第48話 降臨


 「アリスがいなくなった??」
 「はい。ふらふらと廊下歩いているのは見たんですけど〜・・・」
 がっくりと項垂れて話すティンの言葉にエリウスは驚きを隠せなかった。この最後にして最大の戦いの最中、アリスが自分に黙ってどこかに行ってしまうとは思いもしなかったからだった。しかしいつまでも驚いている余裕はない。エリウスはすぐさま目を閉じアリスに呼びかける。
 (アリス・・・アリス!!どこにいるんだ、アリス!!)
 念話を使ってアリスに呼びかけるがまるで反応がない。それはアリスの意識が途絶えていることを意味していた。そしてそれはアリスが誰かの手に落ちた可能性も意味していた。最悪のシナリオを想像したエリウスは舌打ちをしながらどうしてこんなことになったのかを思い起こす。
 (アリスが僕に黙って出ていくなんて考えられない・・・)
 いくら考えてもアリスが出てゆく理由が思い浮かばない。それほどアリスはみなに慕われていたし、アリスもみなを慕っていた。ティンやチビ竜たちを慈しみ、可愛がっていたし、エリウスやレオナとたわいもない会話を楽しんでいた。少なくとも昨日まではアリスが自分から魔天城から出てゆく様子は見受けられなかった。
 (なら、誰かに誘い出された??)
 アリス自身に問題がないとすれば考えられるのは外的要因。誰かに操られて外に誘い出されたか、誰かの誘いに乗ってしまったか。どちらにしてもその可能性は低いとしかいえなかった。魔天城は強力なシールドの覆われていて、エリウスに気付かれずにアリスだけに念話を送ることは不可能に近い。エリウスが気づかなかったとしてもフィラデラたちがいるのだから、誰かに気付かれる可能性のほうが高いだろう。
 (直接乗り込んできた???それはないか・・・)
 魔天城内部に直接乗り込んできた可能性はエリウスは頭から否定していた。直接乗り込んでくることは不可能ではないが、念話と同様気づかれる公算が高すぎる。たとえ気付かれなかったとしてもわざわざアリスを外に誘い出す意味がうかがい知れない。直接乗り込めるのだから直接脱出もできるはずなのだから。
 (ならこの一日の間にアリスに何かが起こった?でも一体何が・・・)
 エリウスはしばし瞑想するように両目を閉じて考え込んでしまう。自分たちに何かアリスを怒らせるような非があったわけではないし、アリスもエリウスたちの出陣を笑顔で見送ってくれていた。つまり戦いが始まってからアリスに大きな変化が訪れたとしか考えられない。
 「一体何が・・・!!!まさか!!」
 アリスに大きな変化があったとするならば、”巫女姫”としての力が戻ってきたということだろう。そしてそれはアリスの記憶が完全に甦ったことも意味していた。過去の記憶を取り戻したということはあの忌まわしい記憶もアリスが取り戻したということであることをエリウスはようやく理解する。
 「しまった・・・何故こんなことに気付かないなんて・・・」
 エリウスは苦渋の表情を浮べて自分を責める。アリスがこれまでに過去の記憶を取り戻していたことはわかっていた。しかし、明るく、優しく接してきた彼女の様子からあの暗い過去を乗り越えたものとばかりエリウスは思い込んでいたのだ。しかし実際はそんなことはなかった。他の巫女姫たちを裏切った記憶がアリスを今頃になって苛んでいたのだ。
 「迂闊だった・・・」
 エリウスは自分の迂闊さを激しく後悔していた。もしいつも通りアリスと接していたならばアリスの変化に気付いていたかもしれない。だが、ストラヴァイドとの戦いを優先したがためにその微妙な変化をエリウスは見落としてしまっていたのだ。エリウスの中に12人の巫女姫のことは何でも分かっているという慢心、油断があったのかもしれない。その油断からアリスの暗い記憶が取り戻すという可能性を失念していたのだ。
 「となるとアリスは・・・王都か?」
 念話が繋がらない以上アリスが何者かに拉致された可能性が高い。そしてその何者かはおそらく”九賢人”の1人ギルガメッシュであろう。自分の気付かれずに魔天城近くまでやって来てアリスを拉致できる者など彼ぐらいしか想像がつかなかった。同時にこれはエリウスへの宣戦布告でもあった。
 「アリスを助けたてれば自分の居場所を見つけ出してそこまで来い・・・という事か」
 ギルガメッシュの宣戦布告にエリウスは口元を歪めて笑みをこぼす。向こうから戦いを挑んでくるとは予想外であった。今のところ彼の居場所はわからないが、大結界が消えた今ゾフィスがその居場所を探し当ててくれるのは時間の問題だろう。アリスのことは心配であったが、今は待つしかなかった。
 「それにしてもアリスには辛い思いをさせてしまったな・・・」
 エリウスはそう呟くと大きな溜息を漏らす。かつて自分が”九賢人”に敗れ、封印されるキッカケを作ったのはほかならぬアリスがその身に宿す”巫女姫”の嫉妬であった。しかしそれはアリスの責任ではなく、そのときの”巫女姫”の責任である。だからエリウス自身はそのことを責めるつもりはまるでなかった。責めるつもりはなかったが、そのことについてアリスと語らう機会を避けていたのも事実であった。そのためにアリスの心を大きく傷付けてしまうことになったのだ。そのことがエリウスには心苦しかった。
 「エリウス様!アリスがいなくなったと言うのは本当ですか??」
 部屋の扉が開くと別地に派遣されていたレオナが勢いよく飛び込んでくる。鎧のそこかしこには返り血が付着し、どれだけの敵を、彼女にとってのかつての同胞を切り伏せてきたがうかがい知れた。そんなレオナの様子に視線を送りながらエリウスは無言のまま小さく頷く。
 「どうしてこんなことが・・・」
 「どうやら昔のことを思い出したらしい・・・」
 「昔のこと??まさか、我々を裏切った過去のことですか?」
 エリウスの返答にレオナは驚きを隠せなかった。アリスには記憶があるというのは知っていたので、すでにあのことは思い出しているものとばかりレオナは思い込んでいた。それは他の巫女姫たちも同様で、あえてアリスの前ではそのことを話さないようにしていたのだ。それがまさか記憶が戻っていなかったとは思いもよらなかった。
 「で、では、私たちやエリウス様に責められると思って・・・」
 「だろうね。そしてあんなことをしでかしてしまった自分を許せなかったんだろう」
 「そんな・・・私たちはもうそんなこと気にしていなかったのに・・・」
 エリウスの言葉にレオナも驚きを隠せなかった。過去の記憶が戻ったときレオナたちはアリスに宿る”巫女姫”が何をしてきたかを知り、驚いた。しかし、今のアリスには何の関係もないことであると思い、何も言わずにいたのだ。そしてアリスもまた何も言わなかったのですでにこのことは終わったことだとばかり思っていた。
 「ではアリスはそのことで自分を責めて・・・」
 「ああ。そして城を出たところをギルガメッシュの奴に襲われたらしい・・」
 エリウスは大きな溜息とともにアリスがギルガメッシュの手に落ちたことを告げる。その言葉にレオナは絶句してしまう。まだ”巫女姫”として覚醒し始めたばかりのアリスを捕まえて何をする気かは知らないが、”九賢人”が捕まえてろくなことに使うはずがない。
 「おそらくは僕をおびき出す餌にするつもりだとは思うけど・・・」
 「アリスをそのようなことに・・・赦せません!!」
 大切な妹を道具のように扱われたことにレオナは怒りを露にする。そんなレオナの怒りを他所にエリウスは気付かれないようにもう一度小さな溜息を漏らす。だが、レオナはそんなエリウスに微妙な変化もすぐに察知していた。するりとエリウスの膝の上に腰掛けると、その首に腕を廻してくる。
 「エリウス様、そんなにご自分を責めないでください・・・」
 「レオナ・・・」
 「今回の一件は我々他の”巫女姫”達も同罪。御自分1人で罪を背負おうとなさるのはおやめください」
 レオナはエリウスをしかりつけるようなはっきりとした口調でエリウスに言い聞かせる。レオナにはアリスが自分の過去を悔いて飛び出していったことをエリウスが自分ひとりで背負おうとしているのが、ありありとよくわかった。だからその罪を自分たちもともに背負おうとしていたのだった。
 「だけど、レオナ・・・このことは・・・」
 「アリスに過去のことを教えなかったのは我々も同じ。そのことを何の相談もしなかったのはアリスの罪です!」
 それでも尚罪を背負おうとするエリウスにレオナはきっぱりと言い放つ。今回の一件はみんなの罪であり、誰の罪でもない。レオナはそう言いたかったのである。そんな誰に罪があるかを問うよりも、一刻も早くアリスをギルガメッシュの魔の手から救い出す方が重要である。レオナは毅然とした態度でそのことをエリウスに訴えかける。
 「そうだね・・・アリスを早く助け出さないと・・・」
 「そうです・・・だから・・・」
 レオナはそこまで言うとエリウスにしな垂れかかるようにしてそっとその唇を、自分の唇で塞いでゆく。レオナの力強く、熱く、優しい口付けにエリウスは一瞬驚きの表情を浮べるが、すぐにそれを受け入れる。レオナをしっかりと抱き締め、その存在を確かめるかのように熱きキスを交し合う。
 「エリウス様・・・」
 唇を離したレオナは甘い声を漏らす。二人の間に唾液が糸を引く。エリウスに抱かれたレオナは甘い声を漏らしながら自分の鎧と服をかき消す。その下から現れた白い陶磁器のような澄んだ裸体にエリウスは嘆息を漏らす。きめ細かい白い肌に傷などひとつとしてない。そしてその肉体は無駄な肉は一切失われ、出るところはしっかりと出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。まさに芸術品といえる肢体であった。その肢体をエリウスは存分に堪能する。今宵はこの芸術品を心行くまで存分に味わいつくすのだから・・・



 「あはっ・・・あああっっ・・・」
 絶頂に達してぐったりとなったレオナはエリウスの胸にもたり、その体温に幸せを感じていた。そんなレオナを優しく抱きしめながらエリウスもまた射精の喜びに浸っていた。2人の結合部分では勢いを失ったエリウスのペニスがぬるりとこぼれ落ち、その抜けた穴からエリウスの子種がレオナの愛液とともにあふれ出してくる。
 「んんっ・・・エリウス・・・様・・・」
 こぼれ落ちる淫水を指で拭いながらレオナはエリウスにキスを求める。エリウスはその求めに応じ、2人はそっと唇を重ねあう。唇を重ね合わせながら二人はどちらからともなく舌を差し出し、お互いに絡めあう。舌が絡み合うたびに唾液もまた絡み合い、ピチャピチャとイヤらしい音を奏でる。エリウスの膝の上で愛し合い、キスをする。そんな幸せを噛み締めながらレオナはその時が止まることを願う。しかし、時は止まることはなく、無情に流れてゆく。
 「何か情報が入ったのかい、ゾフィス?」
 レオナの唇から唇を離したエリウスは視線をレオナから逸らすと、床の影に問いかける。その言葉にレオナはようやくそこに誰かがいることに気付き、慌てて自分のドレスを取り出すと、自分の肌を隠すように巻きつける。相手が女のゾフィスであることは今の会話からわかっていはいたが、それでも恥ずかしいことには代わりはない。
 『お楽しみのところ、申し訳ありません・・・』
 「いいよ。で、何かわかったのかい?」
 『アリス様が連れ込まれたらしき場所が特定できました』
 ゾフィスの言葉にエリウスもレオナも反応を示す。連れ去った人間の居場所をこれだけ早く見つけさせたのは間違いなく挑発である。『早くここに来い、来て俺と勝負しろ!』そう挑発しているに他ならなかった。エリウスはその挑発に乗るつもりでいたし、勝負は受けるつもりでいた。
 「それにしても早かったね・・・どこだい、その場所は?」
 『光の宮の地下でございます。そこだけ側が影達の侵入を拒んでおります』
 ゾフィスの影が侵入できない場所は限られている。大結界のような強力な結界が張られた場所に限定される。そしてそういった場所には大抵何かしらの意味があって結界が張られているものである。光の宮にはエリウスも過去に行ったことはあるが、そんな結界の存在は感じていない。ならば最近できた結界ということだろう。
 「ふうん、そんなところに・・・でもよくそこがわかったね・・・」
 『光の宮の外にこのようなものが落ちていましたので・・・』
 ゾフィスの言葉とともに影から白い布切れが浮かび上がって来る。それは埃にまみれた白いドレスであった。そしてその持ち主はアリス以外の誰でもないことがエリウスにもレオナにもよくわかった。そしてこれがギルガメッシュからの挑戦状であることも。
 「よくよくボクを挑発したいみたいだね、あの男は・・・」
 怒りに肩を震わせながらエリウスはレオナを床に降ろすと、すっくと立ち上がる。そして手にしたドレスをじっと見つめる。そのドレスの持ち主が今光の宮の地下でどんな目にあっているかはわからない。しかし、その少女を助けるためにもギルガメッシュの挑発に乗るしかなかった。
 「いいよ。その挑発、その挑戦、受けて立とうじゃないか!」
 エリウスは怒りに体が震え、全身から迸る魔力を抑えることが出来なかった。エリウスがここまで自我を失うこと自体まれであったのでレオナはやや動揺していた。とはいえ、レオナもギルガメッシュを許す気など毛頭ない。エリウスとともに光の宮に乗り込み、アリスを救い出すつもりでいた。
 「いくよ、レオナ。他の”巫女姫”たちは?」
 「今この城にいるのはアンジェリカ、プリスティア、フェイト、サクラの四名だけです」
 「じゃあ、彼女たちもつれて行く。準備して」
 エリウスの言葉にレオナは頷き、フェイトたちを呼びに走る。そのレオナがフェイトたちを伴って戻ってくるまで5分と掛からなかった。その間エリウスはじっと天井を見つめて気分を落ち着かせようとする。あのドレスをあそこに放置したのは自分から冷静さを奪うギルガメッシュの策略である可能性が非常に高い。ならば今のこの心乱れた状態でギルガメッシュの元に乗り込むなど、奴の目論見に嵌まってしまったことに他ならない。それだけはエリウスの誇りにかけても許すことはできなかった。だから心が落ち着くようにじっと天井を見つめ大きく息を吸い込み、吐き出す。
 「エリウス様、お待たせしました!あとティンも付いて行くと言いまして・・・」
 フェイトたちを伴って戻って来たレオナの頭の上にはティンが自分もついてゆく気満々でしがみ付いていた。レオナはティンが自分の頭の上にいることに眉をしかめている。ティンが戦力になるとは考えにくい。しかし、彼女もまたアリスが魔天城から出てゆくことに気付かず、そのことを気に病んでいた事をエリウスもよくわかっていた。
 「いいよ、ティン。ついておいで」
 「ありがとうございます〜〜」
 ふわふわと飛んでエリウスの肩に止まったティンを連れてエリウスは、レオナたち五人とともにストラヴァイド光国の光の宮へと飛ぶ。空間を飛んで光の宮の前に降り立ったエリウスたちはそこで異様な光景を目の当たりにする。そこにはかつての光の宮は存在していなかった。
 「なんなんですか、ここは・・・」
 「これが光の宮??」
 初めて光の宮を訪れたアンジェリカ、プリスティアも驚きを隠せなかった。その神々しいまでの白き壁は剥がれ落ち、無数のつたが壁を這い、覆い尽くしている。綺麗な水を湛えていた泉は黒き水が満ち、そこにいたはずの魚たちの姿も今はどこにもない。
 「こんな・・・これが光の宮だなんて・・・」
 最もよく光の宮を知るレオナがもっとも驚きを隠せなかった。幼き頃より出入りしていたこの光の宮はレオナのお気に入りの場所であり、アリスとともに過ごした思い出の場所でもあった。その思い出の場所の見るも無残な姿にレオナはもはや言葉がなかった。どうしてこんなことになったのかまるでわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 「どうやら答えてくれる奴が来たみたいだね・・・」
 呆然とするレオナを他所にエリウスはじっと光の宮の入り口を見つめていた。そのエリウスの言葉にレオナが視線をそちらに向けると、光の宮の中から誰かが出てくるのが見える。聞こえてくる足音は2人。やがてその顔が見えた瞬間、レオナの表情が怒りに狂う。
 「ルードッッッッ!!!リンゼロッタッッッッ!!!」
 「アラ、まだ生きていましたの、この恥知らずの元王女様・・・」
 憤るレオナをあざ笑うかのように侮蔑の笑みを浮べたリンゼロッタは口元を扇で覆い隠しながら平然と言い放つ。レオナからすれば父王を殺して王位を簒奪したこの父娘の方が恥知らずなのだが、厚顔無恥な二人はそうとは思っていない。それがさらにレオナの怒りを煽り立てる。
 「まったく魔族と結んで母国を襲うとは・・・呆れてモノもいえませんわ・・・」
 「その魔族の私を売ったのはどこの誰だ!」
 「売りはしましたけど、その場で自害なさらなかった時点で貴方は穢れておりますわ」
 汚らわしいといわんばかりにリンゼロッタはふいっとレオナから視線を背ける。そんなリンゼロッタの態度にレオナはさらに憤るが、その彼女の頭をエリウスがそっと撫でてくる。その優しい手の温かみが自然とレオナの怒りを静め、平常心を取り戻してくれる。
 「君の言い分なんてどうでもいいんだよ、リンゼロッタ。そこを退いてもらおう」
 「どこのどなたか知りませんが、無礼でしょう、この私に」
 「ボクは退け、獲ったんだよ、この女狐・・・」
 エリウスの言葉にリンゼロッタは鼻を鳴らしながら侮蔑の眼差しをエリウスに向けてくる。そんなリンゼロッタの眼差しや戯言などエリウスには関係なかった。冷たく押し殺した口調でもう一度退くように言い放つ。そのエリウスの口調に辺りの温度が数度下がったような気分になる。
 「な・・・なんですの、こいつは・・・」
 あまりのエリウスの迫力にリンゼロッタはそれ以上何も言い返すことが出来なかった。がたがたと震えながら数歩後退する。それはルードも同様で、青い顔で震え上がっていた。エリウスは地下へと向かうべく、さらに歩を進める。エリウスの迫力に負けていたリンゼロッタとルードであったが、このまま逃げてはまずい、この程度の人数に負けるはずがないと思いなおし、慌てて左手を上げる。それにあわせるようにし、左右から弓や槍を構えたストラヴァイド兵が姿を現し、エリウスたちを取り囲む。
 「どうだ。これがストラヴァイド軍の精鋭だ!!」
 「どなたかは知りませんが、これだけの人数の・・・」
 数的有利が勝ちに繋がると思いこんでいたリンゼロッタとルードは自分たちが優位に立っていることを思い出し、勝ち誇った笑みを浮かべエリウスを見下そうとした。しかし、その笑みは一瞬にして凝りつき、恐怖に彩られる。強大な炎の嵐と吹雪がストラヴァイド兵を包み込み、次々と焼き殺し、氷付けにしてゆく。
 「な・・・な・・・」
 フェイトの左右の手から同時に二つの呪文だ発動したのだ。呆然とするルードとリンゼロッタを他所に、その隙を逃すような真似を他の”巫女姫”たちがするはずがなかった。アンジェリカの鞭が、プリスティアの弓と鳥が次々とフェイトに襲いかかろうとするストラヴァイド兵を刈り取ってゆく。その攻撃を掻い潜ってフェイトの元までたどり着いたものもいたが、一人として彼女に攻撃できたものはいなかった。それどころか繰り出した槍が、放った矢がことごとく自分たちに跳ね返ってくる。全てはサクラの結界によるものだった。
 「そん・・・な・・・」
 「われらが精鋭が・・・」
 驚きを隠せないルードとリンゼロッタを無視してエリウスはレオナとともにその頭上を飛び越える。慌てて2人が振り向くと、レオナが腰の長剣を抜き放ち、リンゼロッタたちの後ろにいたストラヴァイド兵をなぎ倒しているところであった。その倒れ行くストラヴァイド兵を飛び越えるようにしながらエリウスは後ろを振り返ることなく光の宮の中へと消えてゆく。その姿を見送ると、レオナは剣を構えなおしリンゼロッタたちを睨みつける。
 「す、少しはできるように・・・」
 あまりのスピードの声もでなかったルードとリンゼロッタだったが、すぐに我に返ったリンゼロッタが扇で口元を隠しながらあくまで冷静を保とうとしながら言い返してくる。内心は精鋭で固められた100人を越える兵士があっという間に半数以上倒されて青くなっていた。しかし、その驚きを必死に押し隠し、まだ自分たちの優位を疑わずにいた。
 「ですが、まだ私達の方が・・・」
 優位だと言おうとしたリンゼロッタの髪を風が凪ぐ。次の瞬間、背後から悲鳴が聞こえてくる。慌てて後ろを振り返ったリンゼロッタは両耳を押さえて蹲る実父の姿にさらに慌てるのだった。
 「どうなさったのですか、お父様・・・」
 「耳・・・耳・・・」
 何度もそう呟くルードの指の隙間からは赤黒い液体がどろどろとあふれ出してくる。ぎょっとするリンゼロッタはルードの足元に二つの肉塊を見つけて息を呑む。それは間違いなく人間の耳であり、その持ち主が父ルードであることは間違いなかった。そしてそれを切り落としたのは間違いなくレオナであることも分かっていた。
 「おのれ、何を・・・」
 振り返ったリンゼロッタの体をまた風が凪ぐ。なにが起こったのかまるでわからないでいると、やがてあるものがなくなっていることに気付く。口元を隠していた扇が消えているのだ。慌てて探すとそれは自分の足元に落ちていた。先ほどルードの耳が切り落とされたときに動揺し、謝って落としてしまったのかと思い、身を屈めてそれを拾おうとする。
 「え??なに・・・????」
 身を屈めたリンゼロッタの目に扇以外のものが飛び込んでくる。数は四本、白くて細長いものであった。しばし呆然とそれを見つめていたリンゼロッタはやがてそれを確かめるように右手を持ち上げる。視線が手首から手の平へ、そしてその先へと延びてゆく。しかし、その先にリンゼロッタの視線が届くことはなかった。手の平の先にある四本の細くて長い白い指先はそこには存在していなかった。
 「へっ??あっ・・・いやぁぁぁぁっっっ!!!」
 ようやく我に返ったリンゼロッタが悲鳴を上げる。するとそれまで押さえ込まれていたかのように指の切り口から真っ赤な鮮血が噴出して大地を赤く染める。左手で落とされた指を押さえるがそんなことで血が止まるはずがなかった。ボタボタと滴り落ちる血が小さな池を作ってゆく。
 「あぐっ・・・ああっ・・・」
 リンゼロッタは切り落とされた指を慌てて拾い上げると必死になってそれをくっつけようとする。しかし、魔法の心得などないリンゼロッタが切り落とされた指をくっつけられるはずもなく、いくら傷跡に指を押し付けても切り落とされた指は空しく地面に落ちるだけだった。
 「いや・・・くっつけ、くっつきなさいよ!!!」
 無駄な努力をリンゼロッタは狂ったように繰り返す。しかし、くっつかないものはいくら努力してもくっつくはずがなかった。そんな空しい努力を繰り返すリンゼロッタをあざ笑うかのように、レオナは剣を振う。レオナが剣を凪ぐたびにルードの、リンゼロッタの五体が次々に切り裂かれ、大地を赤く染めてゆく。
 「お前達は簡単には殺さない。その五体を少しづつ切り落とし、削り落としていってあげる!!」
 怒りに満ち満ちたレオナの視線を浴びながらそう宣言されたルードとリンゼロッタは喉が潰れんばかりの悲鳴を上げてレオナに踵を返して逃げ出そうとする。しかし、それを許すレオナではない。剣を振い、二人のアキレス腱をきれいに断裂させる。走る力を失ったルードとリンゼロッタはばたりと地面に倒れ伏す。それでも腕の力で這いずって逃げ出そうとする二人にレオナは非常な剣を振い続ける。
 「ゆ、許してくれ!!ワシらは何もしておらん!!」
 「そ、そうよ!私たちは伯父様に手を出してない!!手を下したのはクライゼよ!!」
 涙目になって命乞いをするルードとリンゼロッタを冷ややかな眼差しで見下ろしていたレオナだったが、今しがたリンゼロッタの言葉を聞き逃すほど冷静さを失ってはいなかった。
 「今なんと言いました?」
 「で、ですから、伯父様を手に掛けたのはクライゼだと・・・」
 レオナの問いかけにリンゼロッタはガタガタと震えながら必死になって言い返してくる。その様子から彼女が嘘を言っているようには見えない。ルードもリンゼロッタの言葉に何度も頷いている。しかし、それでは話が矛盾してくるのだ。父王ジーンが殺され大結界の贄にされたときにはすでにクライゼは自分の剣にかかって息絶えていたはずである。
 「どういうことだ・・・」
 自分が殺したあとにジーンを殺したクライゼ。彼が自分に殺されたあと生き返ってジーンを殺したとでもいうのだろうか。しかしクライゼにそんな力があったとは思えない。死者蘇生の魔法が使えるものなどほんのわずかしか、この世界には存在しない。第一あの男はこの世界にその存在を残さないほど切り刻んでやったのはほかならぬレオナである。あの状態で助かる術がレオナにはわからなかった。首を傾げるレオナだったが、ある仮説を立て、それを検証する。1つのピースが埋まればそれは簡単に組みあがってゆく。
 「そうか・・・そう言うことか・・・」
 誰に答えるわけでもなくレオナは追う呟くと、背後にそびえる光の宮に視線を移す。そしてその地下で待っているはずの男の正体とエリウスの戦いの行く末を気に掛けるのだった。



 「そういことかい・・・」
 「そういうことだよ・・・」
 地下へと降り立ったエリウスはそこで待ち構えていた男にそう言葉を掛ける。対して男はニヤニヤと笑いながら答えてくる。フードを目深にかぶって顔は見えないが、その男の気配にエリウスは覚えがあった。最初それを感じたとき何故この男がここ居るのかわからなかったが、冷静に考えてみればその答えは明白であった。
 「顔を見せたらどうだい、クライゼ?いや、ギルガメッシュ=ヴォータスといった方が正解かな?」
 「くくくっ、これ以上貴方はごまかしきれませんね」
 男はフードに手を掛けると一気にそれを剥ぎ取る。その下から現れた顔はかつてレオナがこの光の宮で倒したはずの自称光の勇者クライゼであった。しかし、顔は同じでもその体から感じられる力は桁違いであった。とてもあのときの自称勇者と同一人物とは思えなかった。
 「・・・・どうやらあの時倒したのは偽者だったみたいだね・・・」
 「ええ。あれは俺が作ったドールですよ。ただし内に宿した魂は本物ですけどね・・・」
 「?どういう意味だ?」
 「あれを動かしていた魂はアストリア=ロードだったといっているんですよ」
 訝しむエリウスにギルガメッシュは平然と答えてみせる。ドールはそれ自体では動くことはない。擬似の魂か、魔力の塊を補充することで動く人形に過ぎない。人形である以上自分の意思など持つはずがない。しかしあの時対峙したクライゼは確かに自分の意思を持っていた。それがエリウスに彼がドールであることを悟らせなかったのである。
 「そうか・・・あのクライゼが自立した意思を持っていたのはアストリアの魂を・・・」
 「ええ、そうですよ。もっとも彼女の意識は封じて俺がこの地下から操っていたのですが」
 すべてを理解したエリウスは苦々しい表情を浮べる。ギルガメッシュの策にハマって戦う必要のないアストリアと戦い彼女を殺してしまったことが悔やまれてならなかった。一方、くすくすと笑いながら答えるギルガメッシュの表情にかつての仲間をしに追いやったという罪の意識などカケラもなかった。
 「まあ、彼女が死んだのはごく最近ですけど・・・」
 「・・・・・そうか。アストリアは逝ったか・・・」
 「ええ。それはもうすごい苦しみ方でしたよ・・・」
 まるで他人事のように離すギルガメッシュにエリウスは眉をしかめる。かつての仲間のしさえもこの男にはまるで感心のないことでしかなかった。そんなギルガメッシュの態度がエリウスには苛立ちの対象でしかなかった。そしてエリウスはそんな男に弄ばれて死んでいったアストリアの冥福を祈るしかなかった。
 「何故そんなことをした?」
 「何故?俺が世界を支配するためですよ。そのためには他の”九賢人”が邪魔ですからね」
 「だが、お前には他の”九賢人”は殺せない・・・」
 「そうです。それが貴方が私たちに残した最後の呪・・・」
 かつて”九賢人”に封じられるときヴェイグサス神は”九賢人”に決して解くことの出来ない呪いを掛けていった。それがお互いの命を奪うことを禁じる呪い。それは生き残った”九賢人”同士が争うことを見越しての呪いであった。もし”九賢人”同士が争えば、人間界を滅ぼしかねないほどの被害が及ぶ可能性が高い。だからお互いに殺しあうことができないようにしてその争いを未然に防いでおいたのである。
 「お陰で俺が世界を支配するには貴方の復活が欠かせなくなってしまいました」
 「まあ、お前らを倒せる実力者といえば父上、義母上、アルデラくらいだからな・・・」
 その三人はもとよりドクターも地上支配などに興味はない。ヴェイグサス神が甦らない限り十二人の”巫女姫”も甦らない。つまり”九賢人”を倒そうとするものは現状では”九賢人”達だけとなる。案の定自分がいない間にギルガメッシュは他の”九賢人”を亡き者にする策を立てていた様だった。しかし、ヴェイグサスの神の呪によってその策略は水泡に帰したのだろう。そこでギルガメッシュは新たな策略を企てた。ヴェイグサス神を甦らせ他の”九賢人”を始末してもらうという策であった。その間に自分は身を隠し、唯一ヴェイグサス神と争う可能性のないアストリアを始末する策略を練り、それを実行していればいいのだ。
 「まあ、魂と肉体を分離させる術は僕の想定外だったけどね」
 「ええ。お陰でアストリアの魂をあの出来損ないのドールに入れて貴方に殺してもらいました」
 「でもその術は仮の肉体が滅べば魂は元の肉体に戻るはずだけど?」
 「その辺りはぬかりありませんよ。魂がなければどんな間抜けでも手出しできます」
 「・・・そうか。魂がない間にリンゼロッタ辺りを使って・・・」
 エリウスはギルガメッシュが施した策略を全て見抜く。つまり魂のない肉体であってもその体を守る術によって致命傷を負わせることはおそらく並の人間にはできないだろう。しかし無防備な体に毒を盛ることはできる。ギルガメッシュにそそのかされたリンゼロッタが魂のないアストリアの肉体に毒を盛り、徐々にその肉体を蝕ませていったのだろう。魂が肉体に戻るまでに体を蝕んでいった毒によってアストリアは苦しみ、転生の秘術を使うことも出来ないまま、苦しみ抜いて死んで逝ったことだろう。そのことを思うとアストリアが哀れでならなかった。
 「だけど残念だったね・・・君の策略は成就しない・・・」
 「ほう?なぜですかな?」
 「君もわかっているだろう?アリスを誘拐してもその力は使えない。そして君一人の実力では・・・」
 「十一人の”巫女姫”の力を取り戻した貴方には敵わない。そんなことはわかっていますよ・・・」
 エリウスの言葉にギルガメッシュは悟りきったような表情でそう答えてくる。その言葉がエリウスには不気味で仕方がなかった。他の”九賢人”を倒すために自分を甦らせたのはわかった。そのために母エリスをルードに襲わせ、父バーグライドに出会うように仕組んだのもこの男だろう。その策略通りヴェイグサス神はエリウスとして復活し、十二人の”巫女姫”の復活と”九賢人”を倒す行動に出ている。そこまではギルガメッシュの策略どおりだっただろう。しかし、エリウスが倒そうとしている”九賢人”にはギルガメッシュ自身も含まれているのはわかっていたはずである。そのギルガメッシュ自身がエリウスに敵わないのがわかっていながら何故自分を甦らせたのかが疑問である。
 「何を企んでいる??」
 「秘密ですよ。それが俺の切り札ですからね!」
 言うが早いかギルガメッシュが炎の矢を放つ。すぐさまそれを見抜いたエリウスは魔力の楯でそれを弾く。ギルガメッシュがどんな策略を練り、企てているかエリウスにはわからなかった。しかし、あえてその策略に乗る事でその策略そのものを押し潰してしまおうというのがエリウスの考えであった。
 「何を企んでいるか知らないが・・・まとめて押しつぶす!”インフィニット・ケイオス”!!」
 漆黒の闇が空間を引き裂くように現れギルガメッシュに襲い掛かる。反射的に跳び退ったギルガメッシュだったが、闇がギルガメッシュの左腕を飲み込み、喰らい尽くす。肘から上の左腕を失い、その激痛にギルガメッシュは顔を顰める。その間にエリウスは跳躍すると、一気にギルガメッシュとの距離を縮める。
 「逃がさん!”アトミック・ブレイク”!!」
 魔力に包まれた拳がギルガメッシュの腹部をかすり、吹き飛ばす。寸でのところでかわしたとはいえ、腹部の一部は原子分解し、そこからあふれ出した大量の血がギルガメッシュの腹部をどす黒く染め上げる。喉を逆流してきた大量の血を吐き出しながら、ギルガメッシュは片膝をついて屈する。
 「終わりだ・・・”インフィニット・ケイオス”!!」
 動けなくなったギルガメッシュに別れを告げると、エリウスは改めて漆黒の闇を呼び起こす。激痛に反応の遅れたギルガメッシュは徐々に闇に蝕まれてゆく。だが、ギルガメッシュは死の間際になっても悲鳴一つ上げず、逆に不気味な笑みを浮べる。それがエリウスには妙に気になった。
 「どうした?死を前にして気でも狂ったか?」
 「いいえ。感謝しますよ、エリウス殿。俺を殺してくれて・・・」
 訝しむエリウスにギルガメッシュはニヤニヤと笑って礼まで言ってくる。その態度がエリウスには妙に癇に障った。しかし、そのことを問い詰めるよりも早くギルガメッシュの体は完全に闇に飲み込まれてしまう。やがて闇は消え、あとには沈黙だけが存在していた。
 「何を狙っていたんだ、あの男は・・・」
 ”言ったでしょう?貴方が殺してくれて感謝していると・・・”
 エリウスの呟きに誰かが答える。その声のした方向にエリウスは隠し持っていた短刀を投じる。短刀は声の主に狙い違わず命中する。が、命中した短刀はするりと体をすり抜け、空しく壁に突き刺さる。もちろん突き刺さった相手は無傷で、平然とした顔で宙に浮いていた。
 「それが狙いか、ギルガメッシュ・・・」
 『ええ。殺された瞬間、ファントムと化す術、それを自分に施してあったのですよ』
 「だがそんな術を使えば、移魂の術は効力を失い、永遠の命を失うことになるぞ?」
 ファントムと化したギルガメッシュにエリウスはもう一度問いかける。”九賢人”が自分が封じられて以後これまで人間界を裏から支配してこれたのは、移魂の術によって最適の肉体を奪うことでその命を繋ぎ留めてきたからである。その移魂の術の効果を捨ててまでファントムになったギルガメッシュの真意を計りかねていた。そんなエリウスにギルガメッシュは何も答えず、ニヤニヤと笑っているだけだった。何かを待っている、それだけはエリウスにもよくわかった。しかし、何を待っているかまではわからない。それを問い詰めようとした瞬間、何かがはじける音が響き渡る。
 「?何の音だ??」
 『貴方を死に誘う終末の音ですよ、けけけけっっ』
 何の音かわからず辺りを見回すエリウスにそう答えると、ギルガメッシュはその姿を地下へと消してゆく。音が地下から聞こえたこと、ギルガメッシュが向かったことを考えてアリスもそこにいると察したエリウスは地下への階段を探し出し、急ぎ足で駆け下りてゆく。やがて視界が開け、広い部屋へとたどり着く。
 「なんだ・・・ここは・・・」
 広大な部屋の真ん中のは鎖に巻かれた棺が置かれている。その棺を取り巻く九本の鎖は全て引きちぎれていた。そしてその周りには12本の燭台が飾られ、その全てに火が灯っている。そしてその棺の上には球状のバリアに包まれたアリスが健やかな寝息を立てて眠っていた。
 「アリスっっ!!」
 エリウスが名前を叫ぶが、アリスは何の反応も示さない。まるで永遠の眠りについているかのように何の反応も見せないまますやすやと眠り続けていた。おそらくアリスを取り巻くバリアを破壊しない限り目を覚まさないのだろう。そう考えたエリウスだったが、それ以上に気になったのは眼の前にある棺であった。
 「なんだ・・・これは・・・とても懐かしい感じがする・・・」
 『それはそうでしょう・・・そこに納められているのは貴方の肉体なのですから・・・』
 訝しむエリウスに答えるように天井からケタケタと笑いながらギルガメッシュが姿を現す。今のギルガメッシュの言葉通りならば、棺の中にあるのはかつての神の肉体、ヴェイグサス神の肉体ということになる。とうの昔に消滅させられたものと思っていたものがこんなところに封印されていたのはエリウスには驚きであった。
 「しかし、何故この肉体を残してあったんだ??」
 『それは貴方が復活したときの切り札として使うためですよ!」
 エリウスの疑問に答えるとファントムと化したギルガメッシュの姿が棺の中に消える。やがて爆発的魔力の奔流が棺を吹き飛ばし、そのまま周囲のものも吹き飛ばす。埃が舞い上がり視界を覆い隠していたが、やがてそれが消えるとそこには見紛う事なきヴェイグサス神が立っていた。かつての肉体を前にエリウスは興奮を抑えることが出来なかった。
 「どうですか、この肉体は・・・」
 顔を上げたヴェイグサス神はにやっと笑う。その声は間違いなくギルガメッシュであった。魂を宿さぬ肉体に己が魂を宿らせ、復活を果たしたのである。その体は魔力に満ち満ち、先程までのギルガメッシュとは比べ物にならないほどの力を宿していた。それでもエリウスは狼狽することなくギルガメッシュを見据える。
 「なるほど。”九賢人”の総意でこの体はここに封印されていた。その封印は九賢人の命と・・・」
 「そのとおり。12人の”巫女姫”が目覚めることで解けるようになっていたんですよ」
 「だから僕を復活させたのか・・・この肉体を手に入れるために・・・」
 ギルガメッシュが自分を復活させたわけがようやく納得がいった。この肉体を手に入れればおそらく自分と五分に戦えるはずである。そしてこの肉体ならば12人の”巫女姫”の力さえも吸収することができるはずである。そうなればバーグライドやアルデラでもこの男を止めることはできなくなるだろう。
 「でも、今ならまだ・・・」
 「もう、遅いですよ。このために用意をさせて置いていただいたんですからね!!」
 ニタリと笑うギルガメッシュは右手を宙にかざす。すると宙を漂っていたアリスを包む球体がギルガメッシュに吸い寄せられてゆく。アリスを取り込む気であると察したエリウスはすぐさま全ての力を解放し、魔族の体に変体する。人間の体のままではとても今のままではギルガメッシュにかなわないとわかっていたからである。全ての魔力がエリウスを包み込み、漆黒に肉体を持つ魔族が姿を現す。魔族の姿を現したエリウスはすぐさま呪文を唱え、両手に全て手の力を込める。秀逸した魔力が両手に収束し、呪文の威力を増幅してゆく。
 「アリスは渡さない!!”インフィニット、ケイオス”!!!!」
 膨大な魔力を帯びた闇がギルガメッシュを包み込む。最大の魔力を込めた”インフィニット・ケイオス”ならばいかにかつての自分の肉体でも耐え切れるはずがない。そのことはエリウス自身が一番よく理解していた。逃げ場のない闇がギルガメッシュの姿を食い尽くしてゆく。完全なる勝利、それをエリウスは確信していた。が、次の瞬間、背中に激痛が走り、大量の血が喉を逆流してくる。全身の力が奪われてゆき、魔族の姿を維持することさえ出来なくなる。人の姿に戻り、ゆっくりと振り向いたエリウスの目にギルガメッシュの笑みが飛び込んでくる。そしてギルガメッシュの右手は確実にエリウスの心臓を捉えていた。
 「どう・・・やって・・・」
 「便利なものですね・・・”時の巫女姫”の力は!!」
 にぃっと笑って自分の胸元を指差すギルガメッシュは青い顔をして問いかけてきたエリウスのそう答える。アリスを取り込んだギルガメッシュはアリスの”時を操る”力を使って時を止め、最大魔力の”インフィニット・ケイオス”から逃れ、エリウスの背後に現れたのである。ギルガメッシュの右腕は確実にエリウスの心臓を、そして魔族のコアを刺し貫いていた。自分がそう長く持たないことをエリウス自身、よくわかっていた。
 「アリ・・・ス・・・」
 もう目の前は何も見えない。真っ暗な闇に包まれたエリウスはただ一言そう呟く。そして全身の力がスッと抜け落ちる。ギルガメッシュが右腕を引き抜くと、その体は糸が切れた人形のように地面に倒れ伏す。その瞳に光はなく、その体には生命力は失われていた。エリウスの体をじっと見つめたギルガメッシュは完全にエリウスが死に至ったことを確認すると、狂ったように笑い出す。
 「ひゃはははっ!勝った・・・ヴェイグサス神に今度こそ本当に勝ったのだ!!!」
 狂ったように笑い続けながら勝利宣言をするギルガメッシュ、物言わぬ屍と化そうとしていたエリウス。神を失った世界を覆いつくすようにギルガメッシュの勝利に酔いしれた笑いがこだまする。


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