第五話【 贖罪の刻 】




 《和馬》

 俺はコーヒーを啜りながら、小池鈴子が紡いだ中学校生活、結城琴子と霧島海との一連の話を聞き終えた。
 だいたいの経過は、直人からの調査報告にでもあった通りだったが、琴子の親友から語られるその内容には、その当事者にしか解かりえないものがあるのも、当然のことであった。
 入学式の日に聞いた稚拙なまでの、トロイメライ。
 この一曲に関してもそうだ。
 あの曲に霧島海を想う気持ちが、どれだけのウエイトを占めていたのか。などと、おいそれ部外者である者たち、俺を含めた第三者には解かりようもない事実である。
「昨日届いたカイくんの手紙も、そりゃ熱い内容で・・・・」
「・・・・」
 初恋からの両想い、従兄妹で想いの再確認。二十年越しの覚悟。
 まるでお昼とかにやっているような、メロドラマだな、とも思わなくもなかった。だが、それでもこれより、結城琴子の攻略を目論む俺にとっては、十二分に有意義な内容であった。
「神崎くんはうちのクラスの女の子にも持てるんだから、琴だけは止めておいたほうがいいって!」
 生憎だが、そんなことで引き下がるつもりはない。
 確かに鈴子からの話を聞いた限りでは、正攻法で結城琴子を落とすことは難しいだろう。だが、だからこそ奪い甲斐もあるというものではないか。そして俺には、それを可能とする手段があった。

 俺の要請に応えたこともあって小池鈴子は、現在、テーブルに残された食事の再開に夢中となっている。
 そんな鈴子の摂取を他所に、俺は鞄から取り出したMCNを開き、俺がノートに記入していても全く気にならない、とさせた。
 俺がこれまでにMCNで駆使したことがある人間といえば、唯一にかつての婚約者、草薙弥生だけである。他にも登録した者は、兄の神崎一樹、隣家の雛凪つむじ、クラスメイトの小泉とうあ、宮森香帆。
 ただ、いずれも登録してからの記載は、一行や二行だけで、MCNの性能を疑う余地はないが、まだ確認などをしておきたい段階ではある。
 そして、今朝登録したばかりの小池鈴子が登録者に加わった。
 本来、登録する予定のなかった人物、その折角の一頁である。この際、小池鈴子には、とことんMCNの実験に付き合ってもらうとしよう。

[ 結城琴子はレイプされたほうがいい、と思うこと ]
[ 結城琴子はレイプされるべきである、と考えること ]

 さて・・・・?
 俺は書き終わって、食事に夢中な鈴子を一瞥する。
「・・・・?」
 だが、鈴子には未だに変化はない。思考操作系の記載なだけに、時間がかかるのかもしれない。
 それとも別の理由か・・・・?
 俺は一旦、MCNを閉じた。
 そして時間にして、僅かに一秒。

「そうよ、カイくんは海外にいるんだし、日本に一人残されちゃった琴はレイプされたほうが、ううん。レイプされるべきなのよ」
 俺はペンを持った甲で口元を抑えた。
 つい先ほどまで唯一無二の親友であり、熱い友情を語ってくれた者の言葉とは思えない変容である。
 同時にMCNの発動は、記載したその直後に、ではなく、どうやらMCNを閉じて始めて、その記載内容の効果が現れる。勿論、たった一回の試験で解析した、と決め付けるのは早計ではあろう。

[ それ故に神崎和馬には、結城琴子のレイプに期待する ]

「ねぇ、神崎くん・・・・琴のこと、好きなんでしょう?」
「ん、そうだな。否定はしないけど・・・・」
 俺は肯定したような返事をする。
 どうせ最後には、鈴子の店内における記憶を消すのだ。もう隠すまでもないだろう。
 白々しくも、試しに心に全くない言葉を言ってみる。
「でも、結城さんの彼氏、霧島海だっけ・・・・聞いた話だと望み薄そうだし、諦めたほうがいいのかな?」
「だったらさぁ、あの子は大人しいから・・・・レイプしちゃえば?」
 ううん、と頭を振り、靡いた髪から甘い香りが漂った。
「神崎くん、あたしからお願いするわ・・・・琴はレイプされるべきなの、琴をレイプしてやって!」

[ 神崎和馬が琴子をレイプする、そのための協力は惜しまないこと ]
[ 琴子のレイプの際に、神崎和馬には膣内出しすることをお勧めする ]

「レイプするって言ってもなぁ・・・・」
 想像は無限に広げることができるが、実際に行うにしては、余りにもリスクが大き過ぎるだろう。何より、昨夜における宮森香帆の後味の悪さもある。
「まだ琴の膣内、誰にも染まってないのよ。神崎くんが膣内出ししちゃえば、好きな琴の膣内を、神崎くんだけで染められるチャンスじゃない・・・・」
「・・・・」
 それは記載事項にもない、俺が思っていたことである。
 思考操作だけでなく、直接行動系にも、個人の性格や言動(言い回しなど)が反映されるようだ。でなければ、膣内出しをお勧めする、という記載に対して、まだ誰にも染まっていない、染められるチャンスなどと言うはずがない。
「それに、琴、オナニーも知らないの」
 確かに性的知識に乏しく、処女、というのなら、ありえなくもない話ではあろう。
「SEXする快感を覚えちゃったら、あの子、もう絶対に神崎くんのものになっちゃう、と思うんだけどなぁ」

 MCN実験・・・・
 俺と小池鈴子による、結城琴子のレイプ会談は、レストランの予約時間ギリギリまで行われていた。
 琴子が持っている霧島海の写真の前で、破瓜膣内出しレイプする。鈴子が睡眠薬を盛り、和馬が琴子を犯す。など様々な提案が上がった。実際、霧島海の写真の前で処女を奪う、という案には、俺の嗜虐心をたっぷりと擽(くすぐ)った。

 店出後、俺は小池鈴子の店内における記憶を消去する。
 俺に誤算があるとすれば、消去したのが、あくまでも鈴子の記憶だけであったことだろう。
 そして、もっともな誤算は・・・・
 俺たちが長々と琴子へのレイプ会談を行っている、ちょうどその時刻、校内に残っていた結城琴子が、実際にその窮地に陥っていたことなど、俺には知る由もなかった・・・・


 五月の大連休を翌週に控えた、土日の連休前夜。
 俺の長い金曜日の夜は、まだ始まりの序曲でしかなかった。



 《琴子》

 先ほどまでただ明るかった青空にも、次第に赤みが増していく。淡く霞がかかった夕焼けが、春の夕暮れを告げていた。窓から見える校門には、週末の下校に心を弾ませている生徒たちの姿が窺える。
 だが、音楽科の建物・・・・第一音楽室のある音楽棟からは電気が点灯され、夜を迎えるまでに消えることは、ほとんどなかった。
 第一音楽室を含む音楽棟。建物の構造上では、完全な防音措置が備えられており、ましてこの桜花中央学園のその周辺は、学園関連の施設だけに占められている。住民による騒音の抗議も心配はない。

 桜花中央学園、音楽科・・・・確かに音楽を専攻する高校、というのは珍しいのかもしれない。この桜花学園がそれまでのいくつもの学校を統合された、という経緯もあって、この近辺には同様の高校は存在しない。
 だから、既に高校規模の実力を備えていた海くんは、音楽の本場であるウィーンへの留学を希望し、中学二年でピアノを本格的に再開したあたしは、この桜花に通うことにしたのである。
 午前中は学年ごとに分かれて、一般課程・・・・音楽科といっても、桜花学園は高校である。それだけに一般教科を疎かにすることはできない。
 午後からはそれぞれの専攻する部門に分かれて、楽器の練習をしたり、他の生徒の演奏を視聴したり、音楽に関する勉強会をするのである。

 その音楽科には大きく分けて、五つの部門に分類される。
 ギターやヴァイオリンなどを演奏、その人材を育成する、弦楽器部門。
 フルートやホルンを主体とした、管楽器部門。
 ドラムなどの打楽器部門。
 ピアノやオルガンなどの、鍵盤楽器部門。
 楽器製作、作詞家、作曲家などを養成する製作部門、の五つである。

 あたしの所属する鍵盤楽器部門は、三年生の部長、望月藤次郎先輩を中心にして、百七十二人が練習に励んでいた。


 鈴ちゃんじゃないけど、確かに金曜日って憂鬱かも。
 その鈴ちゃんを含めた普通科の生徒たちが従来の授業を終え、土日の連休を楽しみに帰宅していても、あたしが所属する音楽科の生徒たちには、それが当てはまらないのだから。
 でも、あたしはピアノを演奏している時間は、嫌いじゃない。それに最近、少しずつでも上達していることが、自分でも解かる。
 少しずつでも海くんの実力に近づいているんだと思うと・・・・
 ・・・・逆に差が広がっていたりして。
 いや、実際は広がっているのだろう。海くんの選んだ海外留学は、きっとあたし以上に大変なのであろう。昨日の手紙にもあったけど、一日のほとんどを音楽と過ごしているのだという。
 確かにピアノの腕の差は、広がっているのかもしれない。でも、海くんもきっとこの時間も、海の向こうで頑張っている。
 そう思うことで、この遅くなる帰宅時間も、あたしにとっては少しも苦ではなかった。

 ただ、この日は・・・・調子が悪かった。
 ううん、あたしの実力程度では、調子で左右されるものではない。これがまだあたしの実力なのだと、改めて思い知らされる。
 課題のカリキュラムには失敗が続き、他の部門との合同演習でも、支障を出してしまっていた。
「こぉらぁぁ!! 結城ィ!」
 あたしのミスのたびに、副部長の怒声が室内に響く。
「またぁ、お前かぁ!」
「す、すいません・・・・」
「毎度毎度、ミスばっかりで、やる気あんのかぁ!」
 正直、副部長は苦手。あたしにだけではなく、いつも怒鳴っていては、多くの新入生たちが敬遠してしまうのも、仕方のないことだろう。
 その点、
「副部長、それは何でも言い過ぎだろう」
 部長の望月先輩は、いつも温厚で落ち着いていて、あたしを励ましてくれる心優しい先輩だった。
「まぁ、結城だって実際に上手く(美味く)なってきているみたいだし」
「・・・・部長はお前だから、従うけど、よ・・・・」
「今日は金曜日だ。今日辺りは、この辺(琴子)でいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな」
 あたしは望月先輩に感謝する日々が続いて、その三年生同士の言葉の裏にある意味を、全く理解できていないでいた。
「よし、それじゃあ今日はこれで解散するとしよう・・・・ああ、結城は少し残っていてくれ」
「あ、はい」
 その望月先輩に呼ばれて、すかさず返事をする。
 ああ、今日はあたしが居残りか・・・・
 まぁ、失敗が多かったから、仕方ないね。
 そう思った矢先のことだった。
 ん?
 何故だろうか、一部の周囲の目が気になった。まるであたしを憐れむような、そんな視線が向けられていたのだ。
「どうかしたの?」
「ううん、な、なんでもないわよ」
「???」
 後々になって、あたしにも解かるようになる。
 彼女たちはこの後にあることを知っていたのだ。そして同時に彼女たちもまた、その被害者であったのだということを・・・・


 残るように告げた望月先輩も、部長としての部門終了の報告があるため、一旦、校舎のほうに戻っている。
 鍵盤楽器部門の部屋に、あたし一人だけが残されていた。
 手持ち無沙汰に練習も兼ねて、あたしはピアノの椅子に座ると、もっとも気に入っている一曲を奏で始めた。
 シューマン、子供の情景・第七節・・・・
 トロイメライ。
 海くんのピアノを初めて聞いたときの曲であり、晴叔父さんが海くんのお母さんに贈った曲でもある。
 あたしがこの曲に挑戦するのは、もう何度目のことであろう。
「・・・・あっ!」
 また、だ・・・・
 また同じところで同じミスをしてしまう。
 ピアノの難しいところは、黒鍵の三十六、白鍵が五十二、合計八十八本の鍵盤を備えており、正しい音程から、唯一の一本の道を紡いでいかなければならないところだろう。
 まだミスなくトロイメライを演奏するまでには、まだまだ至らない。
 本格的に誰かに指導を仰いだほうがいいのかもしれない・・・・
 でも、誰に・・・・?
 晴叔父さんは仕事に忙しく、海くんのお母さんとの再婚に向け、公私に渡って多忙な日々である。まして遠いあたしの地元。海くんは遠い異国の地だし、何よりも、あたしが完璧に演奏して、驚かせたいその人である。
 トロイメライをただ弾ける、って人は少なくないかもしれないが、完璧に、ともなると、あたしの知り合いの中でも意外と少ない。
 この学校の生徒にも一人だけ、トロイメライを完全に弾きこなした人物がいる。ただ彼は音楽科の生徒ではなく、普通科の生徒である。その実現は難しいだろう。

「結城は本当にトロイメライが好きだな」
「あ、望月先輩」
 慌てて鍵盤カバーを落として、立ち上がる。いつからそこに居たのか、演奏だけに夢中になっていたあたしには解からなかった。が、あたしの稚拙なトロイメライを聞かれてしまっていたのは、間違いないのだろう。
「トロイメライは日本を発つ彼が、あたしに贈ってくれた曲なんです。早く完璧に演奏できるようにしたいんですけど、なかなか・・・・」
「へぇ・・・・結城。お前、彼氏が居たのか?」
「はい。今はウィーンに留学していますが・・・・」
「オーストリアか、遠いな・・・・」
 その望月先輩の言葉を、あたしは今、身を持って実感しているところだった。実際に海くんが帰国できるのは、こっちが夏休みの八月末の頃であり、その次に帰国できるとしても、年末年始まで待たなければならないだろう。
 あたしから、オーストリアに行こうかな、と思ったこともある。だが、経済的な事情もあって、おいそれ簡単に行けるような場所ではない。まして海くんは海外へ旅行に行ったのではなく、プロのピアニストになることを目指しての、海外留学なのである。
 彼のその夢を、あたしの個人的な都合だけで邪魔したくはなかった。

「なぁ、結城・・・・」
「は、はい?」
「その今の彼氏と別れて、俺と付き合わないか?」
 一瞬、あたしは先輩の言っている言葉の意味が解からなかった。それだけ、あたしの中で海くんと別れる、という選択肢が予想外の範疇であったのだろう。
 それも当然ではあろう。
 海くんを好きになったのは、いつの頃からだったか、あたしにもよく覚えてはいない・・・・たぶん、初めて会ったときの、中二の春頃からだとは、思う。そして見かけるたびに、会うたびにどんどん惹かれていって、中学三年の卒業を控えた二月になって、やっと海くんとの交際が開始したばかりなのだから。
「初めて結城を見たときから、俺は・・・・」
「ごめんなさい、それはできません」
「結城!」
 だが、あたしはきっぱりと、望月先輩の告白を断った。
 いや、望月先輩だけに限らないだろう。たとえ他の誰であろうと、海くんと別れて、他の男の子と付き合うつもりはあたしにはなかった。
「俺はずっと日本にいる。俺なら、お前にも寂しい思いなどをさせやしないさ!」
 確かに海くんの留学が何年かかるか、彼自身も解からない、と言っていたのは事実だ。十年? ううん、二十年かも、と。あたしはそれを理解した上で、悩みに悩んだ末に、十年でも二十年でも待ち続ける、と、日本を発つ海くんに告げたのは、たった二ヶ月前の出来事である。
 そしてその気持ちは、たった二ヶ月で変わるはずもない。
「俺には、こんな可愛い彼女を日本に一人残して、留学するような奴の気がしれないぜ」
「・・・・」
 何故だろうか。
 次第に望月先輩に対して、初めて激しい憤りを覚えていた。
 海くんとて、何も初めから好き好んで留学する道を選んだわけではない。また晴叔父さんの件もあって、彼自身も思い悩んでいた葛藤の時期は、確かにあったのだ。
 それを如何に尊敬する望月先輩とはいえ、何の事情も知らない部外者には非難されたくはない。
「あたし、帰ります!」
「結城!!」
 横をすり抜けようとした、あたしの手を掴む。
「良く考えてみろ!」
「何も知らないで、海くんを非難するなんて・・・・」
 あたしには許せない、と思った。さっきまでは感謝と尊敬の対象でしかなかった先輩の手を振り払い、あたしはさっさと出口に向かう。
「はははっ。望月、振られたか・・・・」
「まぁ、こんなことだろうとは思ったけど、よ・・・・」
 副部長を含めた鍵盤楽器部門の先輩たちが、七、八人で出入り口を固めていた。
「結城よぉ、今夜はオールナイトで、俺たちと遊ぼうじゃないかぁ!」

 中学時代だけに限らず、あたしには何らかの特技があったというわけでもなく、運動が得意ってわけでもなかった。それは今も差して変わらない。そんなあたしが、三年生の・・・・しかも数人がかりの男子たちに、敵うはずもなく、両手を掴み取られてしまう。
「チッ、胸あんのかよぉ、これよぉ・・・・」
「たく! サービス精神のない、身体つきだぜぇ!」
 い、いやぁ!
 あたしは懸命に先輩たちの手から逃れようとするが、数人がかりの腕力から逃れられる術はない。ブチィブチィと幾つかのボタンが飛び、二つの異なる手があたしの胸の中を蠢く。
 ブラ越しだった、とはいえ、まだ海くんにさえも触らせたことがないのに!
「は、離してぇ! い、いやぁ!」
「たいした身体でもないくせに、たくっ、煩せぇ女だなぁ!」
「まぁ、確かに顔だきぁ、悪くないがなぁ〜」
 嘲笑にも似た哄笑が室内に響き渡る。
「どうせ、処女でもないんだろう?」
 そんな副部長の言葉にあたしはビクッ、と震える。
 処女、という言葉があるのは、あたしだって知っている。
 もっともそれがどういう状態なのか、それをどのようにして相手に捧げるのか、そこまでは定かではない。ただ鈴ちゃんが言うには、生まれてきてから、これまでの自分の全てを相手に捧げるのだ、と教わっていた。
 だから、恐らくはきっと、あたしは処女なのだろう。
 そしてあたしがこれまでの自分の全てを捧げたい、と思う男の子は、たった一人。海くん以外にありえない!
「あ、あたし・・・・たぶん、処女なんです!」
 言えば許される、かも、と思った。
「だっ、だから・・・・ゆ、許してください!!」
 処女は一生に一度。それまでの自分の相手に捧げられるものだけに、あたしには海くん以外に思いつかない。
「結城、お前が悪いんだぜ・・・・」
 望月先輩があたしの正面に立つ。
 あたしの発言が、どれだけ先輩たちを喜ばせてしまったのか、浅はかなあたしには理解できていなかった。
「お前が俺の女になっていれば、楽しく輪姦されるようにしてやってやったのによぉ」
 ここに鈴ちゃんがいて、こんな状況でなければ、まわされるって何? と尋ねたことであろう。
 だが、ここには鈴ちゃんはいない。わたしの知らないところで、こうなることを望んで話していたなんて、わたしには解かるはずもない。
 海くんもいない。彼は遠い異国の地・・・・
 事態そのものは理解できない。だが、深刻な状況なのは確実だった。
 ゆっくりと先輩の顔が近づいてきて、キスされそうになって、あたしは懸命に顔を背ける。

 いやぁ・・・・こんなの、いやぁ・・・・
 た、助けて・・・・海くん・・・・助けて!!



 《直人》

 桜花中央学園、第五音楽室。
 ここで和馬さまと臨時会議をした後、わたしは時間の許す限り、第五音楽室の改造工事を進めていた。
 ここは和馬さまが初めて、彼女と出会った場所である。
 それから幾度もなく、足を運んでいたのも熟知している。
 その和馬さまの性格を考慮し、恐らくはここを使用するであろう、との見解をわたしは抱いていたのである。

 ピアノは音楽科でさえ使用していない、カワイグランドピアノ。あのコンサートピアノの名器EXシリーズの直系であり、その集大成ともいうべき、世界最高峰のピアノである。
 世界のカワイブランドが最高素材、技術、感性。半世紀以上の歳月という、惜しみない労力が注ぎ込まれただけのことはあって、わたしの知る限りの最高傑作ではあろう。
 また室内全体が、和馬さま宅の地下にある制御室の管理下に置かれ、ここでの出来事を保管できるようにもしてある。
「・・・・」
 作業中の手が一瞬、止まった。
 制御室・・・・無論、わたしも昨夜における和馬さまの蛮行を知ってしまっていた。映像に残されていたのは、まぎれもなく宮森香帆。うちのクラスの生徒であり、同僚の宮森香純の妹でもある。
 どのような経緯でああなってしまったのか、は定かではない。だが、たとえ解かったとしても、それに対して和馬さまを掣肘することもない。
 これにはわたしにも、その一因があるのだから。

 元々、和馬さまの性格は、温厚型である。いや、温厚型であった、というべきだろう。だが、その優しすぎる性格では、神崎家の当主戦線が始まった際、卑劣な手段も厭わないだろう一樹には、絶対に勝てないだろう。
 勿論、和馬さまにも激情する感情は持ち合わせている。妹に対する仕打ちに対して、一樹に立ち向かったとき。一樹の婚約者となって現れた、和馬さまの元許婚、草薙弥生に復讐をすると誓っていたとき。
 故にわたしは和馬さまの心に、その元来誰もが持っている邪気を刺激させて、覚醒させたのである。
 それから二週間・・・・
 和馬さまの性格は尚も安定しない。いや、安定するはずがない。
 今朝の和馬さまには、香帆を気遣う反省の色が窺えた。いずれはその生来の温厚型の性格が、活性化させた邪気を取り込んで、うまく融合してくれるだろう。が、それまでにも多くの経験と、長い時間を要することにはなる。
 今は一分、一秒でも惜しい。
 今も刻々と、現当主源蔵さまの命数は、確実に減ってきている。
 そして今、和馬さまの目は、たった一人の少女に向けられている。
 今の不安定な和馬さまに、安寧とやすらぎを与えることができる、唯一の少女ではあろう。それは即ち、二つの性格の早期安定化を促すことができるのだ。
 その上で和馬さまが、神崎家の当主の座を諦め、結城琴子と草薙弥生、そして宮森香帆と共に隠棲する道を選ぶのも、それはそれで和馬さまにとってはいいことなのかもしれない・・・・

「これで完了ですかね」
 時計を見ると、六時半を少し回っていた頃だ。
《何が完了されたのですか?》
「ああ、音楽室の改良を少し・・・・」
《はぁ?》
 普段見るTVの彼女からでは、容易に想像できない声が聞けた。
 アイドルの彼女には失礼ながら、相当間の抜けた・・・・
「・・・・実はわたし、高校の教師もやっていましてね」
 もっともそれは、あくまでも臨時の職ではあるのだが。
《そ、それじゃ今までの話は・・・・?》
「ええ、それも本当のことですよ」
 彼女が容易に信じられないのも無理はなかっただろう。わたし自身、現在の教員職に戸惑っている部分は確かにある。だが、彼女には特に、さきほどまでの会話での立場と、高校の教員という立場は、確かにギャップがありすぎたかもしれない。
 彼女に警戒されては、何の進展も望めない。
 仕方ない、この場で詳しく話を聞かせるか、と思った矢先だった。
《まぁ、いいわ・・・・》
 溜息混じりの彼女が、何かを諦めたように告げる。
《今の収録が終われば、近いうちにオフが貰えることになっているの。詳しい話は・・・・》
「なるほど、解かりました。詳しい話はそのときにでも・・・・」

 ブツッ、ツーツー、と回線が切断されたことを告げる。

 彼女のことに関しては、わたしはまだ和馬さまに報告していない。無報告を職務怠慢だと言われようが、向こうも色々と(香純先生絡みで)画策しているのは、わたしの知るところでもある。
 やられてばかりでは、面白くもない。
 突然、彼女に来訪を受けたときの和馬さまの反応が、非常に楽しみの一つではあった。

 と、そのとき・・・・
 第一音楽棟から稚拙なトロイメライの旋律が耳につく。
 戦場下で育ったわたしの聴覚は、雑踏の中の足音も聞き分けることができる。戦火の中での状況では、常に生き残るために感覚を研ぎ澄ませてきたことが、今の生に繋がっている、といっても過言ではない。もっとも来日してからは、不便なものだった。本来ならば聞かなくてもいい、人の暗部の会話をも、嫌でも耳にできてしまうのである。
「和馬さまの初恋か・・・・」
 正直、今でも疑問ではあった。
 桜花中央学園には、生徒数が多いということもあり、とりわけ美少女が多い。特に新入生の中でも三大美少女と称えられる少女たちがいる。
 一人は西日本を代表する大原財閥の令嬢であり、公的には和馬さまの最大の目的である、大原理恵。一つ一つの動作や仕草に気品があり、そしてそれが全く嫌味にならない。結城琴子の存在がなければ、もっとも和馬さまの好みに適していたはずの少女である。
 昨夜に和馬さまが手にかけた、宮森香帆は、標準的な美少女であろう。顔立ちも可憐であり、ほっそりとした華奢な身体は、大原理恵とはまた異なる美点ではあろう。
 もう一人は、小泉とうあ。既に和馬さまとも交友関係が芽生えており、恐らくは一番、最初に手にすることができたはずの美少女ではあろう。可憐さ、優雅さという意味では、先の二人にやや見劣りするものの、それでも男子生徒を釘付けにする魅力があり、発育の良さは特筆するに値するだろう。
 その三人を差し置いてまで、何故・・・・和馬さまは彼女に惹かれていったのだろうか?
 そのわたしの疑問は、もう間もなく解消されることになる。

 トロイメライの旋律が途絶えて、先ほど和馬さまから依頼のあった望月藤次郎からの告白・・・・
 (ま、まずいな・・・・)
 と、思った。
 学園内ということもあって、望月藤次郎の調査はわたし自身の手で行った。小池鈴子でさえ知りえた噂は勿論、その内容の全貌を知ることなど、わたしには造作のないことだった。
 それが、まさか今日の今日になるとは・・・・
 わたしは早急に和馬さまの携帯を鳴らしていた。
 ここで結城琴子が望月藤次郎の告白を受け入れるはずがない。いや、受け入れようと、受け入れなくても・・・・待っているのは、男子上級生徒による輪姦の暴行である。
 もし、その琴子の窮地を和馬さまが助ければ(既に和馬さまの戦闘力は男子生徒数人を凌ぐ)琴子の中における和馬さまの株は、間違いなく跳ね上がるだろう。
 だが・・・・
《お客様のお掛けになった電話番号は、現在、電波の届かない・・・・》
 ちっ、
 舌打ちしつつ、携帯をしまう。
 わたしの紹介した《密界のレストラン》という建物は、あらゆる通信、無線、回線を遮断してしまう。もうすぐ予約した時間が過ぎるころではあるが、ゆっくりとそれを待っている、その時間がないのも事実だった。
 下はアスファルトのコンクリートだが、既に散りつくしてしまった桜の大樹が断続的に植えつけられている。
 先ほどまで音楽室改造に用いていたロープを手に、第五音楽室のある四階の窓から飛び降りた。重力の凄まじい気圧に抵抗し、ロープを鞭の要領で太い枝に絡みつかせ、着地の衝撃を緩和する。

「結城、お前が悪いんだぜ・・・・」
 望月藤次郎が結城琴子に告げる。
 が、それはどういう根拠だ?
「お前が俺の女になっていれば、楽しく輪姦されるようにしてやってやったのによぉ」
 恐ろしくも一人勝手な自己主張ではあろう。
 そんな主張で喜ぶような少女が存在するとは思えない。
 輪姦・・・・
 一瞬だけわたしの脳裏に、忌まわしい限りの記憶が蘇ってしまった。

「告白して、振られたから、力ずくですか・・・・」
 結城琴子を含めた、全ての視線を向けられる。
「最低ですね・・・・」
 正直、全身が非常に痛かった。昔、あれぐらいの高さから降下作戦を行ったこともあったはずだが、あのときは完全装備に着地は砂地でもあった。
「告白して振られたのなら、潔く退く・・・・それが告白をする男のマナーというものでしょう」
「てめぇー!」
 そんな彼らがこれから起こそうとする行動は、予測の範囲内だった。
 今朝の(時間にして十七秒で片付けた)連中と同様、後の先をとって迎撃。腹部の人体急所に入ったボディーブローは、しばらく動くこともできないだろう。
 ただ今朝の連中たちと違うのは、待ちの体勢だけではなく、(そのため三十人中、五名が逃亡)こちらからも攻撃を仕掛けたことであろう。
 一人を殴り飛ばして、即座に結城琴子を解放する。
「せ、せん・・・・先生!」
「もう大丈夫ですよ」
 わたしには揺ぎ無い自信があった。たとえ徒手空拳であっても、護衛対象ありの戦闘には、もはや手馴れたものである。
 瞬く間に望月藤次郎を除く全ての男がひれ伏していく。中には口から泡を吹いている者も居たが、わたしの心は全く痛まなかった。
 彼らが下種な連中だから、だけではない。かつてのわたしの過去(ネムレス時代)の痛みに、触れたからでもない。
 これは望月藤次郎たちを救う、れっきとした人命救助なのだ。

 仮に、だが・・・・結城琴子が純潔を霧島海に捧げていた、場合。
 このときは和馬さまとて、霧島海個人に対して羨むことはあっても、憎むようなことはなかっただろう。それぐらいの潔さと度量は持ち合わせている。
 だが、もしも彼らが結城琴子の純潔を輪姦してしまった場合、それを知った和馬さまは、わたしに間違いなく彼らの痕跡を一遍も残さぬよう、まさにこの世から消滅させるように厳命されるに違いない。
 そして結城琴子は深い傷を負い、和馬さまの心にも救いがなくなる。

「一人で立てますか?」
 コクコク、と頷く彼女だが、身体は今も恐怖で打ち震えている。
「あ、あの・・・・」
 蹲っている望月藤次郎たちを控えめに窺う。
「彼ら、ですか?」
 偽りを言っても致し方がない。
「強制退学、ってことになるでしょう」
「た、退学・・・・ですか?」
 わたしは頷く。
 結城琴子に関しては、確かに未遂だけでことをすんだ。後は彼女がこの一件を忘れることができれば、何の問題もないだろう。だが・・・・
「調べれば、彼らには他にも前科があり、余罪もあるみたいですので、退学は免れないでしょう・・・・結城さんが気にされることはありません。今回のことは絶対に表沙汰にならないよう、隠密に処理しておきます」
 たとえ未遂だけだとしても、和馬さまに知られれば・・・・
 彼女の手をとって、立ち上がらせる。
「・・・・」
 なるほど、と思った。
 わたしはこのとき、結城琴子のはだけた姿に一瞬、心を奪われていた。何となくではあるが、和馬さまが何故、彼女には強い執着を抱いたのか、納得もしていた。
 かつてわたしは彼女を、素朴と評したことがある。確かに今も素朴な身体ではあるが、無防備に晒す、はだけたシャツから覗ける肌のツヤ、僅かな胸の膨らみなどから、アンバランスなまでの色気を感じてしまうのだ。
 わたしは黙って、自分の上着を彼女の肩の上からかけた。

 このときわたしの脳裏には、確かに香純先生の怒った顔が浮かんでいた。
 和馬さまの思惑通りになってしまっている、その口惜しさを感じながら。
 和馬さま・・・・まさか、わたしにMCNで?
 と、思わなくもない。
 だが、その疑問が外れていることを、わたし自身が一番理解していた。

 何故なら、わたしの彼女への好意は・・・・和馬さまが香純先生の存在を知る、それ以前から・・・・



 《和馬》

 会計二万四千七百五十円です、と告げられ、俺は財布から万札を三枚、取り出す。領収書やレシートなど一人身の俺には不要だった。
「今日は、ご馳走様」
 小池鈴子が《密界のレストラン》を出る前に礼を口にする。店をいざ出れば、店内における記憶が消えるということもあって、今のうちに礼を聞けたことに悪い気はしなかった。
 もっとも鈴子には、中学時代における結城琴子の情報だけでなく、彼女の頭髪の入手から、最後にはMCNの人体実験にまで付き合ってもらっている。俺にとっては金額のそれ以上に、貴重な時間であったのだから、本来ならば、こちらが礼を言うべき立場であった。
「それじゃ、帰るか・・・・」
「えっ、あ、もうこんな時間なの!」
 既に《密界のレストラン》を出た小池鈴子には、店内における会話の記憶はなく、またそれを不審に思って、過去に振り返ることもない。
 俺の家と女子寮がほとんど同じ方向ということもあって、俺たちは一緒に帰宅する。途中、クラスメイトにでも見られれば、それはそれで厄介だな、と思わなくもなかった。だが、既に桜花中央学園は閉門されている時刻であり、今、帰宅している生徒は俺たち以外に皆無だ。
 その俺の心配は杞憂に終わった。
 だが、女子寮の建物が居並ぶ、その入り口で俺たちの帰りを待っていた者がいた。正確には、小池鈴子の帰りを・・・・
「遅い! 今、一体、何時だと・・・・」
「研ちゃん、ごめん!」
「約束は六時。今は七時だぞ!」
 やや細身ながらそれなりに長身で、身長は僅かに俺より高い。眼鏡をかけ、いかにも優等生風な男だが、ガリ勉というそこまでの雰囲気はない。ガンダムSEEDのサイ・アーガイルを和風にしたような・・・・そんな感じがする。
 それが俺の抱いた第一印象であった。
 そしてそれが店内の話にもあった、小池鈴子の彼氏でもある神崎研一郎なのだ、ということが俺にも解かった。
「で、そっちは?」
 いかにも怪しげな視線が、知的な眼鏡の中から向けられてくる。
「ああ、こっちは、神崎くん。あっ、研ちゃんと同じ、神崎の姓の和馬くん」
「で、それで・・・・鈴子とはどんな関係?」
 確かに付き合っている彼女が約束の時間に一時間も遅れ、他の男と一緒に居たともなれば、不機嫌な一言も当然のものであっただろう。この立場が俺であっても、きっと同じ態度をしていたに違いない。
「えっ、と・・・・どんなって」
 色んな恋愛ドラマでも見かけられた一場面だったが、俺は研一郎の質問に対して、答えに窮した。
 こんなとき、ドラマではどんな言い訳していた、っけ?
「研ちゃん、神崎くんは・・・・和馬くんはただのクラスメイト」
「・・・・本当に?」
 鈴子が的確な俺との関係を一言に表したが、生来の彼女の男好き、という性格が余計な誤解を生んでしまう。ここに直人がいれば、上手い言い回しで説得をしてくれたのだろうが・・・・
「あ、あのね・・・・ただ、神崎くんが琴のことで、色々と知りたいらしくて、つい話し込んじゃったの」
 ぶっ、
 俺は思わず赤面して咳き込んだ。
 確かに鈴子としては、そう言う以外に他なかっただろう。店内における記憶は確かに消去してあるが、落ち合ったときに、俺は確かに「結城さんのことで・・・・」と口にしているのだから。
「琴のことで?」
「んっ、あ、いやぁ、まぁ・・・・その・・・・」
 まるでミーア・キャンベルのことを尋ねられた際の、アスラン・ザラのように口を動かすだけで、俺は否定も肯定もできなかった。
 だが、その甲斐もあってか、研一郎の表情が和らぐ。
「そっかぁ・・・・琴を、ね」
「すまない。こっちの都合で、遅くまで彼女を借りてしまって」
「あ、いや」
 研一郎は軽く頭を振った。
「鈴子の立場が俺だった、としても、きっと君の相談には乗ったと思うから」
 ただ、女子寮の前で話し込むのも、男の俺たちには恥ずかしく、俺たちは目の前の運動公園にまで足を伸ばした。
 こいつとは、・・・・なんとなくだが、そんな予感はあった。
 新たに研一郎を交えて三人で会話する。時間にすれば三十分。だが、たった僅かな時間の間で、俺たちは完全に意気投合してしまっていた。
「まぁ、昔から神崎の姓を名乗る奴に、悪い奴はいないさぁ!」
「ああ、そうだよな・・・・って」
 俺も同意しかけて、手を振った。その研一郎の持論だと、兄の一樹までが良い奴になってしまう。そして俺自身もまた、決して悪くない奴とは言い切れないだろう。
「それじゃぁ。これ以上、二人の時間を邪魔するのも悪いから、俺は帰るとするよ」
 今日は連休前夜の金曜日、俺でも少しは気を遣う。
「そっか・・・・」
 別れが名残惜しいように、研一郎は俺に右手を差し出す。俺も笑顔でそれに応えた。
「俺は海の親友だから、和馬の恋を応援することはできないけど、同じ神崎の姓の誼、健闘だけは祈ることにするよ」


 多少、遠回りでも並木道から帰るべきだった、かもしれない。
 今日は連休前夜の金曜日、ということもあって、公園内は男女のアベックで賑わっていた。公園内には派出所がある、ということもあって、露骨にまぐわっている男女がいないのが、唯一の救いだが・・・・
「・・・・」
 俺は一度だけ、深い溜息をついた。
 神崎研一郎に限らず、小池鈴子も知らない。当然、海外にいる霧島海、当の彼女で、さえも・・・・
 俺が結城琴子を手に入れるのは、もはや決定事項である。勿論、正攻法ではない。また香帆のときのように無理やりにではなく、琴子のほうから俺に関係を仕向けさせる。

 俺は自宅に辿り着くまでの、それまでの間、まさに悪魔のようなシナリオを練り続けていた。
 結城琴子は処女を、これまでの自分の全てを捧げる、というぐらいに貞操観念が強いらしい。無論、捧げたいと思う人物は、霧島海のそれ以外に考えられないだろう。
「それはとりあえず、まぁいいさ」
 正門前で防衛システムを全て解除。玄関に向かって、独り者の俺には広すぎるであろう庭の間を進んでいく。
 幸い、というべきであろう。琴子は性的知識に乏しく、SEXするその行為そのものを知らない。
 玄関の鍵を開け、靴を脱ぎ、リビングのソファーに身を沈める。
「つまり・・・・」
 SEXする行為そのものを知らない・・・・つまり、琴子は処女喪失、そして膣内出しによる妊娠の恐れをも知らない、ということだろう。


「誰?」
 自宅に着いて、俺が最初に行ったのは、小池鈴子から受け取った頭髪の確認からだった。
 思わず握り締めた拳。掌に爪が食い込む。
 MCNが回収した頭髪から解析するまでの間、俺の鼓動は普段よりも早く、そして強く高鳴り続けていた。まるで血が逆流するかのような高揚感と、極度の緊張感が俺の精神を束縛する。
 その戒めから解き放たれたのは、MCNが分析を終え、俺が今、もっとも渇望している少女の・・・・結城琴子の確認を終えたときであった。
「クッククク・・・・」
 俺は頭を抱えて哄笑する。それはまるで、戦争を終わらせるための鍵を、ニュートロン・ジャマー・キャンセラーのデータを手に入れた、ムルタ・アズラエルのように、高々と。

 遂に結城琴子をMCNに登録させた俺は、その手始めに、まず琴子の身体が本当に処女か、どうかを確認することから始めた。無論、彼女は俺の携帯のメールアドレスを知らない。多少面倒ではあるが、直接MCNにメールアドレスの書き込みをする、それ以外になかった。
 メールの送信と同時に、琴子にはメールの削除、記憶消去を命じる。
 一人の少女の処女をこれほどまでに祈ったのは、そこまで拘りを持ったのは初めてのことであった。
「・・・・」
 メールの着信音が響き、俺はやや震える指先で受信メールを開く。
 答えは・・・・小池鈴子が指摘したとおりに、処女であった。
 MCNによる問いかけは、彼女の本能による答えによるもの。それは絶対であり、間違いもない。まぎれもなく、結城琴子は処女なのだと、判明した瞬間であった。
 そして処女だと判明した、その次に、俺は琴子の前回の生理から把握することにした。どうせなら、琴子に俺の子を孕ませておきたい。霧島海の子ではなく、俺の子を・・・・是非。
 だが・・・・
 小池鈴子の実験では時間にして一秒で発動するはずのMCNが、同様の命令で草薙弥生にも有効だったはずのそれが・・・・五分経過しても携帯は反応を示さない。
「何故・・・・」
 激しい動揺を隠せなかった俺は、両手で髪の毛をかき上げながら、努めて冷静に、心を落ち着かせようとした。
 以前のケースから、考えられるのは、二つ・・・・。
 一つは手元に携帯がなく、メールするまでに時間がかかる場合。だが、この場合は考えられにくい。処女、だと答えたメールは、ついさっき届いたばかりなのである。
 もう一つは、小泉とうあと全く同じ場合である。もし琴子がとうあと同様、未だに生理を迎えていないのなら、俺がMCNで指示したそれは、無効となってしまう。

[ 身体が次に迎える排卵日を、神崎和馬の携帯にメールすること ]

 時間にして、僅か十五秒・・・・メールの着信があった。
 俺の予測が正しかった。琴子は未だ生理を迎えていなかった・・・・のだが、俺は送られてきたメールを見て、やや唖然とせずにはいられなかった。
 今年の五月、の二日? およそ午後二時半前後・・・・だと!?
 俺はカレンダーを見て、もう一度だけメールの内容を確認する。
「クックククク・・・・」
 次第に口元を歪ませられずにはいられなかった。来週末の大連休、その前日である。時刻はまだ午後の授業中ではあったが、そんなことは今からでも何とかできるだろう。

[ 次の排卵日が生まれて初めてのものか、yes、noで答えよ ]

 返ってきた返答は・・・・yes。
 つまり結城琴子の身体は、もはや決定事項ともなった俺との性交に備え、初めての排卵を迎えることによって、俺を歓迎してくれるらしい。まるで琴子の身体自身が、俺に抱かれる日を五月二日に指定してきた、ようにしか思えない。
 無論、それは偶然の産物がただ重なっただけのことだろう。
 そんなことは俺にも解かっている。いや、理解しているつもりだった。
 ・・・・だが、だからこそ、俺は運命的なものを感じてしまう。

「その期待には応えてやるさぁ!」
 俺はゆっくりと立ち上がった。
 俺との初SEXに記念して、琴子の身体が初めての排卵を迎える、というなら、俺はその琴子の期待に応えて、たっぷりと膣内出ししてやる。連休全てが懐妊する危険日というなら、俺も連休全てを注ぎ込んで、琴子の膣内に注ぎ込んでくれる!

 琴子は間違いなく、妊娠するだろう。
 彼女が初めての生理を迎える、それ以前に・・・・確実に。



 《望月》

 目が覚めても、俺は暫く立ち上がることができなかった。音楽棟に残された俺たちの誰もが、冷たい床の上に倒れこんだままだった。
 くそっ・・・・
 本来ならば今頃、俺が入学当初から目をつけていた、結城の処女を奪っているはずであった。その後はこの連休中、愉しい輪姦パーティーとなっていた・・・・はずが、このざまだ。
 完全に失敗だった。琴子が処女であり・・・・あの様子では、SEXの意味さえも理解していなさそうだった。そうだと解かっていたら、別の手段で墜としていただろう。
 ピアノの指導、という名目で、その間に睡眠薬入りのジュースでも飲ませる。睡姦なんぞ俺らには愉しくもないが、琴子の処女は確実に奪えたことだろう。
 またSEXを知らない、というなら、ピアノの上達には必要不可欠なことなんだよ、と偽りでも教えていれば、自ら股間を俺たちに開いていたかもしれない。

 まぁ・・・・今更だな。
 俺たちに突きつけられる現実は・・・・退学。それも当然ではあろう。これまでにも色々な新入生を毒牙にかけてきた。嫌がる女を力ずくでモノにし、次々と膣内に出しまくる。勿論、それによって妊娠してしまった女生徒もいたが、大概、自主退学していった。

「なぁ・・・・そろそろ、先輩たちが・・・・」
「ああ・・・・」
 俺は頷いた。
 月末の連休は俺たちにとって、愉しい輪姦パーティー・・・・
 俺を含めた三年生・・・・俺たちが始めて参加した半年前から、これは音楽科・鍵盤楽器部の慣例となっていた。当然、この桜花を卒業していったOBたちも、やってくる。
 特に今年の新入生には、美少女が多い、ということもあって、この日を心待ちしているようだった。
「お前が結城などに拘るから・・・・な、何て説明するよ!?」
「・・・・」
 反論できなかった。結城を輪姦す前に、俺の気持ちを伝えておきたかった。そのため、通例のスケジュールを前倒しにし、OBが来る前に結城を何とかしておきたかった。
 結城が処女だと知ってからは、その思いに拍車がかかり・・・・
「くそっ・・・・」
 もうこの鍵盤楽器部の慣例の歴史も終わる。俺たちの世代の、最初のその月で、俺たちの独断によって、歴史を途絶えさせてしまった。それだけに今日、少女の身体が確保できなかった、とOBたちが知れば、俺たちは・・・・
「こ、殺されるのかな・・・・」
「さぁな?」
 俺は仲間の疑問を曖昧に答えたが、質問それ自体、決して大げさな発言ではなかった。俺のような人間が言えた義理ではないが、桜花を卒業していったOBは、少女を輪姦して悦に入るような同類、下種なのである。
「い、今のうちに、に、逃げねぇかぁ?」
「逃げても無駄だろ・・・・たぶんな」
 実際にOBの中には木原さんのように、極道となった人もいるぐらいだ。逃げたところで捕まるのがオチだ。
「そ、そんなぁ・・・・」
 絶望的な声が音楽棟、第一音楽室に響く。
 刻々と・・・・だが、確実に・・・・俺たちには陰惨な地獄ともいうべき、その時刻が着実に迫っていた。



 《和馬》

 ゆうに神宮の杜がすっぽり入りそうな、広大な運動自然公園。
 園内には駐在所があることもあって、もうこの時間に至っては思っていたほど、アベックも不審な浮浪者もいない。
 俺は黙々と、先行する少女の後を歩いていく。
 時間にしては九時になろうとしていた。散歩に少し付き合って、と雛凪に呼び出されたのが、およそ二十分前のことだった。

 二本結びの髪型こそ普段の雛凪ではあったが、水色のシャツは露出度こそ少ないものの、締りの良さげな腰つきを強調しているし、白いスカートから出た細長い脚には、思わず視線を釘付けにする。
「神崎くん・・・・」
 雛凪が立ち止まったのは、およそマラソンコースを一周し、再び俺たちの家がその目前に迫ったところであった。
「もう少しの時間、もう少し深く付き合ってくれる?」
「んっ、散歩でも相談でも、いくらでも付き合うぞ」
 その俺の言葉に嘘や偽りはなかった。
 香帆との件もあって、俺は雛凪との関係を諦めたが、彼女のコタに対する気持ちを応援する、その思いだけは以前からも変わっていない。
「ううん。違うの・・・・」
 雛凪が振り返った。二本結びの髪がそれに従う。風呂上りのせいだろうか、長い髪から甘い匂いが漂ってくる。
「神崎くん、私のこと・・・・可愛い、って言ってくれたよね?」
「んっ、ああ。昨日の昼間、屋上で言ったな」
「あれ・・・・本当?」
 改めて問われるとなると、多少の気恥ずかしさが伴ったが、雛凪の表情は真剣で、とてもごまかせるような雰囲気ではなかった。

 俺が雛凪は可愛い、と思ったことは、揺るぎない事実ではある。実際にMCNに登録してある、それが何よりの証拠であろう。香帆との結末、コタとの交友もあって、それ以上の記載は控えたが、俺が何を求めようとしていたか、など、もはや語るまでもないだろう。
 風紀委員として「風紀を乱す者は許さない!」と言って(もっぱら、都々御がその対象とされていたが)取り締まっていく、その清廉かつ気丈な振舞に好感を覚えていたのは、紛れもない事実である。
 後に直人は俺に言ったものである。
「和馬さまは、どちらかというと・・・・少し地味な少女を好むような、そんな傾向がありますね」
 と。
 その直人の指摘は正しい、と思わずにはいられなかった。
 俺の中で結城琴子が代表されるように、確かに俺は、鮮やかなドレスを着飾った名家の令嬢などよりも、極庶民的な衣服を身に包んだ少女を好んだものである。

「雛凪は、俺の目から見て、十分魅力的な女の子だよ」
 歯が浮くような台詞だったが、雛凪は潤んだ瞳に両手を口元に当てて、心から感激している様子だった。
「そんなこと・・・・言われたの、初めて、だったから・・・・」
「よほど、周りの男たちの見る目がなかったんだな」
「ううん。それは違うと思うよ」
 雛凪は俺の言葉を否定する。
「私の側には・・・・いつも、とうあが居たから、ね」
 ああ、なるほど、と俺にも得心がいく。
 雛凪つむじの親友である小泉とうあは、桜花中央学園の新入生の中で、宮森香帆、大原理恵に並ぶ、三大美少女とさえ称されている存在である。俺自身もお預けを喰らっていたが、あの健康体ともいうべき身体、屈託のない表情に、俺が一番の最初に抱こう、と思ったほどの逸材である。
 その魅力的なとうあに並んでしまえば、確かに、地味なつむじは霞んでしまう。かつての俺が兄貴の前に立つと、霞んでしまったのと同様、圧倒的な個性を前にした存在は、一時的な引き立て役に徹されてしまうのである。
 それに嫉妬しているわけでも、妬んでいるわけでもなさそうではあったが、周囲からチヤホヤされている親友を見て、雛凪が強いコンプレックスを抱いていたとしても、それは無理もないことだっただろう。
 俺からして、そうだったのだから・・・・
 親友と異母兄の違いこそあれ、素直になれなかった性格から、その境遇に至るまで、俺と雛凪は確かに似ていたのかもしれない。

「小泉は小泉、雛凪は雛凪。別に他人を比較しなくても、雛凪は可愛い。俺が保障するよ」
「!」
 その俺の言葉に、驚いたように目を丸くする。
 そんな変なことを言ったか?
「まさか、昔、コタが言ってくれたような台詞を、神崎くんの口からも聞けるなんて、思わなかったわ・・・・」
「そうか・・・・」
 コタと雛凪が幼馴染同士だということは、以前から聞かされていた。雛凪が傷ついているとき、気落ちしているときなど、彼女を支えていてくれたのが、きっとコタ・・・・谷浦虎太郎なのだろう。
 たったそれだけでも、彼女がコタに惚れるには十分な理由ではある。
 贔屓目なしに、俺の目からでも十分に脈がある、と思う。
「告白してみれば?」
 まずは告白してみなければ、何も状況は変わらないだろう。幼馴染、ともなれば尚更のことだ。
「私には・・・・」
 しかし、いざ告白を勧めるともなると、逡巡してしまう。
 これは本格的に説得して、自信を取り戻させてやるしかない。
「少しは自分の魅力を自覚してくれ。雛凪は俺が抱きたい、って思うぐらい、本当に魅力的な少女だぞ」
 まさか自分でも、こんな本当の気持ちを曝け出すことになるとは、思いもしなかった。だが、そこに込められた言葉には、嘘偽りのない俺の思いである。
「本当に?」
「ああ。だから、コタとも上手くいく、って!」
「じゃぁ、コタに告白するその前に・・・・」
 囁くような、弱々しい口調。
 微風が二人の間に流れ・・・・
「神崎くん、私と寝て・・・・」
 その告白は、余りにも意外で唐突だった。
「はぁ?」
 驚きに動揺を隠せず、相当な間抜け面をしていたかもしれない。一瞬、MCNにそんな記載していたのではないか、と、自分で自分を疑ったほどだ。だが、香帆の一件もあって、雛凪の頁には処女かどうか、を確認させただけに留まっている。
 じゃぁ、何故!?

 コタに告白するために、俺は説得していたはずだった。
 それが何故、どうやったら、こんな展開になってしまうのだろう。
 雛凪の妹を(妹の存在すら)知らなかった俺には、謎が深まるばかりであった。



 《雛凪》

 コタに告白する・・・・にしても、だが、私にはその前に、妹の栞への償いを先に果たしておかなければならない。
 私の早計な誤解のせいで、栞は好きでもない大人たちに破瓜され、心にも深い傷を負わせてしまっていた。
「本当に私を可愛いと思ってくれるのなら、私を抱いて!」
 思い切ったお願いだとは、解かっている。
 尻軽な女だと軽蔑されてもいい。
「嘘じゃないなら、三日間の間・・・・日曜日まで、私とSEXすることで証明してみせよ」
「本当に、それで・・・・雛凪は、本当にそれでいいのか?」
 私は頷く。
 始めは別に誰とでも良かった。
 ただ神崎くんを最初に選んだのは、彼が私のことを可愛い、と言ってくれた初めての異性だからだ。誰かに純潔を与えるにしても、どうせなら可愛いと言ってくれる人にあげたほうがいい。
 神崎くんには好感を抱いている。あくまで友達、として。ううん、異性として憧れている部分はある。だから、私が彼に純潔を捧げるにしても、それは栞への贖罪にはならない。だから、もし神崎くんが私とのSEXすることを断れば・・・・そのときは神崎くんが決めてくれた人に、処女を与える。神崎くんの知り合いでも、その辺の浮浪者にでも。

 私が栞にそうしてしまったように、私にも相手を選ぶ決定権はない、のだから。



 《和馬》

「んっ、じゃ・・・・とりあえず、俺の家に行こうか」
 話はそれからだ。
「うん・・・・」
 俺は雛凪を先導しながら、この事態に戸惑っていた。
 確かに雛凪を抱いてみたい、と思っていたことはある。MCNに雛凪を登録してある、それが何よりの証拠ではあろう。その結果だけを見れば、その当初の希望が叶うのだから、俺としては願ったり叶ったり・・・・のはずなのだが、釈然としないのも事実であった。
 そう、俺には雛凪の真意が全く理解できていないでいた。


「今、飲み物入れるから、リビングで待っていて・・・・」
「うん、解かった・・・・」
 キッチンで飲み物の準備をしながら、俺は昨日と同じ要領で制御室へのアクセスを開始して、特別寝室の撮影起動を設定する。起動条件も昨日と同じでいいだろう。
 まさか連夜で美少女の処女喪失をさせることになるとは、俺でなくても予想外の出来事ではあった。だが、折角の好機であることには違いない。
「神崎くん、お家の人は・・・・?」
「あ、あれ・・・・言ってなかったっけ?」
 俺は沸いたお湯のポットを片手に、もう一つの手のトレイに紅茶セットとコーヒーセットを乗せて、リビングへ向かう。
「俺、一人暮らしだから・・・・」
「えっ・・・・ええっ!?」
 雛凪の驚きはもっともだろう。俺自身、この部屋数と建物の広さ、敷地の広さを持て余しているのだから。
「神崎くんって、もしかしてお金持ち?」
「んっ、俺の親父が、ね・・・・」
 俺自身に資産がない、というわけではなかったが、それを言えば自慢にもなってしまう。それはこれからの・・・・たとえ今日、雛凪とSEXすることになっても、雛凪とは、これまでどおりの良好的な関係でありたい、と思う俺の意思に反する。

 コーヒーを飲み干して、俺はもう一度だけ雛凪に確認する。
「本当に、いいの?」
 暗にコタでなくていいのか、と訪ねる。
 香帆の処女を無理やりに奪ってしまった俺だが、草薙弥生が俺に、結城琴子が霧島海に処女を捧げたい、と思っているように、少女にとって初めて、とは、一生に一度だけの大切な出来事である。やり直しをすることはきかない。処女膜再生治療、というものが確かに医療で発達しているが、それはあくまでも肉体的なケアをするだけに過ぎない。
「コタには・・・・黙っていて欲しいの」
「そりゃ、まぁ・・・・」
 言えるわけがない。
 俺は親友の一人ともいうべき、谷浦虎太郎には絶対に打ち明けないことを約束する。雛凪のためだけではなく、俺自身の身のためにも。

「それから神崎くんと寝るのは、これっきり・・・・あ、でも今回は私から抱いて、って頼んだのだから・・・・」
 雛凪はそこで言葉を一旦切って、紅茶を飲み干す。
「コタに告白して、もし私が振られたら・・・・神崎くんが私の身体でもいいなら、またそのときは、SEXしても・・・・あ、ごめん」
 そこで雛凪は気付いたように謝罪してくる。
「ん、どうした?」
「もう既に神崎くんとSEXする、その前提で、話をしちゃった」
 どういう意味だろうか?
「神崎くんがもし、これから私とSEXしたくなければ、誰か他の人を紹介・・・・もしくは指名して・・・・」
 手にしていたコーヒーカップが割れる。実家から持ち込んできたお気に入りではあったが、雛凪の今の姿をかつての自分に重ねていた部分もあって、非常に腹が立っていた。
 何故だろう、何故、雛凪はこんなにも自分を被虐的に卑しめるのだろうか?
「んじぁ、コタを紹介してやる! それでいいんだろう!?」
「そ、それだけはダメ! コタは、それだけはダメなの!」
「コタには告白する。俺から見れば、二人とも両想いだ。ああ、きっと上手くいくさぁ!」
 雛凪がコタに処女を捧げる、っていうなら、俺にも諦めがつく。
「だけど、雛凪はそのために違う誰かに抱かれなきゃならない、って、何だよ、それは! 言っていることが目茶苦茶じゃないかぁ!」
「そ、それは・・・・」
 雛凪が急に言い淀む。
 俺も言い過ぎたのかもしれない。雛凪には雛凪の事情がある、それぐらいのことはこれまでの会話からでも、だいたい気付いていた。好きなはずのコタにではなく、俺に処女を捧げよう、と考えていたその時点で、既に俺との会話が食い違っているのだから。
「言い過ぎたな・・・・ごめん」
「ううん、私が悪かったのよ・・・・全部・・・・」
 また自分を責める雛凪の悪い癖か、と思っていたが、彼女の目線は俺の想像するそれ以上に、広い視野で語っていた。
「私には妹がいるの・・・・神崎くん、知っていた?」
 俺は頭を振る。雛凪に妹がいるなんて初耳だった。この桜花市に来てから、早一ヶ月近くが経過しようとしていたが、雛凪を除いた同世代の少女を見かけたこともない。
「神崎くんが知らないのも当然よね。あの子、今では全く部屋から出ないから」
「・・・・」
「栞、っていってね、優しい妹だった。うん、優しくて明るくて、私の両親にとっては自慢の娘だったわ・・・・」
 話を聞きながら、それが過去形であることに気がつく。
「その頃、私は荒れていてね」
「雛凪が・・・・荒れていた?」
 実際に昨日の昼間、屋上での彼女に遭遇していなければ、荒れている雛凪の姿を想像することさえ難しかったかもしれない。
「うん。それで・・・・少しのすれ違い、って、言い訳よね。私が栞に酷いことをしたのは、事実なんだから・・・・酷いこと。一言にすればそうなのだけど、そのせいで栞は・・・・」
 詳しい経緯は今も解からない。
 だが、雛凪が思い悩んでいる過去の背景は、何となく理解できた。
「過去の過ちの清算として、コタ以外の男に抱かれるつもりだったのか」
「ま、そんなとこよ」
 雛凪は俺の言葉を大筋ながら肯定した。
「だから神崎くんには、お願いがあるの・・・・」


「す、凄い部屋・・・・」
「前もって言っておくが、俺の趣味じゃないぞ」
 確かに特別寝室の異様さは、昨夜、香帆を連れ込んだときでさえ、俺にも感じられていた。そもそも直人が、童貞といって差し支えのない俺のために、性交技術の向上を目的として誂えた部屋である。
「ここ。外からだと、ただの壁だと思っていたけど・・・・」
 偽装されたマジックミラーに、内側は超硬質防弾ガラス。俺自身、直人の防備体制には度が過ぎているように思えなくもないが、そこは護衛の意思を尊重すべきではあろう。
「服は全部脱ぐ?」
「いや、そのままでいい」
 確かに服を脱がせたほうが楽かもしれない。また今日は昨日の香帆と違って、雛凪は私服である。それでも全裸にさせるより、多少衣服を残しておいたほうが、俺的には好ましいらしい。
「そこの壁に手を着いて」
 奇しくもその方向は、雛凪の家。つむじが妹に贖罪する、という意味では、確かにこれ以上に相応しい場所はないかもしれない。
「う、うん・・・・」
 俺は雛凪の背後から無造作に白いスカートの中に手を伸ばし、ゆっくりとパンティーを引き摺り下ろしていった。そして手に取ったパンティーを広げて、俺は思わず噴き出した。
「く、熊さん・・・・」
「わっ、悪かったわね!」
 顔を真っ赤にして非難する、雛凪。いつも澄ましていて、都々御などを糾弾している雛凪に、そんな一面があったとは・・・・
 雛凪はその体勢から腰を引いて、秘裂の花園をこちらに差し向ける。処女地、しかもウエストの締まった身体付き、ということもあっただろう。そこは堅く閉ざされていた。
「少しほぐしたほうが・・・・」
 このままいきなり挿入では、雛凪の激痛は相当なものとなろう。
 だが、雛凪は頭を下げたまま、首だけを振る。
「でも、これじゃ・・・・」
「私は構わない、その約束でしょう?」
「・・・・」
 躊躇いながらも俺は頷いた。
 雛凪が俺に抱かれるに当たって、出した条件は一つ。
「たとえ私がどんなに痛がろうと、泣き喚こうと、神崎くんはお構いなしに、ただ行為だけに没頭していて欲しい」
 で、あった。
 雛凪が知るはずもなかったが、およそ昨夜の香帆のそれを、時間を延長して、自ら志願したようなものだ。
「それじゃ・・・・いくよ?」
 雛凪は下を向いたまま頷いた後、僅かに身体を強張らせる。無理もなかった。雛凪は処女であり、しかも自身からは確認することもできない、背後位からの挿入である。
 抱けば簡単に折れてしまいそうな、華奢の腰を抑え、俺の先端が雛凪の秘所地に触れる。そして・・・・《ズズッ》と、全く濡れていない裂け目を押し開かせた。
「・・・・ぐぅ! ・・・・」
 たとえこっちに表情が見えなくても、雛凪のそれが苦痛に歪んでいるのが解かる。更に俺が突き進むと、昨日の香帆とほぼ同様の位置で、まるで俺の侵入をそれ以上阻もうとする存在に突き当たる。
「雛凪・・・・」
 平気か、という言葉を飲み込む。
「だ、大丈夫・・・・か、神崎くんは、そんなこと・・・・言ってはダメだから」
 雛凪はあくまでも贖罪による、激痛を選んだ。
 ならば、俺はその激痛の時間を、少しでも減らしてやるべきだろう。
「解かった・・・・」
 雛凪の両股を掴み、全ての重心を俺との結合する一点に集中させて、俺は一気に腰を突き進ませた。
「うぐっ! い、いっ・・・・」
 悲鳴を上げて弓なりに仰け反ろうとするが、俺はそれを許さず、肩から力ずくで抑えつけては、尚も埋没させていく。
「かはっ!」
 立ちはだかる壁を強引に突破した直後、俺は火傷しそうなほどの灼熱の濁流に包まれていく。強い圧迫を感じながら、尚も進み、限界まで雛凪の膣内を蹂躙していく。
 やがて雛凪の行き止まりに突き当たる。
「入ったよ・・・・」
 雛凪からの返事はない。いや、応える余裕さえもないのだろう。繋がった連結部からは、純潔の証が熱く流れ、俺につたって滴り落ちていく。
 大粒の涙を流しながら、雛凪の視線がこちらに向けられる。浅く短い呼吸を繰り返しながら、唇がかすかに動く。
 続けろ、という意味なのだろう。
 俺は一度だけ瞳を閉じて、雛凪の思いに観念する。純潔まで捧げた彼女の贖罪を、俺個人が無にさせてはならない。
 連結したままの体勢から、雛凪の両腕を掴み取る。容赦を捨てることにした。昨夜の香帆に対してはそうしたように、昨日までの俺にとって雛凪の希望は、俺にとって望ましい展開であったはずだ。

 俺は自分本位で腰を動かし始める。
「ぐぅ、ああっ、い、いッ・・・・」
 挿入されるたびに、雛凪の口から苦悶の声が洩れ、首は左右に、二つに結んだおさげが、上下に揺れていった。
「ひやぁぁ、痛いぃ! あががぁ・・・・」
 破瓜されたばかりの、しかも背後位からの結合である。雛凪に与えられる激痛は、昨夜の香帆の比ではない。
「いひゃぃ・・・・いやぁやああ・・・・」
 その雛凪の悲痛な悲鳴が上がるたびに、俺はSEXを中断すべきか、とその衝動に駆られる。だが、ここで先の約束を違えれば、雛凪は一生、俺を許さないだろう。
 俺は心の中で、もう一人の自分に呼びかける。
 理性を保ったままで、こんな状況では俺の精神が堪える。幸い、この状況は、もう一人の俺にとって好ましい独壇場であろう。
 だが・・・・昨夜の香帆を破瓜したことで、満足してしまったのか。それとも、雛凪つむじはもう一人の俺の好みではないのか・・・・俺の精神に入れ替わった気配はない。
 当然だった。あれはどちらも自分であって、決して二つの人格が俺の身体に備えられたわけではない。まして今の俺は、ただの逃げ、甘えからくる願望を抱いているのに過ぎない。
「っ・・・・」
 限界が近かった。
 弥生のときから感じていたことであったが、俺は早漏なのかも知れない。昨夜の香帆も限られた時間内で、射精した回数を考えると、決して長いほうではないだろう。
 だが、こんな状況下では、そんな自分の欠陥も喜ばしく思えてならなかった。早くこの激痛の連鎖から、雛凪を解放させることができるのだから。
 その切羽詰まった俺の反応を、察したのかもしれない。
「なぁ、んんっ、膣内に・・・・」
 俺は思わず、雛凪の言葉を疑った。
 コタの顔が浮かび、親友を完全に裏切ってしまう背信の思いが、俺の脳裏を過ぎったが・・・・もはや、限界であった。
「ぐぅっ!」
 雛凪の膣内深くに、腰を密着するまで、断続的に突き刺し・・・・自然の流れに委ねて、己の迸りのそれが伝わってくる。昨夜の香帆にあれだけの精を注いだのにも関わらず・・・・
「んんっ・・・・んっ!」
 俺の射精のたびに、雛凪の口から、今も尚、膣内出しされている感触が洩れてもくる。

「雛凪・・・・」
 突き上げたままの股間に、バックリと無残にも散らされた花弁。そこから雛凪が純潔を失った証が糸を引いて落ち、そして膣内出しされた夥しいばかりのスペルマが、尚も彼女の膣内に溜め込まれている。
「・・・・」
 雛凪は溢れてくる涙を拭う。
「膣内出しは、さすがにまずくないか?」
 俺としては珍しく、一般論を述べた。
 結城琴子は良くて、雛凪つむじはダメ、というわけでもなかったが、今ならまだ、指でも掻き出せば、妊娠する可能性は低くできるはずだった。
「安全日、だから・・・・気に、しないでよ・・・・」
 まぁ、だから、清廉なはずの雛凪が膣内出しも容認したのだろうけど。だが、必ずしも計算した安全日がイコール、絶対に妊娠はしない、という構図にはならない。
「それに・・・・膣内出しされ続けることだけが、私のせめてもの贖罪なの」
 雛凪の意思は固い。
「神崎くん・・・・これからだよ、まだ・・・・」

 そして彼女の贖罪は、まだ始まったばかりである。


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