□ Epilogue 『宙(そら)の子供たち』 □

 

突き抜けるような大空の青。
燃え上がるような森の緑。
聞こえてくるのは、子供たちの笑い声とセミの声。
燦々と照りつける強烈な日差しが、山神村に新たなる夏の到来を告げる。

放課後、大山高校の校門で誰かを待っているのは、今年2年生になった岡本舞子だ。
腕で額の汗を拭く仕草が妙に堂に入っている。
相変わらずトレードマークは2つのお下げ。
これは今年の春に一度イメチェンしたのだが、結局彼氏に強い要望で元に戻したセカンド・お下げだったりする。
今日の彼女はどこか体調が悪いのか、その顔色はいまいち優れないようだった。

「お、岡本だ。彼氏待ち?」
「ん・・・・ふぅ・・あ、長森さん」
長森棗。
中学時代から去年の頭くらいにかけて、結構有名なワルだった彼女も、今はすっかり優等生で通っている。
美人で勉強ができて運動神経も抜群。
向かうところ敵なしの彼女だが、最近左手の薬指に小さな指輪をはめるようになってからは、その美しさに一層磨きがかかった感がある。
「そっちも?」
「ううん・・大介、今日は部活で遅いし、さっさと帰る」
「んっ・・そ、そっか・・・じゃ、また明日ね」

舞子にとって、去年はとにかくめまぐるしいくらい変化に富んだ年となった。
いいこともあったし、悪いこともあった。
特に人間関係だ。

郷田太一郎・葉子(旧姓:花見)。
大山高校を代表する人気教師だった2人は昨年末に結婚した。
女子たちの噂では年齢差の関係で花見の家族が反対したらしく、ゴールインまでこぎつけるのは結構大変だったらしい。
そして、今年からはもう郷田葉子を教壇で見ることもなくなっていた。
昨年度一杯で結婚退職した葉子は、今はお腹を膨らませた専業主婦。
だが、太一郎の持ってくる愛妻弁当は、相変わらず女子たちの冷やかしの的だ。

叶浦はじめ。
あの事件以来、舞子と敦からは少し距離が離れた彼女だが、相変わらず学校では気さくなキャラで通っている。
驚くべき彼女の秘密を知る舞子からすれば、ある意味恐ろしい光景だが、それはそれでまったりとした関係が続いている。
暗躍を繰り返して新たなる獲物を狙う傍ら、舞子に困り事あらば、頼りになる相談相手として胸を貸してくれるのだ。
だが、さすがの舞子も、はじめからの『うちに遊びにきいへん?』という誘いだけは断固断り続けている。

氷川沙弥。
もう、彼女をこの村で見ることはできない。
去年彼女を襲った陰惨なレイプは、その心を引き裂いただけでなく、肉体的にも大きな痛手を負わせていた。
事件のあと、妊娠が発覚して沙弥は退学処分、横の繋がりの強い村では家族ももうやっていけなくなった。
沙弥が子供を堕ろすことを決意すると、氷川家はすぐに荷物をまとめ、人知れず村を出て行ったのだ。
長い間音信不通が続いていたが、つい先週、舞子の元に『元気でやっている』と手紙が届いた。
この夏休みには感動の再会が予定されている。 

そして――

「おう、待たせたな、舞子」
ラフすぎる着こなし、ツンツン頭に野犬のようなギラつく目つき。
相変わらず、どこから見ても不良にしか見えない高田敦。
だが、去年よりはずいぶん大人しくなっていた。
ケンカより楽しいことが見つかり、すっかりそっちにかかりっきりなのだ。
「あ・・んーん、あんまり待ってないよ」
「・・なんだ、結構余裕かぁ〜?も少し待たせといた方がよかったかな?」
「げげっ・・そんなご無体なっ」
敦には去年のあの事件の記憶はなかった。
恐らく『彼ら』に消されたのだろう。
だが、舞子にはそれでもよかった。
こうして2人、無事に帰れたのだから。

あの不思議な事件。
宇宙人たちの目的が一体なんだったのか、今でも舞子にはわからない。
あのあと、再び目が覚めると家のベッドの上だった。
記憶操作か、もしくは暗黙の了解か――
コンビニに買い物に行った日から7日間が過ぎていたが、何故か両親にも学校の面々にも何もいわれず、また体毛を溶かされた敦も、安易に『ちょっとした病気』で片付けられていた。
虚ろげに残る、あの液体の中での記憶。
激痛の中、下腹部から大量の血を吹き、ぼーっとする頭の中で死を覚悟したあの出来事。
あの時、『死の痛み』だと思ったあれが何だったのか、今の彼女はどこかでわかっていた。
あれは出産だったのだ。
7日間という短期間の間にどんなプロセスを踏んだのかも、宇宙人たちが何の目的でそんな事をさせたのかも一切謎に包まれたままだが――舞子はあの時、敦の子を出産していたのだ。

「(ところでよぉ)」
一度辺りを見回してから、敦が声を細める。
「(『アレ』はちゃんと挿れてんのか?)」
「(う・・うん、ちゃんとスイッチも入ってるよ)」
舞子にいわれて敦が耳を澄ますと、かすかな何かの振動音が聞こえてくる。
その発生源こそ、今日の舞子がやや体調が優れないように見えた原因。
そしてそれは、舞子のスカートの中から響いてきていた。
急にニタニタ顔になる敦に、舞子は恥ずかしいような、それでいて何かを期待するような表情を作る。
「じゃ、今日も神社よってくか!」
「う・・うんっ」
今にもスキップを始めそうな足取りでズンズン先を行く敦。
舞子は妙な小股走りでそれに追いつくと、敦の耳元に小声で囁いた。
「(・・ねぇ、敦。今日は、お尻・・して欲しいな)」
「(いいぜぇ、ケツだったら遠慮なく中出しできるしな♪)」
「(もっ・もぅ〜・・そればっかりなんだから・・)」
「(べっ、別にいいじゃねぇかよぉ・・つか、いつになったら『膣出し』させてくれるんだよ〜)」
無邪気に『その行為』をせがむ敦を見て、舞子は思わずクスッと小さく笑みをこぼしていた。
あの恐ろしい異空間の中に置いてきた2人の愛の終着点、その記憶。
だが、舞子はそれを自分1人の胸の奥にしまっておくことに決めていた。
舞子と敦。
若い2人が再び『そこ』に達するのは、まだもう少し先のこととなるだろう。

「(だからぁ・・いつもいってるじゃない・・)」

見上げる優しい瞳に映る、突き抜けるような紺碧。
喜びも楽しさも痛みも苦しみも、全てを包み込む思春期の宙(そら)。
その広大な世界は、いつでも少年少女たちを静かに見守っている。


「――『膣出し』は結婚してから!」


〜Fin〜


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