■■3-2


 手術室にストレッチャーで運び込まれてきた「デルタ」を手術台に移す前に、その頭に被せられた皮製の全頭マスクと、身体に付けられたコルセットが外されました。皮で覆われていた部分を取り去り全裸にされると、デルタは日焼けの跡などもない、真っ白な身体の少女であることが改めてわかります。わたしは、体付きや骨格からみて、デルタが女性であることに確信が持てました。股間に屹立する手術痕だらけの男根だけが異質なのです。
 小降りながらも形の良い乳房が緩やかに上下しています。申し送りのカルテによれば、すでに軽い麻酔薬が投与されて眠らされているようです。
「君、払拭消毒して」
「あ、はい」
 わたしは、手術台に移されたデルタの身体を滅菌消毒のために拭き清めました。彼女を乗せるための手術台は、産婦人科の「ソレ」をさらに堅固に作ったような仰臥台でした。腕や脚を固定するための黒い幅広のストラップベルトが最初から造り付けられており、デルタは大きく180度近く開脚させられた姿勢で、その手術台に移され腕や脚をストラップベルトできつく縛り付けられました。
「どいて、そこはこっちでやる」
 奇妙な柱のように天を指すデルタのペニスを前に、わたしは、それを拭き清めて良いのか、ためらっていました。隆々と勃起した状態のまま恥丘の上半分を内側から押し広げるようにして陰唇をめくり返し、ちょうど赤ん坊の手首から肘ほどの長さと太さをもったソレはグロテスクな姿を隆々と誇示しています。色はクレヴァスの紅い肉の部分からはじまり、その先端に向かうにしたがって赤黒く変色しています。亀頭部は濃い紫色に染まっていました。
ビクンッ!
「きゃ!」
 眼の前でソレが、うねるように脈動し、わたしはおどろいて硬直してしまいます。
「ホラ、邪魔だよ」
 そんなわたしを、医師の一人が押し退けます。医師は鉗子に挟み込んだ脱脂綿で、器用にデルタの股間とそのペニスに、赤黒いヨード液による消毒を施していきました。
 妖精のような外見の少女・デルタには、まったく不釣合いの太く長いグロテスクなペニスは赤黒い色に染め上げられていきます。
「……では、被験者を覚醒させて」
「は、はい? 眼を覚まさせるんですか!?」
 私は、自分の耳を疑いました。ですが麻酔医が注射器に吸い上げている薬液は、たしかに麻酔薬の効果を打ち消すものです。
「麻酔状態で手術しても、神経が上手く繋がらないんだ」
 医師の誰かが、邪魔にならない場所に、わたしを腕をつかんで引き寄せながら教えてくれました。
 やがて注射針がデルタの腕に突き立ち、覚醒のための薬液がデルタの血管に注がれていきます。
「……ぐっ、ぐうーんっ! ゲホッ! ゲホッ!! ゲホゲホっ!!」
 デルタは仰臥台に縛り付けられた身体をよじらせると、激しく咳き込みながら眼を覚ましました。わたしの周囲では、執刀医や麻酔医たちがチェックシートやカルテを見ながら小声で打ち合わせをしています。わたしはといえば眼を覚ましたデルタから眼を反らすことができず、凍り付いたように彼女を見つめつづけていました。
「……なに、……なに? ……ここドコ?」
 私が立っている位置からでも、デルタと呼ばれる少女の大きな眼が見開かれ、その眼の焦点が次第に合っていくのが見て取れました。天井を見つめる目線が周囲を一周し、拘束された自分の腕脚、自分を取り囲む白衣の一団、……そして自分の股間にいきり立つペニスで止まります。
「……なにしてるのよ!? ワタシの身体になにしてるのよーッ!!」
 わたしは、デルタの口元が歪んでいき、ワナワナと震えながら大きく開いていくのを見つめていました。目線をそらすことができなかったのです。数瞬の後、喉の奥までさらけ出すように開かれたデルタの口から、部屋中にケダモノのような絶叫が響きわたりました。
 気が付くと私は、両耳をしっかりと押さえて、だらしなくその場にしゃがみ込んでいました。
「術式を開始する」
 執刀担当医が告げる声が、遙か遠くからこもって聞こえるような気がします。
「やめて、やめて、やめてぇーっ!」
 デルタの悲鳴が響きます。不思議なことに、彼女の声だけは明瞭に聞こえました。先ほど医師が、わたしの上腕をつかんで立たせました。
「いいかい。患者は術中に何回かは失神する。……しないわけがないんだ」
 少し苦い口調で、その医師がつづけます。
「そのとき、蘇生措置を施して、患者を死なせないようにするのが私たちの役目だ」
 わたしが、放心状態のまま立ちつくしていると、その医師に頬をきつめに叩かれました。
「おい、しっかりしろ!」
「はいっ、はい! な、何をすれば良いんですか!? わたしはっ?」
 滑稽なほどしゃちこばって、わたしは正気に戻りました。わたしはかろうじて意識を保っていました。
「がぁああああっ! うおおーんッ!!」
 デルタの手術が開始されました。

 大きく拡げられたデルタの脚の間に陣取った専門医が、大きな拡大鏡を頭に着け、針先のようなメスと、まるで抜き取った睫毛ほどの縫合針を器用にピンセットであやつり手術を進めていました。
「ちゃんと「感じる」ように繋げないと意味がないからな」
 遠巻きに見ていたわたしでしたが、鉗子やクリップで拡げられた女性器の内側にメスを入れ、そこに睾丸らしきものを縫い込めようとしているのが解りました。胡桃大のソレを納めるために、デルタの外陰部を陰蓑に仕立て上げるようです。
「いたい! いたいよおーッ! ぎッぎぎぃッ!」
 メスが振るわれるたびに、デルタの悲鳴が部屋中に響き渡ります。大量の涙や汗、涎で、デルタの顔はグシャグシャに汚れていました。
「ぎ、ぎッひいーッ!」
 陰唇部の切開口に開口器が捻じ込まれたショックで、デルタが最初の限界を迎えました。眼球がクルリと反転し、口から泡を吹き始めます。
「気道確保!」
「は、はいっ!」
 わたしの横の医師が、わたしの肩を叩きます。わたしは吸引チューブを使って、デルタの気管に詰まった吐瀉物を処理します。何も食べさせられていないデルタの吐いた物は、液状の物ばかりで簡単に吸い出す事ができました。
ひくッ! ひくッ!!
 デルタの身体が痙攣して、意識が戻り始めるのが感じられました。わたしと組んでいる医師が、カンフル剤らしい注射器をデルタの腕から引き抜いています。
どくんっ!
 身体が跳ねて、デルタの意識が戻ります。こんな手術で「痛み」を感じさせるための処置にも関わらず、わたしは一瞬、ホッとしてしまいます。そんなわたしの耳に、低く恨めしげな声が聞こえてきました……。
「……殺してやる、殺してやる、この悪魔。……ちくしょう、ちくしょう」
 デルタでした。
 ……わたしはつい彼女と眼を合わせてしまいました。覚醒したばかりでうつろな眼でしたが、彼女は確かにわたしの眼を覗き込んでいました。歯をカチカチと鳴らしながら、デルタは「わたし」に向けて話しかけてきたのです。
「ご、ごめんなさい、……ごめんなさい」
 何者にも許されないおぞましい手術でしたが、そのなかで唯一、患者の命を守る役目であることに、みっともなくすがりついていた、わたしの心を見透かされた気がしました。
「殺してやる……、殺してやる……、殺し……。ぎぃッ! ぎいいいッ!!」
 キリキリと開口器が巻き上げられる音がして、またデルタの意識が途切れます。眼を上げると、ギチギチに拘束されたデルタの身体の中で唯一自由なペニスが、グルグルと亀頭部をのたうたせるように振り立てていました。
「ぎッぎッ〜! お前たち全員ッ、殺してやるーッ!」
 デルタの全身が、その拘束に抗って激しく反り返りました。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 ……オメガの亡霊だと思いました。このデルタは、わたしが殺してしまったオメガの亡霊で、わたしを恨んで「生き地獄」を味わい尽くさせようとしているのです。
「……ごめんなさい、……ごめんなさい」
 涙で視界がぼやけてきました。世界がグラグラと揺れています。

「また殺しちゃったら、ダメよ」
 耳元でオメガの妹の声がしました。トンとわたしの肩にオメガの妹が、後ろから小さいあごを乗せてきます。
「アナタ、ちょっと危険すぎだわ」
 薄く笑いながら、オメガの妹は、わたしの耳たぶに息を吹きかけてきます。
「ホラ、大丈夫?」
 ふらつくわたしの身体を支えて手術室の隅に引っ張っていきます。……ここにも、オメガの亡霊がいました。ヒヤリと冷たい手でわたしの額にさわってきます。
「もう、ゆるして……。もう、ゆるして下さい……」
 わたしはみっともなくベソを掻きながら、許しを乞い続けていました。

 ……デルタの手術は早朝にまで及びました。

To Be Continued


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