〜 屠殺者 〜



◆登場人物





◇周防 双葉(すおうふたば)

 女性 16歳(2年生)

適度に色目を使いつつ、淡々とおつとめをこなす聖水常用者。

感情をあまり表に出さず、時に冷徹。



◇石垣 雪(いしがきゆき)

 女性 16歳(2年生)

無邪気に他人の心をえぐる問題人物。

去年、ある事件をきっかけに人が変わってしまった。



◇野崎 由梨(のざきゆり)

 女性 16歳(2年生)

物腰の柔らかな聖水常用者。











聖リトリス女学院の各校舎内に無数に存在する部屋たち。



明るい内はそれぞれに用途が定められているが、

それも暗くなってしまえば変わらなくなる。



気まぐれな牡たちが『今夜の餌場』に選んだなら、使われる。



ただ、それだけだ。





校舎A棟2Fの一室は、

牡と牝のむせるような匂いに満ちていた。



今夜、醜悪な中年の用務員たち7人が連れ込んだのは、

3年生が3人、2年生が2人、1年生が2人と同数の女生徒たち。



彼女たちは最後の1年生1人を残して既にお役目を終えており、

ある者は男の腕の中で、ある者は床に身を投げ出し、

激しかった行為の余韻に浸っている。





《っぱん!っぱん!っぱん!っぱん!っぱん!

  っぱん!っぱん!っぱん!っぱん!っぱん!》



「あっ、あっ、いや・・いや、いやぁっ!

 これ以上、気持ちよくなりたくない・・

 おかしくなりたくないぃ〜〜ッ!」



「ハハァッ・・いい反応だァ!

 やっぱ、新物はこうでないとなァ〜!」



「いやだ、赦してぇっ!

 こんなに出されたらっ・・妊娠しちゃうよぉ〜〜っ!!」



「ハァ〜〜〜・・たまらンン!!

 ほれっ! ガキの素ォ、た〜っぷりと仕込んでやるぞォ!」



「はあぁ〜〜っ・・いや、嫌だぁぁっ!

 おか・・おかぁさぁぁ〜〜〜んっっ!!」



「むッほ! ぉぉぉぉぉ〜〜〜ッ!!」



「っ・・きゃああああああ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」





室内の片隅で行われていた1つの行為の終わり。



今も男の腕の中にある2年生・周防 双葉(すおうふたば)は、

それをありふれた日常の光景として気に留めもしなかった。



ただ、内に注がれた狂おしい泥濁に子宮を疼かせながら、

相手の男の声に耳を傾けている。





「やァれやれ・・やかましいとこがやっと終ったか」



「あのコはまだ、愛されることに慣れていないだけです」



「ヒヒッ・・そういう双葉ちゃんこそ、

 去年は『慣れる』のにだいぶ時間がかかったよなァ」



「・・あまり意地悪をおっしゃらないでください」



「ハハッ、悪いなァ。

 どうにもイジめたくなるんだよ、双葉ちゃんは」



「・・もう、おじさまったら・・」



「――オイ、キリもいいし引き上げるぞ」





そこで頃合を見て用務員の1人が声をあげた。



男たちが腰を上げ、場は一気に喧騒に包まれる。





「んじゃ、双葉ちゃんもまたな」



「はい、おじさま。

 よろしければ、またお声をおかけください」





やがて、用務員たちがいなくなると、

退廃的な空気が漂う中、女生徒たちも帰り支度を始める。



だが、乱れた衣服を簡単に整え

1人また1人と立ち上がってゆく中、

いつまで経ってもその場から動こうとしない者もいた。



先ほどまで、

2〜3年生とはまるで異なる反応を見せていた1年生2人だ。





「さぁ、どうしたの? 貴方も帰りましょう」





ボロ雑巾のように床に転がされているのは、

望まぬ快楽の果てに失神した先ほどの1年生。



もう1人が恐怖と苦悩と憤怒に顔を歪ませて、

先輩の一団を睨みつけていた。





「・・なんで、何で先輩たちは

 そんな風にしていられるんですか・・!」





意思の光を強く帯びたその瞳は

新1年生特有の『聖水に頼らない者』のそれだ。



自分の心を手放していない者にとって、

肉便器同然の扱いを受けることなど納得できようはずもない。



だが、恐るべき規則により、

その憤りを男たちにぶつけることは赦されていない。



ならば、自分たちとは全く違う見解を持つ

先輩たちに矛先が向けてしまうのも無理はなかった。





「こんなの、どう見てもレイプじゃないですかっ!」



「・・・・」



「先ほど『愛されることに慣れてない』と

 どなたかおっしゃってましたよね? 

 失礼ですけど・・頭おかしいんじゃないですか!?」





だが――





「聖水をお使いなさい」





心身を深く傷つけられた1年生の憤りを、

3年生の1人がバッサリ切り捨てる。



その言葉は文字通り『心無い一言』だ。





「なッ・・!

 せ、聖水って・・皆、これ、麻薬だって言ってます!」



「副作用や禁断症状はないから大丈夫よ」



「ぜ、絶対に嫌ですよっ!

 副作用や禁断症状が・・ない!?

 先輩たち、全員おかしくなってるじゃないですかっ!!」



「・・・・。

 なら、勝手になさい。

 彼女はほっておいて帰りましょう、皆さん」





聖水を頼らない者と聖水に心奪われた者。



そこに議論は成立しない。



憤りをぶつけることすらできない憤りに駆られ、

『こんなの絶対におかしい』と声を荒げ続ける1年生を背に、

2〜3年生たちは次々と部屋を出てゆく。



その最後に続き部屋を出た双葉は、

1年生2人を深い闇の中に置き去りに扉を閉める。



だが、そこから数歩と歩かずに足を止めていた。





「あの・・お姉さま」



「何かしら、周防さん?」



「少しだけ、時間をいただいてもよろしいでしょうか」





身を翻し、先ほどの部屋へと入ってゆく双葉。



間もなく聞こえ始める1年生の切羽詰った拒絶の声。



それはすぐに絶叫となる。



小さなスプレー音。



そして、静寂が戻る。





「申し訳ありません、お待たせしました」





やがて、戻ってきた双葉と合流すると、

廊下の一団は姿を消していった。











おつとめを終えて寮に戻った双葉は、

その足で寮の傍らにある浴場に来ていた。



脱衣所に入ると折り畳まれた服が2セット。



それを横目で眺めつつ自らも服を脱ぐと、

奥から物音のする引き戸に手をかけるのだった。





「あれ? 周防も来た」





湯船に浸かる先客2人の姿が、

すぐに双葉の目に飛び込んでくる。



第一声をあげた石垣 雪(いしがきゆき)と、

その隣で手を振るのは野崎 由梨(のざきゆり)。



同じ寮に暮らす2年生仲間だ。





「お疲れさまですわ、周防さん」



「ええ、そちらも、由梨さん。

 それと・・雪さん」





脱衣所の時計の針が指し示すのは午前1時。



すると、交される挨拶は自然と『お疲れ様』となる。



深夜の浴場利用者は、

そのほとんどが『おつとめ帰り』だからだ。





「ねー、周防はどこでヤられてたの?」





しかし、望まぬ性に身を焦がして戻ってきた双葉に、

そんな話題が容赦なく投げかけられる。



雪は聖水に心奪われた女生徒たちの中でも、

特に異質な存在感を放っていた。





「A棟の資料室です」



「フィニッシュは中出しでしょ? 何回されたの?」



「3回です。

 雪さん・・そんなことを聞いてどうなるのです?」



「え? 想像して愉しんでるの。

 あたし、周防が男にイカされる時の顔、すごく好きだよ?」



「雪さん、好きと言ってくださるのは嬉しいのですが・・

 そんな言い方では、相手に嫌われかねませんよ?」



「い〜よ別に、それでもあたしは周防が好きだから。

 もし男だったら、自分の部屋に閉じ込めて

 妊娠するまで愛し続けちゃうかも・・あははっ」



「はぁ・・由梨さん。

 私が来て、さぞほっとしてらっしゃるのではないですか?」



「ええ、それはもう。

 石垣さんの話し相手は大変ですから・・ふふふ」





シャワーで髪と体を洗った双葉は、

トレードマークの八重歯を見せて笑う雪と

わざとらしく肩を竦める由梨を見やるとため息を1つ。



そして、自らも湯船へと身を沈めてゆく。





「そういえば、石垣さん?」



「えー、なに野崎?」



「そういえば、雪さんは

 やたらおつとめが多いと思うのですけれども、

 いつも指名される特定のお相手でも?」



「んーん、違うよ。

 声がかからなかったら自分から混ざりに行くし。

 あと最近入った若い用務員なんかも簡単に釣れるんだよ」



「あぁ、そういえば若いお兄さま方。

 最近、よくお見かけするようになりましたわね」



「愉しいよ、あの人たち。

 ちょっと誘っただけで即彼女扱いされるしさ。

 結婚の話されたこともあるよ?

 あの人たち二度と帰れないのにね。 ・・あははっ」



「はぁ・・雪さん。

 そういうのはあまり趣味がいいとは・・

 いえ・・趣味、悪いですよ? ・・ものすごく」



「いーじゃん、愉しいんだから。 あははっ」





悪びれた様子もなくカラカラと笑う雪。



日々、醜悪な男たちに性を強要される状況下で、

こんな性格の女生徒が仲間の輪の中にいられるのも、

皆が聖水に心奪われていればこそだ。





「あー、あとはねー、1年生イジメも愉しーよ。

 混ぜてもらうの1年生連れた人のところが多いし」



「・・・・。

 雪さん、若いお兄さまたちの件はともかく、

 1年生の方はやめませんか?」



「えー、なんでー?」



「彼女たちが大変な時期なことは、

 私たちも身をもって知っているではないですか」



「あれー? そんな大変だったっけ?」



「どうせ雪さんのことです。

 じわじわと嬲るようなやり方なのでしょう?」



「あー、どーかなー? そーなのかなー?」



「彼女たちは鳥籠に囚われたばかりの小鳥です。

 ちょっとしたことでも酷く傷つくんですよ。

 やるならひと思いに握り潰してあげた方がまだ幸せです」



「いーんだよ、そんなの。

 壊れちゃえ、壊れちゃえー♪ あははっ」



「まあ周防さん、

 石垣さんにそういうのは言っても無駄ですわ」





雪が他人の話を聞かないのは、もはやいつものことだ。



だが、双葉はどこかモヤッとしたものを感じていた。





《先輩たち、全員おかしくなってるじゃないですかっ!!》





先ほど双葉が躊躇なく握り潰した小鳥――

あの1年生の言葉が妙に思い起こされてしまうのだ。





「――雪さん、もう一度言います。

 1年生を嬲るようなことはしないでください」



「あれー? もしかして、周防怒ってる?」



「怒れば言うことを聞くならば、怒ります」



「あんっ、何でも言うこと聞くから怒らないでー。

 なーんて、あははっ」



「・・」



「ふふっ、だから無駄だと言いましたのに」



「・・雪さん?

 貴女がいつまでもそんなことでは・・」





ギュッと目を閉じたまま、しばしギリリと歯軋りする双葉。



それは聖水に全てを委ねた彼女が、

苦痛を伴う思考を無理矢理引き出したが故のものだ。





「――霞さん、きっと悲しみますよ」



「あ・・ちょっと、周防さん・・それは・・」



「えっ、カスミサン? 誰だっけ?」



「・・もう、いいです」





その後、またしばらく何気ない会話がダラダラと続いた後、

雪と由梨は先に上がり、寮へと戻っていく。



双葉は1人天井を見上げていた。





「私は・・あの1年生の子の言う通り、

 おかしくなってしまったんだわ・・」





周囲に人の気配がなくなると、

ポツリポツリと独り言が口をつく。





「さっきはごめんなさいね。

 けれど、私は第2、第3の雪さんを出したくはないの」





聖水の効果が切れ始めた双葉の胸に去来するのは、

先ほど自分たちに食って掛かった1年生と同じ頃。





――去年の記憶だ。





双葉たちの年代には虐げられる立場の女生徒にあって、

頼りになるカリスマ的存在がいた。



仲間想いのムードメーカーで身体能力に秀で、頭の回転も速く、

そして、何より芯の強い――姉妹。





姉は霞、妹は雪といった。





この学院において男たちの目に付く双子というペナルティを抱え、

姉妹2人で幾度となく汚されながらも聖水に頼ることなく、

仲間への笑みを絶やさなかった。



そんな2人の姿に励まされ続ける仲間たちは、

また姉妹が裏で情報を集めて仲間全員を巻き込んだ

脱走計画を立てていることも知っていた。





『霞と雪なら、きっと何とかしてくれる』



そんな希望を胸に秘め、

仲間たちも聖水を退け、陵辱に耐え続けたのだ。



だが、全ては悲劇の序章だった。



できる限り多くの仲間たちを助けようとするあまり、

情報の秘匿が困難となり脱走計画は決行前に一部が露呈。



計画の中心となっていた女生徒たちの中で、

リーダー格であった石垣姉妹が執行部に連行される。



姉妹は数日経っても戻らず、

不安に駆られた仲間たちの間では噂が立ち始める。



姉妹は殺されてしまったのではないか。



もしくは――



計画の関係者全員を刑に処すため、

情報を引き出そうと拷問を受けているのではないか、と。



これは一部が的中してしまうこととなる。



やがて、石垣姉妹を除く計画の中心メンバー4人が連行され、

入れ替えに石垣姉妹2人は釈放。



翌日、連行された4人の名前がクラスの出席簿から消え、

二度と戻ることはなかったのだ。





『囚われて命を脅かされた石垣姉妹は、

 他の主要メンバー4人を売る代わりに釈放を持ちかけたのでは』





そんな根も葉もない噂が囁かれたのは、それからすぐのこと。



仲間の大半が『そんなことはありえない』と姉妹を庇い

すぐに沈静するも、それは姉妹の心臓に毒針を刺す結果となった。





当初の脱走計画は完全に頓挫した上、

仲間4人の死を感じ取った仲間たちは意気消沈し、

もはや建て直しも不可能。



自分たちのすぐ傍らを掠めていった死の恐怖から逃れたい一心で、

仲間たちは次々と聖水に走り、結束も崩壊。



そして、そんな中――



責任を感じて1人走り回っていた石垣姉妹の姉・霞は、

状況の急激な悪化がもはや止められぬと悟ると、ついに力尽きる。



仲間4人を死に追いやった罪の意識に耐える精神的土台を失い、

自ら命を絶ったのだ。



直後、姉と並び立つ才能を持ちながら、

一方で誰よりも姉を慕っていた妹もまた壊れる。



ひと噴きで人間から正気を失わせる聖水を一瓶嚥下し、

以降、まるで人格が変わってしまったのだ。



――それが、今の雪だった。





「ここでは苦しむ者を無理に励ましても悲劇しか産まない。

 だから、たとえリトリスがお赦しにならなくても、私は・・

 ごめん――なさいね」





小さな懺悔の言葉だけを残し、

浴場からは完全に人の姿が消えたのだった――


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