第44話 天命〜七〜


 「んはぁぁっっ!!」
 女の喘ぎ声が暗闇に響き渡る。薄暗い闇の中、全裸の女の姿が浮かび上がる。白い肌に玉のような汗が浮かび上がり、整った顔立ちは快楽に歪む。絶え間なく襲い来る快楽に流され肉欲に溺れた女のその瞳に残されたわずかな光がささやかな抵抗を与える。
 「い・・・ああああっっ!たす・・・」
 喘ぎながらも女の体はわずかに抵抗し、助けを求める。しかし、彼女を助けてくれる者などだれもおらず、女の喘ぎ声が空しく響き渡るだけだった。その女の体を貪るように何かが蠢く。蛇のようなムカデのような触手、それが女の体を這いずり回る。先端のは口があり、そこからは長い舌が延びている。その一本一本が並の男のペニスほどの太さを誇る。
 「うっ!!あっ、あっ、はぁぁぁっっ!!」
 その舌先が女の性感を舐め回し、摘みあげ、引っ張る。その度に女は甘い喘ぎ声を上げて悶える。その両手両脚にも触手が絡みつき、女を逃さない。女の乳首を、クリトリスを、膣内を、アナルを、その長い舌がかき回し、舐め上げる。
 「あああっっ!!ら、らめっ、らめぇぇっっ!!」
 女は狂ったように首を激しく振る。次の瞬間、体を大きく震わせる。激しく体を震わせながら女は絶頂に達する。これで何度目の絶頂かわからない。体を蠢く触手に嬲られ続けて何度となく達してしまっている。ここに来てからどれほどの時間が経ったのかも女にはわからない。

 「ふああっっ・・・、らめっ!!やしゅましぇて・・・」
 イッたばかりの女はだらしなく涎をたらしながら弱々しく頭を振る。そんな女の言葉を無視して触手が女の膣内に入り込んでゆく。続いてアナルに、口の中に入り込み、女の体を蹂躙してゆく。この触手たちに蹂躙されていない場所などない。
 「ふごっ!!げふっっ!!うぐぅぅっっ!!」
 触手を口に押し込められた女は激しく咳き込みながら口の中を犯される。ダラダラとだらしなく口の端から涎が滴り落ち、触手の長い舌が口の中をかき回す。女の舌はその舌に口の中を蹂躙され、絡みつかれていた。女は声を出すこともできず、ただ触手のなすがままであった。
 「!!ひぐううううぅぅぅっっ!!」
 その女の膣内に二本目の触手が入り込もうとする。女が腰をくねらせて抵抗するがその腰を触手が抱え込み、押さえ込んでしまう。ジュブジュブと膣内をかき回す触手と一緒に二本目の触手が膣内へと入り込んでゆく。膣口を押し広げ、中へ中へと入り込んでゆく。
 「ふぐぅぅぅっっ!!」うううぅぅぅっっっ!!!」
 膣口を押し広げられ、二本の触手に膣内をかき回される女は悲鳴を上げる。しかし、その口は触手に塞がれ、悲鳴を上げることもできない。だが、口の端から漏れる息からは徐々に甘いものが混じり始め、膣から滴り落ちる愛液は地面に大きな水溜りを作り出す。
 「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ・・・・ふぐぅぅぅっっっ!!!」
 二本の触手に膣内をかき回されることに慣れはじめた女の膣に、さらに一本触手が入り込んでくる。限界まで膣口を押し広げ、三本目の触手が膣内へと入り込もうとする。その激痛に女は白目をむいて全身を痙攣させる。そんな女を無視して触手は奥へ奥へと入り込んでゆく。
 「ひぎゅぁぁぁぁっっっ!!!」
 女は奇声を発して体をガクガクと震わせる。同時に膣口のすぐ上の穴から金色の水が迸る。白目をむいてだらしなく歪んだ女の顔からはもはや正気は失われていた。そんな女の肉体をさらに貪るかのように触手の一本がアナルへと延びてゆく。するとアナルを蹂躙していた触手が菊門から離れ、そのもう一本と絡み合い一本の触手を形成する。その太さは先ほどの倍以上になっている。それを押し広げられ、口を広げているアナルへと押し込んでゆく。
 「ひゅぐうぅぅぅっっっ!!!」
 新たな激痛に女は奇声を発して痙攣する。極太の触手はアナルを限界以上まで押し広げて入り込んでゆく。無数の触手が女の胸を舐めあげ、口を塞ぎ、膣を蹂躙し、アナルを汚す。止まるところを知らない痛みと快楽に女の心はズタズタに引き裂かれていた。
 「くっくっくっ、いいぞ。その壊れた心がこの結界を守るのだ・・・」
 無数の触手の根元から声がする。それは若い男のような声であり、歳を取った老人の声のようにも聞こえた。無数の触手を操りながら女を嬲るものの正体は黒い鎧を纏った武者であった。もちろん武者の姿をしているからといってその正体は人間ではない。脚元からは触手が生えていて、それが女を嬲っているのだ。
 「さぁ、もっと力を我に与えよ!この宝珠に与えよ!!」
 黒い武者はそう言って触手を操って女をさらに犯し、辱める。正気を失った女は触手のなすがままに嬲られ、犯される。それを止めるものも、阻むものもいなかった。やがて女を取り巻く触手が不気味に光り始める。暗闇を薄く照らす光はどんどんその明るさを増してゆく。
 「そうだ。そなたの魔力を我に!!宝珠に!!」
 黒い武者はそう言って額にはめ込まれた宝珠に力を集中させてゆく。触手が女を貪り、犯し、絶頂へと導くほどに、光はその輝きを増し、宝珠に集まってゆく。その輝きが増すのと反比例するように女の動きは希薄になってゆく。震える体は徐々にその動きを止め、うめき声も小さくなってゆく。
 「もっとだ、もっと!!」
 武者の要求に光はさらに増す。そして女の体は徐々に干からびてゆく。その魔力を、生命力を吸い上げられているのであった。総ての魔力と生命力を吸い尽くされた女は皮と骨だけの存在となり、地面に落ちてゆく。そこには無数の屍が散らばっていた。その数は片手では効かない、それこそ何十、何百という死体の山であった。
 「くっくっくっ!これでしばらくはこの聖なる結界は維持できる!」
 黒い武者は満足そうに頷く。その額の宝珠は鮮やかな輝きを放ち、辺りを照らし出す。その輝きがある限りこの地は安泰である。この地を覆う結界にはいかなる魔も邪も立ち入るどころか、寄り付くことさえできない。そのために村には生贄を要求し、それによって結界を維持してきたのである。
 「こうして力をためていつかワシが・・・」
 結界を維持しながら溜め込んできた力、それは全てある目的のためであった。あと少し、あと少しでその力が溜まる。そうなれば結界の中に身を潜めてあれから逃げ回る必要はなくなる。この地を自分のものとし、全てを支配することができるのだ。そのときこの村人たちも世界を支配できると信じている。この愚かな矮小な者たちを意のままに操りながら、武者は時を待つのだった。ただ時を・・・



 東の国の国境。東の国に少し入ったところでアルデラたちは立ち往生していた。白い霧が立ち込め、アルデラたちの侵入を拒んでいたのである。アルデラの魔力を持ってしても、フェイトの魔法を持ってしてもその霧が晴れることはなかった。
 「厄介な霧ね・・・」
 忌々しそうな顔で霧を見つめながらアルデラは悔しそうに溜息をつく。霧の中に入ってもいつの間にかもときたところへと戻ってきてしまう。ならばと霧を吹き飛ばそうとしたところ、霧の中では力が入らず、どうすることもできない。ならばと外側から吹き飛ばそうとしても、結界がそれを阻む。
 「この霧、アイテムによる結界、そう見て間違いないですね・・・」
 「そのようだな・・・しかし、アイテムとなると厄介だ・・・」
 霧の状態を観察していたフェイトがアルデラに声を開けると、アルデラは嫌そうな顔をして頷く。その話を聞いていたロカが首を傾げて質問してくる。
 「アイテムだとどうして厄介なんですか?」
 「消滅させにくいんです、アイテムだと・・・」
 ロカの質問にフェイトが詳しく説明する。ふつう魔法による結界は一時的ものなので、魔法などで吹き飛ばすことができる。一度吹き飛ばしてしまえば、新たに掛け直さない限り結界が復活することはない。いい例がこの国を取り巻いていた結界である。
 「あの結界はエリウス様の攻撃で消し飛んだでしょう?」
 「はい。たしかに・・・」
 「でも、ここの結界はいくら吹き飛ばしても消えない。それはアイテムで結界を維持しているから」
 「つまり、そのアイテムを止めるか壊さないと・・・」
 「永遠に先に進めないわね・・・」
 アルデラはお手上げと肩を竦めてみせる。実際のところ、アルデラもフェイトもこの結界をかき消すことができる自信はあった。しかし、それだけ強大な魔力を使った魔法となれば、結界が消えたあとにどれほどの被害を及ぼすか想像もつかない。下手をすれば結界内の町が消し飛ぶ可能性もある。
 「さて、どうしたものか・・・」
 手詰まり状態のアルデラたちはどうやったら何の被害も出さずに結界を打ち破ることができるかを話し合う。が、いくら話し合ってもいい案は浮かばなかった。しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。何か言い手はないかと三人は頭をつき合わせて相談を重ねる。
 「ここはワシに任せておぬしらはここで茶でも飲んでおれ」
 相談を重ねる三人に飄々とした声がかけられる。三人がそちらの方に顔を向けると、白い着流しを着たブシンが何かを手にいつの間にか立っていた。そこまで接近されるまで気づかなかったことにアルデラは眉を顰めるが、ブシンの力を考えれば納得のいくことだったのですぐに機嫌を直す。
 「ブシン殿、何故ここに?」
 「この先にいるのにちょいと用事があってな・・・」
 アルデラの質問にブシンはにやりと笑って答える。そして腰に差した刀に手をやる。それはこの先にいるものと一戦を交えると言うことを意味していた。それを拒む理由はアルデラにはなかったが、一つだけ気に掛かる事があった。ブシンがこの先にいるものの正体を知っていることであった。
 「ブシン殿、この先にいるものの正体をご存知で?」
 「ああ。25年前からの因縁だ」
 25年前、この地で何があったのかはアルデラにはわからない。しかし、ブシンの様子からただならぬことが起こった事だけは間違いないだろう。それは飄々としたブシンの外見とじゃ裏腹にその瞳の奥に宿る決意、殺意がそれを物語っていた。ブシンはそれを隠すように目を細めて笑うと、手にしていたものをフェイトに手渡す。
 「ワシのお手製の団子だ。セツナの好物でな。これでも食べて休んでおれ」
 ブシンはそれだけいうと、結界のほうに歩いてゆく。そして結界に手を掛けると何事か呟く。するとブシンの体が結界の中にするりと消えて行く。アルデラたちが呼び止めるよりも早くブシンは結界の向こう側へと姿を消してしまう。その様子を見ていたロカは首を傾げる。
 「どうしてブシン様は結界を超えられたのですか??」
 「簡単なことです。この結界を張っているアイテムの割符のようなものを持っていたということでしょう」
 「それがブシン様が入ることを許した、と?」
 アルデラの答えにフェイトがもう一度尋ねる。アルデラは確信を持って頷く。この結界の向こう側で、ブシンはエリウスや自分たちを出会う前に何かがあった。それがこの結界と深く結びついていることだけは間違いなかった。しかし、結界の中に入る手段を失った自分達にできることなど何もない。ブシンの言葉通り、この場で待つしかなかった。



 「ふん、相変わらず辛気臭い場所だ・・・」
 結界内に入ったブシンは辺りの様子を伺って鼻で笑う。昔、カグヤとともにこの地を訪れたときも、草木は元気を失い、鳥の鳴く声も聞こえなかった。そこに生きるものの息吹は感じられなかった。25年たった今でもそれは変わっていなかった。それがブシンには腹立たしかった。
 「結局、この地の者は自分たちさえ助かればそれでいい、それしか考えられんようだな」
 ブシンはバカに仕切った笑みを湛えて歩を進める。結界の中に入って1時間程、ようやく目的の村が見えてくる。またこの村に来ることになるとは思いもしなかった。いや、待ち望んでいたのかもしれない。この村に来るときこそ、自分が過去を清算できるときなのだから。そんなことを考えながらブシンは村へと入ってゆく。
 「相変わらず、誰もいねえのか・・・」
 入った村の表通りに人影はない。人気のない通りをブシンは大股で進んでゆく。ブシンは家の中から自分を見つめる視線は感じていた。何か不気味なものでも見るような視線、異物でも入ってきたかのような視線を感じながら、昔のことを思い出す。カグヤとともにこの地に来たときも同じであった。この村を捨てて外の地へと出て行ったカグヤを、外界の(実際には異界)の住人である自分を見つめる眼差しは冷たかった。それはカグヤの肉親であっても同様であった。まるで何しに帰ってきた、さっさとこの地から出て行けと石をぶつけられた。
 「この地に何の用ですかな?旅の方?」
 「あん?」
 背後から声を空けられたブシンは背後を振り返る。人の良さそうな笑みを浮べた老人がいつの間にか背後に立っていた。その人の良さそうな笑みの奥に秘めたどす黒い感情までは消すことができていない。その老人の顔を見たブシンは思わず喉を鳴らして笑ってしまう。25年前も同じ笑みを浮べた男がいたことを思い出したのだ。
 「何、この先に用があってな」
 「この先は禁忌の地。何人たりともはいることは出来ませんぞ?」
 「魔人に生贄を捧げている風習が残っているからかい?」
 ブシンの言葉に人の良さそうな笑みを浮べていた老人の表情が一変する。眉を顰め、相手を威圧するような眼差しでブシンを睨みつける。老人が手を上げると、わらわらと武器を手にした男達が物陰から現れ、ブシンを取り囲む。その様子をブシンは何の感慨もなさそうな表情で見つめているのだった。
 「お前さん、どこでそれを知りなさった?」
 「・・・・・・・」
 「言いたくないならそれでもいい。どうせここで始末するだけだからな!」
 そこまでいうと、老人は顎で村人達にやれと合図を送る。その合図に促されて男たちは手にした武器でブシンに襲い掛かる。突き出された竹やりはブシンの体を捕らえ、振り下ろされた桑はブシンの頭を捕らえる・・・はずであった。しかし、竹やりが、桑が捕らえたのは向かい合った仲間の命であった。村人達が武器を振り下ろした瞬間まで居たはずのブシンは姿を消し、お互いが、お互いの命を奪い合ったのである。命の炎を消した五、六人の男たちがばたばたとその場に倒れこむ。
 「なんじゃ、なにが起こった???」
 戦いに関してはド素人の村人達には何が起こったのかわからなかった。それは老人も同様で、今自分の眼の前でなにが起こっているのかまるでわからなかった。そんな村人の間を風が流れる。次の瞬間、ワケがわからず混乱する若者一人の首が宙を舞う。鮮血があたりに撒き散り、更なる混乱と恐慌を引き起こす。
 「ひゃああぁぁっっっ!!何じゃ、なにが起こっておるんじゃぁぁっっ!!」
 恐怖に戦き悲鳴を上げる村人たち。その村人たちの首が一人、また一人と吹き飛ばされてゆく。なにが起こっているのかはわからない。だが、それをしているのは間違いなく目の前にいる着流しの男であることは間違いない。無駄だとわかっていてもその恐怖から逃れようとする若者がブシンに挑みかかってゆくが、全ての攻撃はいなされ、次々にその首をはねられてゆく。一人、また一人と死んでゆく村人を目の当たりにした老人は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。
 「なんじゃ・・・何なのじゃ、貴様は・・・ワシらに何の恨みが・・・」
 「恨み?ワシはこの25年間、忘れたことはなかったがな??」
 ガタガタと震えながら老人はブシンを咎める。村に来ただけで殺そうとしておいて勝手な言い草である。そんな老人の非難の言葉にブシンは薄ら笑いを浮べて答える。25年前と言う言葉に老人は首を傾げる。しばし考え込んだ老人はもう一度、ブシンの顔を見る。そして全てを思い出したのかガタガタと震えだす。
 「おま・・・お前はあのときの・・・」
 「思い出したみたいだな?ならいいじゃろう?こんな村。滅ぼされても・・・」
 「ひっ!!な、何を勝手な・・・あれはお前とカグヤが・・・」
 ズルズルと後退しながら怯える老人がまたしても勝手な言い草を言おうとした瞬間、最後の一人の首が宙に舞う。最後の首が地面に落ちると、老人は恐怖に駆られて逃げ出そうとする。しかし、腰は抜けていて逃げることは叶わない。その老人の背中をブシンは遠慮なく蹴りつける。
 「ワシとカグヤが何だって?ワシらはカグヤの親に会いに帰ってきただけ。そのワシらに何をした、お前らは??」
 「ひっ、ひぃぃぃぃっっ!!」
 「薬を盛って、守護神などと崇めている妖怪の生贄にしたのはどこの誰だ??」
 ブシンの迫力に負けて哀れにも這いずって逃げようとする村長であったが、ブシンは感情のまるでない語り口調で村長を問い詰める。25年前、産まれたばかりのセツナを連れて里帰りしたカグヤはブシン、セツナもろともこの村の守護神とされる妖怪の生贄にされたのである。25年も前にすでに死んだものと思っていた人間が復讐に現れるなど思っても居なかった村長は完全に恐慌を来たしていた。がたがたと震え上がり、ブシンに許しを請う眼差しを向ける。
 「ワ、ワシらが悪いわけではない!本来ならすでに生贄となっていなければならなかったカグヤが逃げたことが」
 「それで帰ってきたカグヤをワシらもろとも?」
 「よ、嫁さんを生贄にされたらおぬしらも目覚めが悪かろうと・・・」
 自分勝手なことを並べ立てる村長をブシンは冷え切った眼差しで見下す。自分を取り巻く家々からは『いまさら何しに来た』、『自分達の幸せを踏みにじるな』といわんばかりの非難の視線がブシンに注がれているのがよくわかる。しばし、辺りを見回したブシンはもう一度鼻で笑う。
 「なるほど、確かに大切な人を失ったら誰でも嫌な思いをするな・・・」
 「そ、そうであろう・・・」
 「なら、ワシもこの村もろともお前を葬ふる事にしよう!!」
 「そうそう。・・・・って、へっ??」
 ブシンの言葉に何度も頷いていた村長であったが、その後に出てきたブシンの言葉にまで頷いてしまう。しばらくしてようやくブシンの言葉が何を意味しているのか理解して素っ頓狂な声を上げる。ブシンはすでに刀を鞘から抜き放ち、構えに入っていた。慌てて止めようとする村長よりも早く、ブシンの技が炸裂する。
 「”閃夢舞刀・黒薔薇”・・・」
 ブシンは刀身に気を込めて構える。気の篭った刃は黒く輝き始める。その黒く輝く刀を頭上にかざすと、数回振り回し、それを地面に突き立てる。刀に込められた黒い闘気が四方八方に走ってゆく。闘気は大地を引き裂き、その進路にある家を吹き飛ばしてゆく。もちろん家の中に隠れていた人間もろともである。
 「や、やめ・・・やめ・・・」
 完全に真っ青になった村長がブシンを止めようとするが、すでに遅かった。ブシンの技が完全に発動し、村全体が黒い闘気に包まれる。地面から吹き上げる黒い闘気が大地を捲りあげ、家を吹き飛ばす。黒い闘気がまるで地面の中から花咲くように噴出してくる。それはまるで黒薔薇が咲くような光景であった。
 「ひ、ひぃぃぃっっっ!!ぷぎゅるっっ!!」
 その美しくも恐ろしい光景に村長は悲鳴を上げて逃げようとする。しかし、足場はすでになく、そのまま盛り上がった地面に飲み込まれ、、押しつぶされ、暗い闇のそこへと消えてゆく。そんな村長の最後にブシンは目もくれなかった。しばらくして黒い闘気が収まると、ブシンはようやく大きく息を吐いて刀を地面から引き抜く。
 「ったく、こんな村、滅んで当然だな・・・」
 地面から引き抜いた刀を方に担ぐようにしながらブシンは大きな溜息を漏らす。25年に及ぶ復讐を晴らしたという実感はない。ここに来たのはカグヤの復讐を果たすために来たのではないのだから。ここに来たのは25年前のけじめをつけるためである。ブシンはそのつもりでいた。それでも自分を、カグヤを、セツナを生贄にしてまで生き延びようとした村人たちはいまや瓦礫に押しつぶされたのを見ると、気分が高揚してくる。たとえ生き延びられたとしても、怪我がひどくて助けを待つよりほかにない。もっともその助けは結界によって近寄ることができないのだが。これも自業自得といえよう。
 「まあ、生き残ったやつらを助けることになるけど・・・ワシが早いか、奴らの命の火が消えるのが早いか」
 どちらが勝っても恨むなよと呟きながらブシンは刀を鞘に収める。そして鞘に収めた刀を肩に担ぐようにしながらその場を後にするのだった。瓦解した村にはただ静寂だけが取り残されているのだった。



 村を出てすぐのところに社がある。厳重な結界が張り巡らされ、無数の罠が張られ、不用意に近付く者をすべて排除する策が講じられていた。その社の奥深く、そこに黒い武者が眠っていた。数年に一度、額の宝珠に力を注ぎこむために送られてくる生贄はすでに貪り食いつくしてしまった。新たな獲物を求めるかのように、触手の一本がモゾモゾと蠢く。
 「まったく、最近の生贄は脆すぎる!!」
 ここ近年、村から送られてくる生贄の娘はすぐに精神を崩壊させてしまい、額の宝珠にその全てを吸い尽くされてしまう。これではせっかくの楽しみが短くて仕方がない。とはいえ、すぐさま村に生贄を要求するわけにもいかず、最近では結界の外から玩具を調達することもしばしばであった。
 「いままでで一番よかった玩具は・・・やっぱり25年前のアイツか・・・」
 武者は昔のことを思い出してにやりと笑う。25年前、ここに送られてきたのは三人の親子であった。赤ん坊と父親はすぐさま殺して喰らい尽くしてしまおうとも思ったが、二人の目の前で人妻を犯し尽くすのも一興と男の眼の前でその女を犯しつくしてやった。その悔しさと、憎悪の感情が武者には甚く心地よかった。だが、同時にお互いの名前を呼び合い、励ましあう姿は武者にとって憎むべきものでしかなかった。だから、最終的には女の眼の前で赤ん坊もろとも男を殺そうとした。しかし、魔術師であった女は死力を尽くして男と赤ん坊をいずこかへと転移させてしまった。
 「まあ、その後は十二分に楽しめたが・・・」
 男と赤ん坊を逃がした女の魔力はほぼ尽きてしまったといってよかった。そのため自分が逃げるだけの力はなくなり、以後武者の玩具として存分に嬲り者にされることとなった。女の精神力は並みの娘を遥かに凌駕し、強靭であった。しかし、その強靭さが仇となったのである。その女は武者に10年近くに渡って嬲り者にされ、息絶えた。その女が身につけていた遺品は今も自分の足元に転がる死体の中にあるかもしれないが、そんなものに武者は興味がなかった。とりあえず、今のこの暇なときを埋める何かが欲しくて仕方がない。
 「そうだな。暇つぶしに結界の外から獲物を調達してくるか・・・」
 武者はそう言って触手の一本を切り捨てる。切り捨てられた触手は形を変え、人の形を成してゆく。しばしの時間の後、そこには一人の男が立っていた。顔は美形であるが、その口元に浮べる笑みは醜悪そのものであった。こいつを結界の外に送り出し、そこから女を調達してくるつもりでいた。
 「任せたぞ。いつも通り活きのいい奴を頼む」
 「おお、任せて置け。死ぬまで抵抗するような奴を見つけてやるぜ」
 触手から生まれた男はそれだけいうと、武者から離れてゆく。暗闇の向こう側に消えるその男を見送ると、武者は一度眠りにつこうとする。その眠りを妨げるような悲鳴が武者の耳まで届いてくる。その悲鳴に目を開けると、先ほど男が姿を消した暗闇の向こう側から誰かが歩み寄ってくるのが見えた。
 「・・・・・誰だ?ここは立ち入り禁止の筈だが?」
 「そんなに格好つけなくてもいいぞ?」
 暗闇の向こう側から現れたものはそれだけいうと手に盛っていたものを武者に目掛けて放り投げる。武者の眼の前に転がったそれは先ほど暗闇の中に消えていったはずの自分の分身の生首であった。恐怖に怯え、歪んだ表情のまま凍りついている。武者はしばしその生首を見つめていたが、すぐさま顔を上げる。
 「誰だか知らぬが、この地の守護神たる我に・・・」
 「それくらいにして置けよ、鵺・・・」
 厳かな口調で姿を現したものを咎めようとするが、その影は一言だけ呟いてその言葉を遮る。その言葉を聞いたと同時に武者はそれ以上しゃべるのを辞めてしまう。ギロリと姿を現したものを睨みつけ、威圧する。しかし、姿を現したものは飄々とした態度でそれを往なす。
 「何故、我の正体を・・・」
 「ワシと同じ地から流れ着いたんだろう?この地へ、この世界へ・・・」
 鵺の問いにブシンは落ち着いた表情のまま答える。そして血塗られた刀を肩に担ぐと、目の前にいる武者を睨みつける。しばしその言葉の意味がわからずにいた鵺であったが、やがてブシンの顔を思い出し、その正体と彼が今しがたいった言葉の意味を理解する。
 「そうか・・・そなたも”異邦人”・・・」
 「その呼び方はやめてくれ。好きで漂流してきたわけじゃねぇ!」
 ブシンの正体を理解したが、ブシンはその言葉を遮る。武者の方もそれ以上しゃべろうとはしなかった。代わりに体を強張らせてゆく。やがて武者の鎧全体にひびが広がってゆく。まるで古い皮を捨てるかのように鎧がボロボロと剥げ落ちてゆく。その下からは獣の毛皮が覗く。
 「ならば我もこの堅苦しい鎧を捨てて構わぬな」
 武者は愉快そうに笑うと、カタカタと震え始める。やがて鎧の一部が弾け跳び、中から毛むくじゃらの体が溢れ出す。やがて全ての鎧がはじけ跳び、その下から現れた四足の獣が愉快そうな笑みを浮べる。その前兆は10メートルを越え、遥かな高みからブシンを見下ろしていた。
 「ワシもこの姿に戻るのはいつ振りかの?」
 猿の顔をした獣はそう言ってその鋭い牙を覗かせて笑う。その姿にブシンは驚いてはいなかった。むしろ興味がないといった風に手にした刀で肩を叩きながら目の前に立つ獣を見上げていた。そんなブシンを無視して鵺は自分の変わり果てた手を見つめながら、遠い目をして考え込む。
 「そうか、ワシがこの地に来て以来か・・・」
 「それはいつのことだい?」
 「なに、もうどれほど前かなど覚えておらぬよ」
 遠い目をして過去のことを思い出した鵺にブシンが問いかけると、鵺はもう忘れたと肩を竦めて見せる。鵺がどうやってこの地に来たのか、ブシンがどうしてこの地に招かれたのか、そんなこと今の2人にはどうでもいいことであった。やだ今眼の前にいるものと殺しあう、ただそれだけであった。
 「さてと、ワシのこの25年がどれほどのものであったか、特と味わってもらおうかの」
 ブシンは大きく息を吸い込むと、刀を肩に担ぎ、深く腰を落とす。ギュッと刀を握り締めると、鵺を鋭い眼で睨みつける。その見たものを震え上がらせるような眼差しを浴びながら、鵺は平然とした顔でこちらも腰を深く落とす。臨戦態勢の整った2人はじわりじわりと距離を詰め、相手の隙を窺う。しかし、どちらにも隙などなく、長期戦になりそうな様相を呈していた。だからブシンはあえて自ら鵺の懐に飛び込んでゆく。
 (死中に活あり!)
 昔祖父に習った言葉を思い出し、それを実践する。刀を構えたまま”双天舞脚・瞬”で一気に距離を詰め、懐に飛び込む。そして鵺に自分が懐に飛び込んできたことを悟られる前に、反撃に出られる前に思い切り刀を振う。腰の回転を加えて超高速で横に薙ぐ。
 「”閃夢舞刀・菫”!!」
 「ぶぎゅらぁぁぁぁっっっ!!」
 ブシンの刀が鵺に前足を吹き飛ばす。さらに切っ先から放たれた剣圧が周囲の岩場に深々と傷を刻み込む。前足を切り飛ばされた鵺は規制を発して数歩、後ろに後退する。しかし、この程度で参るような柔な体をしていない。すぐさま残った前足で反撃してくる。
 「死ねぇぇッッッ!!」
 「その程度!!」
 並みの人間ならば一撃で押し潰されそうな一撃をブシンは易々と受け止める。しかし、その衝撃までは逃がしきることができず、ブシンの足元が大きくめりこむ。それほど強烈な衝撃を受けブシンの表情が少し歪む。そこに鵺の二発目が繰り出される。切り落とされた前足で思い切りブシンの横腹を叩く。メキメキという嫌な音とともに、ブシンの体が大きく吹き飛ばされ、壁に強かに叩きつけられる。
 「まだじゃぁぁっっっ!!」
 「この程度で・・・”雷華瞬弓・剛砕弾”!!」
 前足を切り落とされた恨みとばかりに鵺はブシンに追撃を仕掛ける。尻尾の蛇が牙をむき、壁にめりこんだブシンに襲い掛かる。それよりも早くブシンが動く。手元にあった小石を無造作に握り締めると、気合とともに指先ではじき出す。はじき出された小石は信じられない速度で蛇に襲い掛かり、これをはじき返す。蛇を弾き飛ばした小石は勢いを留めずに鵺の本体に襲い掛かる。鵺に深刻なダメージを与えるまでにはいたらなかったが、その体に深々と小石が食い込み、怯ませるだけの効果はあった。そのわずかとはいえ怯ませられればブシンには十分であった。
 「”爆鬼破砕・瞬獄砕”!!」
 壁から抜け出たブシンは刀を口に咥えると、そのまま大きく跳躍し、鵺を飛び越そうとする。そしてその首に足を絡めると、弓なりにそらせるようにしながら鵺の背中に両手の掌を叩きつける。鵺の背骨と首の骨が悲鳴を上げて軋む。その二箇所の骨が嫌な音を立ててへし折れるのはそう難しいことではなかった。そのまま足を離し、一回転したブシンは着地するとすぐさま鵺の方に向き直る。抜き直ったブシンの視界に巨大な牙が映る。それは首と背中をへし折られたはずの鵺の牙であった。
 「ぐぅぅぅっ・・・バカな・・・」
 「この程度でワシがどうにかなると思ったか、愚か者め!!」
 肩口を噛み付かれたブシンは驚きを隠せなかった。手ごたえは十分、確実に首と背中の骨を砕いたはずなのに、鵺は平然と自分に襲い掛かってきたからである。鵺の牙は深々とブシンの肩口に食い込み、骨にまで達していた。その激しい激痛にブシンは顔をゆがめ、鵺は勝ち誇った顔をする。
 「人間如きがワシに敵うとでも思うたか?」
 勝ち誇った鵺はさらに力を込め、牙をブシンの肩口に食い込ませてゆく。しかし自分の勝利を確信していた鵺にはブシンの目がまだ死んでいなかったことには気付かなかった。ブシンの片腕が鎌首を擡げ、おもむろに鵺の目を抉る。深々と突き刺さったブシンの指は鵺の目を抉り、さらにその奥を目指す。しかし、それは激痛に暴れる鵺によって果たすことはできなかった。
 「ぎ、ぎざま・・・」
 「”双天武拳・抉”・・・本来なら目玉を抉り、そのまま脳みそまで抉る技だったんだがな」
 片目からボタボタと血を流しながら鵺はブシンから牙を抜くと、急いで距離を取り、残された眼でブシンを睨みつける。ブシンは悔しそうに呟きながら、抉り出した鵺の片目を何の感慨もなく握りつぶす。ダメージはほぼ五分に見えたが、心理的ダメージは鵺の方が深かった。
 「ここまで・・・ワシを愚弄しおって!!!!」
 「それがどうした?ワシはお前が憎いという感情しか持ち合わせておらぬぞ、最初からな!」
 口の端から泡を吹きながら目を血走らせて絶叫する鵺であったが、ブシンは何を今更といった表情で答える。最初からまっとうな戦いなどする気がない、これはただの殺し合いでしかない。ブシンはそう言っているのだ。今になって自分の置かれた立場を理解した鵺は低く唸ると、ブシンを睨みつける。
 「しかし、これで勝ったつもりか?おぬしはまだワシには勝てぬぞ?」
 「それは身体的差を言っているのか?」
 「そうだ。老いた貴様ではワシには敵うまい?」
 いまだ勝ち誇る鵺にブシンは自分の手を見る。確かに25年前に比べても年老いたことは自分にもよくわかっている。昔ならば相手の筋肉ごと切り裂けたものが、今では途中で止まってしまう。相手の動きについていけず、一拍遅れた攻撃を繰り出してしまう。先ほどまでの攻防でもそれは感じていた。
 「なるほど・・・確かにそうだな・・・」
 「そうだ。だからお前はワシには敵わ・・・」
 「では、この年老いたかたら捨てるとするか・・・」
 鵺の言葉を無視してブシンはスッと目を閉じる。全ての気を内に込め、練り上げてゆく。やがて練り上げられた闘気がブシンの体に大きな変化をもたらす。ブシンの体が光の繭の様なものに包まれてゆく。光の糸が繭を作り出し、ブシンの体を覆いつくす。
 「何じゃ、なにをしている・・・」
 あまりに突拍子もない展開に鵺はついてゆけず、ただ呆然と光の繭を見つめていることしかできなかった。しかし、すぐにこのままではまずいと思い、繭に攻撃を加える。しかし、繭は思いのほか強固で、鵺の攻撃をことごとくはじき返すのだった。牙も爪も通じず、鵺が苛立ちを隠せずにいると、繭の表面に一筋の切れ目が走る。それは徐々に大きくなり、中から人の手がぬっと顔をのぞかせる。しかしその飛び出してきた手はどう見てもブシンの年老いた者の手ではなかった。
 「なんだ、あれは・・・」
 出てきた手を見て鵺は驚きを隠せなかった。それは若々しい肌をした腕であった。腕が繭の淵を掴み、中から人が出てくる。出てきた人間は先ほどまで繭に包まれていたはずのブシンとは思えないほど若々しい男であった。しかし、その男の顔に鵺は見覚えがあった。
 「貴様・・・あのときの若造・・・」
 25年前、赤ん坊とともに妻に転移させられた若者。妻を残してこの場を去らなければならない自分の不甲斐なさと、妻に迫り来る化け物に憎悪の瞳を向けていた若者を鵺は忘れるはずがなかった。繭の中から現れた男は間違いなく25年前のブシンその人であった。
 「まさか・・・25年前の復讐か??」
 「あん?何寝ぼけたこと言ってやがる。ケジメだよ、ケジメ」
 「けじめ、だと??」
 「そうさ。25年前、カグヤを殺したお前とのケジメはオレがつけないとな。他の誰かに任せることじゃねぇ」
 ブシンは苦笑いしながら鵺の方を睨みつける。ここに来たのは宝珠を取り戻すため、そのためには宝珠を取り込んだ鵺を倒さなければならない。その役目を他の誰かに任せるのはブシンのプライドが許さなかった。カグヤを殺されたのは自分の実力がなかったから。その罪の枷は一生掛けて自分が背負い、償ってゆかなければならないものであった。それを復讐という言葉で逃げる気はブシンにはなかった。だが、自分にその枷を負わせた本人との決別を他人に任せては寝覚めが悪い。だからこそ自らこの地に降り立ったのである。
 「ふむ。体の調子は悪くない。初めて使った技だったが、なかなか使えそうだな・・・」
 若返った自分の体を確認しながらブシンは満足そうに頷く。その口調も若々しき頃のものに戻りつつあった。15年前、罠にかかって殺されたブシンがエリウスに助けられたときに与えられた肉体、それは肉体の新陳代謝を加速させて若返ることができる肉体であった。魔族を体に宿らせて不死の肉体を生み出すことも可能であったが、ブシンがそれを望まなかったのである。あくまで人の身でありたい、それがブシンの望みであった。そこでエリウスがブシンに与えたのが、人のように年老いてゆく肉体でありながら、己の望むままに若返ることのできる体であった。
 「若返りには成功したが、力とスピードはどうかの?」
 自分の体の調子を確かめるようにブシンはそばにあった石を思い切り殴りつける。超高速で何度も殴りつけ、岩を少しづつ削り上げてゆく。そのすさまじいまでのスピードに鵺の目はついてゆくのがやっとであった。ある程度削ったところでブシンはおもむろに削っていた石を叩き割る。真っ二つに割れる石を見つめながら、ブシンは満足そうに頷くのだった。
 「うむ。全盛期の頃の肉体だ。これなら・・・」
 自分の体に満足したブシンはちらりと鵺のほうに視線を送る。鵺の表情にはもはや先ほどまでの勝利を確信した余裕はなくなっていた。対するブシンのほうは無表情のまま鵺に視線を送り、しばしそのまま佇んでいた。お互いの呼吸が聞こえてくるような静寂が当たりを支配する。鵺が飲み込んだ息の音がわずかに聞こえた瞬間、ブシンは”双天舞脚・瞬”で距離を詰めると、おもむろに鵺の顔面を鷲掴みにする。
 「おげっ・・・ごほっっ!!」
 片手の鷲掴みにされた鵺の顔がミシミシと嫌な音を立てる。そのまま割られそうな激痛に鵺は力の限り暴れまわるが、ブシンから逃れることはできなかった。ブシンのほうもそのまま鵺の頭を握りつぶそうとはせず、おもむろに鵺を投げつける。強かに背中を叩きつけらた鵺は世にも情けない悲鳴を上げる。しかし、ブシンはそんな鵺の悲鳴には興味がないよう顔面を鷲掴みにしたまま、に二度、三度と鵺を投げつけ、激しく背中を叩きつける。背骨が砕け散るような激痛に鵺は無様な悲鳴を何度も上げる。
 「お、おのれ!!この!この!!」
 鵺は何とかブシンの手を離させようと爪で引っかき、蛇に噛み付かせようとするが、ブシンにまで届かない。ブシンに攻撃が通じないのではない。ブシンの体に爪も、蛇も届かないのである。何がどうなっているのかまるでわからず、それでも鵺は必死になってブシンから逃れようと、無意味な攻撃を繰り返す。しかし、その攻撃の全てがブシンの体をすり抜けてゆく。ブシンは鵺の攻撃が当たる瞬間、”双天舞脚・瞬”を応用して短距離を瞬時に往復し、鵺の攻撃をかわしていたのである。しかし、あまりに高速なため、鵺の目にはブシンへの攻撃は全てすり抜けているだけにしか見えなかった。
 「なにが・・・どうなって・・・」
 「わからんか?なら、そろそろ終わりにしようか?」
 愕然とする鵺にブシンはつまらなさそうにすると、鵺の顔を鷲掴みにしたまま思い切り鵺の体を放り投げる。鮮血が舞う中、鵺の体が強かに大地に叩きつけられる。鵺はその場で顔を抑えたままごろごろと転がり、顔を抑えたまま絶叫する。そんな鵺をブシンは冷めた表情のまま見下ろしていた。
 「どうした?」
 転げ回る鵺にブシンは冷たい言葉を投げかける。そして先ほどまで鵺の顔を鷲掴みにしていた手をスッと掲げる。その手は血にまみれ、硬く閉じられた手の中からはタラリと血があふれ出してくる。その手をブシンはゆっくりと開いてゆく。
 「ぎざま・・・ごろず・・・」
 殺気に満ち満ちた声で鵺が顔を上げる。その顔からは皮がなくなり、肉がむき出しになっていた。そしてブシンが広げた手の平からは、鵺の顔の皮がはらりと落ちてくる。殺気に満ち溢れ、殺意のこもった眼差しでブシンを睨みつける鵺にブシンは掛かって来いと指で挑発する。その挑発に乗って鵺がブシンに襲い掛かる。完全に頭に血が上った鵺には冷静な判断はできなかった。それこそブシンの思う壺であった。頭に血が上った単調な攻撃などブシンには手に取るようにわかるものであった。全ての攻撃をひらりひらりと回避してみせる。それが鵺をさらに激昂させ、攻撃を単調にさせるのだった。
 「・・・・・おもしろくないな・・・所詮この程度か・・・」
 鵺の攻撃を回避するだけで攻撃しようとはしなかったブシンが始めて動く。鵺の攻撃をかわすと側面に回りこみ、その腹に渾身の一撃を叩き込む。血とともに胃の内容物を撒き散らしながら鵺の体がへの字に曲がる。そこに追い討ちをかけるようにブシンの蹴りが何発も鵺の体に叩き込まれる。骨がへし折れるような重い蹴りの連打に鵺の体は悲鳴を上げ、軋みを上げる。さらに状態が持ち上がるような蹴りを見舞うと、その後頭部を鷲掴みにし、そのまま顔面を地面に叩きつける。さらに駄目押しをするように顔面を引きずり、壁に叩きつけるように放り投げる。
 「ぎゃぶふっっっ!!」
 容赦ないブシンの攻撃に鵺の体は壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。ピクリとも動かない鵺をじっと睨みつけていたブシンは、ようやく自分の復讐が終わったといわんばかりに踵を返す。鵺に背を向けて洞窟をあとにしようとするブシンの背中を見つめていた鵺の瞳に再び光が灯る。死んだ振りをしてまでブシンの隙を窺っていた鵺にとって最大のチャンスが到来したのである。牙をむき、殺気を押し殺して、ブシンに飛び掛る。振り返ろうともしないブシンの姿は完全に鵺の事に気付いておらず、鵺にとって自分の勝利を確信させるものであった。ものであるはずであった。
 「・・・・・?????」
 牙がブシンの首筋に突き刺さる瞬間、ブシンの体がぼやけ、その姿が鵺の視界から消える。一体なにが起こったのかわからず、呆然とする鵺の口元から尻尾の方へ通すように何か冷たい感触が通り過ぎる。恐る恐る自分の口元を覗き込んだ鵺はそれが刀であることをようやく知るのだった。
 「やっぱり死んでいなかったか・・・」
 あきれた口調でブシンは刀に力を込めてくる。鵺が死んだ振りをしているかもしれないと察していたブシンはわざと鵺に背中を見せて誘い込んだのである。鵺に更なる絶望を見せ付けるためだけに。串刺しにされた鵺はじたばたともがくが、足は宙を切るだけでどうすることもできない。そんな鵺は自分の体の中を突き通している刀がどんどん熱くなってきていることを感じて背筋が寒くなるのを感じる。
 「お前を始末するのはやはり・・・あいつが好きだった花の名前を関した技が一番だからな・・・」
 冷然とした眼差しで鵺を睨みつけるブシンの目を見た鵺は自分の指揮を察して暴れ、許しを請う。だが、舌は刀で貫かれ、言葉にならない。もがもがと何かを叫ぶ鵺の姿を見ようともしないでブシンは刀を横に凪ぐ。同時に鵺の体の中でブシンの闘気が爆発する。
 「”閃夢舞刀・桜”・・・」
 愛する妻が最も好んだ花の名前を関した技の名前を呟きながらブシンは大きく息を吐く。鵺の体内で爆発した闘気が鵺の体を散り散りに砕いてゆく。砕け散った肉体が舞い上がった血と交じり合い、桜の花びらのように舞散ってゆく。その光景を見つめながらブシンは少し悲しそうな顔をする。
 「これでお前がワシに課せた枷の借りは返したぜ・・・」
 もはや答えてはくれない最愛の人のことを思い浮かべながら、ブシンは独り言のように消え逝く鵺に語りかける。もちろんその問いかけに答えてくれるものなど誰もいなかった。刀を鞘に戻し、空しさに心を支配されながら、ブシンはその場をあとにしようとする。そのブシンの足に何かが当たる。
 「んっ??これは・・・」
 普段ならば気にも止めないようなことであったのに、今日に限ってそこを見下ろしたブシンの目にあるものが映る。それは銀色に輝く簪であった。桜色の石をあしらった一品。それは間違いなくブシンがサクラに送ったものであった。そしてカグヤがこの地でその身を散らせるときにも身につけていたはずのものであった。
 「そうか・・・お前はここでワシを待っていてくれたのか・・・カグヤ・・・」
 簪を手に取ったブシンの目にうっすらと涙が浮かび上がる。まるでカグヤが自分の目の前に降り立ち、よくやったと誉めてくれているような、これから先も自分の代わりに娘達を見守って欲しいと望んでいるように思えた。そしてそれがブシンに残された、やらねばならないことであるとブシン自身おもっていた。
 「安心しろ。あいつらが完全にひとり立ちできるまでワシはお前のそばにはいかんよ」
 手にした簪がカグヤであるかのように語りかけながらブシンは苦笑いをする。もし先ほど、鵺を倒したと満足してカグヤの元に逝っていたら彼女にどやし付けられていたかもしれない、そう思うと笑いが止まらなかった。まだ自分には為さなければならないことがある。それをブシンは再確認するのだった。
 「で、なんのようだ?虫?」
 「ブシン様!あたしは虫じゃないですぅ!!!」
 ブシンの背後に現れたティンが頬を膨らませて抗議の声を上げる。虫呼ばわりされることを嫌うティンであったが、ブシンは彼女をからかう意味も込めて虫呼ばわりをやめようとはしない。ぽかぽかとブシンの頭を小さな拳で叩きながら不平を漏らすティンを苦笑いしながら見上げる。
 「で、お前は何しにここに来たんだ?」
 「あ〜〜!そうでしたぁ!エリウス様に宝珠を取って来いって頼まれたんです!!」
 ブシンに促されて自分の役目を思い抱いたティンはブシンに両手を差し出す。ブシンはしばし考え込んで、思い出したように手を打つ。
 「おお、それか。それならその辺りにあるぞ?」
 「本当ですか?じゃあ、持って行きま・・・す・・・」
 ブシンが指差す方を見たティンの表情が凍りつく。そこにはぐちゃぐちゃになった肉片が散乱していて、どこに何があるか、わからない状態であった。この中から宝珠を見つけ出せというのかと、抗議の眼差しをブシンに向けるが、そこにはすでにブシンの姿はなかった。慌てて辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
 「ひどいです〜〜、ブシン様!!あたしにここから探せっていうんですかぁ!!?」
 ティンの涙目になった悲鳴を聞くものは誰もいなかった。ただ遠くから陽気な口笛が聞こえてくる、ただそれだけであった。


→進む

→戻る

ケイオティック・サーガのトップへ