【1】邂逅、そして・・・待ち構える罠
(2)
「・・・・・・ここね」
優希は豪勢な高級マンションを見上げると、傍に不安そうに立たずむ女生徒に振り向いた。そして、彼女がうなずくのを確認すると、ゆっくりと玄関のインターホンへと指を伸ばした。
女生徒の名は、長沢 千里(ながさわ ちさと)。優希の勤める学園の3年生である。
彼女は大手製薬会社社長のご令嬢で、入学以来、優希をまるで姉の様に慕ってくれ、よく保健室に遊びに来てくれた。そんな優希も、彼女とは姉妹のように接していた。
クセのないセミロングの豊かな黒髪、類まれなみずみずしい雪肌、細面のシャープな輪郭、目鼻立ちのしっかりした顔立ちと、お淑やかなお嬢様然とした佇まい。優希とはまた違った魅力の少女だった。
そんな彼女だが、年明けに好きな人が出来たと嬉しそうに報告してくれたのだが、それから少しづつ疎遠になっていたので、優希は気にしていたところだった。
そんな優希の元に、授業中に倒れたと千里が担ぎ込まれたのは、学期末試験も終わり、あとは夏休みを待つだけという、7月のとある木曜日だった。
心配そうにしていた付き添いの生徒を帰すと、保健室のベットに彼女を寝かせ診察した優希は、日本人形のように色白の彼女が、気を失いつつも頬を赤らめ切なそうに身悶えしているのに違和感を感じた。更に僅かに聴こえるモーター音が、彼女の下腹部から聴こえるのに気が付くにあたり、彼女の股間に黒革の貞操帯が付けられているのを見つけるにいたった。
貞操帯は小さな南京錠でロックされており、優希の手で外す事も出来ない状態だった。時折なりだす複数のモーター音から、優希には彼女が自分の意思で付けているとは到底思えなかった。
そこで彼女の意識が回復するのを待ち、問いただす事にした。
当初は自分の意思で付けていると脅えたように主張する千里であったが、他言しないという優希の言葉と根気強い説得で、遂には交際相手によって付けられた事を告白したのであった。
千里が交際相手・水沢 渡(みずさわ わたる)に出会ったのは年末の事であった。
友人と一緒にいったコンサートからの帰り道、友人と別れ1人帰路についたところ、3人のゴロツキに絡まれた。そこへ颯爽と現れ助けてくれたのが水沢だった。
何も言わず黙って立ち去ろうとした態度や、彼の洗礼された仕草に好感を抱いた。
そして、改めての御礼の為に会った際に、彼が千里が目指す国立大学の学生である事を知り、更に趣味のクラッシックの話題で2人して盛り上がると、その想いはより強いものとなった。
そして、2人でコンサートへ行くようになり、何度か会ううちに、千里はすっかり彼に夢中になっていった。
だから、初めて彼のマンションに誘われた時は、千里は初体験を捧げるつもりだった。
そして、その後に彼が恥ずかしそうに彼女を縛ってみたいと告白した時も、嫌悪感などよりも好きな彼が望むものに対する好奇心の方が勝り、素直に受け入れる事ができた。
だが、徐々に彼の要求がエスカレートし、そしてそれを受け入れ淫らに変わっていく自分・・・どこまで堕ちるのか見極めたい危ない願望と共に、踏みとどまらねばという理性の狭間で悩み始めていた・・・。
そう優希に告白すると、いままで押し留めていた不安が堰を切って溢れ出したのだろう。彼女は優希の胸元にすがり付くと、肩を震わせ泣きはじめた。
しばらく泣き続けた千里が落ち着きをみせると、優希は思案の上、千里と彼の仲裁を取り持ってあげると提案したのだった。
そして、千里に頼んで交際相手である水沢に連絡をしてもらい、話し合いをする為に彼のマンションへと赴いたのであった。
「いらっしゃい、千里。それから橘先生、お会いできて光栄です」
一階入り口のロックを外してもらい、エレベーターで目的の階へ上がると、水沢 渡が優しい笑みを浮かべて待っていた。
身長は175センチぐらいだろうか、スポーツマンらしく無駄なく引き締まった肉体に、整っているがどこか愛嬌のある笑顔。身に着けているモノも派手さはなく、黒いポロシャツにスラックスという落ち着いた服装だが、しっかりとした良い物を身に着けていた。
この年代にしては落ちついた物腰、甘いマスクに優しそうな笑み、優希にも確かに千里が夢中になるのが分かるような気がした。
だが、部屋の前まで案内され玄関に入る瞬間、一瞬だけ横目でこちらを見た時の彼の瞳・・・その奥に潜む光に意味も分からず背筋がゾクリとし、その初めての感覚に優希は戸惑った。
・・・大きく開かれた玄関扉・・・
広い玄関スペースから、その奥へと続く廊下の先に、何か不気味なモノが潜むような、言い知れぬ不安が沸き起こる。
緊張した表情で立ちつくして居たのだろう、そんな優希の裾を細い指がギュッ掴んだ。
横を見ると、不安そうな表情で千里が見つめていた。
(いけない、いけない。千里ちゃんを不安にさせるだけじゃない)
千里にニッコリと微笑むと、水沢に促されるままに、室内に足を踏み入れるのであった。
その先に何が待ち構えているかも知らずに・・・
もし、この時の本能に従い、もう少し警戒していれば、優希の運命は違うものになっていたかも知れなかった・・・
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