□ Page.20 『奈落の穴』 □

 

「・・・」
「・・・」
薄暗い夜の洞窟の中。
先程までの優しい空気はどこへやら。
息を殺して耳を澄ます舞子と敦がいた。

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

森から近づいてくる複数の足音。
その歩調のテンポには妙に抑揚がなく、生気というものが感じられない。
それが複数の人間のものだったとしても、全く会話がないのは不自然だ。
それは、どこか亡者の行進を思わせるものだった。

「(この足音、なんだろう・・)」
「(わからねぇ・・けど、やばい感じがする・・)」
「(・・どうしよう、もう入り口辺りまで来てる・・)」
「(落ち着け。やり過ごすことを優先に考えるんだ。こちらに気づかれない距離がある内に奥に逃げて、手探りで隠れる場所を探そう。もし見つかっちまったら、俺が・・何とかする・・)」
敦が舞子の手を引いて立ち上げると、2人は行動を開始する。
壁に手をつきつつ、安全を保てる範囲での最高速度で奥を目指す。
しかし、途中でうまいこと窪みになっている場所がないかと期待していたが、それは一向に見つからない。
やけに深い一本道が続いている。
「(この洞窟、どこまで続いてるんだ・・・)」
「(・・・怖い、怖いよ・・・)」
「(・・気をしっかり持て。もし本当に何かあっても・・俺が動けなくなるまでの安全は保障してやる・・)」

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

亡者たちの足音は、テンポを崩さないままついてくる。
相変わらず、会話・・いや声すら全く聞こえない。
『もし、これが本当に人間の足音ではなかったら』
そう考えると、舞子は更に震え上がるしかなかった。
「(ねぇ・・・ちょっと思ったんだけど・・)」
「(な・・なんだ?)」
「(この洞窟って何なんだろう・・どこに繋がってるんだろう・・)」
「(・・・・・・)」
「(もしかして・・・これって、神隠し伝説と何か関係ある場所なんじゃ・・・)」
「(へへ・・そうだったら、とりあえず岡本だけは帰れるな・・)」
「(・・・・高田・・)」

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

亡者たちの足音は洞窟の壁に反響し、先程までの2倍にも3倍にも聞こえる。
そして、それでも声は聞こえない。
舞子の中で、その認識はもう完全に『この世ならざるもの』になっていた。
そして、ここ山神村においては、『この世ならざるもの』といえば、誰もが思い浮かべるのは『神隠し伝説』だ。

 山神様の神隠し
 女は百回酒を注ぎ
 男は百の木を育て
 山神様に祈りなせ

神隠しにあった女は7日、男は一生帰れないというその伝説。
幼い頃に何度も聞かされ、脳裏に焼きついていたその恐怖は、舞子と敦の前に限りなく実体に近い形で迫っていた。
そう、少し引き返せば、すぐ対面できそうなところまで。

「(あ・・)」
その時、向かう先から、2人の目にあるものが飛び込んでくる。
それはまばゆいばかりの光だった。
「(あそこ、なんだろう・・)」
「(しまった・・・まさか明るくなってるなんて・・・)」
暗闇の中に身を潜めるつもりだった敦の読みは、もう完全に外れてしまっていた。

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

敦が一度振り返るが、更に大きくなった足音はそのまま音の障壁となり、帰り道を塞いでいる。
「(・・・もう引き返せねぇ・・・いくぞ!)」
「(はぁ・・・はぁ・・・・・うん)」
2人は壁から手を離すと、奥から漏れる光明を頼りに走り出す。
細い一本道を駆け抜けると、その奥に広がる恐ろしく広い部屋に出る。
そして、そこにある光景に2人は目を疑った。

「(な・・・マジかよ・・・)」
「(・・もしかすると・・・これが神隠し伝説の正体じゃ・・・?)」
真昼以上に明るいその部屋。
その部屋全体を陣取り、巨大なオブジェクトが鎮座している。
人間の身長では下から見上げるしかないそれは、真下から見ると、自らを支える3本の足を持った巨大な手術台のライトにも見える。
直径数百mはあり、あちこちに強烈な照明を仕込んでいる、何かの金属でできた円。
――いや、円盤。
よく見れば、100mちょっとほど先に、こちらに向かってカエルの口のように、パカッと入り口が開いている。

「(オイオイオイオイ・・・・・ユ・・UFOかよ・・)」
「(じゃあ・・後ろから来るのは・・・)」
「(来る前に隠れられる場所を探すぞ)」
「(え・・でも、こんながらんどうのどこにそんな場所が・・)」
「(灯台下暗しさ・・開いている入り口の後ろに隠れるんだ。後ろから来る奴らが乗り込んで扉が閉まったら・・ダッシュで逃げる!)」
「(う・・うん!)」
「(いくぞ!)」

舞子は敦の合図で走り出していた。
「(はぁっ・・はぁっ・・・!)」
首元にじわりと嫌な汗のかき方。
一瞬でも立ち止まれば何かに足を掴まれそうな、そんな強迫観念。
振り向きたいが振り向けない、コントロールの効かない視線は一歩先に行く敦の背中からはがす事ができない。
酷く、視界が狭くなっていた。

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

後ろからは、もうすぐ近くまで接近している例の足音。
だが、それがこの大部屋にくるまでには、2人ともUFOのハッチの裏まで辿りつける算段だった。
そう。
追っ手が急にペースを上げるか、こちらの移動ペースが急に落ちない限りは、それで十分成功するはずだった。

――ガッ
「痛っ・・」
敦は自分のすぐ後ろから聞こえた小さな音と声に、顔を蒼白にする。
これは今日2度目のことだった。
舞子がつまづいて転倒したのだ。
「(くぅっ・・!!)」
先程と全く同じところを足元の大きな石にぶつけてしまい、舞子の足は激痛に襲われている。
すぐに立ち上がって走ろうとするが、片足がほぼ麻痺していてそれはできない。
そして・・

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ
――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

足音は――足音の『主』たちは、今にもその姿を現そうとしている。
「(岡本!)」
敦の機転は素晴らしく迅速だった。
即座に身を翻すと、何とか移動しようとする舞子を担ぎ上げて一気に入り口を駆け上がる。
もう、追っ手に見つからずに入り口の裏側まで行く余裕はないからだ。
一瞬でも躊躇していれば、間違いなく見つかっていただろう。
それにある意味『灯台下暗し』といえば、これこそまさにそうかもしれない。
だが、これが果たして最良の選択であったかどうか。

敦は内心、自信が持てずにいた――


        ▽        ▽        ▽


円盤の入り口から入ると、そこは直径20mほどのやはり円形の部屋になっている。
前方と左方向に通路があり、壁や床や天井は見たこともない金属でできている。
また、何かの装置らしきいくつかの鉄柱が幾つか立っており、何とか2人が隠れられそうな場所がある。
敦は素早くそこを隠れ場所に定めると、舞子をかばうように身を潜めた。

――ザッザッザッザッザッザッザッザッ

すぐに、元の数に戻った足音が入り口を登ってくる。
その足音の主たちがどんな連中なのかはまだわからない。
だが、その連中をうまくやり過ごせれば、一気に脱出のチャンスがめぐってくるのだ。
敦は鉄柱の影かこっそりと覗きつつ、相手が視界に入るのを待った。

「(えっ・・?)」
舞子の横、敦は先程とは趣を異にした驚きの声を上げる。
「(・・どうしたの?)」
すかさず、舞子がそう尋ねる。
この状況において、近くにある情報を知らないということは、そのまま恐怖に直結するからだ。
「(女ばかり10人くらいいる・・・で、そのうちの1人は叶浦だ・・・あと、あのアイツもいる・・えっと、名前知らないけどアイツ・・あの馬鹿女・・)」
そこには12人の女子の姿があった。
年頃は皆同じくらいであり、その中にははじめと棗もいる。
皆、催眠にかかったような虚ろな目つきをしているが、それには2種類あった。
1つは、ぼーっとしたまま足だけが動いているタイプ。
もう1つは、それを先導するように動いているタイプ。
こちらは目線なども動いているが、動き方はあまりに直線的で機械的だ。
棗含む8名が前者、はじめ含む4名が後者だった。
「(なんか・・結構知ってる顔が多いような・・・)」
「(って、やべ、隠れろ!)」
つい顔を出してしまっていた舞子を、敦は自分ごと強引に引き戻す。
その顔には恐怖の色が濃く出ていた。
何かを、見たのだ。
「(・・・・・・)」
「(・・・・・・)」
「(今、明らかに人間じゃないのがいた・・奥の通路から出てきた・・4体いた・・)」
舞子は『4体』という数え方に身の毛もよだつような異様さを感じていた。
その横で、敦はしばらく胸を落ち着けると再び覗き込む。
そして、ゼスチャーで舞子を呼び寄せ、すぐ近くで同じように覗かせた。
「(あれだ・・)」
敦の示した先にいるのは、全身恐ろしいくらいに真っ白な人間型生物だ。
だが、とりあえず四肢らしきものはあれど、そこには一切の器官らしいものがなく、のっぺらとしている。
更に異様なのは、間接のない四肢の先には手先や足先といったパーツはなく、流線型を描いたまますぼまりきっていること。
あとは、頭部と思われる球形のパーツは肩の上、首に乗らずに宙に浮いていること。
そしてよく見ると、彼らは腰元に小判のような金属製の長丸型プレートをつけていることがわかる。

《てぃーん・とーん・たーん》
不意にそんな音がした。
音の発生源から、それが宇宙人の声ではないかと2人はすぐにめぼしをつける。
彼らに口らしき器官がないのではっきりはわからなかったが、どうやら正解のようだった。
《てぃーん・てぃーん・たーん》
《たーん・とーん・てぃーん》
《たーん・たーん・たーん》
他の1体がそれに返事を返すようにそんな音を出すと、そこからしばらく会話らしき音のやり取りが続いたのだ。
それがひと段落すると、彼らは二手に分かれる。
1体は棗たち8人の少女を先導するように左方向の通路へ消えて行く。
もう3体はそれを見送ると宙を滑るように方向転換し、それぞれはじめたちへと近づいてゆく。
彼らがはじめたちの腹部に手の先端を延ばした瞬間、そこにまたも恐るべき非現実が描かれた。
――ふぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・
そんな音を立てながら、はじめたちの腹部がゆっくりと切り開かれていく。
腹部の表皮だけが綺麗に真っ二つとなり、空中にスライドするように左右に外れていく。
いや、それは腹部ではなく『腹部パーツ』だ。
何故なら、その中には血液も内臓もないから。
その空洞内にはただ1つ、小さな金属の球体が浮かんでいるだけだ。

「(は・・はじめちゃん・・)」
「(あいつ・・・人間じゃなかったのか・・・)」
2人の額を冷や汗が伝う。
ともあれ、彼らが移動するまで、舞子と敦は待機を余儀なくされる。
息と恐怖を押し殺し、ただひたすら時間の流れるのを待つのだった――


        ▽        ▽        ▽


4体の宇宙人は去り、その部屋には6つの人影だけが残された。
柱の裏側に身を隠す舞子と敦。
そして、完全にうなだれて物言わぬはじめたち『4体』。
彼女たちは皆、同じように腹部パーツを解放したまま、その奥にある鉄球に壁から伸びるプラグを繋がれている。
『はじめたちは人間型アンドロイドで、今は機能を落として充電している』
それが舞子と敦の出した見解だった。
2人が恐る恐る柱の影から姿を現しても、ピクリとも反応しない。
この部屋も先程よりは幾らか安全な状態にあるといえた。
だが、舞子と敦の表情は暗かった。

「(どうしよう・・)」
「(・・・・・・)」
2人は入ってきたハッチの方を見て、途方にくれている。
そこは隙間なく閉じられていた。
UFOの外にいた時はこれもちゃんと計算に入れていたのだが、あまりの異様な光景の連続が記憶を飛ばしてしまっていたのだ。
「(・・奴らから、あのプレートを奪うしかない)」
敦はそういって拳を握り締める。
宇宙人たちが腰元にくっつけていたプレート。
彼らは、それを入り口近くにある装置のスロットにはめ込むことで入り口を閉じていた。
開けるシーンはもちろん見られなかったが、地球の常識から考えると、閉じている状態で同じことをもう一度繰り返せば開くという可能性が高い。
彼らはプレート以外、それらしいアイテムを全く所持していなかったからだ。
「(・・なるべく少数、できれば単独行動している奴を狙う・・)」
「(う・・うん)」
「(よし・・こっちだ。行くぞ)」
この部屋から伸びる道は前方と左方の2本。
4体いた宇宙人のうち、棗たちを連れた1体は左へ、残りの3体は前へと出て行ったのを見ている。
敦は舞子の手を引いて、左の通路へ入っていった。
――タッタッタッタッタッタッ・・
――タッタッタッタッタッタッ・・
走っている内に、敦の顔に焦りの色が出始める。
全く同じ内装で、緩やかに弧を描いて伸びるその通路はやけに長い。
どうもUFO内の外周をぐるりと回る通路らしかった。
そして途中、全く宇宙人に会わないまま、2人はもう随分奥まで来てしまっていた。
走っても走っても変わらないその風景は、不安だけを掻き立てる。
『引き返して前方の通路に行った方がいいだろうか?』
だが、敦の頭にそんな考えが強まり始めた頃、その通路にはある2つの変化が起きていた。
1つは先に行き止まりが見え、そこに何かの扉らしきものがあること。
1つは弧の内側の壁がガラスのような透明な材質のものに変わったこと。
圧迫され続けてきた閉塞感から逃れるためか、2つの視線は自然にその『窓』の奥をに吸い寄せられる。
そこは、この階層からそれぞれ上下へ2階層はぶち抜いているかと思われる、縦に長い円柱型の部屋だ。
その中は完全防音となっているらしく、音はここまで届かない。
見下ろせば、その部屋には複数の扉はあれど、先程の入り口付近のような装置らしきものはほとんどない。
だが、それ以上に目を引く物が視界に飛び込んでくる。
音もない静止画の部屋に、生々しく動く物体――いや肉体。
2人は同じタイミングで息を飲む。
そこには相変わらず異質であることに変わりはないが、若い男女の琴線に触れる光景があった。

「(・・・あっ・・)」
舞子の顔がみるみる赤らんでゆく。
異性への興味の90%近くは舞子に独占されているはずの敦さえも、下半身に血が集まっていく感覚を無視できない。
丸い部屋を横断するように8枚配置された、横1mx縦2mほどの白い長方形のタイル。
その上にそれぞれ、先程連れて行かれた棗たち8人の姿があった。
彼女たちはまるで家畜のように全裸に脱がされ、首からは数字のような文字の書かれたプレートを下げられている。
更に、皆一様に綺麗なくらい統制の取れた同じポーズをとらされている。
それは舞子と敦のいる窓の方角に頭を向けた形での四つん這い。
そして、それぞれが後ろに男を繋げていた。
「(・・あいつらは・・人間・・なのか・・・?)」
だが、棗たち女子はまだしも、男たちの方はひと目では人間かどうかの判別は難しい。
一応、シルエットだけを見れば、期間の場所や肉のつき方は間違いなく人間だ。
だが、彼らは先程の宇宙人ほどではないが真っ白な肌をしており、一切の体毛がない。
また、ぎょろりとした目元は窪んでおり、全ての歯が抜け落ちている者が多い。
肉体はしっかりしているが、彼らの顔はどこか老人のように見える。
それも80歳とも100歳とも・・いや、はるかそれ以上ともとれる。
――ゴクリ。
敦だか舞子だかが生唾を飲んだ。
男たちの動きは人間というよりは動物に近く見える。
高知能生物としての文化性のようなものを表す仕草は一切なく、本能からくるただ1つの命令だけを受けて動いている。

それは――交尾だ。

「(や・・・やだ・・)」
思わず両手で顔を覆う舞子の視線の先。
1人の少女の後ろでカクカクと腰を動かしていた男の動きが、突然テンポを変える。
同じペースで前後していたはずの腰は、ある瞬間からスピードを落とす。
そして、深くもう何度か前後運動を繰り返した後に、そこから離れた。
うなだれた男根から滴る白濁が、妙に淫猥だ。
だが、男は余韻を楽しむこともせず、そのまま後方にある扉の奥へと向かってゆく。
男が前に立つと扉は自動的に両開きにスライドする。
男が中に入っていくと、入れ替わりにまた別の男が出てくる。
扉がまた閉まると、出てきた男はそれが当たり前かのように、今、射精を受けたばかりの少女の膣にまた男性器を沈めてゆく。
「(・・・すげぇ・・)」
『やだ』とはいいつつも、舞子たちの視線はそこに釘付けだ。
よく知る顔も含む同世代の女子たちが、異質な空間で、異質なセックスをさせられている。
恐らく催眠状態にあるのだろうが、彼女らが一切の拒否も示さず、静かにそれを受け入れる様はエロティックの一言に尽きる。
今また、窓の下では棗とその右隣の少女が続けて射精を受け、パートナーを交代しているところだった。
「(・・・・・・)」
「(・・・・・・)」
男たちの合体から射精までのペースは短い。
たった1、2分見入っていた内に、全ての女子たちはそのパートナーを変えていた。
最初に射精を受けた少女に関しては、今繋がっているのがもう3人目。
そして、棗も今それに続こうとしている。
交尾は何の滞りもなく、効率よく続けられる。

その静かな生殖行為はこの後も延々と続けられることとなるが、上から覗く2人にはもう次の危険が迫りつつある。
だが、思春期ならではの敏感な感性が、今は逆に2人の判断力を鈍らせていた。


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