第十六話【 華燭 】


 俺と琴乃は、本来、結婚までできるような間柄ではなかっただろう。
 お互いの年齢差は絶望的であり、それ以上に可憐な美少女である。まして琴乃家という日本でも有数の名家出身と家柄も良く、彼女の存在に心を時めかせた男は、それこそ星の数を数えるようなものであった。
 それだけにそんな彼女の伴侶に、俺が選ばれるはずがなかったはずなのだ。
 そう。本来ならば・・・・

 俺は友人からの甘い誘いを受け、休日出社という名目の中、琴乃に催眠術をかけて貰った。当時は、そう・・・・ダメで元々。催眠術なんてものは、まさに半信半疑もいいところだった。
 実際、俺が彼女に休日出社を持ちかけたとき、その次の機会には昏睡レイプする計画さえ立案していたほどである。性犯罪者というレッテルと、その後の人生の全てを引き換えにしてでも、彼女とSEX・・・・琴乃初音の膣内に自分の精液を注ぎ込めるのなら、それはまさに絶好の、破格ともいえる好条件に思えてならなかった。
 それだけの、十五歳となる美少女なのである。
 だが、そんな俺の予想とは裏腹に、友人の催眠術は成功を収めた。
 容易に信じられる事態ではなかったが、琴乃が俺とキスを・・・・彼女にとっては、ファーストキスともなるそれを俺に与えることなど、本当に催眠術にでもかかっていなければ、起こりえないことであった。
 かくして俺は、彼女の排卵日に、俺とのSEXを望ませた。
 妊娠はしない・・・・と信じ込ませた上で、生挿入による膣内出しを彼女の方から求めさせたのである。
 そして琴乃が『処女』と知りつつも、その当時の交際相手であり、部下でもあった田中の、その目の前で・・・・
 ただ彼女を孕ませたかった。
 この美少女の子宮に俺の精液を注ぎ込み、俺の胤を宿させたかったのだ!!
 それで彼女が出産さえしてくれれば、もうその後のことは・・・・とりあえず、どうでもよかったのだろう。
 そう、どうでも・・・・
 だから、琴乃を彼氏の目の前で破瓜したのも、そのついで・・・・いや、彼女が可憐であり、また極上の名器の持ち主でもあったそれだけに、破瓜したその当時の俺はまさに有頂天であった。
 現にそれからも、催眠術によるSEX漬けの同棲生活を強いていたし、密室となる個室を利用しては、会社の中でさえ彼女の身体を抱いたのだ。
 俺は琴乃の膣内に、身体に翻弄され続けた。
 余りの名器の、それ故に・・・・
 だが、催眠術が解けかけても、男女として身体を繋ぎ続けさせたことによって、彼女の心の中に情が生まれたのであろうか。俺たちは一度、途切れた関係を修復し、再びお互いの存在を求め合っていく。
 その琴乃の想いは、確かに純粋な愛情であったのかもしれない。
 だが・・・・

 俺には彼女の純粋な想いを受ける、その資格があるのだろうか?


「・・・・」
 俺は微睡の中から目を覚まして、十二月十四日の日付を確認する。
 その琴乃は何の疑いも抱かずに、俺の子を孕み、そして今、その責任を持ちかけた俺からの求婚をも受け・・・・遂にこの日を迎えてしまっていた。
 彼女が十六歳となる・・・・この日を・・・・
「ん・・・・」
 一つのベッドを共用するその琴乃は、あどけない寝顔のままで身体を俺に密着させてくる。今月に入ってからは、(妊娠中のため、体調が安定しない)彼女とのSEXが疎遠となり、それだけに俺の股間が充血していくのを自覚せずにはいられない。
 今はまだ・・・・我慢のときだ、と自分の怒張に枷を強いる。
 だが、今日中には・・・・いや、もう間もなく・・・・彼女は俺の妻となろう。
 妻の身体ともなれば、何の遠慮もいらない。自分が思うままに、この見事な身体を堪能し、絶えず膣内に注ぎ込むことができる。そして彼女が妻である限り、俺は何度でも彼女を孕ませることであろう。
 し、しかし、本当にいいのだろうか・・・・?
 一度でも結婚をすれば、例えすぐに琴乃が離婚を望んだとしても、それは今後の彼女の人生が続く限り、俺との結婚歴は彼女の人生に付きまとうことになろう。
 いや、それは俺の子を出産する事実においても同様かもしれない。
「・・・・」
 だからこそ俺は、幾度もなく自らに問い続ける。
 本当にこのままでいいのだろうか・・・・?
 と。



 神崎家の名のもとで結婚式会場の施設全域を全て借り切り、それでも収容しきれないほどの参列者が集うことになったのは、その花嫁となる琴乃初音が、神崎家の当主、神崎和馬の息女であると同時に、類稀ない可憐な美少女であったからであろう。
 その参列者の顔ぶれも、錚々たるものであった。
 琴乃の異母姉妹となるその母親であり、現在は名女優でもある青山恵都を筆頭に、天才フィギュアスケーターとして名を馳せた、月島鈴音と世間を賑わせた人物が集う辺り、花嫁の父親たる神崎さんの夥しい(愛人が国内外に八人という)一面が垣間見られるというものであっただろう。
 しかし教会内には収容できる人数にも限界があるため、参列者の全てを受け入れるわけにはいかず、挙式が行われる教会内には、参列を表明した中から厳選させる必要性すらあったほどである。
 だが、教会内に入ることが叶わなかった者も、その神崎和馬の娘であり、その可憐なる花嫁の姿を一目見ようと、何千何万、という参列者によって教会の建物を取り囲んでいた。

「しっかし、豪い(えらい)人混みやったなぁ・・・・」
「ああ・・・・」
 友人のお気楽な発言に、俺は深い溜息を漏らさずにはいられなかった。
 ここは教会内にある新郎側の控え室であり、既に先ほど柴田くんや永沢課長、白河社長らが祝辞と挨拶に訪れ、もう挙式が行われるチャペルへと向かっているところだろう。
「まぁ、当然なんやろうけどぉ〜♪」
「・・・・」
 俺からの参列者は、基本的に勤務先絡みだけであったが、唯一、この天野だけは例外として、もっとも親しき友人として招待状を送っていた。何より、全ての事情の紐を解けば、俺に琴乃との結婚まで導いてくれた恩人に値する人物であった。
「ふぅ〜・・・・」
 正直、足が地につかない。
 愛人として甘んじて貰った形になる柴田くんであったが、彼女もまた俺の子供を身籠っていた。(生膣内出しを許可されてからも、何度もしまくったが故に、それは当然の結果ではあったが・・・・)
 その柴田くんは笑って、シングルマザーを貫きますよと、暗に俺に責任を問わない、そのことを告げてくれたばかりのことである。
 正直、彼女にはすまない、と思う。
 だが、俺がそのような表情をするたびに、彼女は俺に囁くのだ。『まだ完全に白旗を上げたつもりはありませんからぁ〜♪』と。
「・・・・」
「それより、初音ちゃんのウェンディングドレス姿を見たかぁ?」
 彼女の母親、弥生さんは古風的な性格もあって、挙式は和式を望んだのであったが、当の琴乃自身が洋式を望んだため、琴乃はウェディングドレス、俺は白一色となるタキシード(小恥ずかしい)姿に身を包んでいる。
「いや、まだだ・・・・」
「めっちゃぁ綺麗やったぞぉ・・・・」
 これまでにも何度か、琴乃から見て欲しいのぉ、とせがまれたものであったが、俺はそのつど、本番の日を楽しみに、という名目で断り続けたものである。特にここ最近では・・・・とてもではないが、そんな気軽な気分にはなれなかった。

「だが、これじゃ、ホンマに姫君とその従者やなぁ・・・・」
「ああ・・・・」
「なんやぁ、折角の初音ちゃんとの結婚式やというのに、豪いテンション低いなぁ・・・・」
「ん、そ、そうか?」
「まさか、緊張しておるんかぁ?」
 茶化すようなこの恩人・・・・俺と琴乃が結ばれた背景を知る天野には、俺の抱く悩みを打ち明けても大丈夫だろう。
「なぁ、本当に・・・・許されることだと思うか?」
「ん? 緊張やなくて、ただ怖気づいとぉるだけかいなぁ?」
 確かにその通りかもしれない。
 だが、それは結婚式に、ではなく、その結婚式までに辿り着いてしまったその過程に、ではあったが。
「催眠術で琴乃を穢し・・・・その挙句に、俺は彼女と結婚・・・・」
「そのことか・・・・」
 俺の深刻な悩みを察して、天野も真剣な表情に作り替える。
「ほ、本当に許されるようなことなのか・・・・?」
「前にも言ったがなぁ・・・・」
 天野は整った髪の毛を掻きながら、隣の椅子に腰かけた。
「俺が作ったのはぁ、あくまでもそのきっかけだけに過ぎんのやぁ。自分で排卵日を調べ、排卵日となったら、お前にSEXを求める・・・・」
 そしてそれは、天野の言う通りの結果となった。
「まぁ、その結果、確かに初音ちゃんは妊娠したんやろうけど、としてもなぁ・・・・お前と結婚、そのままお前を愛する可能性は、ホンマ極めて低かったやろぉな」
「な、なら、どうして・・・・!?」
「俺に聞かれても、そりゃ困るわぁ。こっちも期間が過ぎても同棲しておったこと自体、驚いている始末なんやでぇ?」
「・・・・」
「恐らくその同棲中に、初音ちゃん自身がお前に惚れたからやろぉ。その彼女の想いに、催眠術は一切関係あらへんのよぉ・・・・」
 天野が嘘を言っているようには思えなかった。
 だが、本当にそうなのだろうか?
 俺は琴乃の催眠状態の当時、その場に立ち会うことができなかった。この今の恵まれ過ぎた状況が、天野の筋書きではないという保証は、何処にもないのである。それだけに俺はこの親友の言葉を疑ってしまうのであった。
 だが、疑い出したらそれこそきりがない。また天野に打ち明けたことで少しは気が楽になってもいた。
「じゃから、お前は自信を持ってええんよ。少なくとも、初音ちゃんがお前に惚れたのは、お前の素の部分であり、初音ちゃん本人の意思なんやからぁ・・・・」
「んっ・・・・できれば、本当にそう思いたいものだな・・・・」
 俺は情けない微笑みを浮かべた。
 その時、新郎の待機室にある電話が鳴り響き、俺はゆっくりと立ち上がって受話器を取り上げた。
《あ、内藤さん。そっちも忙しいときとは思うが、すまない・・・・》
 新婦側の待機室にいる神崎さんからであった。
《まだ入場するまでの時間はあるが、こちらの困った娘を迎えに来て貰えないかな?》
「どうかなさいましたか?」
《ん、まぁ、色々とね・・・・》
 俺の問いに、神崎さんは苦笑した様子であった。
 俺は時計を見て、時刻を確認する。
「解かりました。今からそちらに向かいますね」
 その会話を聞いていた天野が、「んじゃ、俺は一足先にチャペルへ向かっておくわぁ」と立ち上がり、俺もそれに倣った。
「・・・・さっきの話やけどなぁ、ホンマやでぇ?」
「ああ・・・・」
「だから、自信持てぇて・・・・」
 天野の激励に俺もゆっくりと頷く。
 琴乃と結婚することで、本当の責任が果たせられるとは思えない。
 だが、彼女と結婚することで、今の彼女が本当に喜んでくれる、というのなら・・・・俺は。


 だが、その贖罪にも似た深刻な悩みは、新婦の待機室に赴いたとき、その琴乃のウェディングドレス姿を目にしてしまった、その瞬間、思わず消し飛んでしまっていた。
「・・・・」
 天野が『綺麗』だとは前もって教えてくれてはいたが、実際のそれはもっと、それ以上の存在であったと言わざるをえない。
 純白の生地をエンパイヤラインの形状に従って、ふんだんに使われている幾重ものレースが靡き、砕け散ったような宝石(恐らくダイヤモンド)が、星空のように万遍なく縫い付けられている。
 歩こうとすると、ようやく先端が見える白いミューズにも宝石。白い手袋(これにも宝石大)には、丸く収められたラウンドブーケ。透明性の高い薄いベールからは、白銀色を強調した(全てダイヤモンド製)のティアラが輝いて見えた。
「・・・・」
「か、課長?」
 目の前で小首を傾げられても、俺はまだ、思考が現実に戻ることはなかった。美しい景色に心を奪われる、とは、このことを指すのかもしれない。
「前もって見て貰いたかったのですけどぉ・・・・へ、変じゃないですかぁ?」
「い、いや・・・・全然・・・・」
 俺は気の利いた言葉の一つも言えず、ただその美しさに魅了されて、圧倒される思いであった。それでも、何とか「そ、その・・・・綺麗、凄く綺麗だ・・・・」と言い切る。
 途端に琴乃の表情が輝いた。
「よ、良かったぁ!!!」
(うっ・・・・ま、まずい。け、穢したくなる・・・・)
 だが、意味ありげな視線は危険と隣り合わせであった。いつぞやのパーキングのように、彼女がその視線を誤認(今回は誤認ではないが)してしまう、その恐れもあったからだ。
「か、課長・・・・そ、その・・・・掴まっても、いいですかぁ?」
「ん?」
「これ・・・・そ、その・・・・」
 立ち尽くしている琴乃が赤面する。
「とってもぉ・・・・重たいんですぅ!!」
 それはそうだろう、と思う。ただでさえ、ふんだんな生地が惜しみなく用いられているドレスであり、その重量に加え、琴乃が身に着けているアクセサリーは、その全て本物のダイヤモンド製なのである。そのため、スカート部分を膨らませるパニエも取り外し、歩き易いようにスカートの丈も従来よりも短めにセットされてあるのだが、それでも相当な重量の負担が花嫁の身体に強いることになるだろう。
「お前がそう希望したのだろうが」
 後ろの神崎さんが苦笑する。
「・・・・」
 いや、そういう神崎さんも、このドレス一着のためだけに、一体いくら注ぎ込んだのですか?
 これだから、大富豪の資産家であるお金持ちは・・・・


 そして、その俺の抱いた衝撃は、教会を取り囲むように詰めかけている参列者全員が抱くことになる。特に普段からの彼女の可憐さを身近にしている俺よりも、その衝撃の度合いは遥かに大きかったかもしれない。
 誰もが教会の入り口に向かう琴乃のウェディングドレス姿に愕然とした表情を向け、まるで何かに絶望するかのような、そんな喪失感を味わっているようであった。
 と、同時に、その美し過ぎる幼き可憐な新婦に対して、新郎である俺に向けられる視線は、それはもう・・・・言葉に表すのも難しいほどの落胆であり、まさしく本物の絶望感でしかなかっただろう。
「か、課長・・・・もう、ちょっと・・・・ゆっくり・・・・」
「んっ・・・・」
「もう、重たくて、重たくて・・・・本当に歩き辛いんですよぉ〜」
 と、言いながらも、琴乃は外縁に詰めかけた高校や、中学時代の友達を見つけると、立ち止まってはゆっくりと、手にするラウンドブーケを振り続けるのである。
(か、勘弁してくれぇぇえ・・・)
 正直、針のむしろでしかなかった。
 腕を組んでいる彼女には悪いが、俺は早くここを脱したい。駆け足が許されるのなら、まさに駆け抜けたい衝動を憶えていた。
 確かに寄りかかっている琴乃の身体は辛そうではあった。実際に俺は右肩下がりの状態であったが、ほとんどの大半の人は、それを身長差によるものだと勘違いしていることだろう。
 だが、その眩し過ぎる姿でこんなにも密着されてしまう、と・・・・
「こ、琴乃くん・・・・そ、そんなに、その押し付けられると・・・・」
「・・・・」
 彼女はキョトンとして、俺のその言葉を飲み込んだ。
 そして次第に表情を輝かせる(な、何故!?)と、嬉しそうに俺の肩に頭を預けていく。

 そんな参列者たちが見守る中、正面玄関のエントランスを抜けていく。
 挙式終了と共に、一般参列者にも教会内が開放される手筈となっており、多くの参列者に囲まれながら、俺たちは別の施設にあるパーティー会場へ向こうことになるだろう。
「では、ここで暫し、お待ちください」
「・・・・」
 俺は固唾を呑んで、そのときを待った。
 と、扉の左右で佇むその人物から、無言の合図が送られてくる。
『それでは、新郎である・・・・内藤仁さまのご入場です』
 チャペルの扉が左右に開かれ、暗闇の中、真っ赤なバージンロードと俺だけにスポットライトが当てられる。
(な、何故・・・・?)
 従来の結婚式とは、証明が付けられた明るい場で行われるものである。
 挙式の全てを琴乃と神崎さんに任せてしまっていたことで、俺はただこの予想外の演出効果に唖然とさせられずにはいられなかった。
 その暗闇の中から壮大な拍手と行進歌が奏でられる中、俺はなんとか前に足を運び続け、最前列となる場所へ辿り着いた。
 俺は立ち止まると、祭壇の前の司祭に向けて一礼し、またこの暗闇の中では参列者たちの顔も見えないが、大きく一礼する。
(内藤さん、おめでとうございますね。姉ちゃんをよろしくお願いしますね)
 右側から和人くんの囁きによる賛辞と祝福が送られてきた。
「専務。大事な正念場でコケないでくださいねぇ!」
 と、ほぼ同時に聞き覚えのある声が式場に響き、一斉に会場は湧き上がった。
 な、永沢めぇぇぇ!!!
『次に新婦の父親、神崎和馬さんに引かれて、新婦となる・・・・琴乃初音さまのご入場です』
 再びチャペルの扉が左右に開かれ、暗闇に慣れてしまっていた目が眩しく見える外界の光から、神崎さんとそれに連れられた(懸命にしがみついていた、ともいう)琴乃の姿が現れる。
 さわやかな旋律がチャペル全体に鳴り響いたそれは、もはや結婚式では馴染みの歌であろう。ウェンディングソングで誰もが一度は耳にする名歌であった。
 そのタイトルの意味は『祝福してくれますか?』だったか。
 その名歌による登場に相応しい琴乃のウェディングドレス姿に、一同は騒然として、無論、俺のとき以上の拍手が沸き起こった。
(・・・・なるほどな)
 俺はこの暗闇の演出に得心がいった。
 この暗闇の中で琴乃のドレスは、スポットライトを浴びたこともあり、まるで夜空の星々のように輝き瞬いたように見えるのだ。しかも同じダイヤモンドの宝石であっても、それぞれに色が僅かに異なる。
「それでは内藤さん・・・・後はよろしくお願いします」
「あ、はい。ありがとうございます」
 神崎さんは笑顔を崩すことなく、御息女の隣を(世にも稀な年上の)義理の息子になる俺に譲ってくれた。
「か、課長・・・・」
 その神崎さんが離れると、支えを失った彼女は(そのドレスの重量によって)すぐに俺の腕を掴んできた。
「そ、それじゃ、行こうか・・・・」
 琴乃はコクリと頷く。
 誰もが琴乃のウェディングドレス姿の輝きに見惚れつつ、そんな暗闇の中の喧騒を余所に、俺たちは赤く照らされているバージンロードを共に歩んでいった。

 賛美歌斉唱の後、挙式開始の宣告が告げられる。
『汝はこの内藤仁なる男性を生涯の伴侶として、永遠の愛を誓えますか?』
「はい。誓います・・・・」
 牧師の問いに琴乃が当然のように答えた。
 さすがに式中のことであり、もはや抗議や落胆を口にするような者はいなかった。
『では、汝はこの琴乃初音なる女性を生涯の伴侶として、永遠の愛を誓えますか?』
「・・・・」
 え、永遠の伴侶・・・・その資格が、本当に俺にあるのか?
 俺は先の苦悩に直面して、即座に返答することができなかった。
 か、課長・・・・?
 だが、琴乃の不安げな視線を見ると、その迷いを懸命に振り払う。少なくともこんな大衆の目の前で、彼女に恥を掻かせるのは忍びないことだろう。
「はい、誓います・・・・」
 誓ったあとに、また激しい後悔が俺を襲ったが・・・・もう遅い。
『ではお互いに、誓いと結婚の証である指輪の交換を・・・・』
 琴乃は手にしていたブーケと白い手袋をメイドオブオナーに手渡し、俺はその小さな手を掴むと、牧師に預けておいた指輪を受け取って、彼女の指に填めていく。
 琴乃もまた牧師から指輪を受け取り、俺の指へ填めていった。
 牧師から一枚の書面を・・・・結婚証明書を手渡され、俺と琴乃はそれぞれ署名していく。火を灯したキャンドルが手渡され、それを共に手にして、祭壇の中央にあるユニティーキャンドルを灯す。
 婚礼の儀式は手際よく、着々と進んでいった。
『ではここに永遠の愛を誓い合うべく、神聖なる愛の口付けを・・・・』
 俺がこの場で初めて、琴乃の小柄な肩を抱き寄せ、彼女も懸命につま先を尖らせては、俺に顔を向け・・・・その瞳を閉じていく。
 薄いベールを掻き分けて、俺はゆっくりと唇を重ねていった。
「んっ・・・・」
 時間にして僅か数秒・・・・端整な中年と可憐な花嫁の唇が、大衆の公然の前で触れ合い続けた。
『では、ここに二人の結婚が成立しました』
 聖職者が高々と宣言をする。
 ここに一組の夫婦が誕生し、そして認められもした、その瞬間であった。
 それが今日、十六歳になったばかりの少女であったとしても。
 それを娶る男が四十二歳の中年でしかない、俺であったとしても。


 俺は琴乃を力強く抱き寄せ、皆の祝福や喝采、数多の拍手や賞賛、羨望の眼差しを受けつつ、再び暗闇の中でスポットライトを浴びて、赤いバージンロードを、妻となった琴乃と共に歩んでいく。
 遂に琴乃と俺は・・・・結婚したのだな。
 今も悩みがなかったといえば嘘になる・・・・が、もうそんな思い煩うつもりはなかった。あの誓いを戸惑った際に向けられた、琴乃の不安げな瞳・・・・もう二度と彼女の笑顔を曇らせてはいけない。
 全ての贖罪をしなければならない、とするなら、俺は彼女の笑顔を絶やしてならないのだ、と自分自身に言い聞かせた。
「琴乃くん、ごめんな・・・・」
 俺は周囲には聞こえないよう、彼女に囁きかけるように詫びた。
「課長ぉ〜〜・・・・」
 途端に彼女が頬を膨らませた。
「・・・・もう、私は、琴乃じゃありませんよぉ!」
 あっ!!
「それに妻を姓で呼ぼうだなんて、酷いじゃないですかぁ!?」
 薄いベールを被ってニコニコしつつ、俺の表情を見つめる。
 余程、名前で呼ばせたいのであろう。
「ん、そういう、は、初音・・・・も、未だに俺を役職で呼んでるよね?」
 しかも古い役職名で、だ。
「何か言いましたぁ?」
 しれっ、とした顔でとぼける琴乃(正確には、もう内藤か)。
 お、女ってズルイ・・・・
 開かれた扉の向こう・・・・外界の光が非常に眩しく感じる。
 既に教会の施設が開放されたのであろう。開始時には建物を取り囲むようにして見守ることしかできなかった友人知人の群れが、扉の向こう側に押し寄せ、晴れて新婚夫婦となった二人を待っていた。
「んっ・・・・」
 バージンロードを歩む間はスポットライトを浴びていたとはいえ、暫くの間、暗闇の中だっただけに、その光は一時的に俺たちの視界を奪っていく。
 数多くの人に包まる中、俺たちは賞賛されているような、祝福されているような嵐の瞬間であった。
 この後も結婚(神崎さんの手配で、これもまた盛大な)披露宴があり、その後には、結婚初夜となる一夜が俺たちを待っている。
 疲れる一日になりそうだった。
「か、課長?」
「ん・・・・いや、早く・・・・その、抱きたいな、ってな・・・・」
「あ、ん・・・・」
 琴乃は頬を染めて頷いてくれた。
 正直、その結婚初夜・・・・までに、俺の体力が持つか、どうか。
 だからだろう。琴乃はそんな俺に囁くように呟く。
「課長が良ければ・・・・ここで、みんなの前で・・・・しますか?」
 さ、さすがに、それは。
 俺は苦笑しつつ、とりあえず披露宴までにはまだ時間があるだろう。とにかく控え室に戻り次第、と告げると、琴乃は笑顔で請け負ってくれた。

 だが・・・・
「んっ!!」
 その瞬間、俺は腹部に熱い衝撃を感じた。
 いや、実際にそれは熱くて・・・・
 何か、くっ!!
 腹部に触れた俺の手に、ぬるぅ、とした赤いもので染まっている。
 新郎新婦の俺たちを囲っていた観衆の中から悲鳴が木霊し、雲の子を散らすかのように距離を置いた。
 俺の身に纏う白いタキシードが、次第に赤く染まっていき・・・・
「か、課長!!!」
「ぐっ!!」
 俺はようやく腹部を刺されたのだ、と認識し、途端に熱い熱が激痛となって体に駆け巡ったが、俺は琴乃を突き放すように遮った。
「・・・・」
 こいつには俺を刺すだけの、その資格がある。
 俺はそれだけのことを、琴乃にしてきたのだから・・・・
「離れて、いろ・・・・」
「か、課長!!」
 俺は目の前の人物の前に進もうとしたが、情けない足はただ立っていることもままならない状態。もはや魔手の手から逃れることは不可能であっただろう。
 だが、振り下ろされる凶刃は手負いであったはずの俺の体に、ではなく・・・・
 な!!
「・・・・」
《ザクッ!》
 と、奴と折り重なった琴乃の腹部から、無慈悲な響きが届いた。
 そ、そんな、な、何故だ!!
「・・・・」
《ザクッ》
 や、止めろぉっ!!
 俺は懸命に情けない足を奮い立たせると、それ以上の琴乃への危害を防ごうと懸命に身を挺した。
 再び鮮血に染まった刃が俺に向けられ・・・・
「ぐっ!!」
 言葉にならない衝撃が胸から背中まで突き抜けていった。
「・・・・」
 もうまともに呼吸することも、正直、しんどい。
 だが、これ以上・・・・琴乃を刺す、というのなら・・・・
 俺を刺せぇ!
 俺を刺し殺したいのなら、好きなだけ俺を刺すがいいさ。
「・・・・」
 その代わり、琴乃は・・・・
 彼女も・・・・お前と同じ、被害者なんだぁ!!


「た、田中・・・・き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
 次第に意識が薄れていくその中で永沢の怒声だけが響く。
 相変わらず大きな声で、騒がしい奴だな。それが後任となる新課長なのだから、困ったものだ。
 き、今日は、こ、琴乃の誕生日で・・・・結婚式なんだぞ?



 それから間もなく、式場に救急車のサイレンが鳴り響き、それはあたかも、参列者には不吉と思わせる・・・・余りにも不吉な何かの前兆のように感じられたことであろう。

 その救急車の中でも、俺の意識は尚もはっきりとしない。
 俺はいい。
 こ、琴乃は・・・・無事か?
 そう告げたいのに、言葉にならない。
 なぁ・・・・先生よ。
 俺より、琴乃のほうを優先にしてやってくれ。
 あいつはまだ、十六になったばっかりで・・・・

 そしてその瞬間、俺は暗闇の中に意識を失った。


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