第42話 天命〜五〜


 北の国へと訪れたクリフトたちはほとほと困り果てていた。宝玉があるであろう方角へと向かってきたまではよかったのだが、いくら探しても北の国主の城が見つからない。近隣の町や村で探りを入れてみたが、わかったのは城など存在しない、幻でしかないということであった。
 「どういうことでしょうか?」
 「幻の城なんて入れないぜ?」
 困った顔で考え込むミルドにガンは訳がわからない表情で頭をかく。宝玉が北の国主の城にあることは間違いない。なのにその国主の城が存在しない。まるで雲を掴むような話であった。クリフトは腕組みをしたまましばし考え込む。
 「ダン、どう思う?」
 「存在することは間違いないでしょう。町の人間が北の国主のことは知っているのですから・・・」
 「なんだよね・・・」
 ダンの言うとおり北の国主ケンシンは年に数回領内を視察していることはわかっている。北の国の領民はケンシンを慕い、また『軍神』として崇めていた。なのにそのケンシンの居城を誰も知らないというのだ。こんなばかげた話し聞いた事がない。
 「つまり宝玉の持ち主はそのケンシン。でもその居場所はわからない、と」
 「そういうことだ。そしてそのシンゲンは他国が侵攻してくると現れ、これを打ち破るという」
 「だから”軍神”・・・では、エリウス様のところに?」
 ガンの言葉にダンが頷く。その言葉を聞いたミルドが尋ねると、ダンは首を横に振る。北の国に侵攻したエリウスたちであったが、北の軍勢に侵攻を阻まれているとの報告が入ってきているという。そこにシンゲンの姿はないという報告も入ってきている。もちろん本気で侵攻すれば姿を現すかもしれないが、今度はシンゲンの居城が分からなくなる恐れがあるとエリウスは考えていた。
 「じゃあ、俺たちがその居城を探さないとダメッてことかよ?」
 「そう言うことだ。で、だ。一つだけ面白い情報を仕入れてある」
 どこにあるかも誰も知らない城を探す作業など御免被りたいという顔をするガンにクリフトが口元に笑みを浮べて話をはじめる。それは満月の夜、湖の水面に浮かぶ城の話であった。
 「おいおい、クリフト様。水面に浮かぶ城になんて入れないぜ?」
 「そうでもないぞ?エリウスによれば別空間に城を置き、アイテムによって出入りすることは可能らしい。おそらくそれが満月によって充溢した魔力によって水面に映ったんだろう」
 「では、そのアイテムを持っているものを探すと?」
 「いや、自分から出向いてくれるだろうさ!!」
 ニヤリとクリフトが笑うと4人のいたところが大爆発を起こす。何か大きな岩のようなものが飛んできて、それが爆発を起こしたのである。その気配を察した四人は大きく跳び退り、無傷であった。すぐさまその岩のようなものが飛んできた方角を確認する。
 「男、女がそれぞれ一人ずつ。攻撃してきたのは男のようです」
 視力を強化したミルドが敵の戦力を観察する。ダンやクリフトでもかろうじて見える距離にいる敵も視力を強化したミルドにはどうということはなかった。彼女の目には金棒を持った大男と、大きな胸元をさらけ出した女の姿が映っていた。
 「こちらが回避したことに気付いたようです。向かって来ます!!」
 「なら、ここは俺とミルドで!!」
 「たのむ。俺はあっちを!!」
 ミルドの言葉にガンが勢い込んで迎撃を申し出る。ダンはそれに頷くと別の方向を見つめる。そこから少し離れた位置をじっと見つめる。何もいないようにも見える場所だったが、わずかだが妖気によって空間が歪んでいた。そこでこちらの動きを伺っている何かがいる。それを感じ取ったダンはそれを倒すことを申し出る。クリフトはその申し出を受け入れる。
 「なら俺は城に入れるアイテムを・・・女の持ってる指輪がそうみたいだな?」
 こちらに向かってくる二人の様子を伺い、2人の身につけているものから城に入るためのアイテムにあたりをつける。クリフトの狙いはその指輪を奪い、城に向かう。ガンとミルドはその2人の足止め、ダンがじぶんったいの様子を伺っていたものを倒す、それが各々の役割であった。
 「じゃあ、後は任せた!!」
 クリフトは後のことをダンたちに任せるとこちらに向かってくる男目掛けて短剣を投げつける。もちろん倒すための投擲ではない。男がそれを弾くなりかわすなりすることまで考えてこのことであった。案の定男は手にした金棒でその短剣を弾き返す。その一瞬をクリフトは逃さなかった。両脚に力を込め、瞬時に女との距離を詰める。そのスピードは移動するさますら見えないほどであった。
 「しゅ、縮地・・・??」
 女は瞬時に自分の目の前に現れた敵に驚き対応が遅れる。目の前に現れた敵を打ち払い倒そうとするが、それよりもクリフトの動きが早かった。するりとその横をすり抜けてゆく。そしてまた同じ動きで2人から遠ざかってゆく。敵が何をしたかったのか女にはすぐには分からなかったが、指輪の存在がなくなったことがその意味を教えてくれる。
 「し、しもうた!!」
 慌てた女がクリフトを追おうとするがその進行方向をガンとミルドが遮る。2人もクリフトの後に続いてここまでかけてきたのだ。敵の男女がクリフトに気を取られている間に回り込み、その侵攻を遮ったのである。久方ぶりの戦いにガンは笑みを浮べ、ミルドは緊張した面持ちになる。
 「クリフト様の邪魔はさせん!!」
 「俺たちと遊んでいってもらうぜ!!」
 「この・・・泣いても知らねえぞ!!」
 「シンゲン様には誰も近づけさせへん・・・このオクニとゴエモンがあのお方をお守りするんや!!」
 その挑戦的態度にゴエモンは金棒を振り回して逆に挑発し、オクニは決意に満ちた眼差しでガンたちを睨みつける。お互いに負けられない戦いが今始まろうとしていた。



 「むっ、城に入るための指輪は・・・あの黒エルフが持ち去ったか!!」
 クリフトたちの動きを伺っていたそれは城に入るための指輪をクリフトが奪い去ったことを察してクリフトを追おうとする。この国に入り込んだのも総てはこの国の宝玉を手に入れるためだった。しかし、その宝玉は城の中にあり、その城に入ることはそれには出来なかった。だから、その城に入るための指輪を手に入れる機会を伺っていたのである。そして思いもかけない機会が廻ってきた。敵国が侵攻してきてこの国を混乱させてくれたのである。あとは前々から目をつけていた城に入るためのアイテムを持つ女からそのアイテムを奪い去るだけで済む。それはその機会をここで伺っていたのであった。
 「くっ!!余計なことを!!」
 折角の機会が黒エルフが奪い去ったことで逸してしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。それはすぐさま黒エルフを追いかけようとする。が、その動きをすぐに止める。追いかけようとするそれの進行方向を何かが遮っているのである。それは動きを止め、自分の進行を遮るものを睨みつける。
 「先ほどから妖気を発していたのはお前か?」
 「!!ほほう。我が妖気に気づいたか?」
 それの前に立ちふさがったダンがそれを睨みつけながら問いただすと、それは面白そうな笑みを浮べる。ここまで妖気を押さえ込むと徳を積んだ僧侶でも見つけ出すことはいままで一度もなかったからである。なのに目の前にいるダンはそれを見つけ出したのだ。そんな稀有な存在がそれを喜ばせた。
 「よくわかったな、我の存在が・・・」
 「それだけ臭い妖気を漂わせていればイヤでもすぐに分かる!!」
 どうやって自分に気付いたのか気になったそれが問いかけると、ダンは鼻を鳴らして答える。ライカンスロープ、ワーウルフの彼の鼻は人間の数千倍も聞くといわれている。それは匂いだけではなく、妖気や魔力も嗅ぎ分けられるという。さらに今宵は満月、その力はさらに高まっている。
 「ふむ。人にしてはカンがいいようじゃが、それが災いしたのう」
 それは哀れみの眼差しでダンを見つめると、ころころと笑う。そしてそれまで押し隠していた妖気を一気に開放する。その爆発的妖気の開放によって周囲のものが吹き飛ばされる。その妖気の嵐の中ダンは平然としていた。やがてそれは真の姿をダンの眼の前に現す。
 『そなた、楽には死ねぬと思え?』
 ころころと笑ったそれは服の袂から妖艶な笑みを浮かばせる。妖艶な美女、それもオクニに負けない肢体を誇る美女であった。しかし、その姿は人とは言いがたかった。頭には獣の耳が生え、お尻には九本の尻尾が妖しく蠢いている。
 『このタマモに殺されること、誇りに思うがよい』
 「タマモ?伝え聞くユトユラの九尾の狐か?」
 『ほう。我も有名になったものだ』
 ダンに自分の正体を言い当てられ、タマモは面白おかしそうに笑う。それに対してダンもまた、笑みを浮べる。まるでそれは良い獲物を見つけた獣のような眼差しであった。
 『?なんじゃ、その目は?我が恐ろしくないのか?』
 「恐ろしくないな。むしろこちらも本気で戦える!!」
 不思議そうな顔をするタマモにダンはニッと笑う。そして押し殺していた力を解放する。満月の力を得てダンの姿が変わる。体は銀色の体毛に覆われ、口には鋭い牙が生え、爪は鋭く延びてゆく。銀色の狼に姿を変えたダンは一つ大きな遠吠えをする。その遠吠えに大気が揺れる。
 『銀色の狼?そなた、銀狼の末か??』
 「そう言うことだ。楽しませてくれよ、九尾の一族!!」
 獰猛な笑みを浮べたダンはそう言って腰を落とす。タマモもまたこれに対する。狼と狐、二匹の獣の戦いが今始まろうとしていた。



 無数のつぶてがガンとミルドに襲い掛かる。石のつぶてを軽々と叩き落してガンがゴエモンに襲い掛かる。その攻撃を愛用の金棒で叩き落し、反撃する。まだ変身していないガンには金棒の攻撃も当たれば致命傷になりかねない。かろうじてその攻撃をかわしたガンは、大きく跳び退る。
 「ガン、変身なさい!!」
 「この程度の相手に変身する必要があるのかよ!!?」
 「過信は命取りになるわよ!!」
 あくまで変身しようとしないガンをミルドは戒める。相手の実力はかなり高いことはミルドも感じ取っていた。それはガンも同様であろう。その上でガンは変身しないでも勝てると踏んでいるのだ。しかし、ミルドにはこれが相手の全力とは思えなかった。何かもっと別の力を隠している、そんな風に思えてならなかった。だからガンに変身して有事に備えろと忠告していたのだ。しかし、相手の実力を見切ったつもりでいたガンはミルドの忠告に耳を貸そうとはしなかった。
 「このままじゃ、まずい・・・」
 敵に誘い出されたガンがやられることは目に見えている。このままではまずいと感じたミルドはどうにかガンを変身させようと考えるが、上手い方法が思い浮かばない。そうこうするうちにガンはまたゴエモン目掛けて跳躍してゆく。
 「・・・・・!!まずい!待ちなさい、ガン!!」
 オクニの立ち居地が先ほどと微妙に変わっていることに気付いたミルドが慌ててガンを呼び止める。しかし、その忠告に耳も傾けないでガンはゴエモンに迫る。常人には回避できないスピードでの一撃、渾身の攻撃、ガンはそれに勝利を確信していた。
 「もらったっっっ!!」
 「残念だったな。もらったのはこっちだ!!」
 渾身の力を込めたガンの攻撃をゴエモンは金棒で受け止める。吹き飛ばされそうな衝撃をゴエモンは何とか受け止め、受け流す。渾身の攻撃を受け止められたガンは悔しそうな顔をする。が、すぐに後退して距離を置こうとする。ゴエモンはおそらく腕が痺れて反撃できないはずである。その間に距離をおく必要をガンは感じていた。しかし、そのガン目掛けて攻撃が繰り出される。繰り出してきたのはゴエモンの方ではなく、オクニの方であった。
 「死にや!!」
 両手に持った大振りの扇を振り回してオクニはガンを攻撃する。オクニトの距離から攻撃は当たらないと踏んでいたガンだったが、その腕や頬が次々に引き裂かれる。さらに強烈な風がガンを地面に叩きつける。肺の中の空気が総て吐き出されるような衝撃にガンは苦しみながら何とか態勢を立て直そうと試みる。そのガンに今度がゴエモンが追撃してくる。大振りの金棒を何とか受け止めたガンは両手に痛みを覚える。その衝撃に指と手首の骨がいかれたことを感じ眉を顰める。
 (まずい・・・)
 痛みに顔を顰めたガンにさらにオクニが迫る。このままではさらなる攻撃に晒されてしまうことは間違いなかった。しかもゴエモンは振り下ろした金棒を押す力を弱めない。下手にオクニを相手にすればさらに手痛いダメージを受けかねない。その一瞬の躊躇がいけなかった。ガンの意識がオクニに向いたのを狙ってゴエモンは金棒を押し込む力をさらに強くする。傷めた手で何とかこらえるガンだったが、そこにさらにオクニの攻撃が追い討ちをかける。
 「”風神の舞”!!!」
 オクニの扇が空を切るとガンの肌が切り裂かれる。皮膚が、筋肉が切り裂かれ、真っ赤な鮮血がそこから吹き上がる。逃げることのできないガンはオクニの風の舞に晒され、切り刻まれてゆく。苦痛に顔をゆがめるガンに追い討ちをかけるように、ゴエモンがさらに力を込めてくる。
 「これで終わりじゃぁぁっっ!!」
 「戦闘力増強、基本増加値120、パワー+20、スピード+50、テクニック+50・・・」
 勝利を確信したように吼えるゴエモンの背後にミルドが姿を現す。驚くようなスピードでゴエモンの背後を取ると、その延髄に強烈な蹴りを見舞う。不意を突かれたゴエモンは顔面から地面に叩きつけられ、数メートル吹き飛ばされる。かろうじて助かったガンだったが、その胸倉をミルドがむんずとつかんでくる。
 「何を遊んでいるの、ガン!!?」
 「へっ??あ、あの・・・遊んでなんか・・・」
 「遊んでいない?なら相手を舐めていたというのですか、貴方は!!!」
 正面からキッと睨みつけられたガンはそれ以上何も言えなくなってしまう。なにを言っても自分が悪いことは分かっている。相手を見くびり、過小評価した結果招いた危機である。もし、ミルドがいなければ自分が獣化する前にやられていた。これは相手がどうこう言うような問題ではない。
 「いかなる相手にも全力で挑む、それが戦士としての誇りではないのですか!!」
 胸倉を掴んだミルドは鼻先がつきそうなくらい顔を近づけて捲くし立てる。彼女の言うことはいちいちもっともであり、ガンはまるで反論できないでいた。全力を出し切って負けたならば悔しくはない。しかし相手を舐めきって自分の力を出し惜しみして負けたとあっては悔いは残る。そんな戦いだけはしたくない。
 「何を話し込んでいるんだ!!お前らの相手はこっちだぞ!!」
 「邪魔しないで!戦闘力増強、基本増加値100、オールパワー!!」
 ミルドに起こられている間にゴエモンは起き上がり、金棒を振り回してミルドに襲い掛かる。その場で一回転して遠心力をつけた一撃がミルドに迫る。並の人間ならば受け止めても骨を粉々に砕かれそうな攻撃を、ミルドは片手で受け止める。それも楽々と。
 「な・・・がっっっ!!」
 渾身の攻撃を止められたゴエモンの顔に驚きが浮かぶ。そしてそれはすぐに苦悶の表情に変わる。ミルドがゴエモンの攻撃を受け止めると同時にその懐に入り込んだガンがその鳩尾に掌底を叩き込んだのである。ゴエモンの顔が苦悶に歪み、前屈みに折れ曲がる。
 「くっ!!ゴエモン!!」
 ゴエモンの危機を察したオクニがまた扇を振う。目に見えない攻撃がガンに襲い掛かるがその間にミルドが立ちふさがる。
 「戦闘力増強、基本増加値100、スピード+50,テクニック+50!!」
 瞬時に戦闘力を振り分けたミルドはスピードとテクニックを駆使して脚を振う。ややあって二人の間で何かが打ち消しあう気配が起こる。それを察したオクニは顔を顰めて大きく跳び退る。その間に持ち直したゴエモンも距離を取り、体勢を立て直す。
 「なんだ、あのねえちゃん?なにやったんだ?」
 「そんなこと、うちにわかるわけないやろ・・・」
 「だよな・・・なら!!」
 ゴエモンは肩を竦めるとその両眼に意識を集中させる。ゴエモンの両目がぎらぎらと光りだす。そしておもむろに手にした金棒をミルドに放り投げる。唸りを上げて襲ってくる金棒をミルドは腕に力を込めて弾き返す。その様子をゴエモンはじっと観察していた。
 「どないや、ゴエモン。なんかわかったか?」
 「誰に物言ってるんだ?」
 問いかけるオクニにゴエモンはニッと笑う。その目はすでにもとの目に戻っていた。そしてその表情は自信に満ち溢れていた。指を鳴らすと、その視線をミルドの方に向ける。
 「こちとら、天下の大泥棒。俺様に盗めないものは無いぜ!!」
 ゴエモンはそう言うが早いかミルドに跳びかかってゆく。無手のまま飛び掛ってくるゴエモンにミルドは少し困惑したが、セツナたちのように無手でも戦える者もいると判断し、これを迎え撃つ。
 「どんな相手でも全力で・・・戦闘力増強、基本増加値100、パワー+40、スピード+30、テクニック+40」
 「へへ、こうして・・・戦闘力増強、基本増加値100、パワー+60、スピード+20、テクニック+20!」
 体内の力の流れを変えて戦闘力を変化させるミルド。するとゴエモンも同じように体内の力の流れを変化させて戦闘力を変化させてくる。自分と同じ力を使うゴエモンにミルドは驚き、一瞬その対応が遅れる。
 「しま・・・」
 「おせぇぇぇっっ!!」
 受身が遅れたミルドの脇腹にゴエモンの拳が叩き込まれる。その強烈な一撃にミルドの脇腹はメキメキと嫌な音を立てる。顔を顰めたミルドは大きく跳んで距離を稼ごうとする。先ほどの能力変換を聞く限り自分の方がスピードは上のはずである。案の定、ゴエモンはミルドのスピードのついてゆくことができない。
 「くっ・・・奴も私と??」
 「残念、アレは相手のものを盗むプロえ!」
 ゴエモンが自分と同じ技を使ったことにミルドはゴエモンも自分達一族の生き残りではないかと疑う。しかし、その答えは間違っていた。いつの間にかミルドの背後に回り込んでいたオクニの言葉を信じるならば、たった今自分の技がゴエモンに盗まれたことになる。
 「そんなことが・・・」
 「せやから、あいつは天下の大泥棒言われているんやえ!」
 驚きを隠せないミルドに追い討ちをかけるようにオクニは手にした扇を思い切り振う。突風が吹き荒れ、ミルドの体を地面に叩きつける。強かに背中を叩きつけられたミルドの動きが止まる。そこに追いついてきたゴエモンが拳を振るう。叩きつけるような一撃がミルドに振り下ろされる。対応の遅れたミルドに容赦なくゴエモンの拳が降り注ぐ。が、ゴエモンは数発拳を振り下ろしただけでそれ以上攻撃するのを止め、焦ったようにミルドから距離を置く。その行動を疑問に思ったオクニが歩み寄る。
 「どないしたんや、ゴエモン?せっかくのチャンスやったのに・・・」
 「見てみろよ・・・」 
 オクニが話しかけるとゴエモンは青い顔をしてミルドの方を指差す。そこにはミルドをかばうようにガンが立ちふさがっていた。ゴエモンの攻撃を受けてダメージを受けたのか、口の端からは血が滴り落ちてきている。それを観たオクニはさらに首を捻る。
 「せっかく自分からやられに来てくれたんに、なして手を引くんや?」
 「お前、感じないのか?あの殺気を・・・」
 額に汗を浮べたゴエモンにそう言われたオクニはもう一度ガンの方に目を移す。ゴエモンの攻撃を防ごうとガードした腕の向こう側にあるガンの眼とオクニの目が合った瞬間、オクニの背筋に寒いものが走る。まるで野生の獣にであったかのような恐怖であった。
 「こいつ、なにかある・・・」
 ゴエモンが呻くようにいう。その言葉をオクニも見つめるしかなかった。あのまま攻撃をしていたらやられていたのはゴエモンの方だっただろう。敵が一筋縄ではいかない相手であると認識したゴエモンとオクニは改めて気合を入れなおす。
 「悪い、ミルド・・・」
 「ガン??」
 「気、抜きすぎた。でも、こっからは全力で行く」
 ガンは一言ミルドに謝る。自分の過信、慢心が招いた危機的状況がよくわかったのだ。そのためにミルドまで危機に晒してしまったことをわびた。ミルドはそんなガンの態度に小さく頷いて許してくれる。それを見たガンは薄く笑みを浮べ、すぐにゴエモンたちに視線を戻す。
 「がぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
 ガンは絶叫して己の中に眠る獣性を呼び覚まそうとする。体の奥底に眠る獣が満月の魔力と雄叫びに呼応するように目を覚まし、ガンを包み込んでゆく。ガンの体が黄金色の体毛に包まれ、顔も獣と化し、長い牙がむき出しになる。体は一回り以上大きくなり、爪も長く伸びてくる。
 「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
 雄叫びと共にガンは完全に虎と化す。あふれ出すような野生を押さえ込み、ガンはゴエモン達を睨みつける。目のあったゴエモンたちはその迫力に一歩後退する。
 「獣人だったのか、アイツ・・・」
 「あの寒気はこれやったんやね・・・」
 ガンの正体を知ったゴエモンとオクニは息を呑む。最初戦ったときにはたいした力を感じなかった少年だったが、こんな奥の手を持っていたことは脅威であった。なにせ、獣人を倒せる手段は数少ないといわれている。手持ちの武器では倒せない以上、素手で倒すしかない。
 「オクニ、サポート!!」
 「任せてや!!」
 ゴエモンはオクニに陽動を任せるとガンに飛び込んでゆく。オクニの扇では獣人にさしてダメージを与えられないことはわかっている。ならば自分が先ほど敵の女から盗んだ技を駆使して肉体を破壊するしかない。だが、真正面から飛び込んでも相手にならないことは分かっている。そのための陽動である。
 「いやぁぁぁっっ!!!」
 オクニが扇を振うと風が起こり、それがガンに襲い掛かる。それを避けた隙を突いてゴエモンが攻撃する、そう言う手はずになっていた。だが、ガンが取った行動は意外なものであった。
 「がぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 鼓膜が破れそうなほどの声で絶叫する。その声が大気を震わせ、オクニの風を打ち消してしまう。つまりガンは避けようとも受け止めようともしなかったのだ。真正面から絶叫してかき消してしまったのである。そして隙を突いて攻撃するはずだったゴエモンは無防備なままガンの目の前に来てしまう。しかし、構わずゴエモンはガンに拳を繰り出す。隙はなくとも何発も拳を繰り出していればダメージを与えられる、そう信じて。
 「戦闘力増強、基本増加値100、フルパワー!!!」
 全力を込めてゴエモンは拳を振るう。ガンはその拳の嵐を避けようとも、受け止めようともしないで総てその身に受ける。その様子にゴエモンは不気味なものを感じたが、ここで手を休めるわけにはいかない。そう思ってひたすら拳を振るう。拳がガンの体にヒットするたびに確かな手ごたえが拳に伝わってくる。
 (いくら獣人といえどもこれだけの攻撃を受ければ!!)
 確かな手ごたえを感じながらゴエモンは自分の勝利も感じていた。だが、殴れば殴るほど不安が心を支配してゆく。何もしないガンが不気味でならないのだ。”天下の大泥棒”を名乗る自分に技は盗めても、その体質までは盗めない。獣人であるガンがどれほどのダメージを受けているのかまではわからなかった。それが不安であり、恐怖へと繋がってゆく。
 「もう、いいか??」
 そのゴエモンの不安を現実のものにするようにガンが顔を上げる。その目は死んではいなかった。生命力溢れる眼がゴエモンを睨みつける。その目と目があったゴエモンの動きが止まる。このままではまずい、長年の経験が危機をゴエモンに教えてくれる。とっさにガンの肩を蹴って距離を取ろうとする。が、その足をガンがおもむろに掴んでくる。そのまま無造作に地面に叩きつける。二度、三度と振り回し地面に叩きつける。さらに動きが鈍ったところに蹴りを拳を見舞う。
 「うらっ、うらっ、うらぁぁぁぁっっっ!!」
 鋭い拳が、蹴りがゴエモンの体に食い込む。戦闘力を変換してスピードを上げようにもその隙をガンは与えてくれない。何とかガードして耐え抜こうとするが、圧倒的なパワーの前にそれもいつまで続くか微妙であった。そんなゴエモンにオクニが助け舟を出す。 
 「くっ、今度こそ・・・」 
 「あまいな。私の存在を忘れていただろう?」
 扇を振るってガンを攻撃しようとしたオクニの背後にミルドが姿を現す。先ほど圧倒したことが彼女の頭からミルドの存在を消してしまっていた。よくよく考えてみれば、ダメージが深かったとはいえ、まだ倒していなかったことを思い出す。慌てて身を翻すオクニの腹部にミルドの蹴りがモロに食い込む。
 「戦闘力増強、基本増加値150、パワー+50、スピード+50、テクニック+50」
 バランスの取れた攻撃がオクニに追い討ちをかける。くの字に曲がったオクニの体を起こすようにその両肩に拳を叩き込む。オクニの体が浮かび上がったところに追い討ちの蹴りを見舞う。そのまま宙を舞い、腰に隠した双剣を抜き放つと、ゴエモンを攻撃したガンと入れ替わるようにゴエモンに襲い掛かる。
 「くっ、戦闘りょ・・・」
 「無駄です!!戦闘力Max!秘技、ミラージュ・ブレイク!!」
 パワー、スピード、テクニック、総てを増強したミルドの一撃がゴエモンに襲い掛かる。全方向から総てを破壊しつくすような攻撃が放たれる。おそらくゴエモンが戦闘力を総て注ぎ込んで防御に廻ったとしても支えきれなかったであろう。それほどの攻撃であった。その破壊力は確実に”ミラージュ・ソリッド”を上回っていた。
 「ぐはぁぁぁぁっっ!!」
 全身を切り刻まれ、ゴエモンは大量の血を吐き出しながら倒れこむ。全身がズキズキと痛み、もはや動くことも出来ない。自分の敗北を悟ったゴエモンの目に剣を手にしたミルドが映る。止めを刺しに来たものと思ったゴエモンは残念そうな溜息を漏らしながらスッと目を閉じる。剣を振り上げる気配を感じ、自分の人生の終わりを感じるのだったが、振り下ろされた剣はゴエモンの頬を凪ぐ。
 「何で殺さない?」
 「無益な殺生は好みません。それよりも”天下の大泥棒”が何故権力者の配下に?」
 「ここの国主、ケンシンにはかりがあってな。それに獲物を他人に奪われるのは気に食わねえ!」
 ミルドの問いかけにゴエモンはきっぱりと答える。その答えにミルドはしばし唖然としていたが、すぐに声を出して笑い出す。この男が”天下の大泥棒”と呼ばれることが納得がいった。
 「さてと、あのバカはどこまで・・・」
 ひとしきり笑ったミルドは辺りを見回す。自分と入れ替わりにオクニに襲い掛かったガンの姿が見当たらないのだ。おそらく彼女とどこかで戦っていることは間違いないだろう。それを探し出すべくミルドはそっと目を閉じるのだった。
 そのころやや離れたい地ではガンがオクニと激戦を繰り広げていた。ミルドと位置を入れ替えたガンはオクニの顔を鷲掴みにするとそのまま地面に叩きつけ、引きづり倒す。オクニのきわどい衣装は剥がれ、白い柔肌と大振りの双丘が露になる。何とかガンの腕から逃れたオクニはすぐさま体勢を整える。
 「くっ、さすがケダモノといった所か・・・」
 ズキズキと痛む顔をお合えながらオクニはガンをにらみつける。露になった豊かな胸は隠そうともしない。元々これを武器に戦ってきた彼女には隠す必要性などなかった。男など自分の裸に鼻の下を伸ばして好きだらけになる生き物にしか彼女には見えていなかった。ただ一人を除いては・・・
 「こんなケダモノなどに!!」
 いくらオクニでも正面から獣人に自分の技が通じるとは思っていない。もっとも効果的な技で応戦するしかないことはわかっていた。そのためにも胸のことなど気にしている余裕はなかった。愛する人のために勝つ、オクニの心の中にあったのはただそれだけだった。
 「旋風・カマイタチ・・・」
 オクニは手にした扇を振い始める。オクニが扇を振うたびに真空が生まれ、カマイタチ現象が発生する。もちろんそれを肉眼で捉えることはできない。そのカマイタチを何度も扇を振るって発生させる。その腕の動きにあわせてプルプルとその形のよい胸が揺れる。胸が露になっている恥ずかしさなど阿国にはどうでもいい事であった。今はただ、眼の前の敵を倒す、ただそれだけしか考えていなかった。扇を何度も何度も振いカマイタチを起こす。やがてそれは大きな渦となってゆく。
 「秘術・鎌竜巻!!」
 真空の竜巻が生み出され、それはまるで生き物ようにガンに襲い掛かる。ガンはそれを恐れもしないで真正面からぶつかってゆく。ガンを飲み込んだ竜巻はその肉体を切り刻む。獣人の回復力ならばカマイタチに切られたくらいではすぐに回復できるはずであった。しかし、絶え間なく襲い来るカマイタチは完全に獣人の回復力を上回っていた。回復する暇も与えず、がりがりとガンの生命力を奪ってゆく。ガンは雄たけびを上げて竜巻からの脱出を試みるが、傷つくだけでどうすることもできなかった。
 「これで・・・」
 自信の体力も極限まで奪われたオクニはふらつきながら勝利を確信する。この竜巻に飲み込まれたら脱出する術などない、その絶対的な自信が彼女に勝利を確信させていた。だが、その笑みをたたえた顔は驚愕の表情に代わる。竜巻の中から何かが出てくるのが見えた。それは長い爪の腕であった。まず右腕が、続いて左腕が竜巻の中から傷つきながら延びてくる。その光景にオクニは数歩後退する。下手をすれば腕を切り落とされそうな真空の鎌をあの獣人は恐れていないのである。
 「そんな・・・バカな・・・」
 その信じられない光景に息を呑むオクニの眼の前でガンはオクニ自慢の真空の竜巻を引き裂き、かき消してしまう。その全身は真っ赤に染まり、とても無事とはいえなかった。今のうちならばガンの回復ができていない。そう察したオクニは慌てて扇を振おうとする。が、その腕をあっという間に距離を詰めてきたガンががっしりと掴む。オクニが抵抗するまもなく、引き倒される。
 「うっ・・・あっ・・・」
 オクニの眼前で長い牙が光る。今にも喉笛を噛み切らんばかりに煌めいている。生暖かい息が顔に吹きかかり、その恐怖を何倍にも増大させる。どうすることもできないままこのケダモノに殺されると思ったオクニは歯噛みして悔しがる。しかしガンはいつまでたっても噛み付いてこようとはしなかった。なぶり殺しにするつもりなのかと思ったオクニだったが、腿に熱いものを感じそちらに視線を移す。そこでは長く太く勃起したペニスがビクビクと戦慄きながらそのときを待っていた。
 「ま、まさか・・・」
 オクニはその野太いペニスに息を呑み、ガンの顔に目線を移す。理性を失い、野生の赴くままに血走った眼差しでオクニを見下ろすガンに鼻息は荒い。ただ、興奮の仕方が別のケダモノのそれであった。無意味に腰を動かし、ペニスをオクニにこすり付ける。それはまさしく子孫を未来に残そうとする行為であった。
 「い、いや・・・」
 何をされるのか察したオクニは身を捩って逃げ出そうとする。四つん這いになって這いずって逃げ出そうとするが、その腰をガンが無造作に掴んでくる。その腕を振り払おうとしたオクニだったが、それよりも早く熱い肉棒がオクニの中に入り込んでくる。
 「あぐっ!!いやぁっっっ!!」
 目に涙を溜めて悲鳴を上げるオクニだったが今のガンにその声が届くことはない。激しく腰を叩きつけ、いきり立った肉棒でオクニの膣内をかき回す。テクニックなど欠片もない、ただただ力任せに腰を叩きつけ、膣内をかき回す動きにオクニは何度も何度も悲鳴を上げる。

 「ケン・・・シン・・・」
 愛しい人の名前が口からこぼれ落ちる。その人のためだけの体が無残に汚され、陵辱されてゆく。ガンの激しい腰の動きにオクニの豊かな胸は激しく揺れる。心は嫌がっていても体はガンを受け入れるべく膣を濡らし、その動きを助ける。
 「うぐっ、あうっ!!」
 腕だけは這いずって逃げようとするのがオクニにできる最後の抵抗であった。そんなことでガンから逃れられるはずもなく、望まない性交渉は続く。やがてガンの動きがさらに激しさを増し、オクニの奥を奥を何度も叩き始める。それが何の合図であるか、オクニにはよくわかっていた。
 「いやっ!だめや・・・それだけは、堪忍・・・」
 力の入らない体で抵抗し、逃れようとするがどうしようもない。鼻息の荒いガンはそのまま極みを目指してさらに加速してゆく。それを止めることも、抗うこともオクニには出来なかった。激しさを増すガンの攻めに流され、飲み込まれれてゆく。そしてその時を迎えた瞬間・・・
 「がぅぅぅぅぅっっっ!!」
 「『がうっ』、じゃない!!このケダモノが!!!」
 オクニの中に己を放とうとしたガンの顔面に鋭い蹴りが炸裂する。強烈なその蹴りはガンを思い切り吹き飛ばし、地面に叩きつける。吹き飛ばされたガンのペニスはオクニから引っこ抜け、その瞬間を迎えたペニスが白い液体を中に撒き散らす。それが蹴りを放ったミルドの顔に降り注ぐ。
 「・・・・・・なに飛ばしているのよ、このケダモノ!!!」
 顔を紅潮させたミルドの蹴りが地面に叩きつけられたガンに追い討ちをかける。ガンの後頭部に何度も何度も脚を振り下ろし踏みつける。唸り声を上げていたガンもやがておとなしくなる。おとなしくなったというより気絶しただけだが・・・
 「まったく・・・女なら誰でもいいのか、お前は!!」
 怒った口調で気絶したガンを縛り上げるとミルドは冷たくそう言い放つ。もちろんガンはそれに答えることはできない。わかっていてもそう言いたかった。頬を膨らませたミルドはガンを引きずりながらオクニに歩み寄る。カタカタと震えながらオクニの意識は完全に失われていた。
 「まだ息はあるみたいだから安全なところまで運んであげて・・・」
 「そうするつもりだが・・・なんで止めを刺さない?」
 オクニの容態を確認したミルドは後からついてきたゴエモンに声をかける。こちらもボロボロでもはや戦える状態ではなかった。なのにそんな自分達に止めを刺そうとしないミルドを訝しげな表情で見つめている。その問いにミルドは平然とした顔で答える。
 「面白い戦いができたからに決まっています。それにあなた方に邪な思いはないようですから」
 きっぱりとそう言い放たれたゴエモンは呆然としてしまう。まさかそんな個人的な答えが返って来るとは思わなかったからだ。そんなゴエモンに一礼するとミルドはガンを引きずったまま走り去ってしまう。あっという間に見えなくなった姿を追いながらゴエモンは思わず頭を掻く。
 「こりゃ、最初から役者が違ったかもな・・・」
 総てにおいて自分よりも上であるところを見せ付けた二人を見送りながらそんな事を呟く。そんなゴエモンは彼らならば救えるかもしれないと心の片隅で願っていた。妖に心捕らわれたこの国の国主を・・・


 紫色の火の玉が中をかける。銀色の獣がそれを弾き返す。銀色の狼と九尾の狐の戦いは激しさを増していた。銀色の狼はその強靭な肉体を駆使して戦い、九尾の狐はその計り知れない妖力を駆使して戦う。お互いに己の力を駆使して戦う。そんな二人の戦いは一進一退であった。 
 『舞え、鬼火玉!!』
 「ふんぬぁぁぁっっ!!」
 タマモは妖術を駆使してダンに襲い掛かる。尻尾から放たれた火の玉をダンはその妖術を持ち前の体で打ち消し、肉弾戦に持ち込む。死力を尽くした二人の戦いはいつ果てるともなく続く。その二人の戦いはあたりにあるものを吹き飛ばし、荒野へと変えてゆく。
 『なかなかやる・・・だが!!』
 タマモはもう一度鬼火玉を呼び出しダンに放つ。先ほどから何度もなくはなっているのに総てその拳で打ち消されているのだから、いくらタマモでもダンに鬼火玉が通じないのはわかっているはずであった。それでも放ってきたことにダンはいぶかしみながら拳で迫り来る火の玉を打ち砕く。
 「こんな攻撃俺には通じないことぐらいわかっているだろう?」
 『わかっているわ。本命はこちらだ!!ゆけ、火走り!!』
 ダンが襲い来る火の玉を打ち砕いている間にタマモは新たの術を完成させる。九本の尻尾を地面に突き立て炎を走らせる。青白い炎が地面を走りダンに襲い掛かる。だが、ダンもそれを真正面から受け止めるほどバカではない。大きく横に跳びそれをかわす。
 「この程度の術で俺はやられんぞ!!」
 『甘いの・・・」
 タマモの術をかわしたダンがそう言い放つと、タマモは勝ち誇った笑みを浮べる。その笑みに答えるように火走りは方向を変えてダンに襲い掛かる。不意を衝かれたダンであったがぎりぎりそれをかわす。しかし、火走りはまたも方向転換をしてダンに襲い掛かる。 
 『どうじゃ。その術は獲物を捕らえるまでどこまでも追い掛け回すぞ?』
 「くっ、そう言うことか!!ならば!!」
 またもぎりぎりのところで火走りをかわしたダンにタマモはころころと笑いながら技の事を教えてくれる。このままいつまでもかわし続けているわけには行かないと判断したダンは力強く踏み込み、跳躍する。一気に距離を詰めタマモに襲い掛かる。だが、そんなダンを見ながらタマモは動こうともしない。
 『そのくらいのこと、予想しないとでも思ったか?』
 「なに??うっっ!!」
 一気に距離を詰めて勝負に出たダンだったが、タマモはそれさえも予想していた。ダンを追い掛け回していたはずの火走りがいつの間にかタマモの前に集まり、壁のようになってダンに襲いかかってくる。ダンはぎりぎりのところでこれを飛び越える。だが、その炎に触れた足がいやな匂いをあげる。
 『ほほほっ、その炎はそなたの魔を打ち払う体でも焼くわよ?!』
 「くっ!!」
 焼かれた足がずきりと痛んだが、それを気にしている暇はない。いま通り過ぎた炎が戻ってくる可能性があるからだ。すぐさま体勢を整え、振り返る。行き過ぎた炎は案の定方向転換している。が、ここでダンはようやく気付いた。今しがた行き過ぎた炎の数が八本であったことを。いや、最初は九本あったはずであった。途中から八本に減っていたのだ。そのことに今になって気付いたのだ。
 『気付いたか?だが、もう遅い!!』
 「なに?ぐあぁぁぁぁっっっっ!!!」
 タマモがダンが炎の数に気付いたことを誉めると同時にダンの足元から青白い炎が噴出す。それをかわす術はダンにはなかった。全身を炎が焼く。そこに追い討ちをかけるように残り八本の炎が襲い掛かる。完全に対応の遅れたダンはその炎に包まれ全身を焼かれる。
 「ぐぅぅあぁぁぁぁぁっっっ!!!」 
 『ほほほほっ!!残念だったの!!』
 青白い炎に焼かれるダンは絶叫を上げる。そのダンを見つめながらタマモは勝ち誇った笑いを上げる。いくらダンがもがいても体を焼く炎は消えない。逃げることのできない灼熱地獄にダンはついに片膝をつく。青白い炎が辺りを照らし異臭が辺りに漂う中、タマモの勝ち誇った笑いがいつまでも響き渡るのだった。


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