<<8月16日(火)13:30 葦挽樹海・黄湖>>

 

眩しく大きな太陽。
樹海に清められた新鮮な空気。
暑い夏の日差しが降り注ぐ黄湖は、その水面に美しい輝きを散りばめ、そこに戯れる健康的な娘たちの肉体を更に鮮やかに飾り立てている。

「う〜〜ん、やっぱり自然の湖は気持ちいいね、アンジュ〜」
「ウン!ビバ・ハラキリランドね!」
「アハハ☆」

水面に派手に倒れこみ、その心地よい冷たさと浮遊感を満喫しているのは、栗原芽衣子とアンジュ・リセニーだ。
二人はともに中学1年生だが、その体系は両極端だ。
芽衣子は年不相応にロリロリした丸っこい体系で、クリクリ眼にしっとりとしたショートヘア。
アンジュもやはり年不相応だが、逆にナイスバディと称されるタイプだ。
イギリス人である彼女は、その蒼い瞳とウエーブのかかった美しいブロンド髪が一際目立っている。

「ちょっと!二人とも、ここには遊びに来たわけじゃないのよ!夏休みが終わったら市の大会があるんだから、真面目にやってよね!」
「しょ、翔乃先輩、そんな怒鳴らないで下さい。怖いです・・・」

芽衣子たちにイラついた視線を投げかけるのは中3の高橋翔乃、その後ろに隠れているのは中2の西林里美だ。
スラリとした長身に切りそろえられた黒の長髪、少しきつい目つきの翔乃は仲間内ではリーダー格。
そして、里美はその腰巾着。
いかにも気の弱そうな目つき、さらりとした肩までのセミロングヘアに、控えめなそばかすが愛らしい。

「せ〜っかく遊びに着たんだから、ごちゃごちゃうるさい事言わないでよ、ブチョ〜」
「オイ!遊びに来たんじゃないだろ、節子!少しは真面目に練習しろ!」

更にそこに現れた男女。
片方は例によって中学2年の女子だ。
脱色されたラフなボブカットと大きなつり目が小生意気な久我原節子と、その後ろに立つ40歳前後の中年の男、保護者である矢部幸造だ。
彼の薄くなり始めた頭髪と無精ひげ、それとビール腹というルックスから、身に着けたアロハシャツやサングラスが一層品性を貶めているようにも見える。

「ちぇっ・・タダでうちらのこんな姿見られるんだから、少しは自由にさせてよね・・」
「・・節子!」
「・・へぇ〜い・・」

見れば、この場で彼だけがまともに服を着ていた。
少女たちは全員、同じ物を身につけている。
水と光を照り返す紺色の生地、胸部と腹部の間辺り前後面には、それぞれの苗字が書かれた白い布が縫い付けられている。
スクール水着という奴だ。

彼女たちは、お嬢様学校として知られる名門鳳徳女学園中等部に所属する水泳部員なのだ。
現在は学校の夏休みを利用し、顧問の矢部に連れられて、ここに合宿に来ている。
今回の合宿には6人の部員が出席していたが、そのうち一人中本千秋は昨晩、家の都合で早退していた。

「芽衣子にアンジュ、お前らもだぞ!少しは翔乃を見習って真面目にやれ!・・ったく・・」
「はぁ〜い・・」
「ソーリィ・・」

芽衣子、アンジュも節子に続けてつまらなさそうな返事を返す。
だが、矢部が小さく『ガキどもが・・』と続けた事には、誰も気付いていなかった。

    ▽     ▽     ▽     ▽     ▽

「そういえば、あんたたち知ってる?この森の噂」

ひと泳ぎしたあと、湖のほとりで休憩を取っていた芽衣子とアンジュにそんな事を切り出してきたのは、二人の先輩に当たる節子だった。
つい今、水から上がったばかりの節子の体は、まだ多くの水滴を纏っており、妙にキラキラと輝いている。
それは若さやみずみずしさの中に、わずかなエロスを潜ませる肉体だ。

「噂ですか?・・さぁ?」
「オ〜ゥ。アンジュも、ゴゾンジないで〜ス」
「ふふん、じゃあ教えてあげるわ・・」

自分にまっすぐに答えを求めてくる後輩たちの眼差しに、節子は少しだけ気を良くする。
仲間内では翔乃に続いて精神年齢の高い節子だが、それでも所詮は中学二年生だ。

「実はね・・この森って、出るらしいのよ」
「・・エ?で、出るって、何がですか・・?」
「決まってま〜ス。ニホンといえばミスター・ノブナ〜ガ♪」
「そ、それは・・捕まえて売ったら高そうね・・じゃなくて!出るって言ったら決まってるじゃない、幽霊よ!」
「ええ〜っっ!?」
「オ〜ゥ♪ゴースト・ノブナ〜ガ!」

震え上がる芽衣子の横で、アンジュは逆に目を輝かせる。
節子は二人に顔を近づけると、更に話を続けた。

「ここって、戦国時代に悪い大名が大量虐殺が行った場所なんだって・・」
「・・・・」
「・・オ〜ゥ、ダイミョー!キングオブアクダイカ〜ン♪」
「で、葦挽樹海や黄湖っていうの元々そこからつけられた呼び名なんだって・・
「フムフム・・」
「ちち、ちょっと・・やっぱりいいです!言わなくてもいいです〜!!」

雰囲気のこもった節子の口調に、芽衣子はすっかり逃げ腰だ。
『あわわ・・』とうろたえる様が、一層節子を調子付かせる。

「『葦挽』の名前は『足引き』が転じたものなの。この森で無念の死を遂げた人々の悪霊が、生者の足を掴んで引き寄せるんだって・・『黄湖』、すなわち黄色い泉、『黄泉』の世界へとね・・」

「いやぁぁ〜〜〜っっ!」
「イヤァァ〜〜〜っっ♪」

響きは同じでも、全く逆の意味を持つ悲鳴が同時に上がる。
だが、それは直後に翔乃の怒声により打ち消されたのであった。


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