■3-1
わたしの監獄代わりに使われているのは、高い天井に数個の裸電球の灯る薄暗いボイラー室でした。機関車のような大きなボイラーがいくつも並び、重油の匂いが濃く立ちこめています。一番奥の一基だけが轟々と唸りながら運転を続けていて、建物内に点在する活動中の施設に電気やスチームを送り続けているのです。同時に燃えさかる炎は、うすら寒いこのボイラー室にわずかばかりの暖をもたらしてくれていました。
わたしは汚れて、あちこちが鉤裂きになった服を身に付けて震えていました。同じ室内で燃えさかるボイラーがあるとはいえ、季節は冬です。夜も更け広い室内はしんしんと冷えてきていました。
わたしが、このボイラー室で寝起きするようになって、かれこれ三日が経っていました(あるいは、もっと日が経っているかもしれません)。
わたしは足首につながれた長い鎖を引きずりながら、稼働しているボイラーに近づき、湯の出る蛇口をひねります。そして直接触れるには熱すぎる湯を金属製のバケツに受けて、自然に冷めるのを待ちます。その間に一日(?)に1パック与えられるレーションを食べました。三回に分けた夕食に当たる最後の一食です。ボソボソの味気ない食事でしたが、口の中で甘みが出るまで噛み続けました。湯の入ったバケツに入れて、ぬるま湯にしたミネラルウォーターで飲み下します。その頃には、熱湯だった湯がようやく冷えてきました。わたしは汚れた服を脱ぎ、肌着も取って、湯に浸したタオルで身体を拭きはじめます。
「熱いシャワー、浴びたくない?」
後ろから急に声を掛けられ、わたしはびっくりして振り返ります。
「こんな寒いところで、行水するのもナンじゃない?」
そこにはオメガの妹が立っていました。
「これ、着なさい」
言葉もなく裸で立ちつくすわたしに、オメガの妹は自分の黒いコートを投げてよこしました。彼女の趣味らしい安っぽいエナメル地のコートは肌に冷たく、着心地も悪いものでしたが、わたしは素早く羽織りました。ぐずぐずしていると取り上げられると思ったからです。
「自分で外して」
オメガの妹は、足枷の鍵も投げてよこします。焦り気味にキャッチしたわたしは、不器用に足枷を外しました(肌の何ヶ所かが擦れてかさぶたができています)。
「さあ、早くしなさいよ」
彼女は、大股でボイラー室の扉を出ていきます。わたしはあわててその後を追いました。
オメガの妹は、その荒っぽい歩き方の割には、ほとんど足音を立てないで歩いていきました。わたしがちゃんと、後についてくるのかを気にする様子もありません。その態度が、わたしの不安をかきたてます。もしもはぐれたら、逃亡の濡れ衣を着せられて、その場で射殺されかねないと思ったのです。わたしは小走りで、必死に彼女の後を追いかけました。
「ほら、早く身体を洗って、そこの服を着なさい」
オメガの妹がわたしを連れてきたのは、かつて、この大病院が機能していた頃の更衣室でした。そこに付属していたシャワールームを顎で示すと、自分は壁にもたれて、煙草に火を点けました。
「3本吸うまで、待ってるから」
わたしはあわてて、シャワーを使いました。適温の湯が凍えた身体に暖かく、病院の備品であったと思われる、香りのない消毒石鹸の泡でさえ、垢じみた肌や、埃っぽい髪を心地よく洗い流してくれます。ほんとうに久しぶりに人心地がついた気がしました。
「2本目、吸い終わるわよ」
彼女が言いました。
「は、はい」
わたしは、あわてて石鹸を洗い流しました。あまりの心地よさに、もしかすると、このあと銃殺でもされるのかもしれないと思いましたが、次に、こんな風にシャワーを浴びるのがいつになるのかと考えると、それでも良いと思ったほどでした。
「さあ、これを着て」
オメガの妹が示したのは、清潔な手術着でした。わたしが「本職」で着慣れているものより作りが良く、国外から輸入されているモノに思われます。
わたしは髪の毛と身体をいそいで拭くと、それを身に着けます。身体を拭く間や手術着を着ているとき、ジロジロとわたしを見る彼女の目線を強く感じました。
……何日か前に、彼女によって拷問の機械に掛けられたわたしは、文字通りに「狂わされ」ました。縛り付けられ脚を大きく開かされたわたしは、自分から股間を高く突き上げて、彼女に「入れて、イカせて」と泣きながら嘆願したのです。
その後、尋問官や彼女たちに「LOVE」モードと呼ばれている身体の性感帯を刺激する電気拷問で嬲られ、わたしは自分のすべてを、さらけ出されてしまったのです。
わたしは彼らに言われるままに身体を開き、恥ずかしい部分を突き出していました。尋問の内容はプライベートな事柄や、女としての恥ずかしい事にも言及し、……自分の身体のどこが感じやすいのか? 初体験の相手は? 過去の男性経験は? いつの間にか、わたしはそんな質問にも、問われるままに答えていました。そんなわたしの前には、小さなビデオカメラが据え付けられています。
「……やめて、こんなもの撮らないで下さい。やめて、こんな……」
朦朧とするわたしの眼の前で、オメガの妹はサヨナラをするように、手の平をヒラヒラと振ると、ビデオカメラからテープを取り出し立ち去っていきました。
そのまま気を失ったわたしが、次に気付いたのは監獄代わりのボイラー室だったのです。
その時のことを思い出し、そのオメガの妹の目線を意識して羞恥心に身体を固くしているわたしを急かして、彼女が言いました。
「なに、赤くなってるの!? ほら、早くして! ……オペが始まっちゃう」
わたしは大病院跡の最奥にある手術室のブロックへ、オメガの妹に手を引かれ連れていかれました。彼女の手には、やはり氷のような冷たさを感じます。大股で歩く彼女に合わせるため、わたしは小走りで着いて行きました。
「あなた、ちょっとグズね」
「……す、すいません」
ブロードウェイを端から端まで突っ切り、さらに進んだ先に、消毒用の手洗い場がありました。そこでもう一度、手や腕を消毒石鹸で洗うと手術室に入れられます。
そこは、最新の設備が整えられた部屋でした。とても廃病院の一角だとは思えません。中にいた3〜4人のスタッフが一斉にわたしを見ます。
「これで全員だな。……君、君には簡単な手伝いをしてもらう。なにしろ大手術のワリには人手がなさすぎる」
見上げると見学用の窓が天上に開いています。そこにオメガの妹が姿をあらわし、わたしに(わたしに?)、ヒラヒラと小さく手を振りました。その唇が動き、
「頑張んなさい」
と彼女が言っているように、わたしには見えました。
熱湯で消毒された手術道具が届き、わたしは無言でトレイにそれを並べていきます。なにも解らないまま、でも出来る限りの事はしようと思っていました。側らで薬品をチェックしている助手の手元を覗き込み、内臓の外科手術であることをそっと確認しました。
「患者が着きました」
誰かの声が告げて、手術室のドアがガチャンと大きな音を立てて開きます。そのドアをくぐりガラガラとストレッチャーが患者を運び込んできました。
患者をストレッチャーから手術台に移すためにシーツが取り払われ、あらわになったその姿に、わたしは息を飲みました。思わず震えだした自分自身の身体に腕を回し、強く自分の身体を抱きしめます。
その少女(少年?)は、オメガと同じ全頭マスクを被せられ、乳房の部分に丸く穴の開いたコルセットを着せられていました。丸い穴から形の良い乳房が押し出され盛り上がっています。そしてわたしが彼女(彼?)の性別を判断できないでいるのは、その股間に屹立する巨大なペニスが理由でした。
縦横に走る醜い縫合跡や、皮膚の直下に通されて透けて見えるバイパス管によって、まるでフランケンシュタインの怪物を思わせる巨大な男根は、弛緩している患者の全身の中で、そこだけが隆々とした屹立を誇り、ピクピクと脈打ってるのでした。
「記録開始。……被験者名「デルタ」。今回は、被験者に新方式の睾丸移植術式を行なう。被験者には前回、陰茎の移植術式が成功しており、幸い拒絶反応は少なかったようだ。……この術式の成功により…………」
その執刀医の声を聞きながら、わたしは本当に生きたまま地獄に墜とされて、いつの間にか、その眷族に加えられている事を知ったのです……。
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