第5話「市街戦」
フライゼルトの首都・リオーン。交通の要所として栄えるこの街は多くの人々が行きかい、多くの人々が集まり、街は活気に満ちていた。
そう、数日前までは・・・
セラン攻防戦に敗れ、将軍のロイと副官のカテナを失ったストラヴァイド光国軍はリオーンの街に全軍を集結させ、今後の方針を練っていた。
撤退との案も出たが、すでに本国に戻れぬ今、撤退できる場所など残されていなかった。残された手段は打って出るか、リオーンの街に篭城するか、いずれかしか残されていなかった。だがそんな軍議が繰り返されるうちにヴェイス軍はリオーンの街を完全に包囲してしまった。
敵軍の強大さを知る者たちは篭城を唱え、街のあちこちが封鎖されることとなった。そのため今のリオーンには人が行きかうことがなくなったのである。
「状況は?」
魔天宮のテラスからリオーンの街を見下ろしながらエリウスはフィラデラに現況を報告させる。
「ストラヴァイド軍が街を封鎖してから数日経ちますが、現時点では大きな戦いは起こっておりません」
「街の様子は?それと評議会は?」
「街の状況は現時点では詳しくは分かっておりません。ただ、若者は民兵として狩り立てられているようでございます。評議会の方も沈黙を守ったままです」
フィラデラから報告されることを聞きながらエリウスはじっと街を見つめていた。こちらから手を出せば街に被害が出る。街の人にも被害が及ぶ可能性がある。それを打破するためにもこの篭城を無効化する必要があった。しばしエリウスは指を唇に当てたまま策を練っていた。
「フィラデラ、ダンたちをここに呼んでくれないか?あと、ロカも」
「畏まりました」
フィラデラは優雅にお辞儀するとエリウスの傍を離れる。しばらくすると、部屋の扉がノックされる。入室を許可すると、筋肉質の男三人と、鎧の騎士が部屋に入ってきた。騎士の方は先日自軍に加わったばかりのロカであった。
「若、お召しにより参上しました」
筋肉質の男の一人が代表してエリウスにお辞儀する。それに習って他の全員も頭を下げる。エリウスは手を上げてそれを制すると、ここに呼んだわけを説明する。
「ダン、お前にはガン、ザンと共に街に侵入し、騒ぎを起こしてもらいたい」
「街に入って、ですか?」
「そうだ。やり方、判断はお前たちに一任する。ただし、街の人に危害だけは加えるな、それだけは守れ」
「了解しました」
ダンはエリウスの厳命を素直に了承する。次にエリウスはロカの方を向き直る。
「ロカ、君はダンたちと共に街に侵入。敵大将を討て!」
エリウスの言葉にロカの方が震える。敵大将、いわずと知れたラビエフのことである。アレを討つ許可が得られたのだ。嬉しくないはずがない。高揚する気持ちを押さえ込んで、ロカは頭を深々と下げる。
四人は早速使命を果たすべく動き始める。数刻後には街の中に消えるのだった。
「さて・・・後は彼らが動いてからだ・・・」
街を見つめながら、エリウスはダンやロカたちが使命を見事果たすことを願っていた。
”天の恵み”亭。リオーンの街にある酒場兼宿屋。いわゆる冒険者の宿であった。多くの冒険者が出入りし、活気に満ちていたこの店も今は人の気配すらない。多くの冒険者が街を離れるか、民兵として狩り立てられたためだった。いまや、この店には女主人と、美人で有名な姉妹しかいないはずだった。
「いやあああああああっっっ!!!」
静かだった店内から女性の悲鳴が響き渡る。店内には客には到底見えない騎士たちが数人たむろしていた。その騎士たちが姉・リリをテーブルの上に押さえ込んでいたのだ。彼女の両手を仲間の騎士が押さえ込む。その彼女に全裸になった隊長格の男がにじり寄る。
「思ったとおり、いい体しているじゃないか」
引き裂かれた服から除く乳房をにたにた見つめながら隊長格の男はリリに言い放つ。腕を押さえこまれたリリは逃げることもかなわず、懸命に身をそらして隠そうとする。
「朝まで俺たちがたっぷりとかわいがってやるからな」
下卑た笑みを浮べて隊長格の男はリリの顎を掴む。酒臭い息がリリの顔に掛かる。思わず顔をそらすが、すぐに向き直され唇を奪われる。酒臭い息が鼻を突く。もがくリリの口の中に隊長の舌が潜り込んでくる。長いそれがリリの舌を絡め取り、唾液をリリの口の中に流し込んでくる。
「ふううむ!うむむむん!!」
酒臭い唾液を嫌がり、頭を振るが逃がしてはもらえない。酒臭い唾液が自分の口にたまり自分の唾液とかき混ぜられる。ぐちゃぐちゃと口の中で唾液が混ざり合う。その混ざり合った唾液を啜り取られ、また唾液を流し込まれる。唾液の交換が果てしなく続く。
「へへっ。舌を絡めただけでおとなしくなりやがった。まだまだ序の口だって言うのによ。おら、泣けよ!」
隊長は呆然としているリリが気に入らないのか胸を鷲掴みにする。たわわに実ったそこを力任せに揉み回す。力任せの好意は痛みをリリに与える。その痛みはリリに恐怖を思い出させる。
「いやああ!!やめてぇぇぇ!!
「はははぁっ!!そうだ、その声だ!!もっと嫌がれ!もっと俺を拒絶しろ!!おい、お前ら。手を離してやれ!マグロみたいに寝てられたんじゃあ、面白くもねぇ!」
下卑た笑いをしながら隊長は部下に命じる。部下は命じられるままにリリから手を離す。リリの手が自由になると、隊長は彼女の胸にむしゃぶりつく。ふくよかな胸を揉みながら、ピンク色の乳首に舌を這わせる。おぞましい快感がリリの背筋を駆け抜ける。
「やああ!!やめて!!」
両手で隊長の頭を胸から引き離そうとするが、力の差は歴然としている。すぐに両手首を押さえ込まれてしまう。その姿勢のまま乳首を執拗に舐めまわす。先端を舌先でちろちろ舐め、口に含んで啜り上げる。時には歯を立てる。
「なんだよ。やめてだの、なんだの言っててこんなに乳首、勃起てるじゃねえか。本当はもっとしてほしいんだろう?えっ!?」
乳首に舌を這わせながら蔑んだ視線をリリに向けながら、わざと大きな声で罵る。声もでないリリは硬く目をつぶったまま弱々しく頭を振る。目には大粒の涙が浮かんでいた。そんなリリの態度が隊長の癇にひどく触った。手を離すと恐怖に震えるリリの横面を思い切り叩く。
「なにすかしてんだよ!もっと声を出して嫌がれよ!!面白くねぇ!それともお前はおふくろさんのところに送って、妹の方に相手してもらおうか?」
隊長の言葉にリリの体が大きく震える。がたがたと体が震え始める。母の下、それは奥の厨房にいる母のことだった。それはすでに物言わぬ死骸だった。彼らがこの店に入ってくると、抵抗した母に剣を振るったのだ。脳漿と血を撒き散らして死んだ母の姿が脳裏によみがえる。そして今変わりに妹のルルに手を出そうというのだ。それだけはさせられなかった。
「お、お願いです・・ルルには手を出さないで・・・わたしは何でもしますから・・・」
「そうか?ならその場でストリップ&オナニーショーをして俺たちを楽しませな!」
涙ながらに懇願するリリに隊長はそっけなく言い放つ。こんなところで裸になってオナニーなどと、とてもできることではない。
だが拒否すればこのケダモノたちは妹にその牙を向けることだろう。それだけは避けなければならない。唇を噛み締めながらリリは一枚ずつ衣服を脱ぎ捨ててゆく。
「おら、何してる!色っぽく腰を振りながら脱がねえか!!」
男たちに怒鳴りつけられてもどうすることも出来ない。それでも少しでも色っぽく見せようとと努力はする。震える手で下着を脱ぐ。手で隠そうとすると怒声が飛んでくる。顔を真っ赤に染めて手をどけ男たちの前に立つ。
「へへっ!思ったとおりいい肉付きしてやがる。それにしても濃い陰毛だな、もじゃもじゃじゃねぇか」
リリの裸をまじまじと観察しながら隊長は下品な口調で大きな声で騒ぎ立てる。恥ずかしさに震えながら立っているとまた怒鳴られる。おずおずとその場に腰を下ろし、股間に手をやり擦りあげる。
「おい、何やってやがる!!足、もっと広げねえか!!」
涙をぼろぼろこぼしながら足を開こうとする。だが、恐怖に震えてうまく開けない。それでも必死になって押し広げて、男たちに自分のすべてを見せ付ける。
「綺麗な色してやがる。まだ男と交わったことねえな?」
言いたいことを言われながらも、リリは右手を割れ目に宛がう。割れ目の上からすりすりと擦る。中ならあふれ出した蜜が指に絡み、淫らな水音を奏でる。男たちに見られている恥ずかしさのためか、蜜の滴り方がいつもより多く感じられる。蜜が指を伝いテーブルの上に水溜りを作ってゆく。
「ふくぅぅぅ・・・あふああああ・・・・」
徐々に指のスピードが増し、膣内に潜り込んでゆく。濡れたそこは指をあっさりと飲み込んでゆく。膣内に入った指はリリの感じる箇所をさすって高ぶらせてゆく。
「あああっ・・・うくっ・・・あああああんんん!!」
親指がクリトリスに触れた瞬間、リリの体が大きく跳ねる。割れ目から一際多くの汁が吹きだす。ビクビクと震えながら男たちの眼の前でイってしまった自分を恥じる。しかし、これで終わるはずがなかった。
「おい、なに呆けてやがる!さっさとお客様にご奉仕しねえか!」
隊長格の男がそういいながら自分のペニスをリリに指し示す。それが何を意味するのかリリにもよく分かった。拒絶したかったが、すればそれはルルに帰ってゆく。かわいい、唯一の肉親を傷つけないためにリリは意を決して隊長格の男の腰を跨ぐ。滴る蜜が男のペニスを濡らす。
「自分で入れて、腰を振れよ?いいな?」
男に言われるまでもなく、リリはペニスに手を添えて自分の中に導いてゆく。男を知らない膣道が男のペニスに引き裂かれてゆく。声にならない悲鳴を上げてのけぞるが、男は許してはくれない。もたもたと痛みが治まるまでやっていると、イライラしたのか、腰を掴んで一気に押し込んでしまった。
「やっぱ処女か!?こりゃ、具合がいいマンコだぜ!!」
卑猥なことを言いながら男は下からリリを突き上げる。まだ処女膜を失ったばかりの激痛に耐えながら、リリは懸命に男の攻めに耐えた。歯を食いしばって耐えるほどに、溢れる蜜はすべりをよくし、膣道は無意識に男のペニスを締め付け限界へと導いてゆく。
「おお、いいぞ。そろそろ出そうだ。子宮を俺のでいっぱいにしてやるからな!!」
「だめ・・・やめて・・・それだけは・・・」
頭を振って男の射精を拒絶する。処女を失ってこの上、男の子供を宿すことになど死んでもなりたくない。だが男はリリの腰を掴んでさらに動きを早くする。決して逃がさないつもりのようだ。
「お願い・・・やめてぇ・・・」
涙ながらに懇願すると男の動きが止まる。
「なんだ、やめて欲しいのか?」
男の問いにリリは何度も頷く。それを見た男はちっと舌打ちする。そしてリリを持ち上げると、テーブルの上に寝かしつける。その状態で抽送運動を再開するのだった。
「そこまでお願いされちゃあな・・・」
男はニヤニヤ笑いながら腰をたたきつけてくる。リリはその笑みに何か嫌なものを感じたが、そのときはすでに遅かった。限界に達した男が膣からペニスを抜き取る。そしてリリの眼前で扱くと、白く熱い液体をぶちまける。リリは思わず目をつぶってそれを受け止める。どろりとした液体が顔から滴り落ちる。
「ふう、気持ちよかったぜ・・・おう、お前ら。この姉ちゃん、好きにしな!!俺は妹の方をかわいがってやるからよ!!」
男の言葉にリリは驚いた。
「そんな、妹には手を出さないって・・・」
「ああ、約束したよな。だが、それを反故にしたのはあんた自身じゃねえか!」
リリには男の言っている意味がわからなかった。自分は約束を反故にした覚えはない。だからどうしてそんなことを言うのかわからなかった。呆然とするリリに男はいやらしい笑みを浮べてこう言い放った。
「わからねえか?あんたは膣内で出さないでくれってお願いしてきたよな。妹のために何でもするといっておきながら・・・」
そこまで言われてリリはようやく男の言葉の意味が分かった。そして先ほどの笑みのわけも。何とか妹を助けてもらおうとしたが、それよりも早くほかの男たちがリリを押さえ込む。
「いあやあああ!!ルル!!にげてぇ!!」
絶叫に近い悲鳴を上げて妹に訴えかける。その言葉もすぐに男たちに押さえ込まれ発せられなくなる。無力な自分に涙しながら、ひたすら神に妹の無事を願うしかなかった。そんなリリに興味のない隊長格の男は恐怖に震えるルルににじり寄る。
「へへ、今度はあんたの番だぜ?」
「やあぁぁ!!来ないで・・・」
がたがたと震えて身をすくめるルルの肩に手を置く。にたにた笑いながら自分の方に引き寄せる。
「心配すんな、姉ちゃんと同じくすぐに天国に送ってやるよ」
「あんたをな!!」
下卑た笑みを浮べていた男の正面から別の男の声が響く。あわてて顔を上げて何者か確認しようとした男の顔を大きな手が覆い尽くす。そして万力のような握力で握り締める。頭蓋骨はめきめきと軋みを上げる。
「ぐぎゃあああああああああ!!!!」
絶叫を上げて男はばたばたともがく。姿を現した男は顔を締め上げたまま放そうとはしなかった。リリに襲い掛かっていた男たちは呆然と隊長格の男がやられるのを見ていた。が、そのうち思い出したかのように剣を手に姿を現した男に襲いかかる。
「カッコウつけているんじゃねえぞ、兄ちゃん!!」
一人の剣がその男の肩に命中する。全力の一撃。本来なら心臓にまで達しそうな一撃は男の肩に食い込み、男を切り裂けなかった。剣が根元から折れたのである。予想外の結末に呆然とするところを隊長格の男と同じように顔をつかまれ締め上げられる。
「な、なんだ、てめえは!?」
「追い詰められているのに、態度でかいねぇ・・・俺たちはこういうものさ!!」
二人の男を締め上げながらダンは犬歯を見せ付けながら笑う。同時に体が大きく震え、茶色の体毛がダンの体を覆いつくして行く。体は一回り大きくなり、犬歯も更に鋭くなる。爪も鋭くなり、締め上げる力も増してゆく。しっぽが生え現れた姿は狼そのものだった。
「ワーウルフ?ライカンスロープかよ!!」
ダンの正体が分かった騎士たちは恐怖に顔を歪ませる。ライカンスロープ・獣人には通常の武器は通用しない。銀製の武器化、魔法でしか手傷を負わせられないのだ。銀の武器などこの部隊にあるはずもなく、魔法も副長のカテナしか使うことが出来なかった。つまり自分たちにはどうすることも出来ない敵なのである。
「う・・・うそだろう・・・」
「本当なんだな、これが・・・」
恐怖に顔を歪ませながら交代した男の背後からも声がする。振り向くと虎の顔をした男が自分を見下ろしている。ガンの変身した姿であった。更にその奥では騎士達三人がまとめて一人の男に締め上げられている。その姿は熊そのものだった。ザンは力任せに三人を締め上げる。
「ワータイガーにワーベア?何でそんなのまで・・・」
三体もライカンスロープがいるとは思わなかった男は完全に恐慌状態に陥ってしまう。仲間を見捨てて逃げ出そうとした瞬間、首筋に熱いものを感じる。ガンの牙が食い込んだのである。牙は男の喉笛をやすやすと食いちぎる。鮮血が吹きだし、あたりを赤く染め上げる。
ほぼ同時に三人を締め上げていたザンも更に力を込める。骨の砕ける音があたりに響き三人の騎士はだらりと力を失う。
「後はこいつらだけか・・・」
ダンは残った二人を見つめながら更に力を込める。めきめきと頭蓋骨のきしむ音、激痛に悲鳴を上げる男たち。そしてトマトを握りつぶすように辺りが赤く染まる。鮮血と共に脳漿と眼球が当たりに飛び散る。それを目の当たりにしたルルはそのまま意識を失う。
「兄貴、やりすぎじゃねえか?」
「いいんだよ、やつらを挑発するのが俺たちの役目だ。それにこういった奴らは好きじゃねえ!!」
ガンの言葉をダンは鼻を鳴らして聞き流す。次は自分の番かとがたがたと震えるリリに目をやると、頭を掻き毟る。そして自分の上着を脱ぎ捨てると、全裸のリリの肩にかけてやるのだった。
「安心しな。俺たちは市民には危害を加えない。って、言ってもこんなケダモノの言うことじゃあ、信じられないかぁ・・・」
ダンは溜息混じりにそう言うと、酒場を後にしようとする。ガン、ザンもそれに倣う。そんな三人をリリは思わず呼び止める。魔族が自分たちを助けてくれるとは夢にも思わなかったからだ。
「何故私たちを殺さないんですか?何故私たちを助けたりしたんですか?」
疑問というより相手を攻めたてるような口調でリリはダンを問い詰める。ダンとしてもなんと答えていいのか困りきっていた。そんなダンを睨みつけながらリリは大粒の涙を流す。
「いっそ殺してくれれば・・・あんな男たちに汚されて・・・」
リリがそういった瞬間、ダンの手の平がリリの頬を張る。もちろん最大限に力を抜いて。それでも痛かったらしく、リリは呆然とダンを見つめる。
「言っておくが、俺たちはケダモノじゃあない!殺すべき相手を見極めて戦っているつもりだ。俺たちにどんな偏見があるかは知らないが、この子を置いて死のうって言うのか、あんたは!!」
ダンはルルを指差しながら、リリを頭越しに怒鳴りつける。張られた頬を押さえながらぼろぼろと泣き崩れる。
「どうしたらいいのよ・・・お母さんは殺されて・・・こいつらに傷物にされたって噂はすぐに町中に・・・女二人でどうやって生きていけって言うのよ!!」
気を失ったままのルルを抱き締めながらリリは思いの丈を口走る。更に獣人に襲われて生き延びたことを疑心暗鬼になっている街の人たちがどう思うだろうか。もはやこの街ではリリたちは生きてゆくことが出来ないのだ。そのことはダンたちもよく分かっていた。
「ちぃ、仕方がねぇ。お前ら、おれと一緒に来るか?」
面倒くさそうにダンはリリに声をかける。このままここにいても生き抜くことは難しいだろう。ならば自分たちと一緒に来た方が生きていくことは出来る。その判断はリリに任せることにした。
「言っとくが、とって食おうって言うんじゃないからな」
ダンはそう言うとそっぽを向いてしまう。リリもしばらく考え込んでしまった。このままここに居座っても生きてはいけないだろう。それに魔族といっても彼らならば危害を加えるようなことはしないと思えてきた。心根の優しい青年たちだからこそ、あの状況の自分たちを助けてくれたのだろう。
「貴方を、信じます・・・お願い、連れて行って・・・」
ダンの裾にすがって懇願する。するとダンはリリとルルを肩に担ぎ上げる。
「兄貴、他の騎士たちが集まってきたらしいぜ!!」
「よし、予定通りやつらを挑発して脱出だ!!」
ダンの言葉にガン、ザンは頷く。ダンたちに与えられた任務、それは騎士団を挑発し、街の外での戦闘を促すものだった。徹底的にこばかにしてやればプライドの高い彼らが黙っていられるはずがない。それがエリウスの読みだった。そしてダンたちはその任務を見事に果たして帰路に着く。お土産を持って・・・
翌朝。ダンたちにこばかにされた騎士たちは魔族討つべしの意見が大半を占めていた。篭城を訴えるものもいたが、軟弱ものとして切って捨てられ、一致して打って出る方向にまとまった。とはいえ相手は魔族。正面からぶつかるのは危険と、民兵を前面に押し立てる策が取られた。
これに対し、ヴェイス軍はファーガントに先陣を任せ、他の部隊は後方待機となっていた。巨人族50人に対するのは民兵10000人となった。その後ろには騎士団2000人が控える。巨人族に乱れが生じたらすぐさま突撃できるように準備万端であった。
「やっと戦闘になったと思ったのによぉ・・・」
民兵の攻撃を弾き返しながらファーガントはブツクサ文句を言う。もともと戦闘向きでない民兵の攻撃など、巨人族の彼らには痛くも痒くもなかった。それでも街を、家族を守るために民兵はパイクを片手にぼろぼろの鎧に身を包んでファーガントたちに戦いを挑んでくる。後ろでふんぞり返っている騎士たちより、よっぽどファーガントは共感を覚えた。
それでもこのままでは埒が明かない。彼らを蹴散らして騎士団の本陣に突入しようかと思い始めていた。ちょうどそのときであった。
「って、なんだ?矢だと?おいおい、あいつら味方ごと俺たちを射殺す気か?」
騎士団の本陣から飛来する矢を叩き落としながらファーガントは驚きの声を上げる。その攻撃は自分たちのみならず、自分たちの足元の民兵たちまで巻き込んでいるのだ。
つまり、騎士たちは自分たちが生き残るために民兵の犠牲にしようというのである。その意図が分かった民兵は統制がつかなくなる。あっという間に混乱に陥る。そいつらを踏み潰してゆけば騎士団のところまでいけるが、それでは民兵にいらぬ犠牲を出すことになる。エリウスはそれを望んではいないだろう。
「仕方がねえ。お前ら、盾を構えろ!民兵を弓矢から守ってやるぞ!!」
ファーガントは仕方なく背中に背負っていた木製の盾を前面に押し出す。部下の巨人たちも同様に盾をかざして弓矢から民兵を守るのであった。しかしそのおかげでファーガントたちはその場から一歩も動けなくなってしまっていた。その様子を魔天宮のテラスからストナケイト、アルデラ、フィラデラの三人が見つめていた。
「若様の予想通り、民兵を盾にしてきましたわね。」
「まったく、我々のことを卑怯極まりない魔族などと罵っておきながら自分たちはこれか!腹立たしい!!」
ストナケイトは眼下の光景を見下ろしながら吐き捨てる。今の光景だけ見たらどちらが魔族かわからなくなるような光景であった。
「ですがケイト、このままではいかにファーガントでも持ちませんわよ?」
「分かっている。私が一気に・・・」
アルデラの質問にそこまで答えたストナケイトをフィラデラが押しとどめる。
「ここはわたしがやる!」
「お前の魔法でか?なんとも哀れだな・・・」
最高の魔術師の出陣にストナケイトは驚きの声を上げる。彼女の魔法は隕石を降らせることも出来るし、物体を消滅させることも出来る。そんな彼女の相手をしてただで済むとは思えなかった。だが、フィラデラはその言葉を否定する。
「ふん、あのような小物の我が魔法はもったいないわ!!」
「ではどのようにして?」
魔術師が魔法以外の何をする気なのか、気になったアルデラは彼女に尋ねる。すると彼女はアルデラを見つめると、こともなげにこう答えた。
「若様のペットが暇をもてあましていてね。今にも暴れそうなのよ。あの子達にやらせます」
その言葉にストナケイトもアルデラもひどくかわいそうな顔をする。
「あの子達の生贄か・・・」
「まあ、いいんじゃないか?気晴らしの相手をしないですむだけでも・・・」
二人が納得するとフィラデラは奥に消えてゆく。残された二人は哀れな騎士団を見つめながら、その魂が迷わぬことを望むのだった。
「クソ、巨人どもめ!あんな盾など用意しおって!!」
「これではこちらの攻撃は無駄ですね」
指揮官は弓による攻撃が無駄とわかって目撃を中断できずにいた。下手に中断すれば、巨人族のみならず、生き残った民兵まで相手にしなければならないからだ。それだけは避けなければならなかった。それだけに引きどころを模索するのだった。
「しかたがない。弓を射掛けたまま全軍後退。門手前100メートルまで言ったら全力で後退するぞ!」
指揮官の指示が全軍に伝えられる。騎士団はそのまま弓で巨人を攻撃しながらじりじりと後退を始める。そして門手前100メートルの地点に達すると、一気に転身して街の中に逃げ込もうとした。その瞬間だった。巨大な稲妻が彼らの進路を遮った。
「な、なんだ?」
突然のことに全軍急停止する。空を見上げるが上空は雲ひとつない快晴だった。ならば先ほどの稲妻は一体なんだったのか。指揮官の脳裏に疑問が横切る。すると今度は左翼を巨大な火柱が、右翼を竜巻が、騎士たちを焼き尽くし、薙ぎ払ってゆく。
「い、一体この攻撃はどこから・・・」
指揮官は困惑しながら辺りをじっと見回す。だがどこを見渡してもそれらすき姿は見当たらない。魔法による攻撃かと思い始めたときだった。巨大な影が上空を横切る。何事かと仰ぎ見るとはるか頭上、雲の彼方を何かが飛翔してゆく。じっと目を凝らしてその正体を判別しようとする。
「!!・・・・・・・・」
指揮官は自分の目を疑いたくなった。今自分が見たものが幻であればと思いたくなった。体の震えが止まらない。体中の汗が一気に引いたような感覚。寒く、体の感覚がなかった。極限の恐怖。それをいま見たものは自分に与えていたのだ。見なければよかった。指揮官は後悔していた。
「指揮官殿!敵は!!」
いまだ敵の位置が掴めない者たちが騒ぎ立てる。指揮官としていってやれることは1つしかなかった。そして自分に出来ることも。
「逃げろ!!どこへでもいい!!逃げるんだ!!」
そんなことを命令したからといって逃げられるわけがない。それは指揮官が一番よく分かっていた。あの敵に会って生き延びられたものなど皆無なのだから。
「指揮官殿、一体!?」
「て、敵は竜族だ!!」
声に出すのも恐ろしい名を指揮官はようやく発することが出来た。その言葉に部隊は一瞬静まり返る。そしてあっという間に全軍に恐怖が伝染する。完全に全軍恐慌していた。あらぬ方向に馬首を返し、一刻も早くこの場から逃げ出そうとする。誰もがわかっていた、この化け物には勝てないことが。
「伝説の生き物だとばかり思っていたのに・・・」
指揮官は懸命に馬を走らせながら呟く。
竜族。ヴェルノーム最強の種族。七体の神竜を頂点にこの世界に君臨する。下級竜であるワイバーンなどは数が多く人の乗用に飼われることもある。だが上級になるに従ってその数は減り、もちろん力も強大になる。もし自分が聞いた話に嘘がないならば、今自分が見た単色の竜は世界に七体しか存在しないはずであった。
そう、伝説の神竜しか。だから存在などしないと思っていた。
「本当に実在したなんて・・・」
そのブレスは一撃で自軍の大半を薙ぎ払った。その破壊力はまさに伝説のそれであった。恐怖するなという方がどうかしている。あれを見て平静でいられる人間など存在しないだろう。ならばここは無駄でも逃げるが勝ちであった。分かれて逃げれば逃げ切れるかもしれない。己の運にかけるしかなかった。
「蜘蛛の子を散らすように、逃げ出したな・・・」
はるか上空から逃げ出すストラヴァイド光国騎士団の姿を見下ろしながらフィラデラは何の感慨もなくそう言い放った。まあ、敵が竜族であると分かった時点で逃げ出すことは分かっていた。だからといってそれを見逃す気はなかった。それにこの子達もまだ暴れたりないだろう。
”フィラ姉ちゃん、もっと遊んでいいんだろう?”
赤炎竜・フレイムドラゴン(エン・エリウス命名)が共に空を飛ぶフィラデラに尋ねる。もっとも獰猛な赤炎竜はその破壊衝動をこらえられずにいた。共に飛ぶ黄雷竜・ライトニングドラゴン(ライ・エリウス命名)と、緑嵐竜ストームドラゴン(ラン・エリウス命名)の二匹も同じ意見だった。
「やってもいいけど、街に被害を与えないようにね」
”ええ・・・自信ないなぁ・・・”
「守らないとエリウス様もう散歩に連れてきてくれないわよ」
何よりエリウスと散歩が好きな三体はあわててそのことを了承する。三体が了承するとフィラデラはスッと手を下に向ける。それが殺戮の始まりだった。エンの灼熱のブレスは鋼をも溶かす。ライの雷のブレスは人を蒸発させる。ランの暴風のブレスはすべてを吹き飛ばす。
「まったく、残りの四体はおとなしく留守番しているのにあの子達だけ連れてきちゃって・・・」
おとなしく留守番をしているはずの残りの四体の神竜が今もおとなしくしているか、フィラデラは心配になってきた。三体がいなくなったことに今頃気づいているかもしれない。そうなったら自分たちも行くと言って聞かないだろう。そんな心配をする。
「まあ、城にはエレナ様がいらっしゃるから大丈夫でしょう」
眼下で起こる阿鼻叫喚の地獄絵図を見下ろしながらフィラデラは自分には関係ないと思うことにした。
「全滅?2000の騎士団が?すべて?」
執務室で報告を受けたラビエフは驚きの声を上げる。いかに魔族とはいえ、自分の立てた策を使えば十分に勝てると踏んでいたのだ。それがものの三十分も立たないうちに全滅したというのだから信じられるはずがなかった。
「一体、何にやられたというのだ?それに民兵はどうなった?」
「民兵はすべて敵軍に降伏しました。いくらか被害は出ているようですが、大半は無事との報告が入っております。それから・・・」
「なんだ!?」
「騎士団を全滅させたのは竜族、それも三体の神竜だそうです」
ラビエフは何もいえなくなった。魔族、妖魔族を相手にするだけでも厄介だというのに、この上竜族まで相手にしなければならないというのだ。もはや自分の手に負えるものではなかった。
「ラビエフ様!!」
静まり返った執務室に若い騎士が一人飛び込んでくる。ひどくあわてている。
「何事だ、騒々しい!!」
「は、反乱です!!街のものが反乱を・・・しかも街に戻ってきた民兵がそれを先導していまして・・・」
思いもかけない報告にラビエフは驚きを隠せなかった。エリウスは捕らえた民兵をすぐさま解放したのだ。自分たちを盾にもろとも魔族を倒そうとした騎士団、竜族の圧倒的力でその騎士団が壊滅される様、そして自分たちをあっさりと解放してくれる魔族。それらを見て、街の人々がどちらの味方につくかなど誰の目にも明らかだった。
「クソ、仕方がない。この街を放棄する。残ったものたちは私に続け!」
ここにいたら近親の兵が10人ほどしか残っていない自分の身に危険が及ぶかもしれない。それだけはさけたかった。それにこんなときのために緊急の避難路を今は亡きロイに作らせておいたのだ。あの役立たずもこれだけは役に立ったと思えてくる。
「ここを離れ、しばし身を潜める。その後本国に戻るぞ!!」
本国に帰れないと分かっていてもこの異国にいつまでも居続けることは身の破滅である。取り急ぎ地下に逃げ込む。民衆が押し寄せたのは彼らが地下に姿を消してすぐのことだった。
「ええい、忌々しい魔族め!!今に見ておれ!!」
苛立ちを隠すことが出来ないままラビエフは地下水路を突き進む。ここを抜ければストラヴァイド光国の国境は目と鼻の先立った。遙か先に光が見える。出口が見えてきたのだ。数時間地下を歩き通してきた兵たちの足取りも軽くなる。が、すぐに歩みが止まる。出入り口のところに誰かが立ちふさがっていた。
「ようやく来たか・・・」
鎧の騎士は大剣を地面に突き立てたままじっとラビエフたちのほうを睨みつける。兜の両側には人の顔が刻まれている。一目見ても強敵であることはよく分かる。
「我が両親の仇、討たせてもらうぞ、ラビエフ!!」
ロカは大剣を引き抜くとラビエフに向けて突きつける。エリウスの特命を受けて以来ずっとこの場で待ち続けてきた。必ずラビエフはここに来るというエリウスの言葉を信じて。そしてついにそのときが来たのである。
いまロカにとっての初陣であり、仇敵との戦いが今始まったのであった。
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