第三話『 合同入学式 』

 
 四条学区高等部専用施設『登竜門』

 セントラルに隣接している等辺多角形型の会場であり、収容人数は二十万人。舞台を囲うような感じで客席がある。例えるのなら、FCバルセロナの本拠地で有名な『カンプ・ノウ』だろうか。

 もっともこちらはここでサッカーをする訳でもなく、芝のフィールドの代わりに、アスファルトの平坦な平面が存在するだけだが。



 平面を囲う客席には、高等部の上級生(二、三年生)らが着席し、本日の主役である新入生の入来を待っている状況だった。

「去年は俺たちだったな……」

 高等部に入学してから一年が経過した、と思えば、少しは時間の流れを強く感じる。

「上級生のスカートの中を覗こうとして、転倒した奴が居たわよ?」

「…俺ではない」

 それ、暗に俺だと言ってるようなもんだろ。

 ああ、そうだよ。俺だよ。

(……あの時は仕方なかったんだ)

 北条の上級生で、容姿も申し分なく超絶級の美少女。それが『視たいなら、見てもいいよ?』とばりに、挑発的に立っていたのだから。

 ちなみに右が翔子で、左に祐樹が着席した。また式が始まっていない今は、まだ私語は禁じられていない。



 ――ねぇ、聞いた、今年の新入生の話……

 ――ん、一般入試で全科目満点だった娘のこと?

 ――しかも凄い美形で、財閥の一人娘って話よ。

 ――超お嬢様、ってやつよね。

 ――ホント、羨ましいわよねぇ……



 俺には初耳となる噂話もチラホラ。

「…それ、全部本当らしいよ。昨日、お姉ちゃんが言ってたからさ」

「ほう。では今年の総代も女子か」



 祐樹の言う『総代』とは、四条学区における学年の代表、つまり成績最上位者のことだ。これはエスカレーターで進学が決まっている生徒も含まれ、一般入試試験日に前後してテストされる。

 俺らの一つ上の世代は、上位(一〜三位)全てを女生徒が占めており、また俺たちの世代も一位と三位は女生徒であったから、三年連続で女生徒が総代を務めることになる。



『 房総大学付属四条高等部 新入生入来 』

 式典開始のブザーに続いて会場全体に流れる放送が響く。



 いよいよ四条学区合同入学式が始まるのだ。

(見つけられるかな……)

 無論、俺が気にしているのは、後輩の乳首ちゃん・・・、いや、その所持者の『南部深雪』のことである。

 あれほどの美少女なら、大衆の中からでも見分けを付ける自信はある。が、新入生の生徒数が四万八千人だ。西条高等部だけに絞っても一万二千人である。

 新入生は『東条』『西条』『南条』『北条』の四連縦列で入場する。

(…去年、転倒した話は忘れてくれ)

 俺は意識を切り替えて、入場してくる新入生に注目する。

(……いや、その人数からでも見つけたい)

 彼女の姿を見つけたから、どうにかなるって訳じゃない。まして彼女ほどの超絶美少女なら、見つけられる可能性は高い。

 そうだ。彼女を見つけられたら、彼女を想おう。

 告白なんて大それたことはできないが、好きになるのは、俺の自由のはず。俺が誰を好きになっても、それは俺だけの自由のはずだ。

 と、俺は意気込んでみたものの、彼女は何と西条高等部の新入生最前列で入場してきていた。

(……拍子抜けもいいところだな)

 『南部深雪』を見つけられた安堵も長くは続かなかった。

 彼女は最前列を進んでいく。それは即ち、西条高等部新入生の中ではトップだったことを意味している。



 (――ざわざわ……ざわざわ……)

 (――…ざわざわ……ざわざわ……)



 新入生の入場にざわめく会場。

 その会場のざわめきは、西条の最前列を歩く『南部深雪』だけに向けられたものではなかった。

 南条高等部の最前列の超絶美少女もまた、稀に見るほどの美貌であったからだろう。



 ――見ろよ、西条と南条の新入生……

 ――めっちゃレベル高くねぇ!?

 ――今年の新入生は、ほ、豊作だな……



 と、誰かが囁いた。

 俺もそれに同感であった。

 俺の十六年間の中で『南部深雪』という美少女は、最上位に位置することだろう。それこそ北条学区の『トリプルティアラ』にも匹敵する領域だ。

 だが、南条高等部の最前列を進んだ美少女は、そんな深雪とは対照的な存在ながら、容易に甲乙つけがたい印象を憶えてしまう。





 お偉いさんの挨拶や祝辞。四条の生徒会長『上杉朋香』の歓迎の挨拶と続いていく。

 お偉いのだろうおっさんやおばさんらはともかく、四条の生徒会長『上杉朋香』の姿に心を打たれた者は少なくない。一つ一つの動作に無駄が一切なく、洗練された優雅なまでの佇まい。言動の一つ一つに引き込まれていく。

 「上杉財閥」の三女。生まれながらに御令嬢にして、既に婚約者もいるという、まさに雲の上のような美少女である。



 だが、その生徒会長以上に会場がどよめいたのは、新入生総代として答礼に選ばれた(つまり、新入生成績最上位者)『南部深雪』の姿に。そしてその美声に、であろう。

(………)

 彼女の声音はとても心地良い。耳朶に届くと同時に脳髄が刺激される。それは俺だけではなかった。他の男子生徒、または同性である女生徒たちも、耳を澄まして彼女の声音を吟味して、そして陶酔していた。

(………)

 西条高等部の制服(西条女子の制服は、夏はブレザーに冬はセーラー服)を着ているが、それは間違いなく、昨日、俺と会話していた彼女であった。



 ここで俺はようやく二つの衝撃を憶える。

 彼女が答礼の総代だった。つまり、彼女は西条高等部新入生のトップだけではなく、四条学区高等部新入生のトップであったことを意味している。

 ・・・約四万八千人の頂点、って?

 しかも爽ちゃん・・・榊原先生からの情報では、全科目が満点だった話だ。

(そ、それで……あの最上の容姿に、あの声って……)

 昨日、普通に話しかけて、彼女の携帯端末を一時的にとはいえ受け取り、(その際に『処女』だと確認させて貰って)今朝も彼女の夢を見て、大量に夢精してしまっていた。

 更に彼女は財閥の一人娘。超お嬢様ときた。

 本当は・・・本当に俺なんかが、容易に話しかけてはいけない存在だったのかもしれない。



 二つ目に、西条高等部(少なくとも二年生の一部)では、『南部深雪』ファンクラブなるものが、既に創設されつつあったことだろう。

 こうなる覚悟はしていた。

 俺が彼女を好きになるのが自由なら、他の男子生徒が彼女を想うのも自由であろう。

 俺の存在なんか、その中の有象無象の一人でしかない。

(…………)

 昨日、駅前で普通に会話した相手だというのに、僅か一日で本当に、本当に遠くなってしまった存在に思えてならなかった。

 俺のネガティブな思考とは裏腹に、西条高等部の熱意はこの上なく盛り上がっていた。



 ――あの新入生総代、めっちゃあぁ可愛くねぇ?

 ――うちらの西条の娘だよ。やったねぇ!

 ――やっと西条からも、ミス付属が誕生するかもよ!?

 ――琴菜、危うし! 覚悟琴菜! 打倒『真田琴菜』!



 という盛り上がりである。

 周囲が盛り上がり、彼女が持ち上げられるたびに、俺のテンションはどんどんと下がっていく。



「義久、大丈夫か?」

「なに…あんた、世界が終ったような、表情で……」

 幼馴染の二人にも、誰にも解かるまい。

 僅か一日にして、これほどまでの挫折感を余儀なくされる気分なんか。

「何かあったの?」

「い、いや……」

 郁子の心配を余所に、俺は懸命に作り笑いで応じた。

「夢を見たんだ……そうだ。こうなるって、俺は始めから解かっていたじゃないか……」

「そ、そう……」

 無論、この言葉だけで理解してくれたとは思わない。いくら幼馴染、本当の姉弟のように育った彼女にも、説明不足であっただろう。

 だが、郁子は納得して引き下がり、やや表情を強張らせていたのだが、背後に目のない俺には、それが解かろうはずもなかった。





 合同入学式の式典も終わり、今日はこれで全校生徒解散、という流れになる。そのまま自分の学区に帰って、帰宅する生徒もいるだろうが、ほとんどの生徒は『セントラル』の商店街に寄ったり、別の学区の生徒と交流を図ったり、深めたり、広大な建物なだけに回りきれない施設、観光スポットを巡ったりもする。



 俺と祐樹、郁子もその後者の例に洩れず、合同入学式会場『登竜門』周辺の(主に西条高等部の生徒が集っている)エリアで、他愛もない談笑に勤しんでいた。



(……彼女のことは忘れよう……)

 俺は笑いながら、心の中で考えていたのは、やはり『南部深雪』のことだけだった。

(……彼女のことは忘れよう……)

 それがいい、って思った。

 所詮は高嶺の花。俺とは別世界の住人で、きっともう、彼女は俺なんかのこと、有象無象の一人のことなんて忘れてしまっているはずだ。

 後輩の乳首ちゃん、なんて下卑た名称も差し控えなければな。

(ああ……、泣きそうだ……)

 俺は普段は話した事もない生徒との会話に笑いながら、心の中では泣いていた。恐らく俺が無理をしていると察していたのは、祐樹と郁子だけであっただろう。





 少し遅れて『登竜門』周辺に、白のリボン(西条では今年一年生のカラー)を付けた生徒の姿も次第に増えてくる。

 尚、二年が青、三年が赤。三色でトリコロールだな。

 女生徒の夏がリボン、冬はスカーフ。

 男子生徒はネクタイの彩色で区別されている。

(……あの一年の中に居るのだろうか?)

 自然と俺の視界は一年生の集団に向けられた。

 これが、本能の習性ってやつか?

「祐樹、昼飯にしようぜ……」

「了解だ」

「珍しい。あんたのおごり?」

 郁子が冗談めかして口にする。

 佐竹家の家計を預かる身としては、余計な出費は豪語同断である。警視である親父の給料は決して薄給ではないが。

 まぁ親父も今日ぐらいは笑って許してくれるだろう。

(…金銭にはとことん無頓着だしな)

「ああ、解かった。俺のおごりだ」

「えっ……あ、あんた……熱でもあるんじゃないの?」

「今日はおごりたい気分なんだよ!」

 自分で催促しておきながら唖然とする、そんな幼馴染に苦笑して、正直な思いを告げていた。

 と、俺は一年生の集団から視線を逸らして背を向ける。

(……未練にもなってないじゃないか)

 今なら大丈夫。

 俺は浮かれていたのだ。

 昨日、偶然に西条へ入学してきた『南部深雪』と会話し、彼女の無防備な体勢を網膜に焼き付け、肝心な部分を洞察力で補完し、夢の中で彼女を穢し続けていた。

 そして偶然は二度、三度と続き・・・絶対にないだろうと思いつつも、何処かで彼女と付き合えることを期待してしまっていたのだ。

 だから突き付けられた現実にショックを受けたのだ。

(はははっ……これも俺らしいか?)

 現実を見れば笑えるだろう。



 ――……ザワザワ……

「……っ……い……」

 ――ザワザワ……ザワザワ……



 学績では総代になれる彼女と、低空飛行の自分。

 そんな中流家庭の自分に、財閥の一人娘のご令嬢。

 告白されたことがない凡庸な自分に、会場の誰もが息を呑んだほどの超絶美少女。

 皆を虜にする美声。

 しかも、まだ穢れを知らない、無垢な『処女』の身体。

 彼女の良さを上げるほどに、既に自分の矮小さを自覚してしまう。



 ――ザワザワ……ザワザワ……

「ま……く……だ……い……」

 ――……ザワザワ……



 俺と彼女では、釣り合わない。

 百人が百人。きっとそう答えるだろう。

 俺と彼女では、余りにも違い過ぎる。

 千人が千人。そう肯定する。

 街中で見かけられても、彼女は俺なんかに声をかけない。

 いや、俺の存在なんか記憶の片隅にさえ憶えられてもいないだろう。

 俺と彼女が会話したのは、昨日。

 それが最初で最後の昨日だったんだ。

 今なら大丈夫。失恋したことにもならない。未練にも残らないはずだ。

(せめて、俺が祐樹だったら……)

 少しは希望が持てたのだろうか?

「ホント、騒がしいわね…」

 と、郁子が不平に愚痴った時だった。





「待ってください!! 義久様ぁぁぁぁ!!」





 その瞬間、俺の周囲は一瞬にして凍りついていた。



 声の主はすぐに解かった。

 耳朶に響いて脳を駆け巡る、あの美声だ。

 先程の答辞でも魅了され続けたのだ。

 その誰もが聞き間違えるはずもなかった。

 だが、



 義久……、様?



「よ、良かったぁ……」

「「…………」」

 郁子は無論、さすがの祐樹でさえも唖然としていた。

「無視されてるの、って……私、不安になりましたよ」

 彼女は群がってくる一年生の輪を割けて、少し息を弾ませながら駆け寄ってきた。

 次第に、そして明らかに「ギョッ」とした空気が、西条高等部の、特に二年生と新入生の中に炸裂していた。

 当然だろう。彼女は既に西条高等部において、新たなアイドルとしての立場を確立しているのに等しく、まして息を呑むほどの可憐な、圧倒的な超絶美少女なのである。

 それが俺のような・・・『佐竹義久』のような普通の一般生徒に向かって、駆け寄ってくるなんてことを想像できようはずもなかった。

「義久様。おはようございます」

 今度は誰も聞き逃さなかった。そう、俺自身も。

 義久、『様』? である。

 疑惑と敵意に満ちた視線が俺だけに突き刺さる。

 デスノートがあれば、今日、俺の名前が真っ先に書かれるのは請負だろう。

 彼女は眩しいばかりの笑顔を見せつつ、俺の目の前までに駆け寄ってきた。

(……ああ、本当に可愛いよなぁ……ちくしょう!)

 彼女に名前を、存在を憶えて貰えていた。

 それだけで無性に感激してしまっている。

「あ、ああ。お、おはよう……」

 彼女はこの周囲の異様な空気を理解しているのだろうか?

 既に心のない男子生徒からは「義久のくせに!」「問題児の分際で!」「冴えない男じゃないか!」などという、心の中の悪態が聞こえてきそうだった。

 いや、きっと幻聴ではあるまい。

 特に彼女を取り巻く新入生の、男子生徒の表情には不満と疑心、敵意と殺意にブレンドされた視線が送られてくる。

「あの……その……どうでしたか?」

「ん?」

「その、私の答辞は……変ではなかったですか?」

「ああ、そ、それね……」

 まずい、って思った。

 彼女の息を呑むほどの容姿と、その美しいばかりの美声に気を取られ過ぎていて、彼女が何を言っていたのか、何一つとして憶えていなかった。

「あははっ…(どうしよう)………」

「無駄、無駄。義久がそんな高尚な言葉なんか聞いているわけないじゃない」

 そう横槍・・・正確に正鵠を射たのは郁子だった。

 ただし、その態度は明らかに小馬鹿にしたもので。

「いきなり何ですか、貴女は!?」

「あんたこそ後輩のくせに何様よ!」

 深雪の非難に郁子が高圧的なまでに押し返す。

 俺には理解できない理由で、まるで二人の間に因縁が発生しており、まさに火花を散らすように、二人の視線が激突しているようだった。

「郁子、止せ、ハウス!」

「み、深雪も……」

 気が付けば一年生の輪から抜けてきていた、もう一人の女生徒も制止を呼びかけている。こちらも相当な美少女だ。

(確か深雪の後ろ、二番目に居た女生徒だ……)

 つまり、次席ということだろう。

 淡い髪色のもみあげの部分だけを伸ばした、独特的なショートカット。眠たげなジト目。小柄な身体に相応しく、全く揺れる心配がないであろう胸。

 だが、顔は非常に整っており、独特的な髪型も相まって、十分に美少女と呼んで過言ではないだろう。確かに今年の一年のレベルは非常に高い。



「とりあえず、落ち着け」

 祐樹が郁子と深雪の間に入り、有無を言わさず仲裁する。

 そして鋭い眼光を俺に向けた。

「確かに義久が悪い……」

 ・・・俺?

「祐樹?」

「少なくとも、先に俺らを彼女たちに紹介しておくのが筋だろう?」

「…そ、そうだな……」

 祐樹が指摘するように、それは確かに俺の落ち度であったかもしれない。見れば深雪の後を追ってきた新入生も、会話の中に入れないでいる。

(……先に、って言われてもな……)

 でもな、祐樹。

 こんな状況なんて誰も想定できないさ。

 もう彼女とは会話できない、って、そうさっきまで落ち込んでいた俺自身だったんだぜぇ?



「こっちが本多祐樹、で、こっちが榊原郁子……」

「ふん!」

「本多祐樹だ」

 大人気ない郁子に、精悍な表情を全く変えない祐樹。

 元々愛想がない祐樹はともかく、郁子の反応は完全に俺の想定外だ。余り人見知りをしない開けっぴろげ性格だったはずなのだが・・・

「昨日、東北から来ました。南部深雪です。こちらは寮のルームメイトの宇喜多さん。宇喜多翔子さんです」

「ん、初めまして」

 『宇喜多翔子』と紹介された彼女も、余り表情を変えることなく淡々と一礼して見せた。それだけで多感的である高校生とは思えないほどに感情の起伏が少なく、表情の変化が乏しいタイプと思われた。

(祐樹の女生徒版…って感じか?)

 だが、祐樹と違って冷たい感じを一切受けないのは、彼女の容姿が愛らしく整っていて、眠たげな目の視線がとても軟らかいからだろう。

 ルームメイトの彼女もまた、相当にレベルが高い。

(首席と次席が相部屋って…問題にならないのか?)

 相部屋にさせることで互いの競争意識を煽る、という狙いがあるのかもしれない。例えば学績を争わせるにしても、競争相手が身近に居るのと居ないのとでは、その差は顕著に表れるだろう。

 しかし、それはある危険も孕んでいる。

 今回は二人を見る限り、深雪と翔子は良好的な関係を結べられているようだ。だが、切磋琢磨する好敵手とは時に蹴落とすべき相手であり、険悪な関係にならないとは限らない。

 もっとも、これは本当に偶然の産物というものだった。

 彼女たちが滞在する女子寮『ラキシス』は、合計八区画から(真ん中の一区画が繁華街)なる女子寮帯の一つの建物に過ぎない。

 一つの区画が、本土では一つの町に該当する。

 つまり八区画も集まれば「郡」に相当するだろう。

 女子寮だけの町。女生徒だけの区画。一部の男子生徒からは「未踏の花園」と呼ばれる由縁である。

 深雪と翔子が相部屋となったのは本当に偶然であり、そもそも一般入試枠の深雪と、特待生として入学した翔子の契約時期も異なっている。

 無論、一介の男子生徒にしか過ぎない俺に、そんな偶然の産物など知る由もなかったが・・・





 ただこうして立ち話をしているだけでも、西条高等部の解散地点付近ということもあって、かなりの注目の的だ。

 『本多祐樹』に向けられる熱烈な視線。

 『榊原郁子』へのスタイルを褒める賞賛・・・

 一年生の『宇喜多翔子』にも、好意的な関心が向けられていたが、そのほとんどが『南部深雪』への興味と慕情、羨望の期待であった。



 ―あの娘なら、今年は西条が勝てるんじゃないの?

 ―いや、あの『トリプルティアラ』の中でも、あの『真田琴菜』には、さすがに…なぁ……

 ―五連覇中だもんねぇ……

 ―でも。まぁ、向こうは三年。こっちは一年だし……



「あの人たちは何を言ってる?」

 その上級生からなる周囲の期待と希望に満ちた言葉に、一年生である深雪や翔子が戸惑うのも無理はない。

「あー、外野が煩いのは、年末のイベントのことよ」

「年末の……?」

「そっ。ミス房総大付、のね……」

 郁子が簡潔に翔子の疑問に答える。

 学園都市の本命となる『ミス房総大コンテスト』ほどではないが、『ミス房総大付』にも四条学区の生徒には、とても重要な年末行事の一つだ。

 何と言ってもその特典には、修学旅行の行き先から学区内の予算までもが左右される。明らかな格差が生じるのだ。それだけに一般生徒は無論、一般の住民さえも軽視することはできない。

 まして『ミス房総大付』には、幼年、初等、中等、高等の四部門が総括されている。(もっとも人数的には大学生が半数を占めているので、全体数の比率は変わらないけどな)



「そのミス房総大付を中等部から五連覇している人物が、北条高等部の三年にいるの。あんたはその対抗馬として、今、ここで品定めされているってわけ」

 郁子はつっけんどんに言い放ったが・・・(どうも翔子とはともかく、深雪とは相性が悪いらしい)郁子も決して間違ったことを言った訳ではない。

「それが、トリプルティアラの一人……」

「見に行ってみる?」

 翔子の発言に郁子が問いかけた。



 確かに四条学区合同による入学式であったのだから、セントラルの北側に、北条学区方面に向かえば、会える可能性はある。

(…まだ、一緒に居られる……)

 何一つ申し分ない『南部深雪』の容姿を盗み見て、俺は正直に思った。



 彼女に再び話しかけられた。

 俺なんかの名前を憶えていてくれた。



 それだけで何と幸せなことだろう。

 それだけで、もう十分じゃないのか・・・?



 ・・・と。


→ 進む

→ 戻る

→カノオカのトップへ