□ Page.18 『乙女の魔法』 □

 

大山高校は午前のカリキュラムを終え、昼休みを迎えている1年C組。
いつもの喧騒の中、敦は1人廊下へ出てゆく。
神社で舞子との一件があった日から、早1週間が経とうとしていた。

「(チッ・・)」
最近、完全に癖となってきたこの舌打ち。
舞子はあの日から学校を休んでいた。
沙弥に続き、舞子まで姿を消したC組女子の間では、ことあるごとに根も葉もない様々な噂が囁かれていたが、真相を知る敦にはそれが酷くうざったかった。
殴るまではいかないまでも、怒鳴りつけるくらいはしてやりたいこともしょっちゅうだったが、舞子のことを考えるとそれもどうかと思ってしまう。
憂鬱な毎日が続いていた。


        ▽        ▽        ▽


「んで、なっつ〜ん、最近梶本とはどうなんやぁ〜?」
「え?・・あ、まぁね、おかげさまで♪」
「え〜なぁ、え〜なぁ〜♪」
「叶浦、その節はホントにありがとね」
一方、廊下の隅、トイレの前辺りで雑談にふけっているのは、はじめと棗だ。
周りの女子たちから見れば、この1ヵ月くらいで何故か突然仲良くなっていた2人。
その真相は、例の梶本大介と棗の恋愛関係に直結していた。
大介への棗の密かな想いを見抜いたはじめが相談に乗り、うまくくっつけてやったのだ。
「なっつん美人やからな、くっつけるんも簡単やったで。あぁ〜・・えぇなぁ〜・・・ウチもその美貌にあやかりたいわぁ〜」
「え・・叶浦って高田と付き合ってるんじゃないの?」
「・・・エッ?」
比喩でいうならば、石化。
思いもよらない棗の言葉に、はじめがビシリと固まる。
少なくとも今までは、人前では敦とはわりとよそよそしくしていた。
だから、まさかそんなことをいわれるとは夢にも思っていなかったのだ。
「どっから・・・そんな話に・・・なるん・・・?」
「あ・・・」
棗は近くに他人がいないことを確認すると、声のトーンを落として続ける。
「実は、前に神社で高田にフェラってたところ見ちゃってさ・・」
「・・・あちゃ・・・」
はじめは顔の半面にぺしりと手を当てる。
例の神社は何回か会議に使っており、その度に口で敦の性欲を処理させられていた。
そのうちの1回を、棗に見られていたのだ。
とりあえず、この誤解だけは説いておく必要があった。
「ん〜〜、なっつん・・・今からゆぅんは、内緒やでぇ〜?」
「・・・?」
「説明しづらいんやけどな・・あれはちょっとちゃうねん。実はウチ、高田の方も恋愛関係の相談に乗ってやってるんよ」
「え・・・で、なんでフェラ・・?」
「そこはなぁ・・ちょっと話せへん事情が絡んでるんで詳しくいえへん・・せやけど、別に好きおうとるとか、そういうんやないんやでぇ・・ホンマ」
それっぽく適当なことをいい、上手くはぐらかそうとするはじめ。
だが、棗の追撃もわりとしつこかった。
「叶浦・・・まさか、高田に脅されてたりしない・・?」
「ちゃっ、ちゃうちゃうっ・・前にな、変な男どもに絡まれてるところを助けてもろたんよ。相談に乗ってるんは、そのお礼や」
「ふ〜ん・・・そうなんだ」
そうはいいつつも、棗は明らかに訝しげな目つき。
棗の思い込みの激しさには、はじめもいい加減舌を巻きたくなる。
だが、そこはやはり、性に関して棗よりも数枚上手のはじめであった。
少しだけ、あの魔女のような笑みを浮かべると、棗の耳元に小声で囁く。
「それに、なっつんは知らんやろうけどな・・・ウチ、こっちじゃ大人しくしとるけど、前に住んでた町じゃかなりの遊び人やったんやでぇ?初体験かて小4の時に3Pや。別に、今更フェラごときでキャーキャーいうようなカワイコちゃんとあらへんよ」
「・・・っ」
さすがの棗も『ぼぼっ』と顔を赤らめる。
だが、同時にはじめに対して憧れの念をも覚えるのだった。
「まっ、そゆことやから、ともかく心配はいらんでぇ〜」
「あ・・・噂をすれば・・・」
「・・・へ?」
『くいくいっ』と棗が小さく顎で示した先に敦の姿があった。
例の一件により、見て取れるくらいの怒気を放っているが、それに恐れをなすようなはじめではない。
「お・・じゃ、ちょい高田と話があるんで、ウチ行くわ」
「ん。じゃ、またあとで」
手を振って棗と別れるはじめは、とてとてと敦のもとへ向かった。

「高田ぁ、まだイラついとるんか?」
「っるせぇな・・」
はじめは敦からある程度の事情は聞いていた。
『相談に乗る』と持ちかけて聞き出したのだ。
だが、今回の件に関しては、正直はじめも口先だけでどうにかなる内容ではなかった。
「ほら・・まあ大丈夫やて。岡本ちゃんてわりと根性座っとるし、そのうち出てくるって・・」
「・・・・・・」
結局、交わされた会話はそれだけだった。
不機嫌全開の敦はそのままはじめを振り切り、階段を降りて行ってしまったのだ。

敦の姿が見えなくなると、はじめは1つ溜息をつく。
そして、小さくこう呟くと、自らも教室へと引き返していった。
「こりゃ、BC2016は次回に持ち越しやな・・」


        ▽        ▽        ▽


「ちょっと、コンビニいってくる・・」
「・・え?もう10時前よ?」
「わかってる」
「じゃあ、鍵もって行きなさい。お父さんとお母さん、あとで宮村さんのところ出かけるから」
「うん」
「・・あ、あと舞子。いい加減、来週からは学校行くのよ!」
「・・は〜い」
――ガラガラ・・
都会とは比較にならないくらい暗く静かな山神村の夜。
舞子は1人家を出る。
秋を感じさせる心地よい風が吹いているが、それも舞子の肌にはどこかよそよそしく感じられた。
「・・・・・・」
少し歩いているうちに、いつの間にか視線が足元を向いてしまう。
吐く息も、その30%以上は溜息なのではないかというくらい落ち込んでいる。
もう学校を休んで1週間になる。
正直にいうわけにも行かず、親には適当に『失恋』をほのめかすようなことをいってごまかしているが、それもさすがにもう限界に来ている。
今回の傷は相当に深いものだった。

「いらっしゃいませ」
コンビニに入ると、カウンターでマンガを読んでいる若い店員がお決まりの台詞を口にし、また目線を手元に戻す。
店内はガランとしており、客は舞子しかいない。
ここはいつもこんな感じだった。
夜の11時までやっているこのコンビニだが、こののどかな村で商売らしいことができるのは、実際午後8時までがせいぜいなのだ。
「・・・・・・」
舞子は一度お菓子コーナーを歩きつつ店内を見渡すと、くるりと回って雑誌コーナーまでやってくる。
――バサ
舞子は徐に少年漫画雑誌を手に取ると、それをパラパラとめくる。
内容を読むでもなくめくり終わると、また戻す。
そして、再度周りを確認すると、今度は1つ横の区画にある雑誌を手に取った。
『月刊Sweet☆peach』
まあ、どこにでもある低俗なエロマンガ雑誌だ。
妙にカラフルな表紙には、ウエイトレス服の可愛らしい女の子の間抜けなパンチライラスト、そしておバカな文句が描かれている。
だが、これでも一応舞子の愛読書であった。
時々、こうして夜遅くにコンビニに来ては、客のいない店内で毎号こっそりと立ち読みしているのだ。
舞子はまずパラパラとページを一通りめくる。
(・・あれ?今号は休載かな・・?)
内容に違和感。
今度は巻末の目次ページを開き、作品一覧に目を通してゆく。
(・・あった)

『インフェルノ・シティ 第7話  彩雲11型  ・・36P』
再びページ番号を見ながらめくっていくと、今度は目当てのマンガが見つかる。
それは短編メインの作品群の中では珍しい連載物で、業界の大御所漫画家が手がける人気シリーズだ。
どれも似通った薄っぺらい他作品群とは違い、細やかな世界設定の上に重厚なストーリーが展開し、流行に媚びない絵柄もまた、世代関わらず根強いファンを集めている。
開いたページには眼鏡&そばかすの愛らしい体操服姿の少女が、ありえないサイズのバストをいかつい男に揉みしだかれているシーンが描かれていた。
たしか前回まではストレートだったはずのそのヒロインが、今回は自分と同じような髪型に変わっていることに少しドキリとしつつも、舞子はそこでパタンとページを閉じる。
そして、それを手にしたまま、再びお菓子コーナーへと引き返していった。


        ▽        ▽        ▽


「有難うございました」
コンビニを出た舞子は、また暗い農道を歩いていた。
手にしたコンビニ袋の中には、サラダ味のパッキーと良茶の500mlペットボトル、そして『月刊Sweet☆peach』が入っていた。
――シャカ・・
舞子はそこから良茶を取り出すと、蓋を空けて口をつける。
それは種も仕掛けもないただのお茶なのに、何故か飲むと舞子の股間を熱くする。
少し前までは、普通に風味がお気に入りというだけで買っていたのだが、今は不思議な副作用目当てで飲むようになっていた。
今の舞子の頭では、もうこの良茶に秘められた謎はわからない。
だが、舞子の舌と体だけは、はじめの記憶操作をも跳ね退けていた。
以前、嵐の夜に学校の教室でドキドキしながら飲んだ敦の精液の味を、はっきりと覚えているのだ。
(・・・う)
こみ上げてくる何かに、舞子は自然に内股になる。
そして、それを意識し始めると、今度は『エッチできない体になってしまった』という喪失感が頭を苛み始める。
思春期真っ盛りの舞子にとって、それは翼をもがれた鳥も同然なのだ。
ポロリと一粒の涙が零れ落ちる。
(・・高田に・・会いたい・・)
心の中で小さくそう呟く。
(・・会いたいな・・)
また呟く。
『それが魔法の呪文となって敦を呼び寄せてくれるかもしれない』
そんな淡い期待が、舞子の足をあさっての方向へと向かせていた。
なんとなく一直線に家には帰りたくない気分の舞子は、散々あちこち寄り道をしながら帰ることにしたのだ。
そして、それから10数分後。
舞子は先程の魔法の威力を知ることとなる。

「お・・岡本・・」
「・・・えっ?」
舞子は弾かれたように顔を上げる。
そこに立つ少年の姿が、すぐには信じられなかった。
重かった心に小さな羽根が生える。
目の前に――敦がいた。
「・・いよぅ」
「こっ、こんばんは」
硬かった舞子の表情に生気が戻ってゆく。
それは、すぐにでも駆け寄って敦に抱きつきたいくらいのエネルギーだ。
だが、1週間前のことを思い出すと、それも虚しく空に溶けてゆく。

1週間前、セックスが失敗に終わったあの後、2人は一言も交わすことなくそれぞれの帰途についていた。
双方とも、頭の中でグチャグチャに混ざりあった感情を処理しきれず、相手にひと声かける余裕すらなかったのだ。
それは何とも気まずい別れ方だった。

「・・高田は、どこか行く途中?」
「ああ・・いや、今帰り。親父の友達んとこに届け物でさ。・・・・岡本は?」
「あ・・私はコンビニ」
そういって、舞子は無意識にコンビニ袋を持ち上げてみせる。
そして、1秒ほど経ってからその中身に気づいていた。
「ん?・・『月刊Sweet☆peach』・・?」
「・・・はわっ!?」
慌ててそれを下ろすと、あの困り笑いを浮かべるが、もう後の祭りだ。
だが、これは世界中で唯一、敦にだけならバレてもいいことだった。
舞子は一度すっと目を閉じると、また敦を見上げる。
「えへへ・・・リハビリ☆」
「・・岡本」
見開かれた舞子の眼差しは、とても優しい輝きを帯びていた。
そして、いつ涙をこぼし始めてもおかしくない儚さをも、また帯びていた。
「高田・・まだ、私のこと嫌いになってない?」
「あ・・・・あったりめぇだッ。な、何で俺が岡本のこと嫌いにならなくちゃいけねぇんだ!」
「・・よかった、嬉しい・・」
心を満たしていく安堵感。
舞子はここまでの15年と幾らかの人生の中、これほど嬉しくなったことなどなかった。
これまでのどの思い出にも勝る胸の温かさ。
その正体に舞子は今、やっと気づこうとしていた。
「・・ねぇ、高田。抱きついても・・いい?」
――ガバッ
無言の抱擁が、敦からの返事だった。
痛いくらいの圧力が、舞子には嬉しくてたまらない。
「あのね、高田・・」
「ん、なんだ?」

「すごい今更だけど・・・・・・・・好きだよ」

そして、2人は唇を重ねる。
これは双方共に種も仕掛けも複雑な事情もない――本当のファーストキスだった。


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