第十五話【 焦燥 】


 季節が秋に移ろい、我が課の慌ただしさにも尚、まるで拍車が掛かるような勢いであった。高校野球が繰り広げた甲子園の熱狂も冷めぬまま、今度はその高校球児たちに負けてなるものか、と、プロ野球が白熱したペナントレースを披露している。
 この時期、このペナントレースの終盤となる時期になっても、未だ全ての球団に、クライマックスシリーズに出場できる可能性が残っており、そしてそれは、日本一を決める日本シリーズへと繋がっているのである。
 セ・パ共に、その日ごとに順位は入れ替わり、尚もこの先の優勝争いは尚も予断を全く許さない、白熱したものであった。
 特に今週の話題となったのは、その白熱したペナントを繰り広げるプロ野球界に挑戦することになろう、高校球児たちのドラフト予想であっただろう。
「いやぁ〜、今年のドラフトは楽しみっすね!!」
「特に今年は、都内に注目選手が揃いましたから・・・・」
 確かに今年の都大会では、例年以上の白熱した試合が繰り広げられ、数多くのスター候補生が揃い踏みした激戦区であった。
「青動からは沢村、降谷、小湊のトリプルスリー。東条や金丸の上位指名も固いだろうなぁ・・・・」
「東の都代表だった、エース向井も即戦力クラスだぜ!?」
「おいおい。薬師の轟を忘れているぞ!」
「だなぁ、ありゃあ・・・・まぎれもなく三冠を狙える怪物だぜ!!」
「他に三島、秋葉といった好強打者を揃え、甲子園に行けなかったのが不思議なくらい、逸材が揃っていたことだしな・・・・」

 また野球だけに限らず、その他のスポーツに至っても、今年の佳境に向けて、話題性の絶えない名勝負が予想される試合、対戦カード、レースなどが絶え間なく続いていく。スポーツ誌をメインとする我が課にとって、まず歓迎すべき状況であっただろう。

「・・・・」
 我が課、か・・・・
 正確を記すならば、『元』を頭に付けるべきなのであろう。
 そんな慌ただしい課の様子を見渡しながら、俺はまるで職場に取り残されたような孤独感を憶えずにはいられなかった。もっとも、そんな周囲を余所に、琴乃との結婚式は彼女の誕生日に合わせて、その準備が着々と進められているのであったが・・・・

「失礼します、課長・・・・と。いえ、内藤専務!」
「永沢課長。わざわざ言い直す必要なんてないよ」
 俺は苦笑して、その元我が課の後任となった新課長に微笑んだ。
 その琴乃との婚約が正式に決まると、俺はすぐさま本社から昇進となる辞令を拝領していた。しかも課長から部長を飛ばして、一気に専務へと。異例とも言うべき、戦時中のことならば、まさに二階級特進というやつであっただろう。
「すまんな、課長室をそのまま使わせて貰って・・・・」
 事実上、俺はこの講学社ビルのトップへと躍り出たわけであったが、人事が発表されて間もないということもあり、年内の職場異動は見送られた形である。つまり俺の職場は、今も昔も変わらない現状が続いているのであった。
 課長に昇進したばかりの永沢には、本当に申し訳ないと思う。
「仕方ないですよ。ただ本部長の退去が遅れているだけなんですから」
 とは言うものの、この今回の人事で一番の割を食ったのは、間違いなく支倉本部長であっただろう。講学社ビルのトップ、という座を奪われただけでなく、年末までには、その最上階のフロアを俺に明け渡さなければならない事態になってしまったのだから。
「出社すると、つい癖でこの課長室に出社しそうだな」
「俺的には、いつまでも、この部屋に残って貰いたいくらいですよ」
「それもさすがに不味いだろう」
 俺と永沢は微笑する。
 故に今も『専務』と呼ばれることよりも、『課長』と呼ばれる日のほうが多い。まぁ、俺自身からして『専務』と呼ばれることに違和感を覚えており、そもそも日常の業務からして、特に変わったところもない。
 ・・・・まぁ、つまり、要は役職の名前と、給料の額が上がっただけのことであった。
 琴乃自身が琴乃家の家名とはいえ、仮にも父親はあの神崎和馬である。その神崎家の直系である娘を娶るということもあって、本社が俺に箔をつけてくれたのであろう。
 実際、白河社長自身、自分の社の人間が神崎家当主の縁戚になれると知って、自分のことに喜んだのだという。まぁ、昇進させて貰ったこと、それ自体に悪い気はしない。
 またその琴乃は、俺との婚約が成立すると同時に、妊娠したことによって体調が著しく安定しない日々が続き、高校には休学届を提出し、また学生アルバイトも辞して、今では俺のマンションに居住まいを移している。
 婚約が成立したのだから、問題は全くないだろう、と、その父親である神崎さん公認の同棲生活であった。

「女の功だけで出世した男・・・・と陰口も耳にするが、まぁ、それは事実だしな」
 しかも琴乃のような若い美少女を妻とするのである。
 多少の誹謗中傷は覚悟の上のことだった。
「そんな周りの中傷なんて、気にしないでください! そんなの課長に対する羨望の表れでしかないですよ」
 そういえば、琴乃との婚約を聞き、最初にその快挙を純粋に喜んでくれたのは、恐らくこの永沢であっただろう。
「だったらお前らも、そんな陰口を叩く暇があったら、課長のように神崎家の娘を口説き落として見せろ、って!!」
 永沢は声を高々に反論してみせた。
 実際に永沢自身、琴乃を隠し撮りした経緯があるように、永沢も何度か琴乃にアプローチを重ねていたらしい。そして田中との交際が秘密にされていたこともあって、そのたびに撃退されてしまったとのことだった。
「まず、不可能でしょうがね!」
「おいおい、ここに実例がいるぞ?」
「だから、課長は別格なんですよぉ・・・・」
 俺がそんな大層な男なもんかね?
 催眠術で琴乃の処女を奪った、卑怯者だというのに・・・・
 俺はそう自虐しつつ、課長室(正確には臨時専務室、と呼ぶべきなのだろうか?)のデスクの椅子に深々と座り込んだ。
 そう、俺は卑怯者であり・・・・ただ好転した状況を利用した、まさに卑劣漢なのだから。



 あの琴乃の実家である琴乃家を初めて訪問した、その翌朝。
「あれから再考させて頂きましたが・・・・」
 再び一同が介した大広間で琴乃の母親である弥生さんが、前日とは変わった穏やかな口調で語りかけてきた。
「初音と結婚するにあたって、私から三つの条件があります」
「は、はい・・・・」
 昨日はあれほど猛反対の意思を示していた女性である。きっと神崎さんや琴乃が掛け合って、翻意させてくれたのであろうことは間違いない。
「一つ目は、内藤さんもご存じの通り、初音はまだ十五歳です。そのため初音の誕生日である、十二月十四日まで待って頂く必要があります」
「それは当然ですね」
 未だ日本の法律では、両親の承諾があっても、十六歳未満の婚姻は認められておらず、弥生さんの最初に出した条件は、ある意味においても常識的なものであっただろう。
「二つ目の条件は、私の個人的な一存ながら、お二人の年齢差を考慮して式は身内だけに留め、簡潔なものでよろしくお願いします」
 まだ歴史が浅いとはいえ、仮にも琴乃家は名門であり、それだけに体面というものがあろう。さすがに十六歳の娘を、無名の四十二歳の男に娶らせることは、声高にして口外できようはずがなかった。
 幸い、既に両親が他界しており、俺には式に呼ばなければならないような親戚縁者は存在しない。まぁ、せいぜい天野と永沢、支倉本部長辺りを呼べば適当だろうか。
(問題は、柴田くんだろうなぁ・・・・)
 彼女との問題はひとまず置いといて、俺は一つ目に続き、二つ目の条件にも異存は全くなかった。
「三つ目の条件です」
「はい」
「もうご存知とは思いますが、初音の弟である和人には既に神崎の姓が許され、いずれは神崎家のほうに籍を移します。そのため、内藤さんには琴乃家に婿入り、という形にして貰うことになりますが・・・・」
「解かりまし・・・・」
「そ、それはダメェ!!」
 と、拒絶の意思を示したのは、俺ではなく、当の娘である琴乃であった。
「あ、いや、俺のほうは全然、構わないが・・・・?」
 呼ばれ慣れた『内藤』という姓に愛着はあったが、特に目を見張るような歴史があったというわけでも、格式があるわけでもない。俺の代で断絶させてしまったところで、誰も困るようなことではなかった。
「嫌ぁ!! 絶対にダメ!!」
「初音・・・・?」
「こ、琴乃くん?」
「姉ちゃん?」
 琴乃はブンブンと頭を振ってから、一同を見渡して訴えた。
「私が、内藤初音になりたいのぉ!!」
 その彼女の希望にその場に居合わす誰もが唖然とする。
「それじゃあ、誰が琴乃家を継いでくれるの!?」
 あくまでも我を通そうとする娘に、母親の弥生さんが詰め寄った。
「こ、琴乃くん!?」
 昨日まで猛反対をしていた人物であるそれだけに、ここまで譲歩してくれたのである。
「絶対にぃ、却下ぁ!!!」
(うっ・・・・)
 俺は彼女を説得しようとして、その不機嫌そうな表情に思わず尻込みをしてしまった。
「・・・・」
 もはやこれは琴乃家内の問題であり、たとえそれがどのような結末を迎えようと、俺はそれを受け入れるつもりで静観をするしかなかった。
「まぁ、弥生・・・・琴乃家なんてものは、どうせ、お前が俺の後妻になるためだけに創設させた、受け皿みたいなようなものじゃないか・・・・別に琴乃家が途絶えたところで・・・・」
 キッ、と鋭い視線が神崎さんに向けられる。
「んっ、いや、だからさ・・・・草薙家の家名を断絶させたことに比べれば、そんな大した問題ではないだろう?」
「そんな・・・・折角、和馬さんが創設させてくれた家なんですよ!?」
「そ、それはそうだが・・・・」
 さすがに困ったような表情を浮かべる。
 やはり、ここは琴乃を説得して、俺が婿入りするべきであろう。
 と、思ったその矢先のことであった。
「それじゃ、弥生。琴乃家の跡継ぎを作るために、もう一人ぐらい、頑張ってみないか?」
「わ、私だって、そうしたいわよ!」
 突然、俺の背中が引っ張られた。
(母様はああなると、もう手が付けられませんから・・・・)
 和人くんと琴乃が無言で俺を避難させてくれたのだ。
「でも和馬さん、いつも傍に居てくれなかったじゃないですかぁ!」
「うっ!」
「いつも! いつもぉ! いつも、いつも・・・・」
 激しいばかりの非難を浴びて、神崎さんは仰け反り状態。挙句の果てに弥生さんは、これまでに溜めていたものが一気に噴き出したのであろう。目に涙を浮かべて啜り泣きをし、更に神崎さんを狼狽させるのであった。
(ねっ?)
(な、なるほど・・・・)
 確かに神崎さんの娘である琴乃も、実際に会えるのは一年に一回ぐらいだと言っていたことがある。多くの愛人、より多くの愛妾を抱えることになる神崎家の当主としては、特定の一人の女性と子作りに励むのは、現状において、およそ不可能といえたであろう。
「和馬さんは・・・・若い娘ばっかりで、全然・・・・家に寄ってもくれなかったじゃないですかぁぁ!!!」
「そ、それは・・・・だな・・・・」
 全身に汗を浮かばせて懸命に言葉を探す、時の権力者。
 だが・・・・
「うっ!!!」
 その弥生さんの非難と涙に続き、息子である和人くん、娘である琴乃にまで冷たい白い視線を向けられて、神崎さんも当主という役目柄とはいえ、さすがに後ろめたさを憶えずにはいられなかったようだ。
「わ、解かった。弥生!」
「何がぁよぉ!!」
「俺は来年で、当主を辞任する」
 えっ、と誰もがその発言に唖然とさせられた。
 それも無理はなかっただろう。神崎さんはまだ三十一歳。まだまだ働き盛りの年齢であり、引退を表明するのにはまだ早過ぎる年齢には違いなかった。
「か、和馬さん・・・・急に、何を?」
「俺が神崎家の当主に就任したのは、高校一年のときだ。そして来年には和人も高校一年になる」
「・・・・」
「それに、いい頃合いだとは思わないか?」
 幸い、神崎さんの就任時とは異なり、今の神崎家、神崎グループに反抗する勢力は皆無であり、また優秀かつ信頼に値する人材にも恵まれていることだろう。
 確かに今のこの時期に、より若い者に世代交代を行うタイミングとしては、そう悪い状況ではなかったかもしれない。
「そうしたら俺は、神崎の姓を返上して、琴乃家に身を置くとしよう」
「か、和馬さん・・・・」
「もしそれでも、琴乃家の後継者に恵まれなかったとしたら、和人の娘ないし息子に、この琴乃家を継がせればいいじゃないか?」
 それは名案のように思えた。
 実際、神崎さんには異母兄弟になる(認知しただけでも)息子、娘は二桁を超える。それも神崎家の当主としての宿命の故でもあったのは間違いない。その神崎さんの跡を継ぐ和人くんが、父親のそれに倣うかどうかは別にしても、多くの愛人、愛妾に恵まれることには変わりないのだ。
「か、和馬さん・・・・」
「なぁ。だから娘の我儘ぐらい、笑って許してやれ・・・・」
 神崎さんの腕に包まれ、コクリと頷く弥生さん。
 かくして三つ目の条件は、神崎さんの世代交代という構想によって取り下げられることになった。
 正直、凄い発想の転換だとは思う。まさか自身が当主の座を引退することで、全ての事態を完全に丸く治めてしまったのである。伊達に日本に君臨する神崎グループの総帥に収まってはいない機転ではあろう。
「まぁ、愛人の五、六人もこっちに移り住むことになると思うが・・・・まぁ、それは許せ・・・・ゴフッ!!」
 ドカッ、とグーで殴られたそれだけに、憐れでもあったが・・・・



 そして日々はゆっくりと・・・・だが、確実に進んでいく。
 カレンダーの一枚が捲れ、そしてまた・・・・多忙な日々が日時の経過を麻痺させてしまったかのように、また日数を刻んでいった。
 それでも十二月の十四日、琴乃の誕生日が着実に迫り・・・・
 専務と呼ばれることに慣れていくその一方で、婚礼の準備は着々と進められていくことになった。
 もっとも式の準備のほとんどは、琴乃と神崎さんの間で取り決められ、俺はその進捗状況を確認するだけのことであったが・・・・
 結婚式場の建物施設の全てを借り切る辺り、さすがは『アジアの覇王』とも謳われた人物ではあろう。
「でも、な、なんか・・・・話が全く、違くないかぁ?」
 正確には・・・・その規模だ。
 今朝、琴乃から結婚式当日の計画表が手渡され、旧課長室でその表を眺めながら、俺は途方に暮れるしかなかった。
 弥生さんの二つ目の条件として『式は身内だけに留める』という内容の話であったが・・・・そこは神崎家二十七代目の当主である、神崎和馬の長女。それも神崎家に出入りする中でも、もっとも可憐だと称された娘であるだけに、神崎家や琴乃家に留まらず、神崎グループの主だった名士たちがこぞって、華燭の典での参列を望み、神崎さん自身がそれを容認したとのことだった。
 一方の俺が勤務する講学社のほうに至っては、その神崎さんの歓心を買おうという目論みもあって、社長や副社長のような上役を始め、正社員から派遣、臨時に至るまでに出席要請が社内命令で下されていた。
「・・・・」
 その結果、恐らくは日本史上でも、最大級規模の結婚式になりえそうな雰囲気ではあった。
「か、和馬さん・・・・あの、ささやかに、って私はお願いしておいたはずですけど・・・・」
「まぁ、お前の気持ちも解からないわけでもない・・・・」
 最終確認も含めて再び一同が揃った琴乃家で、神崎さんは静かに語り続けた。
「それに注目を浴びる内藤さんにも、申し訳ないと思う。が、折角の初音の晴れ舞台・・・・一生に一度だけかもしれない、結婚式かもしれないと思うと、盛大に祝ってやるのが、親の務めだと思ってな・・・・」
「ち、父様・・・・」
 神崎さんの計らいによって感涙するような琴乃。(もっとも結婚式の準備で、神崎さんとは常に連絡をとりあっていた彼女なのだが・・・・)
 だが、三つの条件のうち、その二つも果たされることがなかった弥生さんに至っても、この事態に諦めたのか、それともただ呆れているのか。その表情には微笑みさえ浮かべられていた。


「・・・・」
 静岡県と東京都を繋ぐ高速のパーキングエリア。
 お昼時ということもあって、普段の日常なら余裕のある駐車スペースにも多くの車が停車しており、家族連れやら、カップルやらで、露店や販売機に向かう人ごみも多い。
 そして大抵の(彼女連れも含めた)男は、白のロングセーターに赤色(例によって短め)のスカート姿の彼女に思わず振り向いて、ときめいてしまうのであった。
 まぁ、男の哀しい性、というやつだろうか。
「本当に、注目度バリバリだな・・・・」
 婚約者となった琴乃を乗せ、琴乃家から都内に戻るこの路程にも慣れてきたこの頃、俺は彼女との結婚を控えて、およそ恵まれた自分の幸運を自覚せずにはいられなかった。
 正直、あの琴乃を妻とできる、とあって、嬉しくはないはずがない。恐らく、こんな奇跡はもう二度と起こりえないことであろう。
 だが、同時に・・・・それだけに、俺には罪悪感が募っていた。
 俺は卑怯者であり、卑劣漢でもあるのだ。
 そんな俺が・・・・本当に琴乃を妻としていいのだろうか?

 幾つもの車が過ぎ去っていく中、俺は助手席に戻ってきた若き婚約者の表情を眺めた。
「・・・・」
「課長? どうかしましたかぁ?」
 いつまでも発進させないことに、不思議そうな、戸惑ったような表情を浮かべられてしまった。
「ん、ああ、いや・・・・何でもないよ・・・・」
 物思いに耽っていただけに、苦笑せずにはいられなかった。
 その容姿そのものは春に面接したころから変わらない。だが、明らかに今の俺に向けられる表情は、あのころと別物であっただろう。
「あっ・・・・」
 琴乃は俺の視線をどう誤解したのだろうか。僅かに頬を染めてゆっくりと頷く。
(えっ!?)
 そして短めのスカートをたくしあげ、徐にその中から純白の薄布が細い両脚を伝って引き摺り下ろされていく。運転中の身であっても、間違いなく凝視してしまうような、そんな光景ではあっただろう。
「か、課長のほうに・・・・いきますね?」
「・・・・」
 俺はこのときになってようやく、さっきの琴乃の肯定が何であったのかを理解する。彼女は求婚した日のあの誓約を、今、この場所で求められたのだと誤認したのだろう。
 懸命な手探りで俺のベルトを緩め、こんなときにでも勃起している自分の(発情状態の)股間が情けなく思えた。
「こ、琴乃くん・・・・人に・・・・見ら・・・・んっ!」
 琴乃は大胆にも車内で俺の唇を塞ぐと、運転席の座席を支えにして、俺との結合を果たしていく。前面となるフロントウインドの遥か向こうでは、『さっきの美少女がぁ!?』『あ、あんな中年と!?』といったような、驚愕に顎を外している姿が見えた。
 琴乃の腰が俺の股間と密着し、露出されられた全てが彼女の膣内に収められ、強烈に過ぎる快感が全身を駆け巡っていく。
「くっ・・・・」
 余りの心地良さに思わず、俺は苦悶の声を漏らしてしまった。その途端、琴乃は表情を曇らせて、本当に申し訳なさそうに瞳を伏せたものであったが、抱き合うような体勢の俺からは解からずじまいであった。
(い、いかん・・・・身体の自制が全くできない!)
 運転席の座席と琴乃の極上の名器に挟まれ、俺はただ自然と腰を突き上げていってしまう。美少女と中年。しかもこんなパーキングエリアの真っただ中で、更に真っ昼間からの公開カーセックスなのである。
「か、かちょうぉ・・・・ふ、深い・・・・んんっ・・・・」
「こ、琴乃くん・・・・くっ・・・・」
 大胆なカーセックスにも関わらず、俺の貪欲すぎる本能は琴乃の名器たるその由縁に舌鼓をうち、俺たちは衣服越しに身体を密着させ、互いの唇を重ねては、慌ただしく身体を上下になぞった。

「くっ・・・・くぅ・・・・」
 琴乃の身体と密着するたび、その膣内が余りにも気持ち良過ぎて、自然と苦悶の声が、ギシィギシィと軋んでいる車内に響いた。
「ご、ごめん・・・・なさい・・・・か、課長・・・・んっ・・・・」
「んっ?」
「わ、私は・・・・こ、こんなに・・・・いい・・・・のにぃ・・・・」
 お互い荒々しい息を交えながら、俺は彼女が何に対して謝罪をしているのか、およそ理解できないでいたが、そんな彼女の表情から、久しぶりとなるSEXだったそれだけに、たっぷりと感じているのが解かった。
「き、気持ちいい?」
 琴乃はコクコクと頷きながら、その膣内はギューと締め付け、いよいよ彼女の身体が佳境を迎えているのだと察する。更にフロントウインドの観衆は五人に増え続けていた。俺たちのSEXを食い入るように眺め、中には携帯電話の写メで撮影する者までもいたが・・・・互いに切羽詰っていた俺たちの意識は、既にそんな外野のことなど思考の範疇になかった。
 限界まで膨張した俺の先端が、彼女の最奥を突っつく手応えを捉え、そのたびに『ビクッ、ビクッ』と琴乃は痙攣を起こし、膣内の肉襞で俺の存在を締め付けてくる。
「か、かちょう。そ、そんな・・・・に、こんこんしないでぇッ」
 頭を振っては涙交じりに訴えられたが、座席と琴乃の身体に挟み込まれている俺であり、それでどうにかなるようなものでもない。
「こ、琴乃くん・・・・!!」
 小柄で細身な身体を強く抱擁し、もう反射的に腰を突き上げ続けた。
 ただもうお互いの本能だけに身を任せ・・・・俺と琴乃の身体は密着させるようにして結合させていく。もはや慣れ親しんだ接触。それだけに相手の状態を鋭敏に察知し、俺たちはほぼ同時に果てていく。

 夥しい限りの射精を琴乃の膣内に放ち、ほぼ同時に俺たちの初めてとなったカーセックスは終わりを遂げたが、詰めかけた観衆の驚きはこのときがまさに最高潮であっただろう。
 浮沈させていた腰を落としての終焉であり、尚も彼らからの視界から見れば、琴乃は俺の体に身を任せたまま、結合させたままの状態を維持し続けているのだ。
『ま、まさか・・・・』『な、膣内出し!?』
『ゴム、つ、つけてなかったよなぁ!?』『ま、マジかよぉ!!』
 そんな外野の戸惑いや驚きを余所に、琴乃は暫く絶頂に達し、膣内出しをされたその余韻に浸りながら、俺の体に身を預けていくのだった。

「・・・・」
 溜まった性欲を吐き出したその途端、急に冷めた頭が、先ほどの思いを彷彿させていく。
 そう。俺は卑怯者であり、卑劣漢・・・・なのだと。
 もしも琴乃が・・・・知ってしまったら?
 純粋にも健気に、こんなに慕ってくれている琴乃が、催眠術によってSEXを強要された・・・・処女喪失妊娠レイプをされてしまっていたのだと知ったら、彼女は尚も、こんな俺を愛していてくれるだろうか?
 自分の過失だと思っているそのお腹の中の生命も、俺によって仕組まれた陰謀であったと解かってしまったら、それでも俺との結婚を喜んでくれるだろうか?
 そ、そんなことが・・・・あるわけないぃ!!
「か、課長?」
 突然の俺の険しい表情に戸惑ったような琴乃が、唖然とした表情を見せる。そんなあどけない表情のその一つのたびに、俺は悩み、苦しむ日々が時間の経過に比例してきていた。
「・・・・ご、ごめんなさい・・・・」
 助手席に戻った琴乃は、また何か誤解してしまったような気がしたが、今はとても誤解を解いてやれそうな気分にはなれなかった。一度クラクションを鳴らしてから、不機嫌そうにアクセルを踏み込む。
 俺は今一度、車内にある今月のカレンダーを一瞥する。

 琴乃の人生にとって、もう取り返しがつかないであろう・・・・その究極のとどめというべき、俺との結婚の日がもう間近に迫っていた。


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