『 大陸の情勢 』



 『アリストリアの番人』

 それはアリストリア大陸史の創世記から登場する伝説の賢人であり、人並み外れた長寿と、貴公子風の容貌、突き立った耳を除けば、外見的特徴は人間とほぼ 変わらない存在、とされている。

 現在でも、彼が果たして人間であったのか、どうかは定かではない。一説には、アリストリア大陸の古代人(妖精族)の末裔であり、その最後の生き残りでは ないか、とも推測はされたが、特にこれといった根拠や証拠もなく、あくまでも推測の域を出ないものであった。

 だが、この『アリストリアの番人』が、大陸の人類の文明に関与し、高度な知識や技術などを授けており、神国ブリュンヒルトの建国に大きく貢献した人物で あることに違いはないだろう。



 神国ブリュンヒルトの初代「神王」は、麗しき女性であり、可憐なまでの女王でもあり、そして彼女には・・・彼女の子孫たちには、他の人間たちとは異なる 特別な特性があった。

 ・・・後の『聖巫女』という力が・・・

 ※尚、初代「神王」である彼女には、『光巫女』だった、という説もあり。





 初代「神王」となった彼女には、確かに他の全ての男を魅了する可憐さがあり、それは幾つ歳を重ねても若々しく、それだけに神々しくもあった。彼女に性交 (当時は、ほぼ強姦)を迫った男の数は、それこそ星の数にも匹敵し、それに成功した全ての男たちが、彼女の身体の虜と化している。

 また同時に女王の純潔を奪った、という男性も複数に上がり(いずれも捕縛された後に処刑されたが)当時のモラルの低かった民度もあり、彼らは勝ち誇るよ うに公言した、とされている。

『女王の純潔を奪ったのは、この俺よぉ〜〜♪』

『ありゃ〜明らかに違うぜぇ〜ぇ』

『ああ、全く異なる次元のものだったぜぇ、ありゃ〜〜』



 その男たちが口々に漏らしたとされる、率直なまでの感想と、その複数からなる証言は、彼女が出産した(或いは出産を強要された)娘たちの代で、広く知れ 渡っていくことになる。

 これが神国ブリュンヒルトの建国から始まる、「ファリス王家」の血脈・・・『聖巫女』伝説の始まりでもあった。







 アリストリア大陸において、初めて『光巫女』が正式に(あくまで初代神王は推測となるため)歴史上に登場するのは、神国ブリュンヒルトの単一国家による 統治体制が確立されて、900年の歳月が経過した時代。そのうちの500年余りの支配に及んだ『魔王』の悪国時代にまで遡ることになる。



 『魔王』の戦闘力は圧倒的であり、この500年の年月の中でも、数多くの騎士や戦士たちが挑み、『魔王』が持つ『魔剣』の前に絶命している。無論、その 中には『聖巫女』たちが出産した、卓越した騎士たちも例外ではなかった。



 アリストリアの民は、明日をも知れぬ絶望の日々を迎え続けていく中、その『魔王』に対抗するため、『アリストリアの番人』がその最後の力で遣わせた存在 こそ、『聖巫女』をも凌駕する、アリストリア大陸初の『光巫女』、シノン・ファリスであった。

 「神王」夫妻唯一の愛娘にして、この国唯一の王女であり、『光巫女』としての宿命をも背負った、可憐なまでの姫君。

 ファリス王家の存続・・・そして何より、大陸の希望という重責を一身に、彼女に定められた異性は、名もなき城兵・・・それも中凡なまでの中年男性でしか なかった、サンチェスだった。

 愛娘であるシノンを溺愛した「神王妃」の苦悩は、それは並大抵のものではなかったことだろう。そして、それを知った「神王」もまた、愕然の余りに卒倒し た、という噂も、その後日の凶行を思えば、事実のものであったことに違いない。

 ただ彼、このサンチェスこそが『光属性』の『属性因子』を持つ、当代唯一の男性であり、サンチェスとシノンが交わることで初めて、『魔王』にも対抗でき る、全てに超越した存在・・・後の『伝説の勇者』の出産が可能となるのであった。

 アリストリア大陸の全人類のため、と割り切る以外になかった。



 唯一の救いとして、姫君である『光巫女』のシノン自身が、城内にも数多に存在するはずの異性の中から、サンチェスという存在に惹かれていたこと、彼と結 ばれることを強く望んだことであろうか。



 後に高名な吟遊詩人は謳う。

『光に選ばれしそれは、神々が定めし運命の相手』

『故に互いに惹かれ合う、宿命の名のもとに・・・』



 それは『光巫女』の伝説に引用される一説である。

 もっとも、それはいずれの『光巫女』に対して謳われた詩であったのか、は定かではなかったが、その詩が示すように、いずれの『光巫女』も、身分や年齢な どに関わりなく、『光属性』の『属性因子』を持つ異性と出逢い、惹かれていたことを示している。

 かくして、そのアリストリア大陸初の『光巫女』である、シノン・ファリスが持つ『神聖因子』に、サンチェスが持つ『光属性』が結びついたことで、『アリ ストリアの番人』が予言した、後の『伝説の勇者』の出産へと遂げていた。

 ※詳細は『聖魔大戦概要』の参照のこと。





 この『伝説の勇者』と『魔王』の壮絶な相討ちとなる戦いは、後に『聖魔大戦』(暗黒時代そのものを指す場合もあり)と呼ばれ、神国ブリュンヒルトに、そ して、アリストリア大陸にも大きな変局となっていった。





 その『聖魔大戦』終戦における傷跡は、深刻なまでに深かった。それまではアリストリア大陸全域を統治していた、神国ブリュンヒルトではあったが、国 力・・・特に軍事面での損害が著しく、それは一時的なものにせよ、大陸の統治が行き届かなくなってしまったことが、まず、最初に挙げられよう。

 だが、それ以上に深刻な事態となっていく出来事が、神都サンパレスにおいて発生する。



 心ならずも『伝説の勇者』の父親となり、『光巫女』の相手に選ばれたサンチェスであったが、『聖魔大戦』終戦の後に、「神王」の謀略によって殺害されて しまったのである。

 「神王」には「神王」なりの打算があったことには疑いない。

 既に『聖魔大戦』は終結しており、脅威であった『魔王』もなく、唯一の姫であるシノンの相手に、敢えて無名のサスチェスを据える必要性は確かに無くなっ ていたのは事実であったのだから。

 サンチェスが毒殺されることに前後して、シノンの婚姻話を、有力諸侯ら相手に持ち掛けていたことからも、「神王」の思惑が見え隠れしていた。

 だが、最愛の人物であったサンチェスが亡くなり、彼との間で設けた子は、『伝説の勇者』としての使命を遂げて、相討ち。傷心の彼女が全てに絶望し、神都 サンパレスの城壁から身を投げたのは、彼女の気持ちを思えば、至極当然の出来事ではなかっただろうか。



 この一連の事態によって、神国ブリュンヒルトの求心力が大きく低下してしまったことは否めない。神国も「神王」が退位し、遠縁に当たる新たな「神王」を 即位させたところで、一度、動き出してしまった時代の流れを留められるはずもなかった。

 神国ブリュンヒルトの失墜・・・

 それに伴う、新たな国家が建国されていく。



 かくしてアリストリア大陸の時代は、いよいよ混迷の群雄割拠の時代を迎えようとしていた。







 こうして数多の国家の興亡が幾度もなく繰り返され、後の帝国の前身ともなるリグリア王国が建国される。無論、当時のリグリア王国は辺境にある諸勢力の一 つに過ぎなかったが、着実に戦力と国土を増強し、七大国に名を連ねる際には、軍事力と人口、そして国土の広さにおいては、他の六大国を遥かに凌駕するまで に発展していく。

 尚、これは余談ではあるが、「リグリア王国」とこの「軍事大国・リグリア帝国」の系譜には、その途中で血脈が途切れてもおり、後の「皇帝」となるジーク フリート家に至っては、もはや「リグリア王国」とは、全く関係のない王朝ともなっている。





 アリストリア大陸が七大陸によって統治されることになり、以降、毎年飽きることなく、大陸の各地で戦端を開かれていた。

 特に由緒ある歴史を誇る大国・・・神聖国家・神国ブリュンヒルトと、その国境を隣接するまでに肥大化した軍事国家、リグリア帝国との間では、深刻なまで の争いが絶えず繰り広げられており、まさに「天敵」と言っても差し支えがない、両国の関係であっただろう。



 この両大国の関係に初めて、変化する転機が訪れたのは、アリストリア大陸が七大国によって統治されるようになって、300年の歳月、という途方もない時 間が経過したころであった。



 両大国が共同で出資することで建設された『コンポジション士官養成学校』に両大国の嫡子を通わせる、という提案が起こり、それが本当に実行されたのだか ら、当時、在位していた「神王」も、「皇帝」も・・・この蔓延した戦争の関係に、打開策としての変化を投じたかったのかもしれない。

 無論、王子(皇子)の在学中における間、両大国は不戦条約を締結。お互いの嫡子には絶対に殺傷事件を起こさせないなどの、様々な取り決めが定められた。 その中には、この『コンポジション士官養成学校』・・・別名「合同養成所」の施設が建設されたシンフラッシュ(旧神国領)を中立地帯として認定し、以降は いかなる軍事行動も禁じる、という条約なども盛り込まれている。



 翌年、『コンポジション士官養成学校』の創設がアリストリア大陸全土に発表され、本格的に育成機関としての名を博するようになってくると、国境国籍を問 わず、多くの諸侯の跡取り息子や武将・将軍らの息子たちが入学をするようになっていく。

 そして遂に、既に在学していた後の「神王」となる、ロベルト・ファリス(当時13)と、本年から入学をする後の「皇帝」、オーディン・ジークフリート (当時12)が初めて対面する。

 『あれが・・・俺の敵・・・!?』





 その非友好的ともいうべき、視線の遣り取りが両者の初めての邂逅であり、そこに張り詰められた空気には、その周囲までもが固唾を呑んで、激しい嵐の前触 れを予感せずには居られなかった。



 一つ年長となるロベルト・ファリスは、背の高い長身に、堂々とした(肩幅の広い)体躯に恵まれた若者であり、その体格に似合わず、温厚かつ理知的な性格 の持ち主であった。

 級友、同世代(特に女生徒)からの人気もあり、オーディンが入学してからも、多くの女生徒たちと浮世を流していた。

 彼曰く、「人生とは恋愛であり、恋愛をしていない虚無な日々こそ無駄というものだろう」「恋愛とは、結局のこと。身体を繋げるまでのその過程であり、多 くの純潔を散らしてしまったのは、あくまでも、その結果だけに過ぎない」

 それは極論ではあったが、紛れもなく彼の日常における行動方針であり、その夥しい女性関係は、彼が卒業する日まで決して変わることはなかった。



 一つ年少となるオーディン・ジークフリートも、ロベルトに劣らぬ長身であったが、こちらは比較的にスマートな体格の持ち主であり、それでも鍛え抜かれた 筋肉質の、まさに「武神」を彷彿される威圧感がそこにはあった。

 性格は寡黙にして無骨。他人の色恋だけに関わらず、自身に向けられる(特に圧倒的なまでの異性からの)好意にも興味を一切示さず、校内では常に孤高を貫 いているようでもあった。

 彼曰く、「日々の鍛錬こそ、己の存在意義」「それ以外の感情など・・・まして恋愛感情など、邪魔というもの」

 彼が孤高を愛していた、とまではいかないまでも、黙々と鍛錬を続けられる時間に限っては、それ以外の出来事や存在が疎ましく、それだけに孤独な状況が好 ましかったのは事実であっただろう。



 性格が全く異なる、二人の王子(片方は皇子)

 いずれは国政を競い合うことになろう、そう遠くない未来。故に実際に、険悪な事態に陥りかけたことが、幾度もなくあった。そればかりか、校内で衝突した 場面さえもある。

 その二人を制止することが、教官達にはできなかった。

 何しろ、そのどちらもが両大国の嫡子であり、未来の絶対的な権力者なのである。この緊迫した空気に右往左往するばかりの情けない姿であったが、静観する 生徒たちの目には、頼りないと思う一方で、気の毒のように思ったものだった。



 この険悪なまでの二人が、(ロベルトが)卒業するまでの間に、親交を温めあうことができたのは、紛れもなく、クラリス・クラフトの・・・後に皇帝顧問と して重用される、若者の存在があっただろう。



 クラリス・クラフトは、オーディンと同期の若者であり、ロベルトとは一つ下の年齢に該当する。自治領が認められた帝国貴族出身の彼の身長は、決して高く もなく低くもなく、容姿に置いても、特に際立つような特徴はなかっただろう。

 尚、余談ではあるが・・・クラリスの在学時に異性からの恋文、告白が一つとしてなかった理由には、明らかに校内の人気を二分するその二人が傍に居たから に違いない、とは、本人の弁である。

 ただ、クラリスには、他者にはない、特異な才覚を有していた。特技と言っても過言ではない。あらゆる人物と打ち解けることができ、自分の知己としてしま う、(特に外交においては、これにまさる才能はないほど)稀有な存在であった。



 それだけに、神王と皇帝の喧嘩を唯一に止められた(実際には口論までで、殴り合いにまで発展したことは一度としてなかったが)男として、その両大国の懸 け橋に、その将来の栄達に期待される若者だった。





 実際に三人はそれぞれ、自分の持論、アリストリア大陸の情勢、自身の未来や理想、色恋沙汰の云々に至るまで、昼夜を問わず語り合ったものである。無論、 そこには青臭い若さや、融通の利かない頑なさ、ままならない現状に不満もあったが、楽しくも語り合う三人に笑顔があった。



 少なくとも三人の、夢を見ては語り合うそんな未来には、まさに希望だけが満ち溢れていたのだから。


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