■1 承前(プロローグ)


 それは晩秋にしては暖かく、荒れがちな上層気流も穏やかな気候の良い日だった。
「見えてきた、見えてきた」
 眼下に広がる雲海の隙間から、豆粒のような小さな漁村を見つけて、コトナ・エレガンスは懐かしい気持ちで胸が一杯になる。
「ルージくん、元気にしているかな?」
 かつて共に闘った少年のことを思い出しながら、その漁村から少し離れた湖を目指して乗機のレインボージャークを降下させる。太陽の光をキラキラと七色に反射させながら巨大な羽根を優雅に稼動させ、飛行型ゾイド・レインボージャークは機首を下げる。
 下降時のG変化が、コトナの豊かな胸や腰の柔肉を、微妙な重力でプルンと引っ張る。
「うっふ♪」
 それが、かつてルージという少年と、その狭いコクピットに、まるで同衾するように身体を重ねて乗り込んだ感覚をコトナに思い出させた。
 そのときは年頃の男の子らしく、柔らかく押しつけられたコトナの身体に、カワイくドギマギしていたっけ……。
「うふふ♪」
 思わずクスリと笑いがこぼれる。
 少年と呼ぶにはまだ歳若く、子供と呼ぶ方が似つかわしかったルージ。
 そのルージ・ファミロンを旗頭に、武帝ジーン一世の率いるディガルド武国を打ち倒してから、はや季節が巡り、すでに一年近くになる。各地に甚大な被害をもたらした、その争いの傷跡の復興が、目下のコトナの仕事である。ディガルド武国の遺産ともいうべき電波通信網は、いまだ全世界には波及しておらず、高速移動の可能なレインボージャークは、通信の要として毎日のように働いていた。
バサバサバサッ!
 金属の羽根を波打たせながら、レインボージャークは小さな湖の畔に着地した。
「夜、……いえ、朝までには戻るからね」
 言葉は返さないレインボージャークだったが、その視覚センサーが瞬いて返事を返してきた。
「よいしょっと!」
 コトナは手紙の入った通信筒を抱えると、ルージの住むミロード村への道を歩き出した。


「あいかわらずチャーミングね。ルージは♪」
「もう、やめてくださいよ」
 ほぼ、一年ぶりにあったルージは頭半分ほども身長が伸びていたが、コトナにはまだ子供っぽさが残って見えた。まだまだ身長ではコトナの方が大きい。
「でも、だいぶ逞しくなったわね」
 漁にも出るのか肌は陽に灼け浅黒く、腕周りなどはだいぶ太くなっている。
「すぐ、返事を書きますからね。すいませんが待っていて下さい」
 ジーン討伐軍の長として活躍した若き指揮官ルージ・ファミロンの名声はいまだに健在だった。教師になる夢を取り、為政の路からは一切の身を引いたルージだったが、その名声により、ルージの采配によって丸く収まる国家間の小競り合いも多い。また、ルージも自分の名前で、無為の民を苦しめる無駄な軋轢が減るならばと協力を惜しまなかった。手紙の束を前に、真剣な表情になったルージは、それから数時間を手紙への返事に費やした。
「本当にすいません。こんなに遅くなって……」
「いいから、いいから。気にしないで」
 ルージがようやく全部の手紙の返事を書き終わったのは、とうに陽が沈み、夜も大分更けてのことだった。恐縮し、宿の手配をすると焦りまくるルージに、夜明けと共にレインボージャークで飛び立ちたいからと宿を断る。
「……でも、……ちょっと送っていってもらえるかしら?」
「ええ、もちろんです!」
 灯りも必要ないほどの明るい星明りの下、コトナとルージは取り止めもない話をしながら、山間の湖への道をたどった。
 その山道に、密かに監視の眼が光っていることに、二人は全く気付いてい……。


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