第壱拾四幕〜夜明け〜
「・・・・・ショウ・・・ショウ、私を・・助けて・・・・・。」
シーラの口から小さな呟きが漏れる。それは、自分が奈落の底に堕ちていくことへの助けを求める声だったのか、それとも早く疼きを埋めて欲しいだけの快楽を求める声だったのか・・・・。
ガロウ・ラン“ショウ”は真っ赤な目を細めて笑みを浮かべつつ、その蛇のような一物を彼女の中に挿入させ始めた。
(やめろ!)
その瞬間、激しい否定の想念が“ショウ”の頭の中に響き渡った。
「何!?」
“ショウ”は辺りを見回す。
“魔物”の巣窟と化したオーラ・バトラー“ビルバイン”の中には、性欲の虜に堕ちつつあるシーラ以外誰もいない。
「何だ!」
返事もない。
“ショウ”はあらためて自分のモノをシーラの中に挿入しようとする。
(やめろ!!)
「うおおお!!」
先程より強い想念が“ショウ”の頭の中に鳴り響く。彼は思わず頭を抑え悲鳴を上げる。
「こいつは!?」
“ショウ”はシーラから身体を離す。
頭を振りながら、彼を苦しめるその強い否定の想念を追い払おうとする。
(やめろ!シーラ様に手を出すな!!)
「馬鹿な!お前は俺のはず!」
“ショウ”は苦しみ出す。
シーラは何が起こったか理解できなかった。虚ろな瞳で“ショウ”を見返す。
シーラを襲っていた触手も彼女から離れていく。
(何故・・・・・。何故、挿れてくれないの・・・・・・・・。)
シーラの身体はまだ熱く疼き続け、その疼きを埋めてくれるもの以外のことを何も考えられなかった。
「シーラ様に手を出すな!」
「何を言う!シーラは俺のものになる女だ!」
“ショウ”はまるで一人芝居をしているかのように、別々の人格が交互に喋り続けていた。シーラはただ唖然としてそんな彼の様子を見ていた。
そして“ショウ”が苦しむごとに、“ビルバイン”の中のオーラの質が変化をしていった。これまでの息を吸っただけで頭が痛くなりそうになる黒い瘴気が少しずつ減少し始めていた。
そしてそれと共に、先程の圧倒的な性感も少しずつシーラの身体から去り始めていくが、まだ今は彼女の身体の中には激しい余韻が残っていた。
「はあ・・・ああ・・・。」
シーラは火照る身体から湧き起こる快感に耐えながら、思考をまとめて行こうとする。しかし、身体の疼きは彼女の思考をまとめさせてはくれない。ただただ、熱い吐息を吐くことしか今のシーラには出来なかった。
「シーラ様を汚すんじゃない!」
「求めている女を犯して何が悪い!」
その間も“ショウ”の二つの人格は相争い続ける。
「俺の中から出て行け!」
「馬鹿な!俺はお前だ!別物ではない!!」
シーラはだんだんショウに何が起きているのかを理解し始めていた。シーラが信じていた通りに、ガロウ・ラン“ショウ”の中にはまだショウの人格が残っていたのだった。そして、何がきっかけかはわからないが、そのショウの人格が絶体絶命の瞬間に彼の中で蘇ってきたのだ。
「俺がシーラ様を汚そうなどと!」
「考えていなかったというのか?高貴なものを自分の手に届く、いやそれ以下のところに貶めて見たかったのだろう!?」
「違う!俺はそんなこと!」
「俺はお前さ。お前が心の奥で思っていたことはよくわかる。お前は何度となくその頭の中でこの女の肢体を想像し、犯し続けていただろう。」
ガロウ・ラン“ショウ”が次第にショウの良心を追い詰めていく。
ショウはこのバイストン・ウェルにおいては聖戦士などと呼ばれているが、地上では普通の青年でしかなかった。女性の裸に当然興味は持ったし、アダルトビデオやヌード集だって人並みには見ていた。
自分より年少であるにも関わらず、大儀を胸に私心を持たない清廉なシーラに対し、ショウは尊敬の念と同時に嫉ましさも感じていた。その嫉みの心は、彼女の尊厳を奪うため想像の中で彼女を何度も犯した。ショウはそんな自分に激しい自己嫌悪の念を感じていた。
ガロウ・ラン“ショウ”はそんな彼の弱さを突いた。
「違う!俺は!俺は!!」
「わかったろう?俺はお前なのさ。お前が変化し俺になり、お前が望んだことをやろうとしているのさ。」
“ビルバイン”内の減少しつつあった黒きオーラの密度が、再び濃くなり始める。
“ショウ”の中の二つの意識のせめぎ合いが、この場のオーラの質を変化させていた。
シーラはそのことをやっと理解し始めた。
(ショウを・・・ショウを助けなければ・・・・。)
シーラはぶるっと頭を振る。頭の中はまだ少し靄がかかったようではあるが、それでも思考ははっきりしてきた。
シーラは気だるく重い身体をゆっくりと起こす。快楽の残照が腰の辺りで疼く。
「うう・・・・。」
シーラはその疼きに耐えながら、じっと“ショウ”を見据える。
「俺はお前だ!分かれたものではない!俺の中に戻るんだ!」
「・・・違う・・・・・・俺は・・・俺は・・・・・。」
ショウは完全に追い詰められていた。彼が彼の中でガロウ・ラン“ショウ”に採り込まれるのは、もう時間の問題であった。
「さあ、元に戻ろう。俺と一緒になれ!」
ガロウ・ラン“ショウ”がショウに迫る。
「・・・・・俺は・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ショウ!!いけない!!!」
追い詰められ、ガロウ・ランの意識の中にショウが消えようとした瞬間、シーラは衝動的に“ショウ”の懐に飛び込んだ。勝算も何もない。ただ、ショウを助けたいという想いからの衝動的な行動であった。
「何!!」
ガロウ・ラン“ショウ”が驚きの声を上げる。一瞬、隙が出来る。
それを見越してか、それともただの偶然か、その瞬間にシーラは彼の身体の中に向けて、自分の持つオーラの全てを注ぎ込む。
鮮烈な白いオーラ光が“ショウ”の身体の中に向けて発せられる。
「ば・・・・馬鹿な!・・・・そんなことをしたら・・・・・・!!」
ガロウ・ラン“ショウ”が悲鳴を上げる。
シーラは自分のオーラの全て、自分の命を支える生命力までも全てを、彼の中に注入する。
(ショウ!ショウ!戻って!ショオオオオ!!)
シーラはショウを強く抱きしめひたすら念じる。
「うう・・・おおおおおおおおおおおおお!!」
ガロウ・ラン“ショウ”が断末魔の声を発する。
(ショウ・・・!戻って・・・・・ショウ!!!)
シーラの意識が遠くなっていく。体中から力も抜けていく。
(お願い・・・・ショウ・・・・・・・・・。)
「・・・・・・シ・・・ラ・・・・・・・・・。」
シーラは薄れゆく意識の中で元のショウの優しげな声を聞いたような気がした・・・・・。
「マーベルゥゥゥゥ!!」
ミ・フェラリオのチャム・ファウは、黒きオーラの触手に捕まっているオーラ・バトラー“ダンバイン”に向かってその小さな羽根を羽ばたかせていた。
シー
ラに言われた通り、“ダンバイン”の搭乗者であるマーベル・フローズンを助けたい一心からであった。が、その方法はチャムにはわからない。黒いオーラの攻撃対象がマーベルからシーラに移った時に何らかの隙が出来るのではないか、その程度の漠然としたアイデアしかない状況であった。
「マーベル!マーベル!!」
チャムは“ダンバイン”のコクピットの前まで飛んでいき、必死にマーベルの事を呼ぶ。無数の触手が絡みつく“ダンバイン”の中で、彼女がどんな風になっているのか、それは外側からは窺い知ることは出来なかった。
「マーベル!しっかりして!マーベルゥゥゥゥ!!」
と、そのとき、“ダンバイン”に絡み付いていた無数の触手が急に引き下がっていく。
「え!?」
チャムが驚いている間もなく、“ダンバイン”を結果的に支えていた触手群が離れることにより、“ダンバイン”は空中に留まっている事が出来なくなり、墜落を始める。
「ああ!マーベルゥゥ!!起きてぇぇ!マーベルゥゥゥゥゥー!!」
このまま地面に落ちれば、“ダンバイン”とて無事にはすまない。それを避けるためには、搭乗者であるマーベル・フローズンが意識を戻し、“ダンバイン”のオーラ・エンジンで逆噴射をしなければならない。
「マーベルゥゥゥゥゥゥ!!起きてぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!」
チャムはものすごい勢いで落ちていく“ダンバイン”追って飛んでいく。
「ああ!だめええええ!!」
地表が間近に近づいてくる。
「マーベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
地上に激突してそのまま爆発する!、チャムがそう感じた瞬間、彼女の叫びが届いたのか“ダンバイン”は一瞬そのオーラ・ノズルから逆噴射の炎を出す。
そして“ダンバイン”は一瞬空中で停止し、尻餅をつくような形で軟着陸をする。
グオオオオオオオオオオンン!!!
軟着陸といってもかなりの衝撃を意味する音響が響き渡った。
「マーベル!大丈夫!!」
チャムは“ダンバイン”のコクピットのある腹の部分に飛んで行き、中を覗き込む。オーラ・バトラーのコクピットはバイストン・ウェルに住む強獣の甲殻で出来ている。この甲殻はマジックミラーのように内側からは外側が見えるようになっている。しかし、本物のマジックミラーとは異なり、外側からも多少は透けて中を見ることが出来る。
「マーベル!マーベル!」
チャムは強獣の甲殻で出来たキャノピーを叫びながら叩く。かすかに透けて見えるコクピットの中では、マーベルがそのまま気を失って倒れているように見えた。逆噴射が出来たのも、偶然マーベルがスイッチに触れただけのようにチャムには感じられた。
(早く助けなきゃ・・・・・。そうだ!確かこの横に・・・。)
チャムは緊急救出用にハッチを外側から開くボタンがあることを思い出す。
(これね!)
カバーをはずし、その中のボタンにチャムは思いっきり体当たりをする。
ウイィィーン!
「マーベル!・・・・・・え・・・・?」
ハッチが開くと共に中に飛び込んだチャムは、そこで妖しい吐息を吐きながら横たわるマーベルの姿を見つける。
「・・・・はあ・・・・ああ・・・・ああ・・・・・・いい・・・・・・。」
マーベルは意識を失いコクピットの椅子に横たわっている。しかし、その両の手は自分の胸と股間に置かれ、ゆっくりと蠢いていた。そしてその厚い唇からは休むことなく快楽に酔いしれた熱い吐息が溢れていた。また、彼女のズボンの下半身部分はぐじょぐじょに濡れ、シートにも水溜りが出来ていた。
「ああ・・・・・いいい・・の・・・・はああああ・・・・・・。」
快楽に酔いしれた声が“ダンバイン”のコクピット内に響き渡る。
「マーベル・・・?」
チャムは頭の中が真っ白になっていた。マーベルに何が起きているのか、その嬌態が理解できなかった。ただ呆然と、その様子を見守ることしか出来なかった。
マーベルの様子は、着衣が全く乱れていない分ひどく官能的だった。マーベルの手は休むことなく彼女の身体を這い回る。しかし、分厚い革鎧の上からいくら擦っても、もどかしさだけしか彼女の身体に与えることは出来ていなかったようだった。
「ああ・・・・ほ・・しい・・・・・のよ・・・・・・・・・あああ!・・・・はあ・・・き・・て・・・・・・!・・・・ねえ・・・・・お・・ね・・・がい・・・・。」
「マーベル!しっかりして!ねえ!マーベル!!」
チャムは必死にマーベルに呼びかける。彼女にはどうしたらマーベルが正気を取り戻せるのか全くわからなかった。ただひたすら彼女の意識をこちらの世界に呼び戻せるよう、呼び続けるしかなかった。
そのとき、チャムの背後で眩いばかりの光が放たれた。
(え!?何??)
激しい光の気配にチャムは振り返る。
「ああ!あれ・・・!!」
光の震源は“ビルバイン”であった。黒いオーラに染まった黒い“ビルバイン”の中から眩い白い光が多量に漏れてきていた。
「爆発!?」
一瞬、“ビルバイン”が爆発するのではないか、チャムはそう感じた。が、すぐにそれは間違いだとわかった。その眩いばかりの白い光は、物理的な光ではないことがすぐにわかったからだ。この光に包まれた瞬間、それまでチャムを襲っていた激しい不安感が吹き飛び、心持が安らかになっていくのを感じていた。
「これは・・・・オーラの光・・・・・?・・・・・シーラさま・・・・・・。」
チャムは自分の中にシーラのこの上なく優しい気が入ってくるように感じられた。
「・・・・う・・・・・・うう・・・。」
チャムの背後で、先程の快楽にまみれた声とは異なる呻き声がした。
チャムが振り返る。白いオーラの光に包まれたマーベルの目がうっすらと開き始める。
「ああ!マーベル!」
チャムはマーベルの顔に抱きつく。
「ああ・・・チャム・・・チャムなのね。」
マーベルの理性的な目がチャムの姿を認める。
「マーベル・・・。ああ・・・・良かった・・・。」
マーベルはチャムを抱きつつ、何がどうなっているのかを把握しようとする。
「私は・・・・そう・・・そうだ、あの黒い触手たちに!!」
マーベルの意識がはっきりしてくる。
「“ビルバイン”は!ショウは!!」
マーベルは身を起こして、“ビルバイン”の姿を探す。革鎧の下のズボンが池に落ちたかのようにぐしょぐしょに濡れているのに気付く。けだるい快楽の残照がその部分にはまだ残っていた。マーベルはそのけだるい不快さを振り払い、立ち上がる。
「あそこよ。マーベル。」
チャムが、白い眩い光を放つ天空の“ビルバイン”指差す。
「・・・!!チャム!あなた、その格好!?」
マーベルはその時になってはじめて自分の小さな友人が一糸纏わぬ姿であるのに気が付く。
「うん・・・・何か良く覚えていないんだけど、私にもいろいろ何かが起きたみたい・・・。」
チャムには黒きオーラにとりこまれていた時の記憶はない。ただひどく良くない悪夢にうなされされ続けたような感覚があるだけである。
マーベルは自分がオーラ・シップ“ゼラーナ”で待機している間に一体何が起きていたのか、頭の中で考えを巡らせながら、天空の“ビルバイン”を見出す。
「・・・・ショウ・・・・!」
黒雲の中に立つ“ビルバイン”から暖かい白い清廉な光が漏れてきている。そしてその光量はどんどん増していく。黒かった“ビルバイン”のボディが今度は真っ白に変化していく。
「シーラ様よ・・・。シーラ様のオーラ・・・。でも、強すぎる・・・・。」
チャムがマーベルに言う。
「強すぎるって?」
「わかんない・・・。シーラ様は悪しきオーラにとり込まれたショウを助けに行ったの・・・。でも、この力・・・・。ああ!もしかして!ああ!だめ!だめよ!シーラ様!!」
チャムが狼狽する。
「どういうこと?」
「シーラ様は!シーラ様は自分が持っている全てのオーラ力をショウに注ぎ込んでいる!全てのオーラ力・・・そんなことしたら、死んじゃう!!」
「ええ!シーラ様!!そんな!!!」
マーベルも驚愕し、天空の“ビルバイン”に向けて叫ぶ。
彼女は白い光に包まれていた。
身体に力は入らなかった、が、心地はとっても良かった。
まどろみにも似た気持ち良さだ。
(ここは・・・・・。)
ゆっくりと彼女は目を開き始める。
暗い空が見える。空の上には燐光も見える。バイストン・ウェルの天空の海に住む深海魚の光だ。
彼女はゆっくり目を開く。暗い空の手前には機械が見える。どうやらオーラ・バトラーのコクピットの中のようだった。
暖かいものに包まれていた。その暖かいものからは鼓動が聞こえてくる。
(私は・・・生きているのか・・・・・。)
シーラはゆっくりと顔を上げる。そこには彼女が待ち望んでいた優しい顔があった。
「シーラ様・・・・。良かった・・・・。」
「ショウ・・・・。」
聖戦士ショウ・ザマがそこにいた。
「ショウ・・・私は・・・・?」
「気を失っていました・・・。気付くと、シーラ様と二人この“ビルバイン”の中に座っていました・・・・。」
「・・・・!・・・ああ!!私!!!」
シーラはここで初めて自分が何も身につけていないのに気付いた。ショウも何も着ていない。裸で“ビルバイン”のコクピットに座り、その膝の上にシーラも全裸で横に腰掛けていた。
「す・・・すみません・・・。でも、見て・・・・ないですから・・・。」
シーラの恥ずかしがる様子を見てあらためてショウも意識してしまったようで、顔を赤らめ横を見ながら彼女に言う。
「ええ・・・・かま・・いません・・・・・。ショウ、この空域を早く脱出しましょう。」
シーラは紅くなった顔色をショウに見せまいと俯きながらショウに言った。
「はい・・・。」
ショウもそれに応えるよう、冷静を勤めつつ言う。
「ショウ!」
突然、無線機からマーベルの声が入ってくる。映像は来ない。
「マーベルか?大丈夫か?」
ショウが問い返す。しかし声色には罰の悪さがあった。どんな事情があろうと全裸で狭いコクピットでシーラ様を抱いている様子をマーベルには見られたくなかった。
「ええ・・・・なんとか・・・。ショウも無事そうで・・・映像が見えないのだけれど、大丈夫そうね?」
「ああ。シーラ様も無事だ。カメラがやられたようだな。こっちからも見えない。マーベル、脱出しよう。」
ショウはこちらの映像がマーベルに見えていないことで、声色にいつもの調子が戻ってきた。
「ええ、了解。」
マーベルもまたショウにその姿を見られていないことにホッとしていた。先程までの色欲地獄の余韻は多少彼女の体の中に残っており、顔が妙に火照っていた。
(艶かしく見えたら・・・・嫌だな・・・・。)
そんなふうにマーベルも思っていた。
「ショウ、先に行くわね。」
「マーベル!」
ショウがそんなマーベルを呼び止める。
「何?」
「ごめんな・・・・。」
「・・・・・・何言ってるの。じゃあ、行くわね!」
そう言うと、マーベルの“ダンバイン”は“ゼラーナ”が待つ東の方向に向け飛び立っていく。
その“ダンバイン”を見送りつつ、ショウはシーラに振り返る。
「じゃあ、シーラ様。行きます。」
「はい・・・。」
ショウがオーラ・ノズルを噴射させて、“ビルバイン”を発進させようとした瞬間、
「待って〜!!」
“ビルバイン”のキャノピーに小さな人影が写る。
「チャム!」
ショウはその小さき友人の名前を呼び、キャノピーを開け彼女を招き入れる。
「ひどい!私をおいてくつもり!!」
チャムはショウの目の前に飛び込み文句を言う。
「ごめん、そんなつもりじゃ・・・。」
ショウは目の前に浮かぶチャムを見ながら言う。
「あ!こら!馬鹿!見ちゃだめよ!!」
チャムは自分が素っ裸なのを思い出し、またその姿をショウに見られたことを怒り、彼の頬にとび蹴りをする。
ショウの目に彼女の幼い感じの女性がアップで迫る。
「あ・・・・・・・!」
思わずそれに見とれてしまった瞬間の隙に、チャムは彼の頬を思いっきり蹴っ飛ばす。
「痛て!」
チャムはそのままショウのシートの後ろに隠れる。
「ショウ!見たら承知しないわよ!!」
「わかったよ・・・って、ったく・・・・・。シーラ様、行きますよ。」
ショウはそれ以上チャムの相手はせず、シーラに声をかける。
いつもと同じチャム、あの妖艶なエ・フェラリオの影もない彼女の様子に安心しつつ、また、彼女の軽口によりシーラとの間に感じていた裸による気まずさも軽減した。
「はい。」
シーラも同様であり、素直に返事ができた。
さりげなく、シーラとショウの目が合う。
「あ!こら!そっちも見ちゃだめ!シーラ様も裸なんだから!!」
チャムが叫ぶ!
ショウとシーラはお互い顔を赤らめ、目を離す。
「わ・・・わかってるよ!・・・・・チャム、“ゼラーナ”に帰等するぞ!」
ショウはシーラの裸身を見ないように正面を向き、“ビルバイン”を発進させる。
Gがショウとシーラの体にかかってくる。そのGに押されシーラの裸身もショウの体に密着する。
「・・・んん・・・・・・!」
ショウは再びシーラの暖かい肉体を意識してしまう。やわらかい女体がショウの体を刺激する。
太腿の上のシーラの柔らかい尻のあたたかさが、胸板に当たるシーラの儚げな肩が、そして緑色の髪から香る女性の香りが、ショウの男を刺激する。
ショウは、体中の血液が自分の下半身に集まっていくのを明確な実感として感じてしまう。
(ま・・・まずい・・ぞ・・・・・・。お・・・おさまれよ・・・・・・。)
ショウは自分のモノがむっくりと立ち上がって行くのを必死に抑えようとした。
彼は今、一糸纏わぬ裸である。彼の一物が鎌首をもたげるのを抑えてくれる下着も履いていない。そのまま立ち上がっていけば、ショウの一物は彼の腿の上に座っているシーラの太腿にあたってしまう。
(おさまれ!おさまれったら!!)
ショウはシーラに自分の下半身がいきり立って行くのを知られたくなかった。シーラはラース・ワウで陵辱の限りを尽くされた直後だ。そんなときに、自分までもが彼女に対し邪な思いを持っていると思われたくなかった。
(ほら!くそ!おさまれ!!)
自分の性感が高まっていくのを相手に気付かれまいと苦闘するのは何もショウだけではなかった。そのショウの膝の上に座るシーラもまた同様であった。
逞しい男性の熱い肉体が自分を包み込んでいる。その感覚にシーラは悩乱していた。
シーラは以前にも同じようにショウの膝の上に抱かれたことがあった。
ショウと初めて出会ったときだ。嵐の玉からショウのオーラ・バトラー“ダンバイン”で脱出するときだ。
初めて身近に触れる男性の身体のあたたかさ、逞しさがシーラをドキドキさせた。
“ダンバイン” のコクピットに乗り込むまで特に意識をしていなかったショウの“男性”をシーラはその時強く感じてしまった。
身体が、いまだかつて感じたことがないほど熱くなるのを感じた。頬が火照り、ショウの顔を満足に見ることが出来なくなった。
あの時でさえ、そうであったのだ。
あのときのシーラは、ショウの膝の上に座っていたものの、彼女と彼の間には衣服や分厚い革鎧があった。が、今回は違う。シーラは生まれたままの一糸纏わぬ姿で、これまた一糸纏わぬショウの膝の上に座っているのだ。ショウの温かい体温が直接シーラの尻に伝わってくる。ショウの厚い胸板から逞しい男の匂いが直接伝わってくる。
(ショウ・・・。)
シーラはその逞しい身体にすがりつきたい欲求に必死に耐えていた。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。
(ショウ・・・・・・。あたたかい・・・・・・ショウ・・・・・・。)
シーラは身体の奥の方が熱くなってくるのを感じ始めていた。
(ああ・・・ショウ・・・・・・。)
奥がとろけるような、変な感覚になってくる。
思わず熱いため息が唇の間から漏れそうになる。
(ああ・・・だめ・・・。)
シーラはその息を慌てて呑み込む。ショウにそのため息を聞かれたくなかった。ため息だけではない。自分の身体が熱く火照ってきていることも知られたくなかった。
(・・・ああ・・・・・・何故・・・・・・。だめ・・・・ああ・・ショウに気づかれてしまう・・・・・・。)
シーラは自分の身体の奥から熱い液が湧き出し始めていることに気付いていた。
(何で・・・・・・私は・・・・・・こんな・・・・・・。)
シーラは自分の身体が信じられなかった。自分がこんな状況の中で愛液を湧き立たせてしまう淫蕩な女だと、ショウには思われたくなかった。
そうしている間にも、シーラの女性は滾々と熱い液を湧き立たせていく。そしてその液体は彼女の膣を通り、ゆっくりと彼女の体の外まで流れ出そうとしていた。
(だめ!)
このまま愛液が溢れ出せば、それはショウの太腿を濡らしてしまう。
そんなことは、そんなことは絶対にあってはいけなかった。
シーラは下半身に力をいれ、膣を閉め、中から溢れ出そうとする愛液を堰き止めようとする。
でも、どう力を入れれば膣を閉じられるのか、シーラにもよくわからなかった。
(だめ・・・だめ!止まって!!)
シーラが意識をすればするほど、身体は熱くなり、愛液は滾々と湧き出してくる。そして、身体が熱くなると同時に、シーラの下半身は痺れた様に力が入らなくなっていく。
(だめ!ショウに・・・ショウに気づかれたら!私・・・私は!!)
膣の内側を熱い液体がゆっくり流れるのを、シーラははっきりと感じ取る。
(ああ・・・。)
絶望感のような、それでいてどこか自分がそれを望んでいるような被虐的な快感がシーラを襲う。
(もう・・・・・・・・・だ・・め・・・・・・。)
一方、ショウ。
意識すればするほど彼のモノはむくむくと大きく固くなっていく。
(くそ・・・!止まれよ!!)
ショウはシーラの太腿に自分のモノがあたらない様に、自分の両腿で自分のモノを挟み込む
「あ・・・・・・!。」
突然ショウが腿を閉じてしまったため、シーラは体勢を崩し、ひっくり返りそうになる。
「・・・シーラ様!」
ショウは慌てて体勢を変え、シーラの体を支える。
閉じていた腿も開き、その瞬間、彼の一物もぴくっと頭をもたげる。
(しまった・・・・・・!)
ショウは自分のモノの先がシーラのあたたかくやわらかい太腿に当たるのを感じ取る。
「・・・・あ・・・・・・!」
シーラが小さな声を漏らす。
彼女もまた自分の内腿に熱く固い何かが当たるのを感じた。
次の瞬間、それはピクンとシーラのお尻の下で跳ねた。
(・・・これって・・・・・・!!)
思わずシーラはショウの顔を覗き込んでしまう。
ショウはわざとシーラの視線に気づかない振りをして、遠くを見つつ“ビルバイン”を操縦しているように見えた。
シーラはショウの心の中がなんとなくわかったような気がした。このままショウの顔を覗き込むことはとてもいけないようなことのように感じられ、シーラは視線を下に落とした。
(熱い・・・・・・ショウの・・・。)
シーラは自分の尻の下から感じる熱いそれをいとおしく感じた。
つい数刻前まで、彼女の身体と心を苛んだ凶暴なものと同じモノであるのに、ショウのそれはとてもやさしく彼女を包み込んでくれる素晴らしいもののように彼女には感じられた。
身体の奥が、先程以上に熱くなってくる。
愛液を溢れさせるのを止めようと力を入れていた膣までが、力が抜け、とろけるように熱くなってくる。
(ああ・・・・・・ショウ・・・・・・。私・・・・・・ああ・・・欲しい・・・・・・。)
シーラは自分の思考にはっとする。
(何を!・・・・・・私は何を考えてる!!)
羞恥で顔が真っ赤に熱くなる。
シーラはショウにその表情を見られまいとさらにうつむく。
(いけない!私は!馬鹿!駄目!こんなこと!!)
シーラは自分を恥じ、身を硬くして身体に湧き起こったその考えを振り払おうとする。
だが、身体の火照りと疼きはそんなことぐらいでおさまりはしない。かえってショウの肉体を意識してしまうだけだった。
(私は・・・・・・私はこんなにふしだらなのか・・・・・・!)
身体の疼きを抑えられないシーラは、自分についてそう考えてしまう。そして、そんなふしだらな身体を持っていることをショウには知られてはいけないと、強く念じた。
(ショウには、ショウだけには知られたくない・・・!!)
湧き起こる体の疼きを押さえ込むため、シーラは必死で身を硬く縮める。
(早く・・・・・・お願い・・・早く・・・着いて・・・・・・!)
シーラの心の内はいざ知らず、彼女がその後何もなかったかのように彼の膝の上でじっとしていることにショウは少し安心した。彼女が自分の尻に当たっているもののことに気付いていないとはさすがのショウも思わなかったが、それに気付いていない振りをしてくれる(とショウには思われた)ことは、気持ち的に助かった。
ショウはこれ以上シーラに自分のモノを意識させてはいけないと、感じていた。
ショウ自身、自分がシーラの柔らかい肉体を意識をしてしまうと自分のモノがピクピクと跳ね動いてしまうことがわかっていた。彼はこれ以上自分のモノを刺激しないように、下半身に力を入れ、じっとしながら、“ビルバイン”を操縦し続けた。
(動くなよ・・・・・・動くなよ・・・・・・!)
ショウは自分の下半身に念じながら、オーラ・シップ“ゼラーナ”に向かって“ビルバイン”のオーラ・エンジンを噴かした。
「そ・・・・・・そんなことが・・・・・・・・・。」
ニー・ギブンは、そのまま言葉を続けることができなかった。
オーラ・シップ“ゼラーナ”のミーティング・ルーム。
シーラ女王以下、ニー・ギブン、ショウ・ザマ、マーベル・フローズンの4名がいる。
皆平服に着替えている。服がなくなってしまったシーラは、マーベルの服を着ている。マーベルより小柄なシーラには、彼女の服は少し大きすぎた。襟元が少し開きすぎてしまい、彼女の大きすぎない胸の谷間が少しのぞいてしまっている。普段であれば、ショウやニーにとってその胸元が気になってしょうがないところであるが、今はそんなことを考える雰囲気ではなかった。
チャム・ファウやキーン・キッスここにはいなかった。
黒きオーラに取り込まれることは、生命力(オーラ)をも著しく消費するようであり、キーンはあの後何度か目は覚ましたが、今また深い眠りに落ちている。チャムもまた“ゼラーナ”に戻ってから緊張の糸が解けたのか、そのまま倒れるように眠ってしまった。二人とも命にはなんら問題はないようではあった。
そして、ここ、“ゼラーナ”のミーティング・ルーム。
たった今し方、シーラが今回の事件の顛末を語り終えたところである。
その内容は、シーラにとって人には絶対話したくないようなものではあった。だが今後、ショット・ウェポンの操る黒きオーラと戦い続けなくてはならない中、今回のような事件が頻発することを考え、心を決め、この“ゼラーナ”の中心クルーの彼らに一部始終を話し終えたところであった。
「マーベル。・・・・・・ごめんなさい・・・。貴方の味わった恥辱はわかっているつもりです・・・が、話の進行上、触れずに進められませんでした・・・・・・。」
シーラがマーベルの方を向き、謝る。
「・・・い・・いえ・・・・・・いいんです・・・・・・。シーラ様があわされた事を思えば、・・・・・私のことなど・・・・・・・・たいした・・・・・・・うっ・・うぷっ!!。」
マーベルはそう言いつつ、自分の体験を思い出し、吐き気に襲われる。
そんなマーベルの背中を、ショウがやさしく抱く。
マーベルは、吐き気を我慢しつつ、シーラの精神力の強さに驚嘆していた。
マーベルの知るところではシーラ女王はいろいろな敬称で呼ばれていた。“ナの国の聖女王”、“ユーロの宝石”“処女王シーラ”等々。“処女王”の冠がついているからには、彼女はつい数刻前までは男を知らない身体であったはずだ。一生涯の思い出に残るであろう女性としての初体験が、悪魔のような男によって無理やり行われ、そしてその後には野獣のような男たちに次々と貫かれるといったかくも無残なものになってしまったのだ。その精神的ショックは計り知れないものだと、マーベルは思う。しかも、その屈辱的な姿を自分と行動を共にする男性、ショウに見られたりもしたのだ。
自分であったら、そんな体験をしたら気がおかしくなってしまうであろう、マーベルはそう感じる。それに耐え抜いているだけでも凄いと思うのに、その上シーラはその話を、いくら大儀のためとはいえ、ニーやショウといった男性の前で、自らの口で話しているのである。“王は大儀のために生きる”という王道を生きる貴い王族であっても、こんなことができる人間はいないであろう。マーベルはシーラという女王の強さに心の底から敬服した。
シーラがあった目を考えれば、自分のあったことなどたいしたことはない、そうマーベルは考えようとした。・・・・・・が、そんなマーベルの考えとは関係なく、あの体験を思い出すたびに身体は恐怖に震え、吐き気が湧き出してくる。
まさに悪夢の体験であった・・・。しかも、マーベルにとってさらに恐怖を感じるのは、それを思い出すたびにあの時の感覚、そうあの身を蕩かすような魔的な快感が身体の奥深くに甦って来そうになることを感じることであった。
「・・・・・・しかし・・・それでは・・・・・・。」
ニーが何とか思考をまとめて話そうと口を開く。だが、何をどう言って良いのかわからず言葉だけが空回りをしてしまう。
「そうです・・・。私たちもいつあの悪しきオーラに取り込まれるかはわからない要因を常に持っているのです・・・・・・。」
ニーの言葉をつなぎ、シーラが話しを再開させる。
「怒り、妬み、恐怖、怨恨、嫉妬、強欲、・・・・・・・・・そういった負の感情はカ・オスの黒きオーラに通じます。その負の感情が黒きオーラを呼び込み、自身の中にそれを溜め込み、そして悪しき存在へと自身を変貌させていってしまう・・・・・・。しかも、オーラ・マシンを使う私たちは、機械が持つオーラ増幅器により、その悪しきオーラを周囲にばら撒き、そして世界全体を汚染していってしまいます・・・・・・。つまり、常に自身の内なるものが正しいオーラに満ちているかを自問しながら戦わなくては、たとえアの国・クの国を打ち破ったとしても、気付けば世界が悪しきオーラに包まれ、暗黒の世界になっていた、・・・・・・・・・・・・ということが起こり得るのです。」
シーラはぶるっと身震いをする。彼女も恐怖していることがショウたちにもわかる。
「“ビルバイン”の暴走がまさにそのことなのですね・・・?」
ショウが念を押すかのようにシーラに聞く。
「・・・そう・・・・・・ですね。ショウの激しい怒りが、あの地一帯に満ちていた黒きオーラに同調し、一気にその黒きオーラを自身の中に吸収してしまったのです・・・・・・。そして、“ビルバイン”のオーラ増幅器が貴方の中の黒きオーラを増幅し、“ビルバイン”からそれを放出。しかも濃度の濃いオーラは物質化され・・・・・、マーベルはその放出された悪しきオーラにやられたのです・・・。」
マーベルがそのときのことを思い出したのか、ぶるっと震える。
「・・・・・・あのまま・・・・・あのまま“ビルバイン”が暴走を続ければ、ラース・ワウ一帯は悪しきオーラに包まれていってしまったことでしょう。」
シーラは自身の中の恐怖と戦いながら、噛み締めるように言う。
皆も言葉がない。
「・・・・・ショット・ウェポンは何と恐ろしいことを始めたのでしょうか・・・・・・。カ・オスのオーラでこのコモン界が包まれでもしたら・・・・・・・・・このバイストン・ウェル自体のオーラのバランスが崩れ・・・・・・。」
ニーもマーベルも、そしてショウも予想し得ない方向にシーラの話が進むのに驚き、声もなくシーラを見上げる。
「バ・・バイストン・ウェルのバランスが崩れる・・・・・・?」
ニーがシーラの言葉を繰り返す。
「ど・・・どうなるんですか?」
マーベルが悲壮な顔でシーラに訊ねる。
シーラはそんなマーベルをただじっと見返す。
ショウもニーもシーラの表情を読み取ろうと覗き込みながら、彼女の次の言葉をじっと待つ。
「・・・・・・わかりません・・・・・・・・・。」
しばらく間をおいてから、シーラは目を伏せてそう答える。その先のことはシーラにもわからなかった。バイストン・ウェルが崩れる・・・・・・理屈はわかっても、それがどういうことを意味するのか、それはシーラをもってしても想像出来ない事であった。
「・・・ただ・・・・・・私たちはそれを何としても防がなければなりません!」
シーラは顔を上げ、新たな強い決意とともに三人に言う。
「これは、アの国やクの国の侵略を防ぐということとは、もう次元の異なる・・・・・・そう・・・そしてつらく激しい戦いになるでしょう。」
ショウはシーラのその気迫を込めた言葉に思わずごくっと唾を飲み込む。
緊迫した空気がミーティング・ルームを支配する。重く密度の濃い時間が流れていく。
「少し疲れました・・・・・・。今後のことはまた話をするとして、少し休ませてもらってもよろしいですか?」
しばらく間が開いてから(いや、実は大した時間は経っていないのかもしれないが)、シーラが目を伏せながら言う。その顔にはかなりの疲れが垣間見られた。
「ああ・・・。すみませんでした。こちらへ。私の部屋を使ってください。」
ニーが立ち上がり、シーラを誘導する。小型艦である“ゼラーナ”には個室は、ニーが使用する“艦長室”以外にはない。女王にあてがえられる部屋も、つまりそこしかない。
シーラは疲れた身体を起こし、ニーに連れられミーティング・ルームの出口へと向かう。
出入り口のところまで来たところで、シーラは何気なく、部屋の中に視線を向ける。
そこには残されたマーベルとショウが座っている。
マーベルは蒼い顔をしていた。自分が経験した地獄を思い出したのか、それともシーラが話した今後の厳しい戦いに思いを馳せたのか、ともかく彼女の顔には恐怖の色が濃く浮かび上がっていた。“聖戦士”と言われていても、彼女もまだ年若い女性である。自身の心を犯される黒きオーラに対し激しい恐怖を感じるほうが自然である。小刻みに彼女の肩が震えていた。
ショウはそんな彼女の肩に手をかけ、優しく引き寄せる。マーベルはそんなショウに身体を預けていく。
シーラはその二人の光景を見た瞬間、胸の奥の方が熱く濁ってくるのを感じた。重苦しいような、張り裂けるような、熱い何かが彼女の胸を締め付けた。
視線が二人から離せない。
急速に喉がカラカラに渇いていく。頭の中は何も考えられないような真っ白になっていく。
「・・・シーラ様?」
急に立ち止まってしまったシーラの様子に、どうしたかと思いニーが声をかける。
「・・・!・・・・・・いえ・・・。何でもありません。」
シーラはその声でやっと正気に戻り、ニーに振り返り、部屋の外に出る。
「ニー。」
シーラは無意識の内にニーをごまかそうと、別の話を始めてしまう。
「はい、何でしょうか?」
「すみませんでした・・・・・・。」
「?」
突然のシーラの言葉に、ニーは何のことかわからず戸惑う。
「リムル・ルフトのことです・・・。彼女を連れて脱出することはできませんでした・・・。」
リムルのことを言われ、ニーの顔が一瞬曇る。が、すぐに常の顔に戻る。
「いえ、いいのです。シーラ様のせいではありません。リムルのことはこれまでいろいろありましたが・・・、彼女のことばかり考えていては何も指揮が出来ません。生きていれば、きっと会えると信じています・・・。」
ニーは自分に言い聞かせるかのように、一語一語噛み締めるように言う。そんなニーの態度にシーラははっとする。
「今度のことでも・・・・・・今度のことでも、リムルは生きていると・・・私は信じています。」
「大丈夫です。彼女は生きています。」
シーラはニーに向かい、突然そう言い切る。
「え?」
シーラの断定に、ニーは驚きと喜びの混じった声を思わず出してしまう。ニー自身、そうは言ったものの確信というより、自分にそう言い聞かせている部分が多かった。だから、シーラがリムルの生存を断定してくれることは彼にとってこの上ない朗報であった。
「彼女にはミュージィ・ポウがついています。彼女は・・・・・・彼女はショット・ウェポンに魅入られてしまった女性ではありますが、黒騎士のように黒きオーラに取り込まれているわけではありません。そして、彼女のリムルに対する思いは本物です。ウロポロスでは、そのために私は騙されたぐらいですから・・・・・・。彼女は、彼女の命に代えてもリムルを助け出しています。それに・・・・・・。」
「それに?」
「それに、遠くてはっきりとはわかりませんが、リムル・ルフトとミュージィ・ポウらしきオーラの光が私には感じられます。」
シーラはやわらかな笑顔をニーに向ける。
「ありがとうございます。シーラ様にそう言って頂けるだけで、このニー・ギブン、気持ちが落ち着きました。」
ニーは表情を変えずに、シーラに礼を言う。
そんなニーをシーラは「強いな」、と思う。
ニー・ギブンとリムル・ルフトのことは大筋はシーラも知っている。ギブンの館が燃えた以降、ニーが彼女を追いかけるあまり、“ゼラーナ”内部でいろいろとごたごたがあったということも知っている。
が、今のニーにそんな弱さを感じ取ることはなかった。
ニーはシーラの最後の言葉が慰めに過ぎないことをよく理解している。昔のニーであれば、すぐさまリムルを探しに行かずにはいられなかったであろう。たとえその行為が無意味な行動と知っていても・・・・・・。
(ニーは自分の感情に流されず戦うすべをすでに知っているのかもしれない。)
艦長室に入り、ニーと別れたシーラは、ベッドに横になりつつそう考える。
(自分はどうだろうか?皆を率いていかねばならぬこの私は、今後の戦いで本当に悪しき心に取り込まれずに戦えるのだろうか?)
シーラの心の中に突然、先程のマーベルの肩を優しく抱くショウの姿が甦って来る。
途端に、再び胸が苦しくなってくる。
シーラは胸をぎゅっと押さえる。
(何・・・!?この嫌な感じは・・・・・・!!)
息が苦しくなってくる。鼓動も速くなる。
マーベルに対して“憎らしい”という感情が、胸の奥底から湧き出してくる。
(違う!)
シーラはその湧き上がる感情を否定しようとする。が、否定しようとすればするほど、その想いがどんどん胸の中で膨れ上がってくる。
喉に渇きを感じる。
(これは・・・・・・嫉妬?)
シーラは自分の想いに愕然とする。そして、その想いの大きさ、激しさにショックを受ける。
マーベルの肩を抱くショウの映像は、シーラの頭の中で別の映像に変化していく。
シーラの幻想の中で、彼らはいつの間にか一糸纏わぬ姿になっている。
その二人が身体を沿わせ、見詰め合っている。その視線には熱いほとばしるような情感がこもっているのが見てとれる。
(だめ!)
幻想の中でシーラが叫ぶ。
二人はそんなシーラの声など聞こえぬかのように、お互いを引き寄せ、唇を合わせる。
(ああ・・・・!)
シーラの鼓動はより一層早くなる。呼吸も止まってしまったのではないかと思うほど、息も苦しい。
幻想の中でのショウたちとシーラとの距離はかなり離れているはずなのに、シーラの脳裏には、二人の唇の重なり具合から唾液が滴る様子、強く抱き合っていることによりショウの逞しい胸に押しつぶされるマーベルの豊満な乳房の様子など、細かい部分まではっきり見えてしまう。
(やめて!やめてええ!!)
ショウの唇がマーベルの唇からゆっくり離れる。唾液が二人の口の間で糸を引く。ショウは自分の唇をそのままマーベルの首筋に這わせていく。マーベルの顎から首にかけて唾液で濡れて行く。
「は・・・・ああ・・・・・・・・。」
マーベルの湿った唇から艶かしい声が漏れる。
(いや・・・・・・・・こんなの・・・・!!)
シーラが心の中で何を叫ぼうと、二人の行為は続いていく。
ショウの腰がマーベルの腰の間に入っていく。
(・・・・!!・・・・)
シーラが息を呑む。マーベルの腿でそこははっきり見えないものの、シーラには何がそこで行われようとしているかはっきり理解している。
ショウの腰がマーベルの両腿の間に入り込んでいく。
(だめええええ!!ショウ!!やめてえええええええええ!!!)
シーラが絶叫する。
しかし、その声は二人には届かない。
「はあ・・・・あああ・・あ!あああああああ!!」
マーベルの歓喜に満ちた声がシーラの耳の中に広がる。
(いやあああああああああ!!!)
はっとして、シーラは目を開ける。
そこは“ゼラーナ”の艦長室のベッドの上であった。
時間はあまり経っていないようだった。
一瞬の白昼夢のようなものだった。
シーラは身体を起こす。汗をかなりかいていた。
(なんという夢を見ているのか・・・。)
シーラは自己嫌悪に襲われる。
艶かしいショウとマーベルの交わりのイメージが再びシーラの脳裏に浮かぶ。シーラは頭を激しく振ってその幻想を追い払う。
(こんなことでは・・・・・・・・こんなことではいけない・・・・!私が・・・・私こそが一番危険ではないか!!)
シーラは黒きオーラの脅威を考える。
(黒きオーラは人の心の悪しき欲望に訴えて侵入してくる。先ほど皆の前で偉そうにしゃべっていたこの私が一番心構えが出来ていないではないか!ショウのことを考えるだけで、こんなに心が揺れ動いてしまう・・・。)
シーラは艦長室から出て、“ゼラーナ”の甲板に立った。
東の空が、朝の陽光で明るくなり始めていた。
悪夢のような一夜は、もう過ぎ去り、新しい一日が始まっていた。
朝の風がシーラの長い髪をたなびかせる。
(ふう・・・・・・・・・。)
少し冷たい風が身体を冷やしてくれたためか、身体の疼きは少しずつ治まり始めた。
その朝の冷気は今のシーラには心地良かった。
シーラは明るくなり始めた東の空を眺める。
(黒きオーラを操るショット・ウェポン・・・・・・そして黒騎士・・・。私たちは、本当に勝てるのだろうか・・・・・・。)
シーラは右手を自分の胸元に当てる。
少し早い心臓の鼓動が伝わってくる。
(ショウへの想い・・・・・・いいえ違う、・・・・・私が持つこのドロドロとした情念、これを克服できなければ・・・私は・・・私自身が黒きオーラに取り込まれてしまう・・・・・・。)
シーラはゆっくりと目を閉じ考える。
(私に・・・私に出来るだろうか・・・・・・。)
シーラの目が再び開く。その瞳には強い意志が甦っていた。
(出来なくては!出来なければ、バイストン・ウェルは崩壊する!)
朝の暖かな光が、シーラの美しい気品に満ちた顔を照らし輝かせる。
シーラの真紅の瞳は、その光を見据える。
(この光は、私たちの輝く未来を示唆する光か・・・・・・、それとも、世界崩壊前の最後の輝きか・・・・・・。)
シーラの想いを乗せ、オーラ・シップ“ゼラーナ”は夜明けの輝く光の中をナの国の首都“ウロポロスの城”へ向かって飛んでいった。
続く
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