□ Page.15 『トモダチ』 □

 

一方、神社からの帰り道、舞子は暗い農道を急いでいた。
胸の中には、今も先程のワクワクドキドキが深く根を下ろしている。
ここ最近で『ある意味危険な体験』は何度となく重ねてきたが、セックスを生で見たのは今日が初めてだった。
なんとなく周りの空気全てが気になってしまう。
もしかしたら、先生たちに気づかれていなかっただろうか。
それとも他の誰かに見られていなかっただろうか。
そんな、かすかな罪悪感からくる神経過敏状態だ。
しかしその状態が、今日はいつもとは比較にならないくらい研ぎ澄まされていることに、舞子は気づいていなかった。

――――――!!

「・・・・・・!?」
不意に足を止める。
(・・・え?)
それは確かに聞こえた。
――沙弥の泣き叫ぶ声。
それが幻聴か何かではないか、などと舞子は疑いもしなかった。
それは普通では声が届かないくらいの遠くからのものなのに、今の舞子には距離まではっきりとわかっていた。
次の瞬間、体はものすごい勢いで動き出していた。
薄暗い夜道を疾駆する。
(あ・・・あれは!!)
やがて、舞子の目があるものを見つける。
嫌な予感を確信付けるオブジェクト――白のオープンカー。
舞子はその横を駆け抜け、一直線に森へ入ってゆく。
――ザッザッザッザッザッ!
もう1km近く全力疾走しているはずなのに、何故か全く息が途切れない。
だが、胸の中では、今までで最も嫌なドキドキがとめどなくそのスピードを上げていた。
(――沙弥・沙弥・沙弥!)
舞子は無防備なくらい曝け出された心の中で、大切な親友の名を叫ぶ。
それは終わりのない階段を勢いよく転がり落ちていく感じ。
様々に混ざり合った感情は、その増大を限界まで続け、爆発する。

「・・・沙弥ぁ!!」
音量もセーブせずに、心の中身が口から飛び出す。
すると、すぐに返答が戻ってきた。
「ま・・・舞子、来ちゃだめ!――逃げてぇぇぇ!!」
切羽詰った沙弥の声。
だが、それもすぐにくぐもった響きとなって消えてゆく。
(・・しまった・・・・!)
ここにきて、舞子は犯してしまった最大の失敗に気づいていた。
自分1人がここに来ても、沙弥を助け出す戦力としては不十分――いや、ないに等しい。
多少到着が遅れてでも、人を呼ぶべきだったのだ。
だが、そんな後悔も一瞬で消えた。
突然、目の前の茂みから伸びて来た手に腕を掴まれたのだ。

「――きゃっ!」
すぐに2本目の手が腰元に伸び、強引に抱き寄せられる。
更に3・4本目の手が舞子をがんじがらめに拘束する。
稲垣と小渕が2人がかりで舞子を取り押さえたのだ。

「危ない危ない・・・人を呼びにいかれたら、せっかくのパーティーが台無しになるところだったぜ・・」
舞子はうつぶせに倒されて泥だらけになり、稲垣に馬乗りに押さえつけられていた。
そして、自分の愚かさに打ちのめされていた。
もう、どうにもならなかった。
「・・舞子・・・・」
そこに弱々しく降ってくる声。
この敵陣で、唯一恐怖を感じない声。
舞子はゆっくりと上半身をねじり、頭を上げる。
「・・・沙弥・・・・」
そこに、今の状況の危険さを表す決定的な絵があった。
下半身に剥き出しにした男たち。
そして全裸にむかれ、目隠しをされ、無残に縛り上げられた親友の姿。
その内股を伝い落ちる一筋の粘液が、酷く痛々しかった。

「へぇ・・君が例の沙弥の友達か・・・」
地面すれすれにある舞子の顔のすぐ横に、それもわざわざ沙弥が見えるだけのスペースを開けて、馬場が座り込む。
「でも、顔は並クラスだな・・」
逆サイドには、同じように小渕が腰を下ろす。
「まあいいじゃん。今日はどうせ沙弥卒業の日なんだし、オレたちももうこんな辺境にこないだろ?少しくらい無茶しても全然オッケ♪」
「や・・・・・いやっ!」
稲垣に無造作に尻を掴まれ、舞子は思わず体をびくつかせる。
だが、稲垣はそれを楽しむかのように、ゆっくりと揉み回し始めた。
「うわ・・いい反応♪」
「コイツ、処女なんじゃん?亜美の予行演習代わりにいいかもな」
「お、それ名案♪」

「――やめて下さいっ!!」
この場で最も無力な少女が懇願の叫びを上げる。
「お願いです・・・舞子は関係ないですから・・・・助けは呼ばせませんから・・どうか逃がしてあげて下さい・・・お願いします・・お願いします・・!」
沙弥は懸命に『お願いします』を繰り返す。
『舞子を巻き込んでしまった』
それは最大の後悔となり、沙弥の嗚咽を一層激しいものにする。
『助かろうと思うだけなら誰にも迷惑をかけない』
またも自分の誤った判断が舞子を陥れてしまったのだ。
助けを求める声を上げたばっかりに、こんな事態を招いてしまったのだ。
『素直に罰を受ければよかった』
などという後悔も、今度はもう出てこなかった。

「・・沙弥、聞き分けの悪いことをいうんじゃない」
「お願いです!お願いです!」
「これから同じ悩みを抱える仲間が増えたんだ、喜べよ」
「やっべ、このシチュイイ!萌えてきたぜぇ・・♪」
「お願いです!どうかお願いしま・・・・・あッ!!」
ひたすら繰り返される沙弥の懇願が不意に途切れる。
原因は後ろからの乱暴な馬場のひと突き。
そして、2度目3度目の突きが沙弥から少しずつ言葉を奪ってゆく。
――パンッパンッパンッパンッ!
「いやっ・・おね・・・お願い・・・・舞子は・・舞子だけは・・・ああぁぁっ!」
――パンッパンッパンッパンッ!
「あっ・・お・・・おねが・・・い・・ひんっ!」

舞子は文字通り言葉が出なかった。
目の前で行われている行為は、暴力とは知りつつも、何度も妄想で思い描いた行為だ。
だが、頭の中の風景と目の前の風景は全然別物だった。
同じ行為であるはずなのに、つい先程神社で見たものと目の前のものは全然別物だった。
そのギャップにショックを受けていた。
そこに最も強くあるのは禁断の快楽でもなんでもない。
今、舞子の前で、沙弥は男に破壊されているのだ。
心をバラバラに、いや粉々になるまで破壊されているのだ。

「ふふ・・・舞子ちゃん、すごいだろう?今ここに、お友達の沙弥ちゃんはママになろうとしているんだぜ?」
「・・・・・・」
「ママになるってのは大変なことさ。沙弥は今、その険しい道を登ってるんだ。見なよ、美しい光景だぁ・・」
舞子に覆いかぶさるようにし、稲垣はその耳元に囁く。
それを見ると、すぐに小渕も逆の耳に口を寄せた。
「舞子ちゃんは沙弥とずいぶん仲がよさそうじゃないか。大丈夫、すぐに同じところに連れて行ってあげるからね」
「・・・・・・」
「へへ・・この3人だったら、初めての相手は誰がいい?選ばせてあげよっか?」
「さ・・・沙弥を離して・・・」
「そ・れ・は・ダ〜メ♪」
この世に悪魔がいるとすれば、まさにここにいる男たちのことだと舞子は確信していた。
だが、そう思っても、何ができるわけでもない。
今まで一度も助けてくれなかった神頼みがせいぜいだ。
そして、その間にも刻々とタイムリミットはなくなってゆく。

「・・ンオオオオッ!!」
――ドクドクッ!
「い・・・・・・やぁああぁぁぁあああぁぁぁぁッ!」
不意に馬場が背を伸ばすように天を仰ぎ見る。
沙弥の膣内が見えるわけではないが、舞子には今起きた出来事が何であったか手に取るようにわかっていた。
そして、それはまた沙弥と自分への死刑宣告でもある。
「・・ふぅ」
たった今、たっぷりと自分の遺伝子を流し込んだ白い尻を、馬場は2度3度と満足そうにぺしぺしと叩く。
そして、他の2人と同じタイミングで舞子を振り返る。
「さて・・」
「・・ダメ!舞子には手をださないで!」
男たちの言葉の先など、沙弥には容易く読める。
出鼻をくじくかのように沙弥が制止をかけようとするが、それが無駄な行為であることもまたわかっていた。
「・・じゃ、頂きますか♪」
男たちの動きは、大した指示もないのに息が合っていた。
3人が3人、皆同じ下衆な思考回路をしているからだ。
稲垣が腰を浮かせた瞬間、馬場と小渕がそれぞれ舞子の両腕を押さえつけ、仰向けにひっくり返す。
今までとは違った形での拘束状態が作られると、稲垣は悠々と立ち上がり、舞子の足元に再び膝を下ろす。
「や・・・やだ・・・」
恐怖に怯える舞子をしたり顔で見下ろしつつ、ぎゅっと閉じて最後の抵抗を試みる両膝に手をかける。
手と足の力の差はあれど、高校生女子と大学生男子の力の差ほどではない。
舞子の全身全霊の力も、なす術なくこじ開けられてゆく。
女の最もか弱い部分を守る薄布も、弱々しくずり下ろされてゆく。
涙に揺れる視界の奥、開かれてゆく両足の間から、羨望の的だったはずの男の器官が腹をすかせた恐ろしい肉食獣となって姿を現す。
「・・やめ・・・やめて・・・・」
いつの間にか呼吸を支配していた嗚咽は、舞子から徐々に視覚と聴覚を奪ってゆく。
自分を助けようと必死に懇願する沙弥の声がどんどん遠ざかってゆくにつれ、深い深海へと沈められてゆくような恐怖が舞子を満たしてゆく。
「うっし・・んじゃ、舞子ちゃん。君はどうせ使い捨てだし、豪快に貪らせてもらうぜェ♪」
「・・・い・・・いや・・・いや・・・・・・」
一欠けらの慈悲もない言葉が舞子の心をえぐるのと同時に、同じく無慈悲な肉塊が一気に舞子の最奥をえぐる――

――ギチ・・・・ギチュッ・・・

「いた・・・・・っ・ぎあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

目の色と最後の覇気を失い、沙弥が深く首をうなだれる。
今ここに、酷く凄惨なショーが幕を開けたのだ。
「うおっ・・・・マジで締まる・・・すげっっ!!」
――グジュ・・グジュ・・グジュ・・・
「あぐっ、痛い!痛いぃぃ!は・・は・・は・・・・い・いやあぁああぁあああぁぁぁ〜〜〜ッッ!!」
激痛に身をよじればよじるほど、無情な泥が彼女の服を体を汚してゆく。
舞子の腰を浮かせるようにして、その股の間に自分の腰を叩き込む稲垣。
2人の接合部からは、舞子の背中にこびりついた泥よりもドロリとした赤が飛び散っていた。

「どうよ、舞子ちゃんのお味は?」
「・・っ!・・・『使い捨て』っつったの、ちょっと後悔してる・・っ!処女だからとかそういうんじゃなくて・・んん!・・・スンゲ気持ちいい・・」
「何、名器?」
「れッ・・・・歴史的・・名器かも・・・ッオォ!」
――グジュ・・グジュ・・グジュ・・・
「やっべ、もう出る・・・マジ早すぎだよ、これ・・・・!」
「っ・・痛い!痛い!痛い!痛い!いたぁいいぃぃぃぃぃぃ〜〜ッ!!!」

――ぐしゃ。

身を裂くような激痛の果て、舞子が聞いた音がそれだった。
それが何の音だかはわからなかった。
ただ、片手が自由になったことだけがわかった。

「・・・ひいああぁぁあぁあぁあぁぁぁああ〜〜!!」
しばしの沈黙をはさみ、次に聞こえた男の悲鳴。
これを合図に、次第に舞子の意識に正常さが戻り始める。
「目が!目がぁぁあぁあぁあああぁぁぁ〜〜〜!!」
「お、おい、馬場・・・?」

――ぐしゃ。

「・・・ぎゃっ!!」

――ぐしゃっ・ぐしゃっ・ぐしゃっ・・・ベチャ。
――ズル・・・ズルズル・・・

「おい・・・小渕・・・・・・ひ・ひぃぃっっ!!」
稲垣の顔は恐怖に引きつっていた。
目の前の夜闇の中で、何が起きたのかはまだわからない。
だが、そこに『何かがいる』ことだけはたしかだった。
『夜の闇が襲ってきた』
『一瞬で仲間2人がやられた』
手元にある情報を必死にかき集める稲垣だが、それは片手で数えても余りあるほどしかない。
そして恐怖と混乱に歪む視界の中、自分を見下ろす、果てしなく肉食獣に近い少年の姿を見出す。

「――お前、殺すから」

今まで稲垣が聞いた何よりも冷たい響きだった。
怒りに我を忘れた人間の出す声ではなく、虐待を楽しんでいる人間の出す声でもない。
それは最も冷静・純粋・率直な殺意の声だ。
「う・・うわあああぁぁぁっ!!」
稲垣の判断はわずかに早かった。
ものすごい速度で放たれた死の指先は、彼の顔をえぐる前に空を切る。
下半身剥き出しのまま、稲垣は身を翻して一目散に走り出す。
――ガッ!
だがその瞬間、今度は後頭部に鈍い熱さ。
「・・アアァッ!!」
稲垣はたまらず膝をつく。
強烈な痛み――これはただ殴られたのではない。
稲垣にはすぐにわかった。
後ろにいる『狩人』は自分を殺すための武器を持っている。
手にした石で殴りつけてきたのだ。
それも人間の弱点の1つである後頭部に、容赦なく。
「・・あああぁぁああああぁぁぁぁあああああぁぁああぁ!!!」
稲垣は自らも石を拾い、めちゃくちゃに振り回す。
それは闘争本能からくるものなどではない。
仲間2人をやられた時に、既に戦意など喪失している。
この場を逃げ、生き延びるための死に物狂いだった。
――ブンッブンッブンッブンッ!!
この『狩人』と稲垣の間には、運動神経において圧倒的な差があった。
元々ボンボン育ちで弱者以外には手が出せない稲垣に対し、『狩人』の方は強さ・人数かかわらず襲い掛かり、ことごとく血の海に沈めてきた歴戦の強者なのだ。
だが、雄大な天機は稲垣に力を貸した。
――ガッ!
必死に振るっていた牽制の一撃が、相手の顔面にヒットしたのだ。
再び、駆け出す。
「ハァッ・・・ハァッ・・・」
今の手応えはたしかなものがあった。
相手は確実に戦意喪失・・いや、もしそうでないにしろ怯むはず。
自分が距離をとるだけの十分な時間は稼げたはず。
そんな思考が、稲垣にわずかな冷静さを取り戻す。
だが、それも一瞬だった。
「ひっ・・・!!」
すぐ後ろを足音が追ってくる。
物言わぬ殺人鬼が追ってくる。

「う・・・う・・・・わああぁぁあぁあぁああぁあぁぁぁ〜〜〜!!」

そこで――稲垣の意識は真っ白になった。


        ▽        ▽        ▽


そこは、幾つもの嵐が通り過ぎ去った跡。
心を砕かれた2人の少女だけが残された。
馬場と小渕はいつの間にか姿を消し、逃げていった稲垣と追っていった『狩人』も戻ってこない。
繋がれていた沙弥は舞子により解放されたが、2人とも心ここにあらずといった感じだった。

「沙弥・・・」
先に口を開いたのは舞子だった。
それは、ただ名を呼んだだけの一言だったが、2人の中にあった緊張の糸を断ち切るにはそれで十分だった。
「舞子・・・・ごめん・・・ごめんなさい・ごめんなさい・・・・うぅぅぅぅ・・・っ!!」
「沙弥・・・・」
「ひっく・・・・私のせい・・・私のせいで・・・・こんな・・・・こんなことに・・・!」
ひたすら泣き喘ぎ、繰り返し懺悔の言葉を口にする沙弥。
感情を根こそぎはがされたような顔に、痛々しくも何とか笑みを作ろうと必死に頑張る舞子。
それは対照的な動と静だった。
だが、やがて激しすぎる『動』が両者のバランスを崩す。
「し・・・」
「・・・」

「死んでお詫びします・・・」

ふらりと立ち上がる沙弥の表情に、舞子は戦慄を覚える。
まさに『雪女』という形容が正しい――その『笑み』。
この世のものならざる妖艶な美しさと、今にも消え入りそうな儚さ。
それは今までドラマや漫画ですら見たことのないようなそれは、『生への一切の執着を捨て去った者の表情』だった。
目の前にいるのが沙弥であると認識できなければ、舞子の考えうる最悪の展開になっていただろう。
その壮絶な死の迫力を、舞子の沙弥に対する友情が押しのけていた。

――バシィッ!!

一発の平手が、沙弥を現世へと呼び戻す。
「・・そんなことしたら、絶対に許さないから!――許さないからねッ!!」
「・・・・まい・・・こ・・・・・・」
沙弥の中で、最も純粋な感情が爆発する。
子供のように大声をあげて泣く沙弥を、舞子はどこにも逃がすまいとするがごとく強く抱きしめる。
『一番大切な友達を守る』
今、舞子の頭の中にあるのはそれだけだ。
内股と胸の奥に負った深い傷の痛みさえ、もう舞子を縛ることはできない。
それは舞子にあって、沙弥にない強さだった。
「・・私は大丈夫だから」
「・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・・!!」

やがて、ひとしきり泣いた沙弥を、舞子は険しい表情で覗き込むと――こういった。

「・・それと、次『絶交』なんていっても許さないからね!」


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