5 半霊さんの、斬れぬ触手などあんまりない
にょきにょき、うにゅにゅにゅにゅ〜。
怪樹はアッという間に成長し、幽大で美しい日本庭園を覆い尽くしていく。
冥界の名園・白玉楼の象徴たる桜の大樹(西行妖)を凌駕し蠢くソレは、墨染の桜の幽雅さとかけ離れた醜悪な瘴気を放つ。
「ねえ妖夢、アレは何かしら?風流の欠片も無い。あれじゃあ花見も出来ないわぁ〜」
冥界の管理者たる亡霊の姫は呑気に嘆息する。その幽雅な美貌に、微塵の怯みも無い。
「幽々子様は花より団子では…って今そんな場合じゃ…」
生真面目な従者は食いしん坊な主人が腹をさすっている様に呆れ、気が抜けたその刹那。
ビュル…ギュルルルルルッ!ビュル!ビュルルッ!ビュン!無数の蔓の鞭!
「っ!?幽々子様っ下がって!!!」
人符『現世斬』
ギィィィィィン!!!
半人半霊の少女、魂魄妖夢が幼き身の丈を超える長刀・楼観剣を一閃。
神速の剣気に大気が震え、直後視界を覆い尽くす膨大な蔓は、微塵と失せる。
怪樹本体の脅威は健在だが、再生にしばし裕余がありそうだ。
「御無事ですか幽々子(ゆゆこ)様!!」
「ええ、貴方のお陰でね」
あっけらかんと微笑む主にホッとしつつ、妖夢は内心ほぞを噛む。
(っ…私が未熟で油断するから…私がこのお方をお守りしなきゃいけないのに!)
「幽々子様!貴方に仇為すこの怪物は私が滅します。西行寺家警護役・魂魄家二代目当主の名に賭けて!」
「頼もしいわねぇ♪それじゃあ妖夢…」
「はい!」
「…下がりなさい。あの存在には、私が死を与えましょう」
「お任せ下さ…ゆ、幽々子…様?」
(そんな…私が未熟だから…お役に立てない、と?幽々子様…っ)
意気込む少女の碧い瞳に困惑が浮かび、主の言葉で失望に変わっていく。
「あの怪樹は危険だわ。今の貴方では勝てないでしょう。私に任せ…」
「…嫌です」
「妖夢?」
「私はお嬢様の警護役なんです。主を戦わせ、従者の私が退くなどッ!」
「利き訳なさい妖夢。貴方は弱い。私の方が遥かに強いのよ?」
白玉楼の主にして冥界の管理者。死に誘う程度の能力を持つ亡霊の姫君。
魂魄妖夢の主である西行寺幽々子は幻想郷でも屈指の賢者にして実力者である。
「わかってます!分を弁えぬ事も!ですが!それでは…私は何の為に、貴方にお仕えしているんですか!?幽々子様に守られてるんじゃ私の存在意義は無いんです!私が!頑張らなきゃ…っ」
「妖夢…はいはい、分かった。もう好きになさい」
生真面目で愚直なまでに忠実で従順な従者の、頑なな反抗。
人間でいえば十代前半に見える、幼い少女の碧き瞳に、不退転の決意。
(やれやれ…困った子ね〜)
「お任せを!幽々子様は手出し無用に願います!」
「…無理はしないで頂戴、妖夢」
(これは下手に助けたら機嫌損ねちゃうわねぇ、どうしたものかしら?)
愛娘同然の従者の頑固さに、苦笑が漏れる。
ひたすらに愚直で生真面目で、主より弱い己の未熟を恥じている。
そんな可愛い従者の脆いプライドを傷つけぬ為、見守るしかない、と諦める。
「御心配には及びません幽々子様!私は白玉楼で唯一の戦闘タイプの自機!簡単には負けません!」
敬愛する主の檄に、少女の胸は少年のように血気逸る。
これでやっと、幽々子様のお役に立てる。
幽々子様の目の前で敵を始末すれば、きっと私を認めて下さる筈ッ。
「覚悟しろ化け物めッ!幽々子様に仇為す殆ど全てを!我が剣が斬るッ!!!」
(決まった…!見ていて下さい幽々子様っ!)
…標的の怪樹は既に再生し、再び脅威が迫っていた。
主人の前で大見栄を切った妖夢は、決意も新たに楼観剣そして小太刀・白楼剣の二刀を構える。
(もう二度と幽々子様に手出しはさせない!こちらから仕掛けるッ!)
ザッ!!!
人間を遥か超える身体能力で白砂を蹴り、一気に間合いを詰める。
残像を残すほどの速度で駆ける少女に追随出来る存在は、半人半霊の片割れたる青白い人魂のみ。
ビュル…ギュルルルルルッ!ビュン!…ギィン!ザシュ!
白銀の髪をなびかせ、怪樹の触手を紙一重の体捌きでいなし、刹那の瞬間居た少女の身体は消え、触手は細切れとなっていく。
だが斬った端から再生増殖し、少女の視界全てが毒々しい弾幕で覆い尽くされる。
「はぁ…はあっ…くっ…!…はああああっ!!」
回避不能と判断した妖夢は殺到する触手に自ら突貫、裂帛の妖気を込めてスペル発動。
死生剣『衆生無情の響き』
斬撃一閃。海が割れるように触手の壁が両断され、その直後。
剣より夥しい弾幕がばら蒔かれ、炸裂。斬り裂かれた怪樹の蔓を焼き尽くす。
「…決まった!」
会心の一撃に思わず拳をグッと握る妖夢だが、その余裕はすぐに凍りついた。
「はぁ、はあっ、そんな!まだ再生するなんて!」
斬っても斬っても無限に蠢く触手。発動できるスペルにも限りがある。
次第に息も上がり、少し眩暈も覚える。
半分幽霊故に低めだった体温も上昇し、白く可憐な顔も赤みを帯び始める。
身体が熱く、時折みょんな衝動が胸から下半身から、湧き上がり妖夢は困惑する。
「はぁ…んっ…はっ、ふぁ…くっ!この程度で…情けないっ」
この変調はきっと、己の未熟さ故。耐えなければ。
今為すべきは、主の敵を斬るだけ。
唇を噛みしめ、剣を振るい続ける…。
(はぁ、はぁ…くっ、蔓を斬っても埒があかない。本体は…何所!?)
ビュル!ビュル!キィン!怪樹に接近する程に激しくなる触手の弾幕を斬りつつ、焦る妖夢。
「敵は!全部!斬ればいいんだあぁぁぁ!!!」
断命剣『冥想斬』
キィィィィン!ギギギギキィィン!!!
…触手、再生。
「はぁ…はあっ…んっ、くっ…はあっ、妖力が、持たないっ」
ビュル!ビュゥン!ギィィン!…カリカリカリ…
「っ!ぐぅぅっ!」
高速の触手弾幕を迎撃が間に合わず、グレイズ(身体に掠らせて回避)が多くなっていく。
気が付くと、仕立ての良いエメラルドグリーンのベストはボロボロに破け、胸元の黒い可憐なリボンも千切れる寸前。
返り血のように浴び続けた怪植物の汁は、黒いカチューシャで纏めた白銀のショートボブからYシャツ、緑のスカートにまで染みていた。
「くっ、幽々子様の前で…不様な…っ」
戦いの最中にそんな事を思い患うは未熟なのだが、このままではいけないのも事実。
(奴の本体は…上に在る筈!見つけて、斬る!!)
「はあああっ!!!」
白砂を蹴って跳躍、怪樹の頂上目指し、飛翔する。
空中戦に移行するや、前後左右360度から触手の弾幕が襲い来る。
弾幕ごっことは違う、少女を獲りに来る、本物の悪意。
ビュルビュルビュルルルルッ!
ヒュン!キィン!カリカリカリ…ギンッ!
「はあぁっ!くううっ!やああっ!…んあっ?はぁ、はあっ、本体はっ…何所なの!?」
怪樹の急所を見抜き斬らぬ限り、勝ち目は無い。
その急所を見破る術を持たず、徒に剣を振るい続ける妖夢だが。
「はぁ…はあっ…はっ…くはっ…は…ぁ…」
息があがり、二刀を振るう細腕は鉛のように重く。
残機無限の怪物。少女に残された力は、疲労困憊の身体と残り僅か2枚のスペルそして。
挫けぬ闘志。主の信頼に応えたい、一途な想いのみ。
「はぁ…はぁっ…負け…られ、ないっ!私がっ!幽々子様を守るんだぁぁ!」
半身に全霊を込める。半霊の妖力を借りて、限界ギリギリの突撃を敢行する。
夥しい触手の弾幕を、斬り、避わす。気合で避わす!避わす!避わす!
「はぁっ、はあっ、んくっ!はっ、はあっ…くっ、このまま…じゃ……はっ!?」
(この方向を斬った時だけ、反撃が激しい?もしかして…この先に、近付かれたくない、なにかが…)
文武両道の賢い少女が見抜いた、突破口。
弾幕が一番激しい場所こそが、怪樹の急所に違いない!
確証は、無い。だが。
「賭けるしかない!化け物めっそこを押し通り、斬るッ!!!」
ビュル…ギュルルルルルッ!!ビュルビュルビョルルルルッ!!!
急所に近付かせまいと、今までで最高密度の触手弾幕が魂魄妖夢を阻む。
「くっ!なんて弾幕っ!?回避しきれな…っ」
回避する隙間は無い。
「がああぁっ!どけえぇぇっ!」
人鬼『未来永劫…』
全身全霊を賭けた最期の奥義を放…つ寸前。
「っ!最後の切り札を、使う訳には…いかないっ!」
消耗しきった妖夢に残された、唯一の勝機。
ここで使ってしまえば無限再生する触手に飲まれ、敗北するのみ。
ラストスペルは、敵の最期の弾幕の奥に在る筈の、本体に、決める!
ビュル…ギュルルルルルッ!!ビュルビュルビョルルルルッ!!!
「はぁ!ふぁ!くぅぅぅっ最期の…気合避けだあぁぁぁぁっ!!!」
ビュルビュルビョルルルルッ…カリカリカリカリッ
「ぐっ…うぅぅぅぅっ!……よ…し…グレイズ、成、功…っ」
最期の力を振り絞って身を捩り、触手を身体に掠らせいなし、遂に怪樹の本体に迫る妖夢。
「よしっ!これさえ凌げば…勝てる!」
ビュルビュル…カリカリカリ…にゅるるるるっ。ぞくぅ!
「え…?」
ゾクゥ。ビクン。力が、抜ける。触手に幾度も擦られたベストは破け、胸元のYシャツに染み込んだ粘液により、白い軟肌が透けてしまっている。
その膨らみかけたばかりの幼い起伏を舐めるように触手が這いずっていく。
ゾルッ…ズル…にゅるるるるぅ。ゾクゾクゾクッ!ビクン。
「んっ…ふああああっ!?んっ、ふあっ…やだ…からだが…うごか…な…」
…がくん。
「あ…あ…そん…なっ…」
ニュル…ニョル…ゾルルルルッ!
ギュル!ギュル!ギュルルルルッ!
力尽きた少女の全身が触手に捉えられ、蹂躙されていった…。
祝!みょん東方神霊廟自機
という訳で?つづく。
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