第初話【 和馬覚醒 】
それはただ見渡す限りの、真っ白な奇妙な空間だった。
上下左右も東西南北もない、空白の世界のようだった。
こ、ここは・・・・?
広大な空白のように空間に、ただ一人・・・・神崎和馬、俺の姿だけ。
自分が浮いているのか、それとも立っているのか?
全ての感覚が曖昧だった。
俺は恐怖する。
このまま落下して転落死する・・・・もしくは、このまま真っ白な世界に取り込まれて、消滅してしまうのではないか、と。
これは、一体!?
ここは何処だ!?
ここには何もなかった。あるのは、俺の姿と俺の恐怖だけ。
「よぉう!」
突然、声をかけられた。
誰から!?
俺は周囲を見渡す。だが、先ほどまでの変哲の世界が見渡せるだけ。
「おいおい、どこを見ていやがる!?」
・・・・!?
まさか、と思った。
ニヤリ、と唇が吊りあがる。
声をかけているのは、自分の姿をしたそのものだったのだ。俺の姿をした自分が、自分に話しかけてきている。
ありえるのか、こんなこと?
「オレだよ。オレ・・・・」
オレオレ詐欺ではない、それだけは確かなようだ。
「ああ、それは間違いねぇなぁ!」
こいつ・・・・俺の心を・・・・
「ああ、読めるさ・・・・」
目の前の俺が不意に笑ったような気がした。
オレも神崎和馬だ。
俺にもその心の内の言葉が伝わった。
「もう一人の俺だと?」
「まぁ、正確に言えば・・・・お前の影、お前の本心って言ったところか!」
・・・・俺の本心だと?
ふざけるな!
手を振って拒絶する。
「おいおい、自分で自分を否定しないでくれ!」
それが俺に何の用だ!?
「お前は甘すぎんだよ」
「なんだと?」
「今の状態で、本当に一樹に勝てるって思ってんの?」
だとしたら、相当おめでたい奴だな。
なっ!
「お、お前に何が解かる?」
「ああ、解かるさ・・・・お前は一樹に一生勝てない、ってことがな!」
くっ。
「お前は甘いのさ・・・・」
だから、弥生の処女も一樹如きに喰われる。
「!!」
俺は思わず絶句する。
草薙弥生は俺の元許婚であり、現在では兄貴の婚約者である。その経緯の裏事情を知らない者から見れば、弟から兄に乗り換えたようにしか思えないことだろう。
かくいう俺も、その変節を疑う一人であった。
俺の脳裏に浮かび上がった。弥生が一樹にレイプされている、あの光景が。忠実な護衛の直人が入念に諫言してくれたが、俺は覚悟を決めてその映像を見た、その光景が。
そして俺は何も知らぬまま、彼女を背信行為と決め付け、復讐を遂げてしまっていた。父親から受け継いだMCNを用いて、弥生の意識を奪い、犯して孕ませたのだ。
俺がその真相を知ったのは、つい最近のことだった。
ちっ。俺は頭を振って脳裏に浮かんだ映像を振り払う。
もう一人の俺がこれから言おうとしていることは解かっている。
「いいじゃねぇか。犯ってしまえば・・・・雛凪だろうが、どんな美少女だろうが、いずれは処女を喪失していくんだ。直人も言っていたろう? 犯られる前に犯れって、よぉ・・・・」
違う。殺られる前に殺れ、だ。
「だから、お前は甘すぎだ、って言ってんだよ。タァコ!!」
このまま黙って見過ごせば、オレたちは負け犬確定だぞ。
「それでいいのか? お前は!?」
「無関係な彼女たちを犯すなんて・・・・」
たくっ。お前を見ているとイライラしてくるぜ!
ああ、俺も本心とやらに触れていると、イライラしてくる。
まず、犯す、って考えているから、お前は苦しむんだ。SEX、抱いてやるって考えれば、もっと楽になるだろうが?
「・・・・・」
「幸い、オレたちには、そうすることができる力があるじゃないか!」
「マインド コントロール ノート(MCN)か・・・・」
もう一人の和馬が肯定する。
確かにMCNを用いれば、互いの合意の上で彼女たちの処女、SEX、妊娠出産させることも不可能ではないだろう。
「だけど・・・・」
それは詭弁だ!
実際にそれは(MCNがなければ)レイプ以外、なにものでもない。
「はぁん! いい子でいようとするから、お前は苦しむだよ」
さっと鬼になって、楽になれよ!
くっ。
「あのときの高揚感、お前も忘れたわけじゃあるまい?」
「・・・・」
それが何も知らず、弥生さんを犯したときのことを言っているのだと、自分の言葉なだけに理解する。
確かにあのとき、俺は・・・・この上なく興奮していた。この上なく充実した時間を満喫していたのではなかったか。
もう一人の和馬が、とどめの言葉を語る。
「俺は別にな、彼女たちの処女を無残に奪え、って言っているわけじゃない。MCNにも使いようはあるだろうが!?」
「・・・・」
否定はできなかった。
他者の思考、抑制、行動を操作できるMCNには、確かにその登録記載した人物のマイナスだけとは限らない。発想の転換によっては、その人物のプラスにもなりえるのである。
「俺たちは一樹に勝たなければならない。お前が望んだ未来だろう?」
・・・・。
その通りなのだ。確かに労さずして、神崎家の当主の座を勝ち得る方法はあるのだ。既にMCNに登録してある一樹のページに、たった一行を記入する。それだけで俺は神崎家の当主となり、名実共に弥生を奪い返すことが可能なのである。
「だが、お前はその手段を初めから捨てていた。自分の感情を優先させるほうを選んだだろう?」
「そうだ。俺は、自分の実力で一樹に復讐する」
もはや理由は俺にだけに留まらずでなく、親父、弥生さん、和美のためにも、一樹には相応の報いをくれてやる。少なくとも、そうでなければ俺の腹が納まらない。
「彼女たちには、そのための協力をして貰うかたちで、彼女たちを幸せにしてやればいいだけじゃねぇか!」
何を躊躇う必要がある!?
直人も言っただろう?
これから先、弥生一人だけしか女性経験がないのは正直、この先が難しいとも。それともこのまま、ぶっつけで令嬢を抱いて、果たしてその女を満足させてやれるのかぁ?
躊躇っている時間なんて、オレたちには無いんだぜ!
「・・・・」
それも、もう一人の本心が言う通りなのだった。俺たちには時間が限られている。人生経験に長けている直人の見立ててでも、現当主であり、俺たちの父親でもある、神崎源蔵の命数は、持って一年間・・・・来年の春までだと言うのだ。
そしてその見立てが短くなることはあっても、延びることは決してない。
「一年・・・・」
それも、持って、の話だぜぇ!
クククッ・・・・。
恐れずに腹を括れよ、神崎和馬。もう一人のオレよ・・・・。
まず誰かを抱け。そうすれば、余計な罪悪感も薄れて消える。重たい十字架なら、オレも背負ってやるさ。
迷ったら・・・・負ける。
負けたら、オレたちは全てを失う。
それだけは忘れるなよ・・・・。
この夢から目覚めても・・・・それだけは、な。
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