〜 踏み込む覚悟 〜
◆登場人物
◇大隈 蓉子(おおくまようこ)
女性 16歳(1年生)
頭はいいが運動はからっきしのお淑やかなお嬢様。
ケイとは親友同士。
◇遠藤 ケイ(えんどうけい)
女性 15歳(1年生)
親友の蓉子とは逆に運動神経はあるが勉強は苦手。
性格は明るく人懐っこい。
◇葛西 洋太(かさいようた)
男性 24歳(用務員)
明生と共に赴任してきたばかりの新人。
明生とは以前よりネット上でのつきあいがあった。
◇浦辺 明生(うらべあきお)
男性 23歳(用務員)
西の訛りのある言葉でしゃべる陽気な新人。
◆
肉食獣たちが獲物を求めて徘徊し始める、
聖リトリス女学院の放課後。
決して満たさぬ飢えに取り付かれた彼らの目に止まれば最後、
餌場に引きずり込まれて柔肉を貪られることとなる。
息を殺し、人ごみに紛れ、物影に身を潜め、霧に溶けこみ、
今日も1年生たちは各々の寮へと急いでいた。
「・・オイ、ちょ〜っと待てよォ?」
教室から下り階段へと向かう校舎3Fの廊下。
後背からかけられた低い男の声に、
大隈 蓉子(おおくまようこ)はゴクリと息を飲む。
不運なことに今日は帰りのホームルームが長引き、
漸く解放されたのは6時限目終了から20分後の
『獣のチャイム』が鳴り響いた後だったのだ。
既に校舎内にもチラホラと男の姿が見え始めていた。
「・・・・!」
蓉子の顔からサーっと血の気が引き、足が竦む。
振り向くべきタイミングを定めることができないのは、
その瞬間が自分の運が尽きる時だとわかっているからだ。
「(――蓉子っ、早くこっちへ!
ウチら目当てじゃないっぽいよ)」
だが、誰かが震える蓉子の手首を掴み、
扉の開いていた別クラスの教室へと引き込んでいた。
蓉子とはクラスメートであり、
同じ寮の住人でもある遠藤 ケイ(えんどうけい)だ。
お淑やかで大和撫子然とした蓉子と、
小柄で何かと小回りの利くケイ。
2人は特に仲のいい友人同士であり、
今日もいつものように連れ立っての帰寮中だった。
「(・・ケイさんっ)」
「(先にも、男の人の声が聞こえた。
今の用務員も、まだすぐそこにいるし・・
危険かもしれないけど、ここで少し待ってやり過ごそう)」
物影に息を潜める2人の様子は、
まるで敵アジトに忍び込んだ潜入工作員のよう。
しかし、ここはそんな行動も全く滑稽なものではない。
自分たちの身を守るためには必要なことなのだ。
「は、はい・・
わっ、わた、わたくし、でしょうか」
「ヘヘッ、怯えちゃって可愛いねェ〜。
その様子だと、用件はわかってそうで安心したぜえ?」
「え、え・・えっ?
よっ、よ・・用件・・ですか?」
「オイオイ、見え見えのシラ切るんじゃねえよ。
嬢ちゃんのマンコがバカになるまでブチ込みまくって、
たんまりガキ汁流し込むんだよ、わかってんだろ?」
「あ、うぅ・・
す、すみません・・」
咄嗟に逃げ込んだ無人の教室の中、
壁越しに聞こえてくる男と女生徒の会話に蓉子とケイは息を飲む。
もし、あの男が目をつけたのが自分たちだったらと思うと、
生きた心地がしなかった。
「(彼女・・E組のコですわ。
何とかして差し上げたいのは山々ですけれども・・)」
「(無理だよ、どうしようもない。
ウチら、男の人の誘いを断れない規則なんだよ?
それを破った益美が・・殺されてるんだ・・)」
「(・・ケイ、さん・・)」
「(大丈夫、それよりウチらは
ウチらが生き残ることだけを最優先に考えよ)」
「(ケイさん・・いつも、ありがとうございます。
蓉子などを連れていては足手まといでしょうに・・)」
「(もうっ! いいから黙ってて!)」
「(あっ、ごめんなさい・・)」
「(・・・・。
馬鹿ね・・ウチら、親友じゃんよ・・)」
項垂れる蓉子の頭をケイがポンポンとやる様は、
手のかかる姉と、その世話を焼く妹のよう。
やがて、壁越しの会話がなくなり、
足音が遠ざかってゆくのを確認すると
ケイと蓉子は音もなく教室を出てゆくのだった。
◆
「あっ・・そこに誰かいるよね。
ねえ、ちょっといいかなァ?」
不意に霧の奥からかけられた声。
ケイと蓉子に再び緊張が走ったのは帰りの遊歩道。
逃げ込むべき寮を間近にして、
『ここまで来ればもう大丈夫だろう』と、
2人がついつい小走りになった瞬間だった。
先ほどと同じように蓉子は立ち竦み、
ケイは咄嗟に視線だけを走らせて周囲の状況を確認する。
だが、今度は周囲に他の女生徒たちの姿はない。
霧の中の足音は真っ直ぐ近づいてきていた。
「(ケイ・・さん)」
「(・・まずい、かも・・)」
ケイと蓉子が霧の牢獄に捕えられてから――5ヶ月半。
まるで刑を待つ死刑囚のように怯えて暮らす2人は、
幸運にも保ち続けていた『未だ無傷』を手放す瞬間が
ついに訪れたことを予感していた。
「(お待ちになって・・
どうか聞いてください、ケイさん)」
覚悟の一歩で自分の前に出ようとするケイを、
蓉子の手が引き止める。
「(今ならまだ、向こうもこちらがよく見えていないはず。
蓉子がごまかしますから、ケイさんはお逃げになって)」
「(ちょっ・・蓉子、馬鹿いってんじゃないわよっ)」
「(よ、蓉子はいいですからっ! 早く、ケイさんっ!)」
今まで幾度となく危うい場面から自分を助けてくれた親友。
いざとなれば、自らが犠牲となってその友情に報いると、
蓉子は心に決めていたのだ。
だが、ケイもまた蓉子を置いて逃げるようなことはせず、
わずかな猶予は瞬く間になくなってしまう。
「あっ、いたいた」
霧の中から姿を現したのは若い用務員2人組、
葛西 洋太(かさいようた)と浦辺 明生(うらべあきお)だった。
ついに男2人と女2人がお互いを見据え、間近に対する形となる。
「あっ、ごきげんよう・・お兄さま方。
どうか、なさいましたか?」
蓉子が半歩を踏み出し、ケイを自分の後ろへと隠す。
「あっ、ああ・・
いや、実はさ、ちょっと道がわからなくって・・」
その男の受け答えに、ケイと蓉子はピクリと反応する。
「ハハッ、そぉなんや〜・・
ワイら、今日来たばっかのド新米でな?
ちょっとうろついとったら、すっかり迷ぉてしもて」
「そ、それはお困りでしょう。
その、目的地は・・どちらで?」
「えと、俺らの寮・・なんだけど。
わからなければ、校舎でもいいんだ」
「あっ、えとね、校舎だったら・・」
いてもたってもいられず、ケイも動く。
『自分たちを狩りに来たのではなく、
道に迷った新人用務員が道を聞いているだけ』
それは窮地に陥ったケイと蓉子の前に突如浮上した
一縷の希望だからだ。
しかし――
「うおっ! ちょい待てェ〜!
このコ、むっちゃかわええやん!!」
蓉子の後ろから身を乗り出すケイを見た明生は、
途端に目を輝かせてケイを覗き込んだのだ
大きく崩れる距離感――
無事生還へと続く細く途切れそうな道が、
2人の目の前で大きく歪む。
「ハァ・・ハァ・・
な、なァ〜、ワイら聞いとんでぇ〜?
なんか、頼めば『アレ』・・させて、もらえるんやて?」
「えっ?
・・ぁ・・えと・・」
このタイミングで『その話題』は、
触れられたら即ゲームオーバーレベルの禁忌だ。
ケイが凍りつき、蓉子も顔を引きつらせる。
「ちょっ、浦辺――!」
「ぐえッ!」
「(い〜から、ちょっとこっち来い!)
あ、ごめん君たち、ちょ〜っと待っててねえ」
だが、事態は右往左往し、結果はなかなか定まらない。
ケイに強引に言い寄ろうとする明生を、
咄嗟に洋太が引っぺがして引きずっていったのだ。
「何やってんだよお前・・ドン引きされてたぞ?
可愛い可愛い言ってんのに、怖がらせてどうすんだよ」
「あっちゃ・・マジか!?
マジで、ワイ引かれとった?」
相棒を引きずっていった男たちの声が、
少し距離を置いた場所から聞こえ始める。
ケイと蓉子は、そっと顔を見合わせた。
「(ご、ごめん蓉子・・
私が下手に前に出なければ・・)」
「(いえ、仕方ありませんわ。
そんな展開を予想できるはずないですもの)」
「(よ、蓉子。
気に入られたのは、私の方みたいだからさ、
その・・蓉子は、もし隙があったら・・)」
「(・・・・・・)」
そこに、再び足音が戻ってくる。
「いやぁ〜・・ごめんごめん。
ど〜もコイツ、デリカシーってものを知らなくてさ」
「あ〜〜・・その、
ホンマ怖がらせてしもて悪かったわ」
「あ、いえ・・その、蓉子たちは、別に・・」
「あ、せやけどな!
かわええ〜って思ったんは、ホンマなんやで?
さっき他の女の子たちも結構見たけど、君は別格やわ」
「えっ・・あ、
・・ど、どぉも・・」
「なァ〜よかったら、君の名前教えてくれへんか?」
「え、えと・・遠藤 ケイ・・」
「ケイちゃんか〜!
ワイは浦辺 明生、んでこいつが葛西 洋太や」
「いやぁ・・女子校とか、普通は俺らじゃ入れないじゃん?
さすがにちょっとドキドキでさ〜」
男たちの口調は軽やかだ。
だが、ケイは先ほどの明生の言い寄りがあったため警戒を崩さない。
一方、蓉子はまた別のことに考えを巡らせていた。
「もしよければ、君も名前を教えてくれないかな?」
「・・あ、はい?」
「よ、蓉子・・(名前、教えてくれってよ?)」
「すみません、少々ボーっとしておりましたわ。
わたくしは大隈 蓉子と申します、お兄さま方」
「しっかし、お嬢様っちゅ〜感じやなァ〜」
「あぁ、とっても素敵なコだよな」
「おっ・・なにお前はこのコ気にいったん?
そんならどないや?
これから魅惑のダブルデートでしっぽりっちゅ〜んは・・!」
「お、おま・・浦辺っ!」
「・・ぐえぇッ!!」
「ご、ごめん、2人共・・
も〜〜ちょっとだけ待っててね、ホントにごめんっ。
(オラ、こっち来いっ!)」
また、洋太が明生を引きずってゆく。
少し離れた場所で2人の会話が始まると蓉子がケイに顔を寄せた。
「(どうかした? ・・蓉子)」
「(ケイさん・・蓉子、考えてみたのですが・・
この際、こちらから踏み込むというのはどうでしょう?)」
「(踏み込むって・・えっ、本気?)」
「(あくまで、今後を見据えての判断・・ですわ)」
身体能力や瞬発力においてケイに大きく劣る蓉子だが、
その分、蓉子は頭脳でケイをサポートしてきた。
そんな相棒に策アリと知るやケイも神妙な顔をする。
「(蓉子たち1年生はこれからまだあと2年半、
ここに留まらなくてはならないでしょう?)」
「(・・うん、そうだね)」
「(もし仮に、この場を切り抜けられたとしても、
いつまでも逃げおおせるのは、恐らく不可能・・ですわ)」
「(そ、それは・・正直、私もそうだと思うけど・・
でもさ、わざわざ自分から踏み込む意味って、ある?)」
「(あのお兄さま方2人・・
ケイさんは他の用務員と比べて、どう思います?)」
「(まぁ・・あんな連中と比べるなら、
全然とっつきやすいタイプには、見えるかな・・)」
「(ええ、他の殿方たちからは考えられないくらい、
蓉子たちにも気を使ってくださいます)」
「(あ・・わかった。
せめて最初くらいは・・
その、優しくしてくれそうな相手がいいとか?)」
「(・・それもあります。
けれど、目的はどちらかというと――)」
ケイの耳元に囁かれた蓉子の提案は、
決して『全て良し』というものではなかった。
成功するとは限らない上、
成功してもそれなりのリスクを負うこととなる。
だが、無傷で卒業を迎えることが絶望的な環境下だ。
自分の内にある何かを守ろうとすれば、
また自分の内にある何かを捨てなくてはならない。
そういう意味では理には適った内容だった。
「(・・なるほど、それが最も『まし』なのかもね。
上手くすれば聖水も使わずに済むし)」
「(追うべきリスクを選択し、かつ最小限にとどめる。
ということですわ)」
「(わ・・わかった、いいよ。
あんま、自信ない・・けど)」
ケイと蓉子は、小さく頷き合うと男たちの戻りを待った。
「いやぁ、何度もごめんね。
ケイちゃんと蓉子ちゃんも、コイツがまたやらかしたら
容赦なくぶっ叩いていいからさ」
「わ、悪かったなァ・・ホンマ」
「うぅ〜・・」
ジト目。
洋太に無理矢理頭を下げさせられる明生に、
今度はケイから一歩詰め寄っていた
「ケ、ケイちゃん・・
なんや、もしかしてケイちゃん・・お怒りモードなんか?」
「そ、そーじゃないけどさ・・
やっぱ・・まだ、ちょっと怖いんだよ・・」
「あ・・ハハ。
ホンマすまん、ワイも、ちと舞い上がってたかもしらん。
なんつ〜かケイちゃん、理想の妹像みたいでなァ・・ついつい」
「ぅ〜〜〜・・
ま、まぁ、その・・『可愛い』って言われるのは・・
やっぱ、ちょっと、嬉しいケド・・さ?」
「うおぉっ!?
ええわァ〜〜今の顔、むっちゃ好みやわ!」
「う・・うっさいっ」
馬鹿な兄貴とつんデレ妹的なやり取りが交わされる中、
自然と残る2人は『蚊帳の外』という名の蚊帳の中に納まってゆく。
「ハハ。
何か・・意外と悪くない雰囲気になってるね、あっちの2人」
「そのようです・・わね。
ケイさんのあのような顔、初めて見ますわ」
「ケイちゃんとは、つきあい長いの?」
「いえ、ケイさんとはこの学院で知り合ったので、
もうすぐ半年・・でしょうか」
「へぇ、元々ネット上とはいえ
年単位で付き合いのあった俺と浦辺なんかより、
よっぽど年季が入ってそうに見えるけどなあ」
「ずっと・・ここで身を寄せ合って生きてきましたから。
ケイさんは蓉子の半身も同然なんです」
「あぁ・・そっか、そうだよね。
いや、何となく・・わかるよ」
「ふふっ・・
でも、やっぱり、洋太お兄さまって・・」
「えっ?」
「あ、いえ・・何でもありませんわ。
それより、あの・・お兄さま方・・?
もし、よろしければ――」
蓉子は男2人の視線が集まるのを待つと口を開く。
それは危険な賭けの第一歩だった。
◆
先ほどのケイと蓉子の女子寮からは、だいぶ離れた遊歩道。
霧の中を進む4つの人影があった。
「こっちの道は真っ直ぐ行くと第2女子寮を抜けて学院まで一直線。
でも、今はこっちは行かないよ、反対側ね」
「オーケー」
先頭を行くケイに明生が続き、
そのすぐ後ろに洋太と蓉子が連れ立って歩く。
あの後、土地勘がまるでない洋太と明生に、
ケイと蓉子は案内を買って出たのだ。
これには男たちも、当然二つ返事で返していた。
「(なぁなぁ、ケイちゃん)」
「・・何、アキお兄さん?」
「(ケイちゃんも、オメコすんの、
興味ないワケやあらへんのやろ?)」
「・・何、オメコって?」
「(あぁ、オマンコやオマンコ。
ま、この場合はセックスっちゅ〜意味やな)」
「・・・・。
ねぇ、まともな方のお兄さ〜ん!」
「ん・・なんだい、ケイちゃ〜ん?」
「このお兄さん、またエッチなこというんだけど〜。
いい加減、ヤっちゃってもいい〜?」
「あ、待って・・カッターあるよ!」
「ちょっ、待てぇや!!」
前を行く2人にジョークを飛ばして笑う洋太を、
傍らの蓉子はジッと見上げていた。
「あはは、ごめんごめん。
も・・もちろんジョークだからね? ・・一応」
明るい女子校生然としたケイとは違い、
洋太の目に蓉子はやや浮世離れしたお嬢様に映る。
もしや変な誤解をされてないだろうかと、
念のため、自分の発言にフォローを入れていた。
「あの・・もしかして蓉子って、
あまり冗談が通じないタイプに見えますか?」
「あぁいや、そんなことないんだけど。
ほら、女の子とのこういうトークって、
知らず知らずの内に地雷踏んで大失敗とかよく聞くじゃん?」
「は、はぁ・・」
「あ・・あ、いや・・ハハ
その・・俺、女の子とあまりこういう風に話すことなくてさ。
よ、よくわかんないんだ・・興味はすごく、あるんだけどさ」
「あ・・お兄さまって、もしかして、
ネットで『リア充爆発しろ』とか
おっしゃってしまう系の方でしょうか?」
「うっ・・そ、そうデス・・ハイ。
ハァ・・わりと上手く装ってたつもりが・・
選択肢ミスって好感度ゲージ落としちゃったかな」
「さぁ、どうでしょう?
ふふっ」
「うぅ、既に尻にしかれ始めてる感・・」
「おやおやぁ〜?
こっちのヨーヨーコンビは、何話してるワケ?」
「えっ・・ああいやっ、何でもないよっ!?」
そこで洋太と蓉子の会話に突然割って入るケイ。
洋太を冷やかすように少々絡みつつ、
密かに蓉子と何かのアイコンタクトを交わす。
「あ〜・・んで、そこの横道ね。
ちょっといい場所があるから、見てこっか」
「おっ、いい場所ってなんやろな。
もしかすっと、ラブホとかあったりしてなァ〜」
「ねぇ〜・・やっぱ、さっきのカッター貸してくれる?」
「ん? ああ、いいよ〜!」
「だァ〜から、あかんて!」
一行の向かうのはあからさまに脇道に逸れてゆく遊歩道だ。
敷地内の雑木林へと抜けてゆくこの道は、
泉のほとりの休憩所へと続く。
「ところで蓉子ちゃん、いい場所って?」
「この先にある泉のほとりに、
夕方からライトアップされる綺麗な休憩所がありますの」
「蓉子ぉ〜・・
そこは『ついてからのお楽しみですわ』って逃げようよ・・」
「ふふ、失礼」
「しっかし、
そないに綺麗なとこなんやったら楽しみやな〜」
「ああ、元々ここらは異常なほど霧が深くて、
ある意味で幻想的な場所ではあるからな」
「でしょ?」
「せやせや・・そんで、ワイも
このつんデレ妹とえぇ〜ムードになって・・デヘヘ・・
てぇ〜・・待った! カッターはあかんからな!!」
「すっかりパターン化したね・・カッターネタ」
「ハハ、そのうち新しいネタを用意しておくよ。
もっと攻撃力高そうなもので」
「あぁ、よろしくね〜」
「よさんかい!」
「くすくす。
あ・・もう泉のほとりに出ますわ」
「ほら、明るくなってるでしょ?
あそこが休け――」
美しく照らし出された休憩所をケイが指差したその時、
泉を波立たせる一陣の風が吹く。
風は立ち込めていた濃霧をも根こそぎ押し流していた。
「・・うぅっ!」
「ッ・・あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
刹那――
眩い光の中、
長い茶髪とそれを結わえるリボンが舞った。
壁に押し付けられ、弓なりに背を反らすしなやかな肉体と、
その背にドッシリともたれかかり荒い吐息を吐く逞しい肉体。
よく見れば照明の外、手前でも2つの肉体が
『パンパン』と音を立てて闇に蠢く。
向かう先の休憩所に垣間見えたのは、
複数の赤裸々な性行為。
深い霧と夜の闇、そして鬱蒼と茂った木々に隠れ、
牡と牝の本能を曝け出す者たちの姿だった。
「「「「・・・・」」」」
やがて、風が止み、霧が戻ってくる。
視界を再び深い白が満たしてゆく。
4人は黙りこくったままUターンし、来た道を引き返していった。
◆
すっかり夜闇に包まれた遊歩道。
そこを歩く男女4人に、しばらく会話はなかった。
時折、4人の誰かが何かを言い出そうとし、飲み込む。
どうにも煮え切らない――沈黙。
「あの・・さ」
それを破ったのは洋太だった。
「・・なん、でしょう?」
そこに周囲の出方を伺うような口振りで蓉子が言葉を返し、
次第に会話が紡ぎだされてゆく。
「蓉子ちゃんと、ケイちゃん・・ちょっと、いいかな?」
「な、なに?」
「さっき、ここらに来る途中にあったよね。
ちょっと前から居住者がいなくなったっていう――寮が」
「はい・・」
「行かない? ・・これから」
「オ、オイ葛西、それって・・」
「これ、聞いてるだけだから。
別にノーならノーでもいいから」
それは言葉を交わすというよりは、
ポツリポツリと言葉が浮かびあがっては消えてゆくような会話。
つぶやくような声は、どれも重かった。
「俺の言ってる意味、わかる・・よね?」
「・・は、はい・・」
蓉子は何かを言い出そうとして黙り込む。
ケイは横目でチラリと隣の男をみやった。
「・・ね、アキお兄さん」
「あっ、な、なんや?」
「アキお兄さんも・・そこ、行きたいの?」
「あ、あぁ・・そうやな、そうやで!
ワイは・・行きたいわ、ケイちゃんと・・な」
「そっか・・わかった」
意思表明を済ませた男2人は、
固唾を呑んで女たちの返答を待つ。
「ねぇ、蓉子」
「・・?」
「私・・行くよ」
男たちの要望に促されるように答えを出すケイ。
だが、神妙な顔なする蓉子だけが、すぐに答えを出そうとしない。
「・・洋太お兄さま?」
「な、なんだい?」
「ここで女子の立場が一番弱いこと、既にご存知だと思います」
「・・あ、あぁ」
「だから、もしお兄さまたちが、その気になれば・・
文字通り、蓉子たちを・・好きに、できますわ。
先ほどの先輩たち・・みたいに・・」
「・・っ。
よ、蓉子ちゃん・・?」
「そうなれば蓉子たちはなす術なく奪われ、壊され、
ケイさんと身を寄せ合っても支え切れない重圧から逃れるため、
頭の中を真っ白にする薬を使うしかなくなるでしょう」
「ちょっ、待ちィ・・ワイら、なんも、そないなつもりは・・」
「そうなれば、自分はもう自分ではなくなる・・
怖いんです・・何か、すがれるものが欲しいんです・・」
「いや・・蓉子ちゃん。
俺らのできる範囲でなら、その・・力には、なるよ?」
「どうか・・その約束をいただけませんか?」
「・・約束、か」
「もし、約束を下さるのでしたら、
代わりに私とケイさんはお兄さま方に心を捧げましょう。
・・いいですよね? ケイさんも」
「う・・うん、わかった。 ・・いいよ」
上手く男たちを味方に引き込み、卒業までの守り手として使う。
それが先ほどの蓉子の考えだった。
性行為と出くわすであろう休憩所に男たちを連れて行ったのも、
それを受けて、微妙な空気を作り上げることすらも、
全ては男たちを誘惑するために示し合わせてのことだ。
だが、それもぶっつけ本番が偶然成功したにすぎず、
こういう駆け引きのキャリアなどない2人も死に物狂い。
制御不能の猛スピードで走る車が
想定していたコースから外れ始めた危機感はある。
だが、それがわかっていても、
もう踏み込むしかない段階に来ていた。
「ここでは、お兄さま方なら、
女の子の体は望むままに手に入れられます」
「・・・・」
「けれど、女の子の心だけは絶対に手に入らないでしょう。
何故なら、全て聖水が奪い去ってしまうから・・」
「え、え〜っと・・要は、どういうこっちゃ?」
「俺らは・・それぞれ蓉子ちゃんとケイちゃんを
温かい恋人か、冷たい奴隷かにできるってこと・・
だよね? ・・蓉子ちゃん」
「おっしゃる通りです」
「ん〜〜、途中の話がよぉ〜わからんけど・・
恋人か奴隷かちゅ〜んやったら・・愚問やな」
「・・だよ、なァ」
男たちの反応はどこか冷ややかなものにも感じられる。
啖呵を切っておいてその実、
蓉子たちの心臓は今にもひしゃげ、潰れそうだった――
◆
少し前まで、教員たちが使っていた寮。
別の部屋に移るため引き払われた寮の一室に明かりがついていた。
「ちょ〜〜・・パンチィ〜は全部脱いでしもたらあかん。
片足に引っ掛けとくんが情緒ちゅーやつや」
「えと・・こういう、コト・・?」
「そぉそ! ええでぇ、ごっつエロいでぇ〜」
寝室のベッド。
その枕側に並んで座るのは明生とケイだ。
脱がせるでもなく、一気に襲うでもなく、
明生はケイにあれこれと注文をつけては、その反応を愉しんでいる。
「うぅ〜、注文多いんだよ〜・・
も、もうさっさと始めちゃってよぉ〜・・」
「なぁ〜にゆうとん、
まずはムードから愉しむんが紳士の嗜みちゅーやつやで?」
「んもぅっ!
アキお兄さんの変態ッ、変態ッ、へんたぁ〜いッ!」
「なんやァ〜? それともケイちゃんも・・
はよ蓉子ちゃんみたいな顔、してみたいんか?」
「えっ・・ち、ちが・・」
そんなケイたちが少し横を向けば、
後ろに洋太を繋げ、未知の快楽に戸惑いながらも
身を任せようとする蓉子の姿を真正面から拝むことができる。
《ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ》
「はぁーっ・・はぁーっ・・はぁーっ・・
はぁぁん・・お兄ぃ、さまぁ・・っ」
「ハァ〜〜ッ・・可愛いよ、蓉子ちゃんっ」
「あっ、あんっ、あはっ! はぁぁ・・・・っ」
顔を真っ赤にして、苦しそうに、でも蕩けるような眼差しで。
男に全てを赦し・捧げる親友の姿にしばし見入るケイ。
明生もまた、ケイと同じ視点からそれを覗き込む。
「なんか、蓉子・・私の知らない顔してる・・」
「大人の階段、昇っとる・・っちゅ〜やつやな。
お〜お〜、葛西のやつはだらしない顔しくさって・・」
「気持ちよさそう・・ってゆか、幸せそう? ・・だね」
「アイツめっちゃデレデレしとるわ。
さっき、もし選択肢まちご〜とったら、
あんな顔は一生できひんかったやろな」
――『恋人』か、『奴隷』か。
先ほど、蓉子が突きつけた問いかけに、
男2人は迷わず前者を選択した。
その約束が最後まで守られるのか否かはともかく、
蓉子とケイの大勝負は一応の勝利を得ていたのだ。
「ア、アキお兄さん・・」
「なんやァ〜?」
「アキお兄さんにも、
ちゃんとああいう顔・・させてあげっからね?」
「お・・おう」
「ま、見るに耐えない馬鹿面になりそうだけど」
「まぁ〜た、そないなこと言うから・・
ほれ、見てみぃ、ヤバいでコレ・・
本格的に勃ってきよった」
「うわぁっ!
みっ、見せなくてもいいってば」
「なァ、ケイちゃん・・
コレ・・どないしよか・・?」
「・・え、えっ?
す・・すれば、いいんじゃないの?」
「すればって、何をや?」
「だっ、だから・・エッチを、だよ・・」
明生とケイ。
お互いに機を窺っていた視線がゆっくりと絡み合う。
《ぱん! ぱん! ぱん! ぱん!
ぱん! ぱん! ぱん! ぱん!》
「やっ、やだ・・あ、あんっ! ちょっ・・あ、はぁんっ!」
「アァ〜〜〜気持ちいィ〜〜・・
ケイちゃァ〜〜〜〜ん」
「はぅ〜〜〜〜・・っ
もぅっ! もぅ〜〜〜っ!
こっちまで、馬鹿面が伝染っちゃうじゃないよぉ〜」
明生を受け入れ、たどたどしい喘ぎ声をあげるケイを、
今度は洋太と蓉子が眺めていた。
《ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ》
「はぁ・・はぁ・・
あちらも、始まりました・・ね?」
「明生の奴、さっき俺のこと色々言ってやがったけど、
自分こそどんだけ馬鹿面になってんだか」
「ふふっ。
でも、明生お兄さまに負けず劣らず
ケイさんもだいぶ崩れてらっしゃってきてますわ」
「そういう蓉子ちゃんもね」
「では、もう・・
この際、皆でお馬鹿になってしまいましょう」
「ねぇ〜・・なんかそっちさ〜?
ウチらのこと、馬鹿馬鹿言ってない?」
ついた肘で体の向きを変えて
そこに文字通り首を突っ込んでくるケイを、
蓉子は自らも身を乗り出して挑発的に覗き返す。
「いえ、ケイさん?
皆でお馬鹿になりましょうと言っただけです」
「えっ? あ・・ちょっ、蓉子!?
・・ん、んちゅ・・」
蓉子とケイ、白百合のキス。
小さな花びらのような唇同士が重ねられる。
何かを確かめ合うように、
それでいてどこか見せびらかすかのように。
「あ・・っ
ちょっ、蓉子ぉ・・その、ファーストキスは・・」
「あ〜〜っ、そうや!
ケイちゃんのファーストキスはワイが予約済みやったのに!」
「あ、はは・・でも、ほら、アキお兄さま?
これは女の子同士ですから、ノーカウントですわ」
「じゃ、じゃあ、俺も蓉子ちゃんから、
あらためて・・もらえたりするのかな?」
「あ〜っ、ワイもワイも! ケイちゃん!」
「ですって。 どうします? ケイさん」
「じゃあ・・とりあえず、
お兄さんたちにはもうちょっと頑張ってもらって・・
そのご褒美として・・あげよっか?」
「それはよいかもしれません」
「OK、まずは一発ヌけっちゅーこっちゃな」
「もぉ〜・・ホンット、デリカシーが・・」
「ハハッ、しゃ〜ないやろ!
ケイちゃんのオメコ気持ちよすぎて、
ワイのおつむ馬鹿になってしもてるんやから」
「えぇ〜・・アキお兄さんは、元からじゃんよ〜」
「ケイさんはもう少し、
遠まわしな言い方を覚えるべきだと思いますわ」
「トホホ・・フォローかと思ったらトドメやったわ」
「ハハ・・そっちも尻に敷かれてるな、明生」
おどけあうようなやり取りは心をほぐす準備運動。
吐息が言葉を虫食い、
求め合う音が吐息を飲み込んでゆく。
《パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!》
ケイと蓉子の柔らかな粘膜が相手を確かめ、
幾度となく迎えるたびに下肢の痺れは疼きへと変わる。
気持ちいいだけだった感覚の中に、大切な何かを感じ始める。
自分と繋がる男の顔を覗き見て、不思議な誇らしさを覚える。
この行為の持つ神秘性に想いを馳せ、そっと頬を赤らめる。
放課後、洋太と明生に声をかけられてからこれまで、
グルグルと変化し続けていたケイと蓉子の想いは、
漸く1つの形を得ようとしていた。
「ハァッ、ハァッ・・
あかん、ケイちゃん・・もう出てまいそうやっ。
こ・・このまま、ええかなァ・・」
「あっ、あんっ!
も、もぉ・・しょ〜がないなぁ・・」
「フーーッ・・フーーッ・・
お、俺も・・中に・・いいかな、蓉子ちゃんっ」
男たちの最後の要求。
女たちの危険な決断。
ケイと蓉子は誘われるように見つめあう。
皆が我が身可愛さのあまり、見捨て、裏切り、
跡形もなく壊されていった周囲の女生徒たちのそれとは違い、
心揺らぐことなく手を取り合ってきた2人の友情。
「よ、蓉子・・」
「・・ケイ、さん・・」
お互いの眼に映るのは
一切の妨げもなく猛る男を繋げる親友の姿であり、
それは同時に鏡写しとなった自分自身の姿でもある。
2人はそれ以上言葉を交わすことなく、ただ頷き合う。
「お兄さんたち・・っ
私たち『心』を捧げるって、言ったよね?
『体』と違って『心』は女の子の全て・・なんだよっ」
「ですから・・答えはYES・・ですわ。
この覚悟が本気であること、ご覧に入れます――!」
「・・ケイちゃんたちの覚悟、しっかと受け取ったでぇッ!」
「ああ、俺たち4人、これからは運命共同体だッ!」
《パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!》
「・・ケイちゃんッ・・ケイちゃんッ!」
「あっ! あっ! あっ! あふっ!」
「よ、蓉子ちゃん・・イクよッ!!」
「はぁーーっ・・はぁーーっ・・はぁぁぁぁっ!」
絶頂への期待。
受精への不安。
たしかな温もりと安寧を渇望する心。
制御不能な感情に涙すら浮かべるケイと蓉子の奥底に、
明生と洋太は熱い覚悟を注入してゆく――
「・・オアァッ!!」
「・・う、うぅッッ!!」
《《ドップッ!! ドポッ! コプコプッ!!》》
「やぁ・・熱ぅッ・・熱いよぅぅ〜〜ッ!!」
「はぁぁッ・・お兄さまぁぁぁ〜〜〜〜ッッ!!」
その夜。
ケイと蓉子は聖水の魔力に冒されることなく、
己の全てを男たちに赦し続けた。
自らの奥底に幾度となく注ぎ込まれるものが、
何者にも断ち切れぬ絆になると信じて――
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