炎がさらに燃え盛り、右手の光はさらに輝きを増す。双方の強さが最大に達した瞬間、ゼロはカッと目を見開く。
 「”ドラゴニック・バースト”!!」
 ファンスロットに負けたあとゼロは己に出来ることを思い返していた。直線的破壊力には優れているものの、ファンスロットのように受け流し反撃してくるカウンター型の敵に弱い。それが今の自分だった。そこで今度はカウンターを取られないようにするにはどうしたらいいか、そのことを自問してみた。
 (カウンターを取られないようにするには・・・相手が捕らえきれないほどの速さで攻撃する、カウンターを取ろうとする相手に対して逆にカウンターを取る、あとは・・・)
 自問したゼロは三つ目の案を採用することにした。同じ融合人間でもリューナほど早くないし、セツナほど器用でもない。ならば自分に出来ること、それは”カウンターを取ろうとする相手がカウンターを取る前に吹き飛ばす”というものだった。アンナが最も好みそうな戦術だが、自分にもこの戦術が一番しっくり来ている。
 (さてと・・・次は・・・)
 次はどう攻撃するかを考えてみた。アンナのような破壊力のない自分が一撃で相手を吹き飛ばすようになるにはどうしたらいいか、その答えは一つしかなかった。魔力を利用する。それしかなかった。そこで魔法を自分の攻撃力に上乗せするべくリリスに教えを請うてみた。結果は散々足るものだった。
 (あそこまでひどいとは・・・)
 ゼロをがっくりとさせるほど魔法との相性が悪かった。決定的に悪かったのは詠唱が出来ないこと、つまり呪文を覚えられなかったことである。唯一使うことが出来た魔法は”火の矢”の魔法だけであった。落ち込むゼロであったがリリスはそんなゼロにあるアドバイスをしてくれた。
 (それがこの・・・)
 ”火の矢”を発生させそこに魔力を集中させ威力を増大させる方法。そこにただ魔力を集中させた一撃を加えて放つ技である。最下級の魔法とはいえその魔力を一点に集中させた”火の矢”の破壊力は上級攻撃魔法の攻撃力にも勝るとも劣らぬものであった。
 (でも、まだまだだな・・・)
 まだ魔力を集中させるのに時間がかかりすぎるのがこの技の最大の欠点であった。また、まだ他のバリエーションの技が編み出せていないこと。それもまたゼロの悩みの種であった。しかし今そんなことはどうでもよかった。今必要なのはストナケイトとアルデラを先にいかせること。ただそれだけであった。
 「せいやあああああっっっ!!!」
 気合と共に放たれた一撃が爆炎となって生ける屍たちを喰らい、なぎ倒し、焼き尽くしてゆく。その一撃はまるで炎の龍が大地を駆ける様であった。その一撃が収まった後には消し炭と化した屍が何十体となくその残骸を晒しているだけであった。そしてそこには本堂までの一本の道が出来ていた。
 「ではあとは任せたぞ、ゼロ!」
 大きく開けた道をストナケイトとアルデラが駆け抜ける。ゼロもそのあとに続き彼らを追おうとする者たちに攻撃をし、その足止めをする。
 「この先には行かせん!」
 いまだ数え切れぬ数の生ける屍を前にゼロは大見得を切って見せる。もっともそれで彼らが引くとは思っていない。生ける屍には思考能力はなくただ主の命じるままに攻撃を繰り返すだけの存在。二度と人に戻れぬ不浄なる存在。それが彼ら、生ける屍である。
 (ならばわが手でその忌まわしき束縛から解放してくれよう!!)
 ゼロは哀れなる存在を厳しい眼差しで見つめる。そこにいるのは男ばかりではない。老人も、女も、子供もいる。中には赤ん坊を抱いているものもいる。そのすべてが例外なく生ける屍なのである。死して尚その忌まわしい束縛に縛られた存在。そんな彼らにゼロは同情し、解放してやりたかった。
 肉体を破壊すれば魂はその束縛から解放される。僧侶ならば”ターン・アンデッド”などの死者を眠らせる呪文で死体を元の綺麗な死体に戻すことが出来る。しかしゼロは神官ではないし、その系統の呪文は使えない。死体を綺麗なまま解放してやることはゼロには出来ない。それがゼロにとって唯一残念なことだった。
 「痛みを感じないのが唯一の救いか・・・」
 そう呟いたゼロは拳を振るう。拳に炎を纏わせ、生ける屍を破壊してゆく。一体一体、確実にその体を破壊しその活動を止めてゆく。哀れな生ける屍の魂を解放するがために・・・


 神殿内に侵入したストナケイトとアルデラは地下へと向かっていた。ファーゼルトがいるとすれば地下しかないというアルデラの意見であった。祭壇の裏に隠された階段を駆け下りひたすら地下を目指す。
 「しかしなんだ、この神殿は・・・死の匂いしかしない・・・」
 「はい・・・生あるものすべてが奴に・・・」
 神殿内から感じられる気配にストナケイトはいやな感じを覚える。まるで生きているものの気配を感じない、死者しか存在しない感覚に舌打ちをする。間違いなく神殿内にいた神官戦士、司祭、信者、そのすべてが死者へと変じていることは間違いなかった。
 「しかし、一体のヴァンパイアでここまで出来るというのか?」
 情報では神殿には数千人の信者が逃げ込んでいたはずである。いかにヴァンパイアといえどそれだけの数の信者をわずか数日で生ける屍にすることは不可能だとストナケイトは思っている。
 「どうやら奴ひとりではなかったようですね、この神殿にいるヴァンパイアは・・・」
 辺りに感じられる気配をアルデラは感じ取っていた。ランパードと同じ気配。それはヴァンパイア・ロードが数体この神殿内にいることは間違いことを示していた。
 「アルデラ、君は先にいくといい。ファーゼルトを名乗る男の正体、見極めるんだ・・・」
 「しかし、ケイト・・・」
 「安心しろ・・・少し本気でやってやる。それくらいやらないとロード級を倒すのは難しいからな・・・」
 しばし考え込んだアルデラであったが、すぐにストナケイトの申し出を了承する。ここで二人そろってのろのろしているうちにファーゼルトに逃げられる可能性もある。それだけは回避しなければならない。
 「わかりました。ケイトも気をつけて・・・」
 アルデラはそう言い残すとさらに地下を目指して走り始める。ストナケイトはひとりその場に残ると愛用の剣を抜き、辺りに視線を移す。周囲の暗闇からは痛いほどの殺気を含んだ視線を感じる。
 「いつまで隠れているつもりだ?こうやって私一人残ってやったのだぞ?」
 暗闇の中に視線を向けたままストナケイトは冷たく闇に潜む輩を挑発する。しばし静かなままであったが、やがて闇の向こう側から6人の神官服を纏った男女が姿を現す。全員がニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮べている。
 「バカな奴だなぁ・・・姫様と一緒にいればもう少し生きていられたかもしれないのに・・・」
 「まあ、我らが主は姫様がご所望。お前にはここで死んでもらうことになっているけどな」
 「しかし、悪魔の血というのは始めて飲むがどんな味なのだろうな?」
 6人が6人、まるでストナケイトを見下している。完全に自分の力のほうが上と思っている。ストナケイトはそんな6人の言葉にはまるで興味を示さず、剣を軽く振るって戦いの準備をする。
 「御託はいい・・・アルデラに代わって貴様ら全員にはこの地上から消えてもらう・・・」
 「貴様!われらにかなうとでも・・・」
 「御託はいいといった!さっさと5人まとめてかかって来い!アルデラを追わなければならないからな。少し本気で行かせてもらっている・・・」
 歯軋りしてストナケイトを睨みつけるヴァンパイア・ロードたちであったが、ストナケイトの言葉に違和感を感じる。自分たちの数を間違えているのである。さらに彼の行動が現在進行形になっていることにも。
 「なんだ、恐怖で錯乱していたのか?我らは6人。5人等では・・・」
 「死んだ奴を数える必要はないだろう?残る4人でさっさとかかって来い。一方的攻撃は気が引ける・・・」
 ストナケイトは剣を構えたままロードたちの言葉に耳を貸そうとしない。それどころか、また自分たちの数が減っているのである。どういう意味かと問い返そうとしたときだった。自分たちの背後からうめき声が聞こえてくる。慌てて振り向くと、仲間の2体が全身を切り刻まれ塵に返ってゆくところであった。再生も蘇生も出来ないその姿に残りのロードたちは驚愕する。
 「そんなバカな・・・いつのまに・・それに我らロードを消滅させる剣など・・・」
 「悪いが”真闇の剣”の前では貴様らなど敵ではない!」
 「”真闇の剣”・・・?なんだ、それは?」
 「知る必要もないだろう?そなたたちはここで死ぬのだから・・・」
 「ぬ、ぬかせぇっ!!!」
 生き残った4体は分散しストナケイトを取り囲む。目の前にいる相手方だの魔族でないことは明らかであった。金属の鎧を身に纏っていたはずなのにまるで音を立てずに、一刀の元に二人も斬り倒した腕前。それは自分たちの常識をはるかに上回るものであった。
 「少しは出来るようだが・・・」
 「所詮お前など我らの敵ではない!」
 「お前のその体から溢れ出る魔力の総量は我らの数分の一・・・」
 「その程度の魔力では我らを倒すことなど!!」
 ストナケイトを取り囲んだロードたちは一斉に攻撃を仕掛ける。しかしストナケイトは笑みを浮べてその攻撃をまともに受けてみせる。
 「なんだ・・・もう助からぬと思って逃げることもしなかったのか?」 
 「必要がないから避けなかったのだ・・・」
 ストナケイトの言葉を強がりと思ったロードたちだったが、すぐにその言葉が強がりなどではないことがわかる。自分たちの攻撃は全てストナケイトの鎧に防がれて、彼には傷一つ、つけることが出来ていなかった。
 「そんな・・・我らの攻撃が・・・」
 「言ったであろう?そなたたちはここで死ぬと・・・」
 そうストナケイトが言った瞬間、彼の剣を振るう。漆黒の闇がストナケイトを取り囲んだロードたちに襲い掛かる。きらめきが収まると、剣を構えたストナケイトを中心に4体のロードが四方に吹き飛ばされていた。ストナケイトは剣を収め、アルデラの後を追う様に階下を目指して歩き始める。もはや四体のロードに視線を向けようともしない。
 「貴様、どこへ・・・」
 「悪いが、アルデラが待っている・・・消えてくれ・・・」
 ストナケイトの言葉と同時にロードたちの体が無残にも切り裂かれる。ロードたちは驚愕の表情を浮べたまま塵となってゆく。目の前にいる魔族がとても自分たちの手に負える相手でないことを死の寸前になって理解したのだ。しかし、理解したのが遅すぎた。彼らにはもはや再生することもどうすることも出来ない。後はただ、消滅するしかなかった。
 「所詮、貴様たちなど捨石に過ぎなかったようだな・・・」
 ストナケイトは哀れみを持った口調でそう呟くと愛する人を追って階下へと進む。この先に待つものがなんであるかをこの時点で彼は理解していた。そしてそれがアルデラの危機を告げるものであることを・・・


 神殿の地下、ストナケイトと別れたアルデラはさらに奥へと進んでいた。どれほど奥深くまで降りて来たかわからない。長い階段を下るとようやく終点の巨大な扉まで行き着く。アルデラがその前に立つとまるで彼女を待ち構えていたかのように扉が重い音を立てて開いてゆく。
 「私を待っていた・・・というわけですか・・・」
 まるで誘うように開いた扉を見つめたアルデラは相手の誘いに乗って扉をくぐってゆく。アルデラが中に入ると扉が重い音を立てて閉じてゆく。最初からこうなると踏んでいたアルデラは驚きも、動揺もせずに落ち着いて辺りの気配を探ってゆく。
 「待っていたよ、アルディレイラ・・・」
 暗闇の向こう側からアルデラに声をかけてくる。その声は間違いなくアルデラがよく知る声であった。
 「そんなところで何をなさっているのです?ファーゼルト・・・」
 「くくくっ、言っただろう?君を待っていたと・・・」
 暗闇の向こう側から姿を現したファーゼルトはうれしそうな表情を浮べてアルデラに歩み寄ってくる。アルデラのほうは彼を警戒して杓杖を構え有事に備える。
 「そんなに緊張しなくてもいいではないか・・・愛する我が妻よ・・・」
 「悪いですが、貴方の妻になった覚えは一度としてありませんが?」
 「貴方が生まれたそのときより私たちが結ばれることは決まっていたことでしょう?」
 ファーゼルトはさも当然といわんばかりに答える。最もアルデラにとって愛する人も夫と呼べる人もこの世にただ一人しかいない。こんな男を夫と呼ぶつもりはさらさらなかった。
 「この数百年、貴方はどこに隠れていたのですか?私に滅せられることを恐れて・・・」
 「私が恐れる?冗談は程々にしていただこう。私はあの時・・・貴方がお父上に反乱を起こしたあの時、何者かに深手を負わされましてね・・・その傷を癒すべくこのユーナス神殿の地下で傷を癒していたのですよ」
 「それがどうして今になってその名前を表に出してきたのですか!」
 「もちろん貴方を探すためですよ。そのための仕込みとしてシンドルテアにわが眷族を送り込んでおきましたが・・・貴方にメッセージとして伝わったでしょうか?」 
 その言葉を聞いたアルデラはなるほどと理解した。シンドルテアにいたヴァンパイアロード、アレを送り込んだのはこの男だったのだ。そしてそれは自分を探し出すことと、自分がここにいることを暗に示すメッセージだった。最もアルデラはこの男に何の興味もなかったので、つい最近になるまでファーゼルトという名前に興味を示さなかった。ランパードの方もファーゼルトの命令なのすでに忘れてしまっていたようであったが・・・
 「まったく気付きませんでした。で、その貴方がなんのようですか?」
 「もちろん、愛する妻を自分の手元に呼び寄せるのは当然のことでしょう?」
 「悪いですが、私がここに来たのは貴方を滅するため。貴方の元に帰って来たのではない!!」
 アルデラはあくまで自分の意見しか言わないファーゼルトにあきれ返りながら、杓杖を構えなおして呪文を唱え始める。ファーゼルトはそんなアルデラに少しだけ驚いた表情を浮べる。
 「本気で私を?おかしなことをなされる・・・」
 「私はいつでも本気です!浄化の炎よ、舞い踊れ!”ホーリー・フレイム”!」
 杓杖から放たれた白き炎がファーゼルトに襲い掛かる。しかしファーゼルトは落ち着いてその炎を手で受け止める。白き炎はその手にかき消されてしまう。炎を受け止めた手の平には火傷のあともなく、まったく綺麗なままであった。
 「これが君の本気かい?」
 「まだまだ!ここからです!!神の雷よ、愚かなる者に天罰を!”ライトニング、ブレイク”!」
 続け様にアルデラは呪文を唱え、幾本物雷をファーゼルトに降らせる。逃げることのかなわなかったファーゼルトはその雷をまともに食らう。普通の人間が、いやほとんどの生物が喰らったら消し炭と化す様な雷が何度もファーゼルトに降り注ぐ。その光景を見たら誰もが終わったと思うことだろう。もうもうと立ち込める煙の中からファーゼルトは何事もなかったかのように立ち上がる。
 「なかなかの呪文だったがね・・・」
 立ち上がったファーゼルトは余裕綽々であった。先ほどの雷でもほとんどダメージを受けることはなかった。これならば余裕でアルデラに勝てると踏んでいたからである。しかし、アルデラはファーゼルトがその雷を耐え抜くことをあらかじめ予想していた。すでに新しい呪文を唱え終えようとしていた。
 「光よ、全てを浄化する力を!”シャイニング・エクスプロージョン”!!」
 ファーゼルトの眼前に光の爆発が起こる。雷の攻撃で終わりと思っていたファーゼルトは完全に不意を疲れた。避けることも、魔法で打ち消すことも出来ずにまともに光の爆発をその身に受ける。
 「いかに貴方でもこの呪文は効いたでしょう?」
 上級呪文3連発でさすがにアルデラの息は上がっていた。魔力が尽きたというわけではないが、しばらく上級呪文を唱えるのは難しい。この”シャイニング・エクスプロージョン”はアルデラにとって切り札であり、これを耐えられたら先がないことを意味していた。しかし、アルデラの望みは無残にも打ち砕かれてしまう。
 「なかなか・・・この魔法は効きましたよ・・・」
 光が収まってくるとその向こう側からファーゼルトは少し痛そうな顔をして答えてくる。体のあちこちにダメージをうけたあとは残っているが、命を奪うほどではなかった。まずいと思ったアルデラは慌てて次の呪文を唱えようと身構える。しかし、それよりも早くファーゼルトのほうが動く。ファーゼルトの腕がアルデラの喉元を捕らえる。
 「いくらダメージが小さいとはいえこう何度もダメージを食らうと痛くてたまりませんからね」 
 アルデラの喉を締め付け呪文の詠唱をさせないようにしながらファーゼルトは得意げに微笑む。不意をつかれたとはいえ喉を押さえられて反撃の機会を逸したアルデラは悔しそうに顔をゆがめる。
 「このままでは厄介ですね。君が素直になるまでこれを使うとしましょうか・・・」
 ファーゼルトはそう言うと手錠と首輪を取り出しアルデラにそれをつけてゆく。手錠はアルデラが力を込めようとも全身の力が奪われ、引きちぎることはかなわず、首輪は呪文の詠唱を阻害する効果があるらしく、呪文を唱えようとすると魔力を打ち消してきた。
 「どうです?なかなかの一品でしょう?」
 勝ち誇ったファーゼルトはアルデラの顎をしゃくりながらほくそえむ。自分とファーゼルトの魔力の差がこれほどかと衝撃をうけたアルデラであったが、どうすることも出来ずに悔しがるしかなかった。
 「殺しなさい!いかに貴方が私を欲しようともわたしは決して貴方にはなびかない!」
 「ふふふっ・・・そんなことを言っていられるのも今のうちですよ・・・」
 毅然と言い放つアルデラの言葉にファーゼルトは、いまだ勝ち誇った笑みを浮べたままアルデラを祭壇の上に抱き上げる。祭壇の上に寝かされたアルデラはドキッとする。これからこの男がなにをしようとしているのか見当はついた。それだけは決して許せることではなかった。
 「よ、寄るな!私に触れていいのはケイトだけだ!!」
 「大丈夫、すぐにそんなやつのことは忘れさせてあげるから・・・」
 必死に拒むアルデラであったが、ニタニタと笑ったままファーゼルトはアルデラに圧し掛かってくる。そしてアルデラの神官衣の胸元を引き裂き幼さの残る胸元を露にする。アルデラは必死になって隠そうとするが手錠が邪魔して隠すことが出来なかった。
 「かわいらしい胸ですよ、アルディレイラ・・・」
 にたにたと笑っていたファーゼルトはアルデラの胸にキスをしてくる。そのおぞましさにアルデラは身震いする。背筋に寒気が走る。頭を振って嫌がるがファーゼルトはそんなこと気にする様子はなかった。乳房に舌を這わせ、その頂点のボッチに口付けをしてくる。
 「ひああっ!やぁ・・・やめろ・・・」
 「そんなことをいって、ここはもうこんなに堅くなってきているではないですか・・・」
 ファーゼルトはそう言うと堅さを帯びてきた乳首をわざと強めに摘んで見せる。嫌がっていても敏感なアルデラの体はファーゼルトの行為に反応を示してしまっている。ファーゼルトもそれがわかっているので指先で擦り、摘んでくる。嫌がっていてもアルデラの口からは甘い声が漏れ始める。
 「んはっ・・・そんなに・・・しないで・・・」
 「ふふふっ、もっと気持ちよくして差し上げますよ」
 嫌がるアルデラだったが、ファーゼルトはそんな彼女の姿にさらに興奮し攻め立ててくる。その攻めから逃れる術はアルデラにはなかった。幼い胸を両手で揉みあげ、撫で回す。堅く勃起した乳首を口先に含み、舌先で転がす。飴の様に舌先で転がすほどにアルデラの口から甘い嬌声が漏れ、乳首も硬く勃起してくる。
 「胸がこんなでは、こっちはもっとすごいことになっているんではないですか?」
 ファーゼルトは愉快そうに乳首を舐るとその手を下へと伸ばしてくる。どこへ向かっているのか察したアルデラは脚を懸命に閉じ、そこへの到達を阻止しようと抵抗する。
 「無駄なことを・・・貴方はもうわたしのものなのですよ?」
 必死になって抵抗するアルデラであったが、ファーゼルトが脚に触れると自然と脚の力が抜け彼を受け入れてしまう。嫌がっているのにどうしてそんなことをするのかと考え込んでしまう。そしてすぐにどうしてそうなったかが理解でき、悔しそうな表情を浮べる。
 「貴様、私に暗示を・・・」
 「ええ、先ほど首輪の説明をするときに私を受け入れろと・・・ね・・・」
 ファーゼルトは勝ち誇った表情を浮べると、ニタリと笑う。そんな暗示をかけられた以上アルデラが彼を拒絶することは難しい。懸命に抵抗すればできないことはないだろうが、ファーゼルトに攻められているこの状況下ではどうすることも出来なかった。
 「さあ、見せて貰おうか・・・」
 「やめ・・・て・・・」
 ファーゼルトはそう言うとアルデラの両足首を掴み大きく左右に開いてゆく。アルデラは弱々しく頭を振って抵抗するが暗示によって脚に力が入らずあっさりと脚は左右に開かれる。ファーゼルトは開かれた部分を覆い隠す布を邪魔だとばかりに引き裂くとまじまじとアルデラの秘部を覗き込む。


 「綺麗な色だ・・・使った痕跡はないですね」
 じっくりと秘部を観察したファーゼルトは指でそこを左右に押し開く。ピンク色の粘膜が眼前に広がる。すでに愛液に濡れたそこはテラテラと妖しく輝いている。その美しさに溜息を漏らすとそこをぺろりと舐めあげる。
 「ひんっ!!」
 そのおぞましい感覚にアルデラは悲鳴を上げる。その声が気に入ったのかファーゼルトは何度も何度もそこを舐めあげる。なめるほどに膣奥から愛液が溢れ出し、ファーゼルトの舌を濡らしてゆく。その愛液をおいしそうに啜り上げながら顔を覗かせたクリトリスにも舌を伸ばす。
 「はぐっ!あああっっっ・・・」
 ビクビクと何度か痙攣しながらアルデラはその衝撃に身を震わせる。体を突き抜ける快感に恐怖し、拒絶する。そんなアルデラの意思を無視して、ファーゼルトは満足そうに顔を上げる。
 「そろそろ終わりにしましょうか・・・」
 いやらしい笑みを浮べながらファーゼルトは前を肌蹴る。逞しく勃起したペニスがアルデラの視界に飛び込んでくる。ヒクヒクと脈打ち、先端からは我慢できなかった透明な液体が滴り落ちてきている。それをどうするのかわかっているからこそアルデラは必死になって身を捩り拒絶する。
 「いやっ!やめて!それだけは!!」
 「なにを言っているんですか。夫婦が契りを結んで何がいけないというのですか?」 
 嫌がるアルデラの股の間に体を割り込ませたファーゼルトはいきり立つペニスの先端を濡れそぼったアルデラのヴァギナに宛がう。アルデラはそれだけは阻止しようと腰をくねらし逃れようとするが、腰を固定された格好ではどうすることも出来なかった。ファーゼルトはニタリと笑い無言のまま腰を押し進める。
 「ひあっ・・・あああああっ・・・」
 にゅぷりとアルデラの粘膜を押し広げてファーゼルトのペニスがアルデラの膣内に侵入してくる。濡れそぼった膣道はペニスをあっさりと受け入れる。膣道をすべるように侵入したペニスはあっさりと最奥まで到達する。そのことにファーゼルトの表情が険しくなる。
 「アルディレイラ・・・貴方は・・・」
 「私の夫はケイトだけ・・・私の全てはあの人に捧げてきた・・・」
 その言葉を聞いたファーゼルトの表情が醜く歪む。処女だと思っていたアルデラがすでに何者かによって汚されていたことはファーゼルトには許せないことであった。顔を醜く歪ませたまま激しく腰を動かし始める。
 「私の!私の大切な人形に!!」
 怒りに任せて腰を打ち付けアルデラを攻め立てる。荒々しく膣道をペニスでこすり、子宮口をノックする。突き上げるたびにアルデラの小さな体が跳ね上がり、痛みと拒絶の嗚咽を漏らす。それでもファーゼルトは攻め手を緩めようとはしない。むしろさらに激しく攻め立てる。
 「アルディレイラは・・・私のものだ!!」
 ファーゼルトは牙をむき出しにして吼えると、体勢を入れ替える。自分が祭壇に寝転び、その上にアルデラを寝かせる。片手で胸を、もう片手でクリトリスを攻め、両足をアルデラの足に絡め大きく広げると下から激しく突き上げる。結合部が丸見えのそこからは愛液が噴出し祭壇を濡らしてゆく。
 「やめ・・・いや・・・ケイト、ケイトー!!」
 「その名前を言うな!お前は私もののなんだ!!」
 「私はお前のものなんかじゃ・・・ない!!あああっ!!」
 顔を赤く染めたアルデラは必死にファーゼルトに抵抗する。ファーゼルトは必死になってアルデラを自分のものにしようとするがどうしても聞き入れてもらえない。そんなアルデラに対する愛しさと怒りがさらに攻め方を荒々しくさせる。
 「くそっ!このまま子宮に全部吐き出してやる!!」
 「!!やめなさい!それだけは・・・それだけは!!」
 「うるさい!このままお前に私の子供を身篭らせてやる!!」
 愛しさが怒りと恨みに変わったファーゼルトは己の欲望の赴くままにアルデラを攻め立てる。アルデラは必死になって逃れようとするが、体は抱きかかえられ、足は絡められたままで逃げることは出来ない。手錠をはめられた手が空しく宙を掻く。まるでその場にいない愛しい人に助けを求めるかのように・・・
 「くっ、そろそろイくぞ!!」
 「だめ!!だめ!!やめて!やめなさい!!」
 「ふはははっ、これで次世代の闇の王が誕生するのだ。嬉しいことではないか!!」
 狂ったように笑いながらファーゼルトはアルデラの膣を犯してゆく。逃げられないとわかっていてもアルデラは必死になって逃れようとする。そんな彼女の無駄な足掻きを笑いながらファーゼルトは一番強くアルデラの子宮をノックする。
 「うぐっ!!イくっっっ!!」
 「ひぃぃっ!!いやぁぁぁっっっ!!!」
 膣内のペニスが大きくはじけ、子宮の中に熱い液体が注ぎ込まれてくる感触にアルデラは絶叫して涙する。ファーゼルトはアルデラを抱きしめ、自分の分身が全てアルデラの子宮に注ぎ込まれるまでじっとしていた。アルデラの子宮が自分の精で満たされたことに満足するとようやくアルデラから体を離す。
 「くくくっ、これで君は私のものだ・・・私のものなのだ!!」
 狂ったように笑うファーゼルト。アルデラは祭壇に突っ伏したまま動くことが出来なかった。止め処なく涙がこぼれ落ち、悔しさと悲しさに体を震わせる。
 「アルデラ!!!」
 ストナケイトが祭殿に飛び込んできたのはすべてが終わってからのことだった。祭壇ではアルデラが全裸で突っ伏し、その傍ではファーゼルトが勝ち誇った笑みを浮べている。それを見ただけでストナケイトにはなにが起こったのか理解できた。アルデラはスッとストナケイトから視線をそらす。
 「ケイト・・・見ないで・・・見ないで下さい・・・」
 「アルデラ・・・」
 悲しそうに頭を振るアルデラにストナケイトは何も言ってやれなかった。そんなストナケイトを勝ち誇った眼差しで見つめていたファーゼルトはニタリと笑ってアルデラの股間を指で開いてみせる。
 「残念だったな。アルディレイラは元通りわたしのものになったよ。ほら、この通り・・・」
 ファーゼルトはそう言うとアルデラのヴァギナを指で開いてみせる。嫌がってもがくアルデラだったが、押さえつけられてはどうすることも出来ない。濡れそぼったヴァギナの奥から白濁の液体がドロリと垂れてくる。
 「いやっ!!ケイト、見ないで、見ないで!!!」
 嫌がるアルデラであったが、子宮に注ぎこまれた精液は奥からどろどろと垂れてきてその存在をストナケイトに知らしめる。それがファーゼルトにとっては勝った証拠であった。しかしストナケイトはそれを一笑に付す。
 「それがどうした・・・その程度で彼女を支配したつもりか?おめでたいやつだな・・・」
 そのストナケイトの言葉が勝ち誇っていたファーゼルトの逆鱗に触れる。ストナケイトの悔しがる顔を見れるものと思っていたのに、逆にバカにされたことが彼の怒りを呼び起こした。先ほどまでアルデラが彼に助けを求めていたことがそれをさらに大きくする。
 「貴様・・・たかが数百年しか生きていない悪魔の分際で数千年を生きた俺のものに手を出し、あまつさえ俺をバカにするのか!!!」
 先ほどまでの紳士ぶった口調から激情に任せた口調で怒鳴り散らす。それさえもストナケイトは平然と受け流す。まるでそんなことを気にした様子はなかった。それがファーゼルトの怒りをさらに増大させる。
 「許さん、許さんぞ!!貴様!!」
 怒りに任せたファーゼルトの五体から膨大な魔力があふれ出す。暴れ狂う魔力は辺りの支柱をなぎ倒しストナケイトに襲い掛かる。そんな中でもストナケイトは平然としていた。ぎりぎりのところで魔力の流れを避け、一歩一歩アルデラに歩み寄ってゆく。
 「ケイト・・・」
 「待ってろ、アルデラ・・・」
 ストナケイトの眼中にはファーゼルトは入っていなかった。ただアルデラだけを見つめている。アルデラもまたストナケイトのみを見つめていた。まるで自分が疎外されたような状況にファーゼルトは焦り、怒り狂う。
 「貴様!!我が妻に馴れ馴れしいぞ!!」
 「わるいな、彼女は私の妻だ!貴様のものではない!」
 怒り狂うファーゼルトの怒りにさらに油を注ぐことになると分かっていても、ストナケイトはきっぱりと言い放つ。それがストナケイトとアルデラの固く結ばれた絆であった。
 「許さん!貴様を殺して我が妻を取り戻す!!」
 怒りに任せた魔力の奔流がストナケイトに襲い掛かる。その攻撃をストナケイトは華麗にかわして見せる。だが,次の瞬間だった。血のように赤い球体がストナケイトをその中に取り込んでしまう。
 「ぎゃはははっ!かかった、かかった!!もはや逃げられんぞ、その”ブラッディ・フォース”からはな!!」
 勝ち誇った顔をしてファーゼルトは大笑いする。ストナケイトは周りを取り囲む血の結界をどのようなものか探ってみる。剣で突き刺しても裂く事は出来ず、脱出は困難であった。
 「終わり・・・だ!!!」
 ファーゼルトはそう言うと両手を合わせる。それに呼応するかのようにストナケイトを取り囲む血の結界から無数の血の手が飛び出しストナケイトの体を掴む。強固なストナケイトの鎧がミシミシと嫌な音を立てて軋む。
 「やめて、ファーゼルト!ケイトを殺さないで!!」
 ストナケイトの危機にアルデラは顔色を変えてファーゼルトに彼の命乞いをする。しかしファーゼルトはそれに耳を傾けるつもりはなかった。
 「だまれ!こんな奴・・・こんな奴、二度と生まれ出てこれないようにしてくれるわ!!」
 ファーゼルトの絶叫と共に結界内の血の手がストナケイトの体を四方八方に引っ張り始める。その力に負け、全身を引き裂かれるような激痛にストナケイトは苦しそうな声を上げる。そのストナケイトの苦しむ声を嬉しそうに聞きながらファーゼルトは仕上げに入る。
 「死ねええ!!」
 ファーゼルトの拍手に答えて血の手がストナケイトの体を引き裂く。血の結界の中でストナケイトの鎧が体が引きちぎられ、四散する。その光景を度することも出来ずに見つめていたアルデラは大粒の涙を流して絶叫する。
 「いやあああああっっっっ!!!」
 ユーナス神殿地下祭殿、その暗闇の中にアルデラの絶叫とファーゼルトの勝ち誇った笑いがこだまする。


 「ちょっと、やばい・・・かな?」
 傭兵団のアジトに乗り込んだオリビアたちは逃げ出す庸兵を追ってこの闘技場まで誘い込まれていた。誘い込まれていたことは知っていたが、どうせ何も出来まいと高をくくっていたためだった。しかし、そこで待っていたのは彼女たちにとってこの上もなく厄介な相手であった。
 「なんなのだ、こいつらは・・・」
 襲い掛かってきた庸兵をレオナは腰から一刀のもと、切り伏せる。鮮血を撒き散らせて傭兵が倒れる。しまったという顔をしたのは切り倒したレオナのほうであった。レオナの表情を説明するかのように倒れた傭兵がもそもそと立ち上がる。切り口から新しい脚が生え、体が生える。
 「キリがないな・・・」
 いくら切り倒してもきったところから新しい体が再生し、敵の数が二倍になってしまうのだ。しかも厄介なことにこの闘技場に来たのは切ったリ突いたりするのが得意な面々である。攻撃するほどに敵の数が増え、すでにその数は100を越えていた。
 「こちらの攻撃がまるで通じませんからね・・・どうしたものか・・・」
 「せめてフィラがこっちに来てくれていればよかったんだけど・・・」
 槍を構えて打つ手がないユフィナトアも溜息をつく。オリビアも攻撃の手段がなく行き詰まっていた。確かに彼女の言うとおり、フィラデラがいれば魔法で傭兵の肉体そのものを消滅させることが出来たであろう。いかなる再生技術も消滅しては無駄だから。
 「いないものはどうしようもあるまい。ここは我らでどうにかするしかあるまい!」
 「わかってますけどね、レオナ様・・・攻撃手段が失われた我々はいつか体力も奪われて終わりですよ?」
 オリビアは打開策のない現状に溜息をつく。オリビアの言っていることはレオナにもよく分かっている。このまま戦い続ければ死ぬことのない彼ら傭兵団のほうが有利である。こちらの体力が尽きたところを一斉に襲ってくることは目に見えていた。
「オリビア、こいつらに夢をみせて動きを止められないの?」
 「ダメですね・・・こいつらには思考というものが存在しません。夢をみることがないんですよ・・・」
 夢魔族の彼女が言うのだから間違いないだろう。となれば目の前にいるのは人間ではなくゴーレムやホムンクルスに近い存在だろうか。どちらにしろ厄介な敵であることに変わりはない。せめて呪文の唱えられる味方が一人でもいれば打開できたかもしれないがいないものにいてくれといっても仕方がない。
 「何とか打開しないと・・・」
 焦りに苛立ちながらレオナは剣を構える。このまま戦い続けていればいつか打開策が見えてくることを信じて・・・


 「これで彼のクイーンは終わり・・・」
 暗闇の中、水晶球を覗き込んでいた女がチェス盤の上にある黒のクイーンの駒を白のナイトの駒で倒す。
 「さらにルークも、ビショップも終わりね・・・」
 そう言って黒のルークとビショップも倒す。あと盤上に残っているはずのナイトはすでに倒されている。後残されているのはポ−ンがいくつかととナイトとルーク、ビショップ、そしてキングだけである。
 「さあ、どうなさいます?キング・・・ヴェイグザス神・・・」
 暗闇の中女は勝ち誇った笑いをあげる。水晶球には戦いの場面がいくつも映し出されている。グロリアと対峙するフィラデラ。この戦いを彼女はビショップと位置づけていた。そのビショップが倒している。それはフィラデラの敗北を意味していた。それを証明するように水晶球の向こう側での戦いはフィラデラが押されていた。
 さらにファーゼルトの攻撃に引き裂かれるストナケイト、泣き叫ぶアルデラ。それがナイトとルークを意味していた。この二人もファーゼルと一人に片や囚われ、片や敗北している。だから倒してある。
 そしてもう一つ。不死身の傭兵団に取り囲まれ苦戦するレオナ、ユフィナトア、オリビア。これも時間の問題だろう。いかに”巫女姫”といえどもあの攻撃すれば増殖する兵士を切り倒すことは出来ないだろう。だからクイーンの駒を倒しておいた。
 「あと厄介な駒は逆のナイトとルーク、それくらいか・・・」
 それはシグルドとクリフトを意味する。ポーンはセツナたちを意味する。彼女にとってポーンなど数の内には入っていいない。残されたナイトたちもこちらのナイトやビショップがある限り倒すことは容易と考えていた。また、神竜も魔導砲がある限り敵ではない。ならばあと残された敵はヴェイグサス神、エリウスただ一人と彼女は考えていた。そのエリウスにも勝つ自信があり、そのための仕掛けはすでに準備万端であった。
 「くくくっ、この苦境、いかにして回避しますか?」
 勝ち誇った女はグラスに注がれたワインを一気に飲み干す。この勝負もはや自分の勝ちは目に見えていた。このまま力押ししていっても問題はないだろう。自分の勝ちを確信した女は悦に入った表情を浮べる。
 「我らが勝利に・・・乾杯!!」
 ワインを掲げ自分の勝利を祝福する。彼女の視線の先にある水晶球ではまだ闘いは続いていた。それがこの先どのように転んでゆくか、このときまだ彼女は知らなかった。


→進む

→戻る

ケイオティック・サーガのトップへ