【Roses in dress】
魔女とせせらぎの月12日 2:00 キルヒハイム東の森・旧レーデンブル街道入り口

 

 天には凍りつくような蒼い星々。
 その灯りに照らされるゼーペストリアの大地も、また凍りついているかのように見えた。
内陸側であるキルヒハイムの東には、美しい小さな森があり、そこから50年前まで商業の道として使われていた旧レーデンブル街道へと抜ける事ができる。
既にすっかり雑草に蹂躙されつくしてはいるが、その街道は今もなお、そこでひっそりと旅人を待ち続けているかのよう。
なんとも、物寂しげな風景だった。

「・・ミュー、そろそろ準備して。もう、これ以上は待てないわ。明るくなる前に、早くここを発たないと」
「うん・・でも・・」
 街道の入り口に、ランタンの小さな火が灯っている。
見れば、夜闇に溶け込むようにして屈み込む4つの人影があった。
 しかし、その者たちは普通の旅人とは少し違う。
 分厚いローブで全身を包むその一行は、全員が年頃の美しい娘たち。
 それも町娘とも冒険者とも見えない、城仕えの者特有の気品を兼ね備えているのだ。

 「ミュー!ティモットが心配なのはわかるわ。でも、私たちにとって最も優先すべきものは何?言って御覧なさい、何が1番尊いものなの?」
 1人は、すらりとした長身と紫のショートヘアが美しいダノン・クレイフェアーだ。
18歳にして、既に凹凸しっかりと象られた見事な体型を持ち、その凛とした眼差しは、彼女が一行の指揮官である事を物語っている。

「でもダノン姉。やっぱり、もう少しだけ待ってあげようよ。ティモット、きっと無事だよ。それに、シャル姉やラナ姉とかなら、絶対に捕まっていないと思う」
 2人目は、剛毛気味なダークブラウンのお下げとそばかすと大きな丸メガネ、そしてジプシー育ちの小麦色の肌が印象的な15歳、ソネッタ・イーストヒルだ。
 ダノンに比べると多少切れのなさを感じる優しげな口調だが、それでもそのはっきりとした発音には、しっかりとした意思表示が含まれている。

 「ありがとう、ソネッタ・・でも、ダノンの言う通りだわ。もう、行きましょう」
 3人目は、儚げな白い肌に腰まで伸びた深い紺色のロングヘア、深い漆黒の瞳の奥にかすかな迷いを揺らめかせている、17歳のミュラローア・モード。
 『ミュー』というのは、仲間内での愛称だ。
 しとやかな印象の奥にある、大人っぽさでも子供っぽさでもないアンニュイな感じが、彼女独特の魅力を醸し出している。

 「・・でも、ミュー姉・・」
 「いいの・・多分、ティモットは捕まったんだと思う。あのコにそこまでの機転や行動力はないから・・」
 「そ、そんな・・」
 「・・シャルキアやラナフォン、あとシェステリとかであれば、たしかにまだ可能性はある。けれど、どちらにしろ、これ以上ここで待ち続けるわけにもいかないでしょう?」
 「でも・・それでもやっぱり・・!」

 「・・うぅ・・寒いよ、ミュー・・暗くて見えないよ、どこにいるの?・・寒いよぅ・・」
 そして、最後に口を開いたのは一行で最年少である13歳の少女。
 彼女こそ、キルヒハイム正当王家の血を引くシアフェル・キルヒハイム皇女だ。
 まるで人形を思わせるような艶のある薄青緑のロングツインテールに、いかにも育ちのよさそうな華奢でスマートな肉体。
だが、根っからの温室育ちだけに、この風景の中で見る彼女は痛々しい。
 チャームポイントである大きな吊り目も、不安に垂れ下がった眉のせいで、か弱さだけを引き立てている。

 「はい、シア様。ミューはここにおりますよ」
 場にへたり込んだシアフェルの弱々しい一声にミュラローアがすかさず応じると、他の2人もその様子を見守るように覗き込む。
 シアフェルには、100人もの美少女たちで結成された『R.I.D(Roses in dress)』と呼ばれる侍女隊がいる。
 ダノン、ソネッタ、ミュラローアの3人もそのメンバーなのだ。

 「ミュー・・シア、寒いよ・・暖炉はないの?暖かいスープはないの?マーモリンクスの毛皮のコートはないの?」
 「申し訳ありません、今はそのどれも手に入らないのです・・でも、シア様の大好きなアルティラ皇子のいる、サークドキアにつくまでの辛抱ですからね・・」
 そう。
一行はキルヒハイムと親睦の深い、隣国のサークドキアを目指していた。
サークドキアの王家の人間とは、ここにいる侍女たちも一応全員面識がある。
そして、彼らが義を重んじて平和を愛する、信用するに余りある面々だという事をよく知っていた。
そして、サークドキアの保護下ならば、逆臣ゲルニスも容易には手が出せなくなる。
だから、なんとしてもシアフェルをそこまで送り届けなければならない。
それが彼女たちの悲願だった。

 「・・いつ着くの?アルティラ様のところにはいつ・・着く・・の・・」
 「・・シア様?・・・・・どうしよう、ダノン!シア様、熱がある!」
 ミュラローアに続いてシアフェルの額に手を置くダノンも、思わず顔を曇らせる。
 見守っていたソネッタの視線も困惑からか、やや泳いでいた。

 「よし・・では、ここからまずファリオン村に向かうわよ。エルフの妙薬なら、治せない熱病はないはず・・それに食料と、できれば馬車・・最低限、馬だけはなんとしても手に入れなくてはいけないでしょ」
 「それいいかも!・・それに、エルフたちも力を貸してくれるかもね!」
ダノンの提案に、ソネッタは大げさに顔を明るくして見せる。
 この先の見えない状況を、少しでも明るくせんがためだ。
 そんな年下の少女を頼もしそうな眼差しで見やると、最愛の妹への未練を断ち切るかのようにミュラローアも顔を上げる。

 「・・そうね、ダノン。では、行きましょう――旧レーデンブル街道を抜けて、ファリオン村へ!」
 ランタンのかすかな灯りだけを頼りに、一行は旧レーデンブル街道、その奥にあるファリオンの森に進路を取った。

     ▽     ▽     ▽     ▽     ▽

 今回起きたゲルニスの反乱の際、侍女たちは兵士たちにも劣らぬかという勘の良さで、いち早く行動を起こしていた。
 城が制圧されるのも時間の問題だとわかると、ある者たちは囮になり、またある者たちは人壁になり、そしてある者たちはシアフェルの護衛として秘密裏に城を抜け出していたのだ。
 だが、護衛とはいえども、か弱い彼女たちに剣が震えるわけではないし、魔法の心得がある者もいない。

 それは、いつ途切れてもおかしくない、細い細い旅路に他ならなかった・・


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