〜 蹂躙される絆 〜



◆登場人物





◇倉田 郁(くらたいく)

 女性 15歳(1年生)

元はやや軽薄なくらいに明るい性格だったが、

レイプと隣り合わせの学院生活ですっかり憔悴しきっている。



◇酒井 夏希(さかいなつき)

 女性 15歳(1年生)

郁と同じ女子寮で生活するボーイッシュな美少女。

悲惨な学院生活を生き抜くため、郁と協力しあう関係だったが・・











淫靡なる霧の牢獄――聖リトリス女学院。



その広大な敷地内には大小様々な女子寮が存在する。



1年生・倉田 郁(くらたいく)が暮らす第七女子寮は、

収容人数28人の小規模な寮だった。





そんな第七女子寮の傍らにある広々とした共用浴場は、

24時間いつでも利用できる施設だ。



午前2時、浴場の窓に静かに照明が灯されていた。





「ふぅ・・」





肩まで熱い湯に浸かると郁は深く息を吐く。



ジワァァッと体中の血流が活性化し、

萎縮しきっていた体に生命力が呼び戻されてゆく感覚。



それを『自分がまだ生きている』感覚だと思ってしまうのは、

郁にとって酷く恐ろしいことでもある。





飢えた獣たちのギラついた視線に怯えながらの、

生きた心地のしない生活も早2ヵ月が経とうとしている。



かろうじて『未だ無傷』を保つ郁を追い詰めるかの如く、

獣たちの『狩り』は毎日のように行われていた――





女生徒たちに6時限めの終了を告げるチャイム。



それから20分後に再び響き渡るチャイムは、

用務員たちに学校区画への侵入許可を示すもの。



即ち、獣たちに狩り解禁を告げる合図であり、

一部では『獣のチャイム』などと揶揄されている。



学校の内外に日中はほとんどみかけない

作業服姿の男たちが我が物顔で跋扈し始め、

嫌らしい笑みを浮かべて獲物の品定めに精を出す。



そんな彼らの目に止まった女生徒は、

『無償の愛で迷える者たちを導く』という

聖リトリスの乙女の責務を果たさなくてはならない。



薄暗いトイレ、ベッドのある保健室、肌寒い屋上、

閉め切られた体育倉庫、濃霧に覆われた雑木林――



彼女たちは手を引かれるまま、

学院内外に無数に存在する欲望の巣へと連れて行かれ、

ひたすら奪われ貪られるに身を任せることとなる。



女性として最低限の権利を守る避妊具すら存在しない世界で、

大きな危険性を伴った望まぬ快楽に身を焦がすのだ。







『レイプ』



これまで郁がニュースや新聞・雑誌でしか

見ることのなかった――『遠くの災厄』。



しかし、それは入学してすぐに『対岸の火事』となり、

轟々と燃え広がる炎は既に郁の周辺をも巻き込み始めている。



頭の中を真っ白にする効能から麻薬疑惑が囁かれ、

すぐに1年生の仲間内で畏怖の対象となった『聖水』。



昨今、身近な友人たちの間で

聖水常用者が急増しているという事実が、

その裏に秘められた悲劇をありありと物語っていた。





《――パシャッ》





郁の顔が水面を叩く音。



しばらくして湯から引き上げた顔を、

郁は両手を押し付けるように覆い隠す。





「もぉ・・やだぁ・・」





15歳、高校1年生。



そんな年代の少女たちは、

しばしば『悩み多き年頃』などと揶揄される。



しかし、聖リトリス女学院新入生が抱える悩みは

あまりにも多く――また、深刻すぎた。



希望に燃えていた郁たち新入生の前に、

身の毛もよだつような学院の闇が姿を現した当初。



彼女たちの多くは同じ境遇の者同士身を寄せ合い、

団結してそれを凌ごうとした。





しかし――



かすかな希望を優しく吹き消してゆくような深い霧。



手を変え品を変え、時には力ずくで捕まえようとする男たち。



学院の規則に従わない者に音もなく忍び寄り連れ去る執行部。



学園を包む森の至る所にぶら下がる女生徒たちの首吊り死体の噂。



そして、それら全てを見越した上で用意されたポケットの中の聖水。





絶望的な現実の前に、

彼女たちの団結はあまりにも無力だったのだ。





《――ガララララッ》





その時、郁の後ろで浴場の扉が開く音が響く。



深夜の女子用浴場への突然の来訪者が現れたのだ。



胸の奥に小さな鼓動の乱れを感じた郁は、

すぐに振り向くことができなかった。





(ま・・まさか・・)



(ううん、違うよね・・?)



(りょ、寮の女子の誰か・・だよねっ?)





郁の動揺など気にも留めないかのように、

今度は浴場の扉の閉められる音が聞こえ、

『ひたひた』という足音が近づいてくる。





(・・来た)



(はぁ・・はぁ・・)



(違う・・違う・・男の人のはずない・・・・よね?)



(こっ・・ここ、男の人は入っちゃダメだったはずだし・・)





もしも相手が男なら、

こんな時間にこんな場所に侵入する目的など1つしかない。



無意識の内に自身を抱き締め、守りに入る郁。





「・・ふぅん?

 もう形だけの挨拶すらないんだ?」





心配していた最悪の事態は回避される。



静寂を破った声は女性のものだった。



しかし、その声の主は今の郁にとって、

男たちの次に会いたくない相手のものだったのだ。





「あ・・

 ちっ、違うの・・酒井さん。

 ちょっと、ボーッとしてた・・だけで・・」



「・・ふぅ〜ん?」





壁にかけられたシャワーをひったくり、

無造作に頭を洗い始めるボーイッシュな美少女は

1年生・酒井 夏希(さかいなつき)。



郁と同じ第七女子寮の住人であり、

クラスは違えど、最も親交の深かった女子だ。



しかし、その冷ややかな声色からは

友愛の情など微塵も感じられなかった。





「あれぇ? そういえば、同じ寮で暮らしてるのに

 最近、会わないなーって思ったけど、

 ・・4日ぶり、だっけ?」



「あ・・え〜っと・・

 うん・・そうだった・・かも?」





やたらと冷ややかな口振りでつっかかる夏希に対し、

しどろもどろに言葉を返す郁。



その胸中には罪悪感が深く根を下ろしていた。





「あぁ〜そうだそうだ、やっぱり4日前だよ!

 下校中にさ、校門前で声かけられたじゃん?」



「え、あぁ・・」



「ほら、なんかやたら私の体ベタベタ触りながらさ〜。

 『好みだ、好みだ』って馬鹿みたいに繰り返してた、

 あのキモオヤジ!」



「あ・・うん、覚え・・てるよ?」



「あぁ〜よかった、ちゃんと覚えてるんだ?

 実は私さぁ〜、あのあとアンタがいついなくなったか

 よく覚えてないんだけどさぁ〜・・」



「え・・えと・・」



「ねえ・・ど う し た ん だ っ け ?」





強がりな夏希と夢見がちな郁。



恐怖に浸食され崩壊して女生徒たちの結束の中で、

『自分たちは違う』と硬く手を取り合っていた2人。



しかし、そんな友情もいざ蓋を開けてみれば、

周囲のそれと何ら変わりないものだった。











4日前。



いつものように目立つ行動を避け、

人ごみや霧に身を隠しつつ帰途につく郁と夏希に

ついに不運が訪れる。



周囲に警戒するあまり前方不注意となっていた郁が

用務員の男とぶつかり転倒。



下手に絡まれてはまずいとすぐに郁を助け起こし、

ささっと謝って立ち去ろうとする夏希だったが、

あろうことか男はそんな彼女に目をつけたのだ。



だらしなく鼻の下のを伸ばして変に友好的を装うその男は、

柄の悪い便所組とは異なる典型的なスケベオヤジだった。



何かと夏希を褒めつつその体をベタベタと触り、

下心見え見えのシモネタに話題をシフトしてゆく。



絶望的な展開に心ここにあらずな夏希の傍らで、

郁は男の興味が自分に向いてないことに内心安堵を覚えていた。



その後、

男が『もう1人呼んでWデート』と言い出し雲行きが怪しくなるも、

結局『もう1人』の都合がつかず郁は九死に一生を得たのだ。





『じゃあ、郁ちゃん。

 夏希ちゃんは『後で』ちゃ〜んと寮まで送り届けるからね』





そう言い残す男に手を引かれてゆく夏希が最後に見たもの。



それは生還までの最後の一歩を慎重に踏み出したいがためだけに、

これから地獄に堕ちる自分を『ごゆっくり』と見送る

親友の姿だった――











「え、え〜っと・・」





郁は言い淀むしかできない。



そもそもが郁のミスが引き起こしたアクシデントだった。



だが、夏希は逃げずに郁を助けようとし、

郁は自分が助かりたい一心で夏希を売ったのだ。





「・・この期に及んで、まだシラ切るんだ?」



「そ・・それは・・」



「私さ〜、ちゃ〜んとアンタのお望み通り、

 あの後、あのオヤジと『ごゆっくり』してきたんだよ?」





あの日、

用務員寮の男の部屋に連れ込まれた夏希は弱りきっていた。



親友に見捨てられ、囚われの身となった夏希は、

学院から脱走を図った1年生が執行部に殺されたという話も、

その日の午前中に耳に入れたばかりだったのだ。



いざとなれば反撃も辞さない本来の強気な夏希は鳴りを潜め、

ただ『せめて優しくしてください』と涙ながらに男に懇願し、

忌み嫌う聖水の力に逃げる彼女がそこにいた。





「・・思ってたより、全然よかったけどね。

 聖水いっぱい使ったから嫌なこと感じなかったし」



「え・・聖水・・は・・」



「あのオヤジ、容赦なく中出ししやがってさ〜。

 しかも、ムカつくことに、その度にイカされるんだよね」



「さ・・酒井・・さん・・」



「いや〜本気でヤバいよ、中出し。

 あんなの覚えさせられたら、頭おかしくなるって」



「も、もぉ・・やめて・・」



「下手すりゃ、デキるものデキちゃうってのに、

 あの瞬間からだけは、ホント逃げられないもん」



「・・もうやめてぇっ!!」





ついに耐えかねて声を張り上げる郁。



彼女にとって、夏希の受けた屈辱と向き合うことは、

直視しがたいほど醜い自分自身と向き合うことに他ならない。



だが、そこから逃げようとする自分もまた同様に醜く、

結局は『自分は醜い』という結論から逃げられなくなる。





「なんで、そういう風にいうのっ!?

 私だって後悔してること、何でわかってくれないのっ!?」





暴走――



許容量を超える重みが

脆弱な郁の精神をブチブチと押し潰してゆく。





「私だってね、私だって・・辛かったんだよ!」



「うわ〜・・逆ギレ?」



「逆ギレ・・? 逆ギレって?

 私はケンカするつもりなんてないのに、

 酒井さんが酷いこというんじゃないっ!」



「ふぅ〜ん・・そっか、私が悪いのか。

 じゃあ謝るよ、ごめんね」



「〜〜っ!」





夏希が吐き捨てるように言った『ごめんね』の一言に、

郁は言葉を失う。



それは本来、まず自分が言い出さなければならなかった言葉。



必死に目を背けてはいたものの、

心の奥ではそれこそが唯一の正しい道だとわかっていたのだ。



しかし、自分は最後まで言い出すことができず、

あべこべに夏希に言われてしまう始末。





「わ、わ・・私は・・

 ・・醜くて、弱くて・・惨め・・」





今度こそ完全に意気消沈した郁は、

表情を失った顔にポロポロと涙を流しながら、

ふらつく足で浴場を出てゆく。





「・・なによ。

 郁の、馬鹿・・」





1人取り残された浴場で、

夏希もまた密かに涙を流していた。



自分を見捨てた親友に敵意を見せる一方で、

その胸中では関係回復に僅かな期待を寄せていたのだ。





だが、そこにあったのは非情な現実だけだった――


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