〜 通わない心 〜



◆登場人物





◇百瀬 蛍子(ももせけいこ)

 女性 15歳(1年生)

気弱で大人しい眼鏡っ娘。

双子の姉・翔子を妹として心から大切に思っている。



◇百瀬 翔子(ももせしょうこ)

 女性 15歳(1年生)

勉強のできる蛍子とは逆に運動の得意な双子の姉。

魔都で待つ彼氏への愛を貫くため、日々必死で身を守っている。



◇藤岡 文之(ふじおかふみゆき)

 男性 22歳(用務員)

『便所組』の先輩たちに連れられて性に明け暮れる新人。

だが、慣れるにつれ、女生徒たちの無惨な姿に心痛めるようになる。











『便所組』



それは聖女たちの園が陵辱一色に染まる

罪深き聖リトリス女学院の放課後において、

特にトイレを好んでたむろする用務員たちのこと。



本来、誰もが人目を忍び利用する不浄の場での陵辱を繰り返す彼らは、

可憐な乙女たちを性処理具に貶め・辱める背徳に悦びを覚える

特に底意地とガラの悪い連中だ。





《ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!

  ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!ぱんッ!》



「・・うぅっ!!」





薄暗い女子トイレの個室で今日も1つ罪を重ねるのは

22歳の新米用務員・藤岡 文之(ふじおかふみゆき)だ。



便器の蓋に肘をつく3年生の女生徒は、

射精を終えたペニスをズルリと引き抜かれるや、

ビクンビクンと何度か震えた後、力なく崩れ落ちる。



その眼差しは、疲労に歪んではいても、

どこか虚ろで確固たる意思の感じられない聖水常用者のそれだった。





「オ〜イ、藤岡君よォ!

 ゆっくりしていきてぇなら、俺たちゃ先に上がってンぞォ!」



「ハァッ・・ハァッ・・

 あっ・・はい、すみません・・ハァッ・・」





便所組の陵辱は、無駄にムードやシチュエーションに凝って

ネチネチと責めたがる他の用務員たちとの違い、

一気に犯してサッと終る場合が多い。



激しい男女の営みを終えてグッタリとするパートナーに見向きもせず、

今日も男たちはドヤドヤと引き上げてゆく。



だが、そんな中にあればこそ、文之の存在は異質だった。





「(・・気持ちよかったよ、ごめんね)」





意識を飛ばして便器からずり落ちそうになる

先ほどの3年生を優しく支え起こすと、

汚れた床に倒れないよう隔壁の角にもたれかけさせる。



ズボンを履き直し、のそっと立ち上がり個室を出ると、

そこにはいつもの惨状が広がっていた。



開け放たれた多くの個室の奥に、

生気を感じないベトベトに穢された尻と足が覗く。



今日は洗面台の前にも1年生が力なく蹲っており、

その傍らには白濁にまみれた排泄物が異臭を放っていた。





「あ・・ぁぁ・・」





その視界が文之の姿を捉えるや、

1年生は怯えきった顔で何度かイヤイヤをすると、

這いずるようにして廊下へと逃げてゆく。



その痛々しい姿は悲惨の一言に尽きた。





「あ・・ちょっと・・」





文之は咄嗟にその後を追おうとするが、

彼女の目に映る自分の姿を想い、足を止めた。



それはさぞ醜悪な悪魔の姿なのだろう、と。





「・・ふぅ・・」





文之がここに配属されてから2ヶ月。



当初、便所組の先輩用務員に預けられた文之は

先輩たちに薦められるままトイレでの陵辱に加わり、

魂を溶かすような背徳の中で童貞を捨てた。



これまで激しく異性に憧れ・飢えていた文之は、

以降、麻薬のような中毒性を覚えて、

罪を重ねることにのめり込んでゆく。



だが、1ヶ月少々も経った頃から、

少しずつ自分の外側に目を向けられるようになってくると、

そこが如何な惨状であったかもまた見えてきたのだ。



しばらく感じなくなっていた

射精直後の急激なクールダウンが戻ったのも、その頃からだった。



だが、戻るべき場所を捨ててここにやってきた以上、

今更どうすべきかもわからず、先輩たちの誘いに任せて

日々、肉体の欲求を満たし続けている。



それが今の文之だった。





(今、これだけ冷め切ってても、

 どうせ、また明日になれば欲望に勝てなくなる・・)



(ホント、ダメな男だな、俺・・)





今、周囲の女生徒たちを哀れむなら、

文之にできるのは、その場から消えることだけだ。



文之は大きなため息を1つ吐くと、

全ての脅威が去ったことを女生徒たちに伝えるため、

わざと足音を立ててトイレから出てゆく。



すっかり暗くなった廊下、窓の外は一面の霧、

どこまでも閉塞的な闇の中へ消えてゆく文之。





「・・あ、あの、すみません・・」





しかし、細々とした声が文之を呼び止めていた。



想定外の事態に何事かと立ち止まり、

文之は恐る恐る振り返る。



先ほどのトイレの入り口に揺れる長いポニーテール。



冷たい壁に力なくよりかかる細やかな体。



眼鏡の奥のオドオドした眼差しが文之を覗き込んでいた。





「あ・・

 えと・・俺のこと、かな?」





戸惑いがちに確認を取る文之にコクンと頷くのは、

1年生・百瀬 蛍子(ももせけいこ)だった。





「な、何かな・・?」





恐らくは1秒でも早く、

男たちに消えて欲しいはずの女生徒に呼び止められる。



隠し持った刃物で刺されたりしないかと内心ビクつきなつつも、

文之は蛍子のもとへ戻っていた。





「あ・・あの・・」



(や、やっぱり俺、刺されるのか・・?

 文句言えないどころか、刺されて当然だしな、これじゃ・・)



「・・折り入って・・お願いが、あるんです・・」



「・・?

 ・・えっ、・・お願い?」



「その・・どこか場所を変えて話せないでしょうか・・?」



「お、俺は大丈夫だけど・・」





文之はさっと腕時計を確認する。



午後8時半。





「この時間は、その・・

 どこも誰かしらいる可能性はあるよ?」



「えっ・・そんな・・」



「何か、俺に話があるんだよね・・?

 なら、むしろ遊歩道を歩きつつの方が他人に聞かれないと思うよ?

 屋外の方が声もこもらないしさ」



「あっ・・はい、それでも構いません・・」



「じゃあ、そうと決まったら、早速行こ――」





刹那、文之は反射的に一歩踏み出していた。



寄りかかっていた壁から離れようとした蛍子の膝が、

ガクッと折れたのだ。



今まで無慈悲な男たちに散々酷使させられた華奢な下肢が、

疲労に負けてしまうのも仕方ないことだった。





「――危ないっ!」





咄嗟に蛍子を支えた文之の腕に、

何かがぶつかり『カララッ』と音を立てて床に落ちる。



蛍子の眼鏡だった。





「あ、待って。

 俺が拾うから」





フラつく蛍子の体を再び壁に預けさせ、

床に膝をついて眼鏡に手を伸ばす文之。



その時、眼鏡の先でビチャッと重ったるい水音が響く。





「・・ん?」



「あ・・やだっ・・」





力なくフラつく蛍子の腰の真下。



床にできたのは生臭い粘液性の小さな水たまりだ。



頬を紅潮させた困惑顔の恵子は、

反射的にそれを上履きで踏んで隠していた。





「――はい、眼鏡。

 あと、よかったら肩を貸すよ」





膣なのか肛門なのか。



つい先ほどまで、嫌というほど注ぎ込まれ続けた精液が、

無惨に溢れ出し、内股を伝って床に落ちたのだ。



冷め切っていたはずの本能に背徳の炎が戻るのを感じつつも、

文之は『その話題』に触れることなく、蛍子に眼鏡を返す。





「どう? これで多少は歩けそう?」



「はい・・

 これなら多分、大丈夫だと・・って、『多少』?」



「うん。 ちょっと歩きながらは厳しそうだ。

 やっぱり、どこか座って話せる場所を探そう」



「・・すみません」





やがて、2人の姿の見えなくなった廊下には、

所々に先ほどのものと同じ小さな精液の跡が点々と続いていた。











《ガララ・・》





恐る恐る開かれる引き戸が鈍い音を立てる。



まだ満足に立てない蛍子を連れまわすことが困難なため、

文之は校庭脇にある屋外の体育倉庫を訪れていた。



体育倉庫自体は男たちに人気のプレイスポットではあるものの、

特に利用率が高いのは体育館にある屋内倉庫の方だ。





「・・うん、大丈夫そうだ。

 多分、現時点で誰もいなければ、

 今日はもう使われないんじゃないかな・・」



「・・はい」





マットの上に蛍子を座らせると、

文之は引き戸を閉めて内部の照明をつける。



とりあえずゆっくりできる場所にはついたが、

2人ともまだ安堵はしていなかった。



お互いに様子を伺うような静寂の後、文之が口を開く。





「えっと・・たしか蛍子ちゃん、だよね?」



「はい・・1年生の百瀬 蛍子、です・・」



「俺は藤岡 文之、よろしくね。

 で・・えっと、俺に何か・・頼みごと、だっけ?」



「はい・・

 藤岡さんは、他の男性とは違うのではないかと見込んで・・

 その、お願いが・・あるんです・・」



「う、うん・・

 俺で、できることだったら・・」





だが、蛍子はなかなか本題を切り出そうとしない。



不安にグラグラと揺らぐ眼差しで、じっと文之を見定める。



文之も何かを察し、変に蛍子を急かさないよう黙って待った。



蛍子は何かを覚悟したように一度、深く目を閉じる。





「ある子を守るために、

 藤岡さんに力を貸して欲しいんです」



「『ある子』って言うのは?」



「・・姉です。

 実は私、別クラスに翔子という双子の姉がいるんです――」





百瀬 翔子(ももせしょうこ)は蛍子と瓜二つな双子の姉だ。



勉強の得意な蛍子とは正反対でスポーツ万能。



小さい頃から肉体的にも精神的にも妹よりタフだった翔子。



だが、今の翔子は蛍子以上に脆い存在となっていた。



眼鏡ともう1つ、蛍子にはない『ある特徴』が、

この環境下において最悪の弱点となるからだ。





「――弱点?」



「お姉ちゃん・・大好きな、彼氏がいるんです・・」



「あぁ・・なるほど、ね」



「お姉ちゃん、彼氏以外は絶対に嫌だって、

 毎日怯えながら必死に身を守っています・・」



「まあ、俺は残念ながら、

 今まで恋人なんていたためしがないけど、

 ・・さすがに、その気持ちはわかるな・・」



「お姉ちゃんは、昔からどこまでも一途で・・

 いつもクヨクヨしていた私なんかとは違って、

 強い女の子なんです・・よくも、悪くも・・」



「・・悪くも?」



「強いからこそ、『いざ』という時が来てしまったら、

 お姉ちゃんは規則に背いてでも、身を守るかもしれません・・

 もし、そんなことになれば・・」



「・・執行部か・・」



「今年も、規則に背いたせいで、何人か・・

 ・・こッ・・殺されたって、聞きます・・」





聖リトリス女学院に敷かれた狂気の規則の番人――執行部。



黒衣の死神と恐れられる修道女たちは、

この学院で生活していればちょくちょく見かける身近な存在だ。



しかし、彼女たちに纏わる恐ろしい噂とその異質な存在感が、

男女関わらず多くの住人たちにとって畏怖の象徴となっていた。





「でッ・・でも、ちょっと待って。

 悪いけど、さすがに執行部には俺だって逆らえないよ?」



「あ、いえ・・そうじゃないんです・・

 お姉ちゃんを守るためにお願いしたいのは、

 藤岡さんにも、危険の及ばない方法です・・」



「えっと・・どんな、方法?」



「帰りのホームルームが遅れた日、

 私と、お姉ちゃんを、独占して欲しいんです」



「・・え? それって、どういうこと?」



「私とお姉ちゃんを連れていく振りをして、

 お姉ちゃんだけ、寮の近くで解放してあげて欲しいんです。

 私は、そのまま・・残りますから・・」





悩ましい伏せまつ毛、頬を染めて俯く蛍子。



気弱なその瞳は、どこまでも憂いの似合うものだ。



それが言いようもなく文之の支配欲を掻きたてる。





「・・いや、ダメだ」



「え・・っ?」



「いや、双子をまとめるっていう方法がまずい。

 双子の姉妹っていうのは男の目を引きすぎる。

 下手な先輩に目をつけられたら、庇いきれなくなる」



「そ・・そんなもの・・なんですか?」



「まぁ、女の子にはわかんないか。

 双子の姉妹なんていったら、

 そりゃ男なら是が非でもセットで犯したくなるものさ」



「・・そんな・・」



「今まで君たち姉妹に誰も目をつけてないなら、それは奇跡だよ。

 もし、姉妹で瓜二つの格好なら少しでも変えなくちゃダメだ。

 そこらへん、どうなの?」



「えと・・私の方がポニーテールが長いのと、

 あとは眼鏡・・でしょうか」



「うん。 眼鏡は結構印象が変わるし、いいな。

 髪は・・そうだな・・

 蛍子ちゃん、ポニーを解いて下ろしてみたらどうかな?」



「あ・・はい」





しなやかな指先が黒髪を梳いて入り、

そこを留めていたゴムをスルリと抜き去る。



艶のある長い髪がファサ・・と広がり、下りた。





「こう・・ですか?」



「・・・・」



「あの、お兄さま・・? 

 な・・何か、まずかったですか・・?」



「あ、いや・・ち、違うんだ。

 えと、ちょっと・・その、見惚れただけ・・だよ」



「あ・・」



「ごっ、ごめん・・いいんじゃないかな。

 さっきと、かなり印象も違うし」





少しだけ微妙なものになった2人の間の空気。



だが、距離感は多少なりとも近づいている実感が文之にはあった。



文之は蛍子を振り向くと、

怖がらせないように気をつけてその両肩を掴む。





「ね、ねえ・・蛍子ちゃん」



「え? あ・・はい・・?」



「お姉さんの件は了解したよ。

 ちょっとやり方は変えなくちゃいけないけど、何とかする」



「あ、ありがとうございます・・!」



「で・・で、交換条件の方は・・

 そういうコトで・・いいんだよね?」



「はい。 協力していただけるのなら、

 ・・見返りとして、私を差し上げ――」





《――ザッザッザッ》





不意に扉の外に足音。



間もなく開かれる倉庫の引き戸から、

女生徒を連れた年輩の用務員が姿を現した。





「おこ〜んばんは。

 明かりがついてるから誰かと思ったら藤岡君じゃないか」



「あ、ああ・・先輩、どうも」



「おやァ? そっちは終ったとこかい?」



「ええ、まぁ・・そんなとこです」





たった今、咄嗟に下ろしたズボンをわざとらしく履き直しつつ、

『事後』を装う文之。



今日は既に体力を使い果たしている蛍子を、

これ以上巻き込まないためだ。





「なんだァ・・2人並べてパンパンも乙なもんだぞォ?」



「ハハ、勘弁してくださいよ。

 今日はもう5発もキメたもんでヒリヒリしてて・・

 これからこの子を送っていくとこだったんですよ」



「ハッハハハ・・若ェのにだらしねぇなァ。

 ま、しゃーねぇ、お疲れさん」



「んじゃ、お先に失礼します」





想定外の事態に心臓をバクバクさせながらも、

無事に倉庫を出た文之は蛍子を連れて離れてゆく。



だが、その胸の高鳴りは

決して動揺からくるものだけではない。



蛍子との出会いが自分にとって大きな転機であったことを、

文之は確かに感じていた











「・・翔子ちゃん、だね?」





最近、文之が毎日のように訪れる1年F組の教室。



廊下から死角となる壁の裏で息を潜める女生徒を見かけると、

そう声をかける。



酷く怯え切っていながら、

猫を噛む鼠のような危うさを孕む眼差しが文之を見上げる。



眼鏡の有無や髪型こそ違えど、蛍子と瓜二つの女生徒だった。





「ふ、藤岡さん・・ですか?」



「あぁ、妹さんから君の事を頼まれてる。

 さ、行こうか」



「・・・・。

 ・・はい」





蛍子の双子の姉・翔子の属する1年F組で

帰りのホームルームが遅れるアクシデントが発生したのは、

あの約束の夜から2週間後のことだった。





「翔子ちゃん、悪いけど肩ぐらいは抱かせてもらうよ?」



「・・・・」



「ある程度は俺がキープした子だとアピールしておかないと、

 他の男に声をかけられかねないからね」



「・・わかりました」





姉の翔子を守って欲しいという蛍子との約束のため、

最近の文之は毎日、真っ先に1年F組を覗きに来ていた。



もしも何らかの理由で翔子の帰りが遅れた場合は、

教室内で待たせて文之が拾いに行く手筈になっている。



1年生たちは1日の終了と同時に一斉に教室を飛び出してゆくため、

無人とわかっている教室に男たちの目が向くこともなく、

返って死角となるからだ。





「でも、さすがに双子だね。 すぐにわかったよ」





何かイレギュラーが起きないかと内心ドキドキしつつも、

無事に翔子を連れて校門までの最危険地帯を抜けた文之。



最終目的地の女子寮到達まで気は抜けないものの、

行き詰るような沈黙からは解き放たれていた。





「・・・・」





一方、蛍子から話を聞いていたとはいえ、

今日、初めて顔を合わせる文之に警戒心を剥き出す翔子。



他の女生徒たち以上に、

愛を誓い合った異性のいる翔子にとって、

この学院の男たちは恐ろしい悪魔そのものだからだ。





「ふぅ・・

 別にさ、そんなに怖がらなくてもいいよ。

 もし君に何かあれば、こっちこそ一大事なんだから」





だが、事情がわかっているとはいえ、

ここまで徹底的に警戒されては文之も面白くない。



思わず吐き捨てるように言ってしまったあとで、

気まずそうに頭を掻く。





「あ〜・・いや、ごめん。

 とにかく、君に危害を加えるつもりはないから」



「・・・・」



「まぁいいや、とにかく歩こう。

 俺だって、さっさと君を送り届けて、

 早く蛍子ちゃんに会いたいんだ」





姉を守ってもらう代償に自分自身を差し出す、

というのが蛍子が文之に持ちかけた取引だ。



以来、文之は毎日のように蛍子との逢瀬を続けており、

今日も例に漏れず、翔子を女子寮まで送り届けた足で、

そのまま蛍子と合流する予定なのだ。





「・・あの」





だが、ここでだんまりを決め込んでいた翔子が、

初めて話に食いつく。





「ん?」



「貴方は蛍子・・いえ、妹と・・

 その・・やはり『そういうコト』してるんですよね?」



「う・・まぁ、そう・・だね」



「・・やっぱり。

 妹は、そこらへんは話してくれませんけど、

 ここのところ毎日、決まって帰りが遅いから・・」



「俺がこんなこと言っちゃいけないんだろうけど・・

 彼女は魔都一の姉想いだと思うよ」



「・・っ・・!」





歯軋りの音。



ジロリと文之を睨みつける翔子。



だが、その眼差しに燃え上がる炎はすぐに勢いを失う。





「・・わかってました。

 妹が、不甲斐ない私のために犠牲になってくれていること・・」



「・・・・」



「けど、それでも私は何もしなかった。

 たとえ妹を犠牲にしてでも、守りたい想いがあるから・・

 ・・私・・酷い、姉なんです・・」





彼氏と妹。



一番大切なもののために、二番目に大切なものを切り捨てる。



そんな苦渋の決断に心痛める翔子に何か声をかけてやりたいが、

加害者が被害者にかける労いの言葉など嫌味以外の何物でもない。



文之としては、加害者を貫くしかなかった。





「それでいいんだ。

 君には――これからも妹さんを犠牲にし続けてもらう」



「なっ・・!」



「だって・・君という口実がないと、

 きっと蛍子ちゃんは俺を見てはくれないからね・・」



「・・あ、貴方・・」



「やっぱり君たちは双子だな、よく似ているよ。

 君にとっての『妹より彼氏』は、

 蛍子ちゃんにとっての『自分より姉』なんだろう」



「・・・・」



「ま・・とはいえ、

 蛍子ちゃんの方が君の100倍は可愛いけどね」





毎日『便所組』の活動で肉体の欲求を満たしながらも、

言いようのない『これじゃない』感を感じていた文之。



そんな文之の前にとって、蛍子との出会いは

まさしく運命の出会いだったのだ。





「さ、ついたよ」





毎晩のように蛍子を送り届けている女子寮の裏側で、

文之は周囲に人目がないことを確認し翔子を解放する。



飢えた獣が獲物を無傷で解放するところを誰かに見られ、

目立ってしまうことを恐れてのことだ。





「・・あ、ありがとう・・」



「お礼なら、言うべき相手が違うだろ。

 俺に言うんなら『妹を泣かせたら赦さない』とか、

 そういう気の利いた言葉の方が嬉しいけどね?」





また、ギリリと文之を睨みつけると、

身を翻して女子寮の玄関口に消えてゆく翔子。



そこで待つこと数分。



事前の打ち合わせ通り姉を文之に任せ、

自力で下校していた蛍子が入れ替わりに出てくると

2人は霧の遊歩道に抜けてゆくのだった。











百瀬姉妹の暮らす女子寮から30分ほど歩いた場所にある、

現在は使われていない寮。



組織が管理する施設である以上、

本来、無人なら施錠されていてしかるべきだが、

ここでは玄関口なり裏口なり必ず施錠されていない扉がある。



密猟者たちへの配慮だった。





《――カチャ》





蛍子に続いて薄暗い部屋に身を滑り込ませると、

文之は静かに扉にロックをかける。



それが文之と蛍子の秘密の逢瀬、その合図なのだ。





「・・んっ・・」





文之の衝動が蛍子の唇を奪う。



フレンチキスを何度か交わした後、

舌先で軽く突き合う程度の短いディープキス。



ゆっくりと唇を離すと、

ずれてしまった蛍子の眼鏡をそっと調える。



しばし、間近にお互いを見つめあうと、

どちらからともなく2人はベッドに腰を下ろしていた。





「あ・・ところでお姉さんは、

 俺のこと、何か言ってた・・?」



「いいえ・・何も」



「ハハ・・まぁ、そりゃそっか・・」



「でも・・そんなに悪い印象は持ってなかったと思いますよ?」



「えっ? でも、何も言ってなかったんでしょ?」



「それでもわかるんです・・双子だから」





蛍子の小さな口元に浮かぶ仄かな笑み。



だが、伏せまつ毛の眼差しは、なかなか文之には向けられない。





「そんなに、気になるんですか?

 ・・お姉ちゃんの反応」



「そりゃ・・

 蛍子ちゃんの家族なんだから、嫌われたくは・・ないさ。

 ・・・・、・・・・・・・・。。。。」



「・・ど、どうかされたんですか?」



「あっ、いや・・何でもないよ」





思っていた以上に微妙だった翔子との空気と

変に切ってしまった啖呵を思い出し言い淀む文之。



だが、そのまま流そうとする文之に、

珍しく蛍子が食いつく。





「あの・・あのっ!

 お、お姉ちゃんに・・

 何か変なこと、言ったりしてませんよ、ね・・?」





天性の意志の弱そうな眼差しが文之を真正面から見据える。



すごんでいるのか、すがっているのかの判断が難しいが、

姉思いの蛍子らしい本気の顔だ。





「いや・・ちょっと悪者なりに

 意固地になっちゃっただけというか・・」



「・・?」



「『俺は君の妹さんが好きで好きでたまらないんだよ』って、

 ちょっと、そんな話をしただけさ」



「あ・・」



「ごめん。

 どちらにしろ、ちょっと不適切な発言だったかもしれない」





いつものようにまつ毛を伏せ、ホッと息をつく蛍子を見て、

文之は安堵と落胆の混じる少しだけ複雑な表情をしていた。





「ハハ・・翔子ちゃんが羨ましいな」



「・・えっ?」



「だって、蛍子ちゃんの心を100%独占してるんだから。

 そりゃ〜、0%の俺としちゃ、羨ましくないはずがない」



「・・っ!?

 い、いえ・・べ、別に、そんな、ことは・・」





今度は蛍子が言い淀んでしまう。



何故なら、文之の指摘は紛れもない事実なのだから。



蛍子にとって、文之は決して嫌いな相手ではないものの、

だからと言って好きなわけでもない。



あくまで姉を守る手段として、

絶対に手放せない協力者でしかないのだ。





「わ・・わ、私っ!

 ふ・・藤岡さんの、こと、だって・・」





何とか否定しようと搾り出す言葉も、

尻つぼみに消えていってしまう。



自分に好意を向けてくれる相手に、

平然と嘘を吐き通すことは蛍子にはできなかった。



相手を裏切ろうとする痛みが嗚咽となって言葉を刻んでゆく。





「ふじ・・おか・・さんの、こと・・だっ・・て・・」



「いやいや、いいんだよ。

 こんな状況で好きになってもらえるはずがない」



「あっ、あ・・待って・・

 ごめ・・なさい・・ごめん、なさ・・

 藤岡さ・・が、必要なんです、どうか・・これまで通り・・」



「えっ? いや・・ちょっ、ちょっと待った!

 蛍子ちゃんこそ、変な風にとらえないでくれ。

 この関係を切るとか、そういう意味じゃない」





想定外の展開を無理矢理止めるように、

文之は力いっぱい蛍子を抱き締める。





「誰よりも姉想いの蛍子ちゃんが好きなんだよ、俺は。

 だから翔子ちゃんを羨ましいとは思っても、

 俺が勝手に想ってる『好き』に影響はない」



「ふっ・・藤岡さ・・」



「だからいいんだよ、蛍子ちゃんはお姉さん100%で。

 俺が蛍子ちゃん100%であることだけ赦してくれれば、

 それでいいんだ」



「・・ふ・・ふじお・・・・ん、んんっ・・」





先程より強引に奪われる、

雪崩れ込むような文之のキス。



それは蛍子が学院を卒業し、

二度と会えなくなるまでの3年間。



片想いでい続ける覚悟の表明のようでもあった。











《ちゅぐッ!ちゅぐッ!ちゅぐ・・ッ!》



「んっ! ふっ・・あんっ、あッ!」





薄暗いベッドの上。



両足を腰ごと抱え上げられ、

真上から打ち下ろされるペニスを

憂いに濡れた蛍子の瞳が見つめていた。





「フーーッ・・フーーッ・・

 俺と繋がってるところ、見てるの?」



「あっ・・いえっ・・

 ・・あンっ!・・そ、そんなっ、こと・・」





文之に意地悪な指摘をされ、

恥ずかしそうに目を逸らす蛍子だったが、

またしばらくすると視線は誘われるように戻っていた。



文之も無粋な真似を繰り返すようなことはせず、

しばし蛍子の瞳は出たり挿入ったりの光景を映し続ける。





(私の体・・だいぶ藤岡さんの体に慣らされちゃったかな)



(最初の頃は、感じている振りをするので大変だったのに・・)



(もうすっかり、気持ちよくなるようになってる・・)



(でも、これでいい・・この方が藤岡さんだって悦ぶだろうし・・)



(・・私だって・・楽・・)



(・・こんな女の子で・・ごめんね、藤岡さん・・)





大きなストロークの打ち下ろしを受け止めながら、

何やら物思いに耽る蛍子。



なかなか自分を見てくれない伏せまつ毛の眼差しに、

文之は狂おしい劣情を覚えていた。



それは逃げられれば追いたくなる野性の本能のようであって、

その実、絶対に追いつけない自分を哀れみ、

嘲ることにより生じる言いようのない興奮。



文之も悲劇のヒロインならぬ、

悲劇のヒーローである自分に酔っているのだ。





「フーーッ・・フーーッ・・フーーッ・・」



「あっ、やぁっ・・んんっ・・はんっ!」





だが、お互いに精神の内側へ内側へと

止め処なく潜っていきそうになる2人を、

行為の中で生じた確かな快楽が無理矢理引き戻してゆく。



たとえ2人の間に心は通わずとも、

毎晩のように愛し合う牡と牝の肉体だけは

既にお互いを最愛のパートナーとして認め合っているのだ。



それは蛍子も、どこかでわかっていた。





「ふ・・藤岡さん・・」



「・・何だい?」



「ごめんなさい・・

 やっぱり、私の心は100%お姉ちゃんみたいです・・」



「うん・・それでいいんだよ」



「・・けど、私。

 藤岡さんにだけ、あげられるものが・・あります」



「えっ・・何だろ?」





今度はすごむでもなく、すがるでもなく、

伏せまつ毛の瞳は自然体で文之を見上げる。



蛍子は自らの下腹部に掌を添えると、

何度かさすって見せた。





「わ、私が・・もし妊娠したら・・

 藤岡さん・・悦んでくれますか・・?」



「あ・・」



「生まれた子供は執行部に取られてしまうらしいですけど・・

 私なりの・・藤岡さんに捧げる、決意表明みたいなものです」





妊娠。



それが蛍子の一生において

絶対に消えない傷となるとわかっているからこそ、

文之にはどうしても欲しいものだった。



文之が一生縛られる聖リトリス女学院という魔都の奥底から、

蛍子はやがていなくなってしまう。



元いた世界に戻り、今度こそ運命の出会いをし、

知らない男のものとなり、その子供を産み、育ててゆく。



だからこそ、それがたとえ蛍子にとっては傷であっても、

自分との忘れられない思い出を残して欲しいのだ。





「・・受け取って、くれますか・・?」





憂いに満ちた、しかし真っ直ぐと自分を見つめる

瞳の奥底を覗き込むように顔を寄せる文之。



その返答は、悲しいほどに1つしかなかった。





《ッぱん!ッぱん!ッぱん!ッぱん!ッぱん!

  ッぱん!ッぱん!ッぱん!ッぱん!ッぱん!》



「フーーッ・・フーーッ・・

 す、好きだッ・・蛍子ちゃんッ!!」



「あッ! はぁ、ふっ・・ん、んん・・あっ

 ・・ふじおか・・さ・・っ」





そこに至るまでの階段を数段飛ばしで駆け上るかのように、、

再開された性行為はぐんぐん高みへと昇ってゆく。





「イクよっ・・イクよ・・ッ!!」





だが、反目しあう蛍子の心と肉体。



肉体がいかに文之を欲しても、

心は決してそれを受け入れようとしない。



ならばと、お互いに好き合う牡と牝の肉体同士が力を合わせ、

自分たちだけでできる精一杯の快楽を作り出してゆく。





「は・・はいぃっ」





今も――そして、恐らくはこれからも。



決して通うことのないであろう2つの心に、

決して絡み合うことのないであろう2つの運命に、

せめて、一矢を報いんとする。



それはどこまでも悲しい、肉体たちの主張だった――





「くぅッ・・アアァァァァッ!!」



《ドプッ! ビュルルルルッ!!

 ・・ビュク・・ビュブブブブブ・・ッ!!!》



「きゃはぁぁ〜〜〜〜〜ッッ!!」





交わされる生殖行為。



憤る肉体がわからず屋の心を殴り倒したかのように、

強烈すぎる快楽になす術なく意識を飛ばしてゆく蛍子。



だが、それでも――



一度、霧の牢獄に足を踏み入れた男たちは、

もはや二度と永遠の愛に報われることはない。



夜は、ただ虚しく更けてゆくのだった――


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