【 第二話 】

 『あたしがシスコン兄貴を想うわけがない』

 

 あたしは自分の部屋の机に向かって考え込む。

 先ほど教会で結婚式を迎えたあたしたち。

 またそれを期に、普通の兄妹に戻ったあたしたち。

 兄貴と付き合うことができた数か月間・・・勿論、兄貴だけに頼らず、あたしも兄妹婚が可能とされる可能性、それが認められている海外はないか、など色々 と模索していた。

 でも・・・そんな法律の特例も、兄妹婚を認める国家など、何処にもなかった。だから、あれを期に普通の兄妹へと戻るのは、たぶん悪くはなかった選択なの だ、とは思う。



 でもね。それだけに・・・

 多くの代償を支払った兄貴が余りにも・・・



 ・・・そう。

 今の兄貴のとなりには誰も残っていなかった。





 とりあえず、あたしのことはいい。

 高校進学は無事に決まったし、容姿に恵まれたあたしには、これから言い寄ってくるであろう、男の数はそれこそ星の数にも匹敵するはずだから。

 でも、兄貴は違う。



 あたしと付き合う前後で、兄貴は初めて告白された。

『あなた・・・正気!?』

 今、チャットルームで絶句している相手、『黒猫』である。

 『黒猫』こと五更瑠璃は、沙織の『オタクっ娘あつまれー』のサークルを介して仲良くなれた親友であり、兄貴に初めて(未遂とあり、櫻井さんという人の告 白はノーカンしょ・・・)告白した黒髪美少女だった。

 つまり、兄貴にとって初めてできた彼女でもある。

「・・・・」

 もし、あたしが兄貴との交際を反対していなければ、きっと今でも恋人として付き合っていた二人だった、と思う。

 もし、兄貴と黒猫が結婚すれば、彼女の妹である日向ちゃんや珠希ちゃんは、あたしにとっても妹となり・・・

(じゅるり・・・)



「桐乃、そ、それは・・・本当のこと!?」

「うん。さっき別れた・・・」

「う、嘘とか・・・冗談だったら、その・・・いくら桐乃でも・・・本当にブチ殺しますよぉ!?」

 その黒猫とのチャットの合間に電話している相手、新垣あやせもまた、あたしの親友であり、この冬、兄貴に告白した一人である。

 あやせは中学時代のクラスメイトであり、またティーンズ誌のモデル仲間でもあるあたしの親友であり、超絶世の美少女でもある。

 兄貴に貸したエロゲーから、兄貴の攻略するヒロインの多くは黒髪美少女である傾向があり、たぶん兄貴の一番の理想的な容姿じゃないかなぁ〜?

「だから、あやせや黒いのには、せめて報告しておかなければ、と思ってね。今電話した、っーわけ・・・」

 でも、あやせ・・・まさか、あたしに隠れて兄貴を寝取ろうと画策していたなんて、ちょっとした驚きじゃん・・・



 あのクリスマスの告白から兄貴・・・京介と付き合うようになってから、中学校の卒業式を迎えた今日今日まで・・・つまり、普通の兄妹に戻るまでもの間、 あたしはあやせに対して、まともに会話をできていなかった。

 し、仕方ないじゃん・・・

 あたしは、あやせが兄貴を好きなったこと、そして、兄貴に告白することまで聞かされており、その兄貴があやせを振った上で、あたしを選んで付き合うこと になった以上、これまで通りにあやせと気軽に接することは、色々と難しかった。



「だから、兄貴は今、フリーなわけだし、兄貴があんたや黒いのと付き合うことになったとしても、もう反対はしないから・・・ううん、むしろ応援してあげる から・・・」

『一応、迷惑を掛けたわけだし、あんたやあやせたちには報告しておかないと、って思ったわけ・・・もし、あんたが兄貴とまだ付き合いたい、って思ってくれ てんのなら、もうあたしは反対しないから・・・』

 あたしは器用にも、あやせに電話で回答しながら、黒猫にもチャットで回答を打ち込んでいった。





 それから小一時間してからだろうか・・・

 唐突に『沙織・バジーナ』からメールがきて、『オタクっ娘あつまれー』のサークルに新メンバーが加わることが伝えられてきた。

 沙織は『オタクっ娘あつまれー』の管理人であり、現在のサークルメンバーには、あたしと沙織の他に、『黒猫』と兄貴の四人だけである。勿論、『オタクっ 娘あつまれー』にはもっと多くのメンバーが在籍しているのだが、あたしと兄貴が加わるグループには、この四人だけに限定されている。

 そこに新たなメンバーを加えるのだという。

 恐らくではあるが、あたしにはその新人が誰であるのか、おおよその見当はついていた。

「・・・・」

 もう別れてしまった兄貴・・・普通の兄妹に戻ったとはいえ、そんな兄貴に彼女ができるかも、と思うと一抹の寂しさを憶えずにはいられない。でも、それが あやせや黒猫ならば、もうあたしは反対しない。

 あたしの想いは・・・初恋は、この数か月の間に成就し、その間に満たされていたのだから・・・だから、兄貴が誰と付き合うことになった、としても、あた しは口出しするつもりはなかった。

「・・・・あっ・・・・」

 ただし、一人だけ例外がいた。

 兄貴の幼馴染にして、『地味子』こと田村麻奈実である。昼間の腹パンされた恨みもあって、まだ負の感情を処理しきれていないということもあるけど、彼女 が兄貴と付き合うことに反対する理由はそれだけじゃない。

 別に、あたしは地味子本人に不満があるわけじゃない。彼女の料理の腕は確か卓越したものであるし、性格も地味ということもあって、決してそう悪いもの じゃないのかもしれない。それはきっと確かなことだろう。

 ただし、彼女と兄貴を付き合わせてはだめ。

 それはきっと・・・兄貴を本当にダメにする。



 あたしの兄貴・・・京介は、中学時代の前半まで、暑苦しくて少し痛々しいという欠点はあったものの、「仕方がない、で済ませていいことなんて、一つもな い!」「俺に任せろ!」が口癖の、超行動派の努力家だった。少なくともそんな兄貴があたし超好きだった。

 だが、後になって分かったことだったんだけど・・・櫻井さんというクラスメイトとの一件で、兄貴は変わってしまった。その地味子の余計なひと言によっ て、兄貴は平凡にも劣る、自堕落した腑抜けと化せられてしまった。

 確かに兄貴の行動は全て、決して褒められたものじゃない。結果が伴わなかった以上、非難されるのは仕方のないことだったかもしれない。でも、その過程に ある兄貴の努力まで否定するのは、余りにも酷い仕打ちではないかっ!

 その結果、あたしの大好きだった兄貴は、平凡な人生が至上だと言い訳するだけの、ただの腑抜けとなりさがってしまった。

 だが、この二年間・・・兄貴は平凡な自分の限界を自覚しながらも、昔の自分の姿・・・努力家であったころの姿を取り戻しつつある。

『たくっ―やれやれ、しょうがねーな・・・後のことは、俺に任せろ!』

 そのかつての兄貴の口癖と、ともに・・・





 だから、そんな兄貴が地味子と付き合う、ということになれば、本当に兄貴は・・・兄貴の長所は殺されてしまうことになりかねない。ただの妹になったあた しでも、そんな事態は到底に容認できることではなかった。



 いつかは地味子にも、あたしと兄貴が別れた・・・普通の兄妹に戻ったことを知られるだろう。兄貴と同じ大学だとも聞く。それは決して、そう遠くない日の ことだと思った。

 ただ幸いにして、この半日の(恋人としての)時間のために、あたしが殴り合いに興じたこともあって、すぐには察知できるとも思えない。

 『オタクっ娘あつまれー』のオフ会は明後日。

 そこには兄貴のフリーを知った黒猫がおり、そして恐らく・・・あやせも来ることだろう。地味子に事実を知られるその前に、兄貴がどちらかと付き合う可能 性は非常に高い。





 でも、まさか・・・

 あ、あんなことになるなんてねぇ・・・

 この時のあたしにも、さすがに予想できなかったからっ。


→ 進む

→ 戻る

俺妹・終わらない明日のトップへ