□ Page.4 『異形遭遇』 □

 

その日の帰り道。
夕方までにはまだ時間があるが、空には黒々とした雲が出始め、日差しを覆いつつある。
舞子は途中でひと雨来るのではないかと内心ひやひやしつつも、沙弥と一緒に農道を歩いていた。

「あんまり、気にしない方がいいよ」
「うん・・そうだね」
「あの手の手合いは、舞子が過剰に反応すればするほど喜んでエスカレートするから」
「あはは・・なんか、ストーカーみたい」
「ストーカーみたいじゃなくて、ホント気をつけてないとストーカーになっちゃうわよ・・」
「・・あう」
持ち前のクールさは相変わらずだが、それでも沙弥は明らかに舞子を心配している。
舞子もそれがわかり、いつもより更に柔らかい笑みをこぼしていた。
それは、特別に親しい相手にしか見せない表情。
今のところは沙弥専用のとっておきだ。

「ところで沙弥?」
「ん?」
「朝の『ベストサムライ』じゃないけど、そのうち何か映画見に行こうよ」
「いいわよ、舞子は何が見たいの?」
「んん〜・・・『スパイマン』かなぁ〜」
『スパイマン』は最近公開が始まったばかりのハリウッド映画の人気シリーズだ。
謎の手術を受け、スパイに変身する能力を持った主人公の青年が悪と戦うといった内容のヒーロー物で、どちらかというと対象年齢は低い。
「くふふっ・・舞子らしいわ」
「え・・っとぉ〜。もしかして、ちょこっと馬鹿にされてる?私・・」
「うん、されてるされてる」
「ひっどぉぉ〜い!」
「ごめん、嘘。嘘よ。ふふ・・お詫びにおごるわ」
傍から聞いていれば、これは何気ない親友同士の会話だ。
だが、最後の一言に舞子は何か引っかかるものを感じていた。
知る限り、自分と沙弥の財政は似たようなものだったはず。
だが最近、妙に沙弥の金回りがよすぎるような気がするのだ。

「ねぇ、沙弥?最近、やけにリッチだけど・・何かバイトでも始めたの?」
「え・・・あ、ううん、違うの。ちょっと前に親戚のおじさんが東京から遊びにきてね、その時にお小遣いをがっぽり頂いちゃったのよ」
「ああ・・そうなんだ」
舞子はその後すぐにこの会話を流すと、また何気ない話題に花を咲かせ、沙弥と別れた。

「・・・・・・」
付き合いが長い舞子には、沙弥の嘘は容易に見抜くことができる。
沙弥は嘘をつく時、決まって同じ微笑を浮かべる。
ほんのわずかにポーカーフェイスが崩れるのだ。
先程、お小遣いの話をする時も同じ笑みを浮かべていた。
(やっぱり沙弥は・・私に何か隠してる・・・)
生温い風が吹き抜けてゆく。
舞子の肌を不快感が覆ってゆく。
すると、それが今度は舞子の別の病をも誘発し始める。

(う・・)
手先で腹部をさする。
鈍い痛みがあった。
それは、夏になると発生頻度が高くなる舞子の持病『便秘』だ。
(そういえば・・もう1週間目か・・いやだなぁ・・・)

暗雲は『早く帰らないと、ずぶぬれにしてやるぞ』とばかりに天を覆いつくす。
舞子は腹痛をこらえ、再び帰途に着くのだった――


        ▽        ▽        ▽


――パラパラパラ・・
結局、雨が降り出したのはあれから4時間近くあとのことだった。
大雨というわけでもなく、小雨なわけでもなく、ちょうど今の舞子の症状を模しているかのようだった。

「・・・んん・・!」
薄いピンクのチェックの入ったパジャマ姿の舞子は、自宅の洋式便器の上で何ともいえない時間を過ごしていた。
便意はあるはずなのに、いつまで経ってもお通じがない。
先日、母親に薦められた薬も大した効果は出していないようだった。
(・・・憂鬱。私を虐めるのがそんなに楽しいの・・ねぇ、便秘さん?)
こういう時は何か他に夢中になることがあればいいのだが、今はどうしても不快感が先に立ってしまい、あいにく何も思いつかなかった。

「舞子〜!」
その時、トイレの扉の向こうから母親の声が響いた。
「・・なぁに?」
「ちょっとお父さんと、宮村さんところいってくるから。11時前には戻るわ」
「はぁ〜い・・いってらっしゃい・・・」
玄関へ向かってゆく足音、玄関の引き戸が開閉される音、外で車のエンジンをふかす音。
舞子の両親はこれから用事ででかけるらしかった。
『宮村さん』というのは、ここらでは会長さんみたいな人で、太っ腹で面倒見がいい反面、大の酒好きでよく宴会を開いている。
(娘がこんなに苦しんでいるのに、たったの3人家族なのに、お父様とお母様は酒盛りですか・・いいわいいわ、いっておしまい(涙)
心の中で捨て台詞的な愚痴を1つこぼすと、舞子は今時分の置かれた環境に集中しようとする。
だが、その時、再び玄関が開かれる音。
「ああそうそう!便秘のお薬なら、お母さんの部屋の引き出しの2段目にあるから〜!」
「ちょっと、そういうことを大声でいわないでよぉぉ〜!!」
だが、交わされた会話は結局それだけだった。

(ううぅぅ〜〜〜〜〜〜〜・・)
すっかりふてくされた舞子は、便座に座ったままふとももの上に肩肘を突く。
(薄情者〜〜〜〜)
両親がいたところで何かの助けになるのかといえば、全くそんなことはない。
だが、この家に自分1人になってしまったことが幾らかの不安を掻き立てるのだ。
(・・・あ)

『この家に自分1人』
その環境を再確認すると、舞子はあることを思いつく。
一度パジャマのズボンを上げると足早に自室へと向かい、なにやらごそごそとやるとまたトイレにとって返した。

舞子はトイレの鍵を確認し、再び便座の上でズボンとショーツを下ろすと、部屋から持ってきたビニール袋を手に取り、封をとく。
「・・・・・・」
それだけで、舞子の心拍数は自分でわかるほど上がる。
中に入っているのは、やや異臭のする小さな水風船。
先日、沙弥と星を見に行った帰りに拾った使用済みコンドームだ。

(これってやっぱり・・・)
真っ赤な顔でそれをまじまじと覗き込む舞子は、今突然声をかけられれば気絶しかねないくらいのドキドキ状態だ。
こんな薄汚いゴム皮1枚が、舞子の頭の中では10のイメージにも100のイメージにも化ける。
(それしか考えられないよね・・)
あの日、沙弥と2人で山道を昇っていた時、3人の大学生らしき男女を追い抜いた。
スポーツマン風の体格をした男性1人と背が高く綺麗な女性2人で、小声でなにやら雑談を交わしつつ笑い会っている感じだった。
舞子はその3人組も自分たちのあとから、あの頂の開けた場所にやってくるものとばかり思っていた。
だが彼らは一向に現れず、2時間弱ほどして舞子が山道から滑り落ちた時、スカートに生暖かい粘液が生々しく残る『これ』がくっついていたのだ。
そこから考えられる大学生たちの行動内容が、舞子の興味をこれでもかと引き付けていた。
(あの人たち・・・あそこでエッチしてたんだ・・・)
「はぁ・・・はぁ・・・」
自然に吐息が荒くなり始める。
妄想は止まらなかった。
(それも・・・きっと3人で・・・)
山道で見かけた女性2人は双方とも大人っぽい色気を纏っており、舞子も『私も大学生になったら、こんな風になりたいな』と憧れんばかりの美貌だった。
その2人があんなくらい山の中で、淫らに腰を振り男を受け入れていたのだ。
3人だから、女性同士でも絡んだのかもしれない。
美女2人の絡みを見れば、男性の方も更に燃え上がったはずだ。
もしかしたら舞子が落ちてきたあの時も、見つけた洞窟の奥で第2ラウンドを楽しんでいたのかもしれない。
「・・・・・・」
誘惑――女同士のディープキス――生唾を飲み込む音――激しいセックス――絶頂――甘い叫び――パートナーを取り替えての第2ラウンド――使用済みコンドーム。

舞子の中を今、憧れと嫉妬の念が支配していた。
学校では『いいこちゃん』で通っている彼女だが、実のところ、こっち方面への興味は人一倍強い。
『大人っぽい』『カッコイイ』、それが舞子のセックスに対するイメージであり、彼女も自分の想像の中だけではいつも大胆なことをしていたりするが、現実は違う。
沙弥や棗と違い、舞子は特に美人というわけではない。
悲しいくらいに人並みだ。
だから、いかに憧れていても、自分には初体験の機会は訪れないのではないか。
常にそんな不安を抱いているのだった。
(・・・あ)
しかしそこで、舞子は1つ重要な出来事を見落としていた自分に気づく。

『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
そういえば、いた。
かなり大胆なのがいたのだ。
自分を犬みたいに4つんばいにさせて、後ろから繋がりたいと熱望している男子が。

(私を、バックからズコバコ・・・)
心の中でそれを繰り返すと、不意に肌の感じる空気の感触が変わる。
まるで、全身の肌が裏返ったかのよう。
今まで外面の空気を感じていた肌が、全て体の内面にあるものを感じ始めたとでもいうべきだろうか。
――ドクン・・ドクン・・ドクン・・
鼓動がその小振りな胸を揺らさんとばかりに内側から叩く。

「私を、バックからズコバコ・・・・・・ん・・んんっ!!」
全く同じ文句を、今度は小さく口に出してみる。
その瞬間、その言葉は舞子の内に渦巻く欲望と共に空気中に具現化した。
解き放たれた欲望に操られた指先が、それを最も欲している部分へと吸い寄せられる。
――くちゅ・・・ちゅちゅ・・ちゅむむっ
「ん・・んん・・・ふぅ・・ん・・」
指先が踊る花園はすっかり潤っており、こすられる度に淫猥な調べを奏でる。
それは舞子の頭の中にまで届き、更なる欲求を生み出してゆく。

『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
「あっ・・は・あんっ・・・やっ・んぅぅぅっ・・」
こうやって両親に隠れてするオナニーはそう珍しいものではなかったが、今回に限っては現実に事件が起こっているだけに、その昂り方は異常としかいいようがない。
舞子は自分の肉体が、完全に自らのコントロールを離れていく感覚を覚えていた。
少し冷静なら恐怖すら覚えかねないこの感覚だが、今は逆らうことが全くできなかった。

『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
「ふぅん・・んふ・・・・あ・・あぁぁっ」
『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
『1−C岡本舞子をバックからズコバコ犯りてぇ』
『1−C岡本舞子ヲバックカラズコバコ犯リテェ』
「・・やっ・・やだ、変になっちゃうよ・・・あぁん・・っ」
『1−C岡本舞子ヲバックカラズコバコ犯リテェ』
『1−C岡本舞子ヲバックカラズコバコ犯リテェ』
『1−C岡本舞子ヲバックカラズコバコ犯リテェ』
          ・
          ・
          ・
『1−C岡本舞子 ハ バック カラ ズコバコ 犯 ラレタイ』 

「・・・・・・!」
洗脳にも近い淫靡な呪文が舞子の中でその真の姿を現す。
・・その瞬間だった。

――ニュルロォンッ!

(・・・・・んうっ?)
瞬間冷却。
燃え盛らんばかりの性欲が、一瞬で消滅する。
(・・・え?え?え?)
ある1つの感触がその原因だった。
ちょうど肛門を『外側から』押し広げてゆくような感覚。
自分ではない何者かからの接触という異質。
それも入り口の鍵を閉じ、完全に密室となったこの狭い部屋の中でだ。
(・・・何なの・・?)
まずは接触部から身近にある指先が、その感触の主を探り当てに行く。
――ピト
指先が何かつるりとしたものに触れ、濡れた。
その何かがビクリとうねると、舞子は慌てて指を引っ込める。
(・・・何これ・・・?・・・魚?タコのような軟体生物?)

水洗便器の水面から自分の肛門までの間にある空間に――何かが『いる』。

そんなところにいてもおかしくないような生物など、もちろん舞子は見たことも聞いたこともない。
それに、たとえそれが魚なりタコやイカなりだったとしても、水面から直立して真上の肛門をまさぐるような真似はできないはずだ。
となれば、それは未知の生物なり妖怪の類なり、何かしら非現実的な存在であることは間違いない。
そしてそんな間にも、その何かの肛門への侵入は着々と進んでいた。
「は・・は・・・はぁ・・」
舞子は恐る恐る視線を下ろしてゆく。
少しずつ上半身を倒し、股の間から水面へと視界を押し込んでゆく。
便座カバーの上に1つ汗が落ちる。
平らでないとおかしいはずの水面が揺らめいているのが見える。
「・・・・・・」
勇気を持って、もう少しだけ上半身を倒す。

――すると、視線の先にそれは『いた』。

(・・・な・・な・・何よあれ・・・?)
便器の洗浄水の中に、たくさんの蛇に様なものが絡み合って蠢いている。
以前、舞子がSFモンスター映画で見た宇宙生物の触手によく似ていた。
不気味なくらいに原色の青と白で構成されたそれは鱗を持たず、わずかに落ちるこの部屋の電灯の灯かりをヌラヌラと照り返している。
そして何より恐ろしいのが、その内の数本が水面から這い登り、更に先端の1本が自分の肛門の奥へと滑り込んでいるのだ。
(に・に・に・・逃げないと・・・・)
――ニュルォンッ!
「・・んっ!!」
まるで舞子の意思を感じとり、それを封じにかかるかのように、先端の1本が更に奥へと這いずり込む。
そしてそれにあわせ、水の中にいる他の触手たちも小刻みに蠕動し、水面におぞましい波紋を立てる。
――ニゲルンジャナイ
舞子には、触手たちがまるでそういっているかのように見えた。

「・・は・・は・・は・・」
今にも途絶えそうな吐息。
先端の触手は途中で一気に速度を落としたものの、今もゆっくりとその侵入を深めている。
洗浄水の中の触手たちも時折ビチビチと跳ね回っている。
それは威嚇のようでもあり、また歓喜を表す行動にも見えた。
「・・は・・はぁ・・はぁ・・」
何の防御手段もとれない内臓を人質に取られては、舞子になす術などなかった。
せめて、この触手が自分の内臓に危害を加えないよう祈るくらいだ。
――ネロォッ・・ヌロロォォォォ・・
結構時間は経っているはずなのに、まだ侵入は止まらない。
冷静に計っているはずなどなかったが、それでも恐らくこの触手の50cm前後は腸内へと消えたはずだ。
どこまで入るつもりなのか。
この触手の目的はなんなのか。
腸内で何をしているのか。
舞子の頭にはそんなことしか浮かばない。
そして、それは恐怖しか生まない。
(・・助けて・・・・誰か助けてぇ・・・)
その瞳からは、いつの間にか大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。

実際は5分弱ほどであったが、舞子には1時間にも2時間にも感じられていたその出来事。
それは突如、終焉を迎えた。
――ビュルビュルビュルビュルビュルルルルッ!!
「はっ・・・いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

触手たちが今までの数倍の速度で何かをした。
それが舞子に最初に与えられた情報。
脳は悲鳴を上げろと指令を出し、それは即座に実行された。
そのあとに訪れた静寂の中、やっと舞子は自分の体の自由を取り戻す事となる。
先程のショックは、腸の奥まで入り込んだ触手が一気に抜け去った時のものだったのだ。

「・・・・・・」
もうあの感触はない。
視線を再び水面へと落とすが、もうそこには何もいなかった。
それどころか、いた形跡すらない。
水面は不気味なまでに静かな平坦だ。
「・・・・・・」
もしかしたら、自分はつい居眠りして悪夢でも見ていたのだろうか。
でも、それにしては余りにリアルな夢だった。
「・・・・・・」
とにかく考えても仕方がない。
舞子はとりあえず軽く尻を拭くと、ショーツとズボンをはきなおし、コンドーム入りのビニール袋を持って部屋へと戻ったのだった――


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