第六話【 越権行為 】




 《和馬》

 ピチャピチャ、と、水滴の滴るような音が耳につく。
 ダブルの広さはゆうにあるだろう、ウォータベッドに寝そべっていた俺の股間に跨り、懸命に身体を上下に揺らしていく。
 二本結びのおさげが上下に、俺の上で激しくも舞を披露している。もっとも、その慎ましすぎるその絶壁は、微動もしない。
 ・・・・胸の絶壁、とは、良くも言ったものだろう。
「神崎くん、だいぶ・・・・やつれたね」
 俺は辛うじて、唇を動かす。声を出すことさえも、正直、しんどい。
 当然だろう・・・・
 金曜日の夜から、日曜日の朝まで、食事と数時間の休息、お互いに入浴する時間を除けば、残りのほとんどの時間を、SEXだけに費やしているのである。
 完全にSEXに対する、お互いの余裕が逆転していた。
 破瓜されたばかりの雛凪には、その日のSEXは激痛だけでしかなかっただろう。だが、次第に・・・・そう、次第に女の子の身体は、SEXに順応し、それに連れてSEXによる快楽を覚えていく。
 一方の俺は・・・・(認めたくはないが)早漏という欠陥もあって、もはや数え切れないほどの精力を放出している。
 精根尽きるとは、まさにこのことをいうのではないだろうか?
 《ドピュ・・・・》
 余りにも弱々しい咆哮。
 完全に種切れ、だった。
 誰もが羨ましく思える時間であろうとも、こんな干物にも等しい状態の俺では、もはやそれは地獄にも等しい、扱きでしかない。
「・・・・」
「・・・・」
 俺の上に跨る少女の視線が痛い。
「少し休憩・・・・って言いたいけど、今日は神崎くんももう無理そうだし・・・・」
「・・・・」
 途端に俺は悲しげな視線を送る。
 別に雛凪に不満がられたから、というわけではない。彼女にとって、俺とのSEXは、あくまでも妹への過去の清算。贖罪という名の、罪過でしかない。現に彼女は、俺に抱かれる前に・・・・俺が無理なら、別の男に抱かれるまで、と宣言までしている。
「大丈夫よ、もう・・・・」
 すっきりとした笑顔を見せる。俺が桜花に来たばかりの頃に、彼女が見せた、一遍の曇りもないあの笑顔だった。
「もうコタ以外の人に抱かれたい、なんて思わないから・・・・」
「そうか・・・・」
 俺の視線は、正確に理解されていた。
「明日は、学校だし・・・・とうあの家に泊まった、ってことにしてあるから、余り遅くは帰れないのよ」
「そうだな・・・・」
 行為の連続のあと、気だるげに身繕いする雛凪に、俺はそれ以上に何も求めなかったし、彼女もまた甘い言葉を欲しがったりはしなかった。
 たった二日間。お互いの身体を求め合った男女の関係。
 無論、そこには愛情はなく、お互いの打算と目的をもって。雛凪は過去に犯した、妹への贖罪として・・・・俺は来週に控えた、琴子との予行を兼ねて、あらゆる体位のSEXを、雛凪の身体で試させてもらった。
 ・・・・早漏解消効果も、あったら嬉しい。

 玄関まで見送って、彼女が靴を履いて振り返る。
「その・・・・今更だけど、ありがとう」
「んっ?」
「こんなことに、神崎くんを付き合わせてしまったから・・・・」
「気にすんなよ、そんなこと。お互い、目的と打算が一致した結果なんだから・・・・」
 特に俺なんかは、雛凪のような美少女の処女を貰う、いい思いをさせて貰っていたわけだし・・・・だが、それでも確かに、そこは謝罪の言葉なんかより、感謝された言葉であったことが嬉しかった。
「それじゃ・・・・」
「んっ、また明日な」
 その玄関の扉が閉まれば、この二日間の男女の関係は終わりを告げる。それは二人の共通する、感慨にも似た思いではあろう。
 雛凪はまぎれもなく俺の腕の中で、少女から女となった。いつの日か、この日を後悔するときがあるかもしれない。これが後々、コタとの関係にどう影響していくのか、どうかさえも解からない。
 思い悩んでいたら、それこそきりがないだろう。
「・・・・」
 別れ際に彼女が小さく呟く。このとき彼女が何を言ったのか、それが何だったのか、俺にはとうとう解からずじまいだった。

 そして静かに、扉は閉ざされた。


「えっ!?」
 俺が雛凪の嘘に気がついたのは、彼女が帰宅したその日の、晩のことである。制御室で記録させておいた、光学立体映像。そして例の生態スキャナーによって、彼女の身体の状態を確認できたときのことであった。
「じゅ、受胎率・・・・九十七%、って・・・・!?」
 それって、もろに危険日じゃ!?
 何度見直しても、初めてのSEXに及ぼうとする、雛凪の生態データの数値は変わらない。これは過去の映像からの数字なだけに、変わるはずもない。
 だが、それでも俺は暫く、画像の数字から目を離せなかった。
 画像の中で、俺が雛凪に求められて・・・・受胎率九十七%の膣内に果てていってしまっていた。それからも俺は、雛凪の膣内に・・・・常に求められていた、ということもあって、数え切れないほどの膣内射精をしている。
 雛凪の妊娠は、もはや逃れようのない現実のものとなろう。
「何故、そんな・・・・」
 まだ記憶に新しい雛凪の言葉が、俺の脳裏に蘇っていく。
 恐らく、雛凪は知っていたのだ。
 自身の排卵日を予めから計算して、敢えて俺に、膣内出しされることを望んだのであろう。
「妊娠することさえも、妹への贖罪の一環なのかよぉ!」
 俺は呆れたように憤ったが、俺が思っていたそれ以上に、雛凪の過去は重いものなのかもしれない。ただ少なくても、俺には雛凪の意思(妊娠)を非難する権利などはない。

 俺もつい先月のこと。
 一人の女性を(当時は)無断で孕ませていた、俺であっただけに・・・・


 いつもよりも少しだけ、早く家を出る。なんとなくではあったが、雛凪が自分の家の前で待っている、そんな気がしたのである。
「神崎くん、おはよ」
 案の定、彼女はあくまでも偶然を装い、俺の正門の開門に合わせて、門を出てくるところだった。
「んっ、おはよう・・・・」
 いつもよりも時間が少し早いだけで、そこに居るのは普段どおりの、いつもの雛凪であった。
 ・・・・見た目だけは、だが。
 黙々と歩みながら、雛凪の・・・・およそ二日間、俺の自由にできた身体を盗み見する。およそ数日前に処女を失った、とは思えない歩調、すらりとした長細い脚。全く代わり映えのない、絶壁とまで酷評された胸。
 だが、その引き締まったウエストの、雛凪の身体の膣内には、恐らく俺の・・・・
「それで・・・・いつ頃、おろす(堕胎する)つもりなの?」
「えっ・・・・?」
 聞くつもりなどなかった。
 およそ普段どおりに接してきた雛凪に対して、俺もあの二日間の関係を忘れて、同様に接してやるのが、礼儀というものなのであろう。そう頭の中では理解していたものの、俺にはやはり問わずにはいられなかった。
 俺がまだ大人になりきれていない、その証ではあろう。
「妊娠する、そのつもりだったんだろう?」
 それを聞いて、俺はどうしようというのだろうか。俺自身でさえ解からない。確かに経済的には援助してやれなくもない。学校のほうにも旨く、都合をつけることもできるだろう。
 だが、俺が雛凪にしてやれるのは、たったそれだけでしかない。
「そっか。神崎くんにはとうとう、誤魔化せなかったか・・・・」
 雛凪は諦めたように、俺の言葉を・・・・恐らく妊娠するだろう、その事実を認めた。
「やはりな・・・・」
 あのSEXによる二日間の記録を、光学映像で保管してあり、生態スキャナーで確認するまで気付けなかったのだが、それを雛凪に教えるわけにはいかない。
 再び、二人の間で沈黙の時間を共有する。
 コタの登校してくる時間が、まさに時計並みに正確、ということが、この際は非常に助かっていた。
「まだ、そんな先のことは、そんなに考えていないの・・・・」
「・・・・」
「でも、もし妊娠していている、としたら、そのときはたぶん・・・・」
「ま、まさか・・・・」
 雛凪は頷いた。
「私の都合だけで、妊娠しよう、としたんだもん・・・・生まれてくるこの子には、何の責任もないのよ。だから・・・・」
「でも、だからって・・・・」
 唖然とせずにはいられなかった。
「もう決めたことのよ。もし妊娠していたら、そのときは生むって」
 揺らぐことがない、決意の固さを感じさせる。
 雛凪の言う言葉の理屈ぐらいは、俺にも理解できる。確かに生まれてくる子供には、何ら負うべき罪はないだろう。だが、雛凪はまだ学生の身分であり、環境だって決して恵まれているわけではない。
 出産することを前提に考えれば・・・・
「まぁ、経済的な問題は俺が何とかするとして、学校のほうには、病気で入院と取り繕って、生まれてきた子供はしばらく施設に入れるなり、したほうがいいかもな」
「神崎くん、それは気が早いって・・・・」
「・・・・」
「確かにあの日は危険日だったけど、まだ絶対に妊娠するって、決まったわけじゃないんだよ」
 受胎しなかったそのときは、またコタに内緒で抱いてくれる?
 と茶化してきた。
 だが、雛凪は知らないのだ。あのときの自分の受胎率が、九十七%だったという、驚異的な数字を・・・・
 そして、それを俺の口から言うわけにもいかない。
「・・・・そうだな」
 敢えて俺は苦笑した。
 確かに現状では、妊娠が発覚する、それまでは静観しておいたほうが得策かもしれない。またそのときになって彼女が堕胎を希望する、その可能性だって皆無ではないだろう。

 そうこうしているうちに、普段と変わらない時刻になっていた。
 こっちから登校する生徒たちの姿は、もはや見慣れ始めてきていた。そしてもう間もなく、コタ・・・・谷浦虎太郎が来る時刻と迫った。
「コタには告白する?」
「うん。今から・・・・」
 それは雛凪が過去の贖罪に一区切り付け、ようやく姿勢を前に向けられた言葉であった。
「もしも振られたら、神崎くん・・・・時々でもいいから、責任とって、ちゃんと慰めてよね」
「大丈夫だって・・・・」
 今のその雛凪の笑顔を曇らせることは、どの男にも難しいことだろう。少なくても、俺の知る谷浦虎太郎には不可能、とさえ断言することができていた。
「俺は先に登校しておこうか?」
 その俺の発言には、必ずしも雛凪のことだけを思ったものではなかった。
 結城琴子への攻略は、小池鈴子(と、MCN)によって着々と進めていたが、それでも気にはならない、といえば嘘になる。
「ううん、神崎くんはそこで見届けていて。私の・・・・初めての人、として・・・・お願い」
「んっ、ok・・・・骨は拾ってやるよ」
 俺は頭を掻いて、先の雑念を断ち切った。
「もう、大丈夫・・・・って言っておいて、それぇ!?」
 俺が笑い出して、顰め(しかめ)面の雛凪がそれに続く。他の通学者が驚いて振り返ったりもしたが、少しも気にはならなかった。
 そして、定刻どおり・・・・
「じゃ、言ってくるね」
「ああ、頑張れ!」
 俺の予見したとおり、コタは雛凪の告白を受け入れ・・・・(俺の知る限りでは、あまり変化した関係には見えなかったが)二人は交際の付き合いを開始することになる。
 変化したのは雛凪なのか、関係なのか、それとも肩書きなのか。
 幼馴染から、恋人へ。そして、それから・・・・
 俺はそれらを見届けることにした。
 経済的な支援なら、何とでも(神崎家の当主にでもなれば、尚更)してやれるだろう。二人の交際には、俺にも責任があり、何よりも雛凪個人には、妊娠させてしまった、という負い目も少なからずある。
 だが、最後の決断は雛凪と、そしてコタに委ねられる。

 このとき、俺はまだ・・・・雛凪との子供を、俺の血を引いているとはいえ、あくまでも第三者として受け止めていた。
 そう遠くない将来・・・・まさか、その子供が神崎の姓を得て、自分の子供になるとは、予想さえもしていなかったのである。

 ・・・・そう、このときは。



 《鈴子》

 週末の連休における旅行の観光地として、またはカップルのデートスポットとしても知れ渡った、桜花市にある広大な運動自然公園。それに並木道を挟んで接するように建つ、桜花中央学園の女子寮が聳え(そびえ)建っている。
 公園に取材に訪れた、とある評論家が、「同じような建物ばかりで、簡潔かつ個性がない・・・・寂しい光景だ」と、酷評したものだが、綺麗な近代風な建物であることは、否定できない事実であろう。
 桜花中央学園の総生徒数は、約三万人弱。そのうちの約七十%が、寮生とされており、この建物群の中に専攻する科に関係なく、女生徒たちが引き締めあっていた。(ちなみに男子寮の建物は、桜花中央学園の校舎の向こう側、対角線上にある)
 これ以外の生徒には、地元(桜花市)にある自宅通学、もしくは量販店などの二階、住み込みという生徒も、決して多くはないが、確かに存在したりする。

 そして・・・・
 あたし小池鈴子の朝は、基本的に決まって、あたしの部屋で・・・・結城琴子のこと、親友である琴との、凄まじい争奪戦によって始まりを告げのだ。
 無論、争奪戦といっても・・・・ただの毛布の取り合いであったりするのだが・・・・
「鈴ちゃん、もう朝なの!」
「も、もう少しだけ・・・・麻(?)は嫌いなの」
「そろそろ起きないと、遅刻しちゃうよ・・・・」
「たまには、遅刻するのもいいものよ。きっと・・・・」
 よくない、よくない。と嘆きつつも、琴は掴んでいる毛布とは反対の手で、カレンダーのほうを正確に指差す。
 性格は不器用なのに、身体だけは器用な子だわ。
「たまには、って、まだ四月だよ、鈴ちゃん!?」
「うん。まだ・・・・春よね。ということで、おやすみ、琴・・・・」
 ああ、あたしも早く冬眠したいわ。
 ・・・・春だけど。
「もぉう!」
 琴の呆れたような、深い溜息が耳に付く。
 うん、決めた。あたしは決めた! もう決めた! 今日は遅刻する!
 遅刻するって、決めたから・・・・遅刻するの!
「あ、研ちゃんだ!」
「研一郎がここに居るわけないじゃない」
 毛布の中から手をヒラヒラさせる。
 もう琴の策略には引っかからないわよ。その自信と確信があたしにはある。そもそも研一郎とは、昨日も散々、この部屋で抱き合っていたのだから。安全日だったから、研一郎に膣内出しを許してあげたら、もう感動しちゃって・・・・
 男の子って、本当に単純よね。

 ・・・・単純・・・・本当に単純だった。
 ・・・・うん、あたしも。

「あっ、鈴ちゃんのクラスの神崎くんが、鈴ちゃんを呼んでるみたい!」
「えっ、ホント!?」
 ガバッ、と跳ね起き、寝起きとは思えない機敏な早さで、琴の小さな身体を押しのけ、自分でも感心するぐらいの勢いで窓に張り付く。
「神崎くん!? どこ! 何処からよ・・・・琴、ねぇ!」
「・・・・」
 琴の冷たい視線を受けて、ようやくあたしはハッ、とする。
 今日も、だ、騙されたのだぁ・・・・

 涼しい視線に無表情。冷めた動作のまま、制服のスカートのポケットから携帯を取り出し、ゆっくりと開く。
「ね、ねぇ・・・・琴。携帯なんか取り出して、何しているのかな?」
「ん、研ちゃんに報告のメール・・・・」
「まっ、待って・・・・ねぇ、冗談よね?」
 あたしの今後の命運は、今や完全にその手に握られてしまっている。
「お、お願い琴、言わないでぇ・・・・事故、事故だったのよぉ」
「ふぅん。事故・・・・」
 先ほどまでの決意もどこへやら。あたしはひたすら哀願する。
 それはいつもと変わらない、日常であったりもする。
「研ちゃん、悲しむだろうなぁ・・・・」
「起きるから、ねぇ、すぐに起きてくるから!」
「鈴ちゃん、その言動・・・・すごく変かも」
 うん。思いっきり変だった、と後々になってあたしも理解する。それだけ動揺もしていたのだろう。もしも研一郎に・・・・十何度目の失恋を経て、初めて実を結んだ恋だっただけに、研一郎に捨てられたら、あたしは一生立ち直れないかもしれない。

 あたしが制服に着替えている間、琴は室内を見渡したあと、壁に寄りかかるようにして佇む。
「でも、そもそも研一郎だって、悪いのよ・・・・昨日、夜遅くまで散々付き合わされたんだから・・・・」
「あ、研ちゃん。昨日、桜花に来ていたんだ」
 正確には、金曜日から・・・・なのだが。
 一般の高校生ならば、宿泊費や交通費、食事代など、決して安いものではない。ましてあたしらの地元は、比較的に遠いところであるのだから、尚更ではあろう。
「こっちにきて、もう一ヶ月だから・・・・あたしも研ちゃんに会いたかったかも・・・・」
「あ、研一郎もそう言ってたわ」
 制服に着替え終わって、鞄を手に取る。音楽科の琴の制服とは、細部が少し異なるだけで、基本的なところは全くの同じ構成である。その音楽科の琴の耳元に囁く。
「でも、ホラ・・・・昨日、SEXしてたから・・・・」
 途端にカァ〜、となる琴。
 あら?
 初めて・・・・そう、琴が初めて見せたその仕草に、あたしは意外に思わずにはいられなかった。それもそのはず。これまでの琴には性的知識がほとんどなかった、はずなのだから。
「琴、あんた・・・・SEXって、解かるようになったの?」
「・・・・え、えっと、男の子と、ベッドで一緒に眠る・・・・?」
 完全な正解にはほど遠いものの、それでも少し前まで「セックスって、なぁに?」と、言っていた琴にしてみれば、大いなる進歩であったことは、認めざるをえないだろう。
「昨日ね、TVを見てたら・・・・」
 情報源はどうやら昨日の、これからいよいよ佳境を迎えつつある連ドラ「新東京愛物語」から、赤名リカ役のケート(青山恵都)による、ベッドシーンかららしい。確かに規制の厳しすぎるTVからでは、琴の抱いたSEXに対する印象も仕方のないことかもしれない。
「別にベッドで寝なくたって、SEXぐらい何処でもできるわよ」
「どぉ、何処でもできちゃうものなの!?」
 驚きに瞳が見開かれ、唖然とする琴。
「も、勿論、普通は、人前とかじゃ無理だからねぇ!」
 一瞬、この子は一体、何を想像していたのだろうか・・・・
 さすがのあたしにでも、それを聞く気にはなれなかった。

「ねぇ、鈴ちゃん・・・・」
 琴は登校がてら、遠慮がちに小さな声で尋ねてくる。
「セックスする、って・・・・気持ちいいの、かな?」
「ん、そぉね・・・・」
 およそ通学中にできるような話題ではなかったが、周囲の通学生たちとはかなり離れており、これぐらいの小声ならば、まず聞こえることはないだろう。
 それに奥手であった琴が、この手の質問をする・・・・最低限の性知識を蓄えることは、いい機会なのかもしれない。もっとも、あたしのようにそれを実践してしまうのは、モラル上で問題あり、なのかもしれないが。
「う〜ん、そりゃぁ、次第には気持ち良くなっていくわよ」
「・・・・」
「ほら音楽だって、普段から練習していくことで、上達していくでしょう?」
「うん」
 あたしの喩えを音楽科の琴なだけに、真剣な眼差しで頷いた。
「SEXも、それと一緒よ・・・・SEXをすればSEXをするほど、女の子の身体は良くなって、男の子のほうも、気持ち良く感じられるようになる・・・・みたい」
 みたい、と断言できないのは、あたしも女である。男の気持ちを正確に代弁できようはずがないのだ。
「昨日(本当は三日間)、研一郎とのSEXで、生で膣内出しできたこともあるんでしょうけど、もうその喜びようたら・・・・最近の鈴子の身体、凄く気持ち良くなってきた、って言ってくれたわよ」
「なま、で・・・・中出し?」
「うん、ゴムつけるとやっぱり・・・・ねぇ」
 SEXとは男と女の身体の接触であって、当然、直接の接触のほうが互いに、よりオルガスム(オーガスムまでの過程)を感じ易くなるのは、自然の摂理であろう。
「やっぱりSEXをするなら断然、生で膣内出し、されるのが一番、感じるのよね・・・・」
「・・・・」
 既に琴の頭の中はショート寸前、今にも煙がでてきそうな・・・・
 琴にはまだ刺激が強すぎた、ではなく、難しすぎたかな?
「八月には、海くんが帰ってくるんだっけ?」
「うん。手紙にはそう書いてあった」
 まだ三ヶ月もある、というのに、まさに幸せの笑顔だった。
 うわっ、いかにもそのときが待ち遠しい、って気分が顔に出ているわ。まぁ、頻繁に会えるあたしや研一郎とは違って、彼氏が海外留学しているその彼女、なだけに、それはそれで仕方のないことなのだろうけど。
「それじゃ、琴も夏までに、色々と頑張らないとね・・・・」
「うん」
 あたしの言う色々の意味を理解せず、琴は頷く。

 校門を抜けて、いつもの場所で琴と別れる。同じ桜花中央学園の生徒といっても、普通科の校舎と音楽科の校舎は、それぞれ異なる敷地に分け隔たれているためである。
 その音楽科の校舎へ向かう、小さな背中。
 あたしはそれを見送って、小さく呟く。
「琴なんて・・・・レイプされたほうがいいのよ、きっと・・・・」
 と。

 強風にかき消されたそれは、誰の耳に届くこともない。
 そういえば、連休末は嵐という予報だったな、と何気なく思っていた。



 《和馬》

 都々御遥人、小泉とうあの両名を加えて、閉門寸前の校門を潜り抜けていく。毎度のいつもの五人組。恒例的な光景のそれだけに、生活指導員の教師も呆れ顔である。
 この五人のうちの一人でも、成績が芳しくなければ、説教の一つや二つは喰らっていたことだろう、疑う余地はない。入試試験と四月の月間テストの結果、俺とコタは学年上位。雛凪や小泉でさえ、得意分野では俺たちを凌駕する。また都々御に至っては、進学クラスでは下位のほうでも、それも成績が著しく不安定なだけで、実際に今後、面白いように順位を上下に変動させていく。
 恐らく教師たちの中でも、一番、手扱いにくい連中であることには間違いないだろう。
 靴を脱ぎ捨て、下駄箱から下履きを投げ落とし、返す手で靴を拾い上げては下駄箱に入れる。もはや手馴れた動作の一貫だった。そしてそのころには、朝のホームルームが始まる寸前、だということだ。

 教室に入って、最初に廊下側に席のある、小池鈴子が視界に入った。
 彼女には、MCNに登録したばかりの結城琴子、彼女への下準備をさせてあった。処女喪失と妊娠の恐れ。この二つをSEXから完全に切り離して、琴子にSEXの良さだけを説明させる。
 結城琴子には、無条件でSEXに興味を抱くように仕向け、暫くの間はSEXをより強く意識付けさせている。五月二日(琴子の初排卵日)までは、オナニーはおろか、当然に実地行為も禁止させてある。
 琴子がSEXしたさに、それが霧島海と、というのならともかく、これで何処の馬の骨かも解からないような奴に、処女を捧げてしまっては、俺はとんだ愚か者だろう。
 また鈴子からのSEXに関する言葉には、貴重な体験者の助言として聞き入れるようにもしてある。これによって琴子は、何も知らずに自らの意思で、俺に処女を捧げ、膣内出しを求めてくることだろう。
 あとは五月二日、彼女からの呼び出しを待つだけでいい。

 なっ!
 自分の席に鞄を置き、着席して初めて、俺は愕然とした。

 今朝から雛凪つむじとの一件があり、また小池鈴子を使って、結城琴子への下準備などが重なって、俺は完全に宮森香帆の存在を失念していたのである。
「・・・・」
 うっ。
 右隣の視線から、背中に冷たいものが流れていくのを自覚する。
「か、神崎くん・・・・おはよ」
「あ、ああ・・・・おは、よう・・・・だな」
 まだ直人が現れるまでには、多少の時間がある。
 俺は即座に頭の中で言うべき文章を組み立て、並べ立てしようともするが、とても意味のあるものにはならなかった。認めたくはないが、激しく動揺していたのだ。
 それでも、何か話しかけるべきだろう、と思って、口を開きかけたそのとき、
「あ、あのね・・・・」
 うぐぅ。
 先ほどの挨拶と同様に、今度も香帆に先手を打たれてしまった。
 左手が自然と机の上の鞄に伸びる。幸いとしか思えなかった。今以上にMCNを学校に持参しておいて良かった、と思ったことはない。
「つ、次の日・・・・」
 俺は即座に香帆を破瓜した、その翌日のことだと思った。
 その日、香帆は学校を欠席している。恐らくは、俺にレイプまがいに犯されて、とても出席できるような心理状態ではなかったのだろう。
 俺は硬直しつつ、相手の出方を待つしかなかった。
 一応、最悪の事態に備えて、左手は鞄の中・・・・いつでも、MCNを取り出せるようにはしておく。
 香帆は困ったような表情で窺ってくる。
「どうやって・・・・決めれば、いい?」
「は?」
 予測のつかない彼女の問いに、俺は唖然とせずにはいられなかった。
「んっ、つ、次の日、決める方法・・・・?」
「・・・・」
 俺は恐らく、相当まぬけな想像をしていたのではないだろうか?
 途端に赤面する香帆。
「ご、合格したのだよね・・・・? あ、あの面接・・・・」
 そういえば香帆を犯しているとき、俺は「合格だ、合格にしてやるぞ」と叫んでいたような、そんな気がする。
 あのときはただ、三大美少女の一人である香帆を破瓜させてやった喜びだけで、その当時の記憶は曖昧だったが、翌日に見直した光学立体映像では、それを確認できていた。
「・・・・」
 まるで何かに落胆したかのように、身体から力が抜けていった。
「神崎くん。ど、どうしたの?」
「その、金曜日・・・・君が休んだから、その、少し心配、してた・・・・」
 香帆の話では、金曜日は本当に体調が悪かったらしい。
 その原因が心労からくるものではない、とは断定できず、当然に俺が負うべき責任も多分にあったことだろう。
「昨日も、真田先生に相談していて・・・・」
「・・・・」
 直人が・・・・?
 当初、香帆も今後について、悩んでいたのは間違いなかった。
 ほとんど同意していただろう、と言ってしまえばそれまでだが、それでも香帆には、簡単に割り切れないものがそこにはあった、としても不思議ではない。だから俺も、一度は香帆の口を封じよう、と思ったわけだし、今さっきの醜態があるのであろう。
 そこへ直人から相談に乗ってきた。
 香帆にはMCNで、誰かに告白する事前には、俺に連絡をする、としてあり、詳細な相談は不可能ではあったが、恐らく直人は、俺と香帆の一夜を知っていたのではないだろうか?
「・・・・」
 俺の至らない点を補佐する・・・・それも護衛たる直人の職務の一つとはいえ、直人には礼を言っておくべきかもしれない。

「んっ、じゃ・・・・」
 俺は今後の香帆との取り決めを進めた。
 基本的に二、三日前に、香帆から日付指定のメールをする。
 俺の都合が良ければ、その日に。都合が悪ければ、別の日に変更を示唆するメールを返信する。
 それでも一ヶ月の間に、香帆と俺との間で都合がつかなくても、俺は月給として、彼女に二十万を直接手渡しする。手渡しにした理由は、振り込みだと、足がつく可能性がある。姉の香純ちゃんに通帳でも見つかった場合には、余計な不信感を抱かれない、その保証はない。
「うん、解かった・・・・」
 香帆と俺はメアドを交換した。
 俺が再び香帆に口を開きかけたとき、
「起立!」
 当直の声によって、ホームルームが始まったことを告げられる。
 今回の香帆の件に関しては、十分に肝を冷やしていた。基本的に標的の三名(大原理恵、篠原千秋、青山恵都)以外の性交には、静観する姿勢とさせていたそれだけに、直人には頭が下がる思いではある。
 そりゃ、俺だって反省ぐらいはするさ。
 俺は入室してきた、教壇に立つ人物に視線を送る。戦場下で育った直人なら、独白のような呟きでも聞き取れるだろう。だが、次いで俺の口から出てきた言葉は、礼とは全く異なるものだった。

 誰だ、お前・・・・?
 と。


 《直人》

 厳重かつ重厚そうな扉の前に立つ。
 この幾重にも警戒されている部屋に、非合法で潜り抜けて侵入することは、さすがのわたしでも不可能であろう。
 桜花中央学園の本校舎にある、制御管理統制室。
 その名称からして重々しいイメージのある一室ではあるが、それは無理もないだろう。ここには桜花中央学園に在籍する、その全ての者の膨大なデータ、ランク、そしてそのランクに応じられた各々のアクセスコードが保管されてある。
 言ってみれば、ここは桜花中央学園の心臓部、と言っても過言ではない。
 もしも、ここを何者かに占拠でもされれば、たちまち桜花の機能は全て麻痺することだろう。
 それだけに警備レベルは万全で、ここまで到達するには、数の限られたAランクのアクセスコード、それぞれ独自のパスワードの手入力が必須である。
 アクセスコードとは、桜花中央学園のあらゆる施設を利用するために、必ず必要なものだ。
 たとえば、外来の施設利用者にはEランク。アクセスコードが記された一枚のカードが配布される。そのアクセスコードでは、利用できる施設が少なく制限されてあるだけではなく、勝手に学園内の敷地に入ることさえもできない。あくまでも公開されている施設でのみ、有効なカード(アクセスコード)なのである。
 一般生徒でも基本的にはDランク。一部の生徒(生徒会、風紀委員所属など)でさえCランク止まりである。
 教師がBランク。(一部にB特別、というのもあるが)
 無論、制御管理統制室に入室できている、わたしは・・・・


 今、制御管理統制室のモニターには、九名の在籍生徒だったデータが映し出されている。そのうちの一人は今春より、部門部長に選出されたばかりの、望月藤次郎のものがあり、残りの八名に限っても音楽科の鍵盤楽器部門に所属していた、最上級生たちであった。
 その彼らの在籍データ、及び、アクセスコードを、適切な手順に従って進行させていく。
《 一度、削除されたデータは、復元できません 》
 無機質なまでの機械音声が静粛な室内に響く。
《 よろしいですか? 》
 わたしは迷わず、デリートすることを選ぶ。これが音楽科の教師へと異動させられた、わたしのその最初の仕事であった。

 先週末、音楽科の最上級生たちによる、悪しき習慣ともいうべき事件が発覚した。より正確に記すならば、わたしが発覚させたわけではある。
 事件そのものは教育管理機構を通して、秘密裏にかつ迅速に対応され、これまでの被害者には示談などによって既に成立している。もはや、この悪しき習慣が世に知れ渡ることは、もう二度とないだろう。
 だが、ことの顛末は、事件の当事者である最上級生、九名の退学・・・・それだけに止まらなかった。
 音楽科の最高顧問であった教師、そして鍵盤楽器部門の教師は、此度の不祥事に対し、自ら責任をとって懲戒免職となった。今回の不手際が世間の知るところにでもなっていれば、桜花が受けた損害は、計り知れないものであっただろう。それだけに、その二人の教師に対する処分も致し方のないことかもしれない。
 桜花中央学園においても、様々な有事に備えて、臨時の代理教師を控えさせてはいたが、彼らはいずれも普通科の教師だけであった。そのため、新しい音楽科の教師を雇い入れるにしても、約一ヶ月程度の期間を見なければならない。
 元々、普通科の教師に比べて、音楽教師の数は圧倒的に少ない。それは音楽学校、という特殊性からでも分かることではあろう。そのため、その新しい音楽科の教師が補充されてくるまで、わたしが音楽科に駆りだされたのであった。

《 削除が完全に完了されました 》
 と、応答する。
 Aランク所持者が再入力でもしない限り、これによって彼らは、もう桜花中央学園の施設の利用はおろか、その出入りすることさえも厳しいものとなろう。
「あとの問題は・・・・」
 さてと・・・・和馬さまへの説明を、どうつけるべきだろうか。
 思わぬ事態の進行に、深い溜息が洩れていた。


「一体、どういうことだ!?」
 入室当初、和馬さまが烈火の如く、突き進んできた。和馬さまの性格からして、恐らくはそう言ってくるだろう、とは、前もって予測していたところではある。
 故に早急に和馬さまと連絡を取りたかったのだが、音楽科の教師としてのするべき指導、これまでの引き継ぎなどもあって、ようやくその目的が達せられたのは、普通科が帰宅する放課後間際のことであった。
「申し訳ありません。唐突なことでしたが、学園側から人事の異動が決まりましたのでね」
「異動だと!?」
 俺は何も聞かされていないぞ、と怒りを露わにする。桜花中央学園を創立させるにあたり、出資した人物としては、その怒りは極真っ当なものであっただろう。
 わたしは簡潔にだが、先週末の不祥事を告げた。

 最上級生たちによる、悪しき習慣ともされていた不祥事。
 その責任をとって、二人の音楽科の教師が懲戒免職となったこと。
 その欠員が埋まるまでの間、自分が指導することになったこと、
 を、だ。

「・・・・」
 不本意な展開だったのは、双方の共通する思いではある。元々、わたしは和馬さまの護衛であって、教師という職は学園内における、そのための方便だけでしかなかったはずなのだから。
「球技大会までには、戻れると思いますので」
「それまで、約一ヵ月間か」
 長いな、と呟き、椅子に座り込む。
「理事長も、その辺は十分に理解されていますから」
 わたしが桜花中央学園に(正確には教師に成り済まして)赴任するにあたって、理事長との間には明確な取り決めがあって、和馬さまとわたしの関係を知る、学園内でも数少ない理解者である。

 本校舎に比較的近い体育棟から、ガシャガシャと騒がしくなる。剣道部の竹刀が叩き合われている音であろう。ズズン、と沈むような物音は、柔道部のものであろうか。
 暫く躊躇っていた和馬さまが、ようやく口を開いた。
「五月二日の午後から、第五音楽室の確保はできるか?」
 五月の・・・・二日?
 途端にわたしは悪寒を覚えずにはいられなかった。
 その日は・・・・
 そんな思いとは裏腹にわたしは平静を装って、学年ごとのスケジュールを確認していく。
「五月二日の午後から利用予定のクラスは二つ・・・・ですが、空いている音楽室へ、調整させることは可能ですね」
「じゃ、そうしてくれるか・・・・」
 わたしはゆっくりと頷く。
 自分から直接では不可能だが、理事長から校長経由での指示ともなれば、一介の教師らには逆らえるはずもない。そもそも音楽室の鍵の管理は一切、わたしが請け負っており、そのアクセスコードは最高位のAである。
 完璧な密室は、桜花のセキリュティーでも実証済みだ。
「それじゃ、当日・・・・琴子自ら、鍵を取りに行かせる」
「解かりました」
 頷きながら、
「ただ、二点だけ・・・・」
 第五音楽室で行われる行為は、おおよそ予測がつく。その前提でわたしは敢えて忠告していく。
 まず、第五音楽室の左右の教室では、尚も普通の授業が続けられていることだ。音楽室それ自体には完全防音処理が施されている。たとえ室内でSEXしたところで気付かれることは、まずないだろう。
 ただし香帆のときのように、力ずくで強引に・・・・と、いうのなら、その保障の限りではない。
「んっ、その点なら大丈夫・・・・」
 更に帰宅する際のタイミングである。
 誰にも気付かれずに帰宅できることが理想的ではある。が、音楽室は四階にある。いずれは誰かに見つかってしまうことだろう。
「その辺の理由を、前もって考慮されておくといいかもしれません」
「そうだな・・・・」
 基本的に和馬さまの性交関連には口を出さない。それがわたしと和馬さまの間で交わされた、暗黙の了解である。ただ主君のことを良かれ、と思い、香帆のような例外もあるが・・・・
「今、結城琴子は孤立しております・・・・」
「何故だ? 嫌われるような性格ではない、と思うけど・・・・」
 怪訝そうな声ではあったが、それは紛れもない事実であった。
「ええ、詳細な事情はまだ解かりませんが・・・・学校とは、所詮赤の他人の集まり。複数の思惑が入り混じっている場所ですから」
「赤の他人ね・・・・」
 手持ち無沙汰にピアノの演奏する手振りを見せる。
「なら一度、顔見知りだけで、上演してみたいものだな」
「それは面白そうな企画ではありますね」
「俺と琴子がピアノの伴奏。直人は何でもできるし、弥生がバイオリン。香帆がフルート。都々御はトランペットの名手だし、ビートマニアの記録保持者のとうあがドラム。コタがギター、雛凪がアコーディオン。和美は・・・・」
 スラスラと配置を決めていった和馬さまの口が、途端に止まる。わたしも知る限り、和美が楽器に触れていたような記憶はない。
「和美はカスタネット・・・・って言ったら・・・・」
「間違いなく、ぶっ飛ばされますね・・・・」

「ああ、それと五月の二日のことなんですが」
 不毛な想像を打ち切って、わたしは本題を再開させた。
「わたしも知人と会う約束がありますので、帰宅は遅くなると思います」
 知人?
 と、和馬さまが首を傾げる。
 わたしはゆっくりと頷いたが、次の和馬さまの口にした名前には唖然とさせられずにはいられなかった。
「か、香純ちゃんか!?」
 なっ!
「とうとう香純ちゃんとデート、深夜デートなんだな!?」
 な、何ですか、その突拍子もない理論は!
 わたしは思わず机を叩きながら反論していた。
「ち、違います!」
「んっ・・・・怪しいなぁ」
 わたしの肩を叩き、正直に話せよ、と告げられる。
 何故だろう、こんなにもふつふつと怒りが込み上がってくるのは。
「本当に違いますよ」
「ちぇ、つまらん!」
 そう言って、和馬さまはその話題を打ち切った。が、ただその後日に約束を取り付けていることなど、和馬さまには絶対に知られてはならない、と心に固く誓った瞬間でもあった。
「香帆の件は、すまない・・・・」
 立ち上がりながら、和馬さまが詫びる。
 主君から詫びられるほどのことができた、とは思えない。実際に詳しい経緯は、今でも不明のままである。ただ香帆が和馬さまの愛人になる、という話は、何も彼女の私生活のマイナスだけになるとは限らない。
 本来ならばバイトに費やしていたであろう時間を、これからは有意義に、自分自身のために使えるのである。それを諭した程度のことである。
「いえ、こちらこそ差し出がましいことを・・・・」
 わたしは頭を振った。
 静観することが、主従共通の暗黙の了解だったが、主君のために努めることが部下としての責務である。だが、見方によってそれは、明らかな越権行為に他ならない、微妙なところではあろう。
「それじゃ、五月二日、音楽室のほうは任せたぞ」
 扉に向かった和馬さまが一度だけ振り返り、改めて念を押していった。


 和馬さまが退出していって十五秒・・・・距離にして、約十五メートルぐらいであろうか・・・・
「五月二日の面会の約束は、青山恵都、と、ですけどね・・・・」
 まるで独白するかのような、それは小さな呟きだった。
 《ダァーン!》と扉が再び開かれ、「ちょっと待ったぁ!」と、いつぞやの深夜番組の如く乱入してきた。そしてそれはまさに(わたしの知る限りでの)和馬さまの新記録が達成された、その瞬間であった。
「ほんと、地獄耳、とはこのことですか」
「それはお前だけには、絶対に、言われたくない台詞だったぞ!」
 心外だ、とばかりに詰め掛けてくる。
 それは・・・・まぁ、ごもっとも。



 《恵都》

 割れんばかりの喝采、そして、眩しいばかりのスポットライト。輝かしいばかりの栄光だけがクローズアップされて、誰の目にも華々しい世界にしか映らない。
 誰もが一度は憧れるであろう、芸能界・・・・だが、その裏舞台では様々な思惑が入り混じり、数多の数え切れない挫折が蔓延っている。
 それでもこの世界に憧れてしまうのは、一握りの成功者たちの具体例が、余りにも輝かしいからではないだろうか。

「カットォ!」
 撮影ルームに監督の怒号(?)が鳴り響く。
 そのあとの言葉に、撮影ルームにいる全員が固唾を呑んで見守る。「OK」なら最終話の撮影完了を意味し、もし「NG」なら、ラストのワンシーンを最初から撮り直しである。
「・・・・」
 監督の言葉に誰もがガッツポーズ。静粛だった一瞬だっただけに、一気に活気が湧き上がる。それはまさに撮影に関わる者の全員にとって、運命の魔法ではなかったか?
「ケートちゃん、お疲れぇ!」
「ラストの表情、凄く良かったよ」
 収録を終えて、スタッフが駆け寄ってくる。
「あ、ありがとうございます」
 スタッフの祝辞に笑顔で応えながら、すれ違う一人一人の関係者たちに一礼していく。私自身も一つの達成感が、疲れていた疲労感を吹き飛ばしていた。

「あぁ、やっと・・・・オフだわ!」
「お疲れ様です、愛さん。撮影中は大変、お世話になりました」
 初のヒロイン役ということもあって、彼女には収録を通して、何かと良くして貰ったものである。
「ううん。もう最後のほうは、わたしも助言もできないほど上手くなっていたわよ・・・・」
「ありがとうございます」
 本当の感謝に多少の偽装を含めていた。
 今後、いつかまた彼女とは同じ作品に出演しない、とも限らない。いやむしろ、同世代ということもあって、共演していく可能性のほうが非常に高い、といえた。そのための軋轢は少しでも減らしておくべきであろう。
「ケートちゃんも、明日からはオフでしょう?」
「はい」
 私も頷く。
 撮影が開始された三月から、約二ヶ月ぶりのまとまった休暇である。無論それは、次の仕事までの休息期間には違いのないのだが・・・・
「やっと学校に行けます」
「まじめなのね・・・・」
「え、あ、そういうわけでは、ないですけどね」
 芸能界入りしてからも、学校と兼業するアイドルは決して少なくない。だが、オフ初日から(睡眠時間の関係上から)登校しよう、とする芸能人は少ないかもしれない。
 桜花中央学園に限らず、学校という空間が好きな私を除いて・・・・は。
 しかも私にとっては、久しぶりの、始業式から初めての登校である。
「楽しみにするな、ってほうが無理ですよ」


 現トップアイドルの《ケート》のこと、青山恵都。
 子役上がりからの親しんだ世界とはいえ、私とて容易にこの場所に辿り着けていたわけではない。いや、何の後ろ盾のない私だっただけに、人並み以上の努力は欠かせられるはずがなかった。
 後ろ盾・・・・
 どれだけ私も、それを渇望したか・・・・
 芸能界には多くの金が動き、大金という力があれば、大抵のことは罷り通ってしまうものだ。芸能界という世界は。たとえそれがどんなに理不尽な要求であった、としても。
 飾った言葉で言えば、スポンサー・・・・
 率直な言葉で言ってしまえば、パトロンよね。
 何の支援もないそんな私が、芸能界で泳ぎ続けるためには、それこそ何でもされたし・・・・自らも進んでしたわ。
 思い出したくもない過去。駆け出しの頃の自分。
 中学時代には売れっ子のジャニーズ系グループに輪姦され、その後日に妊娠。秘密裏に堕胎することができたが、とても喜べたものではない。誰かに知られれば、それこそトップアイドルの今の地位からも追われること、間違いないのだから。
 有名監督との枕営業・・・・一つの役を手に入れるために、私はこの自身の身体、唯一の武器を用い続けなければならなかった。その甲斐もあって手に入れた、今回の「東京愛物語」のヒロイン、赤名リカ役。
 かつて、月曜日の夜から女性の姿を消した、とさえ言わしめた「東京ラブストーリー」のリメイク版ではあったが、予想していたそれ以上に盛況であった。
 ただし、たった一度の成功だけで、この芸能界を勝ち続けることにはならない。私にとってはこの次からが非常に重要なのである。二連続、三連続でブレイクが続かなければ、それこそ意味がないのだ。
「まぁ、今回の収録で、今後は少し、やり易くなるかな・・・・」
 今回の成功によって、次からはもっと簡単に・・・・監督やプロデューサーと二、三回ぐらい寝れば、役を取ることもできるだろう。また超有名メーカーからはCM出演の話もきているという。
 軌道がようやく順風満帆、といったところ。
 その意味においても、この時点で所属するプロダクションを移籍することなど、私にとってはデメリットでしかない。
 そう・・・・デメリットでしか。
 だから移籍話のオファーがきたとき、私はとても乗り気ではなかった。
 ましてそこのプロダクションは、まだ開業したばかりの新参である。如何にバックが、あの神崎家・・・・
 収録のために、都内への出入りが激しい私なだけに、神崎家の存在は当然のように知っている。都内でも有数の資産家だ。そしてその首都圏を掌握しつつある神崎グループが出資しているとはいえ、私のこれまでの実績と積み重ねてきた苦労を、それだけでふいにするつもりなどはなかった。
「・・・・」
 私にもパトロンがつく、という、その条件がなければ・・・・

 パトロンという存在は、それだけで大きなプラスアルファである。
 実際に私の今の心境は、大きく揺れ動いている。だからこそ、五月二日の(私にとっては)初登校日の放課後に、話だけでも聞いてみよう、という気になったのである。
 無論、何の調査もなしに接触するはずがない。
 神崎家・二十六代当主、神崎源蔵。
 私の調べさせた限りでは、四十八歳。妻に先立たれて、現在は独身。愛人は一人もいない。息子が二人、娘が一人。さしずめ四十八歳になって、愛人を作りたいと思ったところで、不思議ではない。むしろ、神崎家ほどの当主で、愛人の一人も居なかったことのほうが驚きではある。
 今回の連続ドラマで、気に入られたのかもしれない。その意味では、役を取るまでの、今までの苦労も無駄ではなかったということだ。
 途端に私は、自分の心境の変化に気付く。
 既に私は移籍することに、乗り気なのだと・・・・
 神崎グループが出資する神崎プロダクション(仮)に移籍し、神崎源蔵の愛人ともなれば、私が我慢する・・・・好きでもない男に身体を許さなければならないという、不快な時間は激減することだろう。たとえ源蔵という人物を、好きになれないかもしれないが、それでもたった一人に限定される分だけ、私の自由な時間は多くなるのは、道理だ。
 また、たとえ次の収録が(視聴率などで)失敗に終わった、としても、パトロンの力次第では、すぐに次の表舞台が用意されるのだ。
 それだけに私がパトロンの愛人、という境遇を受け入れた場合、その見返りとなる報酬は大きいのだ。
 これまでに何度、その力の理不尽さに爪を噛んだことだろう。
 これまでに何度、決まりかけた出演を横取りされたことだろう。
 その悔しさは、今でも忘れることができない・・・・私のしこりとなって、今も根強く根付いている。

 だが、私はこのときになっても、まだ知らなかった事実がある。
 神崎源蔵は現在、末期の肺癌を患っており、とても愛人を得られるような状態ではなかったことを。そして、私のパトロンとなる人物が、私などよりも年下であったことなど・・・・

 ・・・・このとき、知る由もなかった。


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