□ Page.13 『ピーピング・キャッツ』 □

 

「ん・・・んん・・・」
舞子が目を覚ましたのは、どこか薄暗いところだった。
起きたばかりだというのに、まだ大分眠気が強い。
酷くぼーっとする頭は、なかなか思考能力を回復しない。

「(あぁ、やっと目ぇ覚ましたわ・・・)」
だが、そこに一気に多数の情報が詰め込まれ始める。
直接、耳に流れ込む自分以外の人間の声。
間近から自分を覗き込む顔。
「あれ・・・はじめ・・ちゃ・・ムグ!」
目覚めてからの第一声は、最後まで言い切られることなく止まった。
何やら慌てた様子のはじめが、舞子の口を押さえたのだ。
「(しー!大声出したらあかん!気づかれる!!)」
「(・・・??)」
とりあえず舞子ははじめの手を解くと体を起こし、周りを確認する。
すると、自分とはじめがいるのが村の外れにある神社の境内の縁の下で、時間は夕刻時、自分は今まではじめに抱き抱えらるように寝ていたことがわかった。
だがそうなると、今度は何故そんなことになっていたのかが不思議になる。
「(ねぇ・・私、何でこんなところに・・・)」
「(どうしても起きてくれへんから、ウチがひきずりこんだんや)」
「(え、でもどうして・・・)」
「(えぇい、そんなんはあとや!今はそれどこやない!)」
奇妙なほどに記憶が不鮮明な状態の舞子だったが、とりあえず何か切羽詰ったはじめにペースを合わせる事にした。
「(ど、どうしたのよ?)」
「(・・あれや)」
この圧迫された空間の中ではじめの指差す方向数メートルほど先には、ひっそりとした境内の裏側の方に計4本の足が見えた。
2本はジャージズボン、2本はロングスカートを履いているその足は、そこに男女2名がいる事を示している。
そして、舞子の頭がそれを確認するや、聴覚もその有効範囲を一気に広げる。

『・・その話というのは・・・・なん・・う・・?』
『私・・ちょっと・悩みが・・・・・んです・・』
男女2人は何やら話している。
だが、小声な事と周りを取り巻く森の木々のざわめきのせいで、なかなか聞き取れない。
ふと、この2人の声に舞子は聞き覚えがあるような気がした。
「(あれ・・・この声・・・?)」
「(せや・・・あの2人はな・・)」
その時、女の声がよく知った名前を口にする。
『・・聞いて・・頂けま・・・・『郷田先生』・・?』

「(ご・・郷田先生!?)」
「(・・ついでにゆうとくと、もう1人は花見センセやねん・・)」
そういって、したり顔で振り向くはじめと目が合うと、舞子の胸の底からドキドキが浮かび上がってくる。
郷田太一郎と花見葉子といえば、今大山高校の女生徒たちの間で最もホットな話題の提供者たちだからだ。
その2人が人気のない場所で密会している現場に居合わせたとなれば、俄然、野次馬根性が沸いてしまうというものだ。
「(うわっ、うわっ!何を話すんだろ?)」
「(何ゆーとるん、それを今から拝むんやん♪)」
「(うわぁ〜、もうめちゃくちゃドキドキする〜〜〜♪)」
時折吹く風の音すら耳にうるさいくらい、舞子とはじめは会話を盗み聞く事に全霊を傾ける。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
夕方は時間の経つのが早い。
遠く山入端では、1日の仕事を終えた太陽がすごい勢いで沈んでゆく。
だが、この神社の一角だけは、その時の流れすら及んでいないかのよう。
全ては乙女の好奇心からくる集中力のなせる技だった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
途切れ途切れ聞こえてくる話の内容は、少女2人の好奇心にかなうものだったのだ。

今年26になった花見は、両親からそろそろ身を固めろと迫られ、見合いなどを次々と持ちかけられる。
だが、花見は密かに郷田の事を想っており、親の紹介を断り続けてきた。
しかし、それももう限界に来ており、このままでは結婚させられるのも時間の問題。
だから、そうなる前に郷田に想いを打ち明ける事にした。

ここまでの内容は、大体このような感じだった。

「(やっばいでぇ〜♪・・・面白いくらいに期待ドンピシャや・・・・)」
「(郷田先生、やっぱりOKするのかな・・・やっぱりするよね、郷田先生だもんね・・・)」
「(ど・・・どうやろ、大人の関係ちゅーんは、結構複雑なもんやからな・・・・そう、うまく一筋縄でいけばええんやけど・・)」
「(いや、絶対OKするって!・・間違いないよ!)」
「(あ・・しぃー!しぃぃぃーや!郷田センセ、何かゆうとる!ゆうとるで!)」
「(・・えっ・・?!)」
微妙にエキサイトしていたトークに気をとられていた舞子が、それに気づいて慌てて口をつぐむ。
しかし、そこに続く数秒の沈黙は、既に郷田が返事をし終わったあとのものだった。
思わず『しまった・・』という顔を見合わせるが、舞子とはじめはそこに続く展開からその答えを察する事ができた。
「(え・・・)」
「(こりゃ、マジでダメやったんちゃうか・・・?もし、OKだしたんやったら、キスするとか、手を取り合うとかするために近づくはずや・・なのにむしろ離れとる・・)」
「(そんなぁ・・)」
自分のことではないのに、いや、それどころかコソコソと盗聴している身だというのに、舞子は酷いショックを受けていた。
日頃から慕っている教師2人が上手くいくことを心の底から望んでいたし、今さっきまでに関しては確信すらあったのだ。
だから、落胆が激しいのも仕方のないことだった。

「・・自分も花見先生と結ばれたら・・などと都合のいいことを考えることもありますが、貴女は若く、自分はもう歳です・・」
そこに、周りの自然音の妨害も少なく、割とはっきり聞こえてきた郷田の言葉。
それは舞子の期待に止めを刺すかのような真面目な内容だった。
「・・それでも・・・いません・・私は・・・・」
「・・・ですが・・・・・・・冷静に・・・・貴女には・・・・・」
もう、そのあとの会話はほとんど舞子の耳に入っていなかった。
(花見先生、これで会ったこともない人のお嫁さんにされちゃうんだ・・・可愛そう・・・)
花見の気持ちを思うと息がつまり、胸が締め付けられる。
ハッピーエンドならまだしも、バッドエンドを盗み聞いてしまった罪悪感に苛まされる。
こういう時に限って、地面を歩く小さな蟻などが妙に気になってしまったりする。
舞子は明日からどうやって花見に接すればいいのかと、今から気を病み始めていた。

「(わわっ・・岡本ちゃん!)」
すぐ耳元に聞こえるそんな声で、舞子の心は現実に引き戻される。
はじめの声は切羽詰ったようでもあり、また何か別の色をも含んだものだ。
「(・・え、どうしたの?)」
「(やばいで、なんか・・・花見センセ・・・ブチキレてもた・・・)」
「(・・えぇぇっ!?)」
はじめの指差す先にある風景は、一見、先程までと変わりないものだ。
だが、明らかにそこにある空気の色が変わっていた。
そして、よくみれば、花見の足元に何か白いものが落ちているのが見えた。
「・・なっ、何をするん・・・・花見先生・・」
「・・・・・という・・・・・はしたな・・・・・われよう・・・・・・・せん」
「・・・落ち・・て・・・下さい・」」
「・・・・・なら・・など・・・・・・その・・・れ・・結構・・・・・」
どこか嵐の到来を予感させるように、風が次第に強まってゆく。
木々のざわめきがうるさく、なんとか聞き取れるのは慌てた口調の郷田の言葉だけだ。
花見の足元に、その足を隠していたスカートが落ちる音もまた聞こえなかった。
そして、すぐに郷田の声すら聞き取れなくなっていった。

――ビュウウウウウウウウウウウ・・・・!
「(花見センセも捨て身や・・・・こりゃ・・わからなくなってきよったで・・)」
「(うん・・・!)」
――ビュウウウウウウウウウウウ・・・・!
――ザワザワザワザワザワ・・・・!
――ガタガタガタ・・・!
縁の下にいるというのに、風はその肌をかすめ、髪を服をなびかせる。
足元から吹き上がる土煙が酷く、舞子とはじめはそれが目や口に入らないように腕を上げて顔を覆う。
だが、その中では教師2人の間にも何やら動きが起き始めていた。
風に素肌を晒す花見は、すっと奥にある茂みの方へと消えてゆく。
そして、歩調に戸惑いを見せつつも、郷田もまたそのあとに続いたのだ。

「(な・・・・・)」
そちらを向いたまま、はじめは呆けた表情で動きを止める。
「(こ・・ここまできてお預けかいなああああああ!?!?)」
「(・・え?え?)」
かと思えば、はじめは天井にぶつからんばかりのオーバーアクションで頭を抱えてみせる。
一瞬、意味がわからず舞子がハテナマークを連発した。
「(・・アホ。こうなったら、もうこの先の展開は1つしかないやん!ここまで苦労して覗かせて置きながら、最重要ポイントだけはお預けなんて、マジ堪忍やで・・・・)」
「(・・・え。・・・えと、それってもしかして・・・)」
「(花見センセのあれはどう見ても色仕掛けや・・で、郷田センセもその誘惑に乗ったんやで?となれば・・・あとはもうあれや、男と女の営みが待ってるちゅーわけやねん・・)」
「(え・・・えぇぇ・・とぉぉ)」
「(ああ〜・・!セックスやセックス!S・E・X!)」
「(あわわ・・わかってるってば!恥ずかしいから口に出さないでっ!)」
舞子とはじめは、教師2人の方へ幾らか距離を詰めてみる。
すると、茂みの奥に郷田と花見らしき人影の一部は見えたが、そこまでだった。
更に大胆に距離を詰めようとするはじめを、舞子は引き止める。
「(これ以上はダメ、あっちから見えちゃうよ!)」
「(うぅ〜・・・・せやかて、せやかてなぁ・・・・!!)」
顔を赤らめながら揉み合い、引っ張り合う舞子とはじめ。
「(おっ・・今見えたの、花見センセの足やなかった?)」
「(う、うん・・・そうだった)」
「(うわぁ〜・・こんなとこで地べたに寝転んでヤッてるんかいな・・)」
「(あっ、また見えた・・っ)」
「(どれどれ・・・?)」
何とか、教師2人の情事を蚊帳の外から覗こうと四苦八苦する女子学生2人。
そんな、ある意味微笑ましい光景が、しばらくそこで続けられた。


        ▽        ▽        ▽


すっかり、夜の帳がおりた神社の境内。
少し前まで見えない竜のように荒れ狂っていた風も止み、またそれに負けじと荒れ狂っていた成人男女の姿も今はない。
ここに残っているのは、一番最初の客であった女子学生2人だけだ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人とも縁に並んで腰掛け、少し呆けたように横目でお互いを見詰め合っていた。
しばし、どちらも相手の出方を見るように沈黙を続けていたが、しばらくするともう耐え切れないといった風にはじめが口を開く。
「いやぁ〜〜〜・・・うん、ええもん見たわぁ〜」
「だ・・だね・・」
未だ呼吸が整いきっていない舞子は、一度わざとらしく深呼吸をする。
何気なく見上げれば、満天の星空が視界を圧倒する。
その余りの雄大さに思わず瞳を閉じると、つい数分前に見た光景が鮮明に呼び起こされた。

――ビュオオオオオオオオオ・・・
「・・・・っ・・・っっ・・・!」
「・・・・・・・!!・・・!!」
暗い夜闇と、それと同じ色の木の葉が支配する風景。
その中にぼんやりと浮かび上がるのは、絡み合う2つの肌。
茂みの奥に断片的に見えていたそれだったが、結局、最後にはそこから姿を現したのだ。
立ち上がり、木の幹に背を預ける花見の片足を持ち上げて露になった部分に郷田が腰を打ちつけ、やがて痙攣したかのように郷田が身を震わせると、2人で力なく崩れ落ちた。
そこで繰り広げられた、一連の行為の締めくくりを、舞子とはじめはその目で見ることができたのだ。

――ガバッ!
「・・・きゃっ!?」
顔を上げたままぼーっとしていた舞子は、突然後ろから抱きつかれて素っ頓狂な声を上げる。
首に回された腕は、もちろんはじめのものだ。
「むふふ〜・・まぶたの裏に焼きついて離れんってやつかぁ〜?」
「ちょ、ちょっと・・・ビックリしたってば」
照れ隠しから、軽く振りほどこうと抵抗を試みるが、少ししてやめる。
後ろから密着されているはじめの体からは、甘ったるく気が遠くなりそうないい香りがした。
「郷田センセ、膣出ししとったなぁ〜〜♪」
「う・・・そうだね・・」
「花見センセの尻、しっかと押さえつけて、めっちゃ深いとこで出しとったもんなぁ〜〜♪」
「・・だ・・ねぇ・・」
「今頃、花見センセの『ここ』から、白いベトベトしたんがトロォ〜って溢れ出してきとるかもなぁ〜〜♪」
「ちょちょちょ・・・ちょっとぉっ!」
空気も揺らさずに動き出したはじめの手が、自分の股間に伸びてきたのを舞子は敏感に感じ取ると、縁から飛び降りるようにさっと体をかわした。
振り向けば、今自分がいたところには舌を出したはじめが悪戯な笑みを見せている。
「嘘、嘘。堪忍やぁ〜♪」
「ったくぅ・・」
両手を腰元に当て、わざとらしく頬を膨らませる舞子だったが、すぐいつもの笑顔に戻る。
「じゃあ、今日は遅いし、もう帰るね」
そう一言いって駆け出していく舞子の後姿を、はじめは手を振って見送る。

――ヴィィィ・・ン
そのあと、木々のさざめきの中で何やら電子的な振動音が響くと、境内からはもう完全に人の姿がなくなっていた――


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