□ Page.5 『岡本の欠片』 □

 

次の日。
先日の雨はどこへやら、強烈な日差しが降り注ぐ快晴となった。
大山高校敷地内の一角では、絶えず水の砕ける瑞々しい音と、女生徒たちのはしゃぎ声が鳴り響いている。
舞子たち1年女子は、3・4時間目が水泳の授業なのだ。

「おい、金島。お前Aグループでよかったんじゃないのか?」
「えっ、50mは無理ですよぉ」
50人ほどの女子たちは水泳能力に応じてA〜Dグループに分かれ、それぞれのカリキュラムを進めてはいるのだが、実際のところはほとんどレクリエーションに近い。
皆楽しみにしていた猛暑のプール授業。
欠席者は先日登校途中に大怪我を追った3人の女生徒だけだった。

「ところで先生〜」
「ん?」
「最近どんな感じなんですか」
「何がだ?」
「決まってるじゃないですか〜」
「は・な・み・せ・ん・せ・とですよ〜」
「お、お前らも本当にその話題好きだなぁ・・」
監督をしているのは、花見葉子と並び大山高校屈指の人気教員、郷田太一郎だ。
激しく時代遅れのリーゼントとシャワシャワとした顎ヒゲ、たくましい肉体、趣味はサーフボード。
昔はワルでならしていたらしいが、歳も40を越えた今はすっかり気のいいおじさんだ。

「はぁ・・おい、岡本。あいつらになんとかいってやってくれ・・」
「あはは・・」
噂好きの女性と立ちに責め立てられ、たじたじの郷田。
彼が助けを求めてくると、舞子は思わずあの愛嬌たっぷりの困り笑いだけを返し、水中へと消えた。

――ゴボゴボゴボ・・
舞子は水泳はわりと得意な方だし、それ以上に好きだ。
体を包む水が心地よく、舞子の体はその悦びを発散するかのように、滑らかな動きで水中を進んでゆく。
(やっぱり、夏はプールに限るね♪)
舞子は朝から、何故だか妙に体調がよかった。
体は軽やかで、肌もいつもより瑞々しく張りがあるような感じがする。
それに、ちょっとやそっと動いたくらいでは全く疲れを感じない。
結局、昨晩も今朝もお通じがなかったにもかかわらず、腹痛もお腹が張るような感じもない。
とどめは腕の火傷である。
昨日見た時はかなりはっきりと跡になってしまっており、これが原因でプールに入れないのではないかと心配していたのだが、先程包帯を取ってみると、その跡は何故かもう随分回復していたのだ。

その原因がなんなのかと考えるのは少々気がひけたが、何はともあれ好調だった。


        ▽        ▽        ▽


水泳授業の後。
ちょっとした事件が起こった。

(・・・ない)
周りで他の女子たちが着替えを進める中、舞子はなにやらがさごそと自分のバッグの中を漁っている。
そこにあるべきもの。
いや、なくてはならないはずの『あるもの』が見つからないのだ。
着替えの早い女子たちは、もうすっかり着替え終わって部屋を出て行く者もちらほらでている。
舞子の顔がだんだん蒼白になってゆく。

「(どうしたの、舞子?)」
舞子の表情に何かを察し、小声で話しかけてきたのは沙弥だ。
彼女は今来たばかりのようで、未だ水着姿だった。
「(どうしよう、沙弥・・・・ないの)」
「(ないって・・何が?あ・・・・・もしかして、下着?)」
「(うん・・)」
「(・・ったく、最低な奴もいたものね・・・・ふむ、ちょっと待ってて)」
沙弥は一度、そこを離れる。
そして、自分のバッグの中に手を突っ込んで何かを掴み、戻ってきてそれを舞子に差し出した。
「(これ・・着替え用にもってきた新しいのだから、貸してあげる)」
「(うぅぅ〜・・・沙弥、ありがとう〜〜)」

全身の着替えを余儀なくされる水泳の授業を利用した下着盗難事件。
被害者となった舞子であったが、親友である沙弥の機転でなんとか難を脱したのだった。


        ▽        ▽        ▽


その日の夕方。
山神村全体が真っ赤に染まる頃。
村の外れにある小さな神社の境内に腰をかける敦の姿があった。
そして、しばらくすると鳥居をくぐってやってくるはじめの姿も現れる。

「おう。叶浦、おせぇぞ」
「ちぃと待たせてしもうたか、堪忍な〜」
はじめは愛嬌たっぷりにペロリと舌を出しそういうと、敦のすぐ横に腰を下ろす。
そして、早速話を始めようとする敦を手で制し、カバンの中をガサゴソとやり始めた。
「へへへ〜・・ちょいまちィ、今日は土産があるんよ」
「土産?」
「あったあった、これやぁ〜♪」
『ジャジャーン』とばかりにはじめがカバンから取り出したのは、純白な女性もののショーツだった。
一瞬何のことだかよくわからず、しばし呆けていた敦の表情に、あのニタリ顔が戻ってくるタイミングではじめも同じ表情を作る。
「それ・・・・岡本のか?」
「ふふふ・・あたぼーや」
「ハッハハハ!叶浦でかした!」
「な?な?な?ウチ、役に立つやろ!?」
敦ははじめからショーツを受け取ると、恥ずかしげもなく頬擦りし、匂いを嗅ぎ、しゃぶりつく。
目の前にいるのがはじめ以外の人間であれば、さすがに敦も恥が先に立つが、彼女だけは別だった。
自分の内面をほとんど知られている上に、一昨日忠誠のイマラチオを受けさせた間柄だからだ。
もう、彼女の前では恥も外聞も存在しなかった。
「ハァ・・ハァ・・岡本ぉ〜、いい匂いだぜぇ〜♪」
「あはは・・そうそう、それバッチリ染みつきやでぇ〜?」
「スゥ〜ハァ〜・・俺、岡本の小便なら飲めるぜぇ・・」
敦の喜びようは相当なもの。
それを横から眺めるはじめも、心の底から楽しみを表現する魔女の笑顔を見せていた。
「何やったら、他の女子のもあるで〜?」
「・・あん?」
「誰やったかな・・ああ、A組の美穂やんや・・」
「・・いや、そっちはいらねぇけど・・・なんで、そんなんまで持ってくるんだ?叶浦、お前レズか?」
「あははは・・んなあほな。ウチはのオマタについてるんは穴ぼこやで?棒のついてる方にしか興味あらへん」
「・・じゃあ、何でだよ?俺へのサービスのつもりなら、岡本以外はお断りだぜ?」
「ああ、ちゃうちゃう。高田が一途なんはわかっとる、単なるネタ作りや♪」
そういって、はじめはからからと笑って見せる。
それは、他人を容赦なくだますことのできる人間の笑い方だった。

「さて・・じゃあそろそろ本題にいってもいいぜ」
「おおきに〜」
敦が折を見てそう切り出すと、はじめは嬉しそうに胸の前で開いた両手を合わせ、媚びたような表情を作る。
2人がここに集まったのは、これからの行動方針などについて話し合うためだ。
舞子を狙う敦と謎の新聞の記者はじめは一昨日タッグを組むことに決めたからだ。
「じゃあよ、叶浦。まずお前のことについていろいろ聞きたいことがある」
「おお、何でも聞いたって〜」
「まず、叶浦があの新聞を書いている理由が知りてぇ」
敦が切り出したのははじめ自身のプロフィール要求。
何もかも筒抜けの敦に比べ、はじめは今もまだ何重にもベールを被っているわけで、タッグを組む以上、それは当たり前の要求だ。
会議第1回目の今日は、どうやらほとんどこれだけで終わりそうな感じだった。
「ウチの・・使命やからや」
「使命だぁ〜〜??」
「せや。どうにもこうにもここの村の連中は、セックス関連の事情について遅れすぎとる。だから、ウチが皆の興味を引くような話題を提供して、導いたるっちうわけや。まああれや、性の伝道師ってやつやな」
「・・・要は楽しいからやってるんだろ?」
「コホン・・・・まあ、そーともゆう」
ツッコミが図星だったのか、はじめはわざとらしい咳き払い1つをはさみ、人差し指を立てつつ短く弁明する。
敦は少々呆れ顔をしつつも、言葉を続けた。
「じゃあ、昨日とか自分で張り紙を破ったのは?」
「ああ、カムフラージュや。ウチも普段は結構いいこちゃんで通っとるからな。それに、もうすっかりクラスの話題に上ったあとなら、破り捨てても問題あらへん」
「・・たしかに」
どこか、うまくはぐらされたかのような気もしないではなかったが、ここまでは敦も何としても知りたいものではなかったので流すことにした。
「まあいい。じゃ、あとはこれからどんな動き方をしていくのか、そっちのプランを聞かせてくれ」
「ほいほい、待ってたでぇ〜♪」
「・・『コレ』を咥えながらな」
そういって敦が指差したのは、もちろん自らの股間だ。
「え・・・そ、それじゃ、よう話せへんやぁ〜〜〜ん!」
「そこらへんは上手くやれ」
「とほほ・・」

それから30分ほどだろうか。
敦とはじめ、2人の会話と行為は両方ともタイミングよく終わっていた。
「ほな、今日はそろそろにしとこか。お疲れ様」
はじめが上目遣いにそういうと、その口の中に生々しくこびりつく白濁がねちゃねちゃと淫靡な音をたてる。
今日は敦の射精を口内で受け止めたのだ。
はじめはわざと見せ付けるように、それを舌でかき混ぜてから、ゆっくりと飲み下す。
「はよ、岡本ちゃんの○メコにも同じことできるとええな♪」
愉悦の表情を見せる敦にそう一言残すと、はじめはカバンを拾い、何故か鳥居とは反対側へと抜けて行く。
口内射精の余韻に浸っていた敦だったが、それを疑問に思い、ほんのワンテンポ遅れて振り向いた時には、もうそこにはじめの姿は跡形もなくなっていた。
かすかに敦の記憶に残っていたのは、聞いたこともない『ヴィィィ・・ン』という謎の音だけだった――


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