第二話【 計画 】
ノーリスクで相手の合意に関わらず、絶世の美少女を抱けるかも知れない、と誘惑されたら誰でも話だけは乗ってみようか、と思うのが人情であろう。
まして相手は、高嶺の可憐な花、のような存在。
ついさきほどまで眺めているだけで満足していた美少女である。
こんな俺が、その美少女・・・・琴乃初音を抱けるかもしれない、と思うと、無意味にも思えてきていた四十一年間の人生も、一気に満更ではなかったとさえ思うようになっていた。
だが、そんな思惑などを他所に、俺は目の前にある仕事に集中してスケジュールの調整を管理していく。
「永沢のチームは夏に向けて、今年の高校選手権、甲子園の話題ともなる内容の収集を頼むぞぉ」
「了解!」
「今年の夏も、気温以上に熱くなりそうですよね」
野球通の田中も笑顔を浮かべる。
既に夏の予選は始まっており、今のところ、有力な強豪校は順当に勝ち進んでいる。このまま順当にいけば、例年以上の盛り上がりを見せてくれることだろう。
「そうだな・・・・後は、後のプロ野球でも話題になってくれそうな、スターの出現が待ち遠しいところだ」
時に甲子園は「怪物」を生み出してくれる。
「江川、清原、桑田、荒木、松坂、松井、有、田中、佐藤、筒井・・・・」
そしてその「怪物」が出現したとき、雑誌の売り上げ数にも大きく相乗効果を生み出してくれるのである。出版社勤務の人間にとって、特に歓迎したい存在ではあろう。
部下たちが会議室を後にして、意気揚々と外出する準備に取り掛かる。会議室に一人残された残留組の俺に、書類を手にした柴田くんが尋ねてきた。
「先週、課長に頼まれていました調査資料です」
「柴田くん、すまないね」
俺は彼女から資料を受け取って、大まかにだが軽く目を通す。
「んっ?」
「どうかされましたか?」
「ああ、いや、たいしたことではないよ」
俺は渡されたデータの一部が間違っていることに気が付き、再計算して資料に書き直した。それだけのことである。
渡された資料を閉じて課長室に向かう。
「も、申し訳ありません」
「いや」
「その資料を作成したのは、琴乃ちゃんでしたので・・・・あの娘には、後で厳重に注意しておきますわ!」
俺は笑って片手を振る。
「課長は誰にでも甘すぎます!」
確かに俺は優しいのではなく、ただ甘いのかもしれない。
「まぁ、冷静にフォローしてやれるのも、上の勤めだとは思うけど?」
「それはそうですが・・・・」
「人間、誰にでも間違いはあるものさ」
上司である俺にそう言われては、柴田くんもそれ以上は何も言わなかった。
「琴乃くんといえば、そういえば・・・・今週の土曜日、来客の予定が入って、彼女には出社して貰おうかな、と思っているのだが・・・・」
「私で良ければ、私が出社しますが・・・・」
そこで彼女が口元を片手で覆う。
嫌な予感は的中した。
「でも課長には、お気に入りの琴乃ちゃんのほうがいいですよね?」
声のトーンを落としているので、他の社員の耳には届くことはないだろうが、余りにも大胆な柴田くんの発言に俺は慌てて周囲を見渡してしまったほどである。
「・・・・ゴホッ、ゴホン!」
「容姿だけで、課長が採用したほどですものね・・・・」
「柴田くん。何気に、も、という一文字が抜けているぞ」
事実、彼女の採用には、面接において彼女の適正と能力を公正に評価しての結果である。
だが、事実を指摘したのにも関わらず、形勢は明らかに俺のほうが悪い。
それもそのはず・・・・彼女は知っているのだから。
先月、彼女と夕食(勿論、その後は・・・・)を共にした際、俺の愛車の中で一枚の写真を見つけてしまった。
その写真は以前、永沢が隠し撮りしたものであったが、彼から没収した後、捨てきれずに車内に保管しておいたのである。
没収した写真を保持している。
それを見つけられてしまった上、勘の鋭い彼女のことである。
それ以来、俺たちは互いの恋愛(?)、色々な相談を持ちかけるようになっていた。もっとも俺の場合は、相談してもらうというより、嗾(けしか)けられるものであったのだが・・・・
「とうとう琴乃ちゃんを口説く気になられたのですか?」
課長室に入ってもまだ、柴田くんはこの話題を離すつもりはなかったようだった。
「ははっ、無理無理。こんなおじさんじゃ、相手にもしてくれないよ」
「あらあら、豪く弱気なことですね」
それも無理はない、と思う。
まだ同世代、というなら希望も・・・・あんな美少女じゃ、ほぼ絶望ではあろうが、まだ玉砕してみるだけの価値はあっただろう。だが、二周りも年上の中年とあっては、もはや希望の持ちようもない。
「でも、ああいうタイプの一途な娘は、一度抱かれただけで、コロリといきますよ」
「抱かせてくれるとも思えないな・・・・」
「そこはもう、強引に・・・・」
「はい、性犯罪者の出来上がり」
パチパチパチ、と俺は両手を叩く。
「琴乃ちゃんの性格からして、公言はしない、と思いますけど」
「・・・・」
その柴田くんの発言は、以前から俺も想定していたものである。
琴乃くんとの現実を顧みて、俺が彼女とSEXができるとしたら、それはまさにレイプでしか有り得ない。この課長室でなら、生で膣内出しすることさえ不可能ではない。
壁の電圧を指先一つで下げるだけで、外部からの視線を遮断し、壁そのものは完全防音として機能する。たとえ琴乃くんが懸命に悲鳴を上げたとしても、誰一人気付ける者はいない。確かに泣き叫ぶ彼女を抑えつけ、強引に犯すことができる環境なのではある。
そして健気で温厚的な性格から、レイプされた後、それを口外することができる彼女ではないだろう。
無論、あくまでも俺の憶測だけに過ぎないが・・・・
「課長がお望みでしたら、今度の打ち上げのときにでも、酔い潰れさせますけど・・・・」
「柴田くんは良く嗾けるねぇ・・・・」
「私は課長の味方ですから」
確かに末恐ろしいほどの味方ではあろう。
「まぁ、来客の予定があるのは、本当だよ」
ようやく話を元に戻して、俺はデスクの椅子に座った。
「ただ琴乃ちゃん、確か今週の土曜日は、彼氏とデートだと聞いていましたが・・・・」
「か、彼氏・・・・」
琴乃くんに彼氏、と聞いて、落胆はしたものの納得できない話ではなかった。あの日本人離れした容姿に、あの可憐さ、性格も申し分にない彼女である。彼氏の一人や二人いて不思議ではない。
もしかして、既に非処女かも、な・・・・
そう思っていても、既に他の男とSEX体験済み・・・・だと思うと、ショッキングなことは否めない。
俺はそう思いつつも彼女の清楚な性格、絶世の美少女の容姿から、尚も処女であり続けていて欲しい、と望まずにはいられなかった。
三時頃、いつものように琴乃くんが出社してくると、鞄と荷物を置き、まず課長室に足を運んできた。
「課長、おはようございます」
「おはよう・・・・」
可憐な表情に陰りがあることに気付いて、俺は問わずにはいられなかった。
「ん、琴乃くん、どうした?」
「課長、渡された資料の間違い、ごめんなさい」
「柴田くんに聞いたのかな・・・・いや、すぐに気が付いたし、大した問題でもないよ」
琴乃くんはそれでも俺に頭を下げる。
「あ、それで土曜日の出社の件も柴田さんに聞きましたが、何時ぐらいから出社すればよろしいですか?」
「あれ、予定のほうはいいのかい?」
琴乃くんが笑顔で頷く。が、いつもの眩しさがなかった。
ミスした罪滅ぼし、という意味合いもあったのかもしれない。
もっとも彼女の都合が悪ければ、天野との対面を後日に延期させるプランも想定してあったのだが・・・・
「彼氏とデート、だって聞いていたのだけど?」
「あ、大丈夫です。彼のほうも日中は忙しいみたいですから、定時までに上がらせて貰えれば・・・・」
「そうかい」
彼の存在を彼女が認めた。その落胆していた心境を隠すように、俺は視線を時計のほうに向けた。
「来客は二時に来社する予定だから、午後からでも大丈夫かな?」
「ハイ、解かりました」
眩しい笑顔を向けられて、心底、その彼女の彼氏が羨ましく思えたものである。柴田くんから聞けた話では、付き合ってまだ間もない、とのことだったが、そんなものは関係ない。
琴乃くんの彼氏、というポジションは、それだけで格別な位置なのであろう。
(愛しい娘を取られた父親の心境かな?)
もっとも彼女が娘ならば、仮定の話の上だったとはいえ、あれほど琴乃くんに欲情することもなかったのだろうが・・・・
「服装は、制服のほうがいいですよね?」
「ん・・・・その後、彼氏と会うのだし、私服でも構わないかな。それに来客といっても、中学時代の古い知人だからね。それほど畏まる必要はないよ」
見慣れた制服姿の琴乃くんも申し分ないが、折角だから私服姿の彼女も眺めて見てみたい、という思いが多分にあった。
「ええ、今週の土曜日、来客の予定がありまして・・・・」
また彼女本人だけではなく、会社のほうにも予め休日出社の意思を伝えておく。
「自分以外に一人、学生アルバイトを出社させます」
天野がどのような手段を用いて、彼女を抱かせてくれるのか、は定かではなかったが、もし後々、内密に休日出社していたことが露見して、疑われるようなことにでもなれば厄介なことにもなりかねない。
「ええ、本人の許可もとってあります」
実際、人事部のほうで休日出勤を申請したときにも、学生アルバイトという肩書きの彼女だから、すんなりと通ったといっていいだろう。人件費となると、人事部は結構口煩いものである。
この場合、俺にとっては非常に好都合なのであったが・・・・
俺は帰社する帰路、その古い知人とやらと落ち合って帰宅する。
「あ、これ、俺の部屋へのセキュリティカードな」
俺は財布の中から、スペアの一枚を天野に手渡す。これがなければ、俺の部屋はおろか、エレベーター、マンションの建物の中にさえ入ることが叶わない。
「すまんなぁ、泊めてもらって」
「んなもん、気にするな」
昨夜まで都内のホテルに宿泊していた天野ではあったが、元々経済的に厳しい状況にある。幸い、俺は一人暮らしということもあって、男一人を泊めるのにも部屋数には全く困っていない。
故に俺は中学時代の親友を自宅に誘っておいたのだった。
とりあえずリビングで落ち着くと、俺は今週の土曜日に、例の手筈を整えたことを告げる。
「解かった、今週の土曜だな・・・・」
「で、これが・・・・ターゲットの写真」
「・・・・」
その琴乃初音の写真を手にすると、天野は暫く言葉を発することさえできないでいた。今の天野の衝撃も理解できる。初めて面接で琴乃くんと会った俺も、今の天野の状態であったのだから。
服装は素っ気無い制服であり、目線も向けられていない。極めて健全的な写真ではあったが、男が一度見たら、目を離せなくなるまで魅了する存在感が、確かにそこに存在していた。
「なぁ、この娘の名前は?」
「ん、琴乃初音」
「年齢は?」
「十二月で誕生日だったから、今はまだ十五歳だな」
俺は決してロリコンではなかった、と思う。
彼女以外の学生に、どんな美少女であろうと、ときめくなんてことはなかった。琴乃初音だけが特別なのである。だが、彼女を抱いてみたい、と思うその欲情がロリコンの証左だと言うのなら、俺はその評価を甘んじて受けよう。
「芸能人か、何かか・・・・?」
「いや、会社の只の学生アルバイトだ」
天野は尚も食い入るように、写真に魅入っている。
ついでに俺は、最大の情報源である、柴田くんの情報網と等しく、面接時に受け取っていた、彼女の履歴書の控えを差し出す。
「この娘、めっちゃぁ可愛い過ぎるぞ!」
お気に入りの学生アルバイトが、中学時代の親友にも認められたとあって、俺は自分のことのように嬉しく思ったものである。
ただ、俺は琴乃くんの容姿だけに魅了されたわけではない。
彼女の健気で一途な性格、サラサラの艶のある長い髪、可憐な眩しい笑顔。程よく発育していそうな身体つき。スラリとした美脚。抱き締めたら折れてしまいそうな腰の細さは、身体の具合の良さを想起させるのに十分である。
と、性格以外、全部・・・・容姿だったな。
だが、実際社内でも、彼女の容姿に惚れ込み、写真集だけでなく芸能界入りも薦められたほどである。
「それで、どんな状況がご要望なんだ?」
天野はようやく写真から目を離し、名残惜しむように俺に返す。
「どんな状況って?」
「なんでも思いのままだよ。お前がこの娘と・・・・この初音ちゃんだっけ? お前が初音ちゃんとしたいように、俺に指示してくれればいい」
それこそレイプでも、和姦でも、と天野は告げる。
「・・・・」
俺がこれまでに思い描いていた想像は、泣き叫ぶ彼女を力ずくで犯している、というものであった。正確には現実を顧みて、彼女を和姦で抱けるだけのイメージさえ、ただできなかっただけなのだが・・・・
「本当になんでも・・・・可能なのかよ?」
レイプなどをして、性犯罪者として訴えられたりでもしたら、俺の人生はそこで終焉を迎えることであろう。死罪を免れたとしても、性犯罪のレッテルを貼られ、社会的に抹殺されたことに等しい。
だが、残りの人生を失ってでも、琴音くんを抱ける・・・・生で膣内出しできるのなら、それもまた厭わないであろう自分が確かに存在していた。
「・・・・なぁ、内藤。お前、催眠術って・・・・信じるか?」
「催眠術ぅ?」
途端に俺の中で現実味が薄れていったのは無理からぬことであろう。
「あの相手の意思や行動に干渉する、って、あの催眠術だよな?」
洗脳、マインドコントロールと並んで、他の人物の意思を誘導したり、行動を制約したりすることができる、といった意識レベルでの批判能力を除外し、潜在意識レベルで強制的に誘導するものであったはずだ。
催眠術とは暗示の受けやすい催眠状態、その催眠状態に導く催眠法によって成り立っている。もっとも実際に目の当たりにしたこともないし、あくまでもTVや小説の中だけのものと思っていた。
「その催眠術をお前が使えるって、のか?」
「まぁ、ことの真偽は実際にやってみせないと、信じて貰えないよな」
俺は頷く。
確かに天野は嘘を口にするような奴ではなかったが、それもあくまで中学時代のときのことである。また、それでなくても催眠術と聞かされて、「はい、そうですか」と信じてやれるほど、俺は現実を知らないわけではなかった。
「それに掛かり易い相手、掛かり難い相手・・・・催眠術との相性とかも実際にあるわけだし・・・・」
「・・・・ふむ」
「とりあえず催眠術の成否は置いておいてさ、掛かったときの仮定で話を進めていくけど・・・・」
あくまで天野は催眠術で話を展開していく。
ならば、俺も仮定の中の話として、こいつに付き合ってやるか。
「で、お前の希望は?」
「本当に何でもいいのか?」
「ああ・・・・」
肯定の言葉を確認して、俺は彼女の写真に目を落とす。
琴乃くんを抱けるだけでも、俺のような中年の男には、まさに夢のような出来事であろう。つい先ほどまで、彼女の姿を眺めているだけで満足していた俺である。
だが、そのいっぽうで・・・・ただ抱くだけでは、満足できない自分も確かに存在していた。
例えば琴乃くんが処女であった、というならともかく、ただSEXするだけで終わってしまえば、いつかその交わりも、一時期的な情事で片付けられてしまう恐れがある。
柴田くんとの関係のように・・・・
だから、琴乃初音という美少女には、その一生に残るような、彼女が永遠に忘れ難い、深い傷を・・・・琴乃くんの身体に内藤仁という俺の名を刻み付けたい。
「彼女を・・・・妊娠・・・・孕ませたい」
孕ませこそ、男の浪漫、だと誰かが言っていたような気がするが、ある意味それは、男の欲望を大胆かつ明確にした真理であろう。
少なくとも、俺にとっては・・・・
特に女性にとって・・・・まして十五歳の少女にとって妊娠とは、一生に関わってくるであろう、重大事である。その後に堕胎したとしても、一度はその身に生命を宿したという、その結果に過ぎず、俺の胤をその身に宿した・・・・俺の遺伝子と結び付いて妊娠したのだ、という事実は揺るぎない真実となるのだ。
「なるほど、孕ませかぁ・・・・」
「しかも彼女が自ら望んで、俺に抱かれた・・・・その結果でかな」
レイプしたい、という願望が決してなかった、というわけではない。
だが、レイプした過程で妊娠させることが叶っても、彼女はお腹の子を心から愛情を注ぐことはないであろう。あるいは催眠でそれも可能なのかもしれなかったが、どうせ可能ならば、合意を得た結果の上で、彼女を身篭らせたかったのである。
自ら望んでの結果で、彼女は身篭り・・・・
まして出産させる、ともなれば・・・・
その後、彼女がどんな男と結婚したとしても、誰に抱かれようとも、彼女が初めて身篭り、初めて出産した子供の父親は、俺となる。そう。それでこそ、琴乃初音という美少女の一生に、俺という存在が刻み込まれることになろう。
「ただ、孕ませ、ともなると・・・・彼女の危険日に抱く必要があるわけだから、まず彼女の排卵日を知る必要があるわなぁ・・・・」
妊娠とは、排卵を迎えた女性が、膣内射精を受けて始めて起こりえるものである。仮に他人の思考や行動を掣肘することができる催眠術であっても、排卵もしていない女性を身篭らせることは不可能である。
「それと、この初音ちゃんが生理を迎えていなかった場合、彼女が子供を産める身体になるまで、かなり待たされることになるかもしれないぞ?」
確かに十五歳、という年齢上、微妙な年頃ではある。
「そのときは、琴音くんが妊娠できるまで、普通にSEXを楽しませて貰うさ・・・・」
そして彼女の彼氏には悪いが、琴音くんの危険日には、優先的に彼女を抱かせて貰うとしよう。
「ok」
天野はその俺の意思を承諾した。
「まぁ、催眠の掛かり具合、誘導の仕方にもよるけど、妊娠させることそれ自体は決して不可能じゃない・・・・」
天野は一度言葉をきって、説明を続ける。
「ただ、その土曜日当日に抱くって、のは無理かもしれんなぁ・・・・」
「ああ、それは構わない」
実際に彼女はその日、彼氏とのデートが控えており、時間的にも厳しいと思われる。
「それから・・・・できれば、事前に催眠術の話題を振っておいて貰いたいのだが・・・・」
「催眠術の?」
「ああ」
天野は頷く。
催眠術の成否には、結構、重要なことらしい。
「まぁ、何とか考えてみるとするか・・・・」
俺は天野からの詳細を聞き、希望することは強く希望して、ある程度の方向性は見えてきていた。
その天野との会話から、俺はふと疑問になったことを口にする。
「なぁ、なんで催眠術が使えるのなら、極道の相手に掛けなかったか?」
俺の疑問も当然のものであろう。
催眠術は相手の思考や意思を誘導することができるというのなら、天野が二百万もの慰謝料の請求を受けても、もっと穏便に・・・・もしくは、何もなかったことにすることもできたことであろう。
「あのなぁ、催眠術って言っても、万能ではないんだよぉ」
首根っこを掴みながら、溜息をつかれた。
催眠術も決して万能ではない。
まず基本的に暗示を受けやすい催眠状態にする、誘導催眠は一人だけに限定され、複数人同時の催眠は不可能・・・・もしくは、暗示が複雑化して、収拾がつかない事態に陥らないとも限らないという。
また、相手に警戒心を抱かせてしまっても、人体の本能にある精神的な防御が発動して、まず失敗することになろう。
「そんなわけで、極道の組長といざ対面して、催眠術を仕掛けられるような空気が作り出せると思うか?」
まぁ、無理だろうな、と正直に思った。
うまい具合に組長とサシで対話ができたとしても、警戒心を抱かれずに温和に語り合うことなど、できようはずがない。
「如何に場を和ませて、また、さりげなく催眠術の話題に触れておくことで精神の根底への抜け穴を作っておく。催眠術とは結構、場所とタイミングに限定されるものなんだからなぁ」
天野は過去に起きたことがあるという、その一例を口にする。
女の子同士、お互い冗談交じりに、見よう見まねで催眠術を掛け合ってみよう、ということになった。
被験者の性格は天然系。当然、その場の空気も明るく、被験者の心境もほぼ無警戒。性格もあって精神面で無防備な状態であったから、素人でも催眠術にかかった、という成功例は、意外と少なくないのだという。
「へぇー」
力説してくれた天野には悪いが、正直、この時点において、俺はそれほど催眠術とやらを信じていたわけでなく、あくまでも仮定の中での話として受け取っていた。
まぁ、実際に失敗するのだろうが、夢を見させて貰った代わりに二十万ぐらい・・・・
親友の窮地であり、保存させて貰った義理もある。
失敗しても、二十万ぐらいの価値はある。
この時点では、その程度の淡い期待でしかなかった。
そう、この時点では・・・・だった、が。
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