かつて、人は雄々しき竜を恐れた
今、竜人は人を恐れ、人は竜人を恐れる
もしかしたら、ただ弱いだけなのかもしれない
もし互いにほんの少しだけ強くなれれば、もう少しだけ変われるかもしれない
Please fight! My Knight.
第3章
『森園(しんえん)エリス』
1、
語り カメラアイ
アカネイア大陸より海を越えて西にある大陸、バレンシア。
大陸とはいえアカネイアやユグドラルに比べ半分にも満たない面積ではあるが、それ故この2つの大陸のように、国が乱立するという事も無く、また運命の悪戯が幸運と祝福を与えた事もあり、一月程前に大陸統一国家・バレンシアが誕生。目立った暴動や破壊活動、内乱も無く、若き国王・アルムは着々と国造りを進めていた。
だが、この大陸でも少し前まではソフィア王国とリゲル帝国、大陸を南北に二分するこれらの国によって戦争が行われていた。またその裏では、教皇ジュダ率いる邪神ドーマ教団軍のゲリラ活動、数多くの魔物達の出現、砂漠の盗賊王ギースの暗躍、ダッハ、ガッハ兄弟率いる海賊団の台等、”もう一振りの同じ銘の神剣”を調べるため密かに送
り込まれていた魔王ガーネフの分身、魔界騎士バデス、ケルベス、ベルレス、ゴールド…等、漁夫の利を狙う者達が精力的に動いている、とても平和が訪れるとは思えない泥沼の状況だった。
が、この状況を打破し大陸に平和をもたらしたのが、英雄アルム(後のアルム王)率いる反乱部隊、そしてミラ教の神官戦士セリカ(後のアンテーゼ王妃)率いる一行だ。
しかし、暴動が起こらないのは全ての人々がアルム王に対して好意的だったからではない。かといって、アルム王やその仲間達が意見や不満を持つ人々の口を力ずくで塞いだというわけでもない。
ではなぜか?その力が無いのである。つまり…
「あまり良い知らせではなさそうだね、リュート。またか?」
バレンシア王国のとりあえずの本城、ソフィア城。その北にある、それ程日の差さない区画に立派な書庫がある。
本来ここに収められていたはずの書物は、先の戦争で裏切り者の宰相ドゼーの手によって殆どが失われてしまった。
今はミラ神殿(アンテーゼ王妃が名と身分を偽り隠れていたノーヴァ修道院の本殿であり、現在事実上の国教・大地母神ミラ教の総本山)の有志による『ここにあった本の写本の写本』が収められているだけで、本棚はガランとしていた。
大陸統一の証として、もう一つの城・リゲル城から本を持ってくればいい、という意見も多く出たが、それは旧リゲル帝国領に住む人々によって反対された。軍事国家だったリゲル帝国の力の証である武具を半分ソフィア城に移したというのに、文化の証である本(それも写本ではなく原書)をも移せというのは、リゲルはソフィアに敗北を認め
全てを委ねろ、と言っているのに等しい、というのがその理由だった。
後にリゲルにとって都合のいい歴史書やソフィアにとって都合の悪い歴史書が焚書にされるのを危惧したのでは?
という知識人も現れたが、これはアルム王が強く否定している。閑話休題。
さて、その書庫で本を読み漁っていたアルムは、入り口のドアを開けて入ってきた法衣姿の青年・賢者リュート、現バレンシア王国魔法消失対策班最高顧問にそう言葉をかけた。
「ついにティータが意識を失って倒れた。このまま目を覚まさなければ、クリフに続いて二人目だ」
リュートは吐き捨てるように言った。もともとぶっきらぼうな所のあるリュートだが、この時は急いでいたためか元反乱部隊の仲間とはいえ国王に対して礼節に欠ける対応だった。しかし、アルムは気にしない。
魔法の消失。
これが、今バレンシア大陸全土を襲っている最大の危機であり、皮肉な事に内乱の発生を抑えている最大の要因である。
アカネイア・ユグドラル両大陸の魔法と比べ、バレンシアの魔法は習得するのが容易い。魔法の力を欲する者が、大地母神ミラの僕の前でその勇気と強い意志を示す(もしくは邪神ドーマにその身か魂を捧げる)、それだけで魔導士になれるのだ。資質のある者が数ヶ月から数年かけて学び、修行し、やっと基礎を習得する両大陸のそれとは大違
いである(ただし、基礎から先は本人の努力が残酷な程に関係の無い、持って生まれた資質のみが問われる世界なのだが)。
故に、おおよそ戦いとは縁遠そうな子供あったとしても、ある日ある時突然に強力な魔導士として戦力(あるいは脅威)になる可能性がある。これがゲリラ戦法に非常に有効な要素であり、英雄アルムの反乱が最終的に成功したのも、決起直後にクリフという少年が大陸最強クラスの魔導士としての資質を開花させたからであり…話を元に戻すと
しよう。
まとめると、魔法の力が消失した事により、一般人がお手軽に戦う力を手にする事が困難になり、力尽くで要求を押し通すだけの戦力を確保できなくなったため、大規模なゲリラや暴動が起きなかったのだ。
国内事情だけを見るならば、これは大きなプラスであるといえるだろう。しかし、ここにアカネイア大陸を統一したアリティア王国の存在…天馬騎士カチュアという”大使”の突然の来訪、彼女の手助けによって大陸全土に広まった数多くの魔物を退治できた、という恩義、マルス王のカリスマ、倍以上の国土と兵力…が関わってくる。
もし、である。もし、統一アリティア王国が軍を率いてバレンシアに攻め入って来たなら?魔法が使えず、名だたる武将の大半が戦死し、未だ魔物が暴れ回るバレンシアに、それを退ける力はあるのか?
”大使”カチュアが持ってきた親書は、ソフィア王家と友好関係にあったマケドニア王家の当主・ミネルバ元王女の、最初にして最後の挨拶(マケドニア王家の王国領支配権放棄により)と、現在のアカネイア大陸の様子について掻い摘んだ説明があるのみだった(この親書が書かれたのはまだソフィアとリゲルの戦争が続いている頃だった)。
また、ソフィア王家の生き残りであるアンテーゼ王女(当時)にもう一枚手紙があったが、これはミネルバ元王女によるアンテーゼの亡命を受け入れる用意がある、もしもその必要が無くなっていたら、一度統一アリティアに来て欲しいという手紙だった。
それから、”大使”カチュアは、上からの命令もあったのだろうが、本人の正義感と恩義(彼女の天馬は一度命を落としたが、竜の祠で息を吹き返し、ファルコンに生まれ変わった。その時協力したのがアンテーゼ一行だった)により、ガーゴイルやドラゴンゾンビ、ビグルといった強力な魔物を次々と倒し、邪神ドーマの祭壇に囚われたアンテ
ーゼ一行を救うべく、一人アルム達の所へ飛び、その命を救っている。間違いなく前の戦争での功労者の一人だ。
そんな彼女が語るマルス王の人と成りも(多分に彼女の個人的な好意的見解も含まれていたとはいえ)そういった暴挙に出るタイプの人間ではないと判断する材料になった。
しかし、統一国家がそう簡単に一枚岩になれるわけがない、ということは重々承知しているし、新しく生まれた大地によって繋がれたというもう一つの大陸のことも気にかかる。マルス王がこの大陸に対してどのような対策をとるのか、もう一つの大陸がアカネイア大陸をどうするのか…と、アルムが思案を重ねている時、
トトトトトト…
小気味よいリズムの足音が聞こえてきた。
「危ない!リュート、ドアから離れろ!」
アルムは叫ぶ。しかし、時すでに遅く…
バン!ドゴっ!!
勢いよく入ってきた少女に、リュートは軽く吹っ飛ばされた。
「アルム〜、ホントに会いたかったんだよー」
少女・クレアは早速アルムに抱きつくのだった。
2、
語り クレア
話は少し前に遡る。あたしは竜の祠から真っ直ぐ南に飛び、アルムがいるソフィア城に行った。城の屋上では、相変わらずフォルスやパイソン(二人共元反乱部隊の仲間なの)、クレーベ兄さんが警戒にあたっていた。感心感心。
「たっだいまー!」
あたしは城の屋上に着陸すると、その勢いで天馬から降りる。勢い余って床を転がっちゃったりして少し太股を擦り剥いたけど、気にしない。それに破れスパッツって色っぽくない?これでアルムを誘惑しちゃったりして…うふ。
「…クレア、何度も言うがもうすこしおしとやかにできないか」
「うん、無理!」
頭痛そうにするクレーベ兄さんのいつものお小言に、いつものように答えるあたし。だってお転婆がチャームポイントにできるのって、若い内だけだもん。利用しないと損!…って思うのはあたしだけかな?
「あのな、そういう事ばかり言っているから…」
「はいはい、それじゃアルムに呼ばれているからいってきまーす!イリューを馬小屋に繋いでおいてねー」
「あっ、待て!まだ話は終わって」
クレーベ兄さんのお説教から逃げ出して(グレイは急ぎの用があるっていってたもんね)、あたしは城の中へと入った。そこにはマチルダ義姉さん(クレーベ兄さんのお嫁さんで、元反乱部隊の仲間なの)がいた。
「お帰りなさい、クレア。どう?調子は」
「ただいまー、義姉さん。ふふーん、あたしがドラゴンゾンビ如きに苦戦するわけないじゃない」
「それもそうね…じゃなくて、もっとこう、女の子らしい事っていうか…」
「義姉さんもそれ〜?うーん、あたしってけっこう女の子らしいと思うけどなあ」
下着が見えないようにスパッツを穿いてるし、髪も(異大陸からきたカチュアって子と被ってたから)短いながらもポニーテールにしてるし、胸当てだってピンク色にしている。これ以上何が足りないんだろう?
「はあ…まあ、いいわ。それより泥だらけよ。アルム王にお合いになる前に、お風呂にでも入ってきたら?」
「ん、それもそうね。きれいな身体にしておかないと」
いざという時、ね。うふふふふふ…
「それじゃ義姉さん、あたしお風呂に入ってくるから、アルムに居場所を聞かれたらお風呂場に来てって言ってね」
「…お風呂に入っているから、もう少し待って下さいと言っておくわね」
んもう、気が利かないなあ義姉さん。湯上がりでタオル一枚なセクシークレアちゃんの魅力でアルムをメロメロにさせようと思ったのに…。でも、確かにドラゴンゾンビ臭いのでお風呂に入ってくることにする。そうと決まれば早速だ。あたしの部屋に行って着替えを持ってきて、お風呂場に直行だー!
トトトトトトトトト
「………本当、この国の危機が嘘みたいに思えてくるくらい元気ね…」
3、
語り カメラアイ
「ふんふっふんふ〜はははん♪ふんふっふんふ〜あははん♪」
ここはソフィア城の大浴場(女湯)の脱衣場。霊○・ヤマ○・第六○のテーマを口ずさみながら自分の衣服に手をかけているのは言わずもがなのクレアだ。彼女はマチルダと別れた後、速攻で自分の部屋に行き、着替えとタオルを持って速攻でここに来た。途中、城内を巡回していたルカ(重装騎士)とぶつかる(タックルで軽く吹っ飛ばした、
とも言う)、というハプニング(あるいは日常茶飯事)もあったが、スパッツがさらに色っぽく破れたという以外にたいした怪我も無く、こうして衣服を脱いでいるというわけだ。
まずは胸当てを外し、黄色い(黄ばんでいるわけではない)上着を一気に脱ぐ。少し慎ましやかな(本人談)乳房が白い(スポーツ)ブラに包まれている。クレアはそれをも一気に脱ぎ去った。
次に2枚の布にしか見えないスカート(これも黄色いが黄ばんでいるわけでは以下略)と、同色のロングブ−ツをパパっと脱ぎ去る。そしてふとももの辺りがいい感じに破れた黒スパッツにふとももの辺りがいい感じに破れた黒スパッツに(筆者注・大事な事なので2度書いてみた)手をかけ、その下の白いショーツごとずり下ろす。次いで右のふとももをゆっくりと抜き、左膝からスパッツとショーツを脱ぎ去る。最後に後ろで無造作に髪を束ねた紐を解く。
これで完全に生まれたままの姿となったクレアは、意気揚々と湯船に向かう。と、その時、
ぴちゃん
「ひゃんっ!」
浴室の天井から雫が滴り、クレアのうなじにかかる。突然のことに小さく悲鳴をあげたクレアに、先客達が声をかけた。
「クレアさん?大丈夫ですか?」
「心配ない。大方体に雫がかかったんだろうよ。かの勇猛な大陸最強のファルコンナイト様の弱点見たり、ってね」
「大丈夫だよー、ジェニー。ソニアさん、からかわないでくださいよ〜」
先客は聖女ジェニーと神官戦士ソニアだった。二人は元・アンテーゼ一行のメンバーである。
「ま、この前みたいに石鹸を踏んですっ転んだり、桶に足をとられて倒れたりしなきゃいいけどね」
「む〜、またその話を蒸し返す〜」
かかり湯をして湯船に入ってきたクレアを、ソニアがそう言って茶化す。ちなみにクレアは他にも色々とここでやらかしているが…まあ本人の名誉のためにも今は割愛していいだろう(筆者注・待て!外伝!永遠に…)。
ちゃぷ…かぽーん…
暖かな湯船に身を任す美少女と美女3人。ここでどのような会話や行動がなされているか無視して進めることが出来ようか?否、出来まい!反語。それではちょこっと見てみよう!!
「は〜、極〜楽極楽〜」
「…クレアさん、お年寄りみたいです」
少々呆れた感じに返すジェニー。
「なによー、別にいいじゃない。ほんとに気持ちいいんだから。それとも何?この最近生意気になってきたけしからんここにならって、口も生意気になってきたって事?」
「きゃん!ちょ、ちょっと、やめてください!」
そう言うや否や、ジェニーの後ろから最近生意気でけしからんというその部分を鷲掴みにするクレア。ちなみにクレアの方が少し年上だが、最近その部分では少し負けている。その嫉妬もあってか、鷲掴みをやめるどころか、さらに激しく揉みしだき、突起物を摘む。
「んん〜、ここか?ここをこーされるんがええのんか?うりゃ」
「んんっ、やっ、ほんと、やめてください〜!」
「ほらほら、もうやめておきなって」
見かねてオヤジ化したクレアからジェニーを引き剥がすソニア。ちなみに彼女、この三人の中で…いや、この城の中でも…一番生意気でけしからん、規格外サイズのその部分の持ち主である。次点にマチルダ、アンテーゼと続く。
閑話休題。
「はあ、はあ、はあ…もー、クレアさんったら」
「ごめんごめん、つい調子に乗っちゃった」
顔を真っ赤にして抗議するジェニーに、舌を出して謝る?クレア。そのクレアが次に目を付けたのが、一番生意気でけしからなくて規格外なソニアのだった。
「む〜…」
「な、なんだい?」
ジェニーの方に行かないように羽交い絞めにされているため、むにむにと生意気でけしからなくて規格外なそれがクレアの背中を刺激する。クレアは首だけ後ろに向けて、その形成された谷間を見、呟いた。
「…どうしたらソニアさんみたいに大きくなれるんですか」
「どうしたらって…そんなの知らないよ。気づいたら自然にこうなっていたんだから」
「へ〜、自然ですか。便利な言葉ですよね、自然って…ぶつぶつ」
湯船に鼻の下まで漬けて拗ねたようにごぼごぼ泡を立てるクレア。その視線は恨めしそうにソニアの生意気でけしからなくて規格外なそれを半目で見つめていた。
「…まあ、これと魔法の才能は持って生まれた素質だから仕方ないよ」
「ごぼごぼ…どーせあたしには素質なんてありませんよー…ごぼごぼ」
ジト目で拗ねるクレアに、もうこれは放っておくしかないとアイコンタクトを飛ばす二人。
「さてと、そろそろ出ようとするかぁ」
「ソニアさん、私もお供します」
ザバッと、そのゴイスバデーを晒す二人。
「クレア、あんたも湯当たりしない程度にしておきなよ」
「それではクレアさん、また後で」
お風呂場から出て行く二人を、クレアはまだ恨めしそうに見つめていた。
「ふーんだ、あたしだっていつか大きくなってみせるもん」
湯船の中で大の字になり、そう呟くクレアだった。
4、
語り カメラアイ
そんなこんなで、ここソフィア城の書庫へとやってきたクレア。ちなみにスパッツは破れたままである。そんなクレアに抱きつかれたまま、アルムは少々困った顔をしていた。
「ク、クレア、もうちょっと離れてくれないかな…」
「それ以前に注意することがあるだろ…」
そう突っ込むリュート。ちなみにリュートは賢者の能力である自己回復能力を使い、ダメージをゼロにした。
「そうだな。えーとクレア、元気なのはいいけど、もうちょっと大人しく入ってきてくれないかな」
「はーい。次からは気をつけるね、アルム♪」
まるで子供に言い聞かせるかのようなアルムと、殆ど反省してないクレアに、溜め息を吐くリュートだった。アルムはなんとかクレアを引き離すと、真剣な顔で本題に入った。
「クレア、君にしか頼めない事を頼みたい」
「あたしにしか、出来ない事…?!何?アルムのお願いだったら、あたし何でも聞くよ!」
魅惑的とも言えなくもない返事に(湯上がりだし破れスパッツだし)少し引くアルム。クレアはわくわくてかてかといった感じで、アルムの言葉の続きを待っていた。しかし、言葉を続けたのは呆れ顔のリュートだった。
「…こほん。魔法の力が失われつつあるのは知っているな?」
「知ってるよ。っていうか、それで一番迷惑しているのはあたしだもん」
「それは悪いと思っている。エンジェルの魔法が使えれば、国中を飛び回ってもらう事もなく」
「こけたりぶつかったりして擦り剥いても、傷回復してもらえないから、お風呂のお湯がしみて痛くて痛くて」
「…それは自業自得だ。はあ、とにかくだ、そのことでアカネイア大陸のカダイン魔法学院へ赴く事になった。が、最近向こうの大陸周辺の海流が激変し、通常の海路が使用できなくなっているらしい」
「そこで、君に船に同行してもらって、上空から海流の様子を見てもらう事にしたんだ」
「なるほどー、さっすがアルム!あったまいい〜!」
「…いや、考えたのは俺なんだけどな」
リュートのぼやきなどどこ吹く風と、クレアは再びアルムに抱きつこうとする。今度はなんとか振り切って、アルムは話を続ける。
「やってくれるかい?クレア」
「うん、やるやる!…で、あたしの他に誰が行くの?あと、いつ行くの?」
「出発は明日の朝、君の他にリュート、ジェニー、ソニアさん、あと護衛としてセーバー、ジーク将軍、それと親善大使代表としてアンテーゼだ」
「…アルムは来てくれないの?」
「バレンシアが統一されてまだそれほど経ってないこの状況で、国王が国を離れるわけにはいかないよ」
「む〜……わかった…」
先程とは打って変わって渋々、といった感じで受諾するクレア。
「それと、今回はあくまで内密の事だから、アンテーゼはミラ教の神官セリカとして行くことになる。その事を理解しておいてほしいんだ」
「いいけど、どうして内緒なの?一応友好国なんだし、別に大っぴらにしてもいいと思うんだけど」
「魔法が使えなくなった事まで大っぴらにするつもりか?そんな事をしてみろ、どうぞ我が国に攻め込んで来てくださいと言っているようなものだ」
「…リュートの言葉はキツイけど、まあそういうことだ。国が大きくなればなるほど、一枚岩ではなくなる。いくらマルス王子がカチュアさんの言っていた通りの人物だとしても、警戒するに越したことはない」
「ふーん……政治って悲しいんだね。人を素直に信じられなくなるなんて」
「……そうだね、父さん…ルドルフ皇帝も、こんな悲しい思いをしてきたのかもね」
5、
語り ピンゾロ
ピクッ
「どうしたんです隊長?」
「いやっ…今…虫の予感がしてな…」
今…かわいい女の子達に…大幅に…出番を取られたような気が…!!
Please
fight! プリーズ ファイト! マイ ナイト.(筆者注・何人わかるんだこのネタ…)
My Knight.
…というわけで今、我々第11特殊部隊は朝から全員食堂に召集されていた。目下の最重要課題をクリアするため
…そう、副隊長のお手製朝食を食べるためにだあああああああああああああああっ!!!!!!(くわっ!)
「では、いただきます」
「どうぞ、お召し上がりください」
何となくかしこまってしまう。ちなみに、副隊長が作ってくれた料理は干し肉からダシを取ったスープに、その干し肉のダシガラとレタス、トマトのB?LTサンド(パンはファーゴのパンだ)。それをまず隊長である私が代表して食す事とあいなったのだ。
ちなみに、これは副隊長がまず私に食べてもらいたいと言ったからで(勘違いされそうな表現だな…)、副隊長の腕を信用してないとか、ましてや毒見などといったものでは、決して、ない。
そんなわけで、隊員達の見守る…というか羨ましいぜコンチクショウ!!という視線をビシビシ突き刺されながらの朝食とあいなった。どれ、まずはスープから……ん!?
「…うまい!ダシの取り具合が絶妙だな…」
「そ、そうですか?!ありがとうございます…」
照れくさそうにお辞儀をする副隊長。可愛い…。っと、次はB?LTサンドを……おお!
「こっちもうまい…!干し肉のダシと風味の残し具合が最高だ。それに、一度湯を潜らせる事によって、肉を程よく柔らかくしているのか。いいアイディアだ、副隊長」
「あんまり褒めないでください…私、どうしたらいいか…」
「いやいや、本当のことだ。これなら店で出しても怒られないんじゃないのか?ほら、お前達も冷めない内に食べてみろ。うまいぞ」
褒められすぎたせいか、顔がほんのりと赤い副隊長を見てぽーっとしていた隊員達に料理を勧める。もしかして、我々の部隊は凄い人材を迎え入れたのではないか!?強いし、かわいいし、料理は上手だし、フリフリのついてないシンプルなデザインのエプロンもよく似合っているし、これでピンと立った犬耳胸当てエプロンだったら私的に最強
だな。昨日、胸当てを壊してしまったことがつくづく悔やまれる。くう…っ……って私は何を考えているのだ!?
…そうそう、隊員達は長時間おあずけを食らった後の犬のようにがっついていた。
「ほんとだ、うめえーっ!!」
「想像以上にうまいっ!!}
「毎日作ってもらえるわけじゃないのが悔やまれる〜」
「しょうがないだろ、副隊長の仕事があるんだから。…だが、同志よ!!」
「あのファーゴのパンを美味しく感じられる日が来るとは…!」
「どういう意味だそれは?ああ?」
「この水差しの水もうめえ!」
「おいおい、そりゃ今朝ササが汲んできた水だっつーの!」
「ははは…」
隊員達から談笑が漏れる。美味しい料理というのは、それだけでこうも場を明るくさせるものか。
「皆さん楽しそうですね」
私の左隣に座っていたエリス様がニコニコしながらそう呟いた。ちなみに、右隣には副隊長が座っている。両手に花というやつだな。だがついこの間まで副隊長の席にはキャブ(身長約200。ちなみに私は160少々)がいて、エリス様の席には誰も座っていなかったことを追記しておく。
と、話が横にずれたが、エリス様のニコニコは微笑ましく思っているからではない…と思う。女心はよくわからんが、エリス様は軽く嫉妬しておられるのだ。多分。何せエリス様の料理の腕は、正直
「ピンゾロ隊長」
「は、はい!」
…今一瞬、エリス様の背後にゴゴゴゴゴ…という擬音が見えたのは気のせいだろう。うむ。
「今日、北に行きたいのですけれど、いいですか?」
北というのは、ここ旧マケドニア地域の北、今はマムクート族の居住区域となっていて、いつもは賢者ガトー殿の結界に覆われている場所の事だ。月に一度、ガトー殿が結界を解いて休息なされる。その数日間、反マムクート派やこの前の黒騎士団残党のような不審人物が侵入しないように、私達第11混成部隊が結界の代わりを果たすのだ。
「ええ、構いません。そろそろだろうと思い、用意はしておきました」
「そうですか。それで、あの件なのですが…出発前にカチュアさんと医務室に来てもらえますか?」
「副隊長とですか?はあ、構いませんが…」
あの件、について今は話すことはできない。私とエリス様、一部上層部だけの最重要機密だ。しかし、副隊長も?
おそらく、副隊長の”足”…ファルコンを買ってのことだろうが、しかし
「……いいんですか?」
「ええ。この件に関しての最高責任者は私です。それに、カチュアさんにも私の罰無き罪を知っておいてもらいたい
…そう思いもするのです」
「………本物の覚悟はおありのようですね。わかりました」
最高責任者がそう仰られるのだ。この件に関し、これ以上私に何かを言う権利は無い。所詮、私は元・風来坊なのだから。
6、
語り カチュア
「副隊長、ちょっといいか?」
皆さん朝食を終えられ、その片付けをしている最中、私は隊長に呼び止められた。何だろう?とりあえず片付けをファーゴさんにお任せして、私は隊長の所へと行く。
「はい。何でしょうか?」
「ちょっと医務室まで来てくれ。エリス様から大事なお話があるそうだ」
「はあ、わかりました。ファーゴさん、後の事、お願いできますか」
「了解です。行ってきて下さい」
「それではお願いします。隊長、行きましょう」
私はパパっとエプロンを外すと(隊長は「あっ」って言っていたけど、どういう意味なんだろう?)隊長と一緒に別館の医務室へと向かった。
「失礼します(×2)」
医務室の中にはエリス様しかおらず、いるのは私達を含めて3人だけだった。
「来て下さってありがとう、カチュアさん。忙しかったのではなくて?」
「いえ、ファーゴさんが後片付けを引き受けて下さいましたから。それでエリス様、お話があると聞いて来たのですが…」
「ええ。ですがその前に…カチュアさん、今から話す事は他言無用に願えますか?」
「は、はい!」
いつものにこやかなエリス様とは違う雰囲気に、少し圧倒されながらも、私は姿勢を正して答えた。
「では、言います。カチュア副隊長、ピンゾロ隊長と私をあなたの天馬に乗せてもらえませんか」
「特別な荷物が無ければ、3人を乗せて飛ぶ事は可能だとは思いますが…それで、どちらまで?」
私の問いかけに、エリス様と隊長は複雑な顔をしてお互いを見やった。そして、エリス様達は真剣な顔で、私にその意外な行き先を告げた。
「…マケドニアのさらに北、旧ドルーアまでです」
「えっ……?!」
ドルーア。かつてのマムクート族の帝国。そして暗黒戦争終焉の地。今は誰も立ち入る事を許されない場所。そこに何の用があって行くのだろう?それ以前に、立ち入っていいのだろうか?
「詳しい事は向こうに着いてからお話します。ですが、この事が統一アリティアの未来に多大な影響を与える事を、あなたにはわかっていて欲しい…。でも、全てを明かさずにこのような事を言うのは卑怯だと思います。ですから、もし嫌だと言うのなら、私は話をここまでにします。そしてあなたはこの話を忘れて下さい」
「エリス様…隊長…」
隊長は何も言ってくれない。エリス様も、ただじっとされていた。統一アリティアの未来…おそらく存亡レベルの事だろう。それに関わる事…。…パオラ姉さん…私は…。
「……お引き受けします。そして、他言しないことを誓います」
「副隊長……!…すまない」
「ありがとう、カチュアさん。あなたの決意、無駄にはしません。では、早速向かいましょう。マケドニア、そしてドルーアへ……」
これでいい。これで、また少しパオラ姉さんの刑が軽くなる。これでいいんだ……。
「……と、その前に」
ぽん、と手を叩いてエリス様はいつもの穏やかな口調でそうおっしゃられた。思わずずっこけかける私と隊長。
「折角ですから、カチュアさんの健康診断と身体測定と参りましょうか。ほら、隊長さんは出て行って下さいねー」
隊長の背中を押して医務室から追い出すエリス様。
「じゃ、じゃあな副隊長!また後で!」
そう言って医務室を去る隊長。残された私達は…。
「ふふふふ…それじゃあ、早速始めてしまいましょう♪」
これで良かったのかな…パオラ姉さん……。うう。
7、
語り エリス
「ふんふん。身長163、3体数上から84C、58、87…と」
私はカルテにカチュアさんの体格のデータを書き込んでいく。健康診断の結果は(軽く行っただけだけれど)問題無し。
「エリス様…口に出して言わないでくださいよ…」
一糸纏わぬ姿のカチュアさんがそう言って涙目になりながら顔を真っ赤にする。
「大丈夫よ。ここは防音もしっかりしているし、誰にも聞こえないわ。そう、何があっても誰にも…ね?ふふふ…」
「…エリス様がこんなキャラだったなんて……うう」
(わざと)手をわきわきさせてそう答えた私を、本気で怖がるカチュアさん。大丈夫、私はマリク一筋だから(はぁと)。そう、男性は……ね?なんて。冗談よ?
「エリス様、もう服を着てもいいですか?」
「そうね、あとは座高と手足の長さと太さ、足の形の測定くらいだから…下着だけなら」
「下着だけなんですね…はぁ」
溜め息を吐いて脱衣籠の中の白いショーツとブラジャーを身につけていくカチュアさん。つけ終わった頃を見計りメジャーをカチュアさんの腕に当てる私。
「ふんふん、腕の長さはこれくらい…二の腕の太さは…」
「エリス様、もしかして他の隊員の皆さんにも同じ事を?」
「ええ、してるわよ。鎧や衣服のサイズを合わせるためにね」
「…まさかと思いますけど、他の人も…その、はだ…かで……」
「そうよ。そうしないと正確な数値は測れないし、第一男性の裸を見たくらいであたふたしていては、医師は務まらないわ。そうでしょう?」
「それはそうですけど…私の中のエリス様のイメージが、音を立てて崩れていくような…」
あまり納得してなさそうなカチュアさんを尻目に、次々と計測していく私。
「ふふ、もっとお姫様お姫様していると思っていたのかしら?」
「あ、いえ、その…すみません」
「嘘を吐けないのね。…私とは大違い」
「はい?」
「なんでもないわ。たしかに、お城や公式の場ではお姫様しているけれど、本当の私はこんな感じよ。それに、幼い頃はマルスと一緒に剣術を習ったりしてね」
「エリス様が剣術を、ですか!?」
「ええ、本当に幼い頃、一時的にね。…でも、今にして思えば、もっと本格的に剣術を習っておくべきだったと思うわ。そうすれば、私が神剣ファルシオンを継ぐことになって、マルスが『メディウスを倒した英雄』として祭り上げられることもなく…ニーナ王女がマルスに全てを託して失踪することも、マルスが統一アリティアなんていう大きな
重荷を一人で背負うこともなかったのかもしれないわ」
「大きな重荷…ですか」
「そう…大きな重荷よ。でも駄目ね。私なんかがファルシオンを手にしても、メディウスと対峙できたかどうか…。
それに、やっぱりアリティアが落ちた時、私はマルスを逃がしたと思う。ファルシオンの使い手うんぬん抜きにしてね。そしてファルシオンの使い手が邪魔なメディウスの手にかかって、今頃…」
「エリス様…」
「………さて、あとは座高を測っておしまい。さっさと測ってしまいましょう。皆さん待っているわ」
「はい」
8、
語り カメラアイ
第11混成部隊基地の門前は、40名近くの兵士達でごった返していた。基地防衛のために残った少数の兵士達を省いたこの面々で、これからマケドニアのマムクート族居住地に向かうのだ。
「お待たせしました」
そこに、測定を終えたカチュアとエリスがやって来た。
「よーし、これで全員揃ったな。各自、忘れ物は無いか確認しろー!」
ピンゾロの声が木霊する。兵士達は自分の手荷物やロバに繋いだ荷車の積荷をチェックし始める。
「副隊長ー、胸当ての修理、終わってますぜ」
”木馬”に乗ったロックロックが、その収納スペースから女性用の赤い胸当てを取り出してみせた。
「背中の装甲は小さくなりましたが、肩の動き易さは向上しているはずです。あと、削った背中の装甲は胸の装甲に回しましたから、全体としての防御力は落ちていないはずです」
「ありがとう、ロックロックさん」
「いえいえ。あと、サイズも調整しておきましたけど、ブカブカだったり窮屈だったりしたら言って下さい。すぐに直しますんで。それと費用のほうですが…これは後でいいです」
「えっ?お金なら、ある程度は用意してますけど…」
「いやー、俺、お金もらっても使いに行かないんで、基本物でもらうんですよ。それで副隊長には…ま、これは後でお話します」
「……?はぁ」
あまり納得いってない顔をしつつも、カチュアはロックロックから胸当てを受け取り、早速身に着けた。確かに肩は以前より断然動かし易くなっていたし、サイズも少し緩いかな?程度で特に問題は無い。
「うん、丁度いいです」
「それは良かった。女性用の胸当てをいじったのって初めてで、どうしていいかちょい困った部分もありましてね。特有の曲線とか…」
「曲線……」
先程の身体測定の事を思い出し、少し頬を染めるカチュア。
「まあ、無茶な改造じゃなかったんで何とかなりましたがね」
「…お前が言うな」
「お前もな、ササ」
言い合うロックロックとササ。ロックロックの”木馬”の無茶な改造っぷりはご存知の通りだが、ササも無茶な改造を施した武器の使い手だったりする…まあ、詳しい事はその内に。
「…よし、準備は整ったようだな。出発!!」
ピンゾロの掛け声と共に北へ行軍し始める部隊。そこで彼らを待つものは…の前に。
9、
語り カメラアイ
ピンゾロ部隊が出発するほんの少し前、アリティアへ向かう定期船の甲板の上で、銀の大剣を携えた美女…レイミアとその仲間達が勢揃いしていた。
「お姉様、ほんとーにここでいいの?」
潮風に靡く丈の短いローブの裾を押さえ、魔導士らしき少女(微妙にタレ目で微妙に巨乳)がお姉様…レイミアに問い掛けた。
「そうさ、ミルル。これもクライアントの指示でね」
「…レイミア様のなさる事を疑うの?ミルル」
ミルルと呼ばれた先程の魔導士少女に良く似た顔立ちの(でも微妙にツリ目で微妙に貧乳)の魔導士少女が…名をイルルといい、ミルルの双子の妹だ…感情を押し殺したように問い掛ける。
「イルル〜、別に疑ってないってば!」
「sir qhi nut eku…疑っているのはクライアント、だろ?」
両腕を肩の手前まですっぽりと覆う革手袋をはめた、褐色の肌の弓使いの女が、異国の言葉を呟いた後に助け舟を出す。
「さっすがミーナさん!そそ、そういうことなんですお姉様♪」
この褐色肌の女、名をミーナという。レイミア傭兵隊の中では一番の新入りで、シグルド軍との戦闘は経験していない。(筆者注・まあ、その辺の話は待て!外伝!ということで)
双子達の騒ぎを横目に、一見男の子のように見えるボーイッシュな少女剣士が空を見上げてボヤいた。
「でーも本当に妙な話だよなー。どうやってあたしらの事を知ったのかも謎だし、通行許可証を簡単に手に入れてくるし。ミルルじゃねーけど、疑いたくもならーな。姉さんもそう思うだろ?」
「さあ?私(わたくし)は、別にクライアントがどうこうなんて気にならないわ」
ボーイッシュな少女剣士に姉さんと呼ばれた、鉄兜を被った女剣士はややのん気な口調でそう答えた。この二人、鉄兜の方は姉のシャリル、ボーイッシュな妹はシリアという。
彼女ら5人に、先述のネネ、ココノ、リーダーのレイミアを加えた計8人が今のレイミア傭兵隊だ。
「戦えて、今より強くなれれば文句無し。それでご飯が食べられれば言う事無し、って所かしら」
「そりゃそうだけどさ…ん?」
急に暗くなった空に、通り雨かと思ったシリア。しかし、雲の影かと思ったそれは、太陽を背にした1頭の天馬だった。その天馬はだんだんと高度を下げてきて、最終的に甲板の上に降り立った。
「…ようこそ、レイミア傭兵隊。言葉は通じて?」
「ああ、わかるよ。そっちは?」
「問題ないわ。私が今回のクライアント。よろしく」
天馬から降りてきた女は、長い緑色の髪を潮風に靡かせ、レイミアに握手を求めた。しかしレイミアは応じない。
「挨拶はそれくらいでいいさね。…で、仕事の前のテストってのは何か、話してもらおうかい」
「あら、早速ね。ふふ、いいわ。テストっていうのは…」
10、
語り ピンゾロ
いつもの事だが、北への行軍は30分程度で終わった。ここがガトー殿の結界との境目なのだ。
「よーし、慰問班以外は持ち場につけー!!エリス様、お願いします」
守備係となった隊員達がそれぞれの持ち場についていく。その間に、エリス様はウォッチという魔法の杖を手に、精神集中に入られた。この魔法、本来は遠くの様子や壁の向こうを視る魔法らしいのだが、応用によって遠くの相手
と会話ができるようになるそうだ。ただ、今は弱まっているながらも結界が張られているので、ワープの魔法で大人数を転移させる時のように、かなり魔力を練らないと向こうにいるガトー殿に通じないそうだ。
「…………ガトー様、エリスです……聞こえますか……はい、結界を解いていただけませんか……」
っと、向こうに通じたようだ。額に脂汗を浮かべ、苦しそうに念ずるエリス様はそそられ…ごほん、いや、その、痛々しい。そんなエリス様が目を開かれ、脱力したかのようにその場にくず折れる。私は慌ててその肩を抱く。
「はあ、はあ、はあ…」
「エリス様、しっかりして下さい」
「ピンゾロ隊長、もうすぐ、結界が解かれます…」
「わかりました。…おい、エリス様に冷たい水を!」
私は手近にいた者に水を持って来させると、結界のある方を向いた。ほんの一瞬、景色がセピア色になり、すぐに戻る。結界が解かれた証拠だ。
「…あれ?」
「どうした、副隊長」
「あ、いえ、なんでもないです」
「一瞬、景色が色あせたり曲がって見えたりしたんだろう?個人差はあるが、結界が解かれた時にそうなるらしい」
「はあ、そうなんですか…結界が解かれた時に…」
副隊長はそれでも何か考えていた。私の推測が的外れだったのだろうか?まあいい。エリス様も水を飲まれて力を回復なされたようだし、私達は奥に進むとしよう。
11、
語り カチュア
「さあさあチビっ子達、飴はみんなに渡ったかな?今日の『赤國剣士奮戦記』は10話11話の2本立てだよ!文はホーシ、絵と語りはお馴染みこの二代目ロックロックでござーい!!」
ロックロックさんが広場に子供達を集めて、紙芝居を始めていた。ここは旧マケドニアの城下町跡、私の故郷だ。
民家は全てマムクートの皆さんの住居になっている。試しに私達の住んでいた家に行ってみると、そこは若い夫婦が住んでくれていた。私が以前ここの家に住んでいたことを説明すると、「どうぞ思い出の品とかがありましたら持っていって下さい」と言って下さった。私は、パオラ姉さんやエストとお揃いのマグカップをもらって帰った。いつか
また、3人でこれを使える日が来ることを信じて。
広場の花壇の縁に腰掛け、そんな事を思いながら子供達の様子を眺めている時だった。
「こんにちわ、騎士様。隣、よろしいですかな」
突然声をかけられた。振り向くと、そこには竪琴を持った吟遊詩人の男の人が立っていた。でも、その背中にマムクートの証である竜の翼は無い。人間…?どうして、ここに人間が?
「ああ、警戒しないでもらおう。私はフォルセティ。しがない吟遊詩人だ。どういうわけか、つい先日ここに迷い込んでしまってな。結界が張られているとかで出られなくて困っていたんだ」
「その話を信じろと?」
怪しい。どう見ても怪しい。第一、結界が張られているはずのこの区域の中に先日入ってきた、というのが腑に落ちない。隊長の話では、基本人間やマムクートは通れないはず。でも、この人はどう見ても人間だ。
「信じられないのも無理は無い、か…。では、私をしょっ引いてくれるかな?ここから連れ出してくれると有難い」
「私の一了見だけでは判断しかねます。隊長とガトー様にお伺いしないと」
「ガトー様?ああ、あの翼の無い老魔導士か。やはりあの御仁がここの最高責任者だったか…食えないお方だ」
「ガトー様とはお会いになったんですね。で、どのような御判断を?」
「君と同じ。『わし一人では決めかねる』と。ああ、その次が違ったか。『特に悪意は無さそうだな』とかで、割と自由にさせてもらっていた。今日まではな」
つまり、判断は隊長に任せるということ…?嘘を吐いているとは思えないけれど、でも飄々として、だけど存大な態度で…掴み所の無い、まるで雲か空気か風みたいな人だ。怪しい…。
「おいおい、そんなに睨まないでくれよ騎士様。…可愛い顔が台無しだぜ?」
「な…っ!私は、今は真面目な話を」
「はっはっはっ…悪いな。つい口が滑った。私は可愛い子の前では正直なんでな。だからこれから食事にでも行かな
いかと誘いたくなっているんだ…」
「お断りします。私、これから任務がありますので」
「そうか、それはすまない事をした。…そうだな、ついでと言っては何だが」
何、この人?ナンパ目的?いやらしい。私はこれ以上相手にしない方がいいと思い、それでは、とその場を後にしようとしたその時、風に乗ってロックロックさんの声が届いてきた。
「…一つ、二つ、三つ、四つ、五つと、同心アイラの必勝の剣技が唸る!!」
「ぶっ!!げほっ、げほっ…ア、アイラだと〜?!」
いきなりフォルセティさんがむせ込み、驚愕の声を上げる。先程までのキザで渋い印象はどこかへ飛んでいってしまった。
「な、なんでアイラの名前を知ってる奴がこんな所に!?しかも五つの必勝の剣技って、りゅうせ…」
「ど、どうしたんです一体?」
「い、いや、何でもない。ただ、知り合いの名前が偶然紙芝居の中に出てきたんで、つい…そうだ、偶然だよな」
やっぱり、怪しい…すぐ隊長の所へ連れて行くべきだろうか。
「ここにいたのか。おーい、副隊長ー!そろそろ出発したいんだが…ん?」
私を呼びに来た隊長と、フォルセティさんが顔を合わせる。丁度いい。この人をどうするべきか、隊長に聞く事にしよう。
「あ、隊長。丁度いい所に。実はですね」
私はフォルセティさんの事を説明した。
「なるほどな」
「それで隊長の判断次第ということになってまして…どうしましょう?」
「そうだな……よし、とりあえずガトー殿の所へ連れて行こう。悪いが、エリス様には明日の夜明けと伝えておいてくれないか」
「はい、明日の夜明けですね」
「わかりました」
いきなり、エリス様が現れて驚く私達。フォルセティさんは、「おお、綺麗なお姉さんも登場か」と感想を漏らしていたけど、この際無視。
「丁度よかったです。私も、思う所があって、明日にしてもらおうと思っていた所なんです。それで、この方は?」
「自己紹介が遅れて申し訳ない、麗しきレディ。私、フォルセティという名のしがない吟遊詩人でございます。以後お見知りおきを」
「あら、これはご丁寧に。私、エリスというしがない医師でございます」
「ちょ、エリス様」
こんな怪しい男に名乗る必要なんて、と言いかけた私に向かってエリス様はウィンクをした。
「おお、ミス・エリス!その気高く美しい身に勝るとも劣らぬお名前だ。では、二人の運命の出会いを祝して一曲」
「の前にフォルセティさん、『ワープ』」
いつの間にチャージしていたのか、ワープの杖を使い、フォルセティさんをどこかへ飛ばしたエリス様。
「さあ、ガトー様の所へ行きましょう。フォルセティさんも先に飛んでいるはずです」
エリス様はにこりと微笑み、そう宣言するのだった。
12、
語り ピンゾロ
ガトー殿の居住地は、旧マケドニア城の書庫だ。私とエリス様、副隊長はガトー殿と一緒にその書庫にいる。ちなみに、フォルセティと名乗る先程の自称吟遊詩人は、とりあえず地下牢に入ってもらっている。一応、重要犯罪者なわけだしな。
「ガトー殿。あのフォルセティという男について教えていただきたい。処分はそれから決めたいと思いますので」
「ふむ…それがなピンゾロよ、わしにもよくわからぬのだ。わかっている事と言えば、数日前、結界の一部が破られたあの日、空の上から落ちてきた事くらいでな」
「空の上から…?普通タダでは済まないんじゃないですか、それ」
副隊長がすかさず突っ込む。うむ、私もそう思う。
「それがあの男、風の魔法に通じておるらしくてな…うまく上昇気流を起こして、ほぼ無傷で着地しおったのだ」
「ガトー殿、結界が破られたのは、上空の一部だけでしたよね?あの男が結界を破ったというのは?」
そこまで風の魔法に通じているなら、魔法のことはよくわからないが、空を飛ぶ事も可能ではないか?そして、それほど強力な魔力があるなら、結界を魔力(ちから)ずくで破る事も…?
「しかし結界を破る術を持つのならば、地上で破った方が安全で効率が良くないかね?それに、あの男が結界を破ったと仮定したとして、その後に続く者がいないというのも気にかかる」
なるほど。確かにその通りだ。もしこの地区を制圧するつもりなら、竜騎士や天馬騎士の部隊でも待機させてあるはずだ。……ん?待機する騎士部隊?
「その後に続く者…ガトー殿、私にはその心当たりがあります」
「心当たりとな?」
「ええ。実は結界が破られた日の深夜、副隊長達がマケドニア南部で黒騎士団の夜襲を受けました」
「はい。丁度、私とエリス様、シーダ王女、ミネルバ様と一緒に基地へ補給物資を運ぶ途中に襲われました。幸い、死傷者は出ませんでしたが、グルニアに陣を引く彼らがなぜここに来ていたのか、その理由はまだ不明です。もしかしたら彼らが…」
「ふむう…その時を狙っていたか…しかし、それならば余計に上空の結界を破った理由がわからん。地上部隊が中心の黒騎士団なればこそ、地上の結界を破った方がよくはないか?」
それもそうだな…そこまでは考えが及ばなかった。私も隊長としてまだまだということか。しかし、これではまた問題が振り出しに戻ってしまったな。さて、どうするべきか…と、その時、副隊長が一つの提案をした。
「あの……ここは一度、考えを切り離した方がいいかもしれませんね」
「副隊長、何か考えがあるのか?」
「いえ、考えという程の物ではありませんが、結界が破られた事と、フォルセティさんが落ちて来た事と、黒騎士団が侵攻してきたことは、別個のものとして考えれば、何か新しい考えが浮かぶのではないかと思いまして」
「なるほどな…関連があると思うからこそ矛盾が生じるのなら、関連が無いと思え、か」
いい着眼点だ。若さ故の柔軟的な思考というものか。おじさんという呼称が似合ってしまう年齢になった私には、すぐには辿り着かない考えだ。
「それに…いままで言い出しにくかったのですが、上空の結界破りについて、一つ思うことがありまして」
「何だね?」
その突然の意外な発言に、食いつくように副隊長を見つめる我々。副隊長はその視線に緊張…というかバツが悪そうにしていた…どういう事だ?まさか副隊長が?
「ガトー様、バレンシアのファルコンには破魔の力が宿っています。そして、結界が破られたというその日、私はこの上空を飛んでいます。そして、一瞬ですが目眩を二度起こしています。……もしかして、私のファルコンがそれと
知らず結界に穴を開けてしまったのではないかと……」
なんという事だ。こんな身近に、結界破りの犯人がいたとは…いや、決め付けは良くないな。あくまで可能性の一つに過ぎない。現時点では。
「ほう…それは盲点だった。バレンシアのファルコンの力が作用したとあれば、厄介なことになりかねんな。もし、その仮説が正しければ、そして悪しき者たちがその力を知れば、ファルコンを狙ってくるやもしれぬ。ピンゾロ、そしてカチュアよ、努々そのことを忘れるでないぞ」
「はっ」
「重々、承知しております」
ファルコンの防衛か…これでまた、重要な使命が一つ増えたわけだな。
「それとフォルセティについてだが…ピンゾロよ、そなたに処分を委ねるべきかな?」
あのナンパ男か…さてどうするべきか。上層部に引き渡すにしても、この区域から追い出すにしても、一旦は我々の基地で預かることになるだろう。しかし、正直、得体の知れない者を基地に置いておきたくはない。ならば
「…彼が統一アリティアに危害を加えるつもりが無いなら、そして彼に結界を破る術が無いなら、この地で住んでいても問題は無いでしょう。まだ、彼が全てを語ったとは思えませんので警戒するに越したことは無いでしょうが…」
「そうじゃな。では、しばらくわしの元で預かろう。あの男の持つ風の力にも興味があるのでな」
「ありがとうございます。もし、何か問題が起きましたら、責任は私にあるという事にして下さい」
「よいのか?」
「ええ。私の判断による決定ですから」
「では、残るは黒騎士団の侵攻ですね…」
「これについてはまだ仮説が多く成り立ちすぎてわからない。ガトー殿、どう思われますか?」
「ふうむ……あくまで仮説として聞いてもらいたい。よいか?」
「ええ」
「はい」
「そのようにいたします」
そう答える我々三人。ガトー殿は、ふむ、と頷いてから話を続けられた。
「黒騎士団の残党は、主に旧カダイン王国に出張していた兵と聞く。暗黒戦争当時、カダインを支配していたのは、魔王ガーネフだ。ガーネフはマフーの他に、ある古代魔法に興味を示していた」
「……オームの魔法、ですね」
エリス様が神妙な面持ちで、しかし顔を曇らせながら答えられる。
「そう。死者を蘇らせるという究極の奇跡の魔法、オーム…もし、ガーネフからその情報を得ていたとしたら?」
「!!…なるほど、それでは侵攻部隊の狙いは私…」
使い手とはエリス様の事だ。この大陸にも究極の魔法の類があり、ご多分に漏れずそれらは使い手を選ぶ。オームの魔法についてもそうらしい。
「うむ…オームの杖と、その使い手、場所…その全てが揃えば、あの者たちが蘇らせたくて仕方ない者を蘇らせる事
もできる。その者とは…」
「もしや…ブラックナイト・カミュ将軍…!?」
エリス様が驚かれる。カミュ将軍、その名だけは私も聞いた事がある。アカネイア大陸最強の聖騎士にして、王族をも凌駕する多大なカリスマの持ち主だと。
「そう。カミュ将軍が蘇ったとあらば、グルニアの民衆の心を一つに纏め上げる事も難しくはあるまい。そして、カミュ将軍とニーナ王女は浅からぬ関係だったと聞く。蘇らせたカミュ将軍を餌に、失踪中の王女を確保できれば、アカネイアの反統一アリティア派を仲間に引き入れる事も可能になる。ましてや、マルスの統一国家はニーナ王女の言
葉あっての物。その後ろ盾が無くなったとすれば…」
「グルニアとアカネイアが協力し、内乱が起こす…!」
「そうじゃ。そうなれば先の戦争で疲弊したこの大地、長くは持たんぞ。…ところでピンゾロよ、カチュアにあの事は話してあると受け取ってもよいのじゃな?」
「はい。副隊長は協力と他言無用を約束してくれました」
「うむ。ではカチュアよ、今から話すことについてもそのように頼む。よいな?」
「はい」
ガトー殿のいつもに増して神妙な口調に、畏まって答える副隊長。だが、これで副隊長も後戻りができなくなる。
この国…いや、世界中の誰もが欲しくて堪らないであろう機密を知るのだから…。
13、
語り カチュア
翌日。私と隊長、エリス様は旧ドルーア帝国領に来ていた。ある物を封印し、持ち帰るためだ。そのある物とは…
神殿に祭られた祭壇。私は昨日のガトー様達との会話を思い出す。
『もう一度言う。オームの魔法を使うためには、杖、使い手、そして場所が揃わなければならない。その場所とは、ドルーア城の南にある神殿の祭壇だ。この祭壇は、一種のラグランジュポイントになっている…そうだな、魔力溜りと思ってもらって構わん。実際は少々違うがな。それを封印し、アリティア城に持って行く』
『本当はこんな災いの種は破壊して、二度と使えなくしたい所なんだがな。ガトー様の仰る通り、不可思議な力が備わっている。簡単に言うと、破壊不可能なんだ。いかなる刃も、鈍器も、魔法も、通じない』
『だがな、その祭壇の文様は”削り出して作られている”。この意味がわかるか?』
『ええっと…つまり、何らかの方法で傷を付ける事が可能だと?』
『うむ。そして古代の文献によると、祭壇を作り出したのは、かの神竜ナーガの爪だという。そして、マルスの持つ神剣ファルシオンはナーガの牙を削り出して作られた剣。爪と牙の違いはあれど、同じナーガの血肉。或いは祭壇を破壊する事が可能かもしれん』
『待って下さい、ではなぜ解放軍がドルーアに攻め入った時、破壊してしまわなかったのですか?』
『あの時はまだ、破壊する方法がわからなかったのだ』
『なるほど…でも、そんな事をしなくても、オームの杖を破壊する方法もあるのではないですか』
『確かに、オームの杖を破壊する方が容易い。しかし、オームの杖は”複数本存在する”そして”人間の手で作る事が可能”なのだ。現に、古代の文献では何度もオームの杖を作り、使用したとの記述が出てくる。そして、現存するオームの杖が何本あるのか、わしにもわからぬのだ』
『けれども、祭壇は旧ドルーアにある物一つだけです。これを破壊できれば、オームの杖があと何本あろうと、何本作られようと関係ありません』
私達三人はアクアの背に何とか乗って、北を目指す。目指すはドルーア城の南、森の中の神殿。暗黒戦争の時、私達解放軍本隊ははドルーアの遥か北、マーモトード砂漠にある幻の町・テーベから南下して進軍したので、この神殿は全くのノーチェックだった。エリス様とマルス様、そしてごく一部の人達を除いては。
「ごめんなさいね、カチュアさん。この事が大きく知れ渡ってしまったら、大変な騒ぎになっていたかもしれない…だから解放軍の皆さんといえど、話す事は出来なかったの」
たしかに、快進撃を続けた解放軍といえど、犠牲者がまったく出なかったわけではない。それに、家族や恋人、友人など、大切な人を失った人々を沢山見てきている。
そんな中から、たった一人だけを選んで生き返らせる…それはどんな重責だろう。選ばれなかった人達からは、当然、恨みを買う。そんな人は世界中にいるだろう。人を一人助けて、仲間から、世界から恨まれる…医師として、それはどんな理不尽だろう。もし私がエリス様の立場だったら、たった一人なんて、選べない。
だったら、生き返らせる事なんて出来なかったら?そんな方法、初めから無かったら?
「いえ、私には…なんとなくですが、エリス様のお気持ちが、わかります」
「カチュアさん…ありがとう。でも、私は医師として失格ね……いえ、失格なんて生易しいものではないわ。いわば私も味方殺しの罪人…生き返らせることのできる味方の命を見捨てて逃げる…そうして今も罪を犯し続けているのだ
から。いつか裁きの時がきたら、甘んじて受けないといけないわね…」
「そんな!エリス様は罪人なんかではありません!」
「そう、ですよ、エリ、ス様は、正しい、と、私も、思、思、思いま、す!」
隊長も私の言葉に賛同してくれる。ちなみに、隊長の言葉が途切れ途切れなのは、隊長は今、アクアの鞍の横に取り付けた荷物袋の中にいるからだ。キャブさんのような長身の方や、ササさんのような筋骨隆々の方で無い限り、この金貨5万枚を入れて運べた荷物袋に人一人くらいなら入れるから。隊長には申し訳ないと思うけど…。
「それでエリス様、もうすぐドルーア城が見えてくる頃ですけど、その神殿はどこに?」
私は腰にしがみついてもらっているエリス様に尋ねた。
「ドルーア城のすぐそこ、やや南東の森の中です。上空からより地上から探した方がわかりやすいかもしれません」
「わかりました。とりあえず、森の手前で降りますね」
「お、お、、降り、るのか、早、くして、くれ!」
…早めに降りよう。このままでは隊長が舌を噛んでしまうから。私は森の手前にアクアを着地させた。
「はい、着きましたよ隊長」
「おお、そうか。っと、出口はどこだ…」
「今、袋を開けますね」
私は革袋の縛り紐を解き、袋の口を開ける。と、そのとたんにょきっと隊長の頭が出てきた。思わず視線が合う。
「………」
「……や、やあ…」
なぜだか隊長の顔が赤い。荷物袋の中が暑かったのだろうか。でも、私もなぜだか言葉が出ず、視線も外せない。
そのまま妙な雰囲気のまま、見詰め合ってしまう。
「ピンゾロ隊長、カチュアさん、そろそろ神殿に向かいたいのですけど?」
「はっ、はい!!」
「いっ、いま出ますから」
エリス様の声に我に返る私と隊長。隊長はそそくさと袋から出てくる。
「エリス様、アクアはどうしましょうか?」
「そうね…この子の力が祭壇にどういう影響を与えるかわからないし、今回はここで待機させておいて。まだ、祭壇を取り外してどうこうという状況じゃないから」
「はい、わかりました。それじゃあアクア、ここで待機していてね」
ブルルッ、というアクアの返事を聞いて、私は綱を近くの木の幹に結ぶ。
「これでよし、と。それでは行きましょうか」
私達3人は森の中へと入っていく。この奥にあるという、神殿を目指して…
「はい、着いたわよ」
「へ?」
訂正。奥どころか、すぐ手前もいい所でした。…こほん、気を取り直して、その神殿は、正しくは神殿跡と言った方がいいくらいに荒れ果てていた。中に入るための階段はボロボロ、天井も半分無くなっている。中にあったであろう装飾品も、雨ざらしとなった炭と化していた。ただ一つ、件の祭壇を除いては。
「…凄い荒れ果て様ですね。ここでも戦闘があったんですか?」
「ええ。ここは戦争に参加しなかったマムクート族が隠れ住んでいた場所でもあったの。でも、私達がドルーアに攻め込んだその日、メディウスは彼らにも竜石を持たせ、戦わせようとしたの。でも、それを阻止していた一人の旅人がいたわ。それがピンゾロ隊長なの」
そういうと、エリス様は隊長とアイコンタクトを取り、互いに頷いた後、私に話してくれた。その出会いの話を。
15、
語り エリス、ピンゾロ
あれは、ドルーア帝国軍との最後の決戦の日だった。私とシーダ王女は『もしもの時』を考えて、オームの祭壇を確保するために秘密裏にここへ向かっていたの。本隊がドルーア軍を引き付ける形になっていた事と、ドルーア兵の数が少なかった事が幸いして、進軍はかなり楽だったわ。そして私達は戦闘もせず神殿に辿り着き、見たの。
デビルソードを振るい、巨大な魔竜を屠る一人の剣士を。
あの頃の私はただの風来坊でね。”相棒”を手に、この大陸各地をあても無く転々と旅していたんだ。そんな時、この神殿に辿り着いた。ここには、20人くらいの戦争難民がいた。ほぼ全員、背中に翼を生やしていてな。私も、その頃にはマムクート族のことは色々と聞いていたから、驚いたり嫌悪感を持ったりということは無かった。そこで
私はここにしばらくいさせてもらうことにしたんだ。番人的な役割を持つ者として、勝手にな。
なんでそんな事をしたかって?うーん、正義感、というようなカッコいいものではないな。ただ、行くあてもやる事もなかったから…後は雨風が凌げればいいや、という感じかな。うん、まあそんな所だ。
最初は「誰だこの人間は」みたいな目で見られていたけど、食料や水を手に入れてきては分け与えて…ってな事をしてる間に、だんだん警戒心も解けてきてな、数日の内には仲間として受け入れられるようになった。
でもな…そんな時だったんだ、ここで戦いが始まったのは。
ドルーア帝国は難民を…戦う事を拒んで難民になった人々を戦わせようとした。例え子供や老人でも、竜になれば一人で1部隊並みの戦力になるからな。そして難民達を無理やり戦わせようとする帝国軍のやり方を…私は許せなかった。だから剣を抜き、彼らを守った。
そんな時出会ったんだ。シーダ王女とエリス様に。
私達が神殿に辿り着いた時、目にしたのは何頭もの魔竜の屍、そして火傷と深い切傷を負った一人の剣士だった。
それがピンゾロ隊長。幸い、間一髪の所で治療が間に合ったから良かったわ。そこで、難民の皆さんと隊長…その時はまだスカウトしていなかったけれど…から話を聞いて、私達も神殿を守る事にしたの。難民の皆さんを守る為に。
それからしばらくして、メディウス皇帝が死にドルーア城が陥落したという一報が齎された。解放軍の勝利で戦いの幕は下り…って、副隊長は当事者だったな。まあ、そういう事で私も成り行きで養子にした子供を連れてここを去ろうとしたんだ…しかし、行くあても路銀も無かった私に、シーダ王女が言って下さったんだ。『これからこの大陸
は大変な試練を迎えます。それに立ち向かうために、あなたの力と勇気と優しさを貸してくれませんか』ってな。
その時はまだ、ニーナ様がマルスに大陸統一を求めるなんて思って無かったから、アリティアの守備隊の一つを任せるつもりだったの。でも、実際はこうなってしまった。だから、この大陸でマムクートに対しておそらく一番偏見を持たないピンゾロ隊長にマムクートの皆さんの居住区を守る部隊の隊長の任が任されたってわけ。
16、
語り カチュア
「まあ、かなり端折ったが概ねこんな感じだった訳だ」
「一人で魔竜を何頭も…やっぱり凄い人だったんですね、隊長」
「い、いや、たまたまの偶然の幸運だよ。もし”相棒”が跳ね返っていたら、私は今頃ここにはいないからな」
またまた謙遜を…と思ったけれど、それを口にすると話がループしそうだったのでやめておいた。私は話題を変えることにした。
「で、隊長。養子にした子供さんって、今はどうしてるんですか?」
「ああ、今はアリティア城でシーダ王女付きのメイドとして、住み込みで働かせてもらっている。基地にいるよりは安全だからな。それに、社会的にもこんないつくたばるかわからん未婚の風来坊の元にいるよりはいい」
「風来坊って…またそんな生活に戻るつもりがあるんですか?」
「ああいや、今の生活に不満があるわけじゃない。ただ、いつかは祭壇も破壊されるだろうし、マムクート族と人間の和解がなされるだろう。そうなったら第11混成部隊の使命もほぼ終わる。そうしたらまた旅に出ようかと思ったりなんてこともあってな…」
「でも、隊長程の能力の持ち主なら、きっといい転属先が用意されますよ。…そういえば隊長、どうして風来坊な生活をしていたんですか?」
私のこの質問に、隊長は困った顔をした。
「う、うーん……そうだな…言うなればどうしても見つけなければならない探し物があるから、かな。…すまない、
これ以上は突っ込まないでもらえるとありがたい」
「はあ…わかりました」
隊長はその事についてあまり話したがらない様子だったので、これ以上の事を聞くのはやめておいた。私はエリス様に話を振る。
「ところでエリス様、今日は何をなされるのですか?」
「今日は祭壇周りの調査ね。ガトー様も仰られていたけれど、祭壇は一種のラグランジュポイント。万が一その強大な魔力が漏れた場合、どうなるのかわからないから…その為にも念密な調査が必要なのよ」
「ちなみに、先月までにわかった事といえばこの祭壇は何かの意図をもって作られたようだという事、オームの杖の使用場所であるというのは副次的なものらしいという事だ」
「ええと…つまり、この祭壇には本来何らかの存在理由があって、でもそれが何かわからないから下手に手を出せない、という事ですか?」
「そういう事ね。この祭壇に刻まれた模様も、古代の文字なのかただの紋様なのかもわかっていないわ。でも、ここから発せられる強大な魔力は、間違い無く今私達が使っている魔法と同質の物。それを手掛かりにしてこの祭壇の謎
を解くのが破壊の為の第一歩だと私達は考えているの」
「一応、ドルーア城にあった古代の文献をガトー様に読み解いてもらっているが、さっき言った2点と、この神殿と祭壇がドルーア帝国ができた頃には既にあったという記述が見つかったくらいだ。…もっとも、それを裏付ける証拠
はまだ見つかってはいないがな」
「ドルーア帝国の建立の時期には諸説ありますからね…少なくとも、マケドニア王国ができた時には存在していたと聞いていますが」
「そうなのか?…ふーむ、この大陸の歴史について、もっと勉強しておく必要があるな。ホーシの奴に気取られない様に…」
「?どうして、ホーシさんに内緒なんですか?」
「ああ、言ってなかったな。この事はホーシだけじゃない、キャブやロックロック、ササ達他の部隊の連中にも内緒なんだ。理由は…言わなくても察してくれるだろう?」
「なるほど、そうですね…わかりました」
解放軍の皆さんにも秘密にしておいた程の事、そう簡単に話せる訳はないか…。
「部隊の連中には、表向きガトー様の魔力回復の休息の為と言ってある。まあ、それも嘘じゃないがな。副隊長も口裏を合わせてくれるとありがたい」
「はい」
「話は終わったかしら?では、そろそろ調査を始めましょう。まずはラーマン寺院から発見された古代文字と照合してみましょう」
……それから日が傾くまで調査は続いたけれど、特にこれといった成果は無かった。
17、
語り カメラアイ
その頃、結界の解かれたマケドニア周辺では、第11混合部隊の守備隊が押し寄せた群衆を相手に奮闘していた。
押し寄せたのは、元々マケドニアに住んでいた人々によるデモ隊だ。
「私達の家を返せ!故郷を返せ!」
「蛮族マムクートに相応しい地など、この大陸には存在しない!」
「なぜ我々だけが奪われる!?アリティアに敵対したからか!」
石や瓦礫を投げつけ、鉄の槍や手斧などを振り回し、口々にそう訴えかける元住人達。
「皆さん、落ち着いて!」
「武器を放して!話を聞いて下さい!」
只管にそう叫ぶ隊員達。しかし、誰も聞く耳を持たない。なぜなら、
「何を寝言言ってやがる、ゼム!親父が聞いたら泣くぞ!」
「裏切り者!それでも貴様等マケドニア人か!!」
第11混成部隊のメンバー(ピンゾロ、エリスを省いた49人)のほぼ全員が、暗黒戦争時に解放軍と敵対した国…マケドニア、グルニア、グラ、カダイン、ペラティ、ドルーア…出身なのだ。当然、マケドニア出身の者も多く、彼らにすればデモ参加者の怒りも理解できる。しかし、結果故郷を追われる事となったマケドニアの住人達の殆どは
アリティア地方に新しい住居を与えられている。そして、第11混成部隊に与えられた任務は結界の代わりにこの地を守る事…力無きマムクート族を守る、という事。たとえ相手が同胞であったとしても、だ。
じわじわと押されていく防衛ラインを見ていたホーシは、苦々しい表情を浮かべ、唸った。
「仕方ない…あれを使うか」
「ホーシ!あれって、まさか?!」
「なに、威嚇するだけだ。チャージ完了、いくぞ!」
ホーシは愛用の槍…ベク・ド・ビルガー(百舌の嘴)という名前だ…にぶら下げられた紙のビラビラを1枚ちぎると(筆者注・甲子園の優勝旗の棒と優勝校の名前を書いた帯をイメージしてもらえると有難い)、それを首に下げて手早く蝶々結びにし、叫んだ。
「怪我したくなければ離れろ!『ウォーム』ワームホールウェイビング!!」
と同時に、魔法特有の光を湛えた右腕を力強く地面に叩きつける!すると、そこから巨大なランドワームが現れ、物凄い勢いで地面に潜り込んだ。当然、地面はランドワームの太さの分だけ盛り上がる。その波は混成部隊とデモ隊の間を突き抜け、盛り上がった地面は壁となり、両者を分断する!
「引いてくれ!でないと、今度はそちらにこの力を振るう事になる!」
ホーシの叫びに(ビラビラは塵となって散った)、ざわめくデモ隊達。
「お、脅す気かよ!卑怯者!」
「でもよ、あんなのをぶつけられたらタダじゃ済まないぜ…」
「く、くそ、いつか必ず取り返してやるからな!」
我先にと散っていくデモ隊。その様子を見やりながら、隊員達は安堵の溜め息をついた。
「…今回も双方、死傷者は出なかったな」
「でも、正直言って辛いよ……」
「ゼム…」
「何でこの部隊なんだ、何でこの任務なんだって……ごめん、他にも辛い思いをしている人は沢山いるのにな」
「ああ…ここにはいないが、副隊長だってきっとそう思うさ。…きっと、な」
…同胞から裏切り者の烙印を押されたマケドニア出身の者達の苦悩は、誰もが明日の我が身として痛感していた。
18、
語り カメラアイ
さてその頃、ここバレンシア王国中央やや南東部に位置する港では、アンテーゼ王妃率いる親善大使一行…王妃は神官剣士時代の偽名セリカを名乗るので、以下セリカと表記する…が、アカネイア大陸のカダイン魔法学院へと赴く為の準備に勤しんでいた。
そんな中、船荷の積み込みを見ていたセリカの許に、甲冑を着た騎士が話しかけてきた。彼の名はジーク将軍。先日意識を失って倒れたティータのことを深く思っている人物である。
「王妃…少しよろしいですか?」
「セリカ、で結構ですよ。ジーク将軍。何ですか?」
「では失礼して……セリカ殿、今回はあくまで神前大使ということですから、軍部の責任者(ちなみに最高責任者はアルムとセリカの養父でもある聖騎士マイセン卿が勤めている)である私は、事を荒げない為にも身分を偽った方がいいかと考えます」
「そうですね…いくら護衛目的だとしても、将軍として向かうと色々と問題があるかもしれませんね。それで、何かよい策はあるのですか?」
「はい。私は身分を偽り、一人の旅の傭兵騎士になりましょう。名を…そうですね、シリウスと名乗り、仮面を被りましょう。以後、そういう事で皆にも伝えていただきたい」
「わかりました。私達は、戦争をしに行くわけではありませんからね」
「お願いします」
セリカとジーク…シリウスの会談が終わった後、上空から元気な声が木霊した。
「準備終わりましたー!早く乗ってくださーい!」
「…行こうか、”セリカ殿”」
「ええ、”シリウスさん”」
こうして、セリカ一行の乗った船は一路統一アリティアに向けて出港するのであった。
19、
語り ピンゾロ
夕刻、基地に帰る準備をしてマケドニア南部に戻った我々を、ガトー殿とマムクート族の代表者が見送りに来てくれた。まずはエリス様をアリティア城にワープでお送りし、そして結界を張りなおすのだ。
「……皆、また一月後に揃って会おう!行くぞ、エリスよ」
「はい。では皆さん、お気をつけて」
「『ワープ』!」
エリス様はにこやかに手を振られ、魔法光に包まれ、やがてその姿は消えていった。彼女は我々第11混成部隊の主治医とはいえ、本職は統一アリティアのマルス王子の姉姫にしてかの城の医師。ずっと我々の許にいるわけにはいかないのだ。
ガトー殿はもう一本の魔法の杖を取り出された。これが結界用の杖なのだ。
「ピンゾロ、そしてその仲間達よ、くれぐれも命は大切にな」
「はい。ガトー殿達もお元気で」
「うむ……『M・シールド』!!」
ガトー殿の持つ魔法の杖が眩く輝き、その輝きは我々の目の前でまるで地面から壁が生えるかのように横断して行く。やがて眩さは収まり、光の壁は透明な結界として設置された。もう、風以外にここを通る術は無い…先日まではの話だが。
私とガトー殿、双方が手を翳し、魔法結界が張られている事を内外から確認する。…確かに、堅牢な結界の感触が感じられた。
「…成功ですね」
「うむ。やがてこの結界が良い意味で無意味な物となる日が来れば良いのだがな」
「来ますよ、きっと。そう遠くない未来に」
我々はガトー殿達に別れを告げ、基地へと戻る。今度の一月も穏便であればと願いつつ。
20、
語り カメラアイ
真夜中のアリティア城、玉座の間。普段なら誰もいないはずのこの時間に、二つの人影があった。
「こんな夜遅くにすまない、参謀補佐」
「いえ、王子直々の命とあらば。して、話とは?」
一つはマルス、一つはミネルバの人影。明かりも点けず、暗闇の中で傅くミネルバと、その目の前に立つマルス。
「……単刀直入に話させてもらうよ。ミネルバ”王女”、パオラが行方不明になった」
「なっ……それはどういうことですか!?」
「僕にもわからない。ただ、数日前から部屋にいた痕跡が無い。食事も水も、そのまま残されていた。そして…」
「…そして?」
「同じ頃から、緑色の長い髪の天馬騎士の姿があちこちで目撃されている」
「……では王子は、その天馬騎士がパオラで、彼女が自分の意思で脱走したと?」
「…いや、確証の無い疑いは持ちたくない。それに僕は、パオラがカチュア達の思いを無駄にするとは思えない」
「……口ではどうとでも言える……」
「…王女、僕は」
「失礼、言葉が過ぎました。しかし…」
ミネルバはすとっく立ち上がり、マルスを一瞬だけ睨み付け、言い放った。
「…もしパオラの身に何かあったら、私はあなた達を許さない…!」
第3章
『森園(しんえん)エリス』 終わり
次回 Please fight! My Knight.
第4章
『赤の救援隊』に続く。
炎の御旗。悪魔の剣はその明(あか)を受けて煌くか?
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