プロローグ 会いたい・・・



「でも、本当に嬉しい・・・。」

早川もえみは湯船に浸かりながら、昨日の新舞貴志からの電話の内容を反復していた。

もえみと新舞は付き合うようになって、もう随分経つ。もえみにとってずっと好きだった新舞と付き合えるのはとても嬉しいことだった。天にも昇る気持であった。でも、彼の方はそうではなかったようだった。

彼とデートを重ねても、彼の様子は冷たく醒めている様に感じられ、彼の側に居てもいつも不安がもえみの中を燻っていた。新舞との心の距離が物凄く遠くにあるように感じられていた。

もえみは新舞との付き合いに疲れていた。

(こんなに好きでたまらないのに・・・。)

いつももえみはそう感じていた。

(昨日の電話、本当は弄内くんが新舞くんに言わせたんじゃないかしら?)

昨日の電話の中での弄内洋太の言葉を思い出す。

「そんな事ないよ。貴志の意志だ・・・。よかったね。もう大丈夫だよ、もえみちゃん。」

弄内洋太、新舞貴志の親友である。そして、もえみにとっては悩みを聞いてくれるかけがいのない友達である。

でも実は洋太にとって、もえみはずっと憧れの少女だった。しかし、もえみはそんな洋太の気持ちは全く知らなかった。



そう、新舞貴志は、昨日電話で彼女のことを誘ってくれたのだ。

自分が作ったバンドの曲をもえみに披露してくれるというのだ。

「オレの曲聞いてもらいたいから、絶対にこい。」

そんな誘い方はこれまでの新舞になかったことだった。

心の距離が少し近くなった気がした。

もえみは湯船に潜ってみる。口から空気を出してブクブクとあぶくをたてる。

(嬉しい・・・。新舞くん・・・。早く会いたいな・・・。)

もえみは湯船から出て、身体を拭く。美しい肢体である。最ももえみ自身は、自分のスタイルに自信を持っているわけではない。しかし、その可愛らしい顔立ち、形も良く小さくも大き過ぎずもない少女らしい胸、ぷくっとした尻、白くてすらっとした足、何処を見ても男たちが放っておけない美しい肢体である。その彼女の心臓は、今ドキドキと激しく脈打っていた。

(・・・新舞くん・・・。)

こんな事は久しぶりだった。新舞と会うときはいつもドキドキするよりも、嫌われるんじゃないかと、ハラハラしていた。それだけに今日の誘いはとても嬉しい。あんなことを言ってくれた新舞に早く会いたかった。

身体を拭き、部屋着を身に着け、頭を乾かしながら窓の外を見る。



ザー。



外は激しい雨であった。

窓の外を見ながら、1人呟く。

「すごい雨・・・。バンドの練習、どうなったんだろ。こんな雨じゃやらないか・・・。」

せっかく新舞が誘ってくれたのに、この天候のせいで彼に会えなくなることは、もえみにとってとても寂しいことだった。

「まったく・・・電話くらいくれればいいのに・・・。」

電話をしてこないのは、いかにも新舞らしくもえみには感じられた。でも、もし会えないのなら電話でいいから彼の声を聞きたかった。

「もえみィ。お風呂から上がったの?」

母親の声が脱衣所の外から聞こえてくる。

「さっき男の人から電話があって、「練習はやるからって、そう伝えてくれ」って。名前も言わないで切れちゃったけど。」

「ふーん。」

もえみは生返事で母親に応える。

(そっかァ・・・やるのかァ。じゃあ行かなくちゃ・・・。せっかく珍しく誘ってくれたんだから・・・。)

外の雨の様子を見ながらもえみは思う。

(それにしても名前ぐらい言えばいいのに・・・。まあ、ブッキラボウなとこ、あいつらしいけど・・・。)

もえみはその時の新舞の顔を想像してみる。

新舞の顔を想像するだけで、心臓がドキドキしてくる。今日の誘いには何か特別なものを感じていた。

(会いたい・・・。新舞くん、早く会いたい・・・。)













外の雨は更に強くなっていた。風も暴力的に強い。

その中を、もえみはレインコートを着、傘を差し新舞が待つ学校に向かって歩いていた。

強風がもえみのスカートを捲りあげる。

「きゃあ!!」

もえみはスカートを押さえながら悲鳴を上げる。

「もう・・・。失敗したナァ。なんでスカートなんかはいてきたんだろ・・・。」

スカートを押さえつつ、そんなことを1人しゃべってみるが、でも、新舞と一緒のときはスカートをはきたいともえみは無意識に思っていた。

ズボンをはくことは、もえみはあまり好きではなかった。特に好きな人と居るときは、スカートで女の子らしくきめていたかったのである。

ビュッ、と強風が吹き、傘が裏返る。

「わっ!」

もえみは傘を差し直す。

雨も風もどんどん強まってきていた。家を出たときより確実に雨脚は強くなってきていた。

ババババババババババ!!

傘を打つ雨音も激しさを増していく。

「どんどんひどくなっていくなァ・・・。帰れなくなったらどうしよう・・・。」

どんどん激しさを増していく嵐に、もえみは少し不安を感じてきている。

「・・・・・・・・・・・・。まっ、いいか・・・。新舞くんも一緒だしなんとかなるよね。」

もえみは、新舞に絶対の信頼を寄せていた。というか、もえみは新舞のことが心の奥底から好きだった。彼が振り向いてくれるのならどんなことでもしたいと思っていた。

(早く・・・早く会いたい!新舞くんの顔が見たい・・・・・・!)

風雨が暴力的に強まる中、もえみは新舞の顔を見ることでこの不安な気持ちを早く払拭したかった。













もえみは、学校に入り、プレハブで出来た部室棟に着く。

傘をたたみ、部室の中に入る。

「ふう」

もえみは一息ついて、部室の中を見回す。

人の気配は感じられなかった。

ドラムやスピーカー、アンプ等が無造作に置かれている。

「まだ・・・誰も来ていないのかなァ・・・。」

もえみはレインコートを脱ぎながらそう思う。



カチャッ!



ドアの方から鍵を締める音が聞こえる。

反射的にもえみは振り返る。



それが、これから始まる悪夢のような出来事のゴングになるとは、まだその時もえみは気付いていなかった・・・。













続く













◎登場人物紹介



○早川もえみ

漫画「電影少女」のもう一人のヒロイン。今SSの主人公の可愛らしい美少女。高校2年生。「電影少女」の主人公、弄内洋太の憧れの存在。洋太の親友新舞貴志に恋している。



○弄内洋太(もてうち ようた)

漫画「電影少女」の主人公。もえみの元クラスメート。もえみに恋していたが、彼女の心が親友新舞貴志にあることを知り、自分の恋心を潜め、もえみを応援する。自分より他人を思いやる過剰なほどの優しさを持つが、その優しさゆえに人を傷つけてしまうこともある。



○新舞貴志(にいまい たかし)

洋太の親友。もえみの彼氏。友人とバンドを組んでいる。洋太とは対照的に女性に対しては興味が薄いが、その甘いマスクもあり、もえみを含む多数の女生徒を惹き付けている。気がないながらもえみと付き合い始めるが、だんだん彼女のことを意識し始めていくようになる。


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