【先の見えない旅路】
魔女とせせらぎの月19日 15:30 ファリオンの森入り口
あれから7日間。
侍女一行は、旧レーデンブル街道を無事抜けて、森の民であるエルフたちの集落、ファリオン村を囲む森の入り口までやってきていた。
エルフたちの魔力に守られた森は、ひんやりとした涼やかさが漂う針葉樹林だ。
雲1つない青空の下、どこかから聞いた事のない鳥たちの囀りが響いている。
「とうとう、キルヒハイムの城郭が見えなくなったね・・」
ふと今来た道を振り返り、ミュラローアがそう呟く。
今までは森の向こうに見えていたキルヒハイム城も、ここまで来るともう見えない。
それはこの逃避行が順調に進んでいる証拠だというのに、ミュラローアにはどこか不安な光景にも見えた。
(・・皆、やはり逃げられなかったのかな・・)
侍女のクセに酷く高飛車の問題児だったが、仲間の危機に見せるガッツだけは誰にも負けなかったシャルキア。
いつも後輩に厳しく当たるダノンをなだめ、誰にでも優しかった聖母のようなファーナ。
ファーナの妹ながら性格は正反対で、しょっちゅうシャルキアと衝突していたシェステリ。
ポジティブなムードメーカーで、侍女になった今もプロのダンサーになる夢を追い続けていたラナフォン。
物静かで大の読書好き、休憩時間は決まって書斎にいた侍女仲間の知恵袋オードリー。
何事にも事務的すぎるところが弱点だが、皆の仕事をよく管理していたエオリア。
入って日も浅い新米ながら、持ち前の愛国心を武器に頑張っていたクラリネ。
そして、いつでも人の嫌がる役を買って出て、シアフェルに限らず他人のために尽くし、王宮内に誰1人として敵がいなかった、最愛にして自慢の妹・・ティモット。
ミュラローアの脳裏を次々と仲間たちの姿が過ぎっては消えていく。
敵兵の手に落ちた侍女がどんな目に合わされるかなど、想像するに易しい。
零れ落ちそうになる涙を振り払うように頭を振ると、ミュラローアは再びファリオンの森へと向き直った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「ねえ、ファリオン村はまだなの、ダノン?」
容態の優れないシアフェルにソネッタと肩を貸しながら、ミュラローアが口を開く。
森の入り口を抜けて歩き出してからここまで約5時間ほど、これが最初の声だった。
「あともう少しよ、ミュー。でも、お願いだから、泣き言だけは言わないでね」
「私、そんなつもりじゃ・・」
「言っておくけどね!ここまで、悪天候や追っ手に遭遇していないだけでもすごい幸運なのよ!なのに、こんなところで泣き事なんか言ってるようじゃ・・」
「違うよダノン姉、慣れない森の道を歩き続けているから、シアフェル様の方が・・」
「・・はぁ・・はぁ・・ミュー、苦しいよぅ・・ミュー・・」
「大丈夫ですよ、シア様。もう少ししたらエルフの村に着きますからね・・」
若く、か弱いシアフェルが病を押して強行軍を続ける様は、仲間の目から見ずとも痛々しい光景だった。
「・・ごめんなさい、私の方こそ余裕がなかったみたいだわ・・」
無意識にイラついていたダノンも、それを見て正気に戻る。
だが、彼女がイラついていたのは決してやりきれない思いからだけではない、ファリオン村到着が待ち遠しいからというのも強かった。
ファリオン村には50人程度のエルフたちがひっそりと暮らしているが、皆心優しく頼りになる連中だ。
その事を、以前使いとして来た事のあるダノンはよく知っている。
だから、無意識にそこに助けを求め、気を急かしてしまうのだった。
しかしまた、一行は着実にファリオン村に近づいて来ていた・・
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