行間話【 真相 】(視点・天野智樹)


 俺は内藤の集中治療室に訪れていた。
 さすがにあんな事件があった後とあって、病室と院内には数多くの警備員が配備されてあったが、内藤の古き知人であり、そして神崎和馬の許可証もあって、厳重に過ぎる警戒網の通過を容認された。
「・・・・」
 病院のそれだけに清潔感が漂う白い部屋に、独特の薬品の匂いが鼻につく。俺がここに訪れたときには、既に先客の見舞いがあり、その内藤の妻となったばかりの少女が、その旦那のベッドの横で平伏せていた。
 爽やかな寝息が耳に入り、俺もクスリとする。
「まぁ、それも無理もないわ・・・・初音ちゃん、ずっとお前の看病に付き切りやったからなぁ」
「そ、そうか・・・・」
 まだ意識が戻ったばっかりのこいつには、初音ちゃんの心労は理解できないことだろう。全く四日間も昏睡し続け、その間に同じ重傷患者にも関わらず、片時も内藤から離れようとしなかったほどである。
「しかし、あそこからの復活劇には驚いたでぇ〜」
「フフフッ、不死身の男、内藤と豪語しておこうか」
「阿呆か!」
 俺はそんな親友の軽薄な調子に苦笑しつつも、心停止から電磁ショック療法によって息を吹き返し、ここまで軽口を叩けるぐらいにまで回復した親友の生命力に驚嘆を禁じえないでいた。
「まぁ、初音ちゃんを新婚早々、未亡人になんてできないわなぁ」
「・・・・」
 内藤は自分の膝元で昏睡する美少女に優しい穏やかな視線で見据える。
「意識が無くなるとき・・・・琴乃くんが無事だった、と解かって・・・・もう思い残すことは、なかった。いや、なかったと思っていた」
「・・・・」
「だけど、琴乃くんの悲鳴が・・・・聞こえたような気がして、もう死ぬに死に切れなかった・・・・・俺自身、まだ死にたくない、とな」
「そか」
 俺には内藤の気持ちが理解できないわけでもなかった。
 こんなにも若い美少女を妻とし、まだ祝言にしても挙げたばかりである。容易に死に切れるような状況ではないだろう。
「しかし、本当に・・・・これで、良かったのかな?」
 生き返ってしまって良かったのか、と不吉な思いを吐露される。
「・・・・やはり、まだ悩んでおるんかぁ?」
 今のこのときが幸せ過ぎるが故に、俺の催眠術によって初音ちゃんと関係したことが・・・・彼女の処女を奪ってしまったことが、大きな後ろめたさを抱かせているのであろう。新郎の控え室のときもそうだったが、こいつがどれだけ頭を悩ませているのか、容易に察することができた。
「初音ちゃんよりも先に、俺から報告するのも論外なんだろうがぁ」
「ん?」
 本人から直接に伝えられるよりも、予め知らせておいたことのほうが内藤のショックも少ないかもしれない。少なくとも、そのときにどんな応対をするべきか、考えられる時間は与えられよう。
「初音ちゃんなぁ。刺されたことが原因で・・・・お腹の中の、お前との子を・・・・」
「・・・・」
「もう一つ。お前に追い討ちをかけるようで悪いが・・・・そのせいで、初音ちゃんは、もう二度と・・・・」
「そうか・・・・」
 その俺の言葉だけで、彼女の事態を察してくれたのであろう。
 暫く無言の空気が病室内を占めた。
「全て・・・・俺のせいだな」
「ん?」
「琴乃くんを寝取って、田中を逆上させたのも・・・・琴乃くんが刺されたのも・・・・琴乃くんとの関係を望んだ、俺のせいだろう?」
「・・・・」
 その内藤の激白には言葉を失った。
 そこまで思い詰めさせてしまっていたとは・・・・
「なぁ。そんなに自分ばかりを責めたてるな・・・・恨むのなら、催眠術を持ちかけた俺を恨めばいい」
 そう。その内藤の論評からいけば、事の全ての発端となる原因は、催眠術を持ちかけた俺にこそあるのだ。もしもあの時、俺が内藤を頼らずに、催眠術を持ちかけてさえいなければ、そんな苦慮とは無縁の人生であったはずであろう。
 そもそも、お前の『孕ませ願望』に至っても・・・・

 内藤の膝元で昏睡する美少女を一瞥し、再び視線を内藤に戻した。
「それで・・・・お前はこれから、どうするよ?」
「ん?」
 俺は内藤に気付かれないよう、用意してあった小瓶の蓋を開けた。
 既に俺たちの会話と思考の中で、催眠術に関する話題には触れてある。何より、内藤の催眠の掛かり易さは、前回(十七年前)の際に、実証済みであった。
「子供が産めんようになった初音ちゃんとは離縁するんかぁ?」
「いや・・・・」
 内藤も膝元で眠る若妻を見据える。
「そんなことに関係なく、俺は琴乃くんのことが好きだ。本当に今の彼女が、こんな俺でいいのなら・・・・俺は残りの一生をかけて、彼女のために尽くすよ」
「そか」
 俺は親友の肩に触れ、誇らしげに(少し羨ましくも)微笑んだ。
「ほんなら、もう俺からは言うことはないさ・・・・」
 ポンポンと肩を叩き、もう片方の手を内藤の頭へとかざす。
 これから内藤に催眠術を掛けて・・・・催眠術に関する全てを消し去る。初音ちゃんとの関係のきっかけとなった、催眠術に関すること。そして、お前が異常なまでに『孕ませ願望』が強くなってしまった催眠術も含めて・・・・
 その全てを忘れさせてやらなくては・・・・


 およそ今から十七年前・・・・当時、俺も内藤も二十五歳だった。初音ちゃんに至っては、まだこの世に生まれてもいなかったね。
 俺が関西に引っ越すこともあって、中学時代の親友である内藤と久しく会っていた。酒を飲み、催眠術に掛けられたこともあって、こいつはすっかり忘れてしまっていたようだが、内藤がまだ片瀬と既婚時、俺たちは居酒屋の一室で飲んでいたのである。
「そか。片瀬とは余り上手くいっていないのか・・・・」
 内藤の妻(現在で言えば前妻だね)である片瀬とは、中学校の同期であり、同じ部活の女子マネでもあったことから、俺とも面識があった。無論、初音ちゃんほどの美少女ではなかったが、とにかく胸が大きく、校内でも人気者の女生徒であったのは確かだっただろう。
「まぁな。前の会社をリストラされてからは、特に、だな・・・・」
「・・・・」
 当時、まだ独身でもあった俺には、内藤の気持ちが理解できようはずがなかった。SEXレスな仮面夫婦の悩み。それでも内藤は、そんな片瀬に義理立てし、浮気の一つもできない小心者であった。
 勿論、その浮気一つできない内藤を愚弄するつもりはない。いや、むしろたった一人の女性に、そこまで思い入れを抱ける律儀な性格を羨ましく思えたほどである。
 まして、その一方である片瀬に至っては・・・・
 これは敢えて内藤には黙っておいたが、片瀬の中学時代における男関係は決して褒められたものではなかった。内藤と交際を開始させる一方で、彼女は密かに別の男ともよく遊んでいたのである。
 また大学在学時のサークル活動で合コンが発生したときなど、うちの大学の先輩と飲み合い、ホテルまで意気投合する淫乱ぶりを発揮していた。
「だったら、片瀬と子供を作ればいい」
「子供?」
「ああ、子供が一人でもできれば、そんな夫婦間の悩みなど、簡単に吹き飛ばしてくれるだろうさ!」
 俺はまるでそれが妙案のように進言していた。
 恐らく片瀬はSEXレスを言い訳に、他の男と浮気をしている可能性は捨てきれないだろう。だが、もし内藤との夫婦間が安定して、片瀬が身籠るようなことにでもなれば、彼女も浮気癖を慎むことであろう。まさに一石二鳥、というものだ。
「そんなこと、今更できるかなぁ〜」
「なら、俺がまじないをかけてやるよぉ・・・・催眠術って、お前も聞いたことぐらいはあるだろう?」
「ああ、その相手の思考に干渉する、って、あの催眠術だろう?」
 俺は頷いた。その上で手順に従って、催眠術を掛けていく。幸い、周囲に客の姿はなく、催眠術を仕掛けるのには持ってこいの状況ではあっただろう。ましてそれを差し引いても、内藤は催眠術に掛かり易い体質(性格?)の持ち主であった。
 生真面目な性格も、この際は考えものだな・・・・
「・・・・」
 男になら、誰にでも『孕ませ願望』はある。あとはそれを軽く刺激して、少しずつ増幅されていくように仕向ければよい。そしてそれが催眠術によるものだと認識させる必要もない。
 催眠状態の内藤の意識を覚醒させて、俺は退店していく親友を静かに見送った。その際、会計が済まされておらず、全額が俺の負担となってしまったが・・・・まぁ、それは仕方がない。
「まぁ、偶には、な・・・・」
 勘定をしつつ、思わず苦笑が漏れる。

 だが、俺は知らなかった。
 まさかこの日、意気揚々として帰宅した内藤に待っていたのは、無人の部屋に多額の慰謝料、無言の離婚届であったことを・・・・その翌日には関西に引っ越し、疎遠となってしまったこともあって、俺が内藤の離婚を知ったのは、今年の春先のことであった。
『そういえば、と・・・・面白いモンが手に入ったんだ・・・・酒の肴にでもして見てみるか?』
 さりげなく気になっていた俺は、青山恵都が学生時代に輪姦されて、妊娠させられたであろう、光学用メモリースティックを取り出した。展開された映像を眺めながら、俺は改めて自身が根付かせておいた『孕ませ願望』が、尚も内藤の中で燻っていたのを確認する。いや、再燃させてしまった、というほうが適切であろうか?


 俺は昏睡する内藤を、そして初音ちゃんを見比べてみる。
 俺が言えるような立場じゃないが、この二人には本当に幸せになって貰いたい。内藤は俺の数少ない交友であり、こいつの素の部分である根っこは、本当に善良(偶に暴走傾向はあるが・・・・)なのだ。初音ちゃんが催眠期間を越えてこいつに惚れたのは、多くの偶然の産物もあっただろうが、その感情それ自体に催眠術は全くの無関係である。
 俺だけでいい・・・・
 内藤が抱く罪過の十字架は、俺が墓場まで・・・・地獄まで背負っていこう。だから、お前は・・・・何の後ろめたさを憶える必要もなく、初音ちゃんと幸せになれやぁ。

 再び内藤が昏睡状態に陥り、俺が暫しの間の暇を持て余していると、今度は初音ちゃんのほうが目を覚ましてしまった。
「あ、天野さん!?」
「やぁ、おはよう。初音ちゃん」
「ご、ごめんなさい。私、全然気が付かなくて・・・・」
 それから彼女は、旦那のほうに視線を向けるが、まだ覚醒していないことに落胆する表情を見せる。さすがにそれが、催眠術による昏睡とは決して思うまい。
「さっき、少しの間だけだけど・・・・こいつと話せたよ」
「えっ、本当ですかぁ!!?」
 四日間も意識不明だったそれだけに、内藤の意識が戻ったことで安堵したのだろう。そして暗に『起こしてくれれば良かったのにぃ』と拗ねたような表情で非難される。
「うっ・・・・まぁ、本当に僅かな時間だけやったし、それからも寝言を譫言のように口にしていたから、もうそろそろ覚醒するころだとは思うよ?」
「そうですか・・・・」
「きっと初音ちゃんとの夢を見ていたのだろうね、何度も琴乃くん、琴乃くんって呟いてたわぁ〜♪」
「そ、そんなこと・・・・」
 途端に赤面する美少女。
 あー、内藤・・・・やっぱり、お前が羨まし過ぎるわぁ〜。
「この前までが幸せ過ぎて、今が・・・・」
「ん?」
「課長には早く目を覚まして欲しいのですけど・・・・この人が目を覚ましたら、告げないといけないことがあって、今がとても怖いんです」
「・・・・」
 もう伝えてある、とはさすがに言えないな。
 さて、どう励ましたら良いものか?
「もう私の身体が子供を・・・・身籠れない、って知られたら、すぐに離縁されそうで・・・・」
「あ〜〜、それは、ないない」
 俺は軽く笑いながら手を振り、その初音ちゃんの懸念を否定した。現に先ほど内藤には言質をとってあるし、こいつの『孕ませ願望』となっていた催眠術も解いたばかりの状態である。
「親友であり、悪友たる俺が保証したるよ」
「そ、そうでしょうか・・・・?」
 それでも初音ちゃんは不安げな視線を漂わせていた。
「課長が求婚してくれたのは・・・・あくまでも、私が課長の子供を身籠ったからで、その責任を痛感して・・・・」
「・・・・」
 あ〜、なるほど、と俺は納得していた。
 内藤もそうであったが、初音ちゃん自身に至っても、自分の容姿に自信を持っていないのであろう。確かに似た者同士といえば、似た者同士である。それだけに内藤は内藤で悩み、初音ちゃんは初音ちゃんで悩みを抱え込んでいたのだ。
「安心せぇい。こいつは初音ちゃんにベタ惚れやでぇ?」
「・・・・」
 途端に彼女は深刻な表情で俯く。
 それほど、俺って、信用感ない?(そら、ちょっとショックやわぁ〜)
「私、まだ一度も・・・・課長の気持ち、聞かされていないから・・・・」
「は、はい????」
 それまた凄い、とは思った。
 内藤は催眠期間が過ぎたそれ以降、どんな手段や方法で、初音ちゃんを口説き落としたのであろうか・・・・俺にはそれこそ不思議でならない。
「なら、証拠を見せたろうかい?」
 俺は内藤の荷物から車の鍵を拝借し、その証拠の品となるものを車から取ってくる。勝手にこんなことをしたら、後で内藤にどやされそうな気もするが、自分の気持ちを全く伝えていなかった、こいつも悪い。
「ほい。お待たせ」
 病室に戻ると、俺が手にしていた証拠の品を彼女に手渡す。
「こ、これ・・・・永沢さんが撮った・・・・?」
「そやぁ。それを没収しつつも処分しきれず、写真立ての中に入れて、後生大事に保管しておったわぁ」
 これこそ紛れもなく、内藤が初音ちゃんを想う証拠ではあろう。
 無論、全く関係のない人がそれを行ったとしたら、正直、大抵の女性は引いてしまうことであろう。だが、自分が想っている意中の相手に行われたら、必ずしもその限りではないだろう。まして内藤は彼女に想いを明かさず、彼女も自分の容姿に自覚していない、天然の性格とあっては尚更であった。
「こいつ、意外とシャイで口下手やからなぁ・・・・」
「・・・・」
「んっ・・・・」
 ちょうどそのとき、内藤の意識が覚醒し始めてきた。
 我ながら、ナイスタイミングではある。
「・・・・」
「こ、琴乃・・・・くん?」
「ううっ〜・・・・私、もう・・・・琴乃じゃあ・・・・」
 と、不満を口にしながらも、彼女は涙を浮かべて内藤に抱きついていく。無論、どちらも負傷による痛みは双方にあることだろう。だが、内藤も苦痛に顔を歪めながら、苦笑して彼女を優しく抱きとめた。
「課長、ごめんなさい・・・・赤ちゃん・・・・」
「謝らなくてもいい・・・・は、初音のせいじゃない」
 彼女は泣きじゃくりながらも頭を振った。
「そ、それだけじゃない、のぉ・・・・も、もう私・・・・」
「初音・・・・」
 内藤は彼女の言葉を遮るように唇を塞いでいく。
 おうおう、見せつけてくれるわぁ!
 まぁ、結婚式の誓い以来の口付けである。もしかすると、あれが最後だったかもしれなかったキスともあって、どちらも中々、相手の唇から離れようともしなかった。
「初音が傍に居てくれるのなら、もう、それだけで十分だ・・・・」
「一生居る、ずっと居る・・・・」
 それは双方、不器用な愛の告白であったのかもしれない。
 それだけに自分のその語りきれない想いを、唇を重ねることによって表していく。
「ん・・・・もう、嫌って言われても、絶対に・・・・」
「年齢、からいっても、俺は君よりも早く逝く・・・・んっ!」
「んっ・・・・も、もう簡単に死なせてあげないんだからぁ〜」
 お互いの気持ちを、お互いの生命を、お互いの存在を、これからの未来を、お互いの唇によって確かめ合っていく。

 さてと、邪魔者はそろそろ退散しておきますか。
 俺は二人の繰り返す行為を見届けつつ、静かに病室を後にする。院内の廊下の窓から空を見上げれば、雲一つとない晴天である。
「さて、と・・・・俺も内藤の奴を見習って、ここは一つ・・・・本気で雪を口説き落としてみようかなぁ〜?」
 もっとも俺は内藤とは異なり、既に既婚の身であり、子供もいる。今の妻も若く美しい。それだけに離婚することは選択肢にない。本当に桐野雪を口説き落とせた、としても、愛人にするのがせいぜいであろう。
 しかも極道の一人娘を愛人に・・・・
 まぁ、確かに状況は厳しいが、あの神崎和馬の長女を妻に迎える困難さに比べれば、生易しい出来事には違いない。しかし、内藤は物の見事にやってのけた。律儀なあいつだからこそ、それが可能であったのかもしれない。
 初音ちゃんの内藤に対する想いは本物であり、それは今の熱愛ぶりからでも容易に窺えよう。それは催眠術というきっかけを差し引いてでも、内藤の手による偉業の達成ではなかっただろうか?

 俺は無限に広がる未来の可能性に思いを馳せてみる。
 そう。無限に続くのであろう、明日の可能性を・・・・


→戻る

孕ませこそ男の浪漫よ!のトップへ