・1


なんという失態!

意識が戻った時には、既に、この、何とも無様な姿勢で拘束されていたセーラープルート、冥王せつなは、こんな破廉恥な事をする敵と、何よりも自分自身の不覚に、ひどく憤慨していた。



このところ頻繁に発生している時空の歪み、もっともそれを感知できたのは「時空の門」の守護者である彼女だけだったが、ともかく、その原因を究明しようと、プルートはたった一人で密かに調査を行っていた。

他のセーラー戦士たち、とりわけウラヌスとネプチューンくらいには、事情を説明して協力してもらうべきだったかもしれない。

だが、この現象が、異世界や異次元からの介入だという明確な証拠がある訳でもなく、事態はまだそこまで深刻なものではない筈と、そう判断した彼女は、今日も、誰に告げることも無く、歪みの発生地点にやって来た。

いつもならば、彼女が駆けつけた時には、歪みは既に治まってしまっており、これまでの調査は全て無駄足に終わっている。

だが今回は、彼女が山中の現場に到着して以降もなお、時空の歪みが発生し続けていた。


原因の究明と歪みの発生点を求めて、せつなは更に、山の中、雑木林の奥深くまで分け入って行く。



「これは何?」

その歪みの中心に辿り着いた彼女が目にしたのは、これまでに見たことも無いような奇妙な装置だった。

自動車のタイヤほどの大きさをして、ハム音のような不快なノイズを発生させているその機械は、明らかに人類の手によるものではなかった。

これが時空の歪みを発生させている事を確信したせつなは、頭痛を引き起こす嫌なノイズに顔をしかめながら、ゆっくりとその物体に近づいて行った。

と、その瞬間!

風を斬って襲ってくる手刀、いや、その殺気を感じて、せつなは素早く身をかがめると、そのまま、殺気と反対の方向に大きく跳び退いた。

だが、飛び退いたその方向からも、殺気のこもった強烈な蹴りが襲ってきた。

彼女は已む無く、真新しいスカートを犠牲にして、大きく脚を振り上げ 、その蹴りを受け止めると、すかさず、身体を捻るようにして、更に後方に身を躍らせた。

「いや、お見事、お見事」

「スカートなのに躊躇いも無く、あのハイキックを放ってくるとは、戦士としての覚悟が出来てるねえ」

サイドの破れてしまったスカートから、太腿を顕わに晒したままで、きっ、と、身構えたせつなの前に、二人の男が姿を現した。

迷彩柄の上下の作業着、編み上げ式の黒いブーツに身を包んだ彼らは、共に2メートル近い長身で、がっちりした屈強な体格をしている。

一人は艶のある黒髪。もう一人は赤みがかった茶髪。だが、二人の違いはそれくらいで、顔つき、目鼻立ちにほとんど違いは見受けられない。

その、鍛錬と経験によって鍛え上げられた精悍で獰猛な顔つきは、彼らが紛れも無く、優秀な戦士であることを示していた。

外見は人間そのもので、どこかの国の特殊部隊の者だと言えば通用しそうな彼らを、せつなは、しかし、直感的に人間ではないと見てとった。

何より、セーラー戦士である彼女の脚が、先ほどの男の蹴りを受け止めて以来、ずっと痺れたままなのだから……。




「あなたたち、一体、何者です?」

険しい表情で詰問するせつなに、男たちも身構えながら答える。

「俺たちに名前なんて無えよ」

「それに、名乗ったところで、あんたにゃ何の意味も無えよ」

「……ならば、仕方ありません。プルート・プラネットパワー! メイク・アップ!」


幾筋もの光のリボン、そして、光り輝く粒子がせつなの身体を包んでゆく中で、彼女は、自分の本来の姿、セーラー戦士・セーラープルートへと変身した。

だが、ガーネットロッドを片手に持ち、よりパワーアップした彼女の姿を見ても、男たちは、恐れたり不思議がる様子を全く見せず、逆に、ひゅうひゅう、と、口笛を吹いて囃し立てる。

「いやあ、良いモノ見せてもらったよ。目の保養、目の保養」

「実に艶っぽい変身じゃないか、セーラープルートさん」

男たちの下品な言葉に、プルートは男たちを睨付ける。しかし……。

「……私がセーラープルートだと知った上で、襲ってきたのですね」

自ら名乗る前に、相手の口から自分の名が出たことに気付いたプルートは、事態の本質に気付いて、思わず唇を噛み締めた。

この一連の事件は、全て自分をおびき寄せるために仕組まれた罠だという事。そして、仲間の誰にも告げずに、自分ひとりで、その罠の中に飛び込んでしまったという事。

「さすがに頭の回転が速いじゃねえか」

「覚悟しな、セーラープルート!」

そう言うなり、二人の男たちはプルートに跳びかかって行った。



「くっ! 私が軽率な判断をしたばっかりに!」

二対一と言う数の不利に加え、男たちの連携の取れた攻撃に、プルートはひたすら押されまくる。

かろうじて直撃は避けられているものの、完全にかわし切れないパンチやキックの所為で、彼女の身体のあちこちに、次々と擦り傷や痣が出来ていく。

そしてなにより……。

「おかしいわ! 私のプラネットパワーが十分に発揮できていない!」

セーラー戦士本来の姿に変身してもなお、プルートは男たちの攻撃を凌ぐのが精一杯だった。

もちろん、彼らが信じられないほどに強すぎると言う事もあるのだろうが、それにしても、受けたダメージの回復が遅すぎるし、身体全体が何とも重く感じられる。

その瞬間、男たちの攻撃とは全く違った、ズキン、とくる頭痛を感じたプルートは、自らの不調の元凶に気付いた。

そこで、男の一人が放った蹴りのパワーを逆に利用して、彼女は上空高くへと跳び上がる!

そうして、男たちとの距離を十分にとった上で、セーラープルートはガーネットロッドを構え、密やかに囁いた。

「……デッド・スクリーム……」

ロッドのオーブから、強大なエネルギーを秘めた光球が放たれ、それは吸い込まれるように一直線に、先ほどの怪しげな装置を目指していく。

あれがこの周辺の時空を歪めている為に、彼女は本来の力が発揮出来ずにいるのだ。

「ああっ! 何でっ!」

だが、止んぬる哉、プルートが放った起死回生の必殺技も、あの装置に近づくに連れて次第にその速度を失い、遂には光球自体が霧散してしまった。

予想外の結果に、呆然として隙だらけのまま降下してくるプルートを、男たちが見逃すわけが無い。

「こっちは準備万端整えて闘ってんだよっ!」

不意に正面に現れた男のパンチを、プルートはガーネットロッドで受け止めようとしたが、力及ばず、ロッドごと顔面にパンチを決められ、後ろに大きく弾き飛ばされると、そのまま背中から地面に落下してしまう。

「ううっ! こんな筈では……」

ロッドにすがる様にして、ふらふらよろけながらも、かろうじて立ち上がるプルート。


その鼻と口元からは一筋の血が流れ出し、顔面には、平素の彼女なら絶対に現れることの無い、疲労と焦りの色が濃く滲んでいる。

そんな彼女の前に、余裕の表情を見せて、先ほどの男が、スタッ、と降り立った。

咄嗟にロッドを構えて防御の体制をとるプルートだったが、次の瞬間、バキッ、という嫌な音を立てて、その肝心のロッドが、先ほど男のパンチを受けた部分から真っ二つに折れてしまう。

「 ! 」

あまりの事に言葉も無く立ちすくむ彼女の手からガーネットロッドを奪い取ると、男は駄目を押すように、それを更にもう半分に、へし折ってしまう。

唖然とした表情を浮かべ、茫然自失と言った体のプルートの首筋に、もう一人の男の廻し蹴りが決まる。

只の人間ならば確実に首がもげ飛ぶほどのその衝撃に、彼女の身体は勢い良く宙を舞い、何本もの樹々を薙ぎ倒し、大人二抱えほどの太さをした大木の幹に激突して、ようやくそこで停止した。

白目を剥いて完全に意識を失い、傷だらけになった肢体をだらしなく大地に横たえる彼女を、男の一人が抱きかかえると、砕け散ったガーネットロッドともども、そのまま何処へとも無く運び去って行く。

一方、リモコンのようなものを取り出したもう一人の男がスイッチを押すと、件の機械は急激に作動音を高め、そして、突然、周囲の空間ごと虚空に吸い込まれていった。

真空を埋める風が、ごう、と吹いた後、そこには直径3メートルほどの真円状のクレーターが残るのみで、ここでセーラープルートの身に起こった惨劇の痕跡は、彼女の薙ぎ倒した木々の残骸のみとなった。

それを確認すると、もう一人の男も、先の男の後を追って、何処かへと消えていく。

かくして、他のセーラー戦士たちが誰一人全く気付かぬままに、プルートはその姿を消してしまった。



意識を取り戻したプルートの目に飛び込んできたのは、床に転がる、自らの力の象徴ガーネットロッド、……の無残な残骸。

両腕は後ろ手に拘束されて天井から吊るされ、両脚は金具で床に、それぞれがっちりと固定され、後ろを振り向くこともままならない。

否応なしに自分の置かれている窮状を突きつけられ、プルートは、己の判断の甘さに、改めて唇を噛み締める。

その口の中に広がる鉄の味と、ずきずきと痛む全身、特にパンチを受けた鼻の周りと、意識を失っていた間に全体重が掛かっていたであろう両肩の痛みは最悪だった。

しかも、自分のセーラーコスチュームが剥ぎ取られ、下着すら身に着けていないことに気付いたプルートは、恥ずかしさと悔しさで、その頬を朱に染めた。

「なんという失態!」

改めて自らの不明を責める言葉を、実際に声に出して呟くと、しかし、プルートは深呼吸して気持ちを切り替え、己の現状とこれから起こるであろう事に思考力の全てを振り向ける。

私はまだ生きている。いや、生かされている。

全身が痛むが、とりあえず、骨折や腱の破断などの致命的な負傷はしていない。

あの惨めな敗北から、どれ位の時間が経過したのかは判らないが、体力は、まだほとんど回復できていない。

喉の渇きや空腹感は感じないが、これは神経が緊張状態にあるだけだから、なのかもしれない。

腕は、ある程度姿勢を正せば、それなりに振り回すことが出来る。

だが、両手首がしっかりと固定されている上に、鎖のような物で天井から吊るされているらしく、到底、自由に動かせるとは言い難い。

脚は、ブーツの足首の一番細い部分を金具で床に固定されてしまっているので、全く動かせないし、ブーツを脱いで拘束から逃れる事も出来ない。

膝を落として多少の動きを得ることは可能だが、それは結局、無様なガニ股姿を晒すだけで何の役にも立たない。 

冷静に自己分析を終えたプルートは、一応、手と脚に思い切り力を込めて、何とか拘束具を引き千切ろうともしてみたが、予想した通り、その戒めを解く事は出来なかった。

「準備万端整えて、か……」

男たちの言葉を思い出し、再び自省モードに落ち込みそうになったプルートは、かぶりを振って、己を励ます。

とにかく、まだ命があるという事は、チャンスも残っているという事だ。

自力での脱出が不可能でも、誰かにこの危機を伝える事が出来さえすれば……。

だが、そんな形勢逆転の妙案を思いつく間も無いまま、彼女の視界の端にある鉄の扉が開いて、先ほどの二人の男が部屋に入ってきた。

その手にハンディ・カムと三脚を持った男たちの姿に、プルートは思わず息を呑む。

男たちは、先程とは違って、下着すら身に着けていない全くの全裸だったのである。

ぺたりぺたり、と、裸の足音を立てて彼女に近づいてくる男たちの肉体は、まるで古代ローマの彫像のように均整の取れた、それでいて筋肉質でがっしりとした、見事に絞り込まれた、戦士として完璧な肉体であった。

ただ、ローマの彫像と異なり、男たちの股間、髪と同じ色の陰毛の下には、体格以上に逞しいモノがぶら下がっている。

それに気付いたプルートは、顔を赤らめ、思わず視線を逸らせるが、男たちはそれを気にするようなそぶりも見せない。

男たちが、あまりにも堂々と己の陰部をさらけ出しているのを見て、彼女は、もしかしたら、服を着けない事が、彼らの世界の常識なのではないかと訝った。

自分のセーラーコスチュームが剥ぎ取られているのも、あるいは、彼らなりの常識に即した行動なのかも知れないと、微かな希望を抱く。

もちろん、そんな事は、絶対にあり得ないのだが……。


→進む

→戻る

無題のトップへ