第七話【 悲壮相互 】( 4月 )


 《和美》

 《pruuuu・・・・pruuuu・・・・》
 突然、わたしの机に置いてあった携帯が鳴った。
「あわわわ・・・・今、TVいいトコなのに、もぉう!」
 今の世間をときめかせる、ケート(本名・青山恵都)が出演する連続ドラマだ。上京してきた主人公と一度は結ばれながら、主人公の元カノが現れて、結局は破局してしまう・・・・悲しい哀しい東京愛物語だ。このリメイク版とはいえ、名作の新ヒロインに抜擢されたのが、今、躍進売出し中のケートである。
 ハーフであるケートのブロンドの髪は、長くてとても綺麗だ。体型もわたしとは別の生き物のように違って、如何にも女性らしい。喜怒哀楽の一つ一つの表情には、同性であるわたしでさえも、一瞬《ドキッ》とさせられる。
 かずにぃがファンになっていることもあって、わたしはケートのことが好きにはなれなかったが、それでもこの物語は大好きだった。
 少しだけ、複雑。
 TVの音量を下げ、携帯を開く。
 発信者登録 なし。
「また変な電話だったら、やだなぁー」
 最近、わたしの携帯には不審者(同じ建物にいる勘治朗)からの電話が多い。「いつか抱いてあげるから、それまで処女でいるんだよ」とか、「今穿いているパンティー、はぁはぁ」とか。
 はぁ・・・・もう、うんざり。
 わたしには好きな人がいるのに。

 少し躊躇った後、わたしは携帯に出た。もし変な電話だったら、すぐに切ってやる!
「もしもし?」
《・・・・》
 わたしの瞳が驚きによって見開かれる。
 この人の声・・・・すごく久しぶりだ。
 この人との電話はおよそ二年ぶりだったが、わたしにはその声を聞いただけで、すぐに相手が誰だか解かった。解かってしまった。
「今更、わたしに電話してくるなんて、一体、どんな了見よぉ!!?」

 わたしはこの人が嫌いだ。
 この人なら、とわたしが渋々諦めたものを・・・・(それ以前に可能性があったわけじゃないけど・・・・)この人は簡単に切り捨てたのだ。
 許せない。絶対に許せないよ。

「あなたのせいでかずにぃが、どれだけ傷付いたか、あなたには解からないでしょうね。それで挙句に、いちにぃと婚約ぅ〜〜」
 それじゃ、余りにもかずにぃがかわいそうだ。
「そんなあなたが今更、わたしに何の話があるって言うのよぉ!!!」
 わたしは知らなかった。
 電話の相手・・・・弥生さんがレイプされていた過去を。そして両親によって、いちにぃと婚約させられてしまったのだ、ということを。
《・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・》
「謝って済む問題!? それだけで済めば、この世に警察なんて要らないわよ!!」
 弥生さんは謝るだけで、わたしは一方的に糾弾した。
 あれ・・・・?
 何か・・・・変。
《・・・・》
 なんで、いちにぃじゃなくて、かずにぃのことを気にかけるの?
 電話の趣旨も、かずにぃのことに関して。
「・・・・明日のお昼よ」
 嘘をついてもよかったが、わたしは本当のことを言った。
「明日はいちにぃ、会社の会議だから不在だし」
 わたしの感・・・・わたしの、女としての感だ。
 携帯が切れた後も、わたしは会話の中のその違和感を拭い去ることはできなかった。

 まだ弥生さんは、かずにぃのことを・・・・?
 《ズキン》と、胸が少し痛い。

 いちにぃとの婚約は、弥生さんの意思によるものではない。わたしにはそう思えてならなかったのだ。
 わたしとて神崎家の娘である。当主の意向によっては、わたしの意思に関係なく、嫁がなくてはならない。それだけに弥生さんの境遇に近いこともあっただろう。
 携帯のメモリーから、弥生さんの写メを開く。
 これは二年前に、弥生さんがかずにぃの誕生日を訊ねられたとき、交換条件として送って貰ったものだ。
 わたしと違って大人びていて、とても綺麗な女性だ、と改めて認識させられる。うん、かずにぃが好きになるわけだよね。
 ああ、少し泣けてきちゃった。もう・・・・最近、泣いてばかりだな。


 そして暫くして、わたしの悲鳴が上がる。
「あーーーー、TV、忘れてたぁー!!!」

 がっくし、トホホだよ。




 翌日・・・・かずにぃの出発の日。
 うわ。寒・・・・もう四月になったというのに、今日のこの寒さは少し異常かも。そういえば、今日の天気予報、東京ではめずらしく雪が降るようなことを言っていたような・・・・

「遅いなぁ・・・・」
「なぁ、そろそろ行くぞ。こっちだって暇じゃないんだから」
「もうちょっと・・・・もうちょっとだけ、待ってよ」
 遅いなぁー、弥生さん。かずにぃ、行っちゃうよ。
 《何故、見つめるほぉど、気にしちゃうの、二人の恋〜〜》
 わたしの携帯が鳴った。この着歌メロディーは昨日、登録したばかり。つまり、弥生さんからだ。さすがにかずにぃの前では出られない。
「かずにぃ、とにかく電話終わるまでは待っててよね!」
 ビシッ、とかずにぃに指を刺す。
 行ったら、怖いよぉ。
「はいはい。でも急いでくれよ」

「もしもし?」
《和美さん・・・・やっぱり、わたし行かないほうが・・・・》
 まぁだ、こんなことを言ってるぅぅぅよ、この人!
 思わず泣きたくなった、わたしがここにいる。
「早く来てよ、かずにぃ、本当に行っちゃうよ。本当に弥生さんはそれでいいのぉ?」
《・・・・》
「かずにぃ、まだ弥生さんのコト、好きなんだよ!」
 わたしはこのとき、彼女に爆弾を投げつけたことを知らない。いちにぃの算段を挫く、その第一石を投じたことを自覚できていたのなら、わたしはきっとVサインをして喜んだことだろう。
「婚約を解消されても、かずにぃ、まだ弥生さんのことが・・・・」
《えっ?!》って、何でそこで驚くのよぉ!
《そ、そんな・・・・だって・・・・》
 婚約していたのだから、当然じゃない。いくら大雑把な性格のかずにぃだって、好感を抱ける人じゃなきゃ婚約なんてしない、ってのに。
《そんな、そんなのって・・・・》
 もう。
 会話の論点が違うような気がしたが、それも二人が会うことが大前提であろう。
「とにかく、もう少し頑張って引き止めてみるから、急いでね!」
《うん・・・・お願い、和美さん》

 はぁあ。
 深い溜息が漏れた。
 もう・・・・疲れたよ、わたしゃぁー。


 かずにぃにはもう時間稼ぎのネタは尽きていた。そこで搦め手、直人さんに作戦を切り替えた。
 神崎家特有の黒いスーツに白いワイシャツ。細身で長身。サングラスがこよなく似合うこの人の容姿は、いちにぃやかずにぃとは、また違ったかっこよさである。
「ねぇねぇ、直人さん。長距離運転でしょ。もう車の整備は終わったの?」
「はい。昨日のうちに」
「雪が降るって、天気予報が言ってけど・・・・」
「タイヤ整備も完璧ですよ」
 この人はいつもやる事にソツがない。さすが、だと思う反面、こういうときには困ったものだ。
「直人さん。ちょうどいい下剤が手に入ったんだけど、ちょっと飲んでいかない?」
 ドン、と小瓶を差し出す。
 飲んで行くわけがない。わたしは何を言っているのだろう。
「か、和美さま。わたしに何か、恨み言でも・・・・・」
「あ、いや・・・・そういうわけじゃ・・・・あっはははは」
 しくしく。失敗。
「和美さまが和馬さまを引き止めたい、そのお気持ちは解かりますが、すいません。三時に約束が入っていますので」
 そう言われてしまえば、わたしにはもはや止める術はない。わたしの時間稼ぎもここまでだった。
 わたしは心の中で弥生さんに謝罪する。
 ごめんなさい。弥生さん・・・・もうこれまでみたい。
「和美。兄さんのことなら、もう大丈夫だから、なぁ!」
 だぁれがそんなことを心配した。この、ばかちん。
 勿論、神崎の家に残されていくわたしのことだけを考えれば、それは確かに重大な問題なのだけど・・・・
「うん。かずにぃも気をつけてね・・・・」
 ギュッ、と掌を握り締める。
 わたしは大好きなかずにぃからお守りを貰っている。たぶん、本人は全く気付いていないようだけど。このお守りだけは、さすがに弥生さんにも譲れない。

 そう、わたしだけの宝物だ。



 だが、わたしの苦労は報われる。わたしは知らなかったのだが、弥生さんの現在の住居(一刻館)と、神崎の家は比較的近いのである。
 ギリギリ門扉のところで、かずにぃの車に拾われていく弥生さんの姿を見て、「良かったぁー」と胸を撫で下ろした。
「わたしってバカだよね・・・・もう」
 これも、失恋というのかな?
 わたしの手の中で陽に光るボタン。かずにぃの三年間の象徴。わたしのお守りであり、宝物だった。
「ねぇねぇ、かずにぃ・・・・?」
 小さくなっていく三人を乗せた車。その後ろ姿を見送りながら、わたしは両手で握り締めたものを胸に、微笑んだ。
「・・・・亜子って・・・・誰?」



《和馬》

 同じ後部座席に座る草薙弥生を一瞥する。
 横からでも解かるほどの沈痛な表情を浮かべ、ベージュのシャツが主張する身体には嫌にも意識をしてしまう。
 MCNを用いて彼女を陵辱したのは、まだ昨日のことだ。車内からその弥生の姿を見たとき、俺はとてもではないが、平静ではいられなかった。
 兄貴に会いに来たのか、とも思ったが・・・・神崎家に来訪直後、「ご同乗させてもらっても宜しいですか?」との言葉では、その懸念も消滅する。
 ま、まさか、MCNで犯されたときの記憶があるのか?
 強姦罪で俺を糾弾しにきた・・・・ありえることだろう。車を運転する直人も、無言のままハンドルを握っている。

 俺がMCNを受け継いだのは、約一ヶ月前のことである。兄の一樹には和美への害意を削り取り、次第にその効果は表れてきてもいる。また一昨日から昨日にかけて、弥生を陵辱の限りを尽くせたのも、MCNを用いたからであって、今ではMCNの力を疑う余地は、俺にはない。
 だが、今、俺の横にはその弥生がいる。一晩中、嬲り続けて孕ませた、その彼女が・・・・今、俺の横に。
 そんなことまでをMCNに記載した記憶はない。
 弥生から、その当時の記憶を抹消するようにしたつもりであったが、記憶を操作することは初めてであり、正直、それだけに自信がない。

 重苦しいまでの空気が車内を占拠する。この空気を最初に崩壊させたのは、彼女のほうからだった。
「か、和馬さん・・・・」
「んっ?」
 俺は覚悟を決めた。
 元許婚を陵辱して強姦罪に問われる。決してかっこいい人生の幕切れではなかったが、この期に及んでジタバタするのは見苦しい限りだろう。
 俺は弥生に復讐したことを微塵も後悔してはいない。それは確かだ。
 人事尽くして天命待つ、というような気分でもある。
 勿論、言語の用途は完璧に間違っているし、俺はこの後、この復讐劇を大きく悔いるようになるのだが・・・・
「弥生さん?」
 さぁ、言ってくれ・・・・
 彼女は意を決して、俺の目を見据えた。
「ホテルに行って、わたしを抱いてくれませんか?」

 俺は唖然とせずにはいられなかった。「はぁ?」と間抜けを演じなかっただけでも、自分にしては上出来だと思わずにはいられない。
 それほど俺は驚きを禁じえないでいたのだ。
 MCNの副作用か、とも思った。

 全ての元凶でもある一樹。一番の被害者である弥生。女としての第六感で、弥生の事情を察した和美。情報屋と探偵を使って調査した直人。
 おおよそ、この弥生との関係で関連した人物の中で、俺がもっとも身近な位置にいながら、もっとも事情を知らない存在であった。
 それだけ一樹の策略が優れていた、というせいもあっただろう。
 無論それは、全てを知ったときの、ただの俺の言い訳だけだったかもしれなかったが・・・・。

「ダメ・・・・ですよね?」
 俺から視線を外し、再び俯く弥生。俺はこのときになってようやく、左手の薬指に填められている指輪の存在に気付いた。
 あれ、あの指輪はたしか・・・・
 あの蒼い石には見覚えがある。俺が弥生と婚約した際に贈ったものなのだから、当然ではある。親父が薦めた、いくつもの並べられた指輪の中ではそれほどの高価というわけではなかったが、俺はこの蒼いサファイアを選んだ。普通、誕生石とかで決めるらしいのだが、それでも俺は蒼い石を彼女に贈った。和美に言わせれば、「かずにぃらしい」と呆れられもしたが・・・・当の弥生も気に入ってくれたのだから、よしとする。
 今更、あのときの指輪を何故?
 ホテルに行って、俺に抱かれたい・・・・って?
 一体、彼女の真意はどこにあるんだ?
「んっ、いや・・・・」
 俺は我に戻って、直人を見る。俺の視線を感じたのだろう、意図的に肯定の頷きを見せた。「行け」ということだろう。
 確か直人は三時に約束をしていたはずだ。
 俺の立会いには直人が難色を示したこともあって、その間、俺はセントラルアベニューをぶらつく予定ではあったが・・・・
「直人の約束は、確かプリンセスホテルだったよな?」
「はい。今、そこの部屋が取るよう、手配をしておきます」
 さすがに手回しが早い。
「んっ、頼む」
 ルームミラーの角度を変えて、直人の視線が俺の瞳を覗き見る。俺は思わず視線を逸らした。
 俺が間違っている、とでもいうのか!?
 昨日からではあるが、俺と直人の間には微妙なズレがある。それまではパズルのピースのように、ピッタリとはまっていた主従であっただけに、俺にはそう思えてならない。
 直人の瞳にあるのは、俺に対する非難の色。
 無論、直人にそれを問い質したところで、答えてくれることはない。「ちょっと目が疲れているのです」などと、言いはぐらかすに決まっている。
 言いたいことがあるなら、言ってくれ!
 そんな直人との関係に、俺は苛立ちすら憶えていた。

「本当に・・・・いいの?」
 俺は振り返って、俯く彼女に問いかける。
 それを無言のまま、頷く弥生。
 俺が間違っているのか?

 俺はこのときになっても、現状が全く把握できてなかった。
 そう・・・・
 俺は間違っていたのだ。



《弥生》

 わたしは和馬さんと一緒にホテルの一室に入った。
 部屋が三つもあって、バルコニーからは海が見渡せる。窓を開けたときの潮風は心地よいものだった。まだ春先ということもあって、海水浴をしている人は皆無であったが、それでも砂浜には人の姿がちらほらと見受けられる。
「ごめん、こんな部屋しか取れなかったみたい・・・・」
 入室直後、和馬さんが告げた。
 直人さんはVIPルームを希望したらしいが、プリンセスホテルは神崎グループの系列ではなく、予約制ということもあって断念したという。
「ううん。素敵な部屋です」
 こんな薄汚れたわたしには、勿体無いぐらいに。
 風に流される髪を抑えて、わたしは和馬さんに振り返った。

 わたしには一昨日から昨日にかけて、和馬さんに犯されていたという記憶はない。ただ最後の性交が夢となって、わたしに余韻を残していった、ということだけだ。
 正直に言う。わたしは和馬さんに抱かれたかった。
 無論、夢の中だけではなく、現実に・・・・だ。
 勿論、和馬さんに抱かれるだけの価値が、その資格も自分にはもうない、ということも理解はしている。それでも・・・・
 和馬さんの婚約者としての二年間は、嘘偽りのないわたしの、紛れもない恋の日々であり、その二年間をわたしは誇りにさえ思える。その叶わなかった恋のために、酷使し続けたわたしの身体・・・・。

 わたしは和馬さんに抱きつき、強く背中を抱き締めた。
 男の人って成長が早いな・・・・出逢ったときの新春会では、わたしより一回りも小さかったはずなのに。
「和馬さんに詫びなければなりません・・・・」
 わたしはギュッ、と強く和馬さんの衣服を握り締めた。
「んっ?」
「一樹さんと婚約したことからも・・・・わたしは既に・・・・」
「うん。解かっている・・・・」

 ・・・・。
 わたしの中でやっぱり、という思いが更に心を重くした。

 わたしが処女を喪失したのは、一樹さんにお手付けをされたからではない。一樹さんにレイプされてしまったからなのだ。そして和馬さんは知らないのだ。わたしがレイプされたことも、そのレイプの中で強要された、あのDVDの映像のことも・・・・
 神崎家からわたしに婚約を解消した理由は、全て偽りだったのだ。一樹さんを中心に、神崎家とわたしの両親が結託して・・・・
 わたしはこの一年間、何をしていたのか?
 何を勝手に諦めていたのだろう。
 確かに引き裂かれてしまった形ではあったが、結局それを認めてしまったのは自分自身であったのだ。
 だが、わたしが途方に暮れることは許されない。
 和美さんが電話で言ったように、きっと和馬さんは、わたしが婚約を破棄したのだと、誤解している。そう思わせるように一樹さんが画策したのだろう。だが、一年間もの間も和馬さんを傷つけてしまっていた、ままのことのほうが、わたしには申し訳なかったのだ。

 わたしは和馬さんから少し離れると、その場に正座する。そして床の絨毯に手をつけて頭を下げた。
「・・・・ごめんなさい」
「や、弥生さん!」
「ごめんなさい・・・・謝って許して貰える、とは思わないけど・・・・和馬さんに捧げる、と約した・・・・わたしなのに・・・・」
 泣いてはいけない。わたしは心に強く念じた。わたしが泣くことは決して許されない、のだと。



《和馬》

「弥生さん・・・・」
 実際に弥生が処女ではなかった、ということは、一昨日のうちに確認済みではあった。その当時は無性に腹を立てて、やるせない思いで一杯であった。
 だが、弥生は草薙家の令嬢であり、新春会で俺を拒めなかったのと同様に、兄貴からも拒めなかったのではないだろうか?
「弥生さん。解かったから・・・・」
 少なくても今の彼女の態度からでも、望んで兄貴の婚約者になったわけではないのだと、俺は理解した。それまでに至る彼女の苦悩や事情などを理解できていたわけではなかったが・・・・
 実際には何も解かっていない俺が言うのだから、説得力はない。だが、それでも弥生をこのまま土下座、謝罪させるわけにはいかなかった。
 俺は不当な復讐を弥生に遂げている。
 そう、直人の無言の指摘が正しかったのだ。そして、それはもう取り返しのつかないことでもある。実際に弥生は知らずに、俺の子を妊娠しているのだから。堕胎ができないようにMCNにも記載してあるが、それも後で修正しなければならないだろう。
「ごめんなさい・・・・」
「んっ、もう十分、伝わったから・・・・ねっ、もう立ち上がって」
「和馬さん・・・・」
 俺は弥生の身体を持って立ち上がらせると、その前髪をかきあげた。彼女とキスするときの、俺の癖だ。その俺の癖から察したのだろう、弥生は瞳を伏せて、俺と唇を重ねる。
 俺は昨日だが、彼女には一年ぶりの、俺との口づけであった。

 まだ午後の二時半を回ったばかりの日が明るいうちに、寝室に入った俺たちは、自分の衣服を脱ぎ、弥生自身も自らの衣服を脱ぎ捨てていく。
 裸体となった弥生の身体を、ベッドの上に横たわらせる。
 一昨日の一晩、俺が蹂躙した身体ではあったが・・・・まさか、今日もこうなるとは、あの時は思いにも寄らなかった。いや、あのときは決定的に違うことがある。
 今の弥生には、意識も意思もある、ということだ。
「弥生さん・・・・見せて・・・・」
 弥生は胸と股間を隠していた手をどける。俺の目の前には大振りではないが小振りでもない、形良く整った双乳が曝け出され、俺は思わず手を伸べたくなった。
「触っても・・・・いい?」
 意地悪なことを言っているな、と自覚はしている。
「うん・・・・でも、あまり大きくないから・・・・」
「大きさなんて・・・・あんまり関係ないと思うよ。要はその人の思い次第だろ」
 少なくとも俺は、巨乳は嫌いだ。また貧乳過ぎるのも考えものだと、このときは思っていた。やはり、その当事者たちの思い次第なのだ。俺自身そう遠くないうちに、改めてそう認識するようになる。
 俺は弥生の胸を掌に収め、小さな乳輪の突起をチロチロと舐める。
「んっ・・・・」
「感じる?」
「わ、解からない・・・・でも、変な感じ・・・・かな?」
 実際、弥生の乳首は充血して硬直していく。身体の感度に感性がついていっていないようだ。
「でも・・・・もっと和馬さんを・・・・感じたい。んっ!」
 正直、嬉しいことを言ってくれる。
 俺はその弥生の唇を封じた。ツンツンと舌で唇をノックすると、弥生も口内から舌を出す。彼女とキスをすることはこれまで何度もあったが、ここまで舌を絡ませることは初めてのことだ。
 長いキスを終え、二人は同時に吐息を吐いた。互いの吐息が異様に熱く感じられる。俺は既に股間が痛いほど膨れていたし、弥生の身体も既に熱い液を湿らせていた。
「あぁっ!」
 そこに指先を滑らせると、弥生の身体に電流が走ったように痺れていく。
「濡れているね・・・・ここ」
「い、言わないで! 恥ずかしいから・・・・」
 次第に弥生の膣内から愛液が溢れ出し、俺の指先にも粘膜のような熱い液体が伝わる。ヒクヒクと蠢く弥生の身体。俺が幾度もなく膣内出しした精液は、完全に弥生の胎内で消化されていた。俺はその弥生の入り口に舌をつけ、ピチャピチャと弥生の愛液を味わってみる。
「あっ、・・・・だ、ダメ・・・・んんっ・・・・」
「弥生さんの・・・・厭らしい液・・・・おいしいよ」
「う、嘘・・・・」
 うっ、ばれた。
 でも、話で聞かされていたほど、生臭いものじゃない。
 俺は啜るように膣口を吸う。
「はぁぁ・・・・ほ、本当に・・・・んっ、飲んでくれているの?」
 俺は頷いて、口元を拭う。


「・・・・和馬さん・・・・が・・・・欲しい・・・・」
「んっ。あっ、ゴム・・・・」
 部屋に備え付けられている避妊具に手を伸ばしたが、その手を弥生が両手で受け止めた。
「いい・・・・そのままで」
「えっ?」
「和馬さんを・・・・膣内に出して・・・・」
 俺が弥生を犯したのが、排卵の始まった日であり、実際に妊娠させてもいる。その当時の記憶は弥生にはなく、弥生の中では今日も危険日のままであるはずだった。
「今日、危険日だけど・・・・和馬さんの子供が・・・・欲しいから」
「弥生さん・・・・」
 ・・・・。
 俺は思わず、これもMCNの力による余波か、と勘ぐったほどである。俺は一つ頷くと弥生が要望したように、生による挿入を弥生の身体に宛がう。
 俺のペニスが弥生の肉襞を掻き分け、そのたびに弥生は俺の首筋を強く抱きしめていった。背後から弥生の両肩を押さえつけ、俺は深々と弥生の膣内を貫いていく。
 既に弥生の膣内の素晴らしさは体験済みではあったが、今日の、意識のある彼女の膣内は、今までは異なる格別なものではあった。
 こ、これが生きた・・・・弥生さんの膣内か!
「和馬さん・・・・わ、わたしの膣内に・・・・入っている」
「や、弥生さんの膣内・・・・すごく・・・・いい。すごく、気持ちいい」
「ほ、・・・・本当に?」
「や・・・・已みつきに、なりそう・・・・」
 潤んだ瞳で見つめられ、俺は正直な感想を述べ、そして頷いた。
 実際に他人とは比較できるほどの経験こそないものの、正直に俺の身体に伝わる快感は言葉では表すのも難しいほとであった。
「動いて・・・・いい?」
「か、和馬さんの・・・・好きなように・・・・いい」
 俺はゆっくりと動き、弥生の膣内にインサートするたびに、脳天まで快感が突き抜けていく。一度、動き出してしまったら、もう自制して止めることは不可能だった。
「んんっ・・・・か、和馬さん・・・・が、奥まで・・・・」
 弥生自身もSEXに感じているようだ。一昨日から昨日の昼まで、弥生を抱き続けていたこともあって、感度が更に上がっていたのかもしれない。
 額から流れ落ちた汗が弥生の頬に当たる。彼女も既に、この熱気によって汗だくだった。互いの身体の接触した熱が俺には心地よい。
「や、弥生さん・・・・」
「うん・・・・わたしも・・・・」
 弥生は意図的に俺との結合を強く受け止めようする。俺は潤んだ瞳で見つめる弥生を見つめ、身体の接触を続けながら唇を重ねた。
 既に妊娠している弥生を、改めて、そう認識させることになる。今日、その最初の射精を・・・・弥生の膣内に放っていった。

 既に弥生は妊娠している・・・・
 それだけが、今の俺には申し訳なく思わざるを得なかった。



《直人》

 繁華街セントラルアベニューにある、プリンセスホテル。
 ホテル内の敷地の広さ、シャンデリアの美しい輝き。総部屋数といい、麓にある海岸、港・・・・都内においても最大規模の肩書きに恥じない設備が整っている。
「店員の対応も良く、空調の間取りといい、さすがだな・・・・」
 神崎系列も見習う必要があるな。
 神崎グループの中で、和馬さまが譲り受けている部門の運営を一任されているわたしにとっては、感銘を覚えずにはいられなかった。
 まだ昼過ぎということもあって、ホテル内では静粛な空気に包まれている。これより一ヶ月後、このホテルにおいて殺人がおき、その翌日には、壮絶な銃撃戦(しかも立て続けに二夜連続で)が行われるというのだから、驚きではある。
 サングラスを外し、店頭の前に立つ。
「ここか・・・・」
 ホテルの地下には様々な施設がテナントされており、このモダンチックなバーもその一つである。心地よいジャズの音楽が流れ、照明もほどよく加減されたやや薄暗いこの雰囲気が、ここに指定した者の趣味を物語っているだろう。
 わたしはテーブルに腰掛け、シャツの襟を緩めた。
 注文に来た大らかなウェイトレスには、相客が来ることを告げ、とりあえず引き下がらせることに苦労する。ここまで車で来て、更に今日中に和馬さまを新居に送り届けなければならない。まさかこのご時世で飲酒運転をするわけにもいかない。

 腕時計を見る。
 二時五十分・・・・約束の時刻まで、十分前。

 ピクッ、と背中が震え、わたしは思わず立ち上がった。
 そのとき、久しくも懐かしい雰囲気が背中を襲ったのだ。
 そう、戦慄に!

 この日本ではおよそ初めてかもしれない。愛銃に手を伸ばし、正面の男に標準を合わせる。が、向こうも既にこちらを射程に収めていた。
 後ろで一本に纏めた長髪で、その視線は前髪によって完全に隠させている。全く表情が読めない。だが、全身から発せられる雰囲気は、並みの男ではない証左だろう。グロッグM22・・・・しかもカスタマイズ化され、およそ素人が手にするような銃ではない。
 この男・・・・何者だ!?
「あんたが、真田直人さんか?」
 思っていた以上に若い男の声だった。そしてその一言が、わたしが待っていた相方の一人だと証明していた。
「天城小次郎・・・・だな?」
 相手は銃の射線を上げ、わたしもそれに習う。
 わたしは正直、これほどの男が日本に・・・・いや、都内に居たことに驚いていた。視線は前髪で見えない。動きに一切の隙がなく、良くその若さで体得したものだと感心さえもしていた。
 ドシッドシッ、と地響きが響く。「注文!」と一言だけ告げられ、思わず苦笑せずにはいられなかった。
「好きなものを頼んでくれ」
「じゃ、バーボンウイスキー・ワイルドターキー8yを、ストレートで。そちらは?」
「あいにくと、車なんでな・・・・」
 わたしは両肩をすくめたが、それを抜きにしても、護衛を主任務するわたしが真っ昼間から酒を呷るわけには、さすがにいかないだろう。
 再び地響きが轟き、わたしも相方も、暫くの間無言で相手を観察する。
 そうとうな修羅場を潜り抜けているな・・・・まぁ、お互いに。
 わたしが再び時計を見ようとした、そのとき・・・・テーブルの上に、もう一つのグラスが置かれる。
「壮絶な銃撃戦をこの目で見られる、とも思ったのですがね」
 初めて見る黒人だった。
「イスライル製、デザートイーグル・・・・小次郎さんのグロッグもいい趣味をしておいでですが、直人さんのもその意味ではいい勝負ですぜ」
 まるでクラブのDJをも思わせるような風貌に、ドレッドヘヤー。ニット帽子が良く似合う。直に会うのは初めてのことだったが、その独特な口調と声調から、グレンだと解かった。
 どうやらわたしよりも先に来て、カウンターでやっていたらしい。
「先に来ているのなら、声をかけてくれればよかったでしょう」
「あいにくとプライベートな時間は、極力一人で居たいほうでしてね。申し訳ありません」
「そのニット帽子は今日も取らないのか?」
 もう一人の相方がグレンに言う。どうやら小次郎とグレンには面識があるようだ。つまり初対面なのは、わたしだけか。


「グレンからある程度の報告は行っている、と思うが・・・・」
 わたしは頷き、小次郎は前髪をかきあげた。初めてこの男の視線をかわす。
「俺のほうからも一から説明させてもらおう」
「よろしく頼む」
 天城小次郎はテーブルの上に何枚もの写真を並べていく。その中には和馬さまだけでなく、神崎一樹、草薙弥生・・・・そして仁科勘治朗と続いていった。
 ・・・・仁科勘治朗?
「仁科がこの一件に絡んでいるのか?」
「絡んでいるなんて浅いものじゃありませんぜ」
 グラスを片手にグレンが指摘する。
「草薙家の両親と交渉の席にはこの男が着いていますぜ。それだけじゃありませんね・・・・弥生嬢から神崎家への直通電話も全て、この男が遮断していました」
「・・・・」
 仁科勘治朗の面従腹背の姿勢は理解していたつもりであった。根は小人的な性格であり、源蔵さまの古い知己ということで看過していたが、とんだところに敵対者がいたものだと思わずにはいられない。
「こっちの四人は?」
「上から、柴田誠、木崎伸介、近藤雅人、田村浩二。いずれも神崎一樹の高校時代の同期。一樹はこの四人を使って、草薙弥生を犯している」
 そして携帯でグレンから聞いた報告と、同一のものが小次郎からも語られていく。小次郎の説明は、写真を使っての再現に近いものであり、それだけに事情を良く知らなかったわたしにも、明確に伝わっていく。
「そのDVDとは?」
「・・・・」
 テーブルの上に16枚入りのディスクケース、そして一枚の赤いディスクが置かれた。
「見る前に言っておく。はっきり言って、胸糞悪いぞ!」
 そのビデオテープの中には、草薙弥生がレイプされている映像であり、一般的な常識の持ち主ならば、確かに不快なものであろう。
 だが、わたしはその彼の憤りに軽い違和感を覚えた。
 ・・・・気のせいか?
 その答えは隣の黒人から伝えられる。さすが情報屋だ。
「小次郎さんにとっても、そのお方の名前は、とても他人事ではありませんですからね・・・・」
「言っておくが、弥生とはもう別れた・・・・おやっさんを俺が捕まえてしまったからな」
「小次郎さんがいた前の事務所の、所長さんの娘っ子でしたな」
 なるほど、と思った。
 今回の一連の件には全く関係ないが、天城小次郎には、姉弟同然から恋人同然になった女性がおり、それが(桂木)弥生という名前なのだろう。その父親である桂木源三郎。通称【テラー】が、中東でのわたしの宿敵だったのだから、世の中は広いようで狭い。
 天城小次郎の憤りに釈然としたわたしは、二つのディスクの違いを尋ねた。
「この赤いディスクと、こっちのディスクケースの違いは?」
「ディスクケースがオリジナル・・・・赤いほうはそれを編集したものですぜ。映っているものはどちらもレイプされたものですが、見るものの感性では、明らかに異なるものに見えるでしょうね」
 グレンが近藤雅人の写真を手にする。
「その手の編集にかけちゃぁ、この男もその道のプロですからね。まぁ、一般的な人間には簡単には見抜けませんぜぇ」
「それほどか・・・・」
 まさに悪魔的犯行だと思った。
 戦場で何人もの人間を手にかけてきたが、そのわたしでさえ反吐が出るような気分にさせられる。
「赤い編集されたほうは、草薙弥生の手元にも送られていることも確認がとれた。草薙家のメイドがそう証言してくれている」
「三日間の間に・・・・良く調べてくれたな」
 特に天城小次郎はほとんど不眠不休らしい。
 感謝する、と述べて、わたしは五百万の小切手を二枚、二人に差し出した。
「随分と気前がいいな。それほど護衛って職は儲かるのか?」
「まぁ、わたしは特別ですか」
 通常の護衛職では、こうまで羽振りがいいことはありえないだろう。神崎グループの和馬さま直営の運営を一任されている、わたしだからこそだ。それ以外にも源蔵さまの口座にもアクセスが許された、唯一の人物でもあった。
「そうそう、直人さんもお人が悪い」
 グレンが小切手を受け取りながら、白い歯を見せた。
「いや、たまたま他のクライアントの依頼で調べているうちに解かったことなのですがね、旅行企画イベントの情報漏洩、金融関連幹部による立て続けの不祥事など。神崎一樹側の直営は今、大打撃ですぜ!」
「さて、何のことかな?」
 わたしは笑ってグレンの質問をとぼけてみせた。思えば、この日における唯一の笑顔だったかもしれない。今後の当主戦略を考えれば、今のうちに少しでも打撃を与えておくことは常套手段ではある。
 恐らく、系列代表の一樹は、ここ最近、早朝から連続の会議に翻弄されていることであろう。
 ご苦労なことだ。
 同じ神崎の人間でありながらも、他人事のようにそう思った。


 二人と別れて車に戻ったわたしは、車内に内蔵してある再生機に接続させて、映像の内容を確認する。正直、見るに耐えられない映像が映し出されていく。天城小次郎が前もって言ってくれていなければ、映像の再生と同時にモニターを破壊していたかもしれない。
「見るのでしたら、オリジナルのほうをお勧めしますね。もっとも、こっちの赤いのをおかずに使う、というのでしたら、お止めしませんがね・・・・おっと、そんな怖い視線を向けないで下さい。冗談ですぜ」
 そのグレンの冗談はさておき、わたしはなるほど、と思った。
 草薙弥生はこれを見て、和馬さまとの婚約破棄の理由を認めてしまったのだろう。その弁解する機会さえも失われて、弥生は一樹との手付けを強要されてしまったのか。
「・・・・」
 和馬さまは既に、弥生の行動が背信行為と決め付けて、復讐を遂げてしまっている。彼女の妊娠はMCNによって間違いないらしい。が、今、その二人は自らの意思で結ばれてもいるのだ。

 わたしは決断に迫られていた。
 これを和馬さまに伝えるべきかどうか、正直、判断に迷う。これを伝えれば、間違いなく和馬さまは己の行動を後悔することであろう。
 それでいいのか?
 わたしは和馬さま直属の護衛であり、部下でもある。その自分が独断で調査し、主君を苦しませる結果と知りながらも、報告する。それが主君に忠実であろうとする部下のすることだろうか?

 予定の時刻より三十分が経過していた。

 二人の逢瀬を邪魔するような、そんな無粋な真似などできようはずがない。むしろわたしは、この二人の時間がもっと長くなるようにさせてあげたかった。
 一人の人間の欲望によって、もう二人が戸籍上、結ばれる(つまり、結婚する)ことはなくなってしまったのだから・・・・


 そう、少なくとも・・・・当分は・・・・。


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