第49話  終局


 「ひぃぃぃっっ・・・いだい、いだいぃぃぃぃ!!」
 「もう、もうやめでぇぇぇぇ!!」
 男女の苦しみ悶える絶叫が響き渡る。絶叫を上げるのはルードとリンゼロッタ父娘。その二人に絶叫を上げさせているのはレオナであった。レオナの剣はルードとリンゼロッタは発狂するまで切り刻み、膾切りしやっていた。両手、両脚、耳、鼻、皮膚、全てを少しづつ切り刻み、そぎ落としてやった。切られる痛みに悶え苦しみ、なかなか楽にしてもらえない地獄の中、ルードもリンゼロッタも狂ったように泣き叫び、のた打ち回っていた。そんな光景を見てもレオナの気分が晴れることはなかった。ただただ空しさが心を支配する。
 「もういい。エリウス様が気になる。だからお前たちを自由にしてやる・・・」
 レオナの言葉にルードもリンゼロッタもそのボロボロに切り刻まれた顔に喜びの表情を浮べる。次の瞬間その顔は喜びの表情を浮べたまま凍りつく。レオナの剣が横に振られ、ルードとリンゼロッタの頭は喜びの表情を湛えたまま、地面にごろりと転がり落ちる。
 「エリウス様・・・アリス・・・今参ります・・・」
 レオナは他の巫女姫たちの戦いがもうそろそろ終わるのを見届けると、急いで光の宮へと駆け込む。光の宮のなかには誰もおらず、地下へと伸びる階段が見受けられた。戦いの場は地下であると察したレオナは急ぎ足で階段を降ってゆく。先ほどから妙な胸騒ぎが収まらないことがレオナには気になって仕方がなかった。早くエリウスの元に参じたい、その思いだけで階段を急ぎ足で降ってゆく。やがて階段の終わりが見えてくる。階段を駆け下り、広場へと出たレオナが目にしたのは言葉を失うような光景であった。
 「エ・・・リウス・・・様・・・」
 それはエリウスは背後から何者かに心の臓を貫かれている光景であった。エリウスの顔面はすでに蒼白で生命の息吹は感じられなかった。そして体からは力が抜けてゆき、足元には大きな血の泉が広がってゆく。エリウスの命の終わりを察したレオナは目に大粒の涙を湛える。
 「エリウス様〜〜〜!!!」
 レオナの絶叫が部屋中に響き渡るのとほぼ同時に、エリウスの背中から右腕が引き抜かれ、支えを失ったエリウスの体が地面に倒れ伏す。レオナが懸命に呼びかけてもエリウスはまるで反応を示さない。その体からはどんどん生命力が失われ、血の気が失われていくのがいやでもよくわかった。
 「いやぁぁぁぁっっっっ〜〜〜!!!!」
 レオナの悲鳴とともにエリウスの体から完全に生命の活動が止まろうとしていた。それはエリウスとの永遠の別れを意味していた。止め処なく溢れる涙はいつしかエリウスの死体から、エリウスを殺した張本人へと移っていた。男は血まみれになった右腕を見つめながら笑いをこらえ切れないといった顔をしている。そしてその顔には見覚えがあった。かつてのエリウス、ヴェイグサス神の顔。それに間違いはなかった。そしてその体から感じられる力はかつてのヴェイグサス神のものであり、その体の中から感じられる力にも覚えがあった。
 「ギルガメッシュ・・・か・・・」
 かつて自分たちを封印した”九賢人”最後の生き残り、どうしてその男がかつてのヴェイグサス神の肉体を纏っているのかはわからない。しかし、この男がエリウスを殺した、その事実に変わりはなかった。悲しみは怒りに、憎しみに変わってゆく。それを抑えることがレオナには出来なかった。そんなレオナの憎しみと怒りに満ちた眼差しを受けているのにギルガメッシュはそれに気づくこともなく笑い続けていた。
 「ひゃははははっっ!勝った・・・今度こそ本当にヴェイグサス神に勝った!!」
 ギルガメッシュの狂ったような笑いとともに、勝利宣言をする。もはやエリウスの生命はほぼ停止し、復活してくる気配はない。もし生き返る可能性があるとするならば、アリスという切り札を必要としていた。しかし、エリウスにはまだアリスの力は戻っておらず、その力を使うことは出来ない。そして当のアリスはすでに自分が吸収し、エリウスを甦らせることはできない。つまり完全にエリウス復活の道はと閉ざされたことになる。
 「しかし、神の魂は不滅。下手にしなれてどこかで復活でもされたらことですね・・・」
 ギルガメッシュはそう言うと、生命の息吹の途絶えそうなエリウスの首根っこを鷲掴みにする。そして呪文を唱えると、アリスと同じ球状のバリアにエリウスの肉体を閉じ込める。エリウスの力の魂の吸収、神の肉体での封印。それがギルガメッシュの目的であった。準備が整うとギルガメッシュは迷うことなくエリウスを自分のうちに吸収してゆく。
 「や、やめろ〜〜っっっ!!」
 エリウスがギルガメッシュに吸収されるとわかったレオナは慌てて剣を構えてギルガメッシュに襲い掛かる。力の蓄えられた剣が振われるたびに空間が裂け、裂けた空間がギルガメッシュに襲い掛かる。無数に切り裂かれた空間が襲い来るのをギルガメッシュはちらりと一瞥するが、まるで意に介さず、エリウスを吸収し続ける。
 (??何を考えている??)
 回避行動を取ろうともしないギルガメッシュの態度にレオナは首を傾げる。しかし、回避しないならばこちらのものであることは言うまでもなかった。ギルガメッシュを切り裂き、エリウスを取り戻すことができる。レオナにはギルガメッシュの行動は些細なことでしかなかった。だが、レオナの剣はギルガメッシュを切り裂くことなく、ぶつかり合い、お互いの力で霧散してしまう。
 「な・・・に・・・???」
 「無駄ですよ。エリウスでさえ俺に傷一つ入れられなかったんですよ?」
 驚くレオナの背後からギルガメッシュは悠然と言葉を投げかけてくる。確実に切り裂かれたはずのギルガメッシュの体には傷一つなく、吸収を始めたエリウスの体は半分近くがギルガメッシュに飲み込まれてしまっている。何がどうなったのかまるでわからないが、今のギルガメッシュが何かをしたことだけは確かであった。そしてそのことを問いかけている暇もない。早くしなければエリウスが完全にギルガメッシュに吸収されてしまうのは時間の問題であった。
 「何をしたか知らぬが、エリウス様を放せっっっ!!」
 吸収されようとしているエリウスを取り戻そうとレオナはまたしても剣を振う。剣の動きにあわせて断裂した空間がギルガメッシュを四方八方から取り囲み、逃げ場を全て塞ぐ。しかし、ギルガメッシュは自分を取り巻く空間の断面をじっと見つめるだけでまるで慌てる様子は見受けられなかった。何を考えているのか、何をしようとしているのかまるでわからない。だからといってこのままにしておく道理はない。早くしなければエリウスが完全にギルガメッシュに飲み込まれてしまう。それを阻止すべくレオナはギルガメッシュに攻撃を仕掛ける。
 「無駄な足掻きを・・・」
 レオナの攻撃をギルガメッシュはほくそえみながら回避しようともせずにまともに受けて見せる。しかしいかなる攻撃も時間を操るギルガメッシュに通じるはずはなく、全ての攻撃は何の効果も現さないまま回避され、消えてゆく・・・はずであった。回避しきり、時間を動かし始めたギルガメッシュは自分の頬に手をやる。
 「まさか・・・」
 ギルガメッシュの右頬はすっぱりと切り裂かれ、うっすらと赤くなっている。血も出ないほどの浅い傷であったが、ギルガメッシュを驚かせるには十分な傷であった。レオナにはあれだけ力を振り絞ってはなった攻撃が頬に傷にしかならなかったのは驚き以外の何物でもなかったが、ギルガメッシュは傷口を押さえて笑みをこぼす。
 「まさか俺に傷をつけるとはね・・・少し侮っていたみたいだ・・・」
 「くそ・・・何故攻撃が当たらない???」
 いくら攻撃を放ってもギルガメッシュを怯ませることも出来ない。エリウスを助け出すことができない。レオナは焦り、歯噛みしていた。そんなレオナにギルガメッシュはニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。しかし、そんなギルガメッシュの言葉も今のレオナには聞こえない。エリウスを助ける方が先決であった。
 「エリウスを助けたいのかい?でも無駄な足掻きにしか過ぎないよ。ほら・・・」
 「エ、エリウス様!!」
 エリウスの体は殆どギルガメッシュに吸収され、わずかに顔が胸元に浮かんでいるに過ぎない。その顔もどんどん吸収されてゆく。もはや完全に吸収されるのは時間の問題であった。焦るレオナであったが、背後に感じる気配に何事かを考え、改めて剣を構える。無駄だといわれてエリウス救出を諦めるわけにはいかない。
 「エリウス様を返してもらう!”ディメンション・ブレード”!!」
 レオナの剣が縦に空間を切り裂く先ほどまでと違い、縦一本の攻撃過ぎない。あまりに単調な攻撃にギルガメッシュか首を傾げるが、回避しないわけには行かない。横に飛び退き、回避する。するとそこに光の矢が無数に襲い掛かってくる。不意を突かれたギルガメッシュは慌ててそれを飛び越える。さらにその飛び越えたギルガメッシュ目掛けて雷が降り注ぎ、鞭が、蝋が襲い掛かる。その攻撃もギルガメッシュは回避して見せるが、そこにレオナの第二波が襲い掛かる。時間を止めてぎりぎり回避したギルガメッシュであったが、肩口を深く切り裂かれる。
 「そういえば、貴方方もここに来ていましたね・・・」
 「ふん、そんなこと言っていられるのも今のうちですわ!」
 存在を忘れていたと言わんばかりのギルガメッシュの言葉に、アンジェリカは憤慨して捲くし立てる。地上を守る兵を叩きのめしたアンジェリカ、プリスティア、フェイト、サクラの四人がレオナの背後に並び、ギルガメッシュを睨みつける。5人の”巫女姫”の連携攻撃に内心慌てながらも、ギルガメッシュは笑ってみせる。
 「5人がかりでなければ俺を止められないとは・・・”巫女姫”も落ちたものですね?」
 「エリウス様を守るためならわれらはなんでもする!」
 「しかし、時すでに遅し・・・ですが?」
 肩を竦めて挑発するギルガメッシュの言葉どおり、エリウスの体は完全にギルガメッシュの肉体に没していた。しかしまだその体の中で生きている可能性は残されている。だからレオナたちはその挑発には乗らなかった。キッとギルガメッシュを睨みつけてエリウス救出のためならどんな卑怯な手も使う強い意思を示してくる。そんなレオナたちの強い意思表示にギルガメッシュの表情が険しくなる。エリウスを吸収するところを見せ付けたり、挑発したりすれば動揺を見せて付け入る隙が出てくると思っていたからだ。しかし今のレオナたちにはそんな隙は微塵もない。ここから先は真剣勝負、確実に眼の前の”巫女姫”たちを叩き伏せなければならない。真剣な表情のギルガメッシュはそう考えながら拳を握り締める。
 「とはいえこれ以上”巫女姫”様たちに来られては正直厄介。外の方々には早々に全滅してもらいましょうか?」
 ギルガメッシュは正直な意見を述べると、親指の先を噛み切り、自分の足もとに一滴自分の血を滴り落とす。そこに魔方陣を展開させると、今度は呪文を唱え始める。朗々とした声で唱えらた呪文に呼応するようにギルガメッシュの足元の魔法陣が輝きを増してゆく。やがてその輝きとともに地面に滴り落ちた血は魔法陣に吸収され消えて行く。
 「??何をしたのです?」
 「面白いことだよ・・・まあ、これで外にいる連中の死は確定だけどね・・・」
 レオナの問いにギルガメッシュは喉を鳴らして笑いながら答える。その言葉の意味はわからないが、ギルガメッシュがろくでもないことをしたことだけは確かであった。そしてそれが外で戦っているほかの面々にとってよくないことであることも理解できた。だからと言ってレオナたちにできることは目の前のギルガメッシュを倒すことしかなかった。
 (みんな、どうか無事で・・・)
 今のレオナには外で戦う仲間の無事を祈ることしかできなかった。自分は目の前の強敵を倒さなければならない。レオナはただ心の中でそのことだけを願うと戦いに意識を集中させるのだった。



 「なんだ、こりゃ???」
 予想もしなかった展開にクリフトは驚きを隠せなかった。倒したはずの敵がまるで何事もなかったかのように起き上がってきたのである。その体には確かにクリフトが刻み付けた剣のあとが残っている。その位置は間違いなく致命傷となる位置であり、その深さも間違いなく致命傷であるはずであった。事実、切られた敵は鮮血を撒き散らして地面に倒れ伏したはずである。なのに突然何事もなかったかのように起き上がってきたのだ。しかも、その傷口がどんどん塞がってゆく。飛び散った血もその体に戻ってゆく。まるで時間が巻き戻るかのように・・・
 「どういうことだ、これは???」
 何が起こったのかはわからない。しかし、倒したはずの敵が立ち上がってきたというならばそれをもう一度倒せばいいだけの話である。クリフトは双剣を握りなおすと、大きく息を吐き、立ち上がったばかりの敵目掛けて駆け出す。そしてすれ違い様首を、腕を、足を切り裂く。先ほどは喉元を切り裂いただけだったが、今度は四肢を切り裂き、首も跳ね飛ばしている。これで生きていられる奴など存在するはずがなかった。もう一度大きく息を吐いたクリフトは後ろを振り返る。しかし、そこには異様な光景が展開されていた。
 「うげ、嘘だろ???」
 クリフトが見たのは切り落とされた五体がまるでフィルムを巻き戻すように体にくっ付いてゆく様であった。切り落としたときに吹き出した血もまた同じように体に戻ってゆく。まさにクリフトの攻撃は全て無効化されてしまっていた。もとから生気を感じなかった肉体ではあったが、その表情は虚ろで死人そのものであった。
 「ゾンビやワイト・・・って訳じゃなさそうだな・・・」
 今目の前にいる敵に生命力はまるで感じられない。しかしアルデラが使うような死人ではない。まるで新しい生物のようなそれは何度切っても、傷を修復して立ち上がってくる。いくら倒しても倒れない敵では正直ってキリがない。そしてこの状況は自分だけではなかった。
 「クリフト様、これは一体???」
 魔力のこもったこぶしで眼の前の敵の頭を吹き飛ばしながらリューナが焦った口調でクリフトに問いかけてくる。彼女の眼の前でも今頭を吹き飛ばされ、脳漿を撒き散らし、目玉を吹き飛ばされた敵がまるでフィルムを巻戻すかのように全てが元通りになってまたリューナに向かってゆく。セツナたち他の”五天衆”も同じ状況に陥っていた。
 「敵さんが何かをした。その何かが作用して敵が復活している。それしか言えないな・・・」
 「その何かとは一体??」
 「そんなの俺に分かるわけないだろう?」
 状況をわかる範囲で分析したクリフトだったが、正直殆どわかっていないに等しい。だからこれ以上どうなっていると問われても答えようがなかった。ただわかっているのは目の前の敵はすべて”九賢人”ギルガメッシュによって別のものに変質させられていること、ギルガメッシュが何かをしてこの状況を作り出していること、それだけだった。
 「こりゃ、俺たちだけじゃなさそうだな・・・」
 クリフトはこれだけの敵が自分たちの前だけに来ているとは考えられなかった。果たしてクリフトの考えどおり、各地では同じ敵が展開し、進行するヴェイス軍に立ちふさがっていた。いくら吹き飛ばしても、切り裂いても、粉砕しても、全て元通りになってまた戦いを挑んでくる。いくら実力差があっても敵は倒れず、こちらは疲労が蓄積されてゆく。このままではいつか疲労によって敵に不覚を取りかねない。
 「エリウス・・・どうしちまったんだ??」
 エリウスがギルガメシュと戦っていたことは間違いない。そしてギルガメシュが何かをしたということはエリウスの身に何かが起こったことも意味していた。しかし、今のクリフトにはそれを確かめにいく術はない。ただ遠く離れたこの地でエリウスの無事を祈りながら戦うほかなかった。



 (ここは・・・どこだ・・・)
 エリウスは真っ暗な闇の中にいた。前も、後ろも、右も、左も、上も、下も、まるでわからない。どこまで行っても漆黒の闇しかその目には映らなかった。そしてその闇の中には自分以外何者もいない。何もない、孤独だけがエリウスを取り巻いていた。そんな闇の中でエリウスは自分の置かれた状況を思い出す。
 (そうだ・・・僕はギルガメッシュに負けて・・・彼に取り込まれたんだ・・・)
 つまり眼の前の闇は全てギルガメッシュの心の闇ということになる。魔族の核も心臓も破壊された自分が生き延びられる可能性は低い。その自分がこうやって生きている以上、ギルガメッシュの体内で生かされているに過ぎないということである。しかし、この状況はエリウスにとって好都合であった。
 (ここがギルガメッシュの中だというならアリスもここに・・・)
 自分がギルガメッシュに取り込まれたとするならば、自分よりも先にギルガメッシュに取り込まれたアリスもまたここにいるはずである。そのアリスを助け出せば、自分の傷も核も回復させることができるし、何よりギルガメッシュの時を操る能力を無力することが出来るはずである。アリスの力をギルガメッシュから取り返せばあとは純粋な力と力、技と技の勝負ということになる。つまり、真正面からギルガメッシュを討ちか押すことが出来るはずである。
 (とはいえ、アリスはどこに・??)
 漆黒の闇をエリウスは見回す。闇の先を見渡すことはできず、その先に何があるかさえわからない。エリウスは視覚に頼ることをやめ、目を瞑ると、両手を胸の前で合わせ、意識をそこに集中させる。アリスが同じ場所にいるとするならば、それを感じ取ることができるはずである。エリウスはそれを試してみた。
 (かすかだけど・・・すすり泣く声がする・・・)
 意識を集中させたエリウスは遠くにすすり泣く気配を感じ取る。その気配は間違いなくアリスであった。エリウスはそのすすり泣く声のするほうへと向かってゆく。やがて闇の先に一筋の光が見えてくる。その先には小さな珠の中でうずくまる様にしながらすすり泣くアリスの姿があった。
 「アリス・・・大丈夫だったかい?」
 「エリウス様・・・申し訳ありません・・・私は取り返しの付かないことを・・・」
 エリウスが声をかけるとアリスは少し怯えた表情を浮べてぽろぽろと涙をこぼす。自分がエリウスの元から飛び出したためにギルガメッシュに捕まり、自分の力を悪用されてエリウスをギルガメッシュに不覚を取る様な目に合わせてしまったことをアリスは詫びているのだった。自分が飛び出したりしなければ、姉たちを信用することができていればこんなことにはならなかったはずである。しかし、もうどうすることもできない。エリウスは深く傷つき、ギルガメッシュに取り込まれてしまった。いくら謝っても償えるものではない。それでもアリスには謝ることをやめなかった。
 「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
 エリウスはぽろぽろと涙をこぼして何度も何度も謝るアリスの側に近寄ると、そっとその球体の上からアリスを抱きしめてやる。割れないものかと力を込めてみるが、想像以上に硬くてエリウスの力をもってしても割ることはできなかった。仕方なくエリウスはそのままの姿勢でアリスに語りかける。
 「何を謝っているんだい、アリス?」
 「私の所為でまたエリウス様を・・・もうこんな思いはしたくなかったのに・・・」
 「・・・過去に他の”巫女姫”を裏切って、ぼくを封印する手助けをしてしまったことを言っているのかい?」
 泣き止もうとしないアリスにそっと語りかけると、エリウスの言葉にアリスは素直に頷いてくる。思ったとおり過去の過ちを今だに後悔し、償えない罪を犯したと思っているのだ。しかし、それは大きな間違いである。その間違いにアリスはいまだ気付くことなく、苦しんでいることがエリウスにはかわいそうでならなかった。
 「アリス・・・そのことは君がやったことではないだろう?それはかつての”時の巫女姫”が犯した罪・・・」
 「ですが、それは私が・・・」
 「そこが間違っているんだよ。”巫女姫”の力は魂で受け継がれるんじゃない。そうだろう?」
 エリウスの諭すような言葉にアリスははっとなる。”巫女姫”の力は先代が亡くなった時に新たな”巫女姫”の器に転じる。しかし、それは”巫女姫”の力と記憶だけであって”巫女姫”の魂が甦るわけではないのだ。その証拠に自分が”時の巫女姫”として目覚めているのに先代に”時の巫女姫”であったエレナは健在である。それは彼女が一度死に、魔族に転生したからである。”巫女姫”の力が魂によって受け継がれているのならば、”時の巫女姫”の力は今もエリスの中に残っていなければならないはずである。しかし、その力は今アリスの中にある。それは”巫女姫”の力が魂によって受け継がれるものでないことを証明していた。
 「でも・・でも・・・」
 「その罪は君が背負うべきものじゃない。背負うべき”巫女姫”は当にこの世にはいないんだよ・・・」
 まだ頭の中が混乱しているアリスは何か言葉を紡ぎだそうとしているが、そんなアリスにエリウスはそっと優しく語り掛けてやる。もう過去の罪をアリスが背負う必要などないのだ。そしてその罪の意識に怯え、泣く必要もないのだ。そのことをエリウスは真摯に語りかける。
 「しかし、私はそのことで新しい罪を・・・」
 「僕がここに囚われたことを言っているのかい?」
 エリウスが問いかけるとアリスは素直に頷く。たとえ過去の罪が清算されたしても、自分がギルガメッシュに囚われたためにエリウスが傷つきギルガメッシュに吸収されたことに違いはない。それは間違いなくアリス自身の罪であった。しかしエリウスはそれを一笑に伏す。
 「勘違いもはなはだしいぞ、アリス?」
 「えっ??」
 「ギルガメッシュに負けたのは僕の力が及ばなかったから。奴の企みを見抜けなかったからだ」
 「でも、私の力が悪用されたからエリウス様は・・・」
 「君の苦しみをわかってあげられなかった時点で僕の罪だよ・・・」
 エリウスはそう言って優しく笑いかける。そして右手をそっとアリスに差し出してくる。全てを許し、全てを受け入れる。だから戻って来い。エリウスはそれ以上言葉にはしないでアリスに目でそう訴えかける。その目を見つめていたアリスは号泣する。その泣き声に呼応するようにアリスを取り巻く球体にひびが入ってゆく。アリスが心を開くごとに球体のヒビは大きくなり、広くなってゆく。そのことを察したエリウスはさらに優しくアリスに語り掛ける。
 「だからアリス、出ておいで。そしてもう一度僕と、僕たちとやり直そう・・・」
 「エリウス・・・様・・・」
 「おいで・・・」
 エリウスは優しくそう語り掛けると、そっと手を伸ばす。それに答えるようにアリスも手を伸ばしてくる。二人を隔つ球体のからのヒビがどんどん大きくなってゆく。そして殻越しに手と手を合わせた瞬間、殻は粉々に砕け散り、エリウスとアリスの手と手が結ばれあう。お互いに指と指を絡め合い、決して離すまいとしっかりと手を握り合う。
 「エリウス様、申し訳ありません・・・」
 「いいよ、気にしなくても・・・」
 未だに大粒の涙をたたえるアリスを宥めるように抱きしめると、エリウスは謝るアリスにそう囁きかける。アリスは取り戻した、あとはこのギルガメッシュの体内から脱出するだけであった。だけなのだが、それが最大の難関であった。何せ自分もアリスも力を使うことが出来ない。ギルガメッシュに取り込まれた今、力の全てはギルガメッシュの意のままであった。
 「さてと、そうなると外にいるレオナたち次第なんだけど・・・」
 ギルガメッシュの体内にいる自分たちの力で脱出できない以上、外で戦っているはずのレオナたちに助け出してもらう以外に自分たちがギルガメッシュの体内から逃れる術はない。とはいえ、ギルガメッシュがアリスの”時”の力を自在に使える以上、いくら真の力に目覚めたレオナたちでも苦戦は免れないだろう。そうなると自力で脱出の機会を伺うしかない。しかし、力の使えない自分たちなど無力以外の何者でもない。
 「でもどうやって脱出しよう・・・手がないのが痛すぎるな・・・」
 (何をそんなに黄昏ているの、パパ?)
 脱出の手段が思い浮かばず、どうしたものかと悩んでいたエリウスに誰かが語りかけてくる。それはアリスの声でもギルガメッシュの声でもない。自分のことを父と呼ぶ声がどこから聞こえてきたのかとエリウスはキョロキョロと辺りを探す。しかし、それらしき影は見当たらない。
 (どこを探しているの、パパ?僕はママのお腹の中だよ?)
 声に導かれるようにエリウスの視線はこの場にいる一人の女性のほうに向けられる。アリスもまたその声に導かれるように、自分のお腹をじっと見つめる。信じられないといった顔をしていたアリスだったが、徐々にそこに命の重さを感じられるようになってくる。今の声の通り、ここに命が宿っていることは間違いない。
 「私と・・・エリウス様の・・・」
 (そうだよ、ママ。もっとも僕が生まれるのはまだ先だけど・・・)
 自分の下腹部に手を当てたアリスに答えるように声の主は答えてくる。人しての自分とアリス、神としての自分、悪魔としての自分、”巫女姫”としてのアリス、その間にできたこの赤ん坊は間違いなく、新たな命の結晶であった。そしてその力は底知れないものを持っていることがエリウスにはヒシヒシと感じられていた。
 「まさに神人類・・・といったところか・・・」
 その力の強さを感じ取ったエリウスは思わずそう呟き唸り声を上げる。まだ生まれてきてもいない子供であったが、その力の強さには驚くほかなかった。そして今はその力に頼るほかない。それほど今の自分たちが無力であることをエリウスもアリスもよく理解していた。
 「僕たちはどうすればいい?」
 (僕が内からわずかだけどこの糞野朗の動きを止めてあげるよ。その隙に・・・)
 「レオナに空間を断ってもらって脱出・・・か?」
 自分たちの子供の計略をすぐさま理解したエリウスは、自分のすべきことを考える。まずは時が止まる瞬間を外のレオナに伝えなければならない。しかし、ギルガメッシュに吸収された瞬間から外と念話もできない状態であるためレオナと交信する手段は失われていた。
 「そうなると・・・レオナに賭けるしかないと言う事か・・・」
 「大丈夫ですわ、エリウス様。お姉様は何をすべきかすぐさまわかってくださいます」
 自分たちがしようとしていることがレオナに伝えられない以上、レオナが自分たちのしようとしている事を察してくれることに賭けるしかない。ある意味危険な賭けである。もし、外に居るレオナがそれに気付かずに、脱出のチャンスを逸したとしたら自分のうちにいる敵の存在に気づいたギルガメッシュによってアリスのお腹の中の子供の力も封じられ、脱出の機会は永久に失われることになる。そんな不安を打ち消すようにアリスはレオナを信じきった口調で話しかけてくる。確かにレオナならば一瞬でもギルガメッシュの動きが止まればそれを逃すようなへまはしないだろう。
 「そうだな・・・この賭け、乗ってみるか!」
 アリスの言葉に自信を取り戻したエリウスは大きく頷く。そうなればあとは自分に出来ることは殆ど残されていない。残っているのは脱出ルートが確保された瞬間、アリスを連れて脱出するだけである。あとはアリスのお腹の中の子供に全てを賭けるしかない。
 (じゃあ、やるんだね?)
 「ああ。お前に全てを賭ける・・・」
 (いいよ。僕だってここから出られなくちゃ、生まれてすらこれないんだから)
 真剣な顔のエリウスに対してアリスのお腹の中の子供はケタケタと笑いながら答えてくる。確かにアリスがこのギルガメッシュの体内から脱出しなければこのお腹の中の子供も生まれることはできない。つまりは利害が一致したということである。子供の癖になかなかのタマだ、とエリウスは内心笑いながら自分との血の繋がりを確信していた。
 (じゃあ、僕はしばらく瞑想に入るね?こいつの動きを封じるとなるとしばらく力を蓄えなくちゃ!)
 その言葉を最後にアリスのお腹の中の子供の声が途絶える。おそらく先ほどの言葉どおり力を蓄え始めたのだろう。その間に自分のほうはいつその瞬間が来てもいいようにアリスを自分の懐に抱き寄せ、しっかりと抱きしめる。アリスもまたエリウスの背中に手を回し、決してエリウスを離すまいとする。そんな二人の間をただ沈黙だけが過ぎてゆくのだった。



 (どうすればいい、どうすれば・・・)
 ギルガメッシュを対峙するレオナはなかなか生まれない隙に苛立っていた。わずかでも隙ができればギルガメッシュの体内に吸収されたエリウスとアリスを助け出す手段を講じられるというのに、当のギルガメッシュがその隙を中々見せようとしない。逆にいくら攻撃を加えても倒せない敵に、レオナたちの疲労の方が色濃くなってきていた。
 (わずかでもいい・・・エリウス様たちが脱出できるだけの傷をつけられれば・・・)
 その隙ができる瞬間をレオナは必死になって探っていた。それは自分にその一太刀を浴びせさせるために自分の楯となって戦ってくれているアンジェリカたちも同様であった。しかし、ギルガメッシュはその隙をそう簡単には与えてはくれなかった。いくら傷をつけられてもすぐに回復されてしまう。切った先から回復されてはエリウスたちの救出の機会は皆無に近い。エリウスたちを救い出せるだけの傷、その傷が癒えるのをわずか一秒でも遅らせることができればそれでよかった。しかしギルガメッシュもそのことは理解しているため、なかなか決定的ダメージを与えられなかった。
 (どうする・・・どうやって・・・)
 剣を握る手の平が汗をかき、ぬるっとした感触が剣の握りを滑らせる。このままでは埒が明かない。他の”巫女姫”たちがこの場に集結してくる気配はない。エリウスの窮地は彼女たちにも伝わっているはずなのに来ないのは、彼女たちが集う場所でも何かが起こっているということである。そしてそれが先ほどギルガメッシュが施した何かであるのは間違いない。そうなると他の”巫女姫”たちの救援は望めない。ならばこの場は自分たちが何とかするしかなかった。レオナは汗を拭うと剣を握りなおす。わずかなその隙を求めて。そしてその隙は唐突に現れる。
 (??なんだ??)
 自分たちの眼の前で勝ち誇った笑みを絶やさなかったギルがメッシュの表情にわずかな同様が走るのをレオナは見逃さなかった。ギルガメッシュ自身に何かが起こっている、それは間違いなかった。なにが起こっているのかはわからないが、それが大きな隙に繋がる可能性は否定できない。
 「アンジェリカ、もし奴に大きな隙ができたら私が渾身の力で切り裂きます・・・」
 「そうしましたらその隙間に鞭を放ってご主人様たちを救い出せばいいんですね?」
 自分の隣に下がってきたアンジェリカにだけに聞こえるようにレオナはそっと囁きかける。そのレオナのささやきにアンジェリカはすぐに自分がするべきことを理解する。そしてレオナたちの前に陣取る3人の”巫女姫”たちも己のすべきことを理解していた。その瞬間が来ることを信じて待つ。やがてその瞬間が訪れる。
 「!!ぬぐっ・・・なんだ・・・この力・・・は・・・」
 そう呟いたギルガメッシュの体が大きく震え上がる。次の瞬間、そのままの姿勢でギルガメッシュは硬直してしまう。なにが起こったのかはわからない。だが、今まさに待ちに待った好機であることは間違いなかった。そしてこの好機を逃すようなことをレオナたちではなかった。
 「せいやぁぁぁぁっっっっ!!!」
 気合のこもった叫び声とともにレオナは剣を振り下ろす。空間をも断ち切る一撃がギルガメッシュの胴体を切り裂く。その瞬間、プリスティアが傷口をクリスタルバードで広げ、フェイトが魔法で傷口を凍りつかせ、サクラが結界で固定する。人一人優に通れるほどに広がった傷にアンジェリカが鞭を投じる。肉体の中に広がる無限の闇の中に鞭は消えてゆく。やがて何か手ごたえを感じたのか、アンジェリカが鞭をグッと牽く。
 「捕まえたか!!!」
 「間違いありません!ご主人様とアリス様です!!」
 自らの手ごたえに自信満々でアンジェリカは答える。その言葉どおり、ギルガメッシュの体の闇の中からアンジェリカの鞭に牽かれて姿を現したのは間違いなくエリウスとアリスであった。ギルガメッシュの動きが戻ったのはエリウスがアリスを抱きかかえたまま床に降り立ったまさにその瞬間であった。
 「な、何だ、今のは・・・なにがおこ・・・ま、まさか・・・」
 切り裂かれた体は自己修復してゆくが治りが遅い。自分になにが起こったのかまるでわからず、ギルガメッシュはただ呆然としていた。そしてその瞳がアリスを抱きしめたエリウスの姿を見止める。先ほどまでと違い、黄金の光に包まれたエリウスの背中の傷は一瞬にして癒えてしまう。
 「そんな・・・どうやって・・・アリス姫の力は使えないはずだ!!なのに・・・」
 「アリスの中に強力な味方がいた、ただそれだけのことだ!」
 呻くように繰り返し信じられないと呟くギルガメッシュにエリウスは平然と種明かしをしてみせる。そのエリウスの言葉の意味がギルガメッシュにはわからなかった。一方レオナたちのほうはその言葉の意味を瞬時に理解し、いっせいにアリスのほうに視線を集中させる。その視線が恥ずかしいのか、アリスは顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。
 「アリス、今のエリウス様の言葉は本当なの?」
 レオナの問いかけにアリスは顔を真っ赤にしたまま、下腹部をそっと擦りながら小さく頷く。そのアリスの仕草にレオナたちは喜びを爆発させる。ようやく誕生した次代の神である。嬉しくないはずがない。その状況にギルガメッシュもまたどうやってエリウスたちが脱出したかがわかり、心底悔しそうな顔をする。
 「く、こんな伏兵がいたとは・・・でも、まだ戦いは終わりませんよ!」
 「これ以上の抵抗は無駄だと思うけど?」
 「まだですよ。俺の作った”新人類”の全ての力を解放させます!」
 「それで?」
 「貴方が大切に思う人々が苦しみ死んでいく様を拝ませてやるぞ!!」
 立場が逆転したことに動揺したのか、ギルガメッシュは狂ったように叫ぶと、両手に魔力を集中させてゆく。そして収束した魔力が天に向かって解き放たれる。何をしたのかは分からないが、今各地で闘っている仲間たちの元で何かが起こっていることだけは間違いなかった。しばらくしてなにが起こったのかの答えが姿を現す。
 「何、こいつ・・・」
 地上からどろりとした液体が流れ落ちてくる。やがてそれは一つに合わさり、人の形を作り出してゆく。全長八メートルほどの液体人間、それがギルガメッシュの言う”新人類”であった。そしてその胸元にはレオナがよく知る人物の顔が浮かび上がっていた。
 『れおな〜〜〜、よくもこんなめに〜〜〜〜』
 「リンゼロッタか・・・まだ死んでいなかったのですか?」
 元リンゼロッタは蛇のように長い舌をちらつかせながら恨みのこもった声をあげ、ギロリと血走った目でレオナを見下す。そのおぞましいばかりの姿にもレオナは動揺することなく、手にした剣を握りなおす。今度こそこの仇敵をこの世から消滅させてやろうとばかりに剣を振う。レオナ得意の空間を断つ剣が元リンゼロッタの顔ごと巨人の体を切り裂く。体を切り裂かれた巨人は血飛沫を上げて倒れる・・・はずだった。だが、体を切り裂かれた巨体はゆらゆらと揺らぐだけで倒れる気配はない。やがて切り裂かれた部分が体とくっつき、元通りに戻ってゆく。
 『きかない・・・きかないのよ〜〜〜〜!!ケヒヒヒヒッッッ!!』
 切り裂かれたリンゼロッタの顔は元通りの戻ると狂ったように笑い出す。その狂ったような声を聞くのに耐えられないレオナは二度、三度剣を振い、リンゼロッタの体を切り裂く。しかし、結果は同じであった。いくら切り裂こうともリンゼロッタの体は元通りにくっついてしまう。
 「これは・・・一体・・・」
 「これが俺様が作り出した”新人類”だ!!」
 レオナの剣をもってしても切り裂けない巨人にエリウスは訝しげな表情を浮べる。自分が生み出してきたどの生命体とも違うことが気に掛かった。するとギルガメッシュは勝ち誇ったようにその正体を説明してくる。
 「細胞一つ一つが独立した生命を持ち、いかに切り裂こうとも、押しつぶそうとも、焼き尽くそうとも、わずかにでも細胞が残っていれば再生する完全なる生命体。それがこの”新人類”だ!」
 「なるほど。そしてお前の意のままに動く人形というわけだ・・・」
 いまだ勝ち誇るギルガメッシュにエリウスは冷たく言い放つ。その言葉をギルガメッシュは否定しない。エリウスの言うとおりこの”新人類”はギルガメッシュの意のままに動き、決して彼に造反しない生命体として生み出されたのだ。そのことがエリウスの機嫌を損なう。
 「そんな人形に囲まれて楽しいのか、お前は?」
 「楽しいですね。常に僕に傅くものたちなのですから・・・」
 エリウスの嫌味にもギルガメッシュは恍惚の表情を浮べて答える。どうやらこの人形が相当気に入っているようだ。エリウスは思わず溜息をついてしまう。ギルガメッシュの狙いはこの”新人類”を支配し、エリウスの生み出した生命全てを駆逐するつもりでいるのだ。そのために”新人類”なのだろう。そのことは理解できたが、一つ腑に落ちないことがあった。
 (何故こいつらを最初から配備していない??)
 こいつらは最初は人の姿をしてストラヴァイド各地に配備されていた。それが今になって巨人の姿を晒すなどおかしな話である。しばらく考え込んだエリウスはすぐにその答えに行き着く。
 「なるほど、こいつらはまだ完全体ではない。だから終結しないと超回復力を発揮できないわけだ・・・」
 「な、なにを・・・単体でも今まで超回復力を発揮して・・・」
 「それはアリスの時の魔法を奴らに分けていたからだろう?時を巻戻して回復させていたに過ぎない」
 「うぐっ・・・」
 「そう言うことですか・・・でもアリスが解放された今、時を巻戻す力は失われた・・・」
 「だから集結して超回復力を発動させざるを得なくなった・・・」
 エリウスの説明にレオナもアリスもギルガメッシュの”新人類”が今になって集結した理由が理解できた。その答えはどうやら正解らしく、ギルガメッシュは激しく動揺しているのが手に取るようにわかる。しばし悔しそうな顔をしていたギルガメッシュだったが、やがて不敵な笑みを浮べる。
 「だからどうしたというのだ?お前の仲間が危機に瀕していることに違いはないぞ!」
 「??なんだ、そのことか・・・」
 「何をそんなに余裕を持っている!!」
 「簡単なことだよ。この程度の出来損ないにやられる奴らはいないとわかっているからだよ」
 「で、出来損ない??剣の”巫女姫”でさえ切り裂けない我が”新人類”がか!!」
 「出来損ないは出来そこないだよ。その意味はすぐに分かるさ」
 エリウスの言葉に激しく激昂するギルガメッシュだったが、エリウスは悠然とした態度を崩そうとはしなかった。レオナでさえ切り裂けない完全体を外に居る連中のいかほどが倒せるというのか。自分の優位は動かないと信じていたギルガメッシュだったが、その答えは早々に彼にもたらされる。



 例えば・・・
 ストナケイトの大剣が闇の炎を纏い、”新人類”を切り裂く。黒き炎が切り裂いた”新人類の肉体を喰らい尽くし、焼き尽くしてゆく。いかなる超回復をもってしても、闇の炎に焼き尽くされた肉体を復活させる力は持ち合わせていなかった。全てが黒き消し炭すら残さず、風に消えてゆく。

 例えば・・・
 アルデラの呼び出した餓鬼の群れが”新人類”に襲い掛かる。飢えたケダモノのように”新人類”に襲い掛かった餓鬼の群れはその肉体を喰らい尽くしてゆく。超回復を持って食われた場所を回復させても回復させた先からまた喰らい尽くされてゆく。飽くなき飢餓に支配された餓鬼の群れに”新人類”は為すすべなく喰らい尽くされてゆくのだった。

 例えば・・・
 ゾフィスの呼び出した影が足元から”新人類”に襲い掛かる。”新人類”を覆い尽くす影はいかなる超回復力をもってしても抗うことはできなかった。影が”新人類”を喰らい尽くす。存在そのものを飲み込み、分解してゆく。そしてあとには新たな影が生まれる。ゾフィスに忠実な影が・・・

 例えば・・・
 シグルドの槍が唸りをあげる。”新人類”の急所を確実に貫く。”新人類”は超回復力を持って傷を癒そうとするが、シグルドはそれを許さない。星の煌めきのごとく槍が何度も煌めき、”新人類”の体を刺し貫く。細胞の一つも残さず貫かれた”新人類”に回復する力は残されていなかった・・・

 例えば・・・
 オリビアの見せる夢が”新人類”の精神を浸食してゆく。この世ならざる苦痛の限りを尽くした夢が”新人類”の心を引き裂いてゆく。いかなる超回復力をもってしても心までは癒せない。強大なる精神力を誇る”新人類”であってもオリビアの見せる悪夢から逃れる術はどこにもなかった・・・

 例えば・・・
 ファーガントは”新人類”と正面からぶつかり合う。ストナケイトのような技も、アルデラのような魔法も、彼は持ち合わせてはいない。彼が信じるのは己の肉体のみ。その肉体を持って正面から”新人類”にぶつかってゆく。地面に叩きつけ拳を叩き込む。何発も何発も。”新人類”の肉体を押しつぶし、回復できないまでに破壊するまで・・・

 例えば・・・
 フィラデラの魔法が”新人類”を包み込む。大気に帯びた電気が火花を散らす。包み込んだものを原子分解し、消滅させる魔法。それが今まさに完成し、”新人類”を包み込んでいるのだ。原子分解されては超回復力も意味を成さない。消え行く”新人類”の断末魔の悲鳴がこだまする・・・

 エンたち神龍、ロカたち副官、ユフィナトアをはじめとする”巫女姫”たちもまた己の力を持って”新人類”を退ける。ギルガメッシュが自信を持って送り出した”新人類”もこの世界で屈指の実力者達の前ではただの道化に過ぎなかった。そして力なき人々もまた足掻いた。一人一人では敵わぬ敵にも何十人、何百人という力をあわせ立ち向かってゆく。そこにはエリウスが望んだ人の可能性が満ちていた。そして今この地でも戦いが終わろうとしていた・・・



 「一匹はお前らにくれてやる・・・好きに始末しろ!」
 クリフトは内から込み上げてくる”腐敗”の魔力を抑えようともしないで自分の後ろに控えたセツナたちにそう言い放つ。すでに何度となくクリフトに攻撃を試みた”新人類”であったが、そのことごとくがクリフトの魔力に遮られ、逆に自分の体が”腐敗”の魔力によって腐り、ダメージを追っていった。超回復力をもってしてもその”腐敗”からは逃れる術はなく、すでに体の4割ほどが腐り果てていた。攻撃するだけ無駄だとわかっていても”新人類”は攻撃を止め様とはしない。もしかするとそれにすら気付いていないのかもしれない。それでも彼らは止まらない、自分が傅く主の命令は絶対だったから・・・
 「奴は我がやる・・・試したい技がある・・・」
 「ではセツナに任せましょう・・・我々はその間、奴らの気を引いておきます!」
 クリフトに助力の必要はないと判断した”五天衆”は残る一体の”新人類”の方に向き直る。個々の技を集結させなくてもどうにかなるだろうが、珍しく自分から積極的に名乗り出てきたセツナの意思を尊重してエリザベートたちはとどめをセツナに任せ、自分たちは囮役を買って出る。
 「まずは足止め・・・シュテナント舞弓術、”アロー・レイン”!」
 「氷よ、彼の者の足を止めよ!”アイス・ケイジ”!!!」
 エリザベートの弓が唸りをあげ、リリスの魔法が大気を凍らせる。天から降り注ぐ無数の矢の雨が”新人類”の肉体を貫く。その足元から大地が凍りつき、氷の足かせが動きを封じる。体を刺し貫かれる激痛と動きを封じられた苦しみに”新人類”は体を大きく揺すってもがく。そこに今度はアンナとリューナが襲い掛かる。
 「おとなしく潰れていな!爆鬼破砕”重爆弾”!!!!」
 「双天武拳・・・”戟”!!!」
 体よりも大きくなった大鎚を振りかざしたアンナが全力を込めて鎚を振り下ろす。メキャッと言う嫌な音を立てて”新人類”の体が拉げる。そこに追い討ちをかけてリューナの拳が唸りを上げる。槍のような一撃が”新人類”の胸元を貫き、深刻なダメージを与える。連続して全身に襲い掛かるダメージを回復させようと、”新人類”は力の全てを超回復力に注ぎ込む。それは大きな隙であり、それこそがリューナたちの狙いであった。
 「セツナ、後は任せましたわよ!」
 「委細承知!閃夢舞刀・”沙羅双樹”!!!」
 セツナは全魔力、全気力を両手で逆手に持った刀に集中させる。そしてそれを大地を揺らすような踏み込みとともに大地に叩きつける。飽和した全パワーが解放され、”新人類”の左右から光の柱が天に向かって聳え立つ。光の柱に挟まれた”新人類”は身の危険を察してかその場から逃げようとする。が、いかに足掻こうとも体を動かすことは敵わない。まるで光の柱に括り付けられたかのように動くことが出来なかった。やがて光の柱は光の大樹に変貌する。そしてハラハラと誰もが見とれるような花吹雪が吹き乱れる。”新人類”の体を光の花びらに変えながら花吹雪は舞い散る、その身を喰らい尽くすまで。
 「終わったみたいね、セツナお姉ちゃん」
 「そうだが・・・我もしばし動けぬな・・・」
 消え行く”新人類”を見上げながら地面に刀を突き立てた格好のまま動こうともしないセツナにリューナが話しかける。するとセツナは自嘲気味に笑いながらその場に倒れこむ。他の四人がそれに驚き駆け寄ると、セツナの両手は肘から上が弾け跳び、刀は砕け散っていた。両脚も限界を超えたのか、毛細血管が破裂して真っ赤になっていた。
 「セツナ、これは・・・」
 「”沙羅双樹”は自身の全パワーを解放し、相手を光の粒子に変換させる技。それゆえ肉体が付いていかないと・・・」
 「肉体崩壊を起こすということか・・・」
 青い顔をしてぐったりとしたセツナは自分が放った技の説明をする。その言葉を受け取るようにクリフトが話しに加わってくる。彼と戦っていた”新人類”はその殆どが腐り果て、崩れ落ちてきていた。もはや超回復では復活できないほど肉は腐り、骨は軋みを上げていた。塵と化すのも時間の問題だろう。
 「できると思ったが・・・我もまだまだ・・・」
 「そう言うことだな・・・」
 自分に自信を持って放った技であったが、こういう結果になったことにセツナは恥ずかしそうに笑う。もし戦いが続いていたとしたら自分の死は確実であった。この技はまだ使い物にならない、そのことがわかっただけでも収穫であった。ここまで肉体が崩壊してしまっては自然治癒は難しい。しばらくはドクターのラボで回復に専念することになるだろう。そんな自爆に近い状態の自分を恥ずかしそうに笑うセツナにクリフトは歩み寄ると、セツナの言葉を肯定し、それ以上何も言わずにひょいと抱き上げる。両手を失い、両脚をずたずたにした少女は思いのほか軽かった。
 「まあ、戦いはあと少しだ。今はゆっくりと休め・・・」
 「・・・・・はい・・・」
 クリフトの言葉にセツナは小さく頷く。そのまま意識を失い、かくりとクリフトの胸に頭を預けて気絶してしまう。そんなセツナを抱きながらクリフトは視線を王都のある方向に向ける。そちらからは今までにないほど強力な、それでいて知っている力を感じる。その力の主の戦いも終わりに近付きつつあることをクリフトは感じ取っていた。
 「勝てよ、エリウス・・・」
 最後の戦いに挑もうとする親友に届かぬ声をかけながらクリフトはその勝利を祈るしかできなかった。




 「バカな・・・俺の”新人類”が・・・」
 ギルガメッシュは驚愕の表情を浮べたまま凍りつく。上位悪魔や”巫女姫”たちには敵わないまでも自分がエリウスを倒すぐらいの時間は十二分に稼げるものと思っていた。そして他の副官クラスならば十分勝てるものとも見込んでいたし、一般の兵士達ならものともしないで蹴散らせるものとも思っていた。しかし、実際にはその目論見はもろくも崩れ去ってしまった。
 「どうした?何がそんなにおかしい??」
 「俺の、俺の作った”新人類”がこうも簡単に・・・」
 「簡単にもくそもないだろう?超回復力を持った敵などそれを上回る攻撃力の前では何の意味も成さない」
 ギルガメッシュに諭すように言い聞かせるエリウスであったが、自分の作り上げた生命体こそ最強、この世界を支配する上で必要な存在と信じきっているギルガメッシュにエリウスの言葉が届くはずがなかった。そんなギルガメッシュの思いに答えるように”新人類”と化したリンゼロッタがエリウスに襲い掛かる。
 『われらがかみにあだなすふていのやからよよ・・・きえよ!!!』
 「消えるのは貴方の方です、リンゼロッタ!!」
 両腕を振りかざして襲い掛かるリンゼロッタとエリウスの間にレオナが立ちふさがる。すでに何度と泣く自分を切り裂きながら手も足も出なかったレオナなど自分の敵ではないと思い込んでいたリンゼロッタは笑みを浮べたままレオナに襲い掛かる。踏み潰してやるのもいい、握りつぶしてやるのもいい。今の自分にはレオナなどどうとでもできるのだ。どうせなら自ら死を求めるような辱めを味あわせてやろうかとリンゼロッタは考える。裸にひん剥いて、お腹いっぱいに”新人類”の体液を流し込んでやろうとレオナに手を伸ばす。が、その手が忽然と消える。
 『はめ????』
 忽然と消えた自分の手首を見つめながらリンゼロッタは奇声を発する。きれいな断面の手首は存在そのものがなくなり、いっこうに回復する気配を見せない。なにが起こったのかわからす、困惑の表情を浮べるリンゼロッタは自分の目の前で仁王立ちしている少女の姿にようやく気付く。先ほどまでとは装備が変わっているのだ。白い鎧に白銀の剣、彼女の金髪と相まってその美しさは誰もが見惚れるものであった。これこそがレオナの本気、神具”ミラー・メイル”と”ディメンション・ブレード”であった。
 「もういいでしょう・・・永久に眠りなさい、リンゼロッタ・・・」
 レオナは哀れみを持った眼差しで”新人類”と化した従姉妹を見つめ別れを告げると、”ディメンション・ブレード”を振う。空間がいくつにも切り裂かれ、リンゼロッタの体を切り刻み、切り裂かれた空間にその体は飲み込まれてゆく。断末魔の悲鳴を上げる間もなくリンゼロッタはこの世からその存在をかき消されたのだった。
 「そんな・・・・そんなバカなことが・・・」
 「だから言っただろう、無駄だと・・・」
 青くなったギルガメッシュに諭すようにエリウスは平然と言い放つ。その言葉どおり、レオナたちに襲い掛かったリンゼロッタをコアとする”新人類”は本気の彼女によって切り刻まれ、回復する間も与えられずに次元の間へと消えて行っていた。その子ども扱いされる様をまざまざと見せ付けられたギルガメッシュが青くなるのも無理はなかった。
 「さてと・・・ファイナルステージだ!」
 驚きのあまりガタガタと震えるギルガメッシュに、エリウスは指を鳴らしながらそう告げると、有無も言わせずに襲い掛かる。唸りを上げる拳がギルガメッシュの右頬を捉え、その体を吹き飛ばす。派手な土煙を巻き起こしながらギルガメッシュは二転、三転しながら豪快に吹き飛ばされる。
 「ふごっ・・・」
 「まだまだ・・・これからだ!!」
 口の中を盛大に切り血を吐き出しながら吹き飛ばされたギルガメッシュにエリウスは容赦なく追い討ちをかける。真上から拳を叩き込み、床に叩き付ける。大理石の床が大きくへこみ周囲に亀裂が走る。胃を潰されたギルガメッシュは大量の血を吐き出す。その頭をエリウスは何の感慨もなく蹴り飛ばす。
 「ふごらはぁぁぁぁっっっ!!」
 「お前は楽には殺さない・・・己の罪を噛み締めながら殺してやる!」
 反撃の暇も与えずエリウスは次々と攻撃を繰り出してゆく。その一発一発は非常に重く、並のモンスターならば跡形もなく砕け散るほどであった。しかし、今のギルガメッシュの肉体はかつてとはいえエリウスの、つまり神の肉体である。半端ではない防御力と耐久性を持っていた。だが、今はその耐久性が仇となっていた。死にたくても楽には死ねない苦しみが絶えずギルガメッシュに襲い掛かってくる。
 「らぜ・・・らぜだ・・・俺は神の体を・・・」
 「そう、それは僕が捨てた古き神の肉体だ。そして今の僕の体は何だと思う?」
 自分がようやく手に入れた神の体がこうも簡単に打ちのめされる現実にギルガメッシュは納得がいかなかった。憤るギルガメッシュにエリウスは涼しい顔で問いかける。その問い掛けにギルガメッシュはエリウスの方に顔を向ける。そこに至ってギルガメッシュはエリウスが先ほど自分が倒したときのエリウスとは違っていることに気付く。神々しいまでの黄金の光を纏ったエリウスはその存在感をギルガメッシュに見せ付ける。その溢れんばかりの力は優にギルガメッシュのそれを超えている。
 「ま、まさか・・・」
 「当たり前の話だろう?アリスを取り戻したのだから」
 ギルガメッシュは自分が犯した失策に気付き、脂汗をダラダラと流しながら後退りする。アリスが解放された今、エリウスは12人の”巫女姫”の力を取り戻したということに他ならない。そしてそれはエリウスが神に昇華したことと同義語であった。人と悪魔の肉体を昇華させ”巫女姫”の力を取り戻した新たなる神の肉体と、”巫女姫”の、時を操る力を失った古き神の肉体、それがぶつかり合えばどうなるかは自明の理であった。エリウスは拳を握り締めてギルガメシュに迫る。
 「貴様のその個人的欲望のために!!!」
 「おふっっっ!!」
 「多くの人々を不幸にし!!!」
 「ぎゃばらはっっっっ!!!」
 「罪もない人々を戦いの渦中に巻き込む原因を作り出した!!」
 「ひゅぐらぁぁぁっっっ!!!」
 「そんなお前を僕は許しはしない!!!」
 エリウスの渾身の攻撃が決まるたびにギルガメッシュは派手に吹き飛ばされ、床に、壁に、天井に叩きつけられる。それは自分が神の肉体を得るために、そしてアリスの力を手に入れるために様々な事件、戦いを起こしたこの男を罰するエリウスの制裁の拳であった。その拳から逃げるだけの力はもはやギルガメッシュには残されていなかった。
 「がはっっ・・・ごぉぉっっ・・・」
 大量の血を床に撒き散らしながらギルガメッシュは何とか脱出の機会を伺っていた。わずかでも隙ができれば転移して再起を図る事ができる。しかし今のエリウスには微塵の隙も窺えない。逃亡の可能性がなければ自分はこのままエリウスになぶり殺しにされるだけである。それだけはなんとしても回避しなければならない。しかし、逃亡するにしてもエリウスに隙がない以上どうすることも出来ない。ならば隙がないのならば作ればいい、それがギルガメッシュの行き着いた答えであった。床に撒き散らした血に手を当てその瞬間を待つ。
 「まだ、終わりじゃないぞ、ギルガメッシュ!!」
 エリウスは無造作にギルガメッシュに歩み寄る。それはまるでギルガメッシュが反撃してこないと信じきっているかのような無防備さであった。それがギルガメッシュがつけいれる僅かな可能性であった。血を固めて作り出した槍をおもむろに投げつける。但しエリウスに向かってではなく、アリスに向かって。こと戦いに疎いアリスがその槍を交わすことはできない。ならばエリウスがアリスをかばうために動くはずである。その隙にこの地から離脱する。それがギルガメッシュが思い描いた計画であった。案の定エリウスは弾かれたようにアリスをかばうために移動する。その隙にギルガメッシュは転移の魔法を完成させその場から逃げ出す。・・・逃げ出せるはずであった。
 「ぐぅっっ!!な、なんだ・・・?????」
 目に見えない壁がギルガメッシュがその場から逃げ出すのを阻止する。呪文は正しく発動していた。だから何かがこの場から逃げ出すのを阻んだとしか思えない。その何かによってギルガメッシュは再びこの場に叩き落とされたのだ。そしてその転移を阻んだ”巫女姫”は満面の笑みを浮べてギルガメッシュに忠告する。
 「ダメですよ、エリウス様との決闘の最中に逃げ出したりしては」
 サクラはそう言ってもう一度にっこりと笑う。その言葉通りならば自分の転移を阻んだのはサクラの結界の力であり、この地下室は脱出不可能な結界に今も覆われていることになる。逃げることのできない絶望にギルガメッシュはガタガタと震えだす。もはや自分の運命は決したといってよかった。
 「あっ・・・あああっ・・・」
 恐怖に歪みきった表情を浮べたギルガメッシュはその場にへたり込み、ズリズリと後退る。そのギルガメッシュを追い詰めるかのようにエリウスは満面の笑みを湛えて歩み寄ってゆく。幸いアリスに放たれた槍はレオナとプリスティアによって弾かれアリスには傷一つなかった。が、このことがエリウスに怒りに油を注ぐ結果となった。
 「いい加減、その醜い顔を見るのもいやになってきたな・・・」
 「そのお顔はエリウス様ご自身のお顔では??」
 「サクラ、余計な突っ込み早めておきなさい・・・」
 恐怖に歪むギルガメッシュを見下すエリウスは悠然と構えたまま平然とそう言い放つ。その言葉を聞いたサクラは小首を傾げながら真実を口にする。確かに今のギルガメッシュはヴェイグサス神、つまりエリウス自身の姿を映し出していると言っていい。もっとも細部にわたって変化し、エリウス自身とは似ても似つかない顔立ちになっている。とはいえサクラの一言はこの緊張感をすぐには十分すぎた。脱力したレオナが思わず突っ込みを入れてしまう。そんな2人の会話には耳も傾けず、エリウスはギルガメッシュに迫る。
  「げるぼぁぁぁぁ・・・・」
 顎が砕け、歯が欠け、口の中が血の味でいっぱいになったギルガメッシュは大地に這い蹲り、必死になってエリウスから逃れようとする。”時”の力を失い、肉体的優位性まで失った今、ギルガメッシュには距離を置くしかできなかった。そんなギルガメッシュの腹をエリウスは容赦なく蹴りつける。
 「がほっっっ!!!」
 「逃げられると思っているのか?」
 心の奥底まで凍りつくような眼差しでギルガメッシュを見下ろしながらエリウスは悠然と構え、ギルガメッシュに迫る。もはや勝つことも逃げることも敵わないと悟ったギルガメッシュは急におとなしくなる。いや、肩を震わせて笑い出したのである。気でも違ったのかと誰もが思った。
 「やはりこのまま楽に終わらせてはくれませんか。なら、俺も覚悟を決めるとしましょう!!」
 血走った目でそう叫ぶとギルガメッシュは二本の薬を取り出す。見ただけで毒ではないかと疑いたくなるような毒々しい色のそれの口を開けると、おもむろに飲み干してゆく。口の中で交じり合った液体が反応し、煙をあげる。それでもギルガメッシュはそれを全て口の中に流し込み、喉を鳴らして飲み下す。
 「こ。これだけは・・・使いたくなかったんですけどね・・・」
 「何のつもりだ?」
 「俺を真の神にしてくれる薬ですよ。ただ、実験していないんで効果は未確認ですが・・・」
 ギルガメッシュはそう言ってニタリと笑う。エリウスが訝しげな表情を浮べていると、ギルガメッシュに変化が現れる。全身の筋肉がビクビクと痙攣し始め、激しく律動し始める。まともな筋肉の動きとは思えない律動をしながらギルガメッシュの体がどんどん肥大してゆく。巨大化した腕は丸太のように膨らみ、長剣を思わせるつめがギラギラと伸びている。足も腿の部分が大きく肥大し、ヤギのような足へと変わってゆく。体も大きくなり、背中からは蝙蝠の羽が生える。頭も人のそれから獣のそれに変わり、ヤギの大きな角が生えてくる。口元から覗く牙は全てのものを噛み砕かんばかりにぎらついている。
 『どうですかな、この神の肉体に”新人類”の超回復力と異界の悪魔の肉体を合わせた肉体は?』
 「異界の悪魔・・・だと?」
 『そうですよ。まさか異界の住人を呼び寄せられるのは自分だけと思っていましたか?』
 化け物と化したギルガメッシュは勝ち誇った声でゲラゲラと笑い出す。その笑い声に地下宮殿の壁が震える。驚くエリウスたちを尻目にギルガメッシュはこれ見よがしに自分のうちに溢れる力を解放してくる。爆発的にあふれ出した魔力は軋みを挙げた地下宮殿を崩落させ、地上の光の宮までも吹き飛ばす。
 『もはや俺に戻る道はない・・・たとえ元の姿に戻れなくても・・・』
 地上に飛び出したギルガメッシュは空に飛び上がり、そう絶叫する。ギルガメッシュにとってこの薬を飲むことは最後の手段であった。神の肉体と異界の魔族の肉体の融合、それは爆発的力を得ることが出来るが、その代わりの元の人の姿に戻ることが出来なくなる副作用があった。それでもギルガメッシュは薬を飲まざるを得なかった。
 『そうだ・・・俺は新たな神・・・姿形など関係ないではないか・・・』
 「おぞましい姿だな・・・ギルガメッシュ・・・」
 自分の姿を見つめながらその力の強大さに悦に入っていたギルガメッシュにエリウスは冷たく言い放つ。エリウスたちの周囲にはサクラの結界が張られ、崩れ落ちてきた天井を全て弾き飛ばしていた。ギルガメッシュの方もこの程度でエリウスを倒せたとは思っていない。この程度で死ぬなら苦労などしない。
 『姿形がどうしたというのだ・・・俺はこれから神としてこの世界を作り直す!』
 「そんな事させると思うか!!」
 世界再生を宣言するギルガメッシュにエリウスは”インフィニット・ケイオス”を解き放つ。無限の混沌がギルガメッシュを取り巻くが、ギルガメッシュはおもむろに腕を振い、爪で混沌を引き裂く。大気を震わす咆哮で混沌を霧散させてしまう。それでも体のそこかしこは混沌に食われ、無残に抉れていた。しかし、その傷もみるみるうちに回復してしまう。
 『どうです、この力は!神となった貴方の最強呪文などものともしないこの力は!!』
 ”インフィニット・ケイオス”をかき消したギルガメッシュは勝ち誇った咆哮をあげる。この呪文を打ち消せば自分の勝ちであると分かっていたから。自分の力が通用しないとわかり動揺しているだろうエリウスを嘲笑うかのように彼を見下ろす。しかし、エリウスは悠然と構え、動揺のカケラも見受けられない。
 『何故・・・貴方の力は俺には通用しないんだぞ!!??どうしてそんな・・・』
 「簡単なことだよ・・今のお前は異界の力に護られている。だからこの世界の呪文の効果は薄い・・・」
 『その通り・・・だから俺を倒すことなど・・・』
 「僕が異界からの侵攻に対策を立てていなかたっとでも思っているのか?」
 異界の魔物を取り込んだ自分をこの世界の呪文で倒すことは不可能に近い。しかし、エリウスはそのことも頭に入れてあった。世界はひとつではない。その証拠がブシンである。そして彼の世界の神がこの世界に目をつけ、侵攻して来ないとも限らない。それに対抗する策はすでにエリウスの中では構築済みであった。
 「レオナ、みんなを召喚する。皆の指揮を取って時間を稼いでくれ。この呪文の発動には少し時間がかかる」
 「畏まりました、エリウス様・・・」
 エリウスは自分の護衛をレオナに命じる。エリウスを守ることこそ自分の使命と思っているレオナはこれを快諾する。エリウスはすぐさま他の”巫女姫”と神竜たちをこの地へと呼び寄せる。魔法陣が煌めき各地で戦っていたはずの”巫女姫”たちを強制的にこの地へと呼び寄せる。”巫女姫”たちは再会を喜ぶ間もなく、すぐさま皆臨戦態勢に入る。
 『お前たちなどに俺が倒せるかぁぁぁっっっっ!!!』
 「貴様を倒すのはエリウス様の役目。我らにとってお前の足止めなど造作もないこと!!」
 巨大な腕を振るって襲い掛かるギルガメッシュにレオナはきっぱりと言い放つ。自分たちの力でも倒せなくはないだろうが、死力を尽くさなければならない。だが、こいつを倒すのはエリウスの役目である。自分たちが横からしゃしゃり出てやっていいことではない。ならば自分たちはエリウスに命じられたとおり、こいつの足止めだけをしていればいい。レオナは小声で何事か呟き、攻撃順序や、フォーメーションを他の”巫女姫”たちに伝える。聞き取ることもできないような高速言語にも関わらず、”巫女姫”たちはこくりと頷き、ギルガメッシュを取り囲むように散らばってゆく。皆が配置についたところでまず先鋒としてレオナが”ディメンション・ブレード”を構えてギルガメッシュに襲い掛かる。
 『お前など、相手になるかぁ!!』
 「残念だな、私は囮だ!」
 「本命は、こちらだ!!!!」
 『なにぃぃぃっっっ???』
 飛び掛ったレオナを叩き落そうとギルガメッシュは巨大な腕を振う。しかし、最初からギルガメッシュに襲い掛かるつもりのなかったレオナはその腕に飛び乗ると大きく跳び退る。ギルガメッシュがそれを追撃しようとした瞬間、真横から炎が迫るのは見える。その目を炎の槍が貫き、目玉を焼き尽くす。
 『ぐぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!』
 ユフィナトアの神具”エレメンタル・ランス”が炎を纏い、刺し貫いたのである。右目を失ったギルガメッシュは大きくよろける。ユフィナトアはその隙にランスを引き抜き、ギルガメッシュから距離を取る。そのユフィナトアを打ち落とそうと、ギルガメッシュが拳を振るう。が、その腕を無数の糸が絡め取り、自由を奪う。
 「その右腕、頂きます・・・”バースト・シンフォニー”」
 竪琴を手にしたナリアがそう言うと、竪琴を奏でる。その調べに合わせて竪琴から延びた糸が震え上がる。ナリアの奏でる調べに合わせて震える糸がギルガメッシュの腕を、筋肉を震わせる。やがて共鳴しあった物体が崩壊を始める。肉は裂け、骨は砕け、血飛沫が舞い上がる。ギルガメッシュの右腕はナリアによってズタズタに引き裂かれる。が、その傷も目もすぐに回復を始め、傷口は塞がり元通りに戻り始める。
 「完治する暇は与えません!」
 金色の冠をかぶったイシュタルはそう叫ぶと、冠に手を当てる。すると冠、神具”ネヴュラ・ティアラ”についた宝石が光り輝き始める。その光はキラキラと回復を始めたギルガメッシュの腕を包み込むと、その回復を加速させてゆく。イシュタルの失策ほくそえむギルガメッシュだったが、すぐにイシュタルの真意を知ることとなる。
 『何を血迷って・・・なにぃぃぃっっ!!??』
 「お判りいただけましたか、私の真意が・・・??」
 『ぎざま〜〜〜〜!!!』
 回復した腕が今度は大きく膨れ上がり、組織が崩壊を始める。過剰な回復力が腕の筋組織を崩壊させたのである。崩れ落ちる腕を押さえながらギルガメッシュは奇声を発し、口から漆黒の炎を吐き出し、イシュタルを焼き尽くそうとする。そのイシュタルを護るようにシェーナが間に割り込み、神具”クライシス・シールド”で漆黒の炎を受け止める。
 「貴方が異界の力を手に入れようとも、私の楯は壊せない!!」
 『ぐぬぅぅぅぅッッッッ!!!』
 「そして貴方の力はあなた自身を滅ぼす力となる!」
 漆黒の炎は完全に巨大な楯に防がれ、それを打ち砕くことは敵わなかった。悔しそうな声を上げるギルガメッシュの眼の前で突然シェーナが楯をもったまま身をかわす。支えを失った炎はそのままその後ろにいるはずのイシュタルを焼き尽くすはずだった。しかし、そこにいたのは神具”オールマイティ・ミラー”を手にしたサーリア待ち構えていた。サーリアの言葉、神具の効果、それがどういうことを意味するのかをギルガメッシュがわかったときにはすでに遅かった。”オールマイティ・ミラー”に吸い込まれた漆黒の炎はそのままギルガメッシュに撥ね返って来る。
 『な・・・ぐぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』
 漆黒の炎に包まれたギルガメッシュが絶叫する。炎は皮膚を焼き、肉を焦がす。自分を焼く炎を何とか消そうともがくギルガメッシュはその巨体を大地に横たえ、ごろごろと転がって必死になって消そうとする。そののた打ち回るギルガメッシュをアンジェリカが鞭を手に襲いかかる。
 「オーホホホホッッッ!!!いい声で鳴きなさい!」
 手にした鞭、神具”ナインテール・ウィップ”が唸りを上げる。九つに分かれた鞭には無数の棘が生えている。その鞭で思い切り、容赦なくギルガメッシュの背中を打ち据える。背中の皮膚が裂け、肉が抉れ、血が舞い散る。それでもアンジェリカは鞭を振うのを止めようとはしない。何度も何度も振り下ろし、ギルガメッシュの背中を打ち据える。
 『ぐはぁぁっっ・・・この、阿婆擦れ・・・』
 「そのような下品なことを仰る口はこちらですか??」
 背中をズタズタに引き裂かれたギルガメッシュは怨嗟の声を上げる。その言葉を聞きとがめたプリスティアがにっこりと笑いながらその下品な言葉を吐いた口に神具”クリスタル・バード”を捻じ込むように飛び込んでくる。大きく口を広げられたギルガメッシュの眼前で繰り広げられた光景は驚愕するものであった。
 「その臭い口を封じさせていただきます!”スターライト・ノヴァ”!!」
 プリスティアはそう宣言すると、もう一つの神具”スターライト・シューター”をギルガメッシュの口目掛けて発射する。解き放たれた光の奔流がギルガメッシュの口の中で炸裂する。口の中は引き裂け、歯は全て砕け散り、舌は原形をとどめていない。ここまで連続しての攻撃を受けては回復も追いついてこない。
 (だめだ、一度ここから離脱しないと・・・)
 危機感を持ったギルガメッシュは慌てて翼を広げると大きく羽ばたきその場から逃げ出そうとする。翼の羽ばたきの巻き起こす砂煙が辺りの視界を覆い隠す。その隙にギルガメシュはその場を離れようとするが、その進行方向を遮るものがあった。影は八体。一つは人間、あとの七つは龍であった。アルセイラを護るように空を飛び、エンたちは今にも襲い掛からんばかりに唸り声を上げる。
 「今更どこへ逃げようというのですか・・・」
 アルセイラは神具”ドラゴニュート・タクト”を手に逃げ出そうとするギルガメッシュに冷たく言い放つ。エンたち七体の神竜もそれに同意するように低く唸り声を上げている。逃がさない、絶対に倒す。そういった敵対する眼差しがギルガメッシュに集められる。それでも逃げ出そうとするギルガメッシュであったが、アルセイラは冷静に”ドラゴニュート・タクト”を振う。まるで音楽の指揮者のようにタクトを振る度にそれに合わせて神竜たちがギルガメッシュに攻撃を加えてゆく。爪が体を引き裂き、牙が肉を食い破る。ブレスがギルガメッシュの体に深刻なダメージを与えてゆく。
 「準備出来た。アルセイラ、あの子達を下がらせて」
 遥か上空からそんな声が聞こえてくる。その言葉に合わせてアルセイラはタクトを振い、神竜たちをギルガメッシュから引き離す。ここまで追い込みながら何故と訝しむギルガメッシュは自分の上空が異常に明るいのに気付く。太陽かと思ったが、太陽は別のところに見えてくる。ならば何がと見上げたギルガメッシュはそこにもう一つの太陽を見つける。
 「いい加減、諦める・・・」
 片手で巨大な太陽を支えるもう片手で神具”真実の書”を手にした体勢でフェイトは悠然とギルガメッシュを見下ろしながら冷酷な宣告をする。そう簡単に諦められるくらいならこんな長々とした戦いなどしてはいない。ギルガメッシュは諦め悪く逃げ出そうとするが、フェイトはそれを許すことはなかった。
 「往生際が悪い・・・”ソーラー・レイ”・・・」
 収束された太陽の光が巨大な光の帯となってギルガメッシュに降り注ぐ。光の奔流がギルガメッシュの傷ついた体を地面に叩きつける。熱が皮膚を焼き、肉を焦がす。光が収まる頃にはギルガメッシュの体は深刻なダメージを受けていた。もはや回復しきれるレベルではない。一刻も早くこの場から逃げ出し、体を癒さなければならない。しかし、地上も空中も逃げ場はない。残された手は一つしかない。ギルガメッシュはその鋭い爪を立てると、すさまじい勢いで地面を掘り始める。地中から逃げ出すつもりで地面を掘り始めたギルガメッシュだったが、その行く手を何かが遮る。いくら爪を立てても先に進めない。
 「先ほども言いましたよ?逃げてはいけないと」
 サクラは神具”ブレス・リング”をギルガメッシュに見せながらきっぱりとそう言い放つ。この地域一体地上も、空中も、地下も、サクラの結界で覆いつくされている。もはや逃げ場はないとサクラは笑顔で宣告する。逃げ場を失ったギルガメッシュに今度はレオナとアリスが迫る。
 「さてと・・貴様には少し聞きたいことがある・・・」
 「お父様を殺したのは貴方ですか??」
 自分を睨みつける2人に眼差しは鋭く、嘘は許さないと無言の圧力をかけてくる。ギルガメッシュの首が無言のまま縦に振られる。その瞬間、レオナの剣が煌めく。真横に薙いだ剣がギルガメッシュの足を両脚とも切り裂く。両足を失ったギルガメッシュは無様に尻餅をつく。それでも両手の力だけで後退してその場から逃れようと試みる。しかし、いくら距離を置こうと両手でもがいても距離が離れない。
 「貴方だけは逃がしません!」
 アリスはきっぱりとそう告げると、手にした砂時計型の神具”エターナル・タイム”の上下を入れ替える。砂時計の砂が戻るようにギルガメッシュの体の位置も元通りの位置に戻されてしまう。アリスが神具の力を発動させている限り、ギルガメッシュには回復も脱出も不可能であった。
 「みんな、待たせた・・・」
 逃げ場を失ったギルガメッシュに死刑が宣告される。力を貯め、呪文の詠唱を終えたエリウスがその目を開け、ギルガメッシュを睨みつける。そのエリウスの言葉に従うように12人の”巫女姫”と7体の神竜はギルガメッシュから距離を取る。ギルガがッシュは顔面蒼白になって何度も何度も首を横に振る。必死になって命乞いを使用とするが声も出ない。
 「これで愚かな混沌の時代は終わる・・・さらばだ、ギルガメッシュ!”ラグナロク・ブレイク”!」
 エリウスは両手を地面に叩きつけると、その魔法を発動させる。発動した魔法はギルガメッシュを取り巻く光の魔方陣へと変化する。その光の魔方陣からは9本の光の柱が天に向かって聳え立つ。やがてその光の柱は変化を始め、鎧を纏い、縦と槍を手にした天使、ヴァルキリーへと姿を変える。
 「ひゃが・・・ひゃがあああぁぁぁ・・・」
 その神々しいまでの姿も今のギルガメッシュには恐怖でしかなかった。9人のヴァルキリーは手にした槍を天にかざす。するとギルガメッシュを光の珠が覆いつくし、ヴァルキリーたちの中心へと導いてゆく。恐怖の極みに達したギルガメッシュが絶叫を上げるのと同時にヴァルキリーたちの槍がギルガメッシュを刺し貫く。刺し貫いた槍はギルガメッシュの肉を、血を、魂さえも焼き尽くし、その槍に吸収してゆく。ヴァルキリーたちが消えゆくときにはすでにギルガメッシュはその存在そのものがこの世界から消え去ってしまっていた。
 「終わった・・・これで全て・・・」
 エリウスはギルガメッシュを喰らい尽くし消えゆく赤き混沌を見つめながら戦いが終わったことを感じ取っていた。倒さなければならない”九賢人”はこれで全て倒れた。ここから先、人間は自分たちの足で歩んでゆかなければならない。そしてそれこそがエリウスが望んだ世界であった。
 「あとは僕らが神域に戻れば全てが終わる・・・」
 人が自分の足で歩いてゆく上で行き詰まることもあるかもしれない。その上で道しるべとなるべきものはいくつも用意してある。しかし、その道しるべとしてエリウスは自分たちがふさわしくないと感じていた。自分たちの存在を人々が安易に求めてしまうことがその可能性を自分の手で閉ざしてしまう恐れがあった。自分の存在を秘匿しておくことも手ではあったが、もしその存在が知れ渡ったとき、人は安易に自分たちを頼ってくることだろう。それでは人の進化を促すことはできない。人が自分たちの力を欲するのならば、それなりの手順を踏んで力を手に入れてからの話である。そのためにも自分たちがこのまま人の世似の頃ことは得策ではないとエリウスは考えていた。
 「さあ、僕の元に帰っておいで・・・”巫女姫”たち。そして神の龍たちよ」
 エリウスはそう言うと自分の人差し指に軽くキスをする。そこから光の粒子が舞い散り、辺りに広がってゆく。床に落ちた光の粒子は魔法陣を生み出し、次々に各地で戦っていた”巫女姫”と神竜たちを呼び寄せる。呼び寄せられた”巫女姫”と神竜たちは最初なにが起こったのかわからない顔をしていたが、エリウスの顔を見るとすぐに全てを察する。
 「ステラ、泣いちゃうでしょうか・・・お別れも言わないで行ってしまうのですから・・・」
 「お別れを言ったら離れてくれないわよ、あの子は・・・このまま別れるのがいいのです」
 「・・・そうですね。あの子は女王、人の世を束ねる女王となるべき存在・・・」
 「そうです。この程度のことでいつまでもないているようではいけないのです・・・」
 この世界を去ろうとすることにアリスは抵抗はなかった。唯一つ、妹をこの世界に残してしまうことが気がかりでならなかった。それはレオナとて同じであった。しかし、別れを言うことはかえってステラを悲しませることになる。だからこのまま分かれた方がいいとレオナは思っていた。自分たちがいなくなってもステラにはヒルデが、エレナが、城のみんなが付いてくれている。そのしてみんなが彼女を女王にふさわしい少女に育て上げてくれるに違いない。自分たちはそれを遠い神域で見守ってやればいいのだ。アリスはうっすらと涙を目に湛えたまま小さく頷く。
 「ティン、貴方にも世話になりましたね・・・」
 「アリス様・・・ティンも一緒に行けないですか??」
 哀しそうな顔で尋ねてくるティンにアリスは無言のまま頷く。神界は神聖なる場、自分たち神格にある者たち以外では入れるとすれば試練を乗り越えた者か、死者の魂だけである。いかにアリスたちが望んだとしてもこれだけはどうすることもできない世界の摂理であった。
 「ティンは・・・ティンはアリス様と離れたくないです!!」
 そう言うとティンはアリスの顔にしがみ付き、ピィピィと泣き始める。泣いたからといって自分の想いが通るはずもなく、泣けばアリスを困らせることはティンにもよくわかっていた。それでも涙は止まらない。近付いてくる別れのときが涙を止めてくれないのだ。
 「ティン、泣かないで・・・いつかまた会いましょう・・・」
 「本当・・・ですか??」
 「ええ・・・」
 アリスはにっこり笑ってティンと約束をする。そしてティンから離れると、エリウスたちの元へと歩み寄る。それをティンはじっと見つめていた。ティンは何も言わない。いつかまた会えるとアリスと約束をしたから。それがいつになるかはわからない。もしかするとそのときは永遠にこないかもしれない。でもアリスが約束を違えることは決してない。それがわかっていてもこぼれ落ちる涙がティンの視界を真っ白に染め上げる。
 「帰ろう、神域へ・・・」
 エリウスの言葉に”巫女姫”たちは小さく頷く。自分たちが生まれ育った世界との別れ、それが哀しくないわけがない。それでもこれから先のことを思えば、苦しいことばかりではない。エリウスの許可さえあればいつでもこの世界には戻ってくることもできる。そう考えれば悲しい別れではなかった。”巫女姫”たちは各々世界に別れを告げる。それに合わせるように一人、また一人とこの世界から神域へと転移して行く。最後に残ったエリスはもう一度だけ後ろを振り返る。そして最後に一言だけ残して消えてゆく。この人間界から永遠に・・・
 「さようなら・・・混沌の中に光が差し込んだ新たなる世界よ・・・」


 その言葉は誰にも届かない。だが、この世界に生きる全ての人の耳にその声は届いた。それがこの世界から神が消えたことを意味することがわかったものは数少なかった。それでも人々は生きてゆく、この新たなる世界、新世界を!


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