第33話 契約
アルセラは荒野の真っ只中で途方に暮れ、立ち尽くしていた。王宮を抜け出し,慣れない馬に跨り逃げ出してきたまではよかったが、馬は言うことを聞いてくれず、いつの間にかたどり着いたのがこの荒野であった。その馬もアルセラを振り落とすといずこかへと消えていってしまった。
「ここは・・・どこなのでしょう・・・」
純白のドレスの裾を摘んでしばし歩いていたアルセイラであったが、裸足で歩いていた所為で足の裏が擦り切れその場にへたり込んでしまう。辺りには何もなく心細くなってくる。ようやく姉ディアナの手から逃れてきたというのにここで野垂れ死にしては何の意味もない。
「何とかライオット君のいるところまで・・・」
アルセイラはライオットが監禁されている場所を知っていた。自分の小間使いのひとりがディアナから情報を仕入れてきてくれたのだ。その小間使いが今回の脱出の手助けもしてくれた。その彼女と別れライオットのいる場所を目指したはずがこんなところに迷い込んでしまったのである。痛む足を引きずるようにしてアルセイラは再び歩き始める。
「ライオット君を助け出して姉様の野望を阻止しないと・・・」
必死になって歩こうとするアルセイラは目の前に誰かがいることに気付いた。数人、いや十数人にも及ぶ男達であった。髭を生やしたり、顔に傷を持っていたりと、皆厳つい顔つきの男達であった。端から見てもとても普通の商人には見えない出で立ちである。
「ほうっ、この地に馬が駆け込んできたって言うから来てみれば、これは偉い別嬪さんが迷い込んだもんだな?」
真ん中にいた男がニヤニヤ笑いながらアルセイラをジロジロと値踏みする。その絡みつくようないやらしい視線にアルセイラは身を強張らせる。後退って逃げようとするがいつの間にか男達に囲まれ逃げ場を失っていた。皆一様にニヤニヤといやらしい笑みを浮べている。
「まあ、お嬢さん。そんなに慌てて逃げることもねえだろう?」
「そうそう。俺たちと遊んでいってくれよ・・・な?」
数人の男達はそう言うと一斉にアルセラに襲い掛かる。
「いやっ!!やめて、やめてください!!」
「もう止まらないっての!!」
必死になって抵抗するアルセイラであったが、男達は数にまかせてアルセラを押さえつける。身動きできなくなったアルセイラのドレスをボスらしき男が一気に引きちぎる。17歳の歳の割りに大きな胸と誰にもみせたことのない秘部を覆い隠した下着が男達に晒される。
「いやぁぁっっ!!やめてっっ!!!」
「うひょうぅっっ!!なんてきれいな肌してんだ。こりゃ、相当いいとこのお嬢様だぜ?」
「そんなことより親分、この胸!最近じゃ、一番のでかさじゃないですかい?」
男達にジロジロと見つめられてアルセイラはその気持ち悪さに体を震わせる。その震えに答えるようにその豊かな胸も一緒にプルプルと揺れる。それが男達をさらに興奮させ、欲情させた。見ているだけでは我慢が出来なくなった男達がいっせいにアルセイラの裸を弄り始める。
「やめてください!!そんな、そんなところ!!」
「うひょおおっ!すべすべの肌してるぜ!!」
「このやわらかさ、たまんねえ!!」
嫌がるアルセイラを無視して男達は勝手にアルセラの肌を撫で回し、大きな胸を揉み回す。その手の動きに戦き、アルセイラは悲鳴を上げる。しかし男達はその悲鳴が聞こえないかのようにアルセイラの裸を触り、揉み回す。さらに興奮した男達はアルセイラの乳房を舐め始める。
「ひゃああっ!そんな、舐めないで下さい!!」
いやいやと頭を振るアルセイラであったが、当然のように男達には無視される。逆に男達はアルデイラのそんな反応を喜んでさらに激しく舐めてくる。そのおぞましい感覚にアルデイラは涙し、悲鳴を上げる。
「やめて・・・舐めないで下さい・・・」
「そんなこと言って、感じてるんだろう?」
「そんなこと、ありません・・・」
「ならこれはなんだよ?」
涙を流しアルセイラは懇願するが、男達はアルセイラの意思に反して硬くし凝った乳首をつまみあげる。オナニーの経験もないアルセイラにとっては性感帯をそんな風に弄られることは快感を通り越して苦痛でしかなかった。その苦痛にアルセイラは悲鳴を上げる。
「いあやぁぁ!!そんなことしないで下さい!!い、痛い・・・です!!」
「そんなの最初だけさ。すぐに気持ちよくなる!!」
男達はそんなことを言いながらアルセイラの乳首を一心に弄る。指先でくすぐり、押しつぶし、引っ張る。そして舌先で舐め、口に含んで啜る。両の乳首を同時に弄ばれたアルセイラはそのおぞましい感覚に悶える。そしていつしかその感覚は気持ち悪さからはじめて味わう感覚へと変貌していった。恐怖心はいまだ残っている。しかし体は別の何かを感じ取っているのだ。
「何・・・この感覚・・・ふあぁっ、へんな・・・感じ・・・」
「へへっ、感じてきたみたいだな?ほれ、これならどうだ?」
初めての快感に訳が分からず悶えるアルセイラであったが、そんな彼女の様子から彼女が感じてきていることを察した男達はさらに強く乳首を弄り始める。先ほどを上回る快感がアルセイラに襲いかかり、アルセイラは悲鳴を上げる。乳房を、乳首を弄ぶほどにアルセイラの肌は紅潮し、じっとりと汗ばんでくる。
「胸だけでこんなになるなんてな・・・こっちはどうなってるんだ?おい!」
アルセイラが胸を貪られて悶える様を見学していたボスは左右の男に命じる。その命令を受けた男達がアルセイラの両足を抱え込むと左右に大きく広げる格好をさせる。
「えっ?い、いやあああああっっ!!こ、こんな格好、させないで下さい!!」
男に秘部をさらけ出すような格好をさせられたアルセイラは悲鳴を上げる。必死になって脚を閉じようとするが屈強な男の腕に押さえ込まれていて閉じることも、逃げることもかなわない。そうこうするうちにボスがアルセイラの股間に顔を近づけてくる。
「へへっ。やっぱり濡らしてやがる」
「い、いやああああっ!!見ないで下さい!!」
ボスが下着をじっと見つめているのに気付いたアルセイラは顔を紅潮させて悲鳴を上げる。下着を見つめているというのに、まるで下着の中を覗き見られたような感覚にアルセイラは恥ずかしさを堪えることはできなかった。そんなアルセイラの下着を観察していたボスだったが、すぐに飽きたのかその下着に手を掛ける。
「だめ、だめです!それは!!」
頭を振って嫌がるアルセイラであったがボスがいうことを聞くはずもなく、その白い下着は無理矢理引きちぎられる。その下からが金色の恥毛に隠された秘密の花園が顔を覗かせる。アルセイラは必死になって身を捩ってそこを隠そうとするが両手、両足とも押さえつけられていては隠しようもなかった。
「へへっ、金色の恥毛か・・・なかなかきれいじゃねえか」
ボスはニヤニヤ笑ってしばらくアルセイラの恥毛を観察していたが、やがて我慢できなくなり、そこに手を伸ばしてくる。両の親指でヴァギナを左右に割り開く。胸をいじられあふれ出した愛液で潤ったそこはいやらしい音を立てて左右に開かれ、ピンク色の粘膜が顔を覗かせる。
「思った通り綺麗な色しているぜ!!」
「いや・・・見ないで下さい・・・」
弱々しく頭を振って嫌がるアルセイラであったが、ボスはそこを注視する。その視線が痛々しくアルセイラの肌に突き刺さってくる。その視線から逃れられないアルセイラは涙するしか術はなかった。そんなアルセラに追い討ちをかけるようにボスの攻めは続く。
「色は綺麗だが、膣内はどうなっているんだ?」
ボスは無造作に膣内に指を差し入れようとする。指が膣内に入り込む痛みにアルセイラは悲鳴を上げ、全身を戦慄かせる。それを見たボスは喜色満面の笑顔を見せる。
「おいおい。こいつ本当に処女だぜ?こいつはついてたぜ!!」
「羨ましいぜ、親分!!」
「へへ、お前らにも後で存分に味あわせてやるよ!」
嬉しそうなボスに部下達は羨ましそうな顔をする。それを往なしたボスはそそくさとズボンを脱ぎ捨て下半身を丸出しにする。興奮しきったボスのペニスは限界までいきり立ち、血管を浮べて脈打っていた。先端からは我慢の限界を告げる汁が滴り落ちている。
「いや・・・なに、それ・・・」
産まれて初めてみるペニスにアルセイラは絶句してしまう。その気色の悪さ、ビクビクと脈打つまがまがしさに恐怖する。そんなもので何かされるかと思うと恐ろしくなってくる。アルセイラはガタガタと震えて頭を振って嫌がる。
「この太いのをお前の中に入れてやるからよ!」
ニヤニヤ笑いながらボスはいきり立ったペニスを宥めるように扱きあげる。その刺激にさらに興奮したペニスがさらに大きくなったようにアルセイラには思えた。
「俺の自慢のペニスですぐ天国に送ってやるぜ!!」
「こんなのが自慢なんだ・・・エリウスのが大きいのに・・・」
自慢げにペニスを扱いていたボスだったが、そんな声をかけられ慌てて下を見下ろす。そこには真っ赤な髪の少女と金色の髪の少女、褐色の髪の少女がしゃがみこんでボスのペニスを観察していた。呆然とするボスをよそに少女達はジロジロとペニスを観察する。
「この程度、どうってことないよ。もっと大きくなれよ!えいっ!!」
真紅の髪の少女エンはそう言うと中指でボスのペニスを弾く。普通の少女の一撃ならばそれなりの刺激として快感を与えてくれたかもしれない。しかし目の前にいるのは神竜の人型である。その力は人など到底及ばないものを持っている。もちろん指で弾かれなどしたら結果はいうまでもない。
「○×△☆□★×◎▽▲■◎●っっっ!!!!!」
言葉では言い表せない絶叫を上げてボスは前のめりに倒れこみ、悶絶する。エンに指で弾かれたペニスはあらぬ方向を向いてしまっている。その激痛に悶絶するボスだったが、さらに追い討ちがかかる。
「エン、中途半端なことをぉしてはいけませんよぉ?やるならぁ、完膚なきまでやるんだよ!!」
エンの背後から間延びした口調で話しかけてきたアンであったが、途中から豹変したように口調が荒々しくなる。そしてペニスを押さえ込んで悶絶するボスのところまでいくと、ボスを仰向けにし踵で思い切りその股間を踏みつける。プチッと言う嫌な音と共にボスの絶叫が響き渡る。
「こういう方のぉ〜、汚物はぁ〜、確実に処理しないとだめなんですよぉ〜?」
アンは元通りの間延びした口調に戻りながらも、ボスのペニスを踵で踏みにじりながらエンに解説する。急所を踏みにじられたボスは大粒の涙を目に浮べたまま白目をむき、口から泡を吹いてぐったりとしていた。一方のエンたちは感心したようにその話しに聞き入り、配下の男達はその光景に脂汗を浮べて呆然としていた。
「じゃあ、アン姉ちゃん。こうすればいいんだね?」
話を聞き終えたチイが勢いよく立ち上がると近くにいた男の股間目掛けて思い切りキックをかます。ぐしゃっという鈍い音、涙目になって絶叫する男の声、それが連続して響き渡る。その激痛に男は悶絶し、転げ回る。それを見たアンは溜息混じりに首を横に振る。
「だめですよぉ〜、チイ・・・やるならぁ〜、確実に!!!」
また豹変したアンがとどめの一撃を振り下ろす。何かがつぶれる音が聞こえ、男は声にならない叫び声を上げる。二度と使い物にならなくなったペニスを抱え込んで男はビクビクと何度も痙攣をする。そのあまりに悲惨な光景に男達は恐怖し、身を引き始める。
「な、何なんだ、このチビどもは・・・」
今目の前にいるのは小さな子供ではない。自分達に恐怖を振りまく小悪魔にしか男達には見えなかった。その小悪魔達は次なる獲物に狙いを定めてくる。アンに教わったように確実にペニスを叩き潰すべく男達に襲い掛かる。その悪夢のような現実から逃れようと男達は必死になって逃げ出す。もちろん、その悪夢から逃げることが出来るものは一人としていなかった。
「アン姉様。もう少し上品に教育を・・・」
ヒョウはエンたちが繰り広げるお仕置きを見ながら冷静にアンに注意を促す。ただ注意するだけで止めようとはしない。むしろ促進し、自らも参加する。ヒョウの鋭い蹴りが男のペニスを蹴りつぶす。その鋭さはアンの一撃に引けを取らない。いつしかこの場は五人の少女による男達のペニスの狩りの場と化していた。逃げ惑う大の大人たちの悲鳴とそれを追いかける少女達に歓声が辺りにこだまする。
「あの子達は・・・」
寸での所で助かったアルセイラは胸元を隠しながら身を起こす。自分を押さえつけていた男たちはエンたちに追いかけられてすでにこの場にはいない。大の男達を追い掛け回す少女達を呆然と見つめていたアルセイラの胸の中に二人の少女が姿を現す。二人ともアルセイラの胸元に擦り寄って来る
「お姉ちゃん、いい匂いがするの・・・」
「するの・・・」
アルセイラの胸の中でランとスイが幸せそうな顔をする。そんな二人の少女を胸に抱きながらアルセイラは唖然とした顔をしていた。突然現れた七人の少女によって自分が助けられたのはわかるが、どうしてこんなことになったのかがわからない。ただ言えることは今胸の中で幸せそうな顔をしている少女達に親しみが持てることだった。
「スイたちは君が誰だか本能的に理解しているみたいだね・・・」
いつの間にかアルセイラの目の前にさらに六人の男女が立っていた。そのうち四人は巨人である。よく見ればそのうち一人は見覚えのある顔であった。その顔を見たアルセイラは嬉しそうな表情を浮べる。
「エリザ姉様・・・エリザ姉様ですね?生きておられたのですね?」
「ええ。あなたも無事で何よりです。アルセイラ・・・」
アルセイラの眼の前に跪くとエリザベートは彼女の方を抱きしめる。見知った顔を見れた安心感、死んだと思っていた人物の登場の安堵感にアルセイラの目から涙がこぼれ落ちる。そんなアルセイラを抱きしめその髪を優しく撫でてやる。そんなエリザベートに縋りつくアルセイラの肩に先ほど声をかけてきた青年が自分のマントを掛けてくる。そこでようやく自分が裸であることを思い出したアルセイラは慌ててそのマントで自分の体を隠す。
「あの・・・エリザ姉様・・・どうしてここに・・・」
「あなたが奥の宮を脱したとエリウス様からお聞きして連れてきていただいたのです」
エリザベートの話を聞いたアルセイラは納得した顔をする。しかしその顔はすぐに驚きに変わる。
「え?エリウス王子に連れて来ていただいた?」
エリザベートのいった言葉の意味に気づいたアルセイラはあわててエリザベートの隣に佇む、先ほど自分にマントを掛けてくれた青年の方を仰ぎ見る。青年は柔和な笑みをたたえたまま黙って自分を見つめている。
「・・・エリウス王子?」
恐る恐る尋ねると青年は静かに頷く。それを見たアルセイラは卒倒しそうになる。敵の総大将が自分の眼の前にいるだけでも驚きなのに自分を助けるために動いてくれたことが更なる驚きだった。同時に何故エリウスが自分のために動いてくれたのかが疑問であった。エリザベートが頼んで助けに来てくれたのでなく、エリウス自らが動いて助けに来て切れたのは先ほどの会話から明らかであった。
「何で僕が君を助けに来たのかが疑問みたいだね?」
アルセイラの表情から彼女が疑問に思っていることを推察したエリウスは厳かに尋ねてくる。自分の心の中を読まれた気がして少し驚いたアルセイラだったが、素直に頷く。エリウスはにこやかな顔で説明をしてくれる。
「それが君が”竜の巫女姫”だからだよ」
エリウスの言葉にアルセイラはさらに混乱してしまう。”巫女姫”というものが何であるかはわからない。しかし勘が鋭いだけの自分がそんな”巫女姫”などという大それたものであるとは到底思えなかった。エリザベートの方を仰ぎ見ると彼女も頷いてくれる。それはエリウスの言葉を肯定していた。
「でも・・・わたしは・・・」
「何の取柄もない少女だと?」
エリウスの言葉にアルセイラは素直に頷く。非力なため武器を持って戦うことはダメ、物覚えが悪かったので政治にも参加できない。自分は何も出来ない女だとアルセイラは理解していた。ただ勘だけは鋭く、一年前に起こった事件の犯人が両親や二人の姉ではないかと察し、無意識の内に距離を置いてしまっていた。それが逆に姉に自分が真実を察していることを知られてしまい、奥の宮に監禁されてしまった。ようやく脱出できたもののなれない馬に乗ったためこんなところまで来る羽目になってしまった。そして先ほどの意見である。一歩間違えればと思うとぞっとする。そんな自分を”巫女姫”と呼び、迎えに来たといってくれるエリウスの言葉が信じられなかった。
「まだ信じられないかい?」
エリウスの問いにアルセイラは少し戸惑ったが、素直に頷く。こんな自分が必要とされるはずがない、それがアルセイラの本音であった。そんなアルセイラの前にエリウスは跪くと、同じ目線で話をしてくれる。
「今君の胸の中で眠る少女、それが君が”竜の巫女姫”である証拠だよ・・・」
静かにランたちを指差しながらエリウスは笑みを浮べて答える。アルセイラは視線を落とし自分の胸元をみる。そこではランとスイが気持ち良さそうな顔で眠り込んでいた。自分の胸元で安心しきった表情で眠り込む少女達の姿がアルセイラにはとても愛しく思えた。
「あの・・・この子達は・・・」
「その子たちが現代の神竜ですよ」
アルセイラの質問に答えてくれたのはエリザベートであった。その答えを聞いたアルセイラは驚きの表情で胸元の少女達を見つめる。そして先ほど自分に襲いかかってきた男達を追い掛け回す少女達の方にも視線を移す。少女の数は七人、その髪の色は間違いなく神竜の色と同じであった。
「え?で、でも・・・」
アルセイラは混乱しきった表情で首を傾げる。アルセルムの神竜はいまだ健在で、竜の祠で眠りについている。その姿をアルセイラも二年前に見ている。神竜が二体ずつ存在するはずがない。アルセイラはなにがなんだか訳がわからなくなっていた。そんなアルセイラにエリザベートはやさしく声をかける。
「混乱しているみたいですね・・・」
アルセイラはその言葉に素直に頷く。エリザベートはアルセイラの髪を優しく撫でながら視線をランたちに向ける。そして静かに語り始める。
「アルセイラ、”竜の契約”のことは知っていますね?」
「はい。初代アルセルム王が神竜たちと結んだ契約のことですね?」
アルセイラの言葉にエリザベートは静かに頷く。そして言葉を続ける。
「では”竜の契約”の全節をいえますか?」
「ええっとたしか・・・”偉大なる王はかく約束せり「我は汝らの友であることを」、偉大なる竜はかく約束せり「我らはこの国を守ろう」と”でしたか?」
アルセイラは意訳した”竜の契約”を述べてみる。エリザベートは深い溜息と共に首を横に振る。
「残念だけど、それは民間伝承。王家に伝わる伝承は違うわ・・・」
「そうなんですか?でも・・・あっ!」
エリザベートが言おうとしていることがアルセイラにも理解できた。それは民間に伝わること以外が王家には伝わっていたこと、それを王位を簒奪した両親や姉達は知らなかったことが理解できた。だから自分も知らなかったのだと。
「では本当に・・・」
アルセイラは自分の胸の中で眠る少女の髪を撫でてみる。ふわふわと柔らかな髪が心地いい。とても神竜とは信じがたいがエリザベートの言葉に間違いがない以上本物なのだろう。しかし同時に新しい疑問が生まれてくる。
「エリザ姉様、私が竜の洞窟で見たあの神竜は・・・」
「おそらく転生した神竜の死体でしょう。まだ残っていたのが不思議なくらいですが・・・」
エリザベートの言葉を聞いたアルセイラはようやく納得した。洞窟内で眠る七体の竜に生命の息吹のようなものを感じなかったのは死体であったからだと思えば納得がいく。
「それであの・・・”竜の巫女姫”とは一体・・・」
納得がいったところでアルセイラは改めて質問をしてみる。自分に懐いている少女達が神竜であることは納得がいった。しかしエリウスが言った”竜の巫女姫”がいかなるものなのかがアルセイラにはわからなかった。その質問にはエリウスが答えてくれた。
「”竜の巫女姫”とは十二人の”巫女姫”の一人。神竜と共にあった巫女のことだよ」
「”巫女・・・姫”?」
「そこから説明しないとわからないかな?」
初めて聞く名前に首を傾げているアルセイラにエリウスは苦笑して説明を始める。この世界の神話の事、創世神の事、”巫女姫”のこと、今起こっている戦いのこと、その総てをアルセイラに語って聞かせる。その話を聞いていたアルセイラはしばし言葉を発することができなかった。
「そんな・・・話し・・・」
「嘘だと思うかい?」
アルセイラの口からエリウスの話を否定するような言葉が出てくる。しかし心のどこかではそれが嘘ではない、総て真実であると告げている。アルセイラはそれが自分の中で眠る”竜の巫女姫”が語り掛けて来ているように思うようになっていた。しばし考え込んでいたアルセイラはようやく納得する。
「わかりました。私もエリウス王子とともに参ります・・・」
「ありがとう、アルセイラ・・・それからライオットのこと、何か知らないかしら・・・?」
「そ、そうでした!ライオット君のことをエリザ姉様にお伝えしないと!!」
感謝の言葉を述べたエリザベートはアルセイラにライオットのことを尋ねる。ライオットのことを思い出したアルセイラはあわててエリザベートにライオットが監禁されている場所を教える。
「ライオット君は今、竜の祠に監禁されています!」
「竜の祠に?何でそんなところに・・・」
「わかりません。でも・・・」
エリザベートはアルセイラがライオットの居場所を知っていたことを喜んだが、同時に何故そんなところにいるのかがわからず首を傾げる。竜の祠は神竜をはじめとする竜の巣穴であり、竜との語らいの場でもある竜の祠は神聖な場所として一般の人間は立ち入ることができない。あそこならば人一人監禁していても誰も気づかないだろう。しかし普通に監禁するだけならば城の中でも十分であったはずである。わざわざそこへ連れて行った意味がエリザベートにはわからなかった。それはアルセイラも同じであったが、一つの心当たりがアルセイラにはあった。
「じつはよくない情報を聞いてしまって・・・」
「よくない情報?なんなの、一体?」
「・・・ライオット君が薬漬けにされているというんです・・・」
アルセイラの言葉を聞いたエリザベートはクラリと眩暈を覚える。普通に考えてライオットがディアナたちの言うことを聞くはずがない。ならばあの女のことだから薬を使ってライオットの意思を奪うことは容易に想像できることであった。さらに薬漬けにされたライオットが彷徨い出てきてしまったときのことを考えて竜の祠に監禁したのだろう。
「おのれ、ディアナ!!!」
エリザベートはギリッと唇を噛み締める。口の端からは血が滲み、その悔しさがうかがい知れた。大切な弟を薬漬けにしてこの国を我が物にしようとするディアナに対する怒りは骨髄まで達していた。そんなエリザベートを宥めながらエリウスは竜の祠へと向かうようにしないかと促す。ここでいつまでも話しこんでいても意味がないからである。
「ではそろそろ移動しようか・・・エン、ライ、チイ、ヒョウ、アン。そろそろ行くよ!」
「もうちょっと待ってて、エリウス!!あと少しで全部つぶし終えるから!!」
大の男を小さな拳を振り上げて追い掛け回しながらエンがそんなことを言って来る。よく見ればすでにアルセイラを襲った男達はニ、三人まで数を減らしていた。残りは皆股間を押さえて地面に倒れこんでいる。口からは泡を吹き、白目をむいている。さらに股間からはなにかの汁が滲み出してきているのがわかる。もはや彼らは男としてはやっていけないだろう。足が内股になってしまっているのは仕方がないことのように思えた。今見えている光景は男達にとっては見ているだけで股間が痛くなってくるような光景であった。さらにそれをやっている本人達はまるでむごい事をしている自覚はない。それがさらに痛々しさを増してくる。
「後一分で終わらせるんだ、いいね?」
「わわっ、急がないと!!こら、まてぇ!!」
小さな拳を振りかざしたエンたちが逃げ惑う男達を追い掛け回す。その阿鼻叫喚の光景を見ながらエリウスは自分の背後で脂汗を浮べて立ちすくむ4人の巨人に声をかける。
「どうかしたのかい?いつもなら筋肉がどうとか叫びだすのに?」
「いえ、なんでもありません!」
「お気になさらずに!!」
四バカな直立不動のままいつもとはまるで違う態度を見せる。その内心は一つであった。エンたちの前であの挑発運動はやめようと固く心に誓う四バカであった。そんな四バカの内心を知ってか知らずか、エリウスはいまだ男達を追いかけるエンたちに早くするように声をかける。結局男達全員、股間をエンたちに殴られ、蹴られ、再起不能にさせられていた。そんな男達に四バカは涙ながらに手を合わせるのだった。
アルセルム王都アストラインから馬で北へ半日。そこに竜の祠は存在した。王族のみが立ち入ることを許されたその洞窟は竜が生まれる場所であり、神竜が住まう場所でもあった。この場で神竜から下げ渡された翼竜の卵が竜騎士団の要となる。選ばれた騎士は卵から竜を育て、産まれた翼竜と契約を交わす。そうやって新たな竜騎士が誕生するのである。
「しかし、こんなところに王子様を隠すとは考えたね?」
「ここは王族以外入れない神聖な地。私たち以外誰も立ち入れませんもの」
洞窟を訪れたディアナとウィーゼアは洞窟の入り口でそんな会話を交わす。二人はこの洞窟に監禁してあるライオットをつれてくるためにこの地を訪れたのである。国王ファザン、王妃ルナンの死骸が王都へと戻ってくるとの情報がもたらされたのは半日前、両親の死を知り、声を上げて泣き叫び、悲しむフリをしたディアナは神竜に謁見することを理由にしてこの地へとやって来たのである。
「それでは中に入りましょうか・・・」
ディアナに促されてウィーゼアは洞窟の中に入ってゆく。薄暗い洞窟の中は一切人間の手が加えられておらず、自然そのままの姿を残していた。たいまつを手に先に進むディアナに遅れないようにしながらウィーゼアは辺りの様子を伺う。竜が住まうには十分な大きさの洞窟は人間には大きすぎるものであった。
「すごい洞窟ですね・・・」
「ええ。初代が神竜と契約を交わしたときにこの地を明け渡したとされているわ。以来ここは竜の聖地となったの」
「それで、ライオット王子はいずこに?」
ウィーゼアが尋ねるとディアナは洞窟の奥のほうを指差す。そちらのほうを見たウィーゼアはぎょっとする。そこには巨大な何かが横たわっていた。エンシェント・ドラゴンをさらに上回る大きさの赤き竜。それが目をつぶったまま地面に横たわっていたのだ。
「赤炎竜・・・かい?」
「そうですわ。さらに奥には他の神竜も眠りについていますわ」
ディアナに説明されてウィーゼアはさらに奥へと目を向ける。確かにほかにも六体の巨大な竜が横たわっているのが見える。その壮大な姿にウィーゼアは唸り声を上げる。
「ウィーゼア、ライオット王子はこちらですよ」
「おっと、忘れるところでした!!」
神竜に見入っていたウィーゼアにディアナが声をかける。その言葉にウィーゼアはあわてて彼女のあとに続く。ここに来たのは神竜を見学するためではない。この国をディアナと自分のものにするための最後の仕上げをするために必要な駒、ライオットを連れ出すために来たのである。
「この先に岩場を切り崩して作った牢屋があります。そこにライオットは監禁されていますわ」
「しかし、竜のそばにいては彼が竜と心を交し合ったときにまずいのでは?」
「その心配は無用です。神竜は十二年前から順に冬眠に入っています」
ディアナの説明を聞いたウィーゼアは納得した。いかに心を通わせようとしても相手が眠っていてはそれは不可能である。ここに監禁してしまえば神聖不可侵の地に踏み込もうとする輩が居ない以上、誰もライオットを助け出すことはできない。だからディアナはここをライオット王子の監禁場所に選んだのである。
「それで、王子の方はどんな具合で?」
「麻薬を使って心を完全に破壊してあるわ。今のあの子はただの生ける人形。そうとも知らない国民はその人形を王と崇め奉るのよ」
「それはそれは・・・哀れなことですね・・・」
ディアナはくすくすと笑いながらウィーゼアの問いに答えると、ウィーゼアはそれを聞いて肩を竦めてみせる。もちろん本当に同情しているわけではない。口にしていることと考えていることはまったく違っている。ウィーゼアが考えていることはもっと別のことであった。ディアナが国王の妻として、代弁者としてこの国を実質的に取り仕切ることになる。その傍らには自分がいることになる。そのことを思いウィーゼアはニタリと笑う。
「では王子殿下をお迎えに上がりましょうか・・・」
この場合お迎えというより回収といった方が正解だろうにと思いながらウィーゼアはわざとらしく恭しい態度を示す。それを受けてディアナもいやらしい笑みを浮べて奥へと進んでゆく。しかし二人の歩みはライオットを閉じ込めてある牢獄の直前で止まったしまう。
「どういうことなの・・・?」
牢獄を見たディアナの表情が険しくなる。牢獄の扉は開け放たれ、中は空っぽであった。本来寝かされているはずのライオットの姿はそこにはない。慌てて近寄ったディアナが中を確認するが、確かに誰も牢獄の中にはいなかった。
「なぜ・・・何故ライオットがいないの?!誰が連れ出したの!!」
「わたくしに決まったいるでしょう?」
ヒステリック気味にわめくディアナの言葉に冷たい答えが返ってくる。そちらに振り返ったディアナとウィーゼアの表情が凍りつく。本来この場にいるはずのない人間、すでにこの世から消えているはずの人間がそこにたたずんでいたのだから。その腕には牢獄にいたはずのライオットが抱かれている。
「そんな・・・なんであなたが・・・」
「確実に殺したはずだといいたいの?シールムと同じことを言うのね・・・」
狼狽しきったディアナに対してくすくすと笑いながらエリザベートは答える。あまりに同じ反応を見せる姉妹の様子がおかしくてならなかった。狼狽しているのはディアナだけではない。ウィーゼアも同様であった。
「ウィーゼア卿、ご機嫌麗しゅう・・・」
「え・・・あ・・・いや・・・」
「あの日、私たちと一緒に襲撃を受けたはずですのにお元気そうで何よりですわ!」
エリザベートの言葉にウィーゼアは脂汗を浮べてまるで答えることができなかった。確かにあの日ウィーゼアも襲撃現場にいた。しかし襲撃をかけてきたディアナとシールムにいち早く取り入り、一命を取り留めたのである。その後ディアナと肉体関係を結び、シールムと結婚したのだ。
「まあ、あなたのような日和見主義者のことなどどうでもいいですわ」
エリザベートはウィーゼアにはまるで視線を送らなかった。その視線はディアナに向けられ、動くことはなかった。その視線に晒されたディアナは居心地の悪そうな表情でオロオロとしている。
「どうかしたの、ディアナ・・・そんにわたくしが恐ろしいですか?」
「う、うるさい、ニセものめ!!我がはとこ殿の姿を真似るなど・・・」
「いい加減ご自分の罪をお認めになってください、姉様!」
激昂して反論しようとしたディアナの言葉を優しげな声が精する。その声を聞いたディアナの表情がまた引きつる。エリザベートの背後に隠れるようにして佇んでいるアルセイラの姿が見えたからである。エリザベートが生きていたこと、アルセイラがエリザベートに保護されたこと、さらに切り札であるライオットがすでにエリザベートの手に落ちていたこと。これらの要素がディアナを追い詰めていた。
「お前が父上たちを・・・」
「捕まえたのはわたくしです。しかし、呪をかけて殺したのはあなたでしょう、ディアナ?」
忌々しげに言葉を紡ぎだすディアナであったが、エリザベートにあっさりとやり過ごされ返す言葉もない。歯軋りして悔しがるディアナにアルセイラは縋るような視線を送る。
「もう、おやめ下さい、姉様!!」
「黙れ、この裏切り者が!!お前もエリザベートと一緒に殺してやる!!」
目を血走らせて激昂したディアナはアルセイラのまで当り散らすと指輪を外すと動かない神竜目掛けて投げつける。放り投げられた指輪は強烈な光を発する。
「神竜よ、目覚めよ!この国を滅ぼそうとするものたちに鉄槌を!!」
強烈な光の中ディアナの叫び声が響き渡る。その叫び声に答えるようにそれまでまるで動かなかった神竜が動き出す。まるで長き眠りより冷めるかのようにうっすらと眼を開き、のそのそと動き出す。
「はははっ、これで、これでお前らも終わりだ!!神竜が動き始めた今お前らなど・・・」
「早く逃げなさい、ディアナ!!そいつらは!!」
「なにを言っている、この者たちは我らが守護者・・・な、なあああっっっ!!」
自慢げに説明するディアナであったがその体に巨大な口が迫る。逃げそこなったディアナはその口に胸の辺りまで噛みつかれてしまう。口から大量の血を吐き出し、小刻みに痙攣しながらディアナは自分に噛み付いてきたものに視線を送る。その表情には信じられないという感情に満ち満ちていた。
「なぜ・・・だ・・・なぜ・・・神竜が我を・・・」
「そいつらは神竜ではないわ。すでに魂がなくなった抜け殻。ただの死骸よ・・・」
「ばかな・・・神竜は我らが国を・・・守護すると・・・」
エリザベートの言葉を血を吐き出しながら否定するディアナだったが、エリザベートは首を横に振る。
「神竜との契約は終わっているのです。やはり知らなかったのですね?契約の最終節を・・・」
「最終節・・・だと・・・」
「”神竜はかく条件をつけたり。「我らが父神が甦りしとき、我らは転生せん。そのときが契約の終結ぞ」と。”」
エリザベートが浪々と最終節を語って聞かせる。それはディアナもアルセイラも知らない言葉であった。この言葉が王家にのみ伝えられるものであり、その地位を簒奪したディアナたちが伝えられなかったのは当然のことであった。ガタガタと震えながらディアナは弱々しく頭を振る。
「そんな・・・では我らが国は・・・神竜は・・・」
血の泡を吹きながら吼えるように訴えるディアナであったが、エリザベートは無言のまま首を横に振る。自分の野望が崩壊したことを知ったディアナは何か絶叫しようとする。しかし、それよりも早く神竜の口がディアナの体を噛み切ってしまう。胸から下を失ったディナはそのまま地面に落下する。その死骸をさらに神竜が無残にも踏みつけその死骸を残そうとはしなかった。
「哀れな・・・ディアナ・・・」
憎い相手ではあったが、あまりに悲惨な最期にエリザベートもアルセイラも言葉がなかった。しかし、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。眼の前には神竜の死骸が迫っている。彼らは生ある者に対して攻撃してくる習性を持っているらしく、すでに攻撃態勢に入っている。こいつらを何とかしなければならない。
「やはり、こいつはドラゴン・ゾンビ・・・」
竜の死骸から作られるドラゴン・ゾンビ。実力は本物のドラゴンに劣るが、相当強力なモンスターであることに変わりはない。第一死体から作られるので理性という物が存在しない。制御できない化け物なので倒す以外方策はない。しかしライオットを抱えた状態ではどうすることもできない。そこにドラゴン・ゾンビがブレスを吐かんと身構える。
「だめだ・・・どうすることもできん・・・」
「ここは我らにお任せを!!」
せめてアルセイラとライオットを守ろうと二人を抱え込もうとするエリザベートだったが、その三人を飛び越えて四人の巨大な影が躍りだす。上半身裸でうっすらと汗をかいた四バカがエリザベートたちの前に立ちはだかる。
「いくぞ、いかなる攻撃をも防ぐ〜〜”肉バリアァァァッッ”!!!」
ポージングを決めた四バカが一斉に筋肉を戦慄かせる。ちょうどそこに神竜がブレスを吐き出す。誰もが四バカの最期を想像した。しかし意外にも四バカはブレスを弾き飛ばす。あまりに意外な光景にエリザベートは唖然としてしまう。
「うーん、筋肉の共鳴によるバリアか・・・」
エリザベートの背後にいたエリウスが四バカの技を冷静に分析する。ただ、口調は呆れ気味である。筋肉を戦慄かせ、それを共鳴させることでドラゴンのブレスを防ぐことなどできるはずがない。本来できるはずがないのだ。しかし、四バカなそのできるはずがないことをやってのけているのである。
「”バカの一念、岩をも通す”って言うのかな、これ・・・」
呆れた様に今目の前で起こっている現象に感想を述べる。そんな四バカを薙ぎ払おうとドラゴン・ゾンビは2体、3体と集まり、ブレスを浴びせかけてゆく。その度に四バカは筋肉を戦慄かせ、汗をかいてそれを防ぐ。それを愉快そうに見学していたエリウスにエンたちが涙目ですがり付いてくる。
「エリウス〜、くちゃいの〜」
「変な匂いがしゅるの〜」
周辺に撒き散らされた異臭にエンたちは目に涙を溜めて嫌がる。そのひどい匂いにエリザベートも鼻をつまみ、アルセラも顔をしかめている。エリウスも嫌そうな顔をしながら四バカのほうに視線を送る。
「それはあいつらの汗や体臭のにおいが霧状になって撒き散らかされているからだな・・・」
エリウスは嫌そうな顔をしながらも冷静に分析する。匂いの出所は四バカであった。”肉バリア”は筋肉を戦慄かせることで共鳴を起こし、相手の攻撃を遮る防御技。それは筋肉運動なので汗をかく。その汗をドラゴン・ゾンビのブレスが蒸発させるのでこの異臭があたりに立ち込めているのである。
「すごい技ではあるけど・・・相性が悪すぎだな、これは・・・」
さすがのエリウスも顔をしかめる。それで四バカな筋肉を戦慄かせてドラゴン・ゾンビのブレスを防ぐのに躍起になっていた。その四バカを倒すべくドラゴン・ゾンビはさらにブレスを浴びせかける。
「ムウウ、このままではまずいぞ!!」
「よし、”肉バリア”出力最大!!」
更なるブレスに危機感を強めた四バカはさらに激しく筋肉を律動させる。筋肉の共鳴が激しくなり、噴出す汗の量も多くなる。それが蒸発し、さらに異様な匂いがあたりに漂う。こめかみに血管まで浮かび上がらせて”肉バリア”を駆使する四バカであったが、そこにエンたちが飛び蹴りを見舞う。
「いいかげんにしろ!くちゃいじゃないか!!」
「ぐはあああああぁぁぁっっ!!」
神竜の全力の蹴りを喰らった四バカは二度、三度地面にバウンドすると、顔面から地面に突っ込む。そのまま頭が地面に埋もれた状態で逆立ちをしたままおとなしくなる。まだ筋肉がひくついているところをみると、まだ息はあるようである。四バカのその光景を見たエリウスはぼそりと独り言を呟く。
「・・・犬○家・・・」
「は、何ですか?」
「いや、なんでもない・・・」
エリウスの独り言が聞こえたエリザベートが問い返してくるが、エリウスは首を横に振ってごまかす。意味がわからないままエリザベートとアルセラは首を傾げる。そんなエリウスたちに邪魔のいなくなったドラゴン・ゾンビがにじり寄ってくる。
「お前らの相手はわたしたちだぁ!!!」
そんなドラゴン・ゾンビとエリウスの間にエンたちが割って入る。そしてドラゴン・ゾンビを指差すと大声でそう宣言する。エンたちのは自分の古き肉体との決別、忌まわしい過去のものを消し去る戦いは避けては通れなかった。そしてそのときは刻一刻と迫ってくるのだった。
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