第34話 神竜
ドラゴン・ゾンビと向かい合ったエンたちはしばしその体を睨みつける。十数年前まで自分達の魂が宿っていた肉体はすでに生命力が抜け落ち、ところどころ肉体が腐ってきている。それでも十数年間放置されていたわりには腐り方がひどくなく、綺麗なものであった。
「誰かが意図的に肉体を保存していたみたいだね・・・」
肉体の腐り具合を見たエリウスはそう判断する。確かに人為的に処理を施さなければ十数年も放置されていたら腐りきって骨だけになってしまっているはずである。それがこれだけ綺麗な状態で残っていたということは誰かがこの肉体を保存していたからに他ならない。
「どっちにしてもこいつらは倒す!!」
頬を膨らませたエンがドラゴン・ゾンビたちを指差しながらそう断言する。その目には憎いもの、邪魔なものを一掃したい怒りに満ち満ちていた。それはライやチイたちも同様であった。ランとスイもおどおどしながらも素直に頷き、ヒョウとアンはわれ関せずの態度をとりながらも、視線はドラゴン・ゾンビから離そうとはしなかった。
「ああ。外に出て思い切り戦いなさい」
エリウスはエンたちが戦うことを許可する。それを聞いたエンたちはすぐさま人型を捨て本来の姿に戻ってゆく。赤、青、緑、黄、褐、白、黒、七色の竜が姿を現し、それぞれ己の色のドラゴン・ゾンビに挑みかかると、その体を掴み空へと飛び上がる。宙へ舞い上がった七体の神竜はそのままドラゴン・ゾンビを連れて外へと飛び出してゆく。
「さてと、僕らもあとを追おうか・・・」
エンたちが表へ飛び出したことを確認したエリウスはエリザベートとアルセイラに促す。頭から地面に埋まったままの四バカがエンたちが外へ出てゆくとき落ちて来た土砂で埋まってしまっていることはあえて無視しておく。助け出してもうるさいだけだし、死ぬことはないだろうとふんだからである。外へ出たエリウスは計十四体のドラゴンが七組に分かれての戦いを見守る。
最初に吼えたのは意外にもヒョウであった。白き神竜が華麗に宙を舞う。日の光を浴びて舞うその美しさにアルセイラは思わず溜息をついて見入ってしまう。大きく宙を旋回したヒョウは同じ色をした大柄の竜に向かって行く。ドラゴン・ゾンビの濁った眼差しがヒョウを見つめ、これを迎え撃つ。
”お前、消えろ!!”
抑揚のない声でヒョウは叫ぶと氷のブレスをドラゴン・ゾンビ目掛けて吐き出す。総てを凍てつかせるブレスをドラゴン・ゾンビは悠然と毒のブレスで受け止める。すでに肉体が滅び、魂のないドラゴン・ゾンビには神竜と同じブレスを吐くことはできない。代わりに吐くことができるのが猛毒のブレスであった。
「毒のブレスか・・・厄介だな・・・」
自分の周囲に結界を張り、周囲に撒き散らされる毒のブレスを防ぎとめながら、エリウスは小さく舌を打ち鳴らす。結界に弾き飛ばされた毒のブレスが周囲の地面に飛散し、土を腐らせる。
「エリウス様、これは・・・」
「奴らは死体だからね・・・体の中に腐毒を大量に持っている。それこそ人間ならほんの一滴でも致死量に達するほど強力な毒を、ね・・・」
エリウスの答えにエリザベートとアルセイラは息をのむ。それ程の毒を撒き散らしている相手をするヒョウに視線を戻す。空を舞うヒョウと地面の上から迎撃するドラゴン・ゾンビ、この2体の竜の戦いはまだ続いていた。ヒョウの氷のブレスは毒のブレスに阻まれ、毒のブレスも氷のブレスに阻まれる。
”いつまでもこんなことしていたら・・・”
空を舞うヒョウに少し焦りが浮かぶ。このまま消耗戦を続けていたら先に疲弊してしまうのは間違いなく自分の方である。まだ幼竜出しかない自分と成竜のドラゴン・ゾンビを比べたらどう考えてもドラゴン・ゾンビの方がブレスの総量は上である。さらに死体である彼らは疲れるということ知らない。
”無駄な消耗戦はしないほうが得策”
眼下のドラゴン・ゾンビを華麗に倒そうと考えていたヒョウであったが、その考えを捨てることにする。そんな甘い考えを持って倒せるほど簡単な相手ではないと腹をくくったのだ。ヒョウは大きく羽ばたくと上空へと舞い上がる。そしてドラゴン・ゾンビの真上に移動するとそのまま急降下する。
”これで・・・どうです?”
加速しながら急降下するヒョウはそのままの姿勢でドラゴン・ゾンビ目掛けてブレスを吐き出す。ドラゴン・ゾンビはこれまでどおり毒のブレスを吐き出しこれを対消滅させる。これまでと違っていたのはそのあとであった。表はブレスをかき消されても上昇はせず、そのままドラゴン・ゾンビめがけて突っ込んでゆく。弾け飛んだ氷と毒のブレスを通り越してドラゴン・ゾンビ目掛けて急降下する。毒と氷のブレスの残りかすが体を痛めつけてくる。
”この・・・程度・・・これで終わり!!”
痛む体を押してヒョウはドラゴン・ゾンビの鼻先に降下する。鼻先へと飛び込んだヒョウはそのまま氷のブレスをドラゴン・ゾンビ目掛けて吐き出す。そんな行動に出ると予測し切れなかったドラゴン・ゾンビの行動が遅れる。ヒョウの氷のブレスがドラゴン・ゾンビの体を総て凍りつかせる。
”こんなもの・・・いらない・・・”
氷の塊と化したドラゴン・ゾンビを悲しい眼差しで見つめたヒョウは尻尾を思い切り振る。氷が砕け、白き神竜の死骸は粉々に砕け散る。その氷の欠片をヒョウはじっと見つめているのだった。
清き水の奔流が迸る。澱んだ毒の霧が辺りを汚す。スイとドラゴン・ゾンビの戦いは浄化と汚染の戦いであった。双方のブレスがぶつかり合い、対消滅する。毒を含んだ水が辺りに飛び散るが、幸いその濃度は薄まり、大地に影響を及ぼすことはなかった。
”こわいの、こわいの〜”
目の前にいるドラゴン・ゾンビの存在にスイは目じりに涙を溜めながら必死になって戦う。それは自分が倒さなければならない存在、自分の過去との決別のために超えなければならない戦い。それはわかっていたが、元々戦いを好まないスイにはやはり怖いものでしかなかった。
”おとなしくするの〜”
スイはそう願いながらブレスを吐き出す。水の奔流がドラゴンゾンビに襲い掛かる。しかしその水のブレスをドラゴンゾンビは己の毒のブレスでかき消してしまう。打つ手のないスイはさらに弱気になって後退してしまう。そんなスイの様子をエリウスは心配そうに見つめたいた。
「スイは気が弱いからな・・・」
「何かいい手はないのですか、エリウス様?」
同じように心配そうにスイの様子を伺っていたアルセイラが尋ねてくる。このままではスイがやられてしまいそうで心配でならなかった。そんなアルセイラにエリウスは素直の返答する。
「手はあるよ。スイがそれに気付くかどうかだな・・・」
「で、でしたら、少しヒントだけでも差し上げられないのですか?」
「・・・そうだね。そうしようか・・・」
この戦いには介入しないと決めていたエリウスは最初は口を出さないでいようと考えていた。しかし、アルセイラに懇願され、さらにスイの困り果てた姿を見てその考えをあっさりと撤回してしまう。額に手を当て意識を集中させると、念話ですいに騙りかけてゆく。
”スイ、聞こえるね・・・?”
”エリウス様?”
”よく聞くんだ。そいつを倒したければ水を絞り込むんだ。いいね?”
それだけ言うとエリウスは念話を解除してしまう。エリウスの言葉の意味がわからずスイはしばし首を傾げている。その間にもドラゴン・ゾンビの毒のブレスが空気を汚し、スイの体を汚してゆく。体のあちこちに痛みが走り、痺れを感じてくるようになる。その上体でスイは一生懸命にエリウスの言葉の意味を考える。
”水を絞り込む・・・そっか、わかったの”
エリウスの謎かけがようやく理解できたスイは嬉しそうに息を思い切り吸い込む。そして全力のブレスをドラゴン・ゾンビ目掛けて放出する。これまでと違っていたのは吐き出される水が爆流のような勢いではなく、絞り込まれた勢いの水であったことであった。絞り込まれた水流は毒の霧を突き抜けドラゴン・ゾンビの頭を撃ち貫く。だが、同時にかき消されなかっら毒のブレスがスイの体にダメージを与える。
”うくっ・・・うううっっ・・・”
全身を溶かすような激痛にスイは顔をしかめる。しかしチャンスは今しかないと水流の勢いを弱めず、吐き続ける。圧縮された水は鋭い剣のように頭部を切り裂き、体を切り裂いてゆく。ドラゴン・ゾンビの体を切り裂き、その動きを止めるまでズタズタに切り裂いてしまう。
”・・・終わったの・・・”
ドラゴン・ゾンビの動きが止まるのを確認したスイはようやく水を吐くのをやめる。ホッとしたのかそのまま倒れ伏し、元の少女の姿に戻ってゆく。元に戻ったスイの体には毒によるダメージが顕著に現れていた。そこがズキズキと痛む。その痛みに耐えるように体を丸めていたスイをいつの間にか近付いていたエリウスが大切に抱き上げる。
「頑張ってね、スイ・・・」
優しい笑みを浮べてスイを誉めてあげると、スイは額に汗を浮べながらも嬉しそうな笑みを浮べる。そしてそのままエリウスの胸の中で眠りについてしまう。そんなスイを抱き上げるとエリウスは他の神竜たちの無事を祈るのだった。
”チイちゃ〜〜ん、キィィィィック!!”
そう叫ぶとチイは大きく飛び上がる。褐地竜アース・ドラゴンの彼女にも翼はある。しかし基本的に地上戦を得意とする彼女が翼を使うことはまれである。というかまず使おうとはしない。だからこの場合も翼で飛んだのではなく、ただ大きくジャンプしただけである。そしてその太い足でドラゴン・ゾンビに蹴りを見舞う。そのチイを迎撃するようにドラゴン・ゾンビも毒のブレスを見舞ってくるがお構いなしにそのままその首筋に蹴りを入れる。
”うっし!!”
チイの蹴りにドラゴン・ゾンビの体が大きく傾く。チイは追い討ちをかけるようにその首筋に噛み付く。うろこを突き破りチイの牙が深々と突き刺さる。
”うげっ・・・なんだよ、こいつ・・・”
噛み付いたチイではあったがすぐに口を離してしまう。噛み付いた箇所から噴出してきた腐臭に耐え切れなかったのだ。さらに噴出したものがチイの口元をダメージを与える。体も先ほどのブレスによってダメージを受け、強固なチイの鱗がそこかしこと溶けてきている。
”痛くない、痛くないやい!!”
やせ我慢をするチイは痛みに耐えながらドラゴン・ゾンビを睨みつける。自分にこんな痛みを与えた相手をどうにか倒したい、その一心だった。ドラゴン・ゾンビは先ほどの蹴りにも、噛み付きにもダメージを受けている様子はなかった。折れた首をそのままにゆらりとチイのほうに向かって来る。
”なんでこいつ、噛み付くとこっちが痛い思いするんだ?”
訳がわからないチイであったが、ドラゴン・ゾンビの先ほど噛み付いた傷口から滴り落ちる体液が、下に落ち地面を腐食させているのを見てようやく理解する。ドラゴン・ゾンビの体液自体が毒であり、それが口の中に流れ込んできたのだ。これでは迂闊に噛み付くこともできない。
”なら・・・これでどうだ!!”
噛み付くことを諦めたチイは大きく息を吸い込むと、石火のブレスを吐き出す。ブレスによってその動きを封じようを考えたのである。しかし、そのブレスもドラゴン・ゾンビの毒のブレスによってかき消されてしまう。相殺されたブレスを見ながらチイはふてくされる。
”ううっっ・・・これもだめなのかよ・・・”
チイはふてくされながらドラゴン・ゾンビを睨みつける。睨みつけたからといって勝てるわけではないが、どうしたものかと考え込む。色々と考え込むがいいアイデアは浮かんでこない。そうこうするうちにまたドラゴン・ゾンビがブレスを吐いてくる。それをかわしたところでふとあるアイデアがチイの脳裏によぎる。
”そっか!あのブレスがあるから・・・”
敵がブレスを吐くから自分のブレスが当たらない。なら相手にブレスを吐かせないようにすればいい。単純ながらいいアイデアだと思ったチイはすぐさま行動に移る。
”そ〜〜れっっ!!”
ドラゴン・ゾンビに背中を向けると、その野太い尻尾を勢いよく振り回す。ブレスを吐こうとしていたドラゴン・ゾンビは避けることもできずにその攻撃をまともに喰らう。チイはさらに返す刀で尻尾を振り回し、何度も何度もドラゴン・ゾンビの頭部を尻尾で滅多打ちにする。
”えいっ!えいっ!えいっ!!!”
チイは何度も何度も尻尾を振り回す。野太い尻尾に何度も殴られたドラゴン・ゾンビの頭部は肉がこそげ落ち、眼球が飛び散り、牙が吹き飛ぶ。チイが攻撃をやめたのはドラゴン・ゾンビの頭部が破壊されきったあとであった。一方のチイの方も尻尾が飛び散った腐液によって痛々しい状態になっていた。
”これでどうすることもできないだろう!!”
頭部を失ったドラゴン・ゾンビがブレスをはけないと確信したチイは勝ち誇ったように胸を張る。尻尾は痛かったがここまで来ればあと一息と我慢をする。すでに勝負は決していたがすぐさまチイは息を大きく吸い込み、石化のブレスをドラゴン・ゾンビ目掛けて放出する。今度ばかりはブレスによる相殺ができないドラゴン・ゾンビはまともに石化のブレスを喰らう。腕が、体が、尻尾がみるみるうちに石化して行く。
”よーーしっ!あたしの勝ち!!”
完全に石化し、ガラガラと崩れ落ちるドラゴン・ゾンビを見つめながらチイはガッツポーズを取る。そんなチイの向こう側では石化したドラゴン・ゾンビが粉々に崩れ落ち、この世から消えてゆくのだった。
”来ちゃやなの!!”
ランはそう叫ぶと翼を大きく羽ばたかせて突風を巻き起こす。巻き起こった突風はドラゴン・ゾンビの毒のブレスを巻き込み、吐き出した当人に跳ね返してゆく。元々腐っているドラゴン・ゾンビに腐敗毒が通じるはずもなく、何のダメージも与えることはできなかった。
”ううっ・・・どうしよう・・・”
上空を大きく旋回しながらランはドラゴン・ゾンビを見下ろす。高速で飛び回るランをドラゴン・ゾンビのブレスが捕らえることはない。代わりにランのほうもドラゴン・ゾンビに致命傷を与えることが出来ずにいた。弱腰で戦っているランではそれ以上のことは難しい話であった。
”このまま逃げ回っていたら諦めてくれるかなぁ・・・”
などとエン辺りが聞いたら憤慨しそうなことを口にしながら逃げ回る。ドラゴン・ゾンビのほうはまるで諦めるつもりはなく、むしろ何としても落とそうと躍起になっているようにさえ思える。そのドラゴン・ゾンビの攻撃を華麗にかわしながらランはどうしたものか考え込む。
”そうだ、遠くから攻撃してればそのうちアン姉ちゃんか、ヒョウ姉ちゃんが助けてくれるかも・・・”
安易に他人を頼った考えに到ったランは時折翼をはためかせドラゴン・ゾンビから逃げ回る。しかし、それをいつまでも許して置くほどドラゴン・ゾンビも甘い存在ではなかった。大地を力いっぱい踏みしめると大きく跳躍する。翼が腐ったドラゴン・ゾンビには飛行能力のある奴とない奴に分かれる。ランと戦っているドラゴン・ゾンビは飛べないタイプであった。それがランの隙を招いてしまった。
”えっ?うそ!!??”
大きく跳躍したドラゴン・ゾンビはそのままランの首筋に噛み付いてくる。慌てて回避しようとする欄であったが間に合うはずもなく、首筋にドラゴン・ゾンビの牙が深々と突き刺さる。鮮血が宙を舞い、落下するドラゴン・ゾンビに肉を食いちぎられる。
”痛い・・・痛いの〜!!”
首筋を食いちぎられたランは涙目になって泣き叫ぶ。激痛が首筋に走り、ランを苦しめる。その激痛に耐え切れないランは大粒の涙を流して飛び回る。
”痛いの〜〜〜〜!!”
混乱したランはブレスと翼の羽ばたきを合わせて巨大な竜巻を発生させる。巨大な風の渦はランの首筋を噛み切って落下するドラゴン・ゾンビを飲み込む。強烈な風の流れがドラゴン・ゾンビに襲い掛かる。翼を、首を、体を、総てを引き裂かんばかりの力の奔流がドラゴン・ゾンビに襲い掛かる。
”痛いの〜〜〜!!”
ランはそう絶叫しながらさらに激しく翼を羽ばたかせる。風の流れがさらに速くなり、強烈な力がドラゴン・ゾンビに襲い掛かる。襲い掛かった力はドラゴン・ゾンビの体を、首を、脚を、尻尾を引き裂き、引きちぎってゆく。その力に必死に抵抗しようとするドラゴン・ゾンビであったが、ランの羽ばたきに合わせて激しさを増す風の渦に抵抗する力はドラゴン・ゾンビには持ち合わせていなかった。
”痛いの〜〜〜〜!!!”
一際大きなランの絶叫が当たりに響き渡る。強力な風の流れがドラゴン・ゾンビをずたずたに引き裂き、その存在を消滅させてしまう。しかしその後も首筋の痛みに混乱したランはそのまま竜巻を暴れさせる。岩を飲み込み、砂塵を飲み込んだ竜巻はさらに勢力を増し、辺りを破壊してゆく。
「ラン、もう大丈夫だよ・・・痛くないからね・・・」
暴走するランを慰めようとエリウスは彼女に近付くとその首筋を優しく撫でてやる。エリウスの存在に気づいたランは人型に戻ると、その胸の中へと飛び込んでゆく。
「エリウス様〜、痛かったの〜」
「もう大丈夫だよ。よく頑張ったね・・・」
エリウスの胸の中でグシグシと泣き続けるランの髪を優しく撫でながらエリウスは彼女を慰めてやる。ようやく落ち着いたランはその胸の中で眠りへとついてゆく。そんなランを抱きしめながらエリウスはランが破壊したドラゴン・ゾンビの残骸と周りの風景を見つめるのだった。
「まったく、暴走したときのランが一番すごいな・・・」
削り取られ、吹き飛ばされた周りの風景を見つめながらエリウスはポツリとそんなことを呟く。もちろん、本人にはその自覚はなく、その周りではまだ戦いが続いているのであった。
大気を雷が迸る。眩い戦功が辺りを染め、ドラゴンゾンビに襲い掛かる。ライの雷のブレスをドラゴン・ゾンビは必死になって毒のブレスで打ち消そうとする。ぶつかり合った二つのブレスが消滅し合い、ライは舌打ちをしてドラゴン・ゾンビから遠のく。そんなライをドラゴン・ゾンビは追撃してこなかった。
”ううっ・・・厄介な奴だな・・・”
自分のブレスが聞かない相手にランは文句を言う。いくらブレスを放ってもドラゴン・ゾンビのほうもブレスを放ってきて対消滅されてしまう。されなくてもわずかな雷がドラゴン・ゾンビの体を撫でるだけで決定的なダメージを与えているようには見えなかった。
”だったらもっと強いブレスを吐いてやる”
そう叫ぶとランは大きく息を吸い込み先ほどよりも巨大な雷を迸らせる。煌めく雷光が大地を穿ち、ドラゴン・ゾンビに降り注ぐ。だがそれも毒のブレスによって威力をそがれ、腐ったうろこを弾き飛ばし、腐液と腐肉を撒き散らす。しかし、それすらも決定打には程遠いダメージしか与えることが出来なかった。
”だめかぁ、あの毒をどうにかしないと・・・”
渾身の雷撃を防がれたライは鼻を鳴らしながら上昇する。このまま何度も雷のブレスを吐き続けても結果が代わることはない。何かあの毒のブレスを掻い潜って直接ドラゴン・ゾンビの体に雷のブレスを浴びせかける以外、ドラゴン・ゾンビを倒す手立てはない。
”どうやってあの毒のブレスをかわすかだけど・・・”
上空を旋回しながらライはしばし考え込む。しかし、元々短期なライがそんなに長いこと考えていられるはずもなく、いいアイデアが浮かぶはずもない。すぐさま単純な手立てを実行する。
”いっくぞ〜〜〜!!!”
ライはそう叫ぶとドラゴン・ゾンビ目掛けて急降下する。ブレスを吐かずにひたすらドラゴン。ゾンビ目掛けて突き進む。そのライ目掛けて今度は逆にドラゴン・ゾンビのほうが毒のブレスを浴びせかける。腐敗毒のブレスがライ目掛けて吐き出され、ライはこれを避けようともしないでまともに突っ込んでゆく。
”うりやぁぁぁっっっ!!!”
絶叫と共にライは毒のブレスの真っ只中に飛び込んでゆく。腐敗毒がライの体を焼き、犯してゆく。その痛みに耐えながらライは突き進み、ドラゴンゾンビの鼻先まで顔を突き出す。自分なりに考えた戦法であったのだろうが、簡単に言ってしまえばヒョウの取った行動と同じである。もっともそんなことライは知りもしなかったが。
”これで毒のブレスで相殺できないだろう!!?”
得意げに笑うとライは思い切り息を吸い込む。そして渾身の雷のブレスがドラゴン・ゾンビの鼻先で煌めく。強烈な雷撃が迸り、ドラゴン・ゾンビの肉体を引き裂き、焼き尽くしてゆく。瞬く間に体内の腐敗毒が沸騰し、肉体が張り裂けてゆく。ほんの一瞬の後にはドラゴン・ゾンビはその活動を停止しているのだった。
”へんだ!わたしに勝とうなんて10000年早いぜ!!”
体中腐敗毒にやられ、鱗が腐り、皮膚が裂け、血が滴っている。そんな痛々しい状況でもライは涙を堪えて強がってみせる。痛みに耐える尻尾がフルフルと震えていることには誰も突っ込まずにいた。
エリウスたちのはるか上空。そこで戦っている者たちもいた。アンと漆黒のドラゴン・ゾンビである。翼が健在の漆黒のドラゴン・ゾンビはアンと激しい空中戦を展開していた。お互いに高速で飛び回り、お互いのブレスを回避してはブレスを浴びせかける。どちらも決定的なダメージを与えることが出来ないまま膠着状態に陥っていた。
”こまりましたねぇ〜”
あいも変わらず間延びした口調でドラゴン・ゾンビを見据えながらアンは空中を飛び回る。その口調にはまだまだ余裕が感じられた。何よりまだ性格が変化していない。これはまだアンが本気になっていない証拠であった。
”なかなかぁ〜頑張る方ですねぇ〜〜”
自分の攻撃をかわすドラゴン・ゾンビに感心しながらアンはどうしたものかと考え込む。このままドラゴン・ゾンビと戦っているのも悪くはない。しかし、妹達の様子も気になってくる。これだけの強敵相手では経験値の少ない妹達が危険な目にあっていることは間違いない。
”しかたありませんねぇ〜・・・これで終わりだ、ぼけぇ!!”
一瞬にして性格が変わったアンは荒っぽい口調で叫ぶとドラゴン・ゾンビ目掛けて突っ込んでゆく。これを迎撃しようとドラゴン・ゾンビは毒のブレスを吐き出す。アンは器用に空中で静止すると、飛ぶ方向を変えそのブレスを飛び越してゆく。完全に無防備な背中がアンの眼の前に晒される。
”終わりじゃ、あほんだらぁ!!”
暴言と共にアンが重力のブレスを吐き出す。漆黒の重力がドラゴン・ゾンビを取り込んでゆく。それから逃げ出す術をドラゴンゾンビは持っていなかった。体中が内側に引っ張られてゆく。肉が引き裂かれ、骨が軋みをあげる。逃げられない力にドラゴン・ゾンビは悲鳴を上げる。それがドラゴン・ゾンビの最後の声であった。
”んんんっ〜〜、みんあ無事でしょうかぁ〜〜?”
いつもの間延びした口調に戻ったアンは地上目指して降下してゆく。消えてゆくドラゴン・ゾンビにもはや興味はなかった。あるのはエリウスたちの安否だけであった。
”こんのぉ!!”
エンの爪がドラゴン・ゾンビの胸板に食い込む。肉を切り裂き、腐敗毒を撒き散らしながらドラゴン・ゾンビの肉体が切り裂かれる。勝ち誇った顔をしたエンにドラゴン・ゾンビに尻尾が命中する。巨人族の棍棒のような尻尾の一撃にエンの体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
”いてててっ・・・この野郎!!”
痛み脇腹を押さえながら立ち上がったエンは自分を吹き飛ばしたドラゴン・ゾンビを睨みつける。ここまでの戦いは他の神竜たちと同じように互いのブレスを相殺する消耗戦となっていた。早速ブレスによる攻撃に飽きたエンはすぐさま肉弾戦へと移行する。牙を、爪を駆使しての戦いが始まる。
”これで、どうだぁ!!”
エンは先ほど自分が喰らったように尻尾を振り回してドラゴン・ゾンビに襲い掛かる。エンの尻尾が足元を払いドラゴン・ゾンビを転倒させる。体勢を崩したドラゴン・ゾンビにさらにエンが追い討ちをかける。鋭い爪がドラゴン・ゾンビに顔にめりこむ。
”うりゃぁぁぁっっ!!”
鋭い爪がドラゴン・ゾンビの顔にめりこみ、眼球を握りつぶし、頬肉を引き裂く。この一撃でドラゴン・ゾンビの顔の一部がこそぎ落とされてしまう。その一撃で勝ちを意識したエンであったが、そこにドラゴン・ゾンビの爪が煌めき、無情にもエンの肩に食い込んでくる。
”えっ?ああっ?いったぁぁぁぁっっ!!”
肩の肉をこそぎ落とされたエンは痛みに絶叫する。泣き叫びだしたくなる痛みに耐えてエンはドラゴン・ゾンビを睨みつける。対するドラゴン・ゾンビのほうはすでに追撃体制に入っていた。毒のブレスが一瞬たじろいだエン目掛けて放出される。これを避ける術はエンにはなかった。
”だめだぁ!!”
絶叫したエンは迫り来る毒のブレスを体を丸めて背中で受け止める。背中の鱗にダメージを受けるが、耐えられないほどの痛みではない。痛みに耐えてそれをやり過ごすとドラゴン・ゾンビの首もと目掛けて噛み付いてゆく。先ほどまでの痛みを全部返さんばかりの勢いでドラゴン・ゾンビに噛み付く。
”痛かったんだぞ、この野郎!!”
怒りのエンの牙が深々とドラゴン・ゾンビの喉元に食い込む。腐敗液が噴出し、口元を焼くが気にせずさらに深く牙を食い込ませてゆく。ドラゴン・ゾンビは激しく首を振ってエンを引き剥がそうとするが、エンは必死になってそれに耐えてさらに牙を食い込ませてゆく。
”これで・・・どうだぁ!!”
牙を食い込ませた状態のままエンは大きく息を吸い込み、炎をブレスを吐き出す。灼熱のブレスがドラゴン・ゾンビの体を焦がし、体内に入り込んだ炎が体液を蒸発させ、腐肉を燃やしてゆく。周囲に異臭が漂うがエンは無視して炎を吐き続ける。ドラゴン・ゾンビは必死にエンを引き離そうと、爪でエンを攻撃したり、毒のブレスを吐いたりして抵抗する。
”絶対離すもんか!!”
体を傷付ける痛みに耐えながらエンはさらに吐き出す炎を強くする。やがてドラゴン・ゾンビの抵抗は弱くなり、ついには動かなくなる。そこまでなってからようやくエンは炎を吐くのをやめ、牙を離す。半ば消し炭と化したドラゴン・ゾンビは大きな音を立てて大地に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。
”ううっ・・・痛いよぉ・・・”
戦いを終えたエンはようやく痛みに涙を浮べる。半べそをかきながら人型に戻ると、その場に蹲って痛む傷跡を擦り始める。痛々しいその姿にアルセイラはつつっと歩み寄るとエンを自分の膝の上に乗せてやる。しばしきょとんとしていたエンであったが、アルセイラがそっと抱きしめると安心したのか、彼女にしがみ付いて大泣きを始める。そんなエンの髪を優しく撫でながらアルセイラは神竜たちが皆無事であったことに安心するのだった。
「さてと・・・これで全部片がついたかな?」
戦いが終わり、静けさが戻ってきた戦場で、エリウスはチビ竜たちの傷の手当てをしながらあたりの様子を伺う。傷の手当てといっても包帯を巻く程度で、本格的治療はイシュタルとアリスに任せるしかない。それは薬物に犯されたライオットも同様で、そのためにも一刻も早く魔天宮へと戻る必要があった。
「では、エリウス様。魔天宮へ?」
「ん〜、そのつもりだったんだけど・・・君たちだけ先に帰ってもらわないといけないかな?」
エリザベートの問いにエリウスは先ほどまでいた洞窟の方を見つめながらそう答える。その言葉の意味がわからなかったエリザベートであったが、すぐにその答えが分かる。その洞窟の中から誰かが出てきたからである。その者はマントを目深にかぶり、顔には仮面を嵌めている。そのため性別はわからない。
「何者です!!?」
エリザベートは矢を弓に番えると厳しい声でこちらに向かって来る者を問い詰める。しかし、相手はまるで答えようともせず、そのまままっすぐにこちらへと向かってくる。そんな相手に矢を向け狙いを定めるエリザベートであったが、それをエリウスが制する。
「やめるんだ、エリザベート・・・」
「ですが・・・」
「ようやく出てきたみたいだね。いつまでそこに篭っているつもりかと思ったよ、九賢人が一人、ザンバッシュ!」
エリウスの言葉に相手はようやく歩みを止める。相手が九賢人と聞き、エリザベートは驚きつつも警戒を緩めようとはしない。自分の後ろには怪我をしたチビ竜たちとアルセイラがいることをエリザベートはよく理解していた。相手が九賢人である以上何をしてくるかわからない。警戒を緩めるわけにはいかなかった。
「転生したばかりの神竜がドラゴン・ゾンビに勝つとは・・・これは予想外でしたね・・・」
ザンバッシュは肩を竦めておどけてみせる。名前からして男と思っていたエリザベートはザンバッシュの声が女性であることに驚いた。同時にその声に聞き覚えがあり、考え込んでしまう。いつ聞いたのか、どこで聞いたのか思い出せない。しかし、確実に聞いたことのある声であった。
「まあ、私があなた方を倒せば済むことだが・・・」
「そんなこと、私がさせません!!」
意を決したエリザベートガ弓を撃つ。放たれた矢は狙いを外さずにザンバッシュの仮面に命中する。仮面は縦に亀裂が走り、地面に落下する。そしてその下からザンバッシュの素顔が覗く。それを見たエリザベートは驚きのあまり声を上げることができなかった。それはアルセイラも同じであった。
「ひどいことをするな、エリザベート・・・」
「リューシア・・・姉様・・・」
信じられないものを見たエリザベートとアルセイラは声もなく、ただ呆然とする。仮面の下から現れたザンバッシュの素顔は一年前に殺されたはずの第二王女リューシアであった。他人の空にかとも思ったが、本人であることに間違いはなさそうであった。
「そんな、どうして・・・」
「あら、私が生きているのがそんなにおかしいか?」
動揺するエリザベートにリューシアはくすくすと笑って問い返す。それは当たり前のことであった。リューシアが死んだのはエリザベートの目の前であった。間違いなく心の蔵に短剣が突き立てられ、事切れたのをエリザベートは自分の目で確認している。それなのにリューシアはピンピンとしているのがどうしても納得できなかった。
「だまされるな、エリザベート・・・こいつはリューシア王女じゃない。いや、正確にはリューシア王女であってリューシア王女ではない!」
「どういう意味ですか、エリウス様・・・?」
「こいつは、ザンバッシュは他人の肉体に己の魂を移す術を編み出した九賢人。この肉体は亡くなられたリューシア王女の肉体を奪ったもの、そうだろう?」
ザンバッシュを睨みつけながらエリウスは彼を問い詰めている。それに対してザンバッシュはニタリと笑うだけで答えようとはしない。それは同時にエリウスの言葉を肯定していた。それを見たエリザベートは自分と一緒に暗殺された姉の肉体を使っているザンバッシュに対して怒りがこみ上げてくる。
「さらに言えば今回の王位乗っ取り、君が仕掛けたんだろう?リューシア王女の体を乗っ取るために・・・」
「ええ、そうですよ。前の肉体はもう腐りかけていましたからね。若くて瑞々しいこの肉体を早く欲しかった。そこにあの愚か者どもが悪巧みをしていてね・・・まあ、こちらの言葉どおり動くこと、動くこと!」
ザンバッシュはそこまでいうとおかしくてたまらないとばかりに大笑いする。ディアナやシールムもこの九賢人に操られただけであったのだ。ことの真相を知ったエリザベートは諸悪の現況を睨みつけ、弓を引き絞る。
「リューシア姉様の肉体を・・・辱めるなぁ!!」
怒りのあまりエリザベートは矢をザンバッシュに射掛ける。しかし、今度は矢はザンバッシュまで届かず、途中で制止してしまう。それどころか空中で反転すると、エリザベート目掛けて戻ってくるのだった。予想外のことにエリザベートは避けそこね、モロに肩口に矢を受けてしまう。
「あぐっ!!」
矢が深々と突き刺さったエリザベートはその場に片膝を突く。真っ赤な血が滴り落ち、地面に血溜まり作る。激痛が肩に走り、最早、弓をいることの出来る状態ではなかった。それでも何とか肩口から矢を抜き取ると、その傷口を押さえ、出血を止めようとする。
「余計な手出しをするからそのような目にあうんですよ?」
ザンバッシュはくすくすと笑いながらエリザベートを見下した眼差しで見つめる。その眼差しにエリザベートは屈辱を覚え、反論しようと身を乗り出そうとする。しかし、それをエリウスは片手で制する。これ以上手を出すなというエリウスの態度にエリザベートは何かを言いたげな表情でエリウスの方を仰ぎ見る。
「みんなは先に戻ってイシュタルに傷の状態を見てもらうんだ・・・」
エリウスはそれだけ言うと短く呪文を唱える。同時にエリザベートたちの足元に魔法陣が形成される。慌てたエリザベートであったが、何かを言うよりも早く魔天宮へと強制転移させられてしまう。
「これで、心置きなく戦える。そうだろう、ザンバッシュ?」
「神竜の子供に逃げられたのは痛かったですが・・・まあ、いいでしょう。ここであなたを殺せるのですから!」
目を閉じザンバッシュを挑発するように言い放つエリウスに、ザンバッシュは薄ら笑いを浮べて答える。お互いに手の内を隠したままの睨み合いが続くのだった。
強制転移されたエリザベートたちは、あっという間に魔天宮へと戻ってくる。エリザベートや神竜たちが怪我をしているとの報告がもたらされ、アリスやイシュタルが大至急集まってくる。ランやスイは怪我の痛みからアリスたちに縋りついて泣き、エンたちは唇を噛み締めてやせ我慢をしながら傷の手当てを受ける。
「敵が討てたって言うのに浮かない顔しているな・・・」
下唇を噛み締めて難しい顔をしていたエリザベートにクリフトが声をかける。どう見ても復讐を遂げたものの顔には見えなかったからである。声をかけられたエリザベートは悔しそうな顔をしてクリフトの方を見つめる。
「クリフト様・・・姉様が・・・リューシア姉様の死体が・・・」
「ザンバッシュの肉体に使われていたんだろう?」
「!!知って・・・」
「まあな・・・あの時確かに死んでいたリューシア姫の死体が消えていたからな。このことは予想していた・・・」
暗殺現場に助けに来てくれたエリウスとクリフトはその事実を知っていたのだ。しかし、確信がもてなかったゆえにエリザベートには伝えないでいたのだ。教えたからといってどうなるものでもないが・・・
「私は・・・私は・・・」
ぽろぽろと涙をこぼしながらエリザベエーとは悔しさに肩を震わせる。傷はすでにイシュタルによって癒されている。傷は癒されても心の傷は癒されていない。それがズキズキと痛む。姉を助けられなかったこと、姉の肉体を辱めるものがいたこと、その辱めから姉を助けられなかったこと、それらがエリザベートを苦しめる。
「泣きたきゃ泣け!泣いてもいいんだぜ?」
クリフトはそう言うとエリザベートをそっと抱きしめる。自分のマントでエリザベートを包み込むようにしてやりながら自分の胸の中にエリザベートの顔を押し付ける。頬を通じて感じられる暖かさにエリザベートはついに堪えきれなくなり、クリフトに縋りついて泣き出す。
「えぐっ・・・ううっ・・・うああああぁぁぁっっ!!!」
気の緩んだエリザベートは人目もはばからずに大声で泣き叫ぶ。そんなエリザベートをクリフトはそのままの姿勢で彼女を慰めながらそっと抱き上げ、その場を後にするのだった。クリフトの部屋に戻るまでエリザベートは泣き続けていた。そんな彼女をベッドの上に下ろすと、クリフトはそっと彼女の唇を塞ぐ。
「こんな慰め方しか知らないが・・・いいか?」
じっと自分を見つめながら尋ねてくるクリフトの優しさがエリザベートには嬉しかった。だから、素直に頷く。それを見たクリフトはもう一度キスをするとそのまま彼女をベッドに押し倒す。クリフトのキスは暖かく、優しかった。いつまでもその暖かさを感じていたかったエリザベートはクリフトの首に手を回し、彼に縋りつく。
「んんんっ・・・んぅぅっっ!」
クリフトはキスをしたまま、エリザベートの胸に手を当てる。服の上から優しく揉み上げ、刺激する。それだけでエリザベートの口から甘い声が漏れ始める。しかし、その口は塞がれたままでくぐもっていた。その声を聞きながらクリフトは胸を弄ぶ。
「ふんんっ、んんんっ!!んふぅぅっっ!!」
強く、弱く、優しく、きつく、強弱をつけながら愛撫するクリフトの手の動きにあわせてエリザベートは喜びの声を上げる。その声に釣られるようにクリフトは手で服のボタンを外すと、服の中に手を滑り込ませて直接胸を愛撫し始める。柔らかな感触を味わいながらじっくりと胸を愛撫する。
「んぐっ・・・んんふっ、あああっ!!」
唇が離れキスが途切れると、エリザベートの口から大きな甘い声がもれ始める。その声はクリフトの指や手の動きにあわせて漏れてくる。柔らかな乳房を揉み、硬くしこった乳首を弾き、つまみ、捏ね繰り回すたびに、甘い声も強弱をつけて漏れ始める。強く感じる箇所では大きな、普通に感じる箇所では悶えるような声が漏れてくる。
「ほら、もっともっと声を出して・・・」
クリフトはエリザベートの声が嬉しいらしく強弱をつけて胸を貪る。さらに我慢できなくなったクリフトはエリザベートの胸元を開放し、大きく広がる。形のいい乳房がクリフトの眼前に広がられる。その頂点で硬く尖った部分にクリフトはそっと舌を這わせる。
「ひあぐっ、ふああああっっ!!」
エリザベートからもれる甘い声に耳を傾けながらクリフトはじっくりと乳首を舐る。舌先で転がし、突付き、唇で挟み込み、啜り上げる。そのクリフトの動作一つ一つがエリザベートには感じることであった。そしてクリフトは胸を舐りながらそろそろと手を下へと降ろしてゆく。背中から腰へ,腰からお尻へと降ってゆく。その手の、指の動きを感じながらエリザベートは悶える。そんな声を聞きながら張りのあるお尻を触っていたクリフトの手が、するりと股の間に入り込んでくると、エリザベートの感じる箇所を弄り始める。
「ふんんっ・・・そ、そこぉ・・・」
「ここかい?」
甘えた声を上げるエリザベートのリクエストに答えてクリフトの指が彼女の膣内にもぐりこんで行く。すでに愛液でビショビショに潤ったそこはクリフトの指をあっさりと受け入れる。膣内に入り込んだ指は一箇所、股一箇所とエリザベートが喜ぶ場所を穿り返してゆく。
「んんああぁぁぁっっ!!いい・・・いいです!!」
クリフトの指の動きに合わせて腰をくねらせながらエリザベートは歓喜の声を上げる。その声をもっと聞きたいとばかりにクリフトは指を動かすのをやめ、エリザベートを自分の腰の位置まで移動させる。そしてズボンをずらし、いきり立ったペニスを忙しなく取り出すと、潤って準備万端のエリザベートのヴァギナに宛がう。
「いくぞ・・・」
クリフトの言葉にエリザベートは素直に頷く。一拍置いてクリフトのペニスがエリザベートの膣内へと入り込んでくる。柔らかな膣肉を押し広げて入り込んだペニスは、その侵入を喜ぶ膣肉の締め付けを感じながら奥に入り込み、また出てゆく、その動きを繰り返してゆく。
「ふああっ・・・んんっ、ああああっっ!!」
クリフトのペニスを膣内に感じながらエリザベートは歓喜の声を上げる。硬いものがゴリゴリと膣内をかき回す感触が心地よく、腰を振り、愛液を滴らせて喜びを表現する。滴り落ちた愛液はクリフトの腰を濡らし、ベッドを濡らしてゆく。クリフトもエリザベートもお互いに絶頂を目指して腰をぶつけ合う。
「うぐっ、そろそろ・・・」
「あうっ、いいです・・・私も・・・私もぉぉっっっっ!!」
お互いにお互いの肉体に縋りつき、貪りあう。そんな二人に絶頂はすぐに訪れた。先にエリザベートが達する。体をビクビクと震わせてクリフトに縋りつく。同時にペニスが納められた膣内を激しく収縮させペニスを絞り上げる。その締め付けに耐えられるほどクリフトも丈夫な方ではない。我慢できない射精感をあっという間にエリザベートの膣内に放出する。ペニスから飛び出した針がエリザベートの体の中にクリフトの精液を注入してゆく。その痛みと暖かさにエリザベートは二度目の絶頂を迎える。
「クリフト・・・様・・・」
二度の絶頂に放心した表情を浮べたエリザベートはクリフトにキスを求めてくる。そんなエリザベートのキスに答えながらクリフトはただ一人戦場に残ったエリウスのことを心配していた。
(絶対生きて帰って来いよ、エル・・・)
エリウスの無事を祈るクリフトの思いは、今まさに激闘を繰り広げているエリウスには届くことはなかった。
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