ある町に甘い林檎を使ったタルトが評判のタルトの店がありました
林檎の季節にはいつも長い行列ができます
タルトを作るのは3人の職人達
レシピは100年前から変わりません
さすがに職人は別の人に変わりましたが、味は全く変わりません

ところが、ある年は材料の甘い林檎が全くとれませんでした
店に入ってくるのは、甘くない林檎ばかりです。そこで

1人目の職人は、かつての甘さに少しでも近付くようにとレシピを改良し、よく似た味のタルトを作りました
2人目の職人は、伝来のレシピに手を加えず、甘くない林檎で甘さ控えめのタルトを作りました
3人目の職人は、甘くない林檎を焼き林檎にすると甘い林檎のようになることを発見し、焼き林檎を作りました

さて質問です。あなたはどの職人に共感しますか?
さて問題です。どの職人が一番良い評価を得たでしょう?


Please fight! My Knight.
第4章
『赤の救援隊』


1、
語り カメラアイ

 今から約1年前、暗黒戦争後期。マルス王子率いる解放軍はここグルニア王国を”通過”した。
 ドルーア帝国皇帝メディウスを討つために必要な神剣ファルシオン。それを奪った魔王ガーネフの放つ暗黒魔法の『マフー』を打ち破れる唯一の魔法、『スターライト・エクスプロージョン』生成の核となる2つのオーブ…光と星
のオーブを手に入れるため、グルニア南方にあるラーマン神殿を訪れる必要があったからだ。
 しかし、ドルーア帝国による大陸支配の最後のシンボルであったアリティア王国(アリティアの初代国王は約百年
前にメディウスを封印した英雄アンリの弟だった)をも解放した解放軍の侵入を、たとえ辺境だったとはいえ黙って
見過ごすことは、かつて大陸最強と謳われ、しかし今連敗中の軍事大国グルニアにとっては許されないことだった。
 また解放軍側も、一刻も早くオーブをマケドニアにて待つ大賢者ガトーの元へ持っていくためにも(ガトーはマル
ス自身が来るようにと言ったので、別働隊を派遣するというわけにはいかなかった)、南方のグルニア首都の近くに
ある港を押さえ、そこから海路でマケドニアに向かうことが1番早いという結論に達していた(一部にはグルニアに
よる追撃やマケドニア竜騎士団との海上での挟み撃ち、手薄になったアリティアへの再侵攻を危惧する声もあったこ
とを追記しておく)。
 故に、解放軍がグルニアへの報復のための進軍ではない、あくまで通過したいだけだ、戦いを挑むつもりは無いと
宣言しても通じるはずもなく(だがマルス王子は何度もその旨をしたためた書簡をグルニア王やカミュ将軍に送った
し、また、アカネイアのニーナ王女を交え、カミュ将軍に剣を収め軍を退かせるよう直談判している)、両軍は王国
各地で連日の激戦を繰り広げる。
 …やがてグルニア王都は陥落、グルニア軍を率いていたカミュ将軍は戦死、グルニア王は解放軍に対し降伏した。
しかし、勝者であるマルス王子はグルニア制圧のための部隊を置かず、全軍をマケドニア行きの船に乗せた。
 なぜ制圧部隊を置かなかったのか?それは侵略目的ではないという意思を貫き通すため。退路無き海上でのマケド
ニア竜騎士団襲撃に備えるため。シーダ王女の説得を聞き入れたロレンス将軍が率い、ロジャーが所属していたグル
ニア鉄騎士団を中心として、ジェイクが所属していた木馬隊の生き残りらが自衛に徹すると誓ったためである。
 しかし、大きな誤算があった。黒騎士団は全滅したわけでは無かったのである。グルニアは長きに渡り、黒騎士団
を中心として纏まっていた軍事国家。解放軍に敗れはしたが、全滅したわけではない黒騎士団を支持する民衆は未だ
多くいて、国王の決定に対し不服を申し立てる者が後を絶たなかった。そして、生き残った黒騎士団…当時、魔王ガ
ーネフが支配していた魔道王国カダインに出張していた部隊…の帰還を心待ちにしている保守派の民衆が大半を占め
ていた。故に元々反戦派だった国王らによる実質的自治はうまく進まなかった。
 やがて、ガーネフの死を知ったカダイン魔法学院に追い出される形でグルニアに帰還した黒騎士団残党は、大きく
様変わりした(彼らや保守派の言葉を借りるならば”惨状”)王国を…軍では自分達より下級だった鉄騎士団や木馬
隊らが幅を利かせている現状を…目の当たりにし、言葉を失った。
 やがて状況を把握し、民衆の声を聞き入れた黒騎士団残党は、パージ将軍をリーダーに、ゲリラ活動を開始する。
カダインで得た”ある情報”と”あるもの”を支えとして…。


2、
語り カメラアイ

「が、かつての黒騎士団ならともかく、全盛期の1割程の今の黒騎士団の戦力じゃ、統一アリティア相手に互角の戦
いなんかできやしない。せいぜい旧グルニア内での小競り合いが精一杯。はあ…それじゃいたずらにこの辺りの治安
を悪くするだけだってのに」
「結局、涙を流すのは力のない人々だけなんですよね…」
「だからこそ、私達はここを選びました。雲の上ではなく、地に足をついて人々とまじわう者だからこそ見える事、
聞こえる声、差し伸べることのできる掌があると信じて」
「わかってるよ、レナさん」

 薄暗い廃教会の中、憂う様に1本の杖を見つめる赤毛の尼僧・レナを中心に、彼女を気遣うように見守る元盗賊の
ジュリアン、まだ少しあどけなさを残す尼僧のマリアらは語らっていた。
 ここはグルニア城南方にある村…だった場所。ここは解放軍がグルニアを”通過”した際に、訳あってマケドニア
から追放されたレナの祖父が彼女を待っていた場所だった。レナはそこで1本の魔法の杖を受け取る。だが、それは
グルニアへの反逆行為とみなされた。パージ将軍らの帰還後、村の者は全員辺境の山奥へと追放され(命を奪わなか
ったのは、慈悲深さを強調して民衆の支持をより強固なものにするためのパフォーマンスであったから。無論、必要
あらばいつでも処罰を追加できる用意はなされていたし、”運悪く山賊等に襲われる事”もあるかもしれない、とい
う警告もなされていた)、残された村はロジャー率いる治安部隊との小競り合いの末、半壊し、取り残された。
 その後、そう間を置かずして、内乱によって住む地を追われた難民達が、北にある城にいる元国王と実質的に旧グ
ルニアを取り仕切っているロレンス将軍に事態の早期収束を求めるため、ここに移り住んだ。
 早期収束の手段は大別して3つ。
 一つは、統一アリティア軍の力を借りての黒騎士団残党討伐。
 一つは、ロレンス将軍が黒騎士団残党に全権を譲渡すること。
 一つは、元国王を頂点とし、統一アリティアから独立すること。
 それぞれに笑う者と泣く者があり、それぞれに支持する者と反対する者がいて、それぞれに新たな災いの火種があ
る。故にここに集まった難民達の訴えが纏まる事はなく、もう一つの小さな内乱を起こすだけの結果となった。
 レナを中心とし、ジュリアン、マリア、ナバールら解放軍の猛者達と、彼女らの行いに心打たれた人々をようする
慈善団隊、通称”赤の救援隊”がこの村を訪れたのは、その小さな内乱が暴徒達を生まんとしている、まさにその時
だった。
 解放軍最強との呼び声高きソードマスター・ナバール(最強候補は他に傭兵オグマ、草原の狼ハーディン、風の魔
導師マリク、カチュアら天馬騎士三姉妹などの名前が挙がっていて、実際誰が最強なのかは不明である)の剣が暴徒
達の手にある武器を次々に弾き飛ばし、同時に戦意をも吹き飛ばす。前線の非常事態に混乱状態に陥ったその隙を突
いて、ジュリアンが暴徒の中心らしき者達を拘束する。こうして戦意を失わせた所に、マリアが怪我人達を治療し、
レナが人々を説得。こうして暴動は寸手の所で回避された。が、人々、そしてこの地が受けた傷は深く、レナ達には
見捨てる事などできなかった。
 どこかの山奥に追いやられたという祖父をはじめとした元の村人達の安否も気にはなるけれども、それよりも今は
目の前の人々を…。リーダーのレナの決断に異議を唱える者は誰一人いなかったという。

「ジュリアン、食料の残りはあとどの位?」
「芳しくないな。ロレンス将軍も援助してくれているとはいえ、こっちの手持ちはあと3・4日分ってとこだ」
「そう…」
「レナ、治療の杖も足りないよ。カダインまで行って仕入れて来た方がいいよ」
「そうね…では、私とジュリアンと、あと何人かで明日の朝カダインに行きます。マリアさん、ナバールさん、留守
中はお願いしますね」
「了解」
「心得た。…だが、もし黒騎士団やゲリラが来たならどうすればいい?」
「いつものように、まず説得して下さい。ですが、皆さんの身の安全を第一に考えて。やむをえない場合は…」
「いつものように、武器を取り上げる戦いをする事を誓おう」

 目を瞑りそう答えるナバール。かつて殺人剣と恐れられた彼の剣は今、優しさという鞘に納まっている。暗黒戦争
終結後、彼は誰一人として斬ってはいない。それはレナ達がそう変えたのか、それとも彼自身のもう一つの顔か。

「…ジュリアン、リーダーの事は頼んだぞ」
「わかってる。レナさんには傷ひとつ…いや、レナさんだけじゃない。”みんな””誰も”傷付けさせるものか」

 ナバールの声掛けにそう答えたジュリアンは、ぱしっと拳を鳴らせた。


3、
語り ピンゾロ

「今から今月の給料を渡す。各自、間違いは無いかちゃんとチェックしておけー!」

 結界を張り終え基地に戻って数日後の夕食の後、私は食堂に集まっていた面々にそう告げた。一人約千枚の金貨。
それがここの隊員達の給料だ。私は帳簿とにらめっこしながら、一人一人に給金の入った革袋を渡していく。

「キャブ、お前の分の給料だ」
「ありがとうございます。……副隊長時代と変わらない様ですが」
「先月いっぱいの働きの分だからな。それと、私はこれからもお前に対して給与面での待遇を変えるつもりはない」
「…なぜです?もう、俺は副隊長ではなくなったというのに」
「シーダ王女からの頼みだからだ。それと、これからも私はお前に期待している……これでは不満か?」
「……正直言って、そうですね」
「ま、気にするな。もらえる物はやると言っている内に黙ってもらっておくのが利口というものさ」
「タダより高くつく物は無い、とも言いますけどね」
「タダじゃないさ。これからも給料分働いてもらう。…覚悟しておけ」
「了解」
「うむ。次は…」

 給料を渡しながら、私は耳に入ってくるキャブとダイトリォの話し声に耳を傾ける。

「よかったっスね、キャブさん」
「扱いは一般兵だが仕事量は副隊長並…そう宣言された様な物だがな。ある意味性質が悪くなったも同然だ」
「それだけキャブさんが凄いってことっスよ」
「………そうか、俺は凄い、か」
「?キャブさん?…オイラ、何か気に障る事を言ってしまったっスか?」
「…いや、なんでもない。気にするな、ダイトリォ」

 …キャブはこの部隊きっての巨漢で弓の名手。しかし、本質は2年程前に私と出会うまで戦いとは縁の無かった、
まだ19の元羊飼い。兵士として…人殺しの道具として立派だと認められる事に抵抗があるのだ。暗黒戦争中期(だ
と思う)、焼き払われた小さな農村。たった2人生き残ったキャブとダイトリォ。そこに流れ着いた私。生きていく
ためにアカネイア軍に入った2人…。
 当時の私はまだ探し物の旅の途中だったため(まだ探し物が手に入ったわけではないが)、アルツの様に2人を養
子にすることはできなかった。2人を救えたはずなのに、結果戦いに巻き込んでしまった。愚かだ。無力だ。いつだ
って、私はこうなのだな…。


4、
語り カメラアイ

 翌朝。ここアリティア城の玉座の間では、いつもの様に会議が行われていた。メンバーもいつもと変わらぬ面々…
マルスを筆頭に、シーダ、ジェイガン、ミネルバ、ハーディン、ドーガ…に、今日はシーダ直属の近衛兵で元傭兵の
フォーレスト・オグマが加わっていた。

「それでオグマ、昨夜閃いた案というのは?」

 マルスがオグマを呼んだ理由、それはグルニアの現在の詳しい内情を知るために”赤の救援隊”と接触する方法と
して、いい案があるという報告をシーダづてに聞いたからだ。

「知っての通り、”赤の救援隊”が食料を仕入れる場所として考えられるのは、南マケドニアかカダインだ。だから
両方に兵を送って待ち構えていればいい。しかし、救援隊は中立を貫く身。おいそれと軍隊が大っぴらに接触するわ
けにはいかない。そこでだ、救援隊が軍隊だとわからない連中を使うんだ」
「軍隊だとわからない…スパイかなにかか?」
「その”なにか”の方さ、参謀。第11混成部隊…奴らを使う」
「何…?」
「あの部隊の殆どはまだ実戦を知らない無名のヒヨッコ共だ。身なりで誤魔化せば、少々ガタイのいいあんちゃんで
通るだろう。それに、先日エリス王女が戻られた…つまり結界が一番しっかりしている時期ってわけだ。2・3日基
地を空けても、ゲリラ共に手は出せないさ」
「むう…しかし、黒騎士団はどうする?先日のようにマケドニアに部隊を送られては、空の基地を乗っ取られてしま
うが」
「何も全員を投入しろとは言ってないさ、ハーディン卿。ピンゾロやロックロック…か?面の割れてる強者は基地に
置いておく。送るのはあくまでその他のヒヨッコ共だけさ」

 その提案に、シーダ以外の皆がざわめく。その意図を代弁するかのように、マルスは口を開いた。

「だけどオグマ、それでは送り出したメンバーがあまりにも危険だ」

 殆どが約半年前まで民間人だったという第11混成部隊の面々。実戦らしい実戦を経験した者は数少なく、その危
険度は計り知れない物がある。しかし、彼らの直属の上司たるシーダは譲らない。

「マルス様、心配はありません…ピンゾロ隊長は訓練の際、まず身を守る事を重点的に教えていると報告にありまし
た。それに、新兵といえど半年の訓練を積んでいます。ですから最悪の事態は起こらないと思います」
「シーダ姫の申す通りだ。それに、南マケドニアとカダイン、両方の小隊の連絡役兼司令塔として、カチュア副隊長
について行ってもらう。ファルコンの速さなら、一日に数往復は可能だし、もしもの時の戦力としても申し分無い」

 カチュアの名が出た時、マルスとミネルバは少し動揺した。昨夜の件がある。もし、パオラが脱走したとなれば、
カチュアの苦労は水の泡と化す。苦労に苦労を重ねても、徒労に終わる…。

「……またカチュアに苦労をかける事になるな…」
「……マルス様……」

 マルスがカチュアの身を案ずる言葉を呟いた時、シーダは憂いの瞳をもって彼の方を見た。オグマも一瞬シーダの
方を見つめ、大きく溜め息を吐くと、マルスに強く言い放った。

「マルス王子、今一番大切なのは正確なグルニア内部の状況を知る事だ。それとも何か、このまま後手後手に回り続
けるつもりか?先日の補給部隊襲撃を忘れたのか?」
「オグマ…でも、僕は」
「…この際はっきり言おう。あれは情報さえしっかり押さえておけていれば防げた事態だ。シーダ様やエリス王女、
参謀補佐らを危険に晒したのは王子、あなたがそうやって甘い事を言っていたからだ」
「オグマ殿!!」
「…失言はいつか何らかの形で責任を取るさ、参謀。だがな、失言は償えるが、人の命はそうはいかない。それだけ
はわかってもらいたい……俺の話はこれで終わりだ」

 それだけ言い終わると、オグマは両腕を組み壁際にもたれ掛かった。ジェイガンはそれ以上何を言っても無駄だと
察したか、苦渋の表情でマルスに決断を迫る。

「……王子、決を」
「ああ………第11混成部隊の半数を”赤の救援隊”との接触・情報入手作戦に投入する。賛成の者は手を挙げてほ
しい」

 ……これには、ミネルバとマルス以外の決定権を持つ者…ドーガとオグマ以外…が渋々と挙手した。

「ふむ…第11混成部隊の最高意志決定権所持者であられるシーダ様が賛成とあらば…決まり、ですな」
「……作戦指令書を作成する。実際に投入されるメンバーの選別は現地指揮官のピンゾロ隊長に任せるということで
いいね、シーダ」
「はい、マルス様」
「一応、護衛として狼騎士団から南マケドニア地方にビラクの隊を、カダイン方面にザガロの隊を出しましょう。警
邏の抜き打ち強化という体で。王女、これくらいは構わないだろうか?」
「ええ、そうですね。お願いします」

 ハーディンの申し入れを素直に聞き受けるシーダ。議題は次の課題へと移った。…ただ一人、何やら考えているミ
ネルバを無視して。

「では次の議題に移る。先日バレンシア王国より帰還したカチュアの報告書によると、向こうはこちらに親善大使団
を送ってくるらしい。そうだったね、ミネルバ参謀補佐」
「………」
「参謀補佐?」

 マルスの怪訝そうな声掛けに、はっとなるミネルバ。

「こほん。ああ、失礼しました。はい、バレンシア王国のアルム王は我々と友好関係を結びたい、そしてこちらの魔
法文化と向こうの魔法文化の交換留学を前提とした交流や貿易等をしたいと申しております。なお、この魔法文化の
交換留学ですが、魔王ガーネフが台頭する以前の旧カダイン王国魔法学院と旧アカネイア王国が共同して過去に何度
か行っていたという実績があり、今回の大使団の一人にカダイン魔法学院に留学していた魔導士…向こうでは賢者と
呼ばれているそうですが…を派遣したいとの事です。いかがなさいましょう?」

 ミネルバの問い掛けに、腕を組み思案するマルス。

「そうだね…僕としては民間レベルでの貿易や交換留学はまだ早いと思う。参謀補佐、君はどう考えている?」
「そうですね、旧マケドニアでは、彼ら…当時はソフィア王国でしたが…から天馬を輸入し、武具を輸出しておりま
した。カチュアの…上級天馬、ファルコンをご覧になった方はご存知でしょうが、向こうの天馬は大変に質がよく、
旧マケドニアの白騎士団でもソフィアの天馬の血を継ぐものは重宝されておりました。私個人の意見としましては、
なるべく早く貿易を開始し、空軍強化のための天馬輸入をと思っております」
「確かに、空軍の強化がなされれば、我々狼騎士団では周りきれないマーモトード砂漠やタリス島といった辺境地域
への警邏も容易となりましょうな」
「ええ、マケドニア地方の封鎖と旧マケドニア竜騎士団の壊滅によって、竜騎士の数が激減した今、あのファルコン
のような機動力をもつバレンシアの天馬は大きな力となりましょう」
「そうだね…だけど、まずは親善大使団を迎えることからだね。参謀補佐、彼らはどこに上陸すると思う?」
「……そうですね、地理的に考えて、グルニアの西の港に着くかと思われます。向こうがこちらの国内情勢を知らな
ければの話ですが」
「やはりそうか…グルニアの内乱、早く収めなければならないね。もし、仮にわかっているとすれば?」
「新しい大地の隆起が無ければ南マケドニアでしょうが、今は寸断されていますからね…カダインか、ペラティでし
ょう」
「しかし、新しい大地の隆起によって、南西海域の海流が大きく変わったとダロスの報告がある。中央のカダインや
ペラティへの上陸は、初めてではほぼ無理でしょうな」
「ジェイガン…やはりグルニアか。参謀補佐、大使団の出発はいつかわかるかい?」
「いえ、近日中とだけ…向こうも大陸統一直後のため、色々とあるのでしょう」
「そうか…グルニアの内乱が収まってから、来てもらいたいな…」

 しかし、その願いは大きく外れる事となる。


5、
語り セリカ

「前方やや右、岩礁発見!………回避完了!!」

 上空のクレアさんの声が元気よく響く。航海4日目、私達バレンシア親善大使一行は順調に統一アリティア王国へ
の海路を進んでいた。

「セリカ、この分だと、あと1日2日ってぇところで目的地に着くぜ」
「そうですか。…思っていたより随分早いですね、バルボ船長」

 バルボ船長の言葉を受け、そう返答する私。ちなみに、私の身分はあくまでミラ教の神官剣士となっている。私が
王妃であることはバルボ船長以外の船員の皆さんには秘密にしている。バルボ船長は私達がまだミラ神殿を目指して
旅をしていた頃、海賊ダッハのアジトに殴り込みをかけていた船乗りさんだ。その後、私達はバルボさん達と協力し
て海賊ダッハ一味を成敗し、バルボさん達はその恩義に報いるため、私達の旅の仲間になってくれたという経緯があ
る。

「ああ、天馬騎士様のナビの効果も大きいが、海流がいい方向に激変してるからな。新しい大地様々だな。がはは」
「でも、そのために今まで使っていたマケドニアの港へは行けなくなってしまったのでしょう?」
「なに、大陸は統一されたんだろう?なら心配いらんさ。今まではマケドニアとだけ交易してたから、マケドニアま
で行ってたが、統一された今、今度からはどこに停泊してもいい、ってえ事だろ?」
「まあ…そうですね。これからはマケドニアと交流するのではなく、マケドニアを含めた統一アリティア王国と交易
するのですから。他国を通過することによる関税や通行証などの問題はありませんね」
「ま、ワーレンやペラティといった東側のデカい港街は、新しい大地に海路を分断されて、閑古鳥が鳴いているだろ
うがね」
「バルボ船長はそこまで行った事があるのですか?」
「いんや、行った事は無い。それどころか長距離海路も数年ぶりだ。俺達の村は近海漁業が主だったからな」
「…大丈夫なのか?」
「心配しなさんなって、えーと、シリウスの旦那。海路が長いか短いかの違いだけで、やる事ぁ同じだからな」
「そういう物なのか?…その発言は、何かたくさん敵を作るような気がするが(筆者注・筆者は山生まれ山育ちなの
で、海や船の知識は皆無に等しいのをご理解ください…間違ってても、ツッコまないでね?うふ)」

 やや呆れた声…表情は額から鼻上までの仮面に覆われてよくわからない…でそう答えるジーク将軍、もとい旅の騎
士シリウスさん。それを受けて、バルボさんはがははと豪快な余裕の笑い声で答えた。

「ま、船長の俺はこんなだが、他の船乗りは近隣の村や港から交易に長けた面子を集めたからな。心配無ぇよ」
「そうか。ならば問題は無いか…」
「それよりもセーバーさん、皆はどうしていますか?」
「ああ、ソニアの船酔い以外はどうって事はない」

 ソニアさんは初めての船旅のため、初日から激しい船酔いに悩まされていた。隻眼の魔戦士セーバーさんは、続け
て一つの吉報を口にしました。

「それどころか、何か今朝から魔力が戻ってきているとかなんとかリュート達が言ってたな。おかげでソニアの介抱
もジェニーがやってくれているが、多少なりとも『リカバー』の魔法が効いてくれるせいか、ソニアの体調も少しは
マシになってきている」
「そう。私の方はまだ魔力が戻った感じはしないけれど…もしかしたら、アカネイア大陸に近付いているおかげで戻
ってきているのかもしれませんね」
「もしそうだとすれば、クリフやティータを救う手立てになるかもしれんな。第2便が送れるならば、二人を船に乗
せるのも一つの手かもしれん」
「シリウスさん…やはり、ティータさんの事が心配ですか?」

 これにはなぜか何も答えないシリウスさんでした。


6、
語り カメラアイ

 変わってここ第11混成部隊基地では、朝食を終えた隊員達が、それぞれの日課…体力作りの走り込みだったり、
実戦を想定した訓練だったり、夜営の者は仮眠を取ったり…をこなしていた。
 そんな隊員達の様子を隊長室の窓から見ていたピンゾロは、いそいそと自分の給料の金貨の中から幾らかを革袋に
詰めて、出かける準備をしていた。その時、ドアがノックされた。

コンコン

「入ってくれ」
「失礼します」

 ピンゾロの返事を受けて入ってきたのは、食事の後片付けを終えたカチュアだった。

「副隊長、私はこれから南の街へ行かねばならない。帰りは…そうだな、早くて明日深夜、遅くて明後日の朝になる
だろう」
「お一人でですか?」
「ああ。ロックロックに頼まれた”お代”の調達と、個人的な用事もあってな。それで私が戻ってくるまでの間、隊
長の全権限を預かっていてもらいたいんだが」
「つまり、私が隊長代理というわけですか」
「そうだ。何、結界も新たに張りなおされた今、マケドニアをどうこうしようとする輩も現れんだろう。副隊長には
隊員達の訓練の相手や指導などをしてもらいたいと考えている」
「わかりました。ですが、もし隊長個人宛てに指令が来た場合などはどうしましょうか?」
「その時は副隊長の判断に任せる。何、異論は挟まんさ。何せ全権限を預けているのだからな」
「…わかりました。お引き受けします」
「うむ。…すまない」
「いえ、これが副隊長の仕事ですから。お気をつけて行ってきてください」
「ああ、ありがとう。それと、私のいない間、ここにある物は自由に使ってもらって構わないからな」

 そう言って革袋と背負い袋、そして”相棒”の包まれた革布を掴み、ピンゾロは隊長室をあとにした…この時はま
だ、さして重大な事態になるとはこの基地にいる誰もが思ってもいなかった。


7、
語り カメラアイ

「お帰りなさいませ、シーダ様」

 キュロットスカートを穿いた小柄なメイドのアルツは、玉座での会議から自室に戻ったシーダを笑顔で迎えた。

「湯浴みの用意はできています。今すぐ準備しましょうか?」
「そうね、お願いできるかしら」
「はい!かしこまりました」

 湯浴みの準備に取り掛かるアルツを見やり、疲れた顔で椅子に腰掛けるシーダ。

「ふう……オグマには後できちんとお礼を言っておかないと…」
「オグマ様がどうかなされたのですか?」

 うんしょうんしょと防水用のなめし革のシートを運んでいた…身の安全のため、シーダは浴室に行かず自室に湯を
張った桶を用意し、そこで体を清めるのだ…アルツは、首を傾げ問い掛けた。

「ええ…今日の会議で、私の言いたかった事を代わりに進言してもらったの。汚れ役になってもらったって事よ…」

 憂うシーダに思わず見惚れてしまうアルツ。が、はっと我に返ったアルツは、シートを部屋の真ん中にひき、大き
な桶をこれまたうんしょうんしょと運んできた。

「…よいしょっと。あ、リンダ様準備できました。お湯を沸かして下さい」

 アルツは部屋の外で待機していた宮廷魔導士のリンダにそう告げると、『ファイアー』の魔法でホカホカになった
お湯をバケツで運んできた。大体10往復くらいで風呂桶7分くらいにはなる。

「シーダ様、ボクは何があったか存じませんし、ボクが口を挟む事ではないと思いますが、オグマ様はきっとシーダ
様のためならと喜んでやったのだとボクは思いますよ」
「アルツ…」

 湯を溜め終わり、今度は部屋のカーテンを閉じながら、アルツは慌てて謝罪する。

「ご、ごめんなさい!部外者のボクが生意気な口をきいてしまって」
「いいのよ、アルツ。おかげで少し気が晴れたわ。ありがとう」

 そう言ってそっとアルツを胸に抱きしめるシーダ。しかしその鼻がひくひく動く。

「…アルツ、あなた、最後にお風呂に入ったのはいつ?」
「あ、あの、えっと、その……いつ、だったかな……ご、ごめんなさい!!…臭い、ましたか?」

 うろたえるアルツを見て微笑むシーダ。

「いいのよ。別に責めているわけではないのだから。ただ、お風呂に入る暇も無いくらい忙しいのかと思って」
「いえ、そんな事は…って、別に仕事をさぼったり手を抜いたりしている訳ではありませんが、でも…」
「でも、なぁに?」
「でも、その…シーダ様が桶で身を清めていらっしゃるのに、使用人のボクなんかがあんな立派なお風呂をいただく
なんて…その…」

 目を逸らしてそう言い訳するアルツに目線を合わせ、ちょんと鼻の頭を突付くシーダ。

「ウーソ。本当は恥ずかしいとか、そんなでしょう?」
「ウウウウソなんかじゃ、その、決して、あの」

 図星をさされて慌てふためくアルツ。その様子を見てシーダはぷっと吹き出した。

「アルツの気持ちはわかるわ。だから、今日は一緒に入りましょう。私がアルツを洗ってあげる」

 シーダの衝撃的な発言に、全身の毛を高ぶらせて驚くアルツ。

「ええぇっ!?でも、そんな、シーダ様にそんな事をしていただいたら…」
「でも、体が汚いままだったら、折角メイド姿も板についてきたのに、クビになってしまうわよ?」
「ですけど、ボク……」
「いいから。今日だけ。ね?」

 そう言って反論しかけたアルツを黙らせ、シーダはぱぱぱっとメイド服を脱がせていく。ちなみにこのメイド服、
作業効率を上げる為、見た目よりも単純な構造をしており、早着早脱ぎが可能である。
 あっという間に上半身を裸にされてしまったアルツ。胸板はぺたんとしており、その背中には大きな赤黒い2つの
傷跡が痛々しく残っていた。この傷跡が恥ずかしかったのだろうか?いや、その秘密はまだ脱がされていないキュロ
ットスカートにあった。つまり…

「はーい、あんよを上げてくださーい」
「シーダ様っ、ボク、ボク…」

 キュロットスカートだけは脱がされまいと、必死に掴み上げるアルツ。しかし、暗黒戦争初期から解放軍の天馬騎
士として慣らし、今もって現役であるシーダの腕力に子供の腕力が敵うはずもなく、やがてずるりと濃紺のキュロッ
トスカートは脱がされてしまった。
 今、シーダの目の前にあるのは白いガーターストッキングに包まれた幼い足と、それとお揃いのショーツ、そして
それに包まれた………半勃起の無毛包茎オチ○チン(←伏字になってない)。
 衝撃!なんとアルツはオトコの娘だった!!…バレバレでしたか?

「ふふ…可愛いわよ、アルツ…」
「うう…恥ずかしいです……。ボク、男の子なのにこんな格好して…おかげで男風呂にも女風呂にも入れなくて…」
「そうだったの……じゃあ、今度からはここで一緒にお風呂に入りましょう?私だけお湯を使うのは勿体無いし…」

 観念したアルツのガーターベルトやストッキングを脱がしていくシーダ。最後にショーツに手をかけて…

「…マルス様に気持ち良くしてもらうだけでは、王妃として失格だものね?」

 そのままスルリとショーツを脱がすのだった。その後の事は、二人だけの秘密…。


8、
語り ピンゾロ

 私達の基地を除き、マケドニア地方で唯一人間が暮らしを営んでいる南の岬の港町。他のマケドニアの港で暮らし
ていた漁民達や商人達の一部が集まって新たにできた港街だ。今の所、特に名前は無い。我々も港とか街とか言って
いる。ここに来る船は、旧アカネイア王国地域からの物が多い。新しい大地が旧グルニア王国地域の南に隆起する前
は、グルニアやカダインからの船も来ていたのだが…。
 この港街の治安は良い方だ。何せ、我々大11混成部隊のお膝元だからな…と言いたいが、そうではない。ただ、
旧アカネイア周辺やワーレン、ペラティ、グルニア西の港といった、統一アリティアが発足し、新しい大地が隆起す
る以前の主だった港や繁華街が急速に過疎化し、治安が悪化している。それに比べれば、という話なだけだ。
 まず私はなじみの薬草専門店に赴いた。ロックロックに頼まれた”相棒”の修理の”お代”を買いにきたのだ。

「おや隊長さん、いらっしゃい」
「えぇとな、”ルイジマン草”をあるだけもらえないか?」
「へい、毎度あり!」

 ちなみにルイジマン草とは、心臓の病気に効く薬草だ。こんなものを大量購入して、あいつは何をするつもりなん
だ?この間は、”メルタリオマ”という下痢止めの薬草を大量に買わされたが…。

「ルイジマン草が…全部で7キロ半ですから、しめて金貨825枚ですね」
「825枚な…ほら、これで丁度だ。荷物は後でもらいに来る。それまで預かっておいてくれ」
「畏まりました、隊長さん。…ああ、そうそう。隊長さん、こいつはいかがです?」

 やれやれ、また怪しい煎じ薬でも勧められるのか、と思い断ろうとしたその時だった。店主が棚から出してきた瓶
に、私の目は奪われた。まさか、あれがこんな所に?

「こいつは向こうの大陸の隊商から仕入れたSドリンクって精力剤なんですがね、一瓶飲むだけで萎え萎えぽこ○ん
もビンビンに、抜かずの八発もオッケーよん、な代物なんでさあ……どうかしましたかい?」
「あ、いや。何でもない。へえ…そいつは凄いな。でも私には不必要な物だな」
「そうですかい?聞いてますよ。最近美少女副隊長が来たらしいじゃないですか。隊長権限を使って、その娘を…」
「できるわけないだろそんな事っっっ!!」

 思わず叫んでしまった。が、そんな事をすれば参謀補佐に何をされるか…それに、私は副隊長をそんな風に見ては
…そんな風に見てはいない。そう、副隊長は守るべき存在なのだ。二度と、過ちは繰り返されてはいけないのだ。

「…こほん。そんな事をすれば、軍事法廷行きにされかねないからな」
「へへ、冗談ですよ冗談。でも、疲れた体にも効きますぜ」
「いや、いい。精力はともかく、体力には自信があるのでね」
「そうですかい…」

 いそいそと瓶を棚にしまう店主。そうか、向こうから隊商も来ているのか…。

「とりあえず今日はこれでお暇するよ」
「へい、次もご贔屓に!」

 店主の声を背に店を出た私は、その足で闘技場に向かった。参戦はしない。酒代を稼ぐ為に賭けるだけだ。そして
大儲けすれば、娼館にでも行こうと思う。…副隊長が来てから、自由に利き手に犯されにくいのだ。私は闘技場に辿
り着くと、入場券と賭け札を購入した。

「ふむ、次は槍騎士”赤い線”バタルボイ対格闘家ケイトか。よし、ここは…」


9、
語り カメラアイ

「…と、いうわけで皆さん、隊長が帰ってくるまでの間、私が隊長代理という事です。よろしくお願いしますね」

うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!ガタガタッゴトッ

 隊員達の魂の叫びに、今度は食堂のドアが外れた。

「カチュア隊長代理、バンザーイ!!」
「いえ、そんな大げさな事では無いですから…」
「このまま隊長のポストに納まってもらいたいよ全く」
「馬鹿野郎、おま、隊長にこのまま帰ってきて欲しくないって事かよ?…だが、同士よ!!」
「あのー、明日明後日くらいには帰ってくると仰られていましたけど…」
「隊長代理!何っっっっでも命令して下さいハァハァ…」
「息が荒くて正直怖いです…落ち着いて」
「罵ってください!!」
「何でですか!?あと罵りはしません!!」

 隊員達の目がギラついていて思わず仰け反るカチュア。と、そこでこの喧騒に全くもって興味をしめしていない…
いや、逆に冷ややかな視線を送っている者をカチュアは見つけた。ふと気になったカチュアは、その者…ダイトリォ
の席へと近付き、声をかけた。

「あの、ダイトリォさん?」
「……何っスか?隊長”代理”」
「いえ、お一人で何か考えてらしたから…あ、お昼ご飯、お口に合いませんでした?」
「……そんな事は無いっスよ、隊長”代理”」
「そうですか…ならよかった」
「……昼トレ、行ってくるっス」

 そう言ってそそくさと自分の食器を片付けるダイトリォ。……私、何か彼を怒らせるようなことしたのかな?と、
カチュアは思った。その時、背後、且つ頭上から声がかかった。前副隊長の巨漢・キャブだった。

「気にするな。ダイトリォには後から話を聞いておく」
「あ、キャブさん。…私、まだ彼に認められてないんでしょうか?」
「副隊長が気に病む事は無い。まだ、あいつの心の中の整理が付いてないだけだろう」

 カチュアはキャブがダイトリォの長年の兄貴分だとピンゾロから聞いている。多分、ダイトリォの不機嫌の原因も
その解消法もキャブが見つけてくれるだろう。だけど……カチュアは副隊長の先輩後輩としてキャブに質問をぶつけ
てみる事にした。

「…キャブさん、私、この基地にいる皆さんと仲良くしたいです。もちろん、ダイトリォさんとも…どうしたらいい
でしょうか」
「ん……難しい質問だな。他の連中ならいざ知らず、あいつは…あいつ自身から歩み寄らなければならないと思う」
「ダイトリォさんから……?」
「あいつ…いや、あいつだけじゃない。この部隊にいる連中には皆色々と事情があるのさ」
「事情…?」
「ああ。皆、ああやってただ笑って馬鹿やっているだけに見えるかもしれないが、心の奥では色々と悶々と鬱積した
モノがある。何せ殆どがつい半年前まで民間人だった連中だ。”大きな戦が終わってこれからは平和だ”という時に
集められた民間人達…しかも部隊が創設されて今日まで、激しい訓練や辛い実戦を味わいながら、しかし誰一人とし
て”脱走者”を出していない…俺の言っている意味がわかるか?」

 その時、カチュアはエリスの言葉を思い出していた。『軍事基地なのに、アットホームで暖かい』という言葉を。
ピンゾロが意識してそう持っていっていた?なぜ?

「ええっと……すみません、わかりません」
「そうか。まあいい。後で追々わかってもらえればな。…さて、俺もダイトリォに付き合って昼トレといくかな」

 んーっと、体を伸ばしながらそう言うキャブに、カチュアは「あの」と問い掛けた。

「…キャブさんは副隊長時代、そのことをわかっていたんですか?」
「ん……わかっていた、と言えば嘘になるな。何せ俺とダイトリォだけは……」

 そしてぼそりと呟いた。

「………アカネイア出身、だからな」


10、
語り カチュア

「えっ?」

 キャブさんの呟きがうまく聞き取れず、聞き直そうとしたその時だった。

どんぐぁらがっしゃ〜ん!!!

 基地中に響き渡る轟音。以前に隊長から聞いた、緊急招集の合図だ。一体何が?でも、とりあえず

「皆さん、大会議室に集まって下さい」
『その必要は無いですよ、カチュアさん』

キィィィィン!

 耳に響く高い音と、聞き覚えのある声。そして食堂の真ん中に現れた魔法光。『ワープ』の魔法のものだ。そして
その光る門の中から声の主が現れる。そう、

「シーダ様…!!お勤め、お疲れ様です」

 現れたのはシーダ様、そしてエリス先生。直立し、敬礼の姿勢を取る私。

「畏まらなくてもいいですよ。久し振りですね、カチュアさん。ピンゾロ隊長はどちらに?」
「はい。隊長は先程、休暇を取られ南の街へと向かわれました。今は、私が代理を務めさせて頂いております」
「そう…」

 シーダ様は羊皮紙を手にしばし考え込まれた。そして

「…いいでしょう。ではカチュア隊長代理、あなたと第11混成部隊に緊急の指令があります。本日現時刻より、あ
なた方の中からメンバーを選定し、至急マケドニア南の港街とカダインの街に向かってもらいます。目的は、そのど
ちらかに向かうと思われる”赤の救援隊”構成員と接触し、グルニア地域の現状の情報をできる限り多く、詳しく入
手する事です。尚、”赤の救援隊”の中立性を尊重、保護するため、接触するメンバーはまだ実戦経験の浅い、でき
れば皆無な者に限るとします。また、カチュア隊長代理には、現地司令兼一刻も早い情報伝達の為、両小隊に同行し
て頂きます。これがその指令書です。……何か質問はありますか?」

 シーダ様から羊皮紙を受け取り、その内容を熟読する私。なるほど…という事は。

「…では、畏れながら1つ。『”赤の救援隊”の中立性を守る為に戦闘経験の浅い者に接触させる』という事はつま
り、『接触さえしなければ戦闘経験のある者達を同行させてもよい』という風に解釈してもよろしいですか?」
「…ええ。勿論カチュアさん、あなたも”赤の救援隊”と接触しないように。それと、この基地の防衛の事も考えて
、ある程度の戦力は残しておいて下さい。大丈夫、こちらからも狼騎士団のビラク隊とザガロ隊をそれぞれ港とカダ
インに向けて送り込みます。警邏の抜き打ち強化という体で。これで戦力的にはさほど問題はないでしょう」
「はい。御協力感謝しますと、ハーディン卿にお伝え下さい。そして、この指令、謹んで拝命致しましたとマルス様
に……」

 『マルス様』。そう口にした時、私の胸がぐっと熱くなった。

「ええ、必ず。…カチュアさん、そして皆さん、どうかご無事で」
「はっ」

 食堂を後にされるシーダ様。やがて、バッサバッサと天馬が羽ばたく音が聞こえてきた。

「では皆さん大会議室へ。これよりこの作戦に参加して頂くメンバーを選定します」

 …マルス様直筆の指令書を、私はそっと胸に抱いた。


11、
語り カメラアイ

 一方その頃、地獄のレイミア率いる傭兵隊は、マケドニア南の港に着いていた。ここから更にアリティア行きの船
に乗り換える為だ。しかし、

「あたし達が船に乗れるまであと最短10日待ちだってぇ?!」
「こーら、あまり大きな声で騒がないの」

 傭兵隊随一の聞かん坊のシリアが叫び、姉のシャリルが嗜める。彼女達は今、審査の為立ち往生をくらっていた。

「はい…何せ首都アリティアはガードが厳しく、我々現地人でも入港には色々と審査を通らねばなりません。それに
…」

 困り果てた顔で畏まる役人。彼女達を事を構えるのはよろしくないと、彼の長年の職業勘が告げていた。

「doy ike duq uhe nus ehu ker uqi…リーダー達はユグドラル人、あたしに至っ
てはどこの国出身かもわからない。そんな得体の知れない異邦人の集団を首都周辺にのさばらせるわけにはいかない
、って所だろう?」
「(ぼそっ)…私もユグドラル人ではありませんが」
「いえ、なにもそこまでは…」

 ミーナの助け舟(?)とココノのツッコミ(??)にも反応できないほど、役人は恐縮していた。この様子を見て
レイミアはやれやれと首を振り、宣言した。

「仕方ないね…ここで討論していても何も話は進みゃしない。あんた達、今日のところはここで宿をとるよ」
「わっかりました、お姉様♪わーい、シーフードシーフ−ド〜☆」

 新鮮な海の幸にありつけると喜ぶミルル(ちなみに、最初にこの役人と交渉したのは彼女である。ミルルは、その
微妙な巨乳と愛くるしいロリーなフェイス、溢れんばかりの愛想を使って店屋の店主に物を半額にさせる程の交渉術
を持っている。しかし、今回はそれも役に立たなかったようだ)。そんな双子の姉を呆れ顔で見やった微妙に貧乳な
妹のイルルは、その提案に水をさした。

「しかしレイミア様、それではクライアントのテストに間に合わない危険性が生じますが…」
「まあ、テストはあくまでも私達の腕を見せる事が主眼なのですから、事情を説明した上で場所の変更を申し出ても
拒否される危険性はまだ低い方だと思われます」
「だといいけれどねぇ…」

 ネネの相変わらず事務的な質疑応答に苦笑で返すレイミア。ちなみにこの二人、傭兵隊を組む前からの相棒だった
りする。

「ま、役人さん。今日の所はこれで引き下がらせてもらうとするよ。無理言ってすまなかったね」
「いえ…進展があり次第、こちらから連絡させて頂きますので、後で宿泊される宿をご連絡下さい」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 レイミアの意外な優しい物言いに内心ホッとした役人は、萎縮した心を少し緩め、定型辞令を告げる。レイミアは
そんな彼を内心でほくそ笑み、仲間を引き連れ役所を後にした。

「……さて、と。後はどうやってクライアントに連絡をつけて説明するかだねぇ」

 船着場から繁華街に通じる通りを目指すレイミアが溜め息混じりにそう呟いた。その時だった。

『心配は無用よ、傭兵隊の皆さん』

 上空から聞き覚えのある声がした。レイミア達が空を見上げると、1頭の天馬が降りてくる所だった。そして、そ
の天馬を駆るのは長い緑の髪の女騎士…。

「テストの予定地が変わったわ。数日後、この近辺で行う事にね。よろしくて?」

 長い緑の髪の女騎士はレイミアにそう告げた。レイミアはほんの一瞬だけ怪訝そうな目をした後、返事をする。

「ああ、構わないさ。だけど、どうして急に変わったんだい?」
「…本当なら、あなた達にはアリティア周辺の警護部隊1部隊を相手にどこまでやれるか見せてもらうはずだった。
でも、その内の1部隊が警邏の抜き打ち強化の為にここに来ることがわかったの。だから、ここでその部隊を相手に
してもらう事にしたのよ」
「ふぅん…そうかい。でも、よくそんな情報が手に入ったねえ?」
「…私達”第三軍”の情報網は伊達ではないという事よ」
「”第三軍”…それがあたし達の本当の雇い主、ってわけだね?クライアント」
「そうね。あなた達を動かしているのは私の独断だけれど、お金はそちらから出ているわ」
「くくっ、そういう事かい。いいさね、引き受けたよ。…でも、もし私達を後ろから切り捨てる様な真似をしたらど
うなるかは…」
「…わかっているわ。もちろん、あなた達との契約が切れるまでは私達は味方であり、仲間よ」

 互いに握手を交し合うレイミアと女騎士。だがレイミアは、(そして都合のいい道具、かい…)という一言を心の
中で噛み殺すのだった。


12、
語り カメラアイ

 同じ頃、ここ旧グルニア領北部にあるカシミア大橋の南岸、黒騎士団の基地では、偵察隊による報告がなされてい
た。3つのランタンの光のみが照らすそのテントの奥の席に控えるのは、現黒騎士団団長のパージ将軍。その真向か
いにて報告をしているのが北部偵察部隊隊長のジャッキー、彼等の間に控えているのがドラブ、ティンカー、アム。
全員が隊長職である。

「……そうか、”赤の救援隊”の一部がここを通過するか。報告ご苦労だった、ジャッキー」
「どうなさいますか、パージ将軍。今回も見逃しますか」

 アムはパージに問い掛ける。”赤の救援隊”が半ば自由に旧グルニア領内を闊歩している今の状況は、誇り高き黒
騎士団にはあまり好ましくない、目の上のタンコブ状態であった。しかし、パージは首を横に振る。

「アム、悔しいが彼等のおかげで我がグルニアの民が飢えと病から救われているという事実がある。それに、一応は
中立の立場を取っているという建前がある限り、彼等を敵に回せばグルニアの民に反感を買うだろう…民あっての我
等黒騎士団だ。驕って、それを忘れるな」
「はっ、それは重々」
「しかしよぉパージ、奴等影では統一アリティアと組んでるってぇ話だぜぇ?それが本っ当ならよぉ、建前もクソも
無えんじゃねぇかぁ?!」

 ドラブは酒瓶を片手に大声を張り上げた。確かに、”赤の救援隊”の中心メンバーはアリティア(黒騎士団の言葉
を借りるならば)反乱軍の出身者達である。

「また酔っているのかドラブ!この間も酒は慎めとあれほど注意されたではないか!」
「けっ、そーの俺に説教かましたザゲットはもういねぇ。それとも何かぁ、婚約者の代わりに俺に説教くれようって
のかい?ティンカーの嬢ちゃんよお!!」
「ドラブ、貴様!!」

 激昂し、腰の剣に手をかけんとするティンカー。それをジャッキーが制した。

「落ち着け、ティンカー。ドラブ、お前も言い過ぎだぞ」
「しかし!ジャッキー」
「だから落ち着けって。今騒いだところで俺達が傍迷惑なだけなんだよ。な、パージ」

 ジャッキーに話を振られ、やれやれといった感じで注意を促すパージ。

「…ドラブ、国王陛下から賜った補給物資にも限りがある。浪費はするなよ。閑話休題といこうか。だが、ドラブの
言う通り”赤の救援隊”にはアリティアとの繋がりがあるという噂もある。無視できない程に根強く、な」
「それが援助レベルのものなら放っておいても構いません。ですが、奴らの中心メンバーは憎きアリティア反乱軍の
者達です。もし、奴らがここに居座っている理由が偵察や思想操作なら…」
「しかしその確たる証拠が無い」

 ティンカーの結論を受け、パージに話を振るアム。

「パージ将軍、我が国の民の中には奴らの建前に賛同して活動を共にし始めた者達も出てきています。それは我々に
対する切り崩し策の結果と言えなくはありませんか」
「しかし、そうやって我々を疑心暗鬼にさせ、彼等に協力した民を我々に粛清させ、民からの反感を買わせようとい
う策であるという事も考えられる。統一アリティアの参謀部ならばそこまで計算している可能性もある」

 慎重に慎重を期す、といった感じで腕を組みそう答えるパージ。彼の言葉を受け、全員が黙ってしまう。

「ザゲット…あいつがもう少し落ち着いて機を見ていれば、例の祭壇を手に入れることができたかもしれないのに。
これであと1か月待ちだ」

 沈黙を破ったのはジャッキーだった。やはり黒騎士団の狙いはドルーアの祭壇だったらしい。

「『オーム』の祭壇か…あれがあればカミュ将軍を生き返らせ、その絶大なるカリスマをもって我々の軍備もより強
固なものにできるだろう。しかし、それを守る大賢者ガトーの結界、そして第11混成部隊の実力は侮れないぞ」
「パージ将軍、弱気になる必要はありません。我々の本気をもってすれば、あの様な雑魚部隊恐れるに足りません」

 そう言って胸を張るティンカーに、またドラブが喰ってかかった。

「けっ、雑ぁ魚共相手に本気になれというのかぁ?」
「獅子は兎を狩るのにも本気を出す…という格言もある。窮鼠猫を噛む、蟻の巣穴1つで堤防は決壊する、ともな」

 今度は極めて冷静に返すティンカー。この冷静さが、本来の彼女の持ち味だ。
 と、その時、テントの入り口がしゃっと開き、中に息を切らせかけた少年騎士が入ってきた。名をイングと言い、
ザゲットに代わり南部偵察部隊隊長となった若き実力派である。

「失礼します!パージ将軍、南西の港に異国からの交易船が近付いてまいりました!」
「異国の船?…イング、どこの国の物だかわかるか?」
「はっ…私の記憶が確かならば、あれは西方のソフィア王国の船かと。しかし、掲げている紋章は全く見た記憶の無
いものでした」
「ソフィア王国…確か、マケドニアと交易関係にある国ですね?イング殿」
「ええ、そうですアム殿。聞く所によると魔法も一風変わっていて、杖や書を使わずに発動させられるとか」
「へっへ、そーんの話が本当ならよお、うまいこと言ってこっちに引き入れられれば、悩み所だった魔法関係の弱さ
も解消できんじゃねぇのかぁー?パージぃ」

 魔法を使える者が極端に少ない…それが彼等の弱点だった。カダインを追い出された時、何名かの魔道師崩れや僧
侶崩れがついて来てはくれたが、所詮は崩れ者。『ファイアー』や『ライブ』といったごく初歩の魔法しか使えず、
戦力としてはあまりにも使えなさすぎた(そのため何人かは粛清されている)。

「それはできない。我々黒騎士団の歴史の中で、外部協力者を募ったことは一度も無い。それが我々の伝統であり、
誇りだ」
「けっ、伝統や誇りで戦に勝てるのなら、今頃俺達が大陸制覇してるよなぁ。が、現実はそう甘くはねぇ。それに、
”あのガキ共”を保持、利用している時点で、もう誇りもクソも無ぇんじゃねえかぁ?パージ将軍よぉ」
「……くっ」

 言葉を詰まらせるパージ。それを見てティンカーは意外な言葉を切り出した。

「今回はドラブの言うことに賛成させてもらいます、パージ将軍。ある意味もう、形振り構っていられません…我々
には、もう負けは許されないのですから」

 重い、とても重い沈黙の時間が流れる。そしてパージは、ひとつの歴史的決断をする。

「…ソフィア王国の物と思われる船が着港次第、速やかにこれを拿捕、乗員の中で戦力になりそうな者に協力を要請
する。尚、反抗的態度を見せるようならば人質を取るなりして黙らせる…もう、形振り構ってはいられないからな」

 ……パージの決に、異議を唱える者はいなかった。


13、
語り ピンゾロ

『決まったーっ!!ケイト選手の必殺技、一足跳び真一文字蹴り・一閃が、思いっきし重騎士ブラストーザの延髄を
捕らえ、壁際までぶっ飛ばしたーっ!!!そして今!勝利のゴング!格闘家ケイト選手の7人抜きだーっ!』

 私の懐具合はホクホクしていた。武器を使わない、そして女性というハンデをものともせず、格闘家ケイトは怒涛
の7人抜きをしてみせた。そして、私はその7戦共彼女の勝ちに賭けていたからだ。もういいだろう、これで酒代と
薬草代と娼館代は稼げた。ホーシには悪いが彼女の8人抜きは無いなと思い、私は闘技場を後にした。

「さて、呑みにでも行くかな…」

 馴染みの食堂兼酒場へと向かう。懐は重く暖かいが、足取りは軽く、体は夜の海風に吹かれて寒い。

「しかし、ケイトのショートパンツは良かったな…」

 健康的なお尻やふとももの付け根を包むショートパンツ、あれなら副隊長も下着が見えてしまう心配も無く戦える
かもな。よし、一丁…っと、酒場に着いたか。

「やあ、マスター」
「いらっしゃいませ、隊長さま」

 窓から最も離れたカウンターの端、いつしか私のお気に入りの席となったそこに席掛ける。馴染みの老マスターが
早速注文を取りに来た。

「今日は、そうだな…サイクロプス・ハンター(鬼殺し)と、ツマミを何か適当に」
「かしこまりました」

 港街にしては物静かな店内。人生の酸いも甘いも熟知したかのような老マスターが切り盛りするこの店は、私のお
気に入りの店だ。船乗りががぶ飲みする様なエールも一応あるが、ここに来たらヤプン・ワイン(日本酒)を呑まな
いとモグリだ、と私は思っている。

「お待たせしました」
「おっ、ありがとう」

 酒をちびちびやりながら、ツマミのイカとニンニクのザンギ(イカの姿フライ)に舌鼓を打つ。

「ん、相変わらずいい味だね。酒が進む」
「ありがとうございます。…いかがなされました?」

 老マスターのザンギを褒めたその瞬間、この酒場には似つかわしくない匂いを店の奥から感じた。花の様な香り、
そして身体の芯から染み付いた血の臭いだ。そちらに目をやると、軽装とはいえ武装した7・8人の女性グループが
テーブル席で何やら楽し気に歓談し始めた。私は彼女らの華やかさにしばし見とれると、老マスターを呼んだ。

「マスター、あちらの彼女達にそれぞれ好みのドリンクを。もちろん、私の奢りで」
「かしこまりました」

 老マスターはカウンターからスッと出ると、彼女達の席へと赴いた。やがて、元気な少女の声や落ち着いた大人の
女性の声が聞こえ、老マスターはドリンクを用意しに戻ってきた。ワインやミルク、エールにお茶、カクテルと、て
んでバラバラなドリンクが用意されていく。老マスターはそれらを彼女らの席へと運ぶ間、私は黙々と酒を煽る。と
、その時隣の席に誰かが着いた音がした。そちらに目をやると、先程の女性グループの中の一人、大人の魅力に溢れ
た長い茶髪の女剣士がミルクの入ったカップを手に話しかけてきた。

「悪いね、奢ってもらってさ」
「何、気にする事は無い。今日はちょいとばかし懐が暖かかった。それと君達の様な大輪の華々に出会えた幸運を祝
したかった。それだけさ」
「ふうん、大輪の華々、ねぇ。でも、私達には深入りしない方がいいかもよ」
「綺麗な薔薇には棘がある、ってやつかい。だろうね。君達からは血の臭いがした。…でも、美しい事には変わり無
い。そして、それに私が目を奪われた事もね」
「ふふ…ありがとうよ。で、本命は誰なんだい?良かったら連れてくるけど?」
「本命…というか、一番興味があるのは貴女だな。見た所彼女らのリーダー格と見たが、傭兵隊か何かかい?」
「……当たりさね。向こうの大陸で仕事が無くなったんでこっちに来た落ちぶれ傭兵隊さ…地獄のレイミア傭兵隊、
私が隊長のレイミア。知ってるかい?」

 レイミア…何だ?何かが引っ掛かる。遠い昔、何か…。

「…いや、すまないが初耳だな。統一アリティアに来て間もないのかい?」
「それも当たりさ。今は新しいクライアントに雇われている。こっちへ来たのもクライアントの指示さ」
「なるほど、今はフリーではないか。私も…新兵を集めた部隊の隊長を勤めさせてもらっている元・異国出身の風来
坊でね。良ければうちの部隊に入って新兵達の指導をして欲しかったんだが…」
「コーチか…いいね。今の契約が終わったら考えさせてもらうよ。でも、それまで敵対する事が無ければね」
「そうか。私の部隊はここから陸路で北に向かった所にある基地に逗留している。もし都合が付いたら、一度顔を出
してくれ。歓迎するよ。……その時、敵対していなければな」
「ま、今のクライアント次第だけどね…わかったよ。これも何かの縁さね。その時は顔を出させてもらうよ」

 そう言うと彼女は残ったミルクをぐいっと飲み干した。

「そういえば、貴女はミルクを注文したんだな」
「ん?リーダーが酔っ払ったら、だれがあの娘達を守るんだい?」
「なるほど、そういうことか。確かに、悪い虫が沢山寄り集まってきそうな面々だ」
「そしてあんたもその内の一匹…ってかい?」

 その問いに、私は”相棒”を包んだ包みを撫でながら言った。

「ああ、そうだな…虫、というより悪魔、と呼ばれたい、かな?」
「くくっ、面白い事を言うね。地獄の女に悪魔の男かい。気に入ったよ。あんた、名前は?」
「そうか、まだ名乗っていなかったな。私はピンゾロ。統一アリティア軍第11混成部隊隊長さ」
「ピンゾロ…ねぇ。こう言っちゃなんだけど、ふざけた名前だね。本名かい?」
「多分、お察しの通りさ。深くは突っ込まないでくれるとありがたい」
「ふふ、わかったよ。お互い、これ以上腹の探り合いは止めた方が利口そうだね」
「ああ。では、また運が良ければ」
「そうだね、また縁があれば」

 私達はお互いに空になったグラスを掲げあい、運命の女神にその時が来る事を願った。こうして港の夜は更けてい
く……。


14、
語り カチュア

 緊急招集の掛かった大会議室には、隊員のほぼ全員が集まっていた(警邏係の人は除く)。私はこれから作戦内容
を伝え、参加メンバーを選定しなくてはならない。隊長の代理として。

「では皆さん、これより今回の指令と作戦内容を説明します。南の港街と北西のカダイン魔法学院近辺に非武装小隊
を送り込み、近日中に現れると思われる”赤の救援隊”買い出し部隊と接触、旧グルニア内部の情報を入手してもら
います」
「隊長代理!非武装って本気ですか!?」

 ざわめく隊員の皆さんの中から、早速予想していた質問が挙がった。私はできるだけ事務的に返答する。

「”赤の救援隊”は完全中立を貫く慈善集団です。そんな彼等に武装した統一アリティア軍の軍隊が接触したとあら
ば、その中立性を損なわせる事になりかねません。なので、”接触するメンバーは”非武装とします。ですが、護衛
として武装した小隊も少し離れて同行してもらいますし、ハーディン卿の狼騎士団から警邏の抜き打ち強化という体
で護衛部隊を送っていただきます。それに、港とカダイン両者の連絡役として私も同行します。これで万が一の事態
にも対応できます。他に何か質問や意見はありますか?」

 やはりざわめく隊員の皆さん。しかし、質問も意見も無さそうだ。私は次の課題へと移る事にした。

「ではこれより、護衛小隊の選定に移ります。尚、敵となるであろう黒騎士団残党の構成を考えて、旧グルニアと陸
路で繋がっているため走破が容易なカダインに多くの戦力を割り振るとします。ではカダインへ向かってもらうメン
バーですが」

 隊員の皆さんに緊張が走っているのがよくわかる。もちろん、私も緊張している。

「キャブさん、ダイトリォさん、ササさん、ホーシさん、ファーゴさん……」

 カダイン行きのメンバーを、続いて港街行きメンバー、非武装メンバーと読み上げていく。この全員が、生きて帰
ってくる事を切に願って。


15、
語り ピンゾロ

 ほろ酔い気分で酒場を出て数刻。酔いは夜風ですっかり醒め、私は娼館へと足を運んだ。娼婦とはいえ酔った勢い
であれやこれやをするのは私の趣味ではないからな。
 やがて如何わしい裏通りに入り、一際目立つ館が見えてきた。もう夜もかなり更けたというのに、派手派手しい明
かりに照らされている。ここが目当ての娼館だ。

「おんや、隊長さんいらっしゃい。今日はどんな娘をお望みで?」

 フロント(という程大層なものではないが)からひょっこり顔を出した女将(やり手婆というべきか)が、一覧表
を投げて遣した。私はパラパラと「女戦士・騎士コース」のページを見る。と、そこに新人と書かれた注釈に目につ
いた。

「女将、この新人は?」
「ああ、先日入ってきたばかりの生娘だよ。事情はよくわからんが、まあどこかの捕虜だったんだろうねえ」

 この娼館の売りは、暗黒戦争時各国で捕虜になって作戦中行方不明、もしくは戦死扱いになった女兵士が沢山流れ
てきているという点である。つまり、殆どが素人娘、しかも私の様な胸当てフェチには堪らないラインナップなので
ある。

「そうか。では、この娘で頼む」
「毎度あり。やはり男としては1度くらい生娘を抱いてみたいかい?」
「そうじゃない。ただ、先日入ってきたばかりだというのに未だ生娘というのが気になってな」
「なるほどね。ま、それは見てからのお楽しみさ」

 私は金を払い部屋の鍵を受け取るとそそくさと指定された部屋に入った。娼館で生娘が抱けるとは珍しい。一体ど
んな娘なのか、私は気になってベッドの上でそわそわしていた。

「……お待たせしました。ご指名ありがとうございます」

 部屋の奥、娼婦の待ち合い場所から入って来たのは顎くらいまで緑の髪を短く切り揃えた、胸当てを身につけた娘
だった。一見すると現役騎士のようにも見えなくも無い引き締まった体躯、胸当てにギリギリ納まったかのような大
きな乳房。副隊長がもう少し大人になって、胸が大きくなるとこんな風になるのかなと、ふと思った。

「さて、早速だが…」

ビュッ!!

 どうしてこんな所にいるのかを聞こうとした瞬間、見事な正拳突きが眉間の手前まで迫っていた。

「…私は徒手空拳の心得があります。もし私に手を出そうというのならば、全力をもって抵抗します」
「おいおい…勘違いしてもらっては困るな。私はそういった行為は同意の上で行う主義なんでね。それに、私が言い
かけたのは、君みたいな娘がどうしてこんな所にいるのかって事なのさ」
「…嘘や取り繕いでは無さそうですね」
「どちらも私が苦手とする事だな」
「…わかりました。その言葉、信用させていただきます。ですが、質問には答えられません」
「それはこれからじっくりと攻略させてもらうさ。大人の会話の上で…いや、疚しい気持ちは無いんだが」

 今度は彼女の手刀が私の頚動脈を捉えていた。脂汗をかきながら、必死で取り繕う私。

「そ、それじゃまずは何か飲むとするか。私はワインにするが、君は?」
「水でけっこうです」

 別に酔わせてどうこうという意図は無かったんだが…まあいい。私は早速フロントの女将に注文し、品を受け取っ
てると、そそくさと部屋に戻った。予想に反して、彼女はまだ部屋にいてくれていた。

「…ここから逃げ出すチャンスを与えたつもりだったんだがな」

 多少、苦笑気味にそう言ってみた私に、彼女は表情一つ変えず、生真面目な口調でこう答えた。

「逃げた所で、私には何処にも逃げる場所なんてありませんから」
「そうか……」

 私はフロントで女将から受け取った安ワインをぐっと呷ると、思い切って一つの提案をしてみる事にした。

「……なら、私がその場所を提供しようじゃないか」


16、
語り カチュア

 出陣するメンバーを発表し終え、私は隊長室で身支度を整える。同室には、カダインへのワープのために準備をな
さっているエリス先生がいる。胸当ての紐を結び直し、倉庫から取ってきた鋼の槍と鋼の剣を準備する、そんな時だ
った。

「…ごめんなさいね、カチュアさん」
「はい?」

 エリス様の呟きに、思わず返事をしてしまう私。ごめん…なさい?一体どういう事だろう。

「何をですか?エリス様」
「………私にはこんな事を言う事は許されていないのだけれど…実は今回の作戦はね、あの子は最後まで…」

 エリス様が何かを仰りかけた、その時だった。彼が隊長室に現れたのは。

コンコン

「はい、どなたですか?」
『ロックロックです。先程の件についてお聞きしたいことがあって来ました』
「どうぞ」

 私は隊長の席に腰掛けると、ロックロックさんを隊長室に招き入れた。ロックロックさんの聞きたい事の内容の予
想はある程度ついていた。

「隊長代理、なぜ、自分を基地待機にしたのですか?」

 思ったとおりだった。隊長から事前に聞いていた事だけれど、ロックロックさんは感情の起伏が激しい。それに、
黒騎士団の事となると目の色が変わる。彼は黒騎士団に何らかの激しい恨みを持っているようなのだ。今回の作戦は
あくまで”赤の救援隊”との接触。黒騎士団と一戦交える訳ではない。それに彼の”木馬”は目立ちすぎる。私達は
戦いに行く訳ではないのだ。それにこれ以上基地の守りを薄くする訳にはいかない。私は勤めて冷静に、もう一度彼
にそう説明した。

「…と、いう事で私達は今回は戦いに赴くのではありません。ですが、いずれは黒騎士団とも何らかの決着を付けね
ばならないでしょう。もしその方法が戦いであった場合…我々からも部隊を派遣する事となりましょう。その時には
ロックロックさんにもメンバーに加わってもらいますから、ですから今回は…」
「隊長代理は奴ら黒騎士団を甘く見ている!!」

 バン!と、隊長の机に両手を付くロックロックさん。

「旧グルニア王国における奴らの人気とカリスマ性は元国王のそれすら凌駕していた!奴らが情報統制やなんかを行
えば、”赤の救援隊”から得られる情報を操作する事も不可能じゃない。いや、”赤の救援隊”そのものをグルニア
内部から出さないように住人達を扇動することだって可能だ!ここはグルニアに陸路で繋がっているカダインの護衛
部隊と狼騎士団、そして俺と隊長代理で黒騎士団残党を全て成敗するべきではないのか?!」
「それは無理な話です。まず、戦力的に黒騎士団がどれ程の戦力を保持しているか不明確です。それに、今下手に黒
騎士団を刺激すればグルニアの保守派の人達をも敵に回しかねません。そして、鉄騎士団や木馬隊がどれ程我々に協
力してくれるのかもわからないのです。今、必要なのは現状の情報です。その上で、私達は攻め入るべきかを判断せ
ねばならないのです。これで納得してください、ロックロックさん」
「いいえ、納得なんてできやしません!隊長代理は黒騎士団相手に何度も勝利しているからそんな甘いことが言える
んです!だけど、暗黒戦争の時は黒騎士団はある意味”本気を出せなかった”。だから勝てたんです!」
「今の黒騎士団は本気を出せる、と?」
「ええ。旧グルニアの民と旧王家、それに下手をすれば鉄騎士団と木馬隊も奴らの側に付くでしょう。それだけの切
り札を黒騎士団は保持している!」
「切り札?何ですか、それは」
「その黒騎士団の保持している切り札というのは」

 突然、エリス様が私達の間に割って入ってこられた。はっとなるロックロックさん。状況がよく掴めない私。エリ
ス様は、しばしの沈黙の後、その衝撃的な言葉を紡がれた。

「旧グルニア王の御子息、ユベロ王子とユミナ王女ですね?」


17、
語り カメラアイ

 旧グルニア領北部、ラーマン寺院跡周辺を中心に、黒騎士団残党は陣を敷いていた。夜になり暗くなったラーマン
寺院跡の元宝物庫の一室に、3つの人影があった。内2つは小さく、まだ子供の物と思われる…。

「お食事をお持ちいたしました、ユミナ王女、ユベロ王子」

 残る1つの人影…声から察するにパージ将軍のものだ…が、革袋を2つ床に置いた。一つは飲み口の付いた水袋、
もう一つが食料なのだろう。

「毎回申し上げておりますが…申し訳ありません。雨風を凌げ、人目に付かない場所といえばここしかありませんの
でね。VIPルームには程遠いですが、あと1か月ここで我慢して下さい」
「祭壇奪取作戦は失敗したみたいね」

 小さな影の1つから、年端もいかぬであろう少女の気丈そうな声がした。彼女がユミナ王女なのだろう。そして、
残るもう1つの影から、今度は気弱そうな少年の声がする。

「ユ、ユミナぁ…あんまり挑発しちゃ、だめだよぅ…」
「構うことは無いわ、ユベロ。こんな奴、ガーネフに比べたらちょちょいのちょいよ」
「これは手厳しい評価ですね…確かに、かの魔王ガーネフに比べれば私など雑魚にも等しいでしょう。だが」

 パージは素早く動くと、ユベロとユミナの首をそれぞれ片手に握り、持ち上げて締め上げた。

「ぐ…や、やめ…」
「苦し…」
「貴方方はまだ子供、その雑魚にも劣る力弱き存在…あまり大人を怒らせない事です。わかりましたね?」

 ドサッと、自分の肩くらいの高さから2人を落とすパージ。ユベロは泣きじゃくり、ユミナはむせこんでいる。

「王女、確かに、先日祭壇の入手には失敗しました。しかし、結界が解ける日はまた来ます…その時こそ、手にして
みせましょう。我らのグルニアが再起する日を…!!」
「けほ、けほっ……ば、馬鹿ね。”場所”と”使い手”を手にしても、肝心の”杖”が無いと使えないわ」

 ユミナの反論を、パージは鼻で笑った。

「ふ…”杖”ならばもう入手したも同然ですよ。”材料”と”レシピ”はわかっていますからね」
「でも取らぬ狸の皮算用よ。あなた達はまだ”材料”を手にしていない。作れなければ意味は無いわ」
「それらは祭壇と共に入手できますよ。アリティアの連中が知ってか知らずか、とても入手しやすくしてくれました
からね…ふふふ…カミュ将軍が復活なされば、我々はそれで構わないのですよ」

 いつもの冷静さを大きく欠いた、ある意味狂気染みた含み笑いを浮かべるパージ将軍。

「その代償が将軍直々の我々の粛清であろうと…ふふ…それがグルニア再興、そしてグルニアによる真の大陸統一の
第一歩となるのならば!我々は!悦んでこの首を差し出しますよ!!はーっはっはっはっはっはっ…!!」


18、
語り カチュア

「…と言っても、これは、そしてこれからお話する事は、あくまで推測ですけれどね」

 エリス様の次の言葉を黙って待つ私とロックロックさん。

「私がかの魔王ガーネフに囚われていた際、何度か耳にした事がありました。カダイン魔法学院の地下に、当時留学
なされていた旧グルニア王家のユベロ王子とユミナ王女を監禁した、と。おそらく…ですが、旧グルニア王は内心で
旧ドルーアの…マムクート族の台頭を快く思っていなかった。その心を何らかの方法で掴んだガーネフは、大司教ミ
ロア様を殺害し支配したカダイン魔法学院に、件の王の御子息お二人がおられる事を知った。そして探し出し、監禁
した…」
「そうです、その通りですエリス先生!!」
「焦らないで、ロックロックさん。これはあくまで私の推測でしかありませんから。ね?」

 エリス様は勤めて冷静に、熱く鼻息荒く迫るロックロックさんを両手で制された。その横で私は、ふと思った疑問
と、そして前々から思っていた疑問を口にした。

「…ですが、どうしてガーネフ自らが動いてそこまでする必要があったのでしょう?エリス様の時もそうですが、な
ぜメディウスが動かなかったのか…手元に置いておかなかったのか、それがわかりません」

 エリス様は一瞬表情を曇らされた。あ、聞いてはいけない事だったのかなと、この時になって思った。例の、隊員
の皆さんにも秘密の事に関係あるのかと…。でも、エリス様は勤めて慎重に答えられた。

「…おそらく、同盟内での自らの発言力を高める為…そしていつかメディウス皇帝と袂を分かつ時、グルニア軍の戦
力を自らの手の内にする為、でしょうね。ガーネフはファルシオンと『マフー』、そしてチキちゃんと神竜石…と、
対メディウス用の戦力を自分の下へ置いていました。それが根拠です」

 そして死者を生き返らせる『オーム』の杖と使い手のエリス様…なるほど、辻褄が合う。

「そして旧グルニア軍が本気を出せなかった理由ですが…これも憶測でしかありませんが…どうやら、カミュ将軍ら
穏健派と、その他の将軍ら抗戦派の諍いがあったのだと思います。現に、カミュ将軍は旧アカネイアのニーナ様を奪
還された…というか、その手引きをした疑いで暗黒戦争後期までその職権と地位を剥奪され、軟禁を強いられていた
と聞いた覚えがあります。そしてカミュ将軍を慕っていたパージ将軍一派はカダインに左遷され…」
「木馬隊とギガッシュ将軍は解放軍の足止めの為の捨て石にされ、鉄騎士団の主力とロレンス将軍も前線に出る事を
最後まで許されなかった。大筋は合っていますよ、エリス先生。統制のとれていない黒騎士団…というかグルニア軍
など、たしかに解放軍には雑魚同然だったでしょうよ、隊長代理。でも、今は…」

 納得してはいけない、彼のペースに巻き込まれてはいけない、そう思いつつも、私は…

「旧グルニア王家のユベロ王子とユミナ王女、そしてその二人をカダインから連れ戻した形となったパージ将軍一派
…もし鉄騎士団と木馬隊が旧王家にある種の忠誠心を保持しているとすれば、逆らい難い状況でしょうね」

 同意的意見を口にせざるをえなかった。ロックロックさんはさらに力強く提言する。

「地域的世論もそうですよ。片や、魔王ガーネフの下から王子と王女と救出した形となった英雄。対するは、旧グル
ニアと一時敵対し、今は改革という名の混乱を持ち込んだ統一アリティア一派…。どちらに支持が集まるかは火を見
るより明らかだ!」
「……ではロックロックさん、あなたを連れて行けばその状況を打破できると?」
「少なくとも木馬隊を寝返らせる可能性は、高まります。俺は二代目ロックロック。初代から受け継いだこの名は伊
達ではない所をお見せ出来ると思います。木馬の始祖である初代が唯一認めた男ですよ、俺は」
「でも今の木馬隊が…その初代ロックロックさんの事をどう思っているか…わかりませんね。もしロックロックさん
が思っている程のカリスマ性が薄れていたら…」
「大丈夫、初代ロックロックの存在は全ての木馬乗りにとって”生ける伝説”級ですよ。ね、エリス先生」

 急に話をエリス先生に振るロックロックさん。エリス先生は目を少し伏せられると、

「…ええ、確かに。本城に駐留しているベックさん率いる旧アカネイアの木馬部隊の間でも、彼は生き神様のように
語られ、慕われています。もしこれがグルニア木馬隊にも同じ事が言えるのならば…カチュアさん、ロックロックさ
んの言う様にした方が良いかもしれませんね」

 私は悟った。もう、これはチェックメイトだ。覆る術はない、と。

「…わかりました。ロックロックさん、あなたをカダイン方面に向かう護衛部隊に組み入れます。但し、今回はあく
まで情報収集が目的です。戦闘や目立つ行為は極力回避…その方針は変わりません。いいですね?」
「了解しました。ありがとうございます、副隊長」


19、
語り ピンゾロ

「逃げる場所を…提供する?」
「しーっ、声を落として」

 ここは娼館の一室。壁の防音性は低く、四方八方から喘ぎ声が響く。そうやって淫靡なムードを作り出しているの
だ。なので、かなり声を小さくしないと隣の部屋に聞こえてしまう危険性がある。…もっとも、行為に夢中で隣の話
声など知ったこっちゃないだろうが。しかし、念には念を入れておいた方がいい。

『おうっ、おうっっ!!』
『あ!くゥっ!…いくぅぅぅぅぅ!!』

 隣の部屋かどこかは知らないが、かなりエキサイトしているようだ。まるでゴリラのような男の声と、絶頂を迎え
たフリをした娼婦の声が響いてくる(エロ本の様に同時にイクというのはかな〜り困難なのだよ)。

「…(ぼそっ)ミッション・アナザースペースとでも名付けようか…」
「?何の話です?」
「いや、何でも無い。独り言だ。…それよりもだ。ここから北に軍事基地があるのは知っているか?」
「ええ。旧マケドニアの国境砦群…それを一つに纏めて再構築した基地でしょう?」
「実は…私はその基地を任されている第11混成部隊の隊長をしているピンゾロという。もし君が統一アリティア軍
に戻りたいというのなら、その基地に向かって逃げればいい。私の名前を出せば、隊員達は君を悪い様にはしない。
そして私が基地に戻り次第、手続きを行おうではないか」
「…あなたが?隊長?あの基地の?……俄かには信じられないお話ですね」

 俄かには信じられない、か…だろうなぁ…こんなチビ助のオヤジが言っているんだものな…しかし、

「だが信じてもらうしかない。それに、私が留守の間、元マケドニア白騎士団で今は副隊長のカチュア殿が隊長代理
を務めている。彼女に話をすれば…ん?」

 副隊長の名前を出したとたん、彼女はフルフルと小刻みに震えだした事が目に見えた。副隊長は旧マケドニアでも
有名人だ。彼女もマケドニアの騎士だったのかもしれないな、そう思った時だった。その呟きが聞こえたのは。

「(小声で)…あの子が…隊長代理…まさか…」

 ”あの子”…だと?副隊長の事か?もしや

「……答えたくなければ答えなくてもいい。君は…隊長代理の…副隊長の…何なんだ?」

 噂は何度か耳にした。もし私の想像通りなら、なぜ彼女がこんな所にいるのか、訳がわからない。だが、只事では
ない何かがあった事は明白だ。そして、彼女はその予想通りの答えを紡いだ。

「………私は元アリティア解放軍天馬騎士、旧マケドニア王国白騎士団所属・パオラ。カチュアの…姉です」


20、
語り セリカ

「さってと…どうしたもんかね」

 バルボ船長の呟きは私達船の乗員の心情を代弁するものだった。私達は今、夜の港に船を寄せた状態で船全体を拿
捕され、甲板に集められていた。黒い鎧を身に着けた、統一アリティア軍ではない騎士団と思わしき集団によって。
 一応、乗員の最高責任者として、そして唯一アカネイア大陸語の話せる人間として(アカネイア語とバレンシア語
はそう大した違いは無いのだけれど)、リュートさんが彼らの本陣に連れて行かれ、残った私達は手足を拘束され武
装した彼らに見張られていた。上空にいたクレアさんには一足先に飛び立って逃げてもらって、統一アリティア本城
を目指してもらっている。海図も渡してあるし、身分証も持たせてあるから、恐らくは何とも無くこの現状を伝えて
くれると思う。
 彼らの言葉の端々から察するに、どうやら私達を戦力として組み込みたいらしいという事はわかった。クーデター
の戦力として、だろう。
 カチュアさんからの情報で統一アリティアは未だ混乱の時期にあるとは聞いていたけれども、私達はせいぜい小競
り合い規模の物だと思っていた。でも、これは予想が甘過ぎたと認めざるをえない。これは、新体制対旧体制的な、
国家規模での国際問題に巻き込まれた感じだ。
 私がバレンシア王国の王妃である事や親善大使である事は誤魔化しきったけれど(相手は隊商の類だと思っている
?)、いつまで誤魔化しきれるか…。

「余計な事は喋るな!」

ガシッ!

 黒い騎士に槍の柄で頭を小突かれるバルボ船長。「へいへい」と返し、船長はだんまりを決め込む。と、私にアイ
コンタクトを送ってきた。

(セリカ、シリウスの旦那の言う通りに大人しくしちゃぁみたが、これで本当にいいのか?)
(シリウスさんには何かこの状況を打開する為の策がある様なんです。信じてみようではないですか)

 彼ら騎士団に拿捕された際、いの一番に交渉役を買って出てくれたのがシリウスさんだった。シリウスさんは、こ
の船の護衛を任されている一団のリーダーという体で、私達が拘束された際も「彼女(ソニアさん)は船酔いが酷い
から、なるべく揺れない所に居させてやってくれ」とか、「こちらは一切の抵抗をしないから、そちらもこちらの身
の安全を保証してくれ」など、完全武装した一個騎士団にも臆せず言いたい事をはっきり言ってくれたのだ。さらに
クレアさんを密かに先行させる作戦を立てたのもシリウスさんだし、元・リゲル帝国の将軍としての威圧感からか、
相手の騎士団の人達も何故か逆らい辛そうなのだ。

「食事と水分はちゃんと3食用意してもらおう。無論、全員分だ。それと夜のための防寒具を…」

 船体中央のマストに後手で拘束されつつも、シリウスさんは相手騎士団の現地リーダーらしき若い騎士さんに次々
注文をつけている。…まずその仮面を外せと命じられそうだけれど、外してはいない。どうやら眼力らしき物でプレ
ッシャーを最初にかけたらしい。どこまで出来る人なんだろう、シリウスさん!…正直、バルボさん船長形無

(言うな!思うな!!)

 …無言のプレッシャーを横から感じたので考えるのはこれまで。はぁ…これからどうなるのかな?


21、
語り カメラアイ

「黒騎士団が北西の港で外国の船を拿捕ぉ!?」

 その頃、ここ旧グルニア最南部の関所…忘れているかもしれないが、”新しい大地”からの来訪者を選別する為に
作られた、ミディア達旧アカネイア王宮騎士団が守護する関所である…の一室で、隊長ミディアの驚きの声が木霊し
た。

「そうなんですよ。あいつら、”赤の救援隊”にちょっかいを出さないと思ったら、そんな動きに出てきましてね」
「ふぅむ…あの誇り高き黒騎士団がそのような海賊紛いの行動にうって出るとはのう…」
「…それだけ奴らが切羽詰まっている証拠と見るべきか…」
「それでトーマス、その船はどこの物かわかるかしら?」
「いえ、国章らしき物は帆や旗に掲げてますが、どこの国かは判別が付きませんね。もしかしたら向こうの大陸の船
かもしれません…」
「向こうの大陸の方が海流の調査を終わらせたとなると…その可能性も大ね。ボア様、どう思われますか?」
「ふぅむ…となると、今後は陸路ではなく海路を中心に、一度に大量に向こうからのやって来る危険性が高まる訳じ
ゃのう…。あちら側からこちら側への海流がこちら側からあちら側への海流よりも有利に、つまり北向きじゃったと
言う訳か…」
「しかしミディア、俺が得た情報によると海流は”新しい大地”中央を境にアカネイアには北へ、ユグドラルには南
へ流れているとダロスが調査したと聞いている。ユグドラルの船では無いのではないか?」
「じゃあ、アストリアは何処の船だと思うの?」
「わからないな。ただ…」
「ただ?」
「我々の手で早急に手を打つ必要があるだろう。”統一アリティア軍の手によって”問題を解決しないと、国際問題
になりかねないだろうしな」
「では…アストリアは黒騎士団が悪意を持って港を占拠、船を拿捕したと?」
「悪意無く拿捕する理由があれば知りたいな。奴らは傭兵の類を使わない事を誇り…拠所にしてきた。外国から傭兵
を送ってもらったとは考えられない。となると、後は…」
「……補給路を絶たれたが故の荷の略奪、あるいは別の理由?」
「十中六七、前者だろうな。どうする?ミディア」
「………残念だけれど、私達だけで黒騎士団と真正面から立ち向かうにはこの関所の全兵力を動員しないと勝ち目は
無いでしょうね。せめて、どこからか援軍が来てくれれば………」
「援軍の当てがあるとすれば、鉄騎士団と木馬隊がどう動くか……じゃな」
「ロレンス将軍とロジャー団長、ジェイク隊長からは何も?」
「ええ、音信不通のままです…やはり噂は真実なんでしょうか?旧グルニア王が黒騎士団の傀儡だというのは…」
「ふぅ……考えたくは無いわね」


22、
語り ピンゾロ

 副隊長の……姉!?まさか、そんな重要人物がこんな所に?旧マケドニア出身のアリティア開放軍の天馬騎士三姉
妹の話は副隊長が部隊に来た日の夜に聞いている。全員の顔こそ見た事は無いが、その名と、実力と、今は別々の任
に就いているという事、そしてその訳は知っていた。しかし、副隊長の姉上はアリティア城に軟禁されているはず。
この様な場所で、娼婦の真似事をしているなどという事があるわけがない。となると…騙りか?いや、この娘からは
その様な感じは受けない。

「それは、本当なのか?」
「…今の私は、あなたと同じ様ですね。真実を話しても、信じてはもらえない。でも、信じてもらう他ありません」
「その言い方から察するに、私の言った事は信じてもらえたと判断していいんだね?」
「ええ。妹の名を出されたからには信じる他無いでしょう。それに…私達に生きていてもらっては困る人物は沢山い
ますからね…」
「……君や副隊長達に生きていてもらっていては困る人物…」
「………旧アカネイアの貴族だった人達、ですよ」

 やはりそうか。そして彼女は語り始めた。なぜ彼女がここにいるのか、なぜ副隊長達姉妹がバラバラなのかを。


23、
語り パオラ

 暗黒戦争終結直後の事です。解放軍は2つに別れざるを得ませんでした。アカネイア聖王国王家唯一の生き残りで
あられるニーナ様が、”オレルアン城開放の時に、マルス王子に託されたファイアーエムブレムの意味は何だったの
か”…つまり、”どこまでその権限を譲られたのか。解放軍の総指揮官としてまでか、それとも全土解放後の支配権
をもか”という事です。
 私達の様に実際に前線で戦った兵の殆どにとっては、ごく自然に、当たり前の様に後者だと思われていましたし、
ニーナ様御自身も、メディウス皇帝討伐直後にマルス王子に、直々にこの後のアカネイア大陸の全土掌握を諮詢なさ
れたと聞いています。
 …ですが、それらはあくまで前線でおられたお二方の口約束…あるいは捏造ではないかという噂が湧いて出ました
…流したのは、旧アカネイア聖王国の貴族達…私達解放軍を”アリティア解放軍”ではなく”聖アカネイア解放軍”
と称し、しかし後方から物資や資金を惜しまず援助して下さった方々です…もっとも、その腹の内は”アカネイア聖
王国の威光を再び!”という思惑からでしたが。
 その為、ニーナ様はとある事情もあったのですが、それよりも自分という存在が混乱の火種になっている事に大変
傷付かれ、何も言わずにお隠れになってしまわれました。…ですが、その判断が正しかったかどうかは難しい所です
。証人が証言をせずに失踪したのですからね。そして始まったのです…統一アリティア派とアカネイア派の政争が。
 当時、私達三姉妹は、一部の旧アカネイア貴族が自分達の主張に賛同しない…アカネイア貴族でありながらも私達
統一アリティア派に協力して下さる方々…反抗分子を粛清しているとの情報を得て、その鎮圧に当たっていました。
 ですが私は…その時ある失態を犯してしまいましてね…詳しい話はできませんが、それで軍事法廷に突き出されて
しまいました。そして…極刑を言い渡されたのです。
 でも、カチュアとエストが…妹達が、私の罰を軽くする為に、司法取引をしてくれたのです。
 結果、カチュアはたった一人でバレンシア大陸のソフィア王国に出向く事になり、エストは無期限大陸追放になり
ました。そして私は、騎士の位の剥奪とアリティア城での無期限軟禁となったのです。

「ちょっと待った。では、何故君はこんな所にいるんだ?アリティア城にいるはずではないのか?」
「それは…わからない、としか言い様がありません。ある日の夜、私は眠り薬を混ぜた食事を食べさせられた様なん
です。そして気が付いたら、長かった髪はここまで切り落とされ、ここに連れて来られていたんです」
「そんな事が…では、尚更早くここを脱出し、城へ戻る手続きをした方がいい。このままでは、君は脱走兵扱いにな
り、妹さん達の苦労も無駄になる」
「でも、ある日突然拉致されて…なんて話、聞いてもらえるでしょうか?」
「何、心配はいらんさ。私達の部隊はシーダ様直属にしてエリス先生が特別顧問を勤めて下さっている部隊。お二人
の後ろ盾があれば信じてもらえるさ、きっと。あと必要なのは…」
「……私の信用と決意、ですね。わかりました。私はあなたを信じます。それで、基地への脱出ですが…」
「ああ、それならまかせてくれ。いい手がある。……日頃の趣味の修練の活躍の場、だな。経験値をあげやう」
「……?」


24、
語り カメラアイ

 その頃、ここ旧マケドニア南方の港街の宿では、レイミア傭兵隊が各々の時間を過ごしていた。

「レイミア、それが?」
「ああ、今回のテストの報酬さ」

 ネネが聞き、レイミアが答えた”報酬”…テストと称してタダ働きさせられない為にレイミアがクライアントから
受け取っていた…それは、不気味に輝く白い石だった。

「持って行く所に持って行けば、金貨4万枚にはなるんだとさ。私にはただの石コロにしか見えないけどねえ…」
「宝石の原石、というわけでもなさそうですね」
「そうなんだよねえ…ま、よしんばそうだったとしても、加工費を取られて大した額にはならないだろうね」
「diy,qsu,nqn,enu,zuy,enq,quq,cil…リーダー、ちょっといいかい?」

 二人の会話に異国の言葉で割り込んだのはミーナだった。

「ああ、いいさ。何だいミーナ」
「quy,qqu,nut,igo,mat,ati,tem,equ,men,cil…その石、私に譲ってもら
えないだろうか?もちろん、金は払う。この通り、頼む!」

 深々と頭を下げるミーナ。そんな彼女と石を、レイミアは値踏みするかの様に見比べた。そして…。

「…私達全メンバーに金貨1万枚ずつ、計7万枚。それで譲ってあげるよ」
「レイミア…」

 ネネはレイミアの提示した額に狼狽した。恐らく、異国人のミーナはこの石が何か知っている。が、その正体を聞
かずに、持っていく所以上の値段を吹っ掛けたのだから。

「tut,uno,kxu…7万でいいんだね?ユグドラル金貨でも構わないかい?」
「ああ、ユグドラルでもアカネイアでも」

 …しばしの沈黙。そして、ミーナは口を開いた。

「yiq,ase,ruz,cul…もう一つ頼みたい事があるんだ」


25、
語り カチュア

 月明かりに照らされた基地の入り口、総勢38名の作戦要員が集結している。
 南の港にはピンゾロ隊長がいる事と、黒騎士団が手を出しにくいであろう事、”赤の救援隊”も海路を取るタイムラ
グがあることから少なく見積もった12人。
 旧カダインには旧グルニアと陸路が繋がっているため黒騎士団の主力である騎兵の走破が容易である事から、後方に
控える戦闘員を多めにしての25人。
 そして両者の連絡の繋ぎ役として上級天馬騎士の私。

「皆さん揃いましたね。それでは、作戦開始!出発!!」

 私の号令と共に、港行きの部隊は徒歩で(進軍と悟られない様に)向かって行った。そして残りのメンバーは、エ
リス先生の『ワープ』のチャージの完了を待っている。カダイン魔法学院周辺には、暫定新学園長となったウェンデ
ル司祭の簡易結界(ガトー様のそれとはやや性能が落ちる…らしい)があるため、学園都市内部への直接移動は無理
だそうだ。

「…チャージ完了!行きます!『ワープ』!!」

 エリス先生と私を除いた25人が魔法光に包まれ、消えていく。目標はカダインの砂漠と草原の境目、だそうだ。
東に小さな神殿があった、川の流れるあそこだろう。あの場所から北西に砂漠を横断すれば、昼前には学園都市内に
入れるだろう。

「さて…私達も行こうか、アクア」

 ブルルン、とアクアが嘶き、私は西へと向かう。…2度と結界を破らないように。まずはカダインから…。


26、
語り ピンゾロ

 (筆者注釈・ここはかなりエグというかグロというかキモというか…ぶっちゃけピンゾロがパオラ脱出のため演技
しているだけなので、想像力豊かで不快な方は26、へGO!)

「くっ…!!離して!」
「へっへっへ、ご自慢の徒手空拳も、こうやって抑え付けられちゃあ振るえんなあ」
「この、このっ!」

ぼん、ぼん

「そんな体勢で蹴りを放ったって、痛くとも何とも無い。徒手空拳の捌き方を心得てる人間に当たっちまった自分の
不幸を呪うんだなあ!!」
「いや、いやあ!!たすけてぇ…!」

 下衆な男声とか弱くなった女声、『赤國剣士奮戦記』をロールプレイしている時、よくあるシチュとして演技して
いたのだが、こんな所で役立つとは思ってなかった。今頃パオラ殿は娼館を抜け、夜道に紛れて基地を目指している
だろう。どれ、私はその時間稼ぎをしなければ(もうここには通えないなぁ…)。

「どおれ、まずは胸当てに包まれたたわわな膨らみから…」
「や…やめてえええ!!」
「ぬ…なかなか、手が入れ辛い。こりゃ相当ぎゅうぎゅうに詰め込んでいるな?苦しいんじゃないか?グヘヘ…」
「いや、いやぁ…ぐすっ」
「楽にしてやろうか、と言うと思ったか?んん〜?だがなぁ、私は胸当てが大好きなんだよぉ…特に、お前の様に無
理矢理ギチギチに詰め込んで痛そう苦しそうにしているのがなぁ…へっへっへ」

 …少々、説明台詞臭いか?しかし、壁の薄いこの娼館において全くの無音というのも怪しまれてしまう。しかし、
いやらし合体をしている音を出す事は出来ないため、いつもの如く胸当て責めプレイをしている様に思わせないと、
他の常連客やフロントの婆さんにばれてしまう(ちなみに、私はここでいやらし合体をした事は天に誓って1度も無
い。胸当てっ娘の手コキやフェラや胸当てパイズリで済ませている。こんな元風来坊の子なんて誰も欲しくは無いだ
ろうしな。それに…若い頃は色々あったしな)。

「どぉれ、この胸当ての中にチ○ポをぶち込んでやろうかな」
「や、やだっ!!」
「嫌か?じゃあお前の濡れてないココに直接無理矢理ぶち込んでやろうか?」
「や…それだけは…いや…」
「へへ…まだ処女でいたいか。さては好きな男でもいるな?ん〜?」
「くっ…」
「返事が無いのは”ハイ”の証拠、か。くくッ、いいねいいねぇ!!わかった、処女は取っといてやるよ。その代わ
り…そのけしからん胸当てで私を満足させろおおおおおお!!」
「きゃあああああああああああっ!!」

 …さて、こんなものでいいか。私もそろそろ逃げ出さないとな。金貨をいくらかベッドの上に置いておいて…と。
それでは…いい店だったけど、サラバ!!


27、
語り カメラアイ

♪ロバのパン屋だティンカラホイ

「さーさ、いらっしゃいいらっしゃい!ご当地初見参、ロバのパン屋だよー」

 ここ旧カダイン領に向かった部隊の内、「お前は戦力として今一つだから」という満場一致の意見により情報収集
班に回された(でもやる気満々の)ロバーナイト・ファーゴが、自分の愛馬(てか、ロバ)に、これまたファーゴ特
製今一つパンを各種乗せ(ファーゴ曰く、保存性の高い、”赤の救援隊”が保存食として買い求めそうなパンを揃え
た、らしい)、売り歩いていた。時間は深夜、近隣住人にとっては迷惑甚だしい時間である。…本当、何かに付けて
今一つの男である。

「さーさ、焼きたて香ばしパンだよー」

 無論、こんな遅すぎる時間にパンを買い求める客などいない。

「栄養たっぷり気分ほっこり、とても美味しいパンだよ…」

 ああ、何か涙声だ。このカメラアイ、感情を押し殺して淡々と、がモットーなのに可哀想になってきたよ。でも、
返事をするのは鶏と番犬くらいのもの。

「半額でいいからさ…」

 商売始めて早々に!!しかし、”半額”というワードに弱い主婦の皆様も起きない。

「…ぐす」

 ついに漢の涙も大安売りになりましたよ奥さん!!でも起きない!!
 閑話休題。その頃、他の情報収集部隊は、それぞれ持ち場に着いていた。無論、離れた位置には護衛部隊が。名も
無い情報収集部隊についていてもしょうがないので、護衛部隊の様子を見てみよう。前副隊長のキャブを筆頭に、砂
漠と草原の境、丁度中州が小島になった箇所にある小砦に部隊は集結していた。ここから北西に向かえばカダイン魔
法学院と学園都市、やや戻って南西に向かえば旧グルニア領ラーマン寺院跡、そしてカシミア大橋に半日とかからず
に着く。

「各自、南西への警戒を怠るな。”赤の救援隊”、隊長代理、もしくは黒騎士団の姿が確認できたら知らせろ」
「了解っスよ、キャブさん」

 キャブ暫定部隊長の指示に、ダイトリォが明るく返事する。そして他の面々も、コクリと頷いた。ただ一人を除い
て。

「……なあ、キャブよぉ。なんで俺だけ砦から出ちゃいけないんだよ」

 ロックロックだ。彼の”木馬”は見た目、排気音、ともに悪目立ちすぎるので、小砦の最深部に押し込まれている
。キャブは頭を抱えてその問いに答えた。

「隊長代理の命令だ。それに、俺が隊長代理でもこうしたぞ。今回はあくまで情報収集が目的だ。それに狼騎士団も
まだ到着していない。今、黒騎士団を挑発して事を荒立てるのは自殺行為だ」
「だからそりゃわかってるって。木馬の万能錠は返していらないから、せめてこの縄を解いてくれよ」
「だめだ。お前がキレたらどうなるか、よく知っているからな。もしもの事の前に怪我人は出したくない」
「傷薬もいっぱい用意してあるから大丈夫だって。それにキレたりしない、約束する。だから、な?」
「……ササ、相方に金のドラム缶を」
「う……わかったよ。大人しくしてる」

 キャブに言われてキャブの体躯以上もあるドラム缶をロックロックに被せようと持ち上げたササは、ロックロック
の言葉を聞いてそれを下ろした。と、部屋の隅で片足立ちでガッツポーズを決めていたホーシ(ちなみにこの体勢を
とる前に見事なバック宙を決めている)が、その姿勢を崩してキャブに話しかけた。

「キャブ、『ウォーム・探ってハニー』のとりあえずの結果が出たぜ」

 『ウォーム・探ってハニー』とは、ホーシの『ウォーム』の書の改造によって出来た偵察用の『ウォーム』である
。まずお団子ヘア状に改造した『ウォーム』の書のページを2つ用意し、それを頭に付ける。そして、「『ウォーム
』探って、ハニー!」と唱えつつバク宙を決め、片足立ちになってガッツポーズをする事によって発動、ミツバチが
偵察に赴くそうな。なぜこんな複雑というかなんというかな発動方法なのかというのは、作った本人にも解らない。
永遠の謎である。キモくて馬鹿馬鹿しいので誰も研究したがらないというのが1番の理由だろうが…。他にも色々と
変な『ウォーム』があるらしいが、それは追々…。

「そうか。どうだった?南西は」

 一息ついて床に座り込むホーシに声をかけるキャブ。ホーシはぜぇぜぇと肩で息をしながら答えた。

「ビンゴだ。”赤の救援隊”はカダイン目指してやって来ている。それに、黒騎士団の追跡も見受けられない」
「そうか。隊長代理の読みがかなりいい形で当たったな。このまま黒騎士団の動きが無ければ、戦闘行為無しに作戦
終了と相成る」

 ぱしっと拳を鳴らして喜ぶキャブ。他の隊員達も(若干1名残して)嬉しそうだ。…しかし、ホーシの次の言葉が
その空気を砕いた。

「おいおい…待ってくれよ。俺は『救援隊に対する追跡も見受けられない』と言っただけだぜ…」

 一転、空気が固まる砦内。

「どういう事だ、ホーシ!?」
「どうもこうも…黒騎士団め、更に南西の方に兵を進めてやがる。限界ギリギリまで追ったが…ダメだ、行く先も目
的も解らない」
「そうか……だが、俺達の受けた命令は情報入手とその護衛。それ以外の事は狼騎士団と合流してからでないとな」

 キャブ達は薄々勘づいていた。黒騎士団の目的はおそらく旧グルニア領でのゲリラ活動であると。しかし、今はそ
れをどうこうする命令は受けていないし、どうこうする為の情報も戦力も無い。…ただ1人を除いて、今は傍観する
しかないと悟っていた。そう…二代目ロックロックその人だ。

「なんとぉーっ!!黒騎士団め!!さては”赤の救援隊”が離れるのを待っていやがったな!南西…となると目的は
本城か?港か?新しい大地の関所か!?キャブ!!奴らついに本腰を入れ始めたぞ!!俺達も狼騎士団が合流次第…
いや、待ってられない!!隊長代理が来たらすぐにでも出陣を!!手遅れになる前に!」
「いいから落ち着け、ロックロック。藪を突付いて蛇を出す必要はないだろう。それに、この戦力に隊長代理が加わ
っても、黒騎士団”だけ”と互角に戦えれば上々、もし鉄騎士団や木馬隊が黒騎士団側だったら全滅は必至だ」
「だけどな、キャブ!!」
「”私達はここに死にに来た訳では無い”っっ!!!!」

 巨漢のキャブの一喝が、ロックロックを、周りを黙らせた。

「…って言うだろうぜ、ピンゾロ隊長ならな。副隊長も同じ思いだろうし、無論、俺もそうだ。ロックロック、そし
て皆、俺達統一アリティア軍第11混成部隊の使命は旧マケドニアに住まうマムクート族を、真に差別や偏見が無く
なるその日まで守る事。それを忘れるな。いいな?」

 流石は前副隊長、たったの数言で場を収めてしまった。決してカチュアが無能な訳ではないが、これが半年の長と
いうものだろう。…しかし、このシリアスムードたっぷりな沈黙は意外な乱入者によって破られてしまう事になる。

「ごっめんくださぁーい!!!!!」

バキバキィ!!どんぐぁらがっしゃーん!!

 黒スパッツを穿いた元気印の上級天馬騎士の美少女の天井ブチ抜き落下乱入という天変地異級の珍事によって。


28、
語り カチュア

 ガトー様の結界を破らない様、且つ敵に見つからない様に高高度を西に向かって飛び、旧マケドニアと旧グルニア
の間に位置する内海の中心部で北上する進路を取る。一応、ロックロックさん謹製風防双眼鏡をかけてはいるものの
、人は埃、建物がゴミ、といった拡大幅なのであまり役に立っていない(ロックロックさんごめんなさい)。

「ん?あれは…グルニア城かな。周りにいるのは…鉄騎士団と木馬隊ね」

 黒騎士団からの命令で城を守っているのか、それとも黒騎士団から城を守っているのかはわからないけれど、彼ら
が城の守りに徹しているという事はわかった。

「少なくとも粛清はされてない様ね」

 ロレンス将軍やロジャーさん、ジェイクさんの安否は気になるけれど、今はそれを確かめる時ではない。

「さて、このまま北じょ…ん?」

 城から北に見える港に、1隻の大型船が泊まっているのが見えた…大型船?それに、黒い鎧姿の騎士が大勢群がっ
ている事も。まさか…

「バレンシア王国からの船…と、黒騎士団!?」

 まずい。まずいまずいまずい。もし私の思い違いでなければ、あの船にはセリカ…もといアンテーゼ王妃が乗って
来ているはず。だって別れ際にそう約束したから。でも、それに黒騎士団が群がっているっていうことはつまり…。

「…拿捕された?」

 どうする?このまま単騎で突っ込む?ううん、それは無い。むざむざ捕まるか殺されるかしに行く様なものだ。じ
ゃあ、このままカダインへ向かって仲間や援軍の狼騎士団と合流し、助けに行く?1番いい方法かもしれない。万が
一の事があっては遅すぎるし、もしロックロックさんの言う事に木馬隊が耳を傾けてくれれば戦力の逆転も可能だ。
でも…これがもし隊長ならどうするだろうか?マルス様達に至急報告して部隊を派遣してもらう?それとも現状・短
時間で集められる戦力だけで、犠牲覚悟でどうにかする?私が、隊長だったら…。

「……よし。行くわよ、アクア」

 私は、アクアに鞭を入れた。


29、
語り ロレンス

「あの天馬騎士…行ったか…」

 儂は遠眼鏡を見張り役の部下に返すと、内心ほっと胸を撫で下ろした。あの天馬騎士、東からやって来た…そう、
統一アリティア本城の方角から。儂達自治部隊は粛清をも覚悟した。此度の内乱、儂の不徳の致す所からここまで大
きく広がってしまった。だからこそ、儂の命と引き換えにしてでも、ユベロ様とユミナ様の救出と保護を願おうと考
えていた。お2人を救い出す事さえできれば、形勢は逆転できると、元国王陛下も統一アリティアへの忠誠を新たに
するだろうと。
 しかし、天馬騎士は儂達の姿を確認し、北へ去った。恐らく、狙いは黒騎士団残党だろう。もしそうだとすれば、
あやつ達はユベロ様やユミナ様を利用しようとするのではないか?儂達が、加勢出来ぬ様に…。
 歯痒い。奴等黒騎士団残党の下に正義は無いというのに。儂達は旧グルニアの騎士故に、手出しが出来ぬ…。名を
知らぬ天馬騎士、そしてその仲間達よ。許してくれ、とは言わん。汚名と罰は、この儂が皆の分、纏めて受けよう。
だから…せめて勝利と無事を祈らせてくれ…。


30、
語り カメラアイ

「何を言われても我々の答えはノー、だ。我々は戦いに来たのでは無い。ましてや貴殿達が統一アリティア王国所属
ではなく、尚且つその統一アリティア王国に牙を剥くというのなら、尚更だ」

 ここカシミア大橋の南岸、黒騎士団の本陣のテントに響くは、静かに激昂するリュートの声だった。彼は船が拿捕
された時、咄嗟の判断で最高責任者を演じてみせた。本来の最高責任者はセリカ…もといアンテーゼ王妃なのだが、
その身を守る為にあえて危険に身を晒したのだった。この機転、流石は賢者と呼ばれるだけはある、か。

「これだけ妥協案を提示しても変わらぬ、か。非常に残念だよ、リュート大使」
「妥協とはもっとこちらに益のある事を提示してから言う物だ、パージ将軍」

 リュートも、ラーマン寺院跡から戻ったばかりのパージも、互いを視線で牽制しあったまま、引かない。もし両者
の視線に魔力があったとすれば、互いに打ち消し合いバチバチと音を立てて火花を散らしていただろう。

「君達バレンシア王国大使団が目指す地の1つ、カダイン魔法学院はこの北…1日程の距離にある。そこまで行く”
だけ”なら、私達は君達をすぐにでも解放しよう…ここまで譲歩したというのに、頑なだね、貴殿は」
「学院との交換留学や共同研究を円滑に進めるには、どうしてもマルス王子と謁見し許可を得るが必要なのでね」
「そう…マルス”王”ではなく未だ”王子”…これが今の統一アリティアの脆弱さを表していると、先程から申して
いる筈だがね」
「では貴殿ら黒騎士団はそれ以上には強固だと?人数、土地、兵糧、カリスマ…どれを取っても統一アリティア王国
に劣る、と俺には見えるがね」

 リュートのベタな、しかし確信を突き、尚且つ誇り高き黒騎士団には痛い一言がパージに突き刺さる。

「…下手に出ていれば、貴様っ!!」

 激昂したパージは立ち上がり、腰の大剣に手をやる。しかし、リュートは至って冷静だ。

「…やるかい?少なくとも、1対1ならば俺に負けは無い。そして黒騎士団全戦力と我々バレンシア王国軍全戦力と
の戦争となって…将軍を失った騎士団と一国の軍隊、勝つのはどちらかな?」
「………くっ」

 剣を離し、倒した椅子を戻して座り直すパージ。

「随分手こずらせてくれたが、ようやく理解してくれてありがたいよ、パージ将軍。ではこちらの要求はこうだ。ま
ずは全船員の即時解放、そしてこの大陸を離れ母国に戻るまでの間の全員の身の安全の保証…嫌とは言わせないぞ」
「………………………」
「さあ、返事は如何に?」

 沈黙が流れた。長い、或いは短い沈黙。それを破ったのは…

「………ク…クク……ク……は、は」

 パージの狂気染みた、押し殺した様な含み笑い!

「……?」
「…は…はーっはっはっはっはっはっ!!!!”愚”ッ!!愚かだよ君達は!!!」
「な、何だと!?」
「『こうなる可能性は大だという事を念頭にして、あえてこの策を取った』この意味が解るかね?」

 ニイィッ、と狂気染みた笑顔を満面に浮かべるパージ。

「交渉の決裂など想定済み!!後はその結果を向こうに知らせる狼煙を上げる時間を作り、悟られない様にするのみ
…。身動きを取れず、我らの仲間に囲まれた君達の仲間がどうなるか…ククッ…愉快で愉快でたまらんね!!」
「き・さまーっ!!」
「ククク…仲間の身の安全を思うなら、吐いてもらおうじゃないかリュート大使”代理”。本当の大使は誰だね?」
「何…?大使は、最高責任者は俺だ!」
「”愚”ッ!!未だその嘘が通用すると思っていたとは!ははは…我々も舐められたものだ!…ここに書面がある」

 そういってパージは数枚の羊皮紙をどこからか取り出した。

「遺憾ながら武具を取り上げさせてもらったた際、赤毛の女剣士殿が身に着けていた、2重の仕込み胸当ての内側か
ら出てきた物だが…ここにある『親善大使・セリカ』とは誰の事だね?ん?」
「……知らん。大使は俺だと言っている」
「そうか…セリカ…女の名だな。たしか何人か女が乗っていたな。どれ、騎士の道とは言えんが、少々辱めにあって
もらって……」
「やめろ!大使は俺だ!彼女達は関係無い!!」

 しかし、その叫びはパージの読みを肯定する様なもので…。

「1人の女を差し出すか、女全員を差し出すか…選択権は貴殿に有りだ、リュート大使”代理”殿。さぁ、この騙り
の道化を縛れ!それと港へ伝令!どんな手段を使ってでも、セリカという名の女を生かしてここに連れて来い、とな
!!」


31、
語り カメラアイ

「えぇと…まずは何から話そうかな?あ、自己紹介がまだね。どうも初めまして、あたし、バレンシア王国から来た
クレアっていいます。で、この子がファルコンのイリュー」

 砦の天井にぽっかりと開いた大穴、その下には瓦礫と埃。そんな中で少女はのほほんと自己紹介をした…事故照会
の方が先じゃねーか?と部隊の誰もが思って……いなかった。それどころか、

(か…かわいい!!)
(副隊長と互角の可愛らしさだと!?)
(破れ黒スパッツ萌えー!!)
(同志よ!!)
(短いポニテが…ポニテがーっ!最ッ高に!良いのですがっ!!)
(微乳是即美乳、アンダスタン?)
(天馬騎士の力で砦の屋根と天井突き破れるのか普通!?)

 …この様である。ちなみに最後のはキャブの心の中である。そのキャブが代表して(キャブ一筋のダイトリォとム
ッツリ無口のササを除く殆どの隊員が呆けているので)、クレアと名乗る上級天馬騎士の少女に質問をした。

「…名前はわかった。色々突っ込みたい事もあるがそれも後だ。君は何者だ?ここに来た理由は?」
「そうそう、あたしは新しく出来たバレンシア王国の大使団の1人としてこの大陸に来たんだけど、肝心の船がえー
と…ぐるにあ?そこの港で黒い鎧の騎士団に拿捕されちゃって、それで上空にいたあたしがこの国の、えーと…王様
に助けを求めに行こうとしたんだけど、イリューもあたしもここで暑さにやられて限界にきちゃって、で、砦もある
し水分の補給がてらここに着陸しようとしたら、この子もあたしもぐらっときちゃって……あー、ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げるクレア。その様子に大半の隊員が萌えを感じていた。が、萌え以上の感情に踊らされる人間が
約1名。ロックロックだ。

「黒い鎧…黒騎士団!!奴ら、何て」
「ササ、ドラム缶」

 ドスン、とロックロックにドラム缶が被せられる。このドラム缶、超力持ちでないと持ち上げる事はおろか動かす
事も出来ない超重量である。ちなみに空気穴は中央に開いているので安心だ(液体を入れる物としては失格だが)。

「なるほど…。だが、その話の裏を取りたいな。まず、君の身分を証明してもらおうか。こちらの自己紹介はそれか
らだ」
「えーっと、ちょっと待ってねお兄さん。たしかこの辺に…あれ?」

 服をぱたぱたと触ったりはためかせるなどして、セリカにわたされた身分証明証(と海図)を探すクレア。しかし
見つからない。ので、胸当てを取りシャツをぱたぱたとさせる。

「うーん、どこいっちゃったんだろう…」

 隊員達の殆どがスケベな目でその様子を見ていた(ササもチラ見していた)。しかし出てこない。

「ここに落ちてきた時に落としたのかなー?」

 しまいにノースリーブシャツ+ふともも破れ黒スパッツ+ブーツという格好で四つん這いになって瓦礫の山を探す
クレア。隊員達の理性は「あと1分…それが理性の限界だ」という所までキていた。その時、

「パンパカパーン!ありました!!よかったー」

 隊員達ががっくりと肩を落とすその中で、嬉々として証明証をキャブに見せるクレア。

「うん……新しい国の物だからよくはわからんが、とにかくこれは本物で君の言う事は本当らしいな。いいだろう。
こちらも自己紹介をしよう。俺達は統一アリティア王国軍第11特殊部隊。訳あって今は隊長も副隊長もいない中、
作戦行動に出ている途中だ。俺はとりあえずの部隊長・キャブ。隣に居るのがダイトリォ、仏頂面の筋肉男がササ、
その横のドラム缶がロックロック…後は勝手に自己紹介してくれるだろうよ」

 …キャブの予想通り、この数秒後我も我もと自己紹介&質問タイムに入るのだが、面倒なので割愛。


32、
語り セリカ

 黒い鎧を着た騎士達に船を拿捕され、身柄を拘束されてどのくらいの時間が経ったのだろうか。ぼんやりと東の空
が明るくなってきた、その時だった。

「…悪いが仮面は取れない」
「貴様の都合は知った事ではない。我々黒騎士団の命令に従うか、この中の誰かが痛い目に遭うか、それだけだ」

 シリウスさんだ。シリウスさんが頑なに仮面を取らないので、業を煮やした騎士の1人が彼を恫喝しているのだ。
ちなみにこの仮面、外れない様に特殊な鍵を掛けて固定してあるので、シリウスさんにしか外せないらしい(どの様
な仕掛けかはシリウスさんと開発したリュートさんしか知らない)。

「…地に堕ちた物だな。騎士団を名乗るのならば、もっと誇りある行動に出るべきではないのか?この様な海賊紛い
の行いをして…」
「騎士の誇り…か。ふん…こちらの都合も知らずに、簡単に理想論を言ってくれる…」
「理想論?…違うな。これは騎士道の基礎の基礎だ。私のような、旅の騎士崩れでも承知している、な」

 拘束されているとはいえ、さすがは元・リゲル帝国将軍。全く怖れを見せず、逆に黒い騎士を挑発(お説教?)し
ている。

「それに、私の仮面を剥がした所で、貴殿らの戦局に大いなる利も微微たる利もあるとは思えんがね」
「貴様の勝手な理屈に『はいそうですか』と従った所で、他の乗員への示しがつかん。イニシアチブは我らにある。
大人しく従ってもらおう」
「断る、とまだ言えば?」
「その時は力尽くでもだ」
「…では拘束を解いてもらおうか。私に外せと言ってきたという事は、つまり貴殿ら騎士団の中にシーフがいないと
いう事…と見たが?」
「当たり前だ。斯様な下賎なる職の者など、我らグルニア黒騎士団には不要」
「なるほど…(………)か」

 シリウスさんが今、何かを確かに声を殺して言った様な気がしたけれど、私には(そして他の誰にも)聞こえなか
った。

「だが、どのような理由があろうと拘束を外すわけにはいかん。先程も言った通り、他の乗員への示しがつかんから
な。故に要求は即時却下、力尽くで剥ぎ取らせてもらう」

 仮面を固定する側面の金属帯とこめかみの隙間に騎乗槍を突き入れ、こじ開けようとする黒い騎士。

「つっ…!抵抗はおろか、身動きも取れぬ丸腰の相手に、こうまでしようとはな…堕ちた…ものだ…」
「……やかましいっ!わかっているっ!歴史ある誇りだけで…勝利と栄光を掴む事が…できるものかっ!!」
「ならば、何故今の道が滅びへと続くのみの穢れた道と解さん?」
「……ッ!!………死を、滅びを、穢れを恐れて何が騎士道だーっ!!」

バキイィッ!!


33、
語り カメラアイ

「うんしょ、うんしょ…」
「んっ、んっ、んっ…」
てしてしてし…

 まだ朝ぼらけとも言うには早い時間、ここ旧マケドニア南の港近くの街道を、2人の少女が這いずり回っていた。
1人は鍬を持って土を掘り起こし、1人はその跡に何やら細い糸を埋め込んで踏み固めていく、という珍妙な行動を
とって。

「イルル〜、もう掘り起こさなくてもいいよー。手持ちの鉄糸は使い切ったからー」
「了解…」

 レイミア傭兵隊の双子、ミルルとイルルだ。何らかの意図故の行動の様だが…。2人はその場に腰を下ろした。

「あー、昨日のシーフード尽くしは美味しかったよね♪生の魚があんなに美味しいなんて…今度参考にしちゃおう!
うん!」

 とはミルルの声だ。ミルルは平時、部隊の食事担当もしている。

「レアステーキ好きのレイミア様も美味しいとおっしゃっていたものね…」

 とはイルルの声。ちなみにレイミアの好物はミルクと血も滴るレアステーキだ。

「でもイルル、お魚さんの中には毒の血をもっているのもいるから、獲れたて新鮮でも注意した方がいいんだって」
「へぇ…」
「もー、イルル。ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるわ…たしかフグ、って魚よね…?」

 と、空返事を返した所でイルルの動きがある1点を見据えたまま止まった。ミルルもその方向を見る。

「tut,uqo,sut,uru,ruk,aru,tum,uqa,kuk,asu,suy,oga…いたい
た、おーい!イルル、ミルルーっ!ちょっと話があるんだけれどーっ!?」

 異国の言葉、褐色の肌…ボウファイターのミーナだ。ミーナは、イルル達の姿を発見し、駆け寄ってくる。

「kir,qku,nun,uqo,sut,upu,rxu…あのさ、あたし、今回のテストが終わったら、ちょ
っと1人でユグドラルに戻んないといけないんだわ。この傭兵隊に入る前に受けた仕事が1つ残っててさ…」
「そうですか…その事、レイミア様は何と…?」
「kid,oke,tit,uno,kat,etu,nuy,ari,sor,ati,tiq,omi,tat
,cil…一応、皆にナシは付けてきた。『あんたは新入り、勝手にしな。ただし、迷惑と火の粉と裏切りには、そ
れなりの対処で出迎える…それでいいかい?』ってリーダーは言ってたけど、様は”OK”って事だろう?」
「そーだよー。ミーナさん、迷惑かけちゃ、メ!降りかかる茸」
「姉さん、火の粉…」
「そうそう、間違えちゃった。てへ。火の粉は振り払う。裏切りなんてマネしないよね?もしやったらー」

 ゴゴゴ…と、満面の笑顔のミルルが迫力を出す。そしてこう言い放った。

「元・仲間のよしみでぇ、楽に殺してあげるから♪」
「kiq,asu,rog,ozo,ram,iku,nqq,unu,txe…肝の銘じておくよ。ま、信用して
もらってかまわない。こっちのクライアントの依頼を蔑ろにするつもりは無いし、あんた達について行く気持ちはま
だ変わってないさ」
「そういえばミーナさんは元・フリーランスの冒険者、私達の仲間になったのも色々な場所へ行くから…でしたよね
…」
「din,omi,tet,uhe,ges,ene,quk,etq,iun,adi,kxa…そういう事。こ
のアカネイア大陸や”新しい大地”は嬉しい誤算だったけど。ま、もし傭兵隊が何処かに定住する様になったら抜け
させてもらう。そういう契約さ。…その心配はしばらく必要無い、ってあたしの冒険者の勘が伝えてるけどね…っと
あんた達、もう用事は済んだかい?朝食に誘いに来たんだけど」
「うん、もう終わったよ。イルル、行こっか」
「ええ、姉さん…」


34、
語り カチュア

 私の取った進路、それは港方面上空だ。でも、占拠された港に単騎で突っ込むわけじゃない。これだけの大船、拿
捕する為にはそれなりの戦力を割かねばならないだろう。そして、本陣の戦力が減る。さらに何らかの理由で状況が
変われば、本陣から伝令が出る。それでさらに本陣の戦力が減り、尚且つ本陣の位置が掴めるというもの。戦いの勝
ち方の1つに、初手から大将狙いというものがある。私が狙っているのはそれだ。現に私が帰還して最初の戦闘でも
、初手から敵の司令官を倒せたから、たった4人でも勝てたのだ。
 と、案の定カシミア大橋の南から煙が上がり(恐らく狼煙だろう)、1人の騎士が港に向かって馬を走らせていた
。見えた、あのテント群が敵の本陣だ。まずは本陣を(出来れば)落とし(出来なくとも戦力を削って)、キャブさ
ん達と合流、一気に港に攻め入る。…ロックロックさんの事、あれ程反対していたのに…隊長代理失格ね、と思い、
ふふっと息を吐くと、私は黒騎士団の本陣と思わしきテント群に向かった。


35、
語り イング

 それは本陣からのパージ将軍からの指令を伝えるため、港に着いたその時だった。騎士の1人が、人質に槍を突き
刺している所を目撃したのは。パージ将軍からは「人質は極力傷つけるな」という命令があったにも関わらず、だ。
僕は急いで甲板に駆け上がると、その騎士を力一杯殴り飛ばした。

「何をやっているか貴様ーっ!!」

 年齢、団歴、共に向こうが上だ。しかし、階級では僕の方が上だ。しかも、行われていたのは、人質の旅の騎士の
頭に槍を刺すなどという非道な行為。それを止めた事、誰に咎められようか。

「貴様のやっている事、明らかな命令違反だぞ!」
「…す、すみませんイング様。しかし、こいつが頑なに仮面を外す事を拒むだけでなく、我らを…」
「言い訳はいい!それよりお前達、先程から本陣より上げられている狼煙に誰1人として気付かなかったのか?!」

 そう言うと皆一斉に本陣の方角を向く。誰も見ていなかったらしい。徹夜明けとはいえ、弛み過ぎだ。

「あれは…本命はこの中、というサインですね」
「ああ。セリカ、という女が本物の大使だ。それを連れて来いとの命令だ。この中で女は?」
「はっ、この3人だけであります!」

 そう言って指指された方向には、赤毛の女2人と桃色の髪の女が1人。この中の誰がセリカか…

「…私です。私が、セリカです」

 尋問しようとした時、1番気丈そうな赤毛の女がそう言ってきた。船酔い女は気分が優れなさそうだが、桃色の髪
の女が「セリカ様!」と言ったので裏は取れた。十中八九、こいつだろう。

「よし。お前を我が黒騎士団の本陣に連れて行く。大人しくついて来てもらおうか。後、もし騙りだった場合…貴様
とその仲間達の身の安全は保証しかねる。だから、もう1度だけ聞く。貴様が、セリカか?」
「ええ。紛れも無く、私が、セリカです」
「足の拘束を解いてやる。馬に乗れ。僕が連れて行ってやる」

 僕は馬にセリカと名乗った女を乗せ、その後ろに乗って手綱を引く。後はこの女を本陣に連れて行くだけだ。そう
思っていた。その時は、まだ…。


36、
語り ピンゾロ

 翌日の朝早く、港から出た私は近くの森にある討ち捨てられた廃教会へと向かった。私が休暇を取った理由は、実
はここへ赴く為というのが1番の理由だ。

「…ここでも多くの命が奪われたのだな…」

 廃教会の中は今も大量の血の跡が黒ずんでいた。神像や長椅子は半壊し、壁は所々穴が開いている。こんな場所を
指定してくるとは…まったく、あの御仁は相変わらず趣味が悪いというか何というか。
 しかし、半壊しているとはいえ教会は教会。私は神像に祈りを捧げる。と、後ろから年老いた声が掛かった。

「ふん。ここにあった自然の命を奪っておいて、そのくせ自分達だけは神の加護を得ようなんて、そんな都合のいい
人間達なんて殺されて当然なのさね」
「…相変わらずの毒舌ですね、”マザー”」

 朝とはいえ薄暗い廃教会の長椅子の上で、もぞもぞとボロ布が蠢いた。否、かなり着古された法衣だ。

「ま、東の島国では古来より社は神が去った後取り壊すのが礼節とされてきたと聞く…もはやここに神はいないのじ
ゃろうて。それより、おんしがここにいると知った時は驚いたよ、”ピンゾロ”」

 法衣に身を包んだ老婆…”マザー”は、その皺だらけの顔で私を睨みつけた。因みに私達は、旧知の仲だがある理
由で仲はそれほど良くない。

「それはこちらもですよ、”マザー”。あなたは私がどこに流れようと必ず現れる」
「ふん、おんしのくたばり様を見るまではね」
「私はまだ死ねませんよ。…まだ、見つけていませんからね」
「……この大嘘吐きの偽善者めが。本当はとっくに見つけたのではないかね」
「もし見つけていたなら、真っ先に”償っていますよ”」
「ふん、言いおるわ。でもな”ピンゾロ”よ、それでも”過ぎ去った十数年は償えきれん”わい」

 そう言って”マザー”は、1冊の魔道書を取り出した。 

「『シェイバー』の魔道書とよばれる風の刃の魔道書じゃよ。ユグドラルと違い、この大陸の風魔法の研究は未だか
なり遅れておるわい」
「その魔道書…どうなさるおつもりで?」
「…無論、おんしを斬り刻む為に買うた。今すぐか、後でか、ここでか、別の所でか…それはおんし次第じゃて」

 ひぇひぇひぇ…、と皮肉混じりの笑いを上げる”マザー”。……やはり、まだ……か。と、”マザー”は笑いを止
め、真剣な眼差しで私を睨みつけた。

「……それより、おんしに面白いものを見せてやるよ………」

 そう言うと”マザー”は1本の魔法の杖を取り出す。

「もう知っているかと思うがな、これは『ウォッチ』の杖というての…ここではない所の今の状況が解る魔法の杖じ
ゃて。今、おんしにとって面白い事になっておってのう……是非、見せてやらんとと思うてな。ひぇひぇひぇ」

 ”マザー”は普段、この杖の魔法を応用して占い師として生計を立てている。そうする事で直感的に近未来の事、
遠くの事等がわかるらしい。

「……『ウォッチ』」

 ”マザー”がそう唱えると、杖の先に付いた水晶玉が輝き、そして”今起こっている現実を映し出す”!

「…!!こ、これは!!」
「ひぇひぇひぇ…面白い光景じゃろうて、のう」


第4章
『赤の救援隊』 終わり

次回、Please fight! My Knight.
第5章
『青の救護者』に続く

炎の御旗。悪魔の剣はその明(あか)を受けて煌くか?


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