行間話『 運命のルーレット 』  
        
 (視点・佐竹義隆) 
       
       
       
       
       
       
       
 僕は一階、安全課の警察官に告げる。 
       
「それでは…僕はお先に失礼しますね」 
       
「善隆警視、お疲れ様でした!」 
       
 僕は軽い挨拶のつもりだったのだが、若い彼は敬礼を持って応じてくれた。 
       
 うーん、もっと肩の力を抜いてもいいのに。 
       
(まぁ、これも若さ…だな) 
       
 それに今日のセントラルは平和そのもの。僕は普段はしない書類仕事を片付けただけで、特に疲れてもいないんだけどね。 
       
       
       
 セントラル警察署を出て、僕は日用品の買い物を済ませた後、警察寮までの道程で見知った顔に気付いた。 
       
「ん? あれは……爽子ちゃん、だね?」 
       
「ひあっ! あっ……義隆さん!」 
       
 おや、脅かすつもりはなかったのだが…… 
       
 悪いことをしたかな? 
       
「こ、こんばんは……です」 
       
「うん。こんばんは」 
       
 彼女の名前は『榊原爽子』。 
       
 西条学区にある我が家のお隣さんの長女で、見た目は学生にしか見えない若々しい美少女だが、これでも彼女は立派な女性教師であり、義久の担任でもある。 
       
「ああ、そうか…今日は入学式だったね」 
       
 今日は四条学区高等部合同による入学式が行われた。 
       
 当然に西条高等部の教師である彼女が、この時間に、このセントラルに居たとしても、なんら不思議ではない。 
       
「そうか、それが爽ちゃんの高校教師姿か」 
       
 初めて見る彼女の仕事姿。 
       
 こういう時は、ちゃんと褒めることを忘れてはならない。 
       
 まぁ、こんなおじさんに褒められても、若い彼女には嬉しくはないのかもしれないけどね。 
       
「今日はこれから、巡回かい?」 
       
 現在の時刻は二十一時を廻った処。 
       
 秩序性を強く追い求められている現代の高校生が夜遊びをしている可能性は少ないが、全くない、とは言えない。 
       
「あ、はい……いえ、今、終えて帰宅するところです」 
       
「ん? そうか……」 
       
 何故、彼女が予定を切り上げたのか、それを察することは僕にはできなかった。 
       
 彼女にしてみれば、(この親子揃って……)と思われたことだろうか。 
       
「………」 
       
「それじゃあ、スカイラインまで見送ろう」 
       
 特に他意があったわけではない。 
       
 セントラルを含めた中央地区は、一般の本土にも解放された唯一の区画であり、それだけに残念ながら、治安に関しては四条学区ほどに安全とは言えないんだ。 
       
 こんなおじさんと暫く一緒は嫌かな、と思ったが。 
       
「…ほ、本当ですか?」 
       
「……?」 
       
 本当に見送るだけなんだが…… 
       
 はて、そんなに喜ばれることなんだろうか? 
       
       
       
「いつも義久が迷惑をかけてはいないかい?」 
       
 セントラル駅を目指して歩を進めながら、僕はなんとなく口にしていた。 
       
「め、迷惑だなんて、そんな……」 
       
 日中の彼女の、普段の言動を知る者が見れば、今の彼女のしおらしさには、きっと唖然とさせられることだろう。 
       
 特に義久とか。義久とか。義久とか…… 
       
「ただ、柔道部を辞めてしまったので……」 
       
「………」 
       
 義久が柔道部を辞めた理由は、僕の耳にも届いている。 
       
 部内に蔓延っていた虐めに対し、自分がその被害を受けた訳ではなかったが、義久にはそれを黙認することができなかったのだ。 
       
 僕は他の生徒に怪我を負わせたことには注意を与えたが、義久の採った行動そのものには是認した。 
       
 もしこれで義久が退学することになったとしても、僕は自分の息子がとった行動を誇ることだろう。仮に他の高等部や高校に編入を希望するのなら、僕は全力でサポートしようと思っていた。 
       
「その…特待を続けさせるために、サッカー部に所属させることになりそうです」 
       
(柔道部から……サッカー部に?) 
       
 ああ、祐樹くんが働きかけてくれているのだろう。 
       
 『本多祐樹』 
       
 義久の幼馴染の一人。そして義久にとっては唯一無二の親友でもある。彼の家は名家、あの「本多家」だ。 
       
(まぁ、僕と彼の父親とは反りが合わないんだけどね…) 
       
 親は親だ。息子は息子たちで、上手く行って欲しい。 
       
 特に義久にとって祐樹くんは掛け替えのない親友だ。こういう相手の縁は生涯の宝ともなろう。 
       
「色々と気苦労をかけるね……すまない」 
       
「そ、そんな、義久は私にとっても可愛い生徒ですので」 
       
「……ありがとう」 
       
 ちょうどセントラル駅ではリニアが到着し、次の出発までのインターバルの時間帯だった。 
       
「今度、お礼に食事でも……」 
       
「本当ですか? 絶対ぃ、約束ですよ!」 
       
 進発を報せるリニアから降りかねない勢いで、僕からの誘いに応じる。 
       
 手を振りながら、僕は苦笑するしかなかった。 
       
 ……やれやれ。 
       
 僕ももう少し若ければ、彼女の熱意の正体を自覚し、もう少し上手くエスコートしてあげることもできたはずだろう。 
       
 もしくは……もう少し、時間をくれれば、だな。 
       
(詩織。君が逝って……もうすぐ、十年だね……) 
       
 そう。 
       
 その節目に、僕も新しい道を進めるのかも知れなかった。 
       
       
       
       
       
       
       
 さて。僕のプライベートな時間は終わった。 
       
 ここからは僕ではなく……また『佐竹義隆』として、でもなく……再び神の代弁者、として語ろうと思う。 
       
(元々は前話とセットだった話だからね……) 
       
 こんな形になって本当に申し訳ないと思う。 
       
       
       
 それでは、タイムアルター……トリプルアクセル? 
       
       
       
       
       
 そうだね。まず……この時代の常識では、一昔前と違って『処女性』が強く重んじられる時代となっている。 
       
 これは歴史が逆流した結果なのか、それとも先人の保護者や教育者、彼らの教育の賜物によるものなのか。 
       
 それは神の代弁者たる僕にも解からない。 
       
 ただ若者の性の乱れを懸念していた先人たちは、この流れを歓迎しただろうし、ゆっくりと着実に、その風潮は若者に浸透させていった。 
       
 若者はまたその次世代へ、と……若者は、その考えを受け継ぎ、そして受け入れていったのだ。 
       
(ここで…一つ、僕に言えることは……) 
       
 『処女性』が重んじられることになって、この時代における『処女』には、男女のそれぞれに別の意味が付加された、ということだろうか。 
       
       
       
 男には……そのおんなの子の初めてを得られる、そんな確かな充足感が得られた。最初で特別。そんな優越感にも満たされたことだろう。 
       
 まぁ、実際に僕もそうだったからね。 
       
(………) 
       
 今は亡き妻「詩織」を想って、黙祷。 
       
(………) 
       
 ……よし。 
       
       
       
 女には……その男の子に純潔を捧げる…それはこれ以上にはないだろう……『愛の証』を打ち立てたことになった。結婚とはまた違った、一生涯的な意味合いが付加されたんだ。 
       
       
       
 それじゃあ、これを簡潔に説明しておこうか。 
       
       
       
 ここに少年と少女の、年頃の二人がいるとしよう。 
       
 少女は少年のことが好きだった。 
       
(義久と郁子ちゃんで例えれば……良かったかな?) 
       
 それはともかく。 
       
 少女は少年が愛おしくて仕方なかった。 
       
(深雪が現れる前に、勝負するべきだったね……) 
       
 ……と、まぁ、それもともかくだ。 
       
 少女は少年に「好き」と愛の告白をする。 
       
 この時代、少女が少年に対して、愛の告白をするとして、一番の効果的な告白は、少年に『処女』を捧げることであった。 
       
 純潔とは、この時代における『愛の証』である。 
       
       
       
 こんな考えが若者に浸透させていく過程の中で、いつしか『愛の証』を与えた異性のことを『運命の相手』と呼ばれるようになっていったんだ…… 
       
       
       
 しかし、この少年と少女は交際していた末に、別れてしまった、としよう。 
       
 ……若いカップルには、よくあることだろう。 
       
       
       
 少女にはその後…新しい彼氏ができて、そして恋愛の末に旦那様ができた、としよう。そうだね。その旦那様はとても素晴らしい人物で、少女は子宝にも恵まれて、幸せな家庭を築くことができた……としよう。 
       
 そんな幸せな家庭を築いた少女に『運命の相手は誰?』と問われれば、少女は若き頃に『処女』を捧げた少年の名前を即答するだろう。 
       
(……そう。それが正しい答えなんだ) 
       
       
       
 『運命の相手』とは…… 
       
 離婚することもできる、結婚相手のことではない。 
       
 交際していた時間の長さでもなかった。 
       
 『処女』を捧げた、たった一人の異性にだけ。 
       
 少女の生涯で刻まれる称号。確かな『愛の証』でもある。 
       
 ……それが『運命の相手』だ! 
       
       
       
 それぐらいに時代の流れは『処女性』を特別な意味と位置付けされたのである。 
       
       
       
       
       
 それでは次に、最近に起きた実例で検証しよう。 
       
       
       
 これは非公式な出来事で、関係者以外に知ることはなかったものだが……昨年末の聖夜で『井伊真由』という美少女がレイプされ、そして『処女』を奪われてしまった。 
       
 当然にレイプは犯罪だ。 
       
 まして彼女が『処女』だったこともあって、レイプと確定されれば『処女暴行罪』が適用されて、レイプ犯には死罪の判決が下されることだろう。 
       
 例え未遂であっても、重罪は免れられない。 
       
 重んじさせた『処女性』の価値が、刑法にも及んでいるのは無理からぬことで、これもまた時代の流れの力である。 
       
 だが、レイプ……暴行罪は親告罪だ。 
       
 今回の『処女暴行罪』も真由が起訴して初めて、提訴される案件である。 
       
 また確かに『処女暴行罪』は重罪だが、それだけに詳しくも精査される。真由自身に過失的発言はなかったのか。現場には連れ込まれたのか、それとも自らの足で赴いたのか。 
       
 その当時の服装などに問題はなかったのか……などだ。 
       
「……率直に言おう」 
       
 これには『処女暴行罪』が適用されない。 
       
(そもそも、真由自身は起訴もしていないけどね……) 
       
 真由自身がこれはレイプだと主張しても、彼女の発言には矛盾しているものが見受けられるし、自らの意思と足で現場に赴いてもいる。 
       
 そして何よりも……『性交同意書』の存在が、レイプ犯の無罪を確定にさせてしまっている。 
       
 これは一昔前の時代に加熱していた『未成年者保護育成条例違反』に対する、対抗措置として設けられた書面であり、正規の手順さえ踏めば、相手が未成年者だと解かって性行為をしても、一切咎められない代物である。 
       
(つまり、起訴自体が無駄だ、ということだ……) 
       
       
       
 では、『井伊真由』の『運命の相手』は? 
       
 このケースでおいても、真由の『運命の相手』になるのはそのレイプ犯となる。仮にそのレイプ犯が罪を自供して、有罪となったとしても、真由自身が純潔を護れなかったことに変わりはない。 
       
 仮に彼女が『処女膜』復元手術を受けて、改めて『運命の相手』を変えようとするのも、それは彼女自身の自由だが、真由もこの時代に浸透している教えを受けて、成長してきた美少女である。 
       
 それは自分を騙す行為以外の何物でもない、と彼女も解かっていることだろう。 
       
       
       
 それだけに……この時代に生きる少女たちは、『処女性』を重んじる教えを浸透させて、自らの意思で『運命の相手』に『処女』を捧げられるその日まで、貞操を護っていく覚悟を自らに戒めていた。 
       
 『南部深雪』もそう…… 
       
 『宇喜多翔子』も同様に。 
       
       
       
 要は女性の一生涯のステイタスに『運命の相手』という項目が新たに生まれて、『処女』を捧げた人物の名前が、一生に刻まれる、ってことだ。 
       
       
       
 こんな一見、古風的な考えだったが、強い貞操観念は広く伝播していき、それだけに『処女』はいつしか『愛の証』として、その価値を極限にまで高められていった。 
       
(この事自体は決して悪いことじゃなかった、と思う) 
       
 だが、これが思わぬ方向へ……と事態は走り出す前触れとなっていくのだ。 
       
       
       
       
       
 それでは、実際に起こった過去の実例を挙げてみよう。 
       
       
       
 男は経済的に裕福な生活を送っていたが、それでも課長止まりの中年の男だった。 
       
 女は見目麗しい女子校生のアルバイト。社内の雑用係だったが、実家は当時の日本を代表するような名家であり、彼女自身にも婚約という話が現実味になるほど、ほぼ決まりかけていたともいう。 
       
 そんな女子校生に欲情してしまった中年の男は、社内での立場を利用して、彼女をレイプすることで彼女の『処女』を奪ってしまった。 
       
「さて、どうなったか……」 
       
 その『処女』を……中年の男に『愛の証』を奪われてしまった女子高生は、決まりかけていた縁談を破棄させてまで、『処女』を奪った男の…『運命の相手』となった中年の男のもとに嫁いでいってしまった。 
       
       
       
 もう一つの実例を挙げてみるとしよう。 
       
       
       
 男は戸籍さえも持たない、中年の男だった。 
       
 女はこれまた見目麗しい御令嬢だったが、愛しい相手の手を取って、駆け落ちを試みるほどに恋する乙女だった。 
       
 その駆け落ちの逃避行の最中、御令嬢の容姿に心奪われた戸籍さえも持たない男は、彼女を犯して、その『愛の証』を奪ってしまった。 
       
「さて、どうなったか……」 
       
 その『愛の証』を奪われてしまった御令嬢は、駆け落ちしてまで愛おしかった相手とではなく、その『処女』を奪った人物との人生を共有していく道を選択したのである。 
       
       
       
(この二つの事例から、共通することは……) 
       
 二人とも、見目麗しい美少女であったこと。 
       
 少女はどちらも『愛の証』を有する『処女』であること。 
       
 自らの意に反してその『処女』を奪われてしまったこと。 
       
 そしてそのどちらも、「お嬢様」と呼ばれる、高貴な身分であったこと。 
       
(……そして) 
       
 結果的に、その『運命の相手』と添い遂げていることだ。 
       
       
       
 この二つの事例は、当時の名家にとって衝撃的な出来事であったが、同時に格式と貞淑をより強く重んじる名家ほどに感銘を受けていた。 
       
『令嬢とは、こうあるべし……』 
       
 名家同士の婚姻では、貞淑なる『処女』であることが絶対条件である。よほど両家に力の格差がある場合、特殊な例外などを除けば、それは暗黙の了解であった。 
       
 これに時代に伝播した『処女性』を重んじる風潮に影響を受けて、『名五師家』を中心とした名家同士間で、絶対遵守の盟約が生まれてしまう。 
       
 『不文律の誓約』がそれである。 
       
       
       
 こうして格式と貞淑を強く重んじる……そう、追い求めた結果に、各名家の間で共有された規約、密約にも似た秘事が生まれたのだった。 
       
       
       
 『処女』とは、たった一つしかない『愛の証』である。 
       
 『愛の証』を与えた人物こそ、自分の『運命の相手』 
       
(ここまでは世間一般的な風潮と同じだが……) 
       
(ここからが、名家だけの間で決めた秘事だ) 
       
 相手を迎えるまで、純潔は護らなければならない。 
       
(特に貞淑を強く求める名家同士なら、尚更だな) 
       
(それ故に……) 
       
 貞操だけは絶対に守らなければならない。 
       
 もし仮に、『愛の証』である『処女』を奪われれば、名家の令嬢として生を受けた以上……その相手が自分の『運命の相手』だと受け入れて、その『運命の相手』に添い遂げなければならないのだから。 
       
 格式の高い名家のほどに、その考えは徹底されていった。 
       
(当主だけでなく、令嬢たちもたまったもんじゃないな) 
       
       
       
 でば、現在の名家でも名高い『名五師家』の実例を挙げてみよう。 
       
       
       
 中部の「上杉財閥」を有する『名五師家』の筆頭にも挙げられる「上杉家」。『名五師家』の中でも頭一つ抜きん出た財力と発言力を持っている超一流名家である。 
       
       
       
 その三女『上杉朋香』の話をしてみよう。 
       
 彼女は誰もが認めるほどの勤勉家であり、努力家であり、そして四条学区高等部の生徒会長を務めるほどに、非常に優秀な美少女である。 
       
 当然に「上杉財閥」の総帥『上杉景利』は高齢になってできた朋香を、それこそ目に入れても痛くないほどに溺愛したし、歳の離れた長兄、長女らにも…可愛がられて育てられてきた。 
       
 そして彼女には、北条高等部卒業と同時に結婚する予定の婚約者がいる。 
       
 両親も認めている婚約者だ。 
       
 だから……彼女はその婚約者に『処女』を捧げたものだと思われることだろう。 
       
(……だが、真実はこうだ!) 
       
       
       
 彼女は相手が婚約者だから『処女』を捧げたのではない。 
       
 その男に『愛の証』を奪われてしまったから、その人物と婚約させられてしまったのである。 
       
       
       
 ……解かるだろうか。 
       
 つまり、順番があべこべなんだ。 
       
       
       
 かくして「上杉家」は、『不文律の誓約』の成立を率先して推進させてしまった結果…景利の代になって、手痛いしっぺ返しを受けてしまったわけである。 
       
       
       
       
       
 東北の『名五師家』「南部家」でも…… 
       
 現総裁の『南部晴和』の妹……当時、中学生だった『南部奈雪』が、よりにもよって不倶戴天の天敵「安東家」の当主にレイプされてしまっている。(行間話・南部 深雪の誕生を参照) 
       
 レイプ現場に駆け付けた晴和には、その場で奈雪を救出することも、「安東家」との因縁に決着を付けることもできたかもしれない。 
       
 が……これもまた、名家間で締結した『不文律の誓約』によって縛られた結果……「安東家」の奈雪への行為を一切に黙殺している。 
       
       
       
       
       
 それでは、最後に『南部深雪』の話をしよう。 
       
       
       
 彼女は「南部家」の現総裁である『南部晴和』の一人娘としてこの世に生を受けているが……晴和の妻『南部雪菜』は難産であった深雪の出産に伴い、静かに息を引き取ってしまっている。 
       
 それだけに深雪は、父親の晴和の愛情を一身に受け、そして当然に強い貞操観念が植え付けられている。 
       
 それも無理はないだろう。 
       
 深雪の身体には「南部家」だけでなく、母方の「戸沢家」の命運までもが委ねられているのだから。 
       
 最悪、深雪が志半端、レイプでもされるものなら、彼女はそのレイプした男の人生に添い遂げ、少なくとも二子を成さなければならない、重い十字架を生まれながらに背負わされているのである。 
       
       
       
 また『南部深雪』の身体は世界でも十名に満たない、とされる『超極上最上級名器』の持ち主である。 
       
 確かに彼女の身体は、生まれながらに最高級の名器の持ち主であったが、(後に語られるであろう)彼女の想像を絶する努力の賜物によって、『超極上最上級名器』にまで昇華させてしまったのだ。 
       
 現在の日本でも、この『超極上最上級名器』の保持者は、異性のあらゆる理想として遺伝子調整され、優秀に誕生してくるはずだった数多の姉妹の、その犠牲の上に作り出された『真田琴菜』だけが、唯一に存在するのみである。 
       
       
       
 あらゆる異性を絶対に満足させ、麻薬の数倍以上の快楽を約束し、強力な禁断症状も憶えさせてしまう。相手の理性を奪い去り、完全に虜にしてしまう……人類が持ちえる究極の身体である。 
       
(この世に魔術はない……が、この彼女たちの身体こそ魔法の体現なのかもしれない) 
       
       
       
 その深雪には、既に心に決めた人物が存在している。 
       
 それが彼女の『運命の相手』と、残念ながら、まだ決まったわけではない。 
       
(その可能性は……うん、まぁ高いんだろうけどね) 
       
 それでも彼女は健気なまでに、我が息子の『佐竹義久』を強く想ってくれている。 
       
(………) 
       
 深雪の義久への積年の想いを、僕の口から話すのは野暮というものだろう。 
       
 それはいずれ彼女の口から語られると思う。 
       
(いや……語るべきだろうな) 
       
       
       
 ここで現状の状態をおさらいして、第一部『深雪入学編』を終えたいと思う。 
       
       
       
 義久には義久で問題を抱えている。 
       
 過去のトラウマから他人の好意を信じることができない、現状では受け付けることを拒んでしまう。 
       
 深雪の好意には気付いていながら、だ。 
       
 既に『南部深雪』の存在が、義久の理想以上ということもあるのだろう。だから、絶対に自分は深雪と関係できない、と断念して、心地良い夢の世界に逃避行してしまう。 
       
       
       
 深雪には深雪で、彼女自身にも問題がある。 
       
 彼女がこの学園都市に来た時点で、既に心の中には義久の存在だけが刻まれていた。それは彼女が「様」付けで呼ぶ、敬称付きからでも窺えるだろう。 
       
 深雪はその容姿、存在から多くの異性に好意を抱かれる。 
       
 だが、義久からは何も言ってくれないのは、自分にはまだそれだけの価値がない、のだと思い込んでしまう。 
       
       
       
 まさに時間だけが過ぎていく悪循環だ。 
       
 だが、この問題はいずれも時間が解決してくれるだろう。 
       
 義久の深雪への恋心は本物であり、また深雪の心には義久以外の名前は刻まれていないのだ。 
       
 今は見えないロープを二人で引っ張り合って、お互いを引き寄せている感じだと言えば、解かって貰えるだろうか。 
       
       
       
 だが、そのロープを断ち切ろう、とする存在もまたいる。 
       
 深雪の『運命の相手』が、まだ義久と確定していない由縁でもあろう。 
       
 二人はロープを引っ張り合う。 
       
 いずれ二人の距離は詰まり、必然的にきっとお互いの身を引き寄せられることだろう。 
       
 そう……その時間があれば、だ。 
       
       
       
 二人には、それぞれに試練と困難が課されていく。 
       
 例えば、深雪には好意を抱く異性は非常に多い。あれほどの美少女である。だが、少しぐらいなら……と、ちょっとでも油断すれば、すぐに奈雪の二の舞ともなろう。 
       
 数多の人間が虎視眈々と、その好機を狙っているのだ。 
       
 普通の女生徒ならレイプで『処女』を奪われたとしても、精神的苦痛を除けば、その異性を『運命の相手』と認識していくだけですむ。 
       
 だが、名家の家に生まれた深雪はそれだけでは済まない。その『運命の相手』と、生涯を添い遂げなければならない、という宿命が義務付けられている。 
       
 もしその事実を……仮に他の異性に知られたのなら、深雪は間違いなく、誰かにレイプされていたことだろう。彼女の『処女』さえ奪えば、深雪そのものが手に入るのだから。 
       
       
       
 ただ唯一に救いがあるとすれば、『処女性』を重んじる時代とあって、それを奪うことが重罪となっていることだ。 
       
 そして名家の令嬢に義務付けられた戒め(縛め)の『不文律の誓約』を…義久を始めとして一般人が知らない、ということだろう。 
       
       
       
 それは深雪の数少ない、確かなアドバンテージだ。 
       
       
       
 だが、油断は決してできない。 
       
 ……『朝倉泰三』がいい例であろう。 
       
 この男の思考と経歴は、ふざけた性欲異常者のものだが、この男が現状における、深雪の『運命の相手』最有力候補であることに間違いはない。 
       
 即ち、神々が祝福した大本命である。 
       
 彼は神々の祝福を受けて、既に、幸運な偶然ともいうべきカードを手にしている。 
       
(深雪が浅井恭子の受け持ちになったのが、その、いい例だろう……) 
       
       
       
 もし泰三に『不文律の誓約』を知られてしまえば。 
       
 もし彼が深雪の周期を把握できるようになれば…… 
       
 もし仮に、『不文律の誓約』を知る『安東理奈』などが、その存在を告げるようなことにでもなれば…… 
       
(勿論……南条高等部の理奈と西条学区の泰三の二人には、現状における接点はないが……) 
       
 泰三は即座に行動に移すことだろう。 
       
 実際に彼には、既に深雪をレイプできる状況下にある。 
       
 もはや開幕から、既にリーチをかけてられている状態なんだと思ってくれていい。 
       
(彼が孕ませに拘ってくれたことが、唯一の、不幸中の幸いと言えるだろう) 
       
 泰三という男は、彼自身が語ったように遺伝子調整を受けた遺伝子調整成功体(の試作…プロトモデル)コーディネイターである。 
       
(幼少時に後付けされた能力だから、うん……泰三の場合は厳密に言えば……コーディネイターと呼ぶには、少し語弊があるんだけどね……) 
       
 ただ、コーディネイター理論技術……泰三を手始めとした遺伝子調整の開発者『里見貴一』がそう名付けたのは、間違いのない事実である。 
       
 泰三に与えられたのは……強靭な筋肉を保有可能な肉体と無限のような精力旺盛の恩恵である。この男がこれまでにレイプしてきた女性や女生徒で、この男の強靭な男性器を前に陥落しなかった人物は皆無と言っていい。 
       
(唯一に……昨年の、酒井美優だけが例外だろうか) 
       
 もし仮にだが、深雪が泰三にレイプされれば、深雪の意思はともかく、その極上の身体は泰三を満足させ、その強靭な男性器に順応させてしまうことだろう。 
       
 …まして深雪には『不文律の誓約』もある。 
       
 「南部家」と「戸沢家」の後継者問題から、深雪には若いうちから子を成すことが求められている。その意味では、確かに『朝倉泰三』という怪物こそ、深雪個人の感情を抜かせば『運命の相手』に相応しい存在だったのかもしれない。 
       
       
       
 実はもう一人……深雪の『運命の相手』の有力候補がこの学園都市に存在している。 
       
 …東条高等部の『武田信晴』だ。 
       
 まず名家の間で定められた『不文律の誓約』の存在を知る人物を近代学園都市内限定で挙げてみれば…… 
       
 『南部深雪』の他に…『宇喜多翔子』『上杉朋香』 
       
 『北条初音』『真田琴菜』『安東理奈』『毛利亜衣子』 
       
 そして『本多祐樹』『本多正勝』『松平洋平』… 
       
 …『武田信晴』。 
       
 …だけ、である。 
       
       
       
 異性だけではこの四名だけに絞られて、深雪に好意以上の感情を抱いたのは、実に信晴だけに限定されてしまう。 
       
 もし仮に信晴が深雪を手に入れよう、としたら…… 
       
 仮に信晴が告白でもして…深雪に断れるとしたら。 
       
 信晴は『名五師家』の第二位「武田家」が、優れた後継者を、と望み、法外な研究資金と引き換えに得た、遺伝子調整成功体…即ち、コーディネイターの一人でもある。 
       
       
       
 これまでに登場した人物でコーディネイターなのは…… 
       
 『真田琴菜』…彼女だけはスーパーコーディネイターだ。 
       
 『北条初音』、『武田信晴』、『朝倉泰三』(泰三のみ、プロトモデルタイプ)の、琴菜を含めて四名である。 
       
       
       
 『不文律の誓約』を知る信晴が、実力行使に出ないという可能性がない、とは残念ながら言い切れない。 
       
(祐樹に忠告を受けた義久、また同じく誓約の存在を知る翔子らもサポートはしてくれるだろうが……) 
       
       
       
 だから深雪も、そして義久にも悠長にしている暇はない。そしてまた、一つでも選択肢を誤ることはできない。 
       
       
       
       
       
       
       
 友達、性欲、排卵、輪姦、好敵手、処女、謀略…… 
       
 幼馴染、嫉妬、セックス、ライバル、着床…… 
       
 レイプ、仲間、誘惑、ルームメイト、デート…… 
       
 キス、恩恵、精子、初恋、名器、婚約、同棲…… 
       
 教師、乳首、退学、危険日、恋敵、膣内射精…… 
       
 卵子、強欲、乙女、膣内出し、愛の証、夢、純潔…… 
       
 クラスメイト、妊娠、告白、結婚、受精、陰謀…… 
       
 運命、自慰、特待生、配慮、淫夢、担任、親友…… 
       
 妬み、誓約、出産、遺伝子、修羅場、欲情…… 
       
       
       
(カラカラ、と、運命のルーレットが動き出す……) 
       
       
       
 深雪は神に祈りを捧げた。 
       
 『南部深雪』は義久を……心に決めた人物を求めて、この近代学園都市へとやってきた。だから、神々は偶然に偶然を重ねて、義久と出逢えるようにした。 
       
 そう、神々の配慮である。 
       
 だから、その恩恵を受けて、深雪は感謝しただろう。 
       
 そして更に願ったことに違いない。 
       
 この心に決めた人が『運命の相手』であることに。 
       
       
       
 彼女は強く真剣に、毎日、神々に祈り続けた。 
       
(………) 
       
       
       
 『南部深雪』は『運命の相手』を求めてやってきた。 
       
 それが心に決めた人物であると願って。 
       
 その神々が彼女の信仰に応えたのかも知れない。 
       
 確かに神々は、そんな深雪のためだけに、『運命の相手』をこの近代学園都市に用意していた。 
       
       
       
 だが、それが・・・ 
       
 彼女の『運命の相手』が義久だと決まったわけではない。 
       
       
       
 ・・・そう。 
       
 ・・・まだ決まったわけではなかった。 
       
       
      
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