●プロローグ 狩人の視点
そいつは、酷く飢えていた。長い間の封印を食い破ったとき、そいつの周りには滋養になるような生き物は、なにもいなかったのだ。本当は動くのも面倒なぐらい腹が空いていたのだが、そのままそこにいたのでは、奴等に再び痛い目に合わされることは眼に見えていた。そいつは僅かな力を振り絞ってその場所から逃げ出したが、その行為が空腹に輪をかけた。どうやら具合の良さそうな入れ物を見つけて落ちついたとき、そいつはもう、飢え死に寸前だった。
獲物が欲しかった。なんでもいいから、獲物が欲しかった。本来は高い知性を持つはずのそいつは、あまりの空腹に狂いかけていた。
獲物を求めて人間の町を徘徊しはじめたそいつにとって不幸だったことは、二つ。
ようやく人里に辿りついたとき、すでに夜になりかけていたこと。
その人里が山間の田舎で、すでに人通りが絶えかけ、そいつの気にいるような獲物は、すっかり姿を隠してしまっていたことだ。
人目を避けるように夜の影をよろめき歩きつつ、そいつは飢餓感と虚脱感に苛まれて、死の寸前だった。
だが、このまま死ぬわけにはいかない。せめて、卵を残してからでなくては。
そのためにも獲物。獲物だ・・・・
そして、その使命感すら空腹の前に薄れ掛けたとき、そいつは声を聞きつけた。明るい調子の、笑い声。談笑の声。
獲物だ!
失せかけていた力が蘇る。草陰に潜み、声の方にくいいるような視線をやった。
いた。人間が学校と呼んでいた建物の入り口付近に、獲物、女がいた。まだ女というには若すぎる、子供から抜けきれてないような少女だったが、女は女。はちきれんばかりの精気も感じられる。急場の獲物としては充分だろう。
しかも、3人。
この場で、1度に3人とも「食って」やろうか?虫のいい考えが頭をもたげるが、すぐに自分で否定する。普段ならともかく、殆ど余力のない今、多人数相手の狩りはリスクが大きすぎる。ヘタに騒ぎを起こし、他の人間の注意を引いてしまえば、最悪、卵を準備する前に逆に狩り出されかねない。
仕方ない、一人だ。まず、獲物は一人に絞ろう・・・たっぷりと狩りを楽しむのは、その後でも充分だ。
そいつは何も知らずに談笑する3人の少女を観察する。揃いの服・・・紺色のセーラー服だ・・・を着ている3人のうち二人は背が高く、肉付きも良かったが、溢れるほどの精気はない。
しばらくの観察の末、そいつは一番背の低い、最後の一人に目標を定めた。はるか昔、そいつが狩り、弄び、食らってきた獲物に比べれば、女としての肉付きはずいぶんと欠けている。
小柄で華奢な身体。すんなりと細い・・・といえば聞こえはいいが、女らしい肉がついていない、薄い体。スカートから伸びる剥き出しの素足は身体と同じく細く華奢だが、内側には躍動するようなバネが潜んでいるようだった。栗色の短い髪の下で、生命力と躍動感に溢れた瞳が笑っていた。まだ少年めいた雰囲気を残す子供の顔だが、何年かすれば舌なめずりしてむしゃぶりつきたくなるような獲物に育つだろう。全体の印象はやんちゃな子犬か敏捷な若鮎といったふところだろうか。
そして、肌の内側から溢れるようなまぶしい生命力。
こいつはいい。子供だが、良い獲物かも知れぬ。獲物を定め、余裕を取り戻したそいつは、舐めるように少女をねめつけ、舌なめずりをする。食らうまでに、あの少女がどんな反応をするか。それを考えるだけで、かつての狩りの愉悦が蘇ってくるかのようだった。
3人の少女が、移動を始めた。お誂えむきに、獲物の少女は単独で移動するらしい。
これはいい。
狩りの成功を確信しながら、そいつは少女の向う先へと飛んだ・・・。
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