□ Page.19 『幸せな時間』 □

 

「ここから入るんだよ」
「おう」
2人は軽やかに跳躍すると、夜空を映す水面を飛び越える。
水田地帯を囲む用水路。
その奥に『あの場所』へと続く、か細い道が伸びている。
時々、沙弥と一緒に星を眺める場所。
舞子はそこに敦を誘ったのだ。

――ザッザッザッ・・・
「うわ、密林だな」
「道は結構しっかりしてるから」
「でも、真っ暗だぜ?」
「・・・・・・あ」
舞子が固まる。
山道に入って少しして、舞子は致命的な見落としに気づくこととなった。
月明かりすら届かない鬱蒼としたこの山道は、結構な長さがある。
灯りなしで行くのは、さすがに自殺行為だった。
「・・・あははは・・・今日は懐中電灯ないんだった・・・」
「今度、また誘えよな」
「ごめんね、もどろっか・・」
――ガッ
「・・きゃっ!?」
舞子は突然足をとられる。
方向転換の際、木の根につま先を引っ掛けてしまったのだ。
――ザッ
しかし、何とか倒れずに踏み止まる。
「だ・・大丈夫か?」
「うん、木の根っこに足を引っ掛けちゃったみたい・・」
「おいおい、暗闇で倒れるのは危ねぇぞ」
「あはは・・でも、前に来た時なんか、転ぶどころか転げ落ちたよ・・あれはさすがに死ぬかと思った・・・・あ」
舞子はふと気づく。
この道は山頂のあの場所ともう一箇所、別の場所につながっていることを。
そして『そちら』ならば、ここからも近く、わずかな灯りだけでもたどり着くことができる。
「あ・・あのさ」
「ん?」
「えっと、前に転げ落ちた時に見つけたんだけど・・このすぐ近くに洞窟があるんだよ」
「へぇ・・」

「ね・・行ってみない?」


        ▽        ▽        ▽


「うわ、声響くね」
「・・ああ」
「奥の方深いよ、真っ暗だ」
「・・だな」
以前、舞子が見つけた洞窟。
その中に入ると、舞子は妙にはしゃぎだす。
そして、敦はやや口数が減る。
そこに漂う妙にそわそわした空気の正体は、2人ともとっくにわかっていた。
こんな夜更け、こんな狭くて暗い場所に、少女は少年を誘ったのだ。
そこに行けば、2人がどういうことになるかがわかっていながら。
それは立派なセックスアピールに他ならなかった。
「・・・」
「・・・」
だが、痛々しい事情を知っているだけに、敦も最後の1歩が踏み出せずにいる。
舞子がはしゃぐネタを使い切ると、場に深い静寂が下りてきた。
「静かだね・・」
「ああ」
「・・ねぇ、高田?」
「ん?」
「今、高田が何を考えてるか、当ててあげよっか・・?」
後ろで手を組みつつ、舞子は洞窟の奥へと2歩・3歩足を進める。
そして、手を後ろに組んでくるりと半回転。
少しだけ悪戯な笑みを見せる。
「うふふ・・『岡本とヤリたいっ・ヤリたいっ・ヤリたいっ!』・・・顔に書いてある」
「ああ、さっき岡本と会った時に書いた。ついでに、この辺りには『膣出ししたい』とも書いてあるんだぜ?」
「あはははは・・」
「くっくっく・・」
冗談を言い合い、笑いあう。
とはいえ、それは限りなく本気に近い冗談だ。
「有難う・・私のこと心配で、手が出せなかったんでしょ?」
「・・まぁな。もし心配要らない状況だったなら、もうとっくに射精(だ)してるぜ、きっと」
「あはは・・何回くらい?」
「えっ・・・そうだな、10回くらいなんじゃね?」
「・・って、中に?」
「モチ!」
「・・そっ、それじゃ赤ちゃんできちゃうじゃんっ」
そこでまた笑う。
今、舞子と敦が意識しているのは、同じたった1つの『事』だけだ。
だが、ここには確かに愛という物が存在している。
まだ若いこの男女には、それがわからずにいるだけだ。

「私・・さっき、コンビニの帰りさ・・本当はずっと高田を探してたんだよ・・」
「・・・」
「寂しくって・・1人で泣きながら歩いてたの・・あわよくば、高田と会えないかなって・・」
「・・・」
「そうしたら、本当に高田がいるじゃない。もう、運命だと思ったよ・・・赤い糸ってやつ?私って、結構本気でそういうの・・」
「岡本、俺と結婚しようぜ」
「・・・へっ?」
「俺が稼げるようになってからでいいからさ、結婚しようぜ。運命の・・赤い糸なんだろ?」
突然の敦の巻き返しに、舞子は目をぱちくりさせる。
だが、すぐにまた柔らかい顔になる。
「うふふ、なるほどぉ・・・結婚したら、好きなだけ膣出しできるもんね」
「あ、あったりめぇよっ」
「あははははっ、単純!」
「け・・けっっ」

「ふふふ・・・・・・・・・でも、いいよ」

「・・え?」
「・・・だから、結婚・・」
静寂は優しい空気を運ぶ。
過ぎ去ろうとしている夏の置き土産。
祝福に満ちた時間。
全てが若い2人を同じ一点へと導いている。
舞子も敦もそう確信していた。
信じて疑わなかった。
だから・・・

――まさか、このあとに世にも恐ろしい出来事が待ち構えていようことなど、2人には知る由もなかった。


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